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Ⅱ-13. 小売 152 Ⅱ-13. 小売 -デジタルイノベーションがもたらす小売業の未来 【要約】 小売業は、生産者やメーカーが創造した価値と消費者が認めた価値の差分、すなわち 「顧客ニーズの理解」、「利便性の実現」、「調達・在庫調整機能」を提供価値とするが、 諸制約により各々の機能の発揮には限界があり、必ずしも消費者利益に照らして最適化 されていない。 IoT、ビッグデータ、AI といった新たなテクノロジーは、こうした諸制約を取り除き、小売業 が、消費者ニーズの理解を飛躍的に深め、利便性の高い販売チャネルを実現し、サプラ イチェーンをより高度に変革していくことを可能にするものと予見される。 その様な取組みを大胆に進めているのが Amazon であり、AI 音声アシスタントの展開や オフラインへの進出を通じたビッグデータの収集・分析、AI 活用による提案の高度化、オ ンデマンド生産化への取組み等は小売業界を変革する可能性が大きい。中国において も、店舗と物流拠点の融合や VR 化した店舗とオンラインチャネルの融合、無人店舗の 自動運転化への試みが見られるなど、新たな小売業を目指す動きが広がっている。 従来型小売企業は、ビジネスモデルの革新にあたって、「戦略と体制の不適」、「レガシ ーの存在」、「ノウハウの不足」という課題を抱えているケースが多い。オンラインビジネス に精通した経営人材の登用による競争力の高いデジタル戦略を立案し、戦略に照らした レガシーの取捨選択やサプライチェーン高度化を進めると共に、テクノロジーや物流とい った自社にないノウハウを有する企業と協業することが有効であろう。脅威を機会と捉え、 新たな小売の姿を描いていく取組みが急がれる。 1. はじめに ~テクノロジーは小売のあり方に大きな影響を与える 小売業界の歴史を振り返ると、いわゆる「近代小売」と呼ばれる小売の形態の 登場は約 100 年前にさかのぼる。その 100 年の間に、百貨店、総合スーパー、 食品スーパー、コンビニエンスストア、専門店、EC といった様々な業態が登場 してきた。その時代においてどの様な小売の業態が現れ普及するかは、主に 社会(消費者の価値観、ニーズ、人口動態等)、インフラ(物流、通信網等)、 法規制(出店)、そしてテクノロジーの有り様に大きく左右される。中でもテクノ ロジーは、既存ビジネスの課題解決と、消費者の潜在ニーズの掘り起こしによ る新たな市場創造により、小売のあり方を大きく変える力を持っている。本章 では、新たなテクノロジーがいかにして小売業が抱える課題を解決し新たな価 値を創造しうるのか、に焦点を当てながら、小売の将来像について考察する。 2. 小売業の根源価値と課題 ~テクノロジーは何を変えうるか 現在の小売業の課題とは何であろうか。それを考えるためには、小売業が提 供する根源的付加価値が何であるか、という問いに答える必要がある。収益 構造からも分かる通り、小売業の価値(利益)の源泉は、生産者やメーカーが 創造した価値と消費者が認めた価値の差分である(【図表 1】)。この差分とは、 消費者からすれば「価格や商品力が消費者ニーズに即したものを」「利便性 が高い(消費者が買いやすい)状態で」提供することにあり、また「調達ルート の知見を有し、最終的な在庫リスクを負いながら、生産者やメーカーと消費者 テクノロジーの進 化は小売業の有 り様に大きな影 響を及ぼす 小売業は「顧客 ニーズの理解」、 「利便性の実現」、 「在庫調整機能 の提供」に課題を 有する

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Page 1: 13...Ⅱ-13. 小売 154 三点目の調達・在庫調整機能については、小売業はメーカーと消費者との間 で需給を最適化するマッチング機能を有している。小売業の在庫回転期間は、

Ⅱ-13. 小売

152

Ⅱ-13. 小売 -デジタルイノベーションがもたらす小売業の未来

【要約】

小売業は、生産者やメーカーが創造した価値と消費者が認めた価値の差分、すなわち

「顧客ニーズの理解」、「利便性の実現」、「調達・在庫調整機能」を提供価値とするが、

諸制約により各々の機能の発揮には限界があり、必ずしも消費者利益に照らして最適化

されていない。

IoT、ビッグデータ、AI といった新たなテクノロジーは、こうした諸制約を取り除き、小売業

が、消費者ニーズの理解を飛躍的に深め、利便性の高い販売チャネルを実現し、サプラ

イチェーンをより高度に変革していくことを可能にするものと予見される。

その様な取組みを大胆に進めているのが Amazon であり、AI 音声アシスタントの展開や

オフラインへの進出を通じたビッグデータの収集・分析、AI 活用による提案の高度化、オ

ンデマンド生産化への取組み等は小売業界を変革する可能性が大きい。中国において

も、店舗と物流拠点の融合や VR 化した店舗とオンラインチャネルの融合、無人店舗の

自動運転化への試みが見られるなど、新たな小売業を目指す動きが広がっている。

従来型小売企業は、ビジネスモデルの革新にあたって、「戦略と体制の不適」、「レガシ

ーの存在」、「ノウハウの不足」という課題を抱えているケースが多い。オンラインビジネス

に精通した経営人材の登用による競争力の高いデジタル戦略を立案し、戦略に照らした

レガシーの取捨選択やサプライチェーン高度化を進めると共に、テクノロジーや物流とい

った自社にないノウハウを有する企業と協業することが有効であろう。脅威を機会と捉え、

新たな小売の姿を描いていく取組みが急がれる。

1. はじめに ~テクノロジーは小売のあり方に大きな影響を与える

小売業界の歴史を振り返ると、いわゆる「近代小売」と呼ばれる小売の形態の

登場は約 100 年前にさかのぼる。その 100 年の間に、百貨店、総合スーパー、

食品スーパー、コンビニエンスストア、専門店、EC といった様々な業態が登場

してきた。その時代においてどの様な小売の業態が現れ普及するかは、主に

社会(消費者の価値観、ニーズ、人口動態等)、インフラ(物流、通信網等)、

法規制(出店)、そしてテクノロジーの有り様に大きく左右される。中でもテクノ

ロジーは、既存ビジネスの課題解決と、消費者の潜在ニーズの掘り起こしによ

る新たな市場創造により、小売のあり方を大きく変える力を持っている。本章

では、新たなテクノロジーがいかにして小売業が抱える課題を解決し新たな価

値を創造しうるのか、に焦点を当てながら、小売の将来像について考察する。

2. 小売業の根源価値と課題 ~テクノロジーは何を変えうるか

現在の小売業の課題とは何であろうか。それを考えるためには、小売業が提

供する根源的付加価値が何であるか、という問いに答える必要がある。収益

構造からも分かる通り、小売業の価値(利益)の源泉は、生産者やメーカーが

創造した価値と消費者が認めた価値の差分である(【図表 1】)。この差分とは、

消費者からすれば「価格や商品力が消費者ニーズに即したものを」「利便性

が高い(消費者が買いやすい)状態で」提供することにあり、また「調達ルート

の知見を有し、最終的な在庫リスクを負いながら、生産者やメーカーと消費者

テクノロジーの進

化は小売業の有

り様に大きな影

響を及ぼす

小売業は「顧客

ニーズの理解」、

「利便性の実現」、

「在庫調整機能

の提供」に課題を

有する

Page 2: 13...Ⅱ-13. 小売 154 三点目の調達・在庫調整機能については、小売業はメーカーと消費者との間 で需給を最適化するマッチング機能を有している。小売業の在庫回転期間は、

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との間の在庫調整機能を担う」ことにあろう。しかしながら、この①顧客ニーズ

の理解、②利便性(買いやすさ)の実現、③調達・在庫調整機能の提供に関

連し、既存の小売業はいくつかの課題を抱えている。

【図表 1】 小売業が提供する価値の構成要素

(出所)みずほ銀行産業調査部作成

まず、顧客ニーズの理解については、小売業が B to Cビジネスであり、「顧客

一人ひとり」の満足を最大化することが求められる業種でありながら、経営資

源や経営効率の制約上、顧客「一人」単位での需要を掬い上げることが困難

なことにより、とりわけ消費者の好みが分散しやすいカテゴリー(衣服等)にお

いては顧客ニーズと実際の品揃えに乖離が生じやすい。またその帰結として、

見込み調達による在庫の過不足が生じ、損失が生じるリスクがあることから、ロ

ス率を予め織込んだ販売価格が設定され、消費者利益との乖離をもたらして

いる。例えば食品のロス率1は約 5%、アパレルのロス率は 20%以上となってい

る。

二点目の利便性については、現在の販売チャネルが顧客利便性に照らして

必ずしも最適化されているとは言えない点である。販路の 9割超を占める店舗

は、立地や店舗面積、営業時間等の制約を受けることから、利便性の提供に

限界がある。一方、E コマースの普及は、ロングテールな品揃えや時間・距離

制約の解消により、これらの課題を一定程度解決することに成功している。し

かし、消費者は能動的に情報へアクセスし、膨大な情報量の中から欲しいも

のまで辿り着く必要があり、更に、辿り着いた商品の実物がイメージと異なるこ

ともままある。例えば既に EC化率が 10%台に到達している衣料品の ECでは

返品率が 3~4 割の高さに至っている。つまり、「欲しい」物を手に入れるプロ

セスは未だ最適化されているとは言えず、顧客ニーズとの齟齬や利便性の向

上余地は依然として存在する状態である。最も市場の大きい食品カテゴリー

の EC化率は 2%台に留まることからも、ECは万能ではない。

1 ロス率(%)=ロス高(仕入れ段階で予想していた売上高-実際の売上高)÷(仕入れ段階で予想していた売上高)×100。小売

業では予測に基づく仕入れ(調達)と実需(販売)との乖離により値下げや廃棄が生じ、ロスが発生する。

生産者・メーカーが

創造した価値

消費者が認める価値

小売業が提供する付加価値

顧客ニーズの理解

利便性の提供(販売チャネル)

調達・在庫調整機能(需給調整)

現状、顧客ニー

ズの理解には限

界があり、品揃え

の過不足やロス

が発生

既存の販売チャ

ネルである店舗

や ECは、最適な

顧客利便性を実

現できていない

Page 3: 13...Ⅱ-13. 小売 154 三点目の調達・在庫調整機能については、小売業はメーカーと消費者との間 で需給を最適化するマッチング機能を有している。小売業の在庫回転期間は、

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三点目の調達・在庫調整機能については、小売業はメーカーと消費者との間

で需給を最適化するマッチング機能を有している。小売業の在庫回転期間は、

食品小売では 1ヶ月未満ながらアパレルや家電では 3ヶ月程度となっており、

生産から消費まで少なからぬリードタイムが発生していることが見て取れる。こ

れは、サプライチェーンの各流通段階において人手が介在する部分も未だ多

く、川上・川中・川下間で十分にデータ連携されていないことに一因がある。

本来的には、生産から消費までのリードタイムが短く在庫が少ないほど、無駄

なく消費者ニーズを充足できていることを意味する。在庫の過不足が生じざる

を得ないサプライチェーンの構造は、最適化されているとは言い難い。各種イ

ンターネットサービスの普及により川上と消費者間の情報格差は解消される方

向にあり、在庫という形で情報格差を埋める必要性が低下しつつあることから

も、サプライチェーンをより高度化していく必要がある。

3. テクノロジーはいかにして小売業の課題を解決する可能性があるか ~今後の方向性

それでは、テクノロジーは、これらの課題をどの様に解決する可能性があるだ

ろうか。ビッグデータ、IoT、AIといった先端テクノロジーの活用が変えうる小売

業の有り様について検討したい(【図表 2】)。

(1)テクノロジー活用による顧客ニーズの理解

小売業においては、1970年代に POSシステムが登場したことで「モノ」のデー

タが得られる様になり、更に近年ではポイントカードや電子マネーの普及に伴

い「ヒト」のデータと紐つけた「ヒト」を起点としたマーケティングが可能となって

いる。ただし、この「ヒト」のデータは、オフラインの場では「購買」が生じた時点

に限られ、なぜその購買に至ったのか、あるいは至らなかったのか、について

は、仮説検証を繰り返すしかなかった。しかしながら今後は、センサー活用に

よる店舗内の IoT 化や AI 活用により、オフラインにおいても顧客の動的な行

動データを収集できる様になることが期待される。またオンラインチャネルでは、

ポストスマホと目される AI 音声アシスタントを通じた音声検索や画像検索が、

テキスト検索に代わる手段として普及するものと見られている。これにより、テ

キストデータから音声データや画像データにシフトし、購買データ以外の生活

データも取得しやすくなることから、顧客ニーズに関して収集できるデータは

質・量ともに飛躍的に増加するものと予想される。すなわち、オンライン・オフラ

インのあらゆるタッチポイントから消費者行動に係るビッグデータを収集できる

様になり、AI を活用して分析することで、顧客一人ひとりの嗜好を把握しカス

タマイズされた提案を行うことが可能になる見通しである。より高度なパーソナ

ルアシスト機能では、顧客の好みに応じた提案のみならず、セレンディピティ

をもたらすような提案も可能となり、より豊かな購買体験を可能にするものと期

待される。

(2)販売チャネルの変革を通じた利便性の実現

EC の普及と物流の高度化により、購買自体は「いつでも」「どこでも」できる様

になりつつある中で、今後は更に、オンラインチャネルはスマートフォンに留ま

らず、AI 音声アシスタントや IoT 家電といった形でより顧客の日常に入り込み、

既存のサプライ

チェーンは小売

の在庫調整機能

を前提とするが、

本来的には在庫

が発生しないサ

プライチェーンが

望ましい

IoT の活用により、

取得できるデータ

の質・量・頻度が

飛躍的に増加し、

AIで分析すること

で顧客一人ひと

りのニーズ理解

とカスタマイズ提

案が可能に

ビッグデータ、IoT、

AI は小売の未来

を大きく変えうる

オンラインチャネ

ルの購買プロセ

スは短縮化

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購買プロセスを短縮化・省力化し、自動化に近づけていくだろう2。

一方で、オフラインのチャネルは、オンラインと融合しながら、体験の提供や機

能の拡充という形で進化を遂げるものと期待される。

まず、店舗は、顧客に対し五感に働きかける体験を通じたセレンディピティを

提供する場として、あるいはすぐさま消費したい商品の購入場所として、引き

続き重要な役割を担うだろう。音楽配信サービスが伸びてもコンサート需要は

拡大している様に、店舗での買い物「体験」はオンラインを通じた購買以上の

ものを提供できる可能性が高い3。

また、店舗の IoT 化が進むことで、オンラインチャネルのみでは把握しきれな

い顧客の豊富な購買行動データを収集する新たなデジタルチャネルとして重

要性が高まるものと考えられる。現状では 9 割超の購買のチャネルとなってい

る店舗にセンサーや AI技術を導入することで、行動ログが全て取得出来るオ

ンラインに近い質・量でオフラインでの購買行動データが取得できるようになる。

オフラインで収集したデータをオンラインチャネルのデータと合わせ顧客理解

に活用する動きが広がるだろう。

更に、店舗は物流拠点としての重要性が高まることも予想される。とりわけ鮮

度管理や短時間配送が求められる食品分野においては、一定の商圏に対し

十分な在庫量を有し、場合によっては調理・加工機能も保有する既存店舗を

配送拠点として活用する効用は高い。今後、ピッキングや配送を担う AIロボッ

トやドローン、自動運転車が実用化し、ラストワンマイルの物流コストを低減で

きれば、店舗はラストワンマイルを担う物流拠点としての重要性を増すものと考

えられる。他方、過疎地などでは、固定された「店舗」の代わりに自動運転車

が日用品を取り揃えた移動式店舗として機能する可能性も高い。

この様に、今後 10 年という時間軸の中では、店舗は体験価値を高めながら、

オンラインや物流機能と融合し、「新たな小売」の姿へと進化していくものと考

えられる4。

(3)調達・在庫調整機能の変化

衣料品や食品の生産・流通プロセスでは、生産・物流プロセスの IoT 化による

可視化やロボットによる自動化、AI を活用した効率化の取組みが進んでいる。

小売において多様なチャネルを通じ膨大な購買行動データを収集・分析でき

る様になると、それをメーカーの企画・生産機能に柔軟に反映させることで顧

客ニーズにカスタマイズした商品を必要な量だけ Just in Timeで生産する、オ

ンデマンド化とマスカスタマイゼーション化が実現できるものと期待される。顧

客毎の嗜好の分散やトレンドの変化、天候要因等の影響を受けやすく、在庫

リスクが高い衣料品の分野では、リスクの排除を目的としてこの様な姿を目指

す取組みが先行して進んでいる。更に、AI を活用すればより精度の高い商品

企画や生産数量の最適化を実現できるだろう。この様に、サプライチェーン上

2 音声によるインターフェースの先を行く取組みとして、脳波から直接インプットする BCI(Brain Computer Interface)が研究されて

いる。この実用化は 10年以上先と見られているが、将来的には購買プロセスがほぼ即時化・自動化していくことも考えられる。 3 この様な店舗の特性を活かし、ショールーム型店舗をオンライン上に VRで表示し ECの購買を促進することも考えられる。 4 アリババグループのジャック・マー会長は、「オフライン、オンライン、物流、データの融合」による「新たな小売」の姿を予見して

いる。

店舗は「体験」を

提供する場として

存続

店舗は顧客購買

データを収集す

るチャネルとして

の重要性を増す

店舗は物流機能

と融合し、配送拠

点化や自動運転

車による移動式

店舗化が進むも

のと予想

小売業の役割は

在庫調整機能か

ら、メーカー機能

と連携したオンデ

マンド化・マスカ

スタマイゼーショ

ンの実現へと変

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の過剰な流通コストやリードタイムが解消されていき、メーカーと小売の距離が

大きく縮まることで、消費者は欲しいものをより迅速に手に入れることができる

世界が到来するだろう。

【図表 2】 小売業の現状課題と今後の方向性

(出所)みずほ銀行産業調査部作成

4. 小売業における先進的な取組み事例

こうした未来に向けての取組みは、現時点でどこまで進んでいるのだろうか。

近年、Amazonの動向がとりわけ注目されているが、これは、Amazonが ECの

分野において圧倒的規模と成長率を誇っているからだけではない。Amazon

が多くの事業者に危機感を与えているのは、最先端のテクノロジーの活用と

豊富な資金力により、既存の業界構造を破壊し寡占化していくことが予想され

るからである。同社においては、膨大なビッグデータを処理するためのデータ

センターを発端とするクラウド事業 Amazon Web Serviceがクラウド業界におい

て約 3 割という世界最大のシェアを掌握し収益源となっていることから、同社

の「豊富な資金力」もテクノロジーの産物といって差し支えないだろう。

Amazon は、小売業界がテクノロジーにより大きく変革する余地があることを示

しながら、「地球上で最も顧客に支持される」小売業の姿を目指しているといっ

ても過言ではない。以下では、昨今注目を集める Amazon の取組みを中心に、

その他の事例にも言及しながら、小売の将来の姿を探ることとする(【図表 3】)。

• 立地、面積(品揃え)、営業時間に制約あり

• 検索が必要• 返品率が高い

店舗

EC

②利便性の提供

①顧客ニーズの理解

• POS+IDによる静的な「購買」データのみ

③調達・

在庫調整

機能

• 調達に関する知見を保有

• 在庫を保有

現状

• 一人ひとりのニーズを把握/分析するには限界あり

• 結果として、品揃えと顧客ニーズとの乖離が生じやすい

• 顧客ニーズを必ずしも充足できない

• 顧客ニーズを充足する迄に時間がかかる

• 顧客ニーズ充足までにリードタイムが発生

現状の課題 新たなテクノロジー 今後の方向性小売の提供価値

• 需給調整機能は自動化• IoT化、AI活用によりリードタイムが短縮

<IoT>あらゆる場所が顧客とのタッチポイントに

<ビッグデータ>

収集可能なデータの

質・量が増大

<AI>識別、予測、最適化が可能に

オフライン

オンライン

• テキストデータ中心

• 「購買」前後の行動データの収集も可能に

オフライン

オンライン

• 音声や画像を含む生活関連データの収集が可能に

分析

• 過去の傾向値の把握のみ可

分析

• AIによる識別、予測、最適化が可能に

オフライン(自宅/店舗)

+オンライン+物流

サプライ

チェーン

• 店舗は「体験」を提供

• 店舗はIoT化し行動データの収集拠点に

• 店舗は物流拠点化• 自動運転車の店舗化

• 自宅内のAI/IoTデバイスが購買チャネルに

Amazon の取組

みは、テクノロジ

ーを活用して既

存の小売業界を

変革する余地が

大きいことを示す

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まず、「①顧客ニーズの理解」について見ると、Amazon は、「地球上で最も豊

富な品揃え、地球上で最も顧客を大切にする企業であること」をビジョンに掲

げ、その実現のために、早期からデータ活用に力を入れてきた。数億品目に

も及ぶ「最も豊富な品揃え」は、顧客が必要なものを探し当てることが出来て

初めて価値を持つことから、欲しているものに顧客が速く辿り着ける様に、顧

客のニーズを理解し、適切なリコメンドを提示することが優先課題であったた

めである。小売企業においては、顧客を住所や年齢といった「セグメント」に分

類することが一般的なマーケティング手法であったが、Amazon は、顧客「一

人」、あるいは、同じ人物を刻々と変化するニーズや関心に応じて更に細分化

した「0.1人」レベルの「セグメント」で顧客ニーズを捉えている。これを可能にし

たのは、PCやスマートフォンを通じたオンラインデータであった。

しかし、小売の販売額において EC の占める割合は北米を含む多くの国にお

いて 10%未満であり、依然として実店舗での購買が 9 割を占める状況である

ため、オンラインでの購買行動データを精緻に分析することのみで把握できる

消費者ニーズには限界がある。とりわけ、小売の中で最大のシェアを占め購

買頻度も高い食品の分野では、EC化率は 1~2%に留まるのが現状である。

ところが、IoT 化や AI 活用により、実店舗はオンラインと同様に精緻なデータ

を収集し分析できるチャネル(顧客接点)となりうることから、「実店舗で取得で

きるデータはオンラインと異なり限定的である」という状況は変わりつつある。こ

うした変化にいち早く着目し先進的な取組みを進めているのが Amazon であ

り、AI技術を駆使したレジなしコンビニ Amazon Goの開発や米有力食品スー

パーWhole Foods Marketの買収を通じたリアルへの進出という取組みからは、

同社が更なる購買行動データを蓄積し、分析することに執心していることがう

かがえる。Amazon は、EC 事業において自社直販だけでなくマーケットプレイ

ス事業を手がけることでより多くの購買行動データを得られる様になったが、

Amazon Go のシステムが外販されることになれば、オフラインにおいても同様

に他社での購買行動データが得られる、という大きな果実を手にすることにな

る。

更に、消費者の自宅に設置される AI 音声アシスタント、Amazon Echo や

Amazon Echo Look5は、オンラインチャネルを通じたデータ収集を強力に推進

する新たな顧客接点である。Amazon Echo (Look)には Alexa (Amazon が

開発した AI)が搭載され、個々人の嗜好や習慣を学習していく仕組みとなっ

ている。顧客の自宅という、顧客の実態に最も迫ることができる場に入り込み、

音声や画像という情報量の多い UI により日々のデータを取り込むことのでき

る Amazon Echo (Look)の様なデバイスは、Amazon の顧客セグメントを「0.1

人」から更に細分化していくことを可能にするだろう。オンライン・オフラインの

両方における膨大なデータを元に、個々人にカスタマイズされた最適な提案

を行っていく――というのが Amazon の描く姿であり、小売の 1 つの将来像だ

ろう。

続いて、「②利便性の提供」について見てみたい。利便性の向上に繋がる新

たな販売チャネルの一つは、前述の Amazon Echo (Look)や IoT デバイス

である Amazon Dash Button の様な、自宅に設置されるデバイスであろう。こう

したデバイスの普及により、思い立った時にすぐさま商品を調べ、そのまま購

5 Amazon Echo Lookは、カメラ付きの AI音声アシスタントであり、音声で全身のセルフィー画像や動画を撮影することが可能。

Amazonは膨大な

品揃えの中から

最適なリコメンド

を実現するため

に、早期から顧

客ニーズを「1人」

以下の単位で把

握することに注力

オンラインで得ら

れる購買行動デ

ータの質・量には

限界がある

IoT や AI 技術は

オフラインでの購

買行動データを

収集可能にする

Amazon は AI 音

声アシスタントを

通じ、更なる膨大

なオンラインデー

タを収集、オフラ

インデータと合わ

せて最適な提案

を行う

Amazon は音声

デバイスや IoT化

ボタンにより購買

プロセスを大幅

に短縮化

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入する、という消費行動が加速するものと考えられる。

一方、新たなオフラインの有り様としては、中国アリババ傘下の盒馬鮮生が一

例として挙げられる。盒馬鮮生は、ネットスーパーの物流倉庫兼配送拠点とし

て機能し、オンラインで注文された商品を店員がピックアップして集め天井の

ベルトコンベアーに載せると配送所に運ばれる仕組みを有する。店舗を物流

拠点として活用し、配送経路の選択に AI を活用することで、5km 圏内であれ

ば注文後 30 分以内の配送というスピードを実現している。同時に、その場で

購入ができる食品スーパーとしての機能も有しており、試食をしたり実物を確

かめたりすることができる場を提供している。在庫データがオン・オフ一元で管

理されていることで、この様な仕組みが可能となっている。

また、自動運転技術やロボット、ドローンと店舗を組み合わせた移動式店舗の

事例として、スウェーデンのスタートアップ Wheelys Inc.と中国の合肥工業大

学は共同で 24 時間営業の無人店舗「Moby Mart」の自動運転化を進めてお

り、上海でβ版をテスト中である。このサービスは、アプリで近くの Moby Mart

を呼び出すことができ、入店時にアプリで認証後、買いたい商品をスキャンし

ながらカートに入れ、店舗を出ると自動で登録済みクレジットカード等により精

算される仕組みである。店内ではバーチャルアシスタントとしてホログラフィ店

員が顧客の照会や在庫のない商品の注文、レシピ提案等を行うほか、ドロー

ンによる購入品の配送等も検討されている。Moby Martの価格は 10万ドル以

下に抑えられるとされており、中国での製造に向けた準備を進めているという。

食品の様に購買頻度が高く、実物を見てから購入したいというニーズが高い

カテゴリーや、有人・固定式店舗の損益分岐点を賄えない地域においては、

こうした新たな店舗の姿が普及していくものと考えられる。

この様に、店舗は今後、物流機能やオンラインチャネルと融合しながら機能を

拡充し、商圏さえもある程度自在に伸縮できる様になるものと予想される。従

来の、一定の商圏からの来店客を前提とした店舗の概念は根本的に変わり、

店舗戦略は見直しを迫られる可能性が高いだろう。

続いて、「③調達・在庫調整機能」の変化に係る事例について取り上げたい。

生産から販売まで垂直統合化し、オンデマンドで生産、販売までのリードタイ

ムを縮める取組みは、前述の通り衣料品分野で先行しており、一例として、

Amazonによるオンデマンド型アパレル生産システムの特許取得が挙げられる。

これは、顧客の注文に基づき、パターンのプリント、裁断、縫製が行われ、検

品後、顧客宛に配送される、というプロセスがほぼ自動で行われるというもの

であり、Amazon Echo Look を初めとする様々なデバイス経由で取得する顧客

データを元に、顧客毎にカスタマイズした衣料品をスピーディに生産して届け

ようという試みである。

また「情報製造小売業」化を目指すファーストリテイリングは、コンピューター横

編機世界最大手の島精機6と 2016年 10月に無縫製ニット製品(ホールガーメ

ント®製品)等の生産を事業内容とする合弁会社を設立した。島精機は横編み

機と連動するソフトウエアや生産管理システムのクラウド化を 1~2年以内に実

現することでアパレル生産の IoT化を目指しており、ファーストリテイリングの持

つ顧客ニーズに関するデータと組み合わせれば、個々の顧客に最適なニット

製品を受注後に生産し届ける仕組みが構築できるものと期待される。

6 島精機は、糸からニット製品を自動で生産できる編機「ホールガーメント®」の技術力の高さに定評がある。

盒馬鮮生は店舗

と物流機能が融

合した姿を提示

中国では無人店

舗の自動運転化

のβ 版テストの

取組みも見られ

Amazon は顧客

の注文から生産

までが連動した

オンデマンド型ア

パレル生産の特

許を取得

ファーストリテイリ

ングは顧客ニー

ズに応じたオン

デマンド生産体

制構築を目指す

Page 8: 13...Ⅱ-13. 小売 154 三点目の調達・在庫調整機能については、小売業はメーカーと消費者との間 で需給を最適化するマッチング機能を有している。小売業の在庫回転期間は、

Ⅱ-13. 小売

159

更に、AI 活用によるマスカスタマイゼーション化・オンデマンド化の事例として

は、米 Stitch Fix7による、商品企画や販売予測に AIを活用することで「売れる

商品」を「売れるだけ」製造する PB 商品開発や、H&Mの出資先オンライン専

業アパレル Ivyrevel と Google による、個人の行動データから AI が最適な服

のデザインを提案するアプリのβ版開発等が挙げられる。

物余りと言われ、また所有価値よりも利用価値に重きを置いたシェアリングエコ

ノミーも台頭する中では、在庫リスクや欠品リスクを抱えながらそのコストを上

乗せした状態で商品を売る従来のビジネスモデルには限界があり、IoT や AI

を活用しながら顧客ニーズによりフィットするものを効率的に生産・販売するビ

ジネスモデルを取り入れることが求められる。そのために、小売業は、在庫調

整機能の代わりに、川上・川中との連携を一層深め商品開発により主体的に

関与することで新たなる付加価値を生み出すことを目指すべきであろう。

以上の通り、小売業は、最新テクノロジーの活用によって、より顧客のニーズ

を満たし利便性を高め、一部の役割期待を変える形で、大きく変貌しようとし

ている。将来的には、この様な対応ができるプレーヤーによる需要の囲い込

みが進み、上位集約が進展するものと予想される。

【図表 3】 小売のビジネスモデル革新に向けた具体的な取組み事例

(出所)各種公表資料よりみずほ銀行産業調査部作成

7 2011年にサンフランシスコで創業したスタートアップ。スタイリストと AIが個々人の好みに応じた衣料品を提案、気に入ったもの

だけを購入できる、パーソナルスタイリングサービスを提供。提案される衣料品には当社のオリジナル商品も含まれる。

今後の方向性

• 需給調整機能は自動化

• IoT化、AI活用によりリードタイムが短縮

• 「購買」前後の行動データの収集も可能に

オフライン

オンライン

• 音声や画像を含む生活関連データの収集が可能に

分析

• AIによる識別、予測、最適化が可能に

自宅/店舗+オンライン+物流

サプライ

チェーン

• 店舗は「体験」を提供

• 店舗は物流倉庫を備えた配送拠点化

• 自動運転車の店舗化

• 店舗内のカメラ、センサー、マイクで顧客の行動を認知し行動データを収集

• 得られた顧客データはオンラインアカウントと連動顧客ニーズの理解

具体的な取組み事例

「Amazon Go」(試験的オープン)

• 顧客の自宅にて双方向かつ動的な音声データや画像データの収集が可能

• 非購買データの蓄積が可能

AI音声アシスタント「Amazon Echo」

• オフラインとオンラインの両方から得られるビッグデータを分析し、顧客に応じた最適な提案を実施

AmazonのAI

「Alexa」

• 即時性の高い(プロセスの短い)購買を実現する、自宅内の設置を想定したデバイスを展開

「Amazon Echo」/「Amazon Dash

Button」

利便性の提供

• 自宅内のAI/IoTデバイスが購買チャネルに

• 店頭で購入した商品をその場で調理してもらい食べることが可能

「盒馬鮮生」• 店舗はネットスーパーの配送拠点も兼ね5km圏内であれば30分以内の無料配送を実施

• 店舗はIoT化し行動データの収集拠点に

• 最上段参照「Amazon Go」

• 顧客の注文に基づき、ほぼ自動で、パターンのプリント、裁断、縫製、検品、顧客宛配送が行われる

Amazonによるオンデマンド型アパレル生産システム

「Moby Mart」(β版)

• 自動運転技術を活用した移動式無人店舗であり、アプリで近くの「Moby Mart」を呼び出すことを想定

• 将来的なドローンによる購入品の配送も検討中

• 商品企画や販売予測にAIを活用し、「売れるPB商品」を「売れるだけ」製造

「Stitch Fix」

商品企画や販売

予測に AI を活用

する試みも始まっ

ている

小売業は在庫調

整機能に代わり、

商品開発におけ

る新たな付加価

値を生み出すべ

将来的には変化

対応の巧拙が明

暗を分け寡占化

が進む見通し

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Ⅱ-13. 小売

160

5. 日系小売企業の採るべき戦略方向性 ~日系小売企業は何をすべきか

さて、この様に今後様々な大きな変化が予想される小売業界において、現状

大きな市場シェアを占める従来型の小売企業にはどの様な課題があり、成長

に向けてどの様な手を打つべきであろうか(【図表 4】)。

本章では、小売業が今後、「①顧客ニーズの把握」、「②利便性の提供」、「③

調達・在庫調整機能」の点で変化していくという未来予想図を確認した。これ

らを実現する上での従来型小売企業の課題としては、「ビジネスモデルの革

新に向けた全体戦略及び組織体制の不適」、「既存ビジネスに基づくレガシ

ーの存在」、「新たに求められるノウハウの不足」、の三点が挙げられるのでは

ないだろうか。

一点目の戦略及び組織体制に関しては、上場企業であっても、オンラインビ

ジネスに精通した経営人材がいないことで適切な戦略や打ち手を描けないケ

ースや、デジタル戦略統括者の頻繁な交代により戦略が非連続な形で変更さ

れているケースが散見される。結果として、経営トップに危機感があってもデジ

タル対応の歩みが遅れている企業は多い。明確な全社戦略が示されない中

では、目先の事業戦略の推進・改善に囚われすぎることでビジネスモデル変

革への対応が遅れがちである。

二点目のレガシーに関しては、これまで小売業は売場面積の拡大による売上

拡大が専ら成長の指標となってきたために、この様な指標にあわせて優位性

を築いてきた大手企業であるほど新しい時代にはそぐわない多くのレガシー

を抱えているという面がある。人材、店舗網、システムを変えようとすれば大き

な痛みを伴うことから、最適解をゼロから構築するよりも、既存のレガシーを否

定しない選択肢を所与として考えるという事態に陥りやすい。既存の強みを活

かすことは重要であり全否定すべきものではない。しかし、Amazon の様な競

合企業は、自社競合を厭わず最終的に消費者に支持される解を求めて次々

と新たなサービスを打ち出していることを忘れてはならない。

三点目のノウハウに関しては、小売業の競争力の源泉が物販のみならず、テ

クノロジー活用や物流などへ広がり、新たに自社に取り入れるべきノウハウや

領域が拡大の一途を辿る中では、自前主義は限界を迎えつつあるというのが

実情だろう。

係る中、従来型小売企業が取組むべき方向性は三点あると考える(【図表 4】)。

一点目は、激変する環境を踏まえたデジタル戦略の立案と遂行体制の構築

である。例えば世界最大の小売企業、米Walmartは、2010年に EC事業を強

化する方針を打ち出し、翌 2011年には 5つの主要な戦略の 1つに“Winning

in Global eCommerce”(世界の ECでの勝ち組となる)を掲げた。同社は同年、

ITベンチャーKosmix社の買収を通じてテクノロジー拠点@WalmartLabsの基

盤を確立し、更にその後 CEO 自らが元 eBay の優れた技術エグゼクティブを

引き抜いてテクノロジー拠点トップに登用、その後も次々と IT ベンチャーを買

収しながら 2,000人以上の IT 人材を確保、2016年には Jet.com を 33億ドル

で買収し、Amazon に対抗しうる起業家とビジネスモデルを獲得している。

Jet.com の創業者が同社の EC 部門を率いて以降、オンライン注文品の店舗

受取り時に配送料分を割引するサービス「Pickup Discount」を開始したり、

Amazon対抗策として AI音声アシスタントを展開する米 Google との提携を決

変化対応に向け

た主な課題は「戦

略と体制の不適」、

「レガシーの存

在」、「ノウハウ不

足」の三点

オンラインビジネ

スに精通した経

営人材の不在が

「戦略と体制の不

適」要因に

従前の勝ち組企

業ほど多くのレガ

シーを抱え、その

レガシーに囚わ

れがちである

必要なノウハウ

が多様になる中、

自前主義では限

界あり

まずは、 IT 重点

投資に向けたトッ

プダウンの意思

決定に加え、オン

ラインビジネスに

精通した経営人

材の登用と適切

な戦略の策定、

テクノロジー人材

の確保が要に

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定したりするなど、迅速な意思決定を矢継ぎ早に行っている。ビジネスモデル

を変革するには、まず、IT へ重点投資を行うというトップダウンの意思決定が

必要だが、それだけでなく、具体的なデジタル戦略を描くことができるオンライ

ンビジネスに精通した優れた経営人材の登用と、戦略の立案、そして戦略を

具現化していく上での実行部隊となるテクノロジー人材の確保が要となろう。

二つ目に重要な点は、レガシーを取捨選択すると共に、既存の強みを磨き上

げることである。前述のWalmartは近年、ECや ITへの投資を拡大させると同

時に、店舗や人材といった既存資産への投資配分の見直しも行っている。具

体的には、2016年以降、小型店を中心とする不採算店舗を閉鎖し、効率化が

可能な業務の人員は削減する一方、既存店の改装投資を拡大させ、従業員

教育や賃上げに資金を投じて接客力を高めることに注力している。この様に、

店舗の魅力を高めながらオンラインチャネルとの連携を深めることで、全米人

口の 9 割を 10 マイル(16km)圏内でカバーしている既存店舗網を活かしたオ

ムニチャネル化に取組んでおり、結果として同社は、EC 売上を伸ばすだけで

なく8、米国の既存店売上を 12 四半期連続で増加させることにも成功している9。店舗網や人材はレガシーとなりうることから、現行体制は適切に見直すべき

であるものの、EC は広告宣伝費や顧客の囲い込みの施策、商品を顧客まで

届けるための物流体制や IT インフラに多額の投資が必要であり、すべてを

EC で完結することが必ずしも顧客や自社の利益に適うとは限らない。ウォル

マートの取組みは、時代に即した投資配分の見直しにより、店舗や人材といっ

た既存の強みを活かしながらデジタルシフトを成功させる余地があることを示

す好事例と言えるだろう。

また、生産者やメーカーと消費者との間に位置し、調達ルートに係る知見を活

かしながら消費者に付加価値を提供する、という既存の強みの磨き上げは、

小売業のみで完結するものではない。川上・川中の担い手とも連携し、短期

的な利害に囚われることなくサプライチェーン全体の高度化に早急に取組み、

より大きな価値を生み出していくことが重要である。従来、サプライチェーンの

担い手は、在庫リスクと利益をいかに配分するか、という点において利害が対

立しやすいことから、データやノウハウの共有には限りがあった。しかし、商品

力や調達ルートでの差別化は、既存の事業者の最大の強みの一つであり、こ

れを更に強化することは喫緊の課題である。現在、コンビニ業界において、

RFID10を活用しサプライチェーンの効率化を図ろうという動きがある。関係者

が多いだけに、費用の分担等の利害調整が支障になるものと見られるが、こ

の様な企業間連携は今後益々欠かせなくなるだろう。

三点目は、自らに足りない部分を早期に認識したものの自社で充足できない

場合には、ノウハウを有するパートナーと組むことである。これまで見てきた様

に、これからの時代には、顧客理解のためのビッグデータの収集と分析、IoT

や AI といった最新テクノロジーを活用したチャネルの最適化やサプライチェ

ーンの再構築が競争の鍵を握ることになる。そのためにはまず、EC対応、テク

ノロジー活用および物流面で、早期に競争力ある体制を構築することが求め

られる。とはいえ、店舗型小売企業が従来の発想に囚われずに優れたテクノ

ロジー先進企業に変革することは人材面やノウハウ面で相応にハードルが高

8 Walmartは 2018年度第 2四半期において、EC売上高は前期比 60%増、流通総額は 67%増の伸びを実現している。 9 2015年度第 3四半期~2018年度第 2四半期。 10 radio frequency identification の略。ID情報を埋め込んだ RFタグのデータを非接触で識別する自動認識技術。

次に、戦略に照

らしたレガシーの

取捨選択が必要

川上・川中企業と

連携しサプライチ

ェーン全体の高

度化・効率化に

取組むことで、よ

り大きな価値を

生み出すことも急

最後に、テクノロ

ジーや物流機能

において自社に

ないノウハウを有

するパートナーと

の協業が鍵を握

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いと考えられ、また AI デバイスの開発や物流網の構築を個別の小売企業が

全て自ら手がけることも困難だろう。従って、自社にない強みであるテクノロジ

ーや物流に優れた企業と組むという戦略の重要性が増すものと考えられる。

例えばセブン&アイ HDは、物流や自社 ECサイト「ロハコ」の運営に強みを持

つアスクルと組み、食品 EC 事業「IY フレッシュ」を 2017 年 11 月から展開す

る計画を発表した。アスクルは、自社配送網を持ち、最先端のロボティクスや

AI を活用して物流機能の高度化にも取組むなど、物流に強みを持つ企業と

して知られる。また、自社 EC サイト「ロハコ」を通じて得られた購買行動ビッグ

データを食品・日用品メーカーと共有して消費者から支持される商品開発を

行っているほか、最近ではソニーモバイルコミュニケーションズが 6 月に発売

した家庭用デバイス「Xperia Touch」を使い音声で「ロハコ」を利用できる専用

アプリを開発する等、ビッグデータやテクノロジー活用にも積極的な企業であ

る。顧客の購買頻度が高い食品カテゴリーにおいて PB開発に定評があり、金

融面でも電子マネーや銀行を展開する強みを有するセブン&アイ HD との協

業は、顧客との接触頻度を増加させ、独自の経済圏を築くことも可能になる等

シナジーが大きく、競争力の高いプラットフォームを共同で構築することが可

能であると期待される。テクノロジーや物流に優れる企業は、Amazon11だけで

はなく、例えば音声デバイスの分野では、Amazon Echo の 70%に次いで

Google Homeが 24%を、その他企業が 6%を占める12。Amazonの様に、小売、

物流、システムの全てを内製化している企業は他に類を見ないものの、それ

だからこそ、一部の分野で大きな強みを持つ企業同士が手を組み、新たな小

売業の姿を描いていく余地があるのではないだろうか。

【図表 4】 ビジネスモデル変革に向けた課題と取組み方向性

(出所)みずほ銀行産業調査部作成

11 Amazonは ECの肝となる物流体制構築に多額の投資を行っており、物流に大きな強みを持つ企業としても知られる。 12 米国におけるシェア。eMarketer, US Voice-Enabled Speaker User Share, by Player, 2017による。

戦略と組織体制の不適

レガシーの存在

ノウハウの不足

• テック業界出身の経営人材不在による適切な戦略の不在

• デジタル戦略統括者の頻繁な交代による戦略の変更

• 実行に向けたテクノロジー人材の不足

• 従来からの人材、店舗網、システムの存在が最適化への変革を阻む要因に

• テクノロジー、物流等におけるノウハウの不足

変革に向けた課題

適切な戦略と組織体制の構築

レガシーの取捨選択と強みの磨き上げ

ノウハウ不足部分の早期特定と補完

ビジネスモデル革新に向けた取組み方向性

IT重点投資に向けたトップダウンの意思決定

オンラインビジネスに精通する優れた経営人材の登用と戦略策定

有力ベンチャー買収もしくは採用強化によるテクノロジー人材確保

各店舗やそれに伴う人的サービスの必然性の検証

川上・川中と連携したサプライチェーン全体の高度化

自社に不足するノウハウを有するパートナーとの協業

補完性が高い協

業の一例として、

セブン&アイHDと

アスクルの提携

が挙げられる

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6. おわりに

Amazonの足音は、従来型小売企業にとり大きな脅威であるものの、それは同

時に、改めて消費者と向き合い、他社と組みながらビジネスモデルを革新して

いく契機とも捉えられるだろう。技術革新がもたらす変化の潮流は速く、企業

の盛衰も激しい。これまで、小売はドメスティック産業であり、国境を越えて成

功することは難しかったが、その小売業においてもテクノロジーの活用が鍵と

なりつつある中では、今後は競争が一段と加速し、フィールドがよりボーダレス

になることも十分に考えられ、地場企業であるというだけで競争優位性を維持

することは困難になる可能性もある。それは裏を返せば、日系企業にとっても

優れたビジネスモデルを、国境を越えて展開するチャンスが広がるということ

でもあろう。従来型小売企業が持つ商品調達力や顧客ニーズの理解、接客

力、これまで築き上げてきた信頼やブランドの価値は大きい。それらを新たな

テクノロジーと融合させながら化学反応を起こし、世界にも通用する「新たな小

売」の姿を描いていく、そんな取組みが期待される。

みずほ銀行産業調査部

流通・食品チーム 利穂 えみり

[email protected]

Amazon の脅威

はビジネスモデ

ル革新の機会で

もある

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/57 2017 No.1 平成 29 年 9 月 28 日発行