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13. 抗 XDR-TB 物質 CPZEN-45 の合成 渡辺 Key words:抗 XDR-TB 剤,全合成, 触媒的不斉反応,核酸系抗生物質 微生物化学研究会 微生物化学研究所 有機合成研究部 現在世界総人口の約 3 分の 1 が結核菌に感染していると推定されており,結核は人類にとって最も重大な感染症として君臨 し続けている.更に近年では,既存薬による化学療法が事実上ほぼ不可能な超多剤耐性結核菌(XDR-TB)が確認され大 きな問題となっている.CPZEN-45(Fig. 1)は,五十嵐らにより 2003 年に報告された放線菌由来の核酸系抗生物質 caprazamycin 1) を基に半合成的に得られた誘導体であり,従来の結核菌のみならず XDR-TB に対しても良好な抗菌活性を 示す.本研究は,新たな抗 XDR-TB 剤の開発を目指した構造活性相関研究に応用することのできる CPZEN-45 の効率的 な立体選択的合成法の確立を目的とした. Fig. 1. Structure of caprazamycin B and CPZEN-45. CPZEN-45(Fig. 1)のウリジン部位とジアゼパノン環の接合部に存在する 1,2-syn-アミノアルコール部位の立体選択的構 築にはアルドール関連反応の利用を試みた.基質となるウリジン由来のアルデヒドには既に不斉点が存在しているが,触媒的不 斉アルドール反応の条件に付すことで,光学活性金属錯体による高度な立体識別能がジアステレオ選択性を劇的に向上させる 効果を期待した.また,ジアゼパノン環の構築にはこれまで caprazamycin と構造的に関連した天然物への適用が報告されて いない閉環メタセシス(RCM)を利用する合成戦略を立案した.同時に caprazamycin B(Fig. 1)の初の全合成を企図 し,側鎖部分に存在する非対称 3-メチルグルタル酸ジエステル部位の構築に応用可能なアルコールを求核剤とした同無水物 のエナンチオ選択的開環反応について検討を行った.更に同側鎖の β-ヒドロキシエステル部位のエナンチオ選択的構築を試 み,やはり著者の所属研究室にて最近精力的に研究が展開されている触媒的不斉ダイレクトチオアミドアルドール反応の適用を 試みた. 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012) 1

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Page 1: 13. 抗XDR-TB物質CPZEN-45の合成 渡辺 匠€¦ · CPZEN-45(Fig. 1)のウリジン部位とジアゼパノン環の接合部に存在する1,2-syn-アミノアルコール部位の立体選択的構

13. 抗 XDR-TB物質 CPZEN-45 の合成

渡辺 匠

Key words:抗 XDR-TB剤,全合成,       触媒的不斉反応,核酸系抗生物質

微生物化学研究会 微生物化学研究所有機合成研究部

緒 言

 現在世界総人口の約 3 分の 1 が結核菌に感染していると推定されており,結核は人類にとって最も重大な感染症として君臨し続けている.更に近年では,既存薬による化学療法が事実上ほぼ不可能な超多剤耐性結核菌(XDR-TB)が確認され大きな問題となっている.CPZEN-45(Fig. 1)は,五十嵐らにより 2003 年に報告された放線菌由来の核酸系抗生物質caprazamycin1)を基に半合成的に得られた誘導体であり,従来の結核菌のみならず XDR-TB に対しても良好な抗菌活性を示す.本研究は,新たな抗 XDR-TB 剤の開発を目指した構造活性相関研究に応用することのできる CPZEN-45 の効率的な立体選択的合成法の確立を目的とした. 

 Fig. 1. Structure of caprazamycin B and CPZEN-45.

   

方 法

 CPZEN-45(Fig. 1)のウリジン部位とジアゼパノン環の接合部に存在する 1,2-syn-アミノアルコール部位の立体選択的構築にはアルドール関連反応の利用を試みた.基質となるウリジン由来のアルデヒドには既に不斉点が存在しているが,触媒的不斉アルドール反応の条件に付すことで,光学活性金属錯体による高度な立体識別能がジアステレオ選択性を劇的に向上させる効果を期待した.また,ジアゼパノン環の構築にはこれまで caprazamycin と構造的に関連した天然物への適用が報告されていない閉環メタセシス(RCM)を利用する合成戦略を立案した.同時に caprazamycin B(Fig. 1)の初の全合成を企図し,側鎖部分に存在する非対称 3-メチルグルタル酸ジエステル部位の構築に応用可能なアルコールを求核剤とした同無水物のエナンチオ選択的開環反応について検討を行った.更に同側鎖の β-ヒドロキシエステル部位のエナンチオ選択的構築を試み,やはり著者の所属研究室にて最近精力的に研究が展開されている触媒的不斉ダイレクトチオアミドアルドール反応の適用を試みた. 

 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012)

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Page 2: 13. 抗XDR-TB物質CPZEN-45の合成 渡辺 匠€¦ · CPZEN-45(Fig. 1)のウリジン部位とジアゼパノン環の接合部に存在する1,2-syn-アミノアルコール部位の立体選択的構

結 果

 まず初めに, リボースの 2 位および 3 位の水酸基をイソプロピリデンで保護されたウリジン誘導体から容易に合成されるアルデヒドに対し,Boc グリシン由来のチオアミドを求核種前駆体として用い,熊谷・柴﨑らにより開発された触媒的不斉ダイレクト型アルドール反応 2)を試みたところ(Scheme 1),銅塩の種類,不斉配位子の種類および絶対配置等に関わらずスキームに示した通り望む配座とは逆の syn 体が得られた.例えば本反応開発時に高いエナンチオ,およびジアステレオ選択性を発現し,且つ今回のケースにおいて正しい面選択性の発現が期待された (S,S)-Ph-BPE を不斉配位子とした系を用いた場合でも,基質の立体化学から誘起されるジアステレオ選択性が優勢となり,8:1 の割合で逆の立体化学を有するアルドール成績体を主生成物として得た.CPZEN-45 の全合成を目的とした場合,本反応の利用価値は限られるが,caprazamycin 類の立体化学と抗結核活性の関係解明を目指した構造活性相関研究に適用できるものと考えられる. 

 Scheme 1. Stereoselective construction of amino alcohol moiety: catalytic asymmetric direct thioamide-aldol

reaction. 

  一方,1 価の銀塩もしくは銅塩を触媒としイソシアノ酢酸エステルを基質としたアルドール反応 3)を試みた場合は望む配座のsyn 体の前駆体となる trans-オキサゾリンが,比較的高い選択性で得られた(Scheme 2).例えば 5 mol%の酢酸銀とそれに対し 2当量のトリフェニルホスフィン,並びにジイソプロピルエチルアミンを作用させると反応は極めて円滑に進行し,目的とする trans-オキサゾリンを 61%の収率で与え,12:1 の選択性で所望のジアステレオマーが優先された.ここではリボース 2位および 3位の保護基を嵩高い TIPS とすることで高い選択性を獲得することが可能となった. 

 Scheme 2. Stereoselective construction of amino alcohol moiety: isocyanoacetate-aldol reaction.

   こうして得られたオキサゾリンは塩酸を作用させることで syn-アミノアルコールに変換することが可能である.続いて遊離したアミノ基を Cbz 基で保護した後に松田・市川らの方法 4)に従いグリコシル化反応を行うことで,アミノリボース部位を導入した.現在までに保護アミノ基をアリル化と,デヒドロサルコシンとのアミドへの変換を経て ring closing metathesis (RCM) の基質

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を合成することに成功している(Scheme 3).RCMは諸条件をアミノ基上の保護基を変えたいくつかの基質について現在検討中である. 

 Scheme 3. Synthetic route to substrates for ring closing metathesis.

   また,CPZEN-45 の合成と並行して caprazamycin B の不斉全合成研究に着手し,主に側鎖のβ-ヒドロキシカルボン酸部位と非対称 3-メチルグルタル酸ジエステル部位の触媒的不斉反応による立体選択的構築を中心に検討を行った.  β-ヒドロキシカルボン酸部位も熊谷・柴﨑らにより開発された触媒的不斉ダイレクトチオアミドアルドール反応 5)を適用した(Scheme 4).スキームに示した通り酢酸由来のチオアミドと長鎖脂肪族アルデヒドを基質として種々条件を検討したところ,メシチル銅を用いる第二世代の系を用いた場合,84% ee のエナンチオ選択性にて望む S 体のアルドール成績体を得ることができた.続いて水酸基を適当なシリル系保護基により保護した後,チオカルボニル基の S-メチル化と続くヒドリド還元を行えば後処理により対応するアルデヒドへと導かれる.生成物はPinnick 酸化により容易にカルボン酸へと変換され,これを caprazamycinB 全合成の中間体として利用する予定である. 

 Scheme 4. Stereoselective synthesis of side chain moiety: catalytic enantioselective thioamide-aldol reaction.

  

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 次に 3-メチルグルタル酸ジエステル部位の合成に関して,同無水物のエナンチオ選択的非対称化によるモノエステルへの変換を触媒する反応系を探索した.その結果,松永・柴﨑が開発し, 現在は市販されているニッケル-光学活性シッフ塩基二核錯体 6)が良好な立体選択性で当該反応を進行させることがわかった(Scheme 5).スキームに示したメタノールを求核剤とする例では 40 時間の反応で単離収率 91%,94% ee のエナンチオ選択性で対応するモノメチルエステルを得ることができた.これは同一基質の組合せで実施された触媒的不斉非対称化反応においてこれまでで最も高いエナンチオ選択性である. 

 Scheme 5. Enantioselective desymmetrization of meso-glutaric anhydride catalyzed by Ni2-(Schiff base)

complex. 

   caprazamycin B の全合成においてはモノベンジルエステルを中間体として利用する予定であるため,ベンジルアルコールを求核剤とした反応も試みた.この場合,48 時間の反応で単離収率 80%,91% ee にて目的物を得ることが出来た. これらに加えグルタル酸無水物 3位の置換基および求核剤のアルコールが異なる計 13 例についても実験を行った.詳細は論文を参照されたい 7).

考 察

 これまで caprazamycin B の構造中 3 箇所の立体化学について炭素-炭素結合形成過程において制御することが出来た.そのうち 2 箇所については著者の所属研究室で開発された触媒的不斉反応を利用しており,これらの反応が複雑な構造を有する化合物の立体選択的合成においても威力を発揮することが示された.今後は RCM によるジアゼパノン環の構築法の条件設定に注力し早期の CPZEN-45 の全合成の達成を目指すとともに,caprazamycin B のジアゼパノン環内の β-ヒドロキシアミノ酸部位の立体選択的構築法の開発にも着手し,同化合初の全合成を完成させたい.

共同研究者

本研究の共同研究者は, 微生物化学研究会微生物化学研究所の柴﨑正勝,および Purushothaman Gopinath である.

文 献

1) Igarashi, M., Nakagawa, N., Doi, N., Hattori, S., Naganawa, H. & Hamada, M. : Caprazamycin B, anovel anti-tuberculosis antibiotic, from Streptomyces sp. J. Antibiot., 56 : 580-583, 2003.

2) Iwata, M., Yazaki, R., Chen, I-H., Sureshkumar, D., Kumagai, N. & Shibasaki, M. : Direct catalyticenantio- and diastereoselective aldol reaction of thioamides. J. Am. Chem. Soc., 133 : 5554-5560,2011.

3) Bentio-Garagorri, D., Bocokić, V. & Kirchner, K. : Copper (I)-catalyzed diastereoselective formationof oxazoline and N-sulfonyl-2-imidazolines. Tetrahedron Lett., 47 : 8631, 8641-8644, 2006.

4) Hirano, S., Ichikawa, S. & Matsuda, A. : Development of a highly β-selective ribosylation reactionwithout using neighboring group participation: total synthesis of (+)-caprazol, a core structure ofcaprazamycins. J. Org. Chem., 72 : 9936-9946, 2007.

5) Kawato, Y., Iwata, M., Yazaki, R., Kumagai, N. & Shibasaki, M. : A simplified catalytic system fordirect catalytic asymmetric aldol reaction of thioamides; application to an enantioselective synthesisof atorvastatin. Tetrahedron, 67 : 6407, 6539-6546, 2011.

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Page 5: 13. 抗XDR-TB物質CPZEN-45の合成 渡辺 匠€¦ · CPZEN-45(Fig. 1)のウリジン部位とジアゼパノン環の接合部に存在する1,2-syn-アミノアルコール部位の立体選択的構

6) Chen, Z., Morimoto, H., Matsunaga, S. & Shibasaki, M. : A bench-stable homodinuclear Ni2-Schiffbase complex for catalytic asymmetric synthesis of α-tetrasubstituted anti-α, β-diamino acidsurrogates. J. Am. Chem. Soc., 130 : 2170-2171, 2008.

7) Gopinath, P., Watanabe, T. & Shibasaki, M. : Catalytic enantioselective desymmetrization of meso-glutaric anhydrides using a stable Ni2-Schiff base catalyst. Org. Lett., 14 : 1358-1361, 2012.

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