1985年~2016年の沿革 - 日本損害保険協会 | sonpotranslate this...

(第 3 種郵便物認可) 12 2017 年(平成 29 年)5 3 0 日(火曜日) 10 43 貿10 調10 11 12 19 10 12 10 56 11 12 使10 10 便23 31 31 30 損保協会作成の記念ロゴ 沿【第2回】 1985年~2016年の沿革 関連年表 協会の主な出来事 損害保険業界をめぐる主な動き 1985 ・ネットワーク推進準備室を設置 1986 ・損害保険ネットワーク(自動車保険契約 情報交換業務)を稼動 1987 ・業務開発室を設置 1988 ・損害保険ネットワーク(自動車事故情報 交換システム)を稼動 1991 ・台風19号が日本列島を縦断 1994 ・公正取引委員会から自動車保険修理工 賃の件で警告 ・「日本国政府及びアメリカ合衆国政府に よる保険に関する措置」が合意 1995 ・「損害保険会社の独占禁止法遵守マニュ アル」を作成 ・阪神・淡路大震災が発生 1996 ・業務運営特別委員会を設置 ・公正取引委員会から会員会社の独占禁 止法遵守について指導要請 改正保険業法施行 金融ビッグバン構想の提唱 日米保険協議が決着 公正取引委員会が日本機械保険連盟に独 占禁止法違反で勧告 1997 ・独禁法コンプライアンス・プログラム を作成 ・監査室を廃止 1998 ・初めて中期事業計画を策定 ・算定会料率の使用義務が廃止 2001 ・消費者契約法施行 2005 ・金融庁が損害保険会社に付随的な保険 金支払漏れの報告を徴求 2006 ・「消費者の声」諮問会議を設置 2010 ・そんぽ ADR センターを設置 ・保険法施行 2011 ・東日本大震災が発生 2012 ・一般社団法人へ移行 2016 ・熊本地震が発生 ・改正保険業法施行

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Page 1: 1985年~2016年の沿革 - 日本損害保険協会 | SONPOTranslate this page¼ˆ第3種郵便物認可) 2017 年( 29) 5月3 0日() (12) (界の自由化前夜1.損害保険業

(第 3種郵便物認可) ( 12)2 0 1 7 年(平成 2 9 年)5 月 3 0 日(火曜日)

1.損害保険業

界の自由化前夜

(1985年

~1995年)

 (1)積立型保険の全

盛期

 1985年からの約10

年間は、バブル景気とい

われる経済・社会環境の

下、損害保険各社が、積

立型保険の販売を積極的

に展開した時期である。

積立型保険は、保険本来

の補償機能に加え、満期

時には満期返戻金が支払

われるという貯蓄機能を

併せ持ち、保険契約者の

ニーズに合致した。損害

保険各社が積立型保険の

改定や多様化に積極的に

取り組んだこともあり、

会員会社合計の元受正味

保険料に占める積立保険

料の割合は43%に達した

(1986年度)。

 (2)規制緩和・自由

化前夜

 戦後の損害保険業界

は、いわゆる護送船団方

式といわれた規制市場に

おいて発展してきたが、

日米間の貿易不均衡を背

景として、1980年代

後半に、米国から損害保

険市場の開放を求められ

るようになった。こうし

た中、保険分野を交渉優

先分野の一つとして日米

間で交渉が続けられた結

果、「日本国政府及びア

メリカ合衆国政府による

保険に関する措置」とし

て合意に至った(199

4年10月)。

 この合意では、わが国

が講ずる措置として、保

険商品・料率の自由化、

第三分野への生損保相互

乗り入れについての激変

緩和措置等が定められ

た。

 また、損害保険業界で

は、保険業法の抜本改正

議論を見据えた今後の保

険監督の在り方について

議論が始まった。損害保

険協会は、業務開発室を

新設し(1987年4

月)、保険法制に関する

専門的、政策的な調査・

研究を行った。

 (3)独占禁止法遵守

の取り組み

 この時期、損害保険業

界において、独占禁止法

の遵守強化につながる二

つの出来事が発生した。

一つは自動車保険修理工

賃協定問題であり、損害

保険協会が公正取引委員

会から、自動車保険にお

ける修理工賃の単価を会

員会社間で協定した疑い

で、警告(1994年10

月)を受けたものであ

る。

 損害保険協会は、この

警告を受けて、独占禁止

法の基本的な考え方や保

険実務に即した解説とし

て「損害保険会社の独占

禁止法遵守マニュアル」

を作成し(1995年11

月、現在の「損害保険会

社の独占禁止法遵守のた

めの指針」)、会員各社

に周知を図った。また、

部門横断の専任の委員会

として業務運営特別委員

会を設置し(1996年

5月、現在のコンプライ

アンス委員会)、独占禁

止法の遵守に取り組むこ

とになった。

 もう一つは、日本機械

保険連盟が機械・組立保

険の料率についてカルテ

ル行為を行っていたとし

て、公正取引委員会から

独占禁止法違反による排

除勧告を受けたことであ

る(1996年12月)。

 同連盟の加盟会社の多

くが損害保険協会の会員

会社であったため、公正

取引委員会から損害保険

協会に対し、会員会社へ

の指導要請があった。こ

れを受け、損害保険協会

と会員会社双方が独占禁

止法を遵守するための

「独禁法コンプライアン

ス・プログラム」を策定

(1997年1月)し、

その後も独占禁止法への

対応を最重要課題

として取り組むこ

とになった。

 (4)大規模災

害への対応

 1991年には

日本列島を横断し

た台風19号が各地

に大きな被害をもたら

し、保険金支払額の合計

は、風水害に対する保険

金としては過去最大の5

680億円に達した。ま

た、1995年には阪神

・淡路大震災が発生し、

地震保険制度創設以来の

最高額(当時)となる7

83億円の保険金を支払

うなど、大規模災害に際

し迅速かつ適正な保険金

支払いに努めた。

 (5)損害保険ネット

ワークの稼働

 通信回線の自由化等に

伴う高度情報社会に対応

して、損害保険各社を結

ぶデータ通信ネットワー

クを共同開発するため、

損害保険協会にネットワ

ーク推進準備室(現在の

IT推進部)を設置し

(1985年7月)、損

害保険ネットワークを稼

働した(1986年10

月)。まず、自動車保険

契約に関する情報交換業

務から開始し、その後、

自動車保険の車両・対物

事故データ等を交換する

自動車事故情報交換シス

テムを稼働させた(19

88年12月)。これによ

り、相手車両の契約保険

会社を早期に確認できる

等、事務処理の円滑化、

保険金支払いの迅速化に

つなげるとともに、保険

金の重複請求の防止や早

期発見が可能となった。

2.損害保険業

界の基盤の再構築

(1996年

~2005年)

 (1)規制緩和・自由

化の進展

 1996年から200

5年までの約10年間は、

規制緩和・自由化の進展

の中で、現在の損害保険

業界の基盤が再構築され

た時代といえる。

 56年ぶりとなった保険

業法の全面改正(199

6年4月施行)では、保

険業界を取り巻く経済・

社会環境の変化への対応

を目的に、規制緩和・自

由化、健全性の維持、公

正な事業運営の確保の三

つが柱とされ、保険商品

・料率の一部届出制が導

入されるとともに、保険

契約者保護基金制度の創

設や子会社方式による生

損保の相互乗り入れ等が

実現した。

 規制緩和・自由化の流

れは、金融ビッグバン構

想の提唱(1996年11

月)や日米保険協議の決

着(同年12月)等により

加速した。リスク細分型

自動車保険が認可された

他、通信販売を中心とし

た外資系損害保険会社が

参入した。また、金融シ

ステム改革のための関係

法律の整備等に関する法

律により、算定会料率の

使用義務が廃止された

(1998年7月)。

 (2)損害保険業界の

再編

 2000年代に入る

と、規制緩和・自由化の

進展や海外保険会社との

競争等により、規模の拡

大や低コスト化の必要性

が高まり、損害保険会社

の合併や経営統合が促さ

れた。

 (3)損害保険協会の

取り組みの変化

 従来、損害保険協会の

主な業務の一つに、会員

会社向けの委員会活動が

あった。各種委員会で

は、業界課題が論議さ

れ、その結果を業界ルー

ルとして定めるものもあ

った。こうした業界ルー

ルは、独占禁止法の観点

から、ほとんどが廃止さ

れ、委員会活動も大幅に

見直された。

 これに伴い、業界ルー

ル等の遵守状況を監査し

てきた監査室(1957

年設置)も廃止された

(1997年3月)。

 損害保険業界を取り巻

く環境が変化する中、損

害保険協会は、初めて中

期事業計画(1998年

度~2000年度の3か

年計画)を策定し、会員

会社向けを主体にした活

動から、社会に開かれた

活動へとシフトした。

3.消費者保護

の推進

(2006年~)

 (1)消費者保護の推

 2006年からの10年

間は、消費者保護の推進

の時代であった。

 消費者契約法が施行

(2001年4月)され

る等、消費者保護の潮流

が拡大する中、損害保険

業界では2005年から

2007年にかけて、自

動車保険を中心とした付

随的な保険金の支払い漏

れ等の問題が発生し、損

害保険各社は、経営管理

態勢の見直し等、業務品

質の向上に取り組んだ。

 こうした状況の中、損

害保険協会は、外部から

の意見等を損害保険各社

の業務改善に反映させる

ために、有識者をメンバ

ーとする「消費者の声」

諮問会議を設置し(20

06年9月、現在のお客

様の声・有識者諮問会

議)、各種ガイドライン

の策定、代理店試験制度

の改革等の消費者視点に

立った各種施策を実施し

た。

 また、損害保険協会

は、2010年に改正さ

れた保険業法に基づき、

そんぽADRセンターを

設置し(同年10月)、指

定紛争解決機関として、

苦情解決手続および紛争

解決手続の業務を開始し

た。

 (2)損害保険協会の

一般社団法人への移行

 公益法人制度の抜本的

改革に伴い、損害保険協

会は一般社団法人へ移行

した(2012年4

月)。

 (3)損害保険業務の

共通化・標準化

 保険の自由化により損

害保険会社間の競争が進

む中、消費者利便の向上

と業務効率化の観点か

ら、損害保険協会は、重

要事項説明書等の標準化

・簡素化、火災保険や自

賠責保険分野における事

務処理および帳票類等の

共通化・標準化などに取

り組んだ(2012年度

~)。

 (4)相次ぐ大規模災

害への対応

 2011年3月には家

計地震保険の最高の保険

金支払額を記録した東日

本大震災(平成23年東北

地方太平洋沖地震)が発

生した(注1)。また、

2016年4月に発生し

た熊本地震は、家計地震

保険において東日本大震

災に次ぐ規模の災害とな

った(注2)。こうした

大規模災害に対して、損

害保険業界は、迅速かつ

適正な保険金支払いを行

うとともに、保険の普

及、災害を通じて得た教

訓を生かした制度の改定

および防災・減災への取

り組みを進めた。

(つづく)

 (注1)地震保険の保

険金支払額は、2016

年3月31日現在で1兆2

706億円。

 (注2)地震保険の保

険金支払額は、2017

年3月31日現在で377

3億円。

 【文責:日本損害保険

協会】

 本特集では、日本損害保険協会が創立100周年にあたり刊行した「日本損害保険協会百年史」を

もとに、同協会の歩みを紹介している。第1回では、協会創立から1985年までの歴史を簡単に振

り返った。第2回の今回は、1985年以降の30年間を概観する。

損保協会作成の記念ロゴ

特集 

損保協会

~100年のあゆみ~

1985年~2016年の沿革

―自由化前夜から現在まで―

【第2回】

1985年~2016年の沿革 関連年表年 協会の主な出来事 損害保険業界をめぐる主な動き

1985 ・ネットワーク推進準備室を設置

1986 ・損害保険ネットワーク(自動車保険契約情報交換業務)を稼動

1987 ・業務開発室を設置

1988 ・損害保険ネットワーク(自動車事故情報交換システム)を稼動

1991 ・台風19号が日本列島を縦断

1994 ・公正取引委員会から自動車保険修理工賃の件で警告

・「日本国政府及びアメリカ合衆国政府による保険に関する措置」が合意

1995 ・「損害保険会社の独占禁止法遵守マニュアル」を作成 ・阪神・淡路大震災が発生

1996・業務運営特別委員会を設置・公正取引委員会から会員会社の独占禁止法遵守について指導要請

・改正保険業法施行・金融ビッグバン構想の提唱・日米保険協議が決着・公正取引委員会が日本機械保険連盟に独占禁止法違反で勧告

1997・独禁法コンプライアンス・プログラムを作成

・監査室を廃止

1998 ・初めて中期事業計画を策定 ・算定会料率の使用義務が廃止

2001 ・消費者契約法施行

2005 ・金融庁が損害保険会社に付随的な保険金支払漏れの報告を徴求

2006 ・「消費者の声」諮問会議を設置

2010 ・そんぽ ADRセンターを設置 ・保険法施行

2011 ・東日本大震災が発生

2012 ・一般社団法人へ移行

2016 ・熊本地震が発生・改正保険業法施行