1モーター2クラッチ式パラレル ハイブリッドシス...

4
◆第9回新機械振興賞受賞者業績概要 はじめに ハイブリッド車は環境技術として、小型車か ら高級車まで様々な車種が市場へ投入されてい る。特に小型車では良燃費車として幅広く受け 入れられているが、高級車では燃費改善効果の 少なさやダイレクト感のない独特の加速フィー リングなどから普及は促進していない。今回1 モータ2クラッチ式パラレルハイブリッドシス テムを開発し、小型車並の燃費性能と走りの楽 しさの両立により高級車におけるハイブリッド の普及拡大を目指した。 開発のねらい 今回当社の開発した1モーター2クラッチ式 パラレル型は、乗用車用ハイブリッドとして最 も軽量シンプルかつ燃費特性に優れており、更 にトルクコンバーターを廃し効率を高めた世界 初のシステムである。本システムでは走行中の エンジン停止・起動、変速、発進をクラッチを 介して頻繁に切り替える為、乗用車に求められ るスムースさを実現することが難しく、一般的 に商品化は困難と認識されてきた。今回モー ターおよびクラッチ制御技術、高出力・高応答 リチウムイオンバッテリーなどを開発すること でこれらの課題を解決し、高車速までのモー ター走行などにより3.5Lエンジンの高級車にも かかわらず1.5Lクラス並み燃費性能と気持ちの 良いドライビングフィールを実現することをね らいとした。 装置の概要 1. システムのアウトライン 図1に車両全体のシステム構成を示す。核と なる50kWモーターを搭載するハイブリッドトラ ンスミッション、リチウムイオンバッテリー、 インバーターは独自開発である。重要サブシス テムである協調回生型ブレーキシステム、電動 エアコンシステム、電動油圧パワーステアリン グシステムは、サプライヤーとの新開発であ る。エンジンは制御システムを中心に改良を加 えている。 13 1モーター2クラッチ式パラレル ハイブリッドシステム 日産自動車株式会社 代表取締役 カルロス ゴーン パワートレイン第四製品開発部 主管 早崎 康市 パワートレイン第四製品開発部 主管 阿部 達夫 EVパワートレイン開発部 エキスパートリーダー 安達 和孝 パワートレイン第四製品開発部 主担 山村 吉典 パワートレイン第四製品開発部 主担 中条 桂介

Upload: others

Post on 13-Feb-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

◆第9回新機械振興賞受賞者業績概要

はじめに

ハイブリッド車は環境技術として、小型車か

ら高級車まで様々な車種が市場へ投入されてい

る。特に小型車では良燃費車として幅広く受け

入れられているが、高級車では燃費改善効果の

少なさやダイレクト感のない独特の加速フィー

リングなどから普及は促進していない。今回1

モータ2クラッチ式パラレルハイブリッドシス

テムを開発し、小型車並の燃費性能と走りの楽

しさの両立により高級車におけるハイブリッド

の普及拡大を目指した。

開発のねらい

今回当社の開発した1モーター2クラッチ式

パラレル型は、乗用車用ハイブリッドとして最

も軽量シンプルかつ燃費特性に優れており、更

にトルクコンバーターを廃し効率を高めた世界

初のシステムである。本システムでは走行中の

エンジン停止・起動、変速、発進をクラッチを

介して頻繁に切り替える為、乗用車に求められ

るスムースさを実現することが難しく、一般的

に商品化は困難と認識されてきた。今回モー

ターおよびクラッチ制御技術、高出力・高応答

リチウムイオンバッテリーなどを開発すること

でこれらの課題を解決し、高車速までのモー

ター走行などにより3.5Lエンジンの高級車にも

かかわらず1.5Lクラス並み燃費性能と気持ちの

良いドライビングフィールを実現することをね

らいとした。

装置の概要

1. システムのアウトライン

図1に車両全体のシステム構成を示す。核と

なる50kWモーターを搭載するハイブリッドトラ

ンスミッション、リチウムイオンバッテリー、

インバーターは独自開発である。重要サブシス

テムである協調回生型ブレーキシステム、電動

エアコンシステム、電動油圧パワーステアリン

グシステムは、サプライヤーとの新開発であ

る。エンジンは制御システムを中心に改良を加

えている。

- 13 -

1モーター2クラッチ式パラレル

ハイブリッドシステム

日産自動車株式会社

代表取締役 カルロス ゴーン

パワートレイン第四製品開発部 主管 早崎 康市

パワートレイン第四製品開発部 主管 阿部 達夫

EVパワートレイン開発部 エキスパートリーダー 安達 和孝

パワートレイン第四製品開発部 主担 山村 吉典

パワートレイン第四製品開発部 主担 中条 桂介

図2にパワートレインの構成を示す。エンジ

ンからクラッチ1(乾式単板)、モーター、7速

オートマチックトランスミッションを直列に配

置している。クラッチ2(湿式多板)はトラン

スミッション内の変速用クラッチ・ブレーキを

活用し、発進要素およびエンジン始動時の振動

遮断の機能を持たせている。

2.システムの基本動作パターン

システムオペレーションの基本動作パターン

は次に示す6つのモードを有している。

① クラッチ1を開放しモーターだけで走行

定常走行、減速時、アイドルストップ時

② エンジンとモーターの両方で走行

- 14 -

強い加速や登坂時

③ エンジンで発電をしながら走行

充電量低下時、高速走行時、通常の加速時

④ エンジンでの発進

充電量低下時、エンジン暖機中

⑤ モーター能力を一時的に高めて発進

急登坂発進によるクラッチ温度上昇を抑制

⑥ エンジントルクを一定に制御し走行

冷機始動直後の排出ガス量低減

図3に、それぞれの状態図とトルクと電力の

フローを示す。

技術上の特徴

前述の通り、本システムではシンプルな構成

1モーター2クラッチ式パラレルハイブリッドシステム

エンジンV6 3.5L

協調回生型ブレーキ電動A/Cコンプレッサー

インバーター

リチウムイオンバッテリー(およびバッテリーコントローラ、DC-DCコンバータ)

7速ハイブリッドトランスミッション (50kWモーター内臓)

電動油圧パワーステアリングエンジンV6 3.5L

協調回生型ブレーキ電動A/Cコンプレッサー

インバーター

リチウムイオンバッテリー(およびバッテリーコントローラ、DC-DCコンバータ)

7速ハイブリッドトランスミッション (50kWモーター内臓)

電動油圧パワーステアリング

図1 システム全体の構成

クラッチ 1

(乾式単板)

クラッチ 2(湿式多板 7A/T 内臓)

エンジン T/MモータLi-ion

バッテリ

クラッチ 1

(乾式単板)

クラッチ 2(湿式多板 7A/T 内臓)

エンジンエンジン T/MモータLi-ion

バッテリ

図2 パワートレインの構成

駆動

INV Battery

INV Battery INV Battery

INV Battery

スリップ

Battery

CL1 CL2Motor

7AT

ENG

INV

④エンジンでの発進

⑥冷機時排出ガス量低減

③エンジンで発電をしながら走行

①クラッチ1を開放しモーターだけで走行 ②エンジンとモーターの両方で走行

INV Battery

スリップ

開放

開放

⑤急登坂発進時

エンジンOn

回生

エンジンOn (定トルク)

エンジンOnエンジンOn

エンジンOn

(差回転小)

駆動

INV BatteryBattery

INV BatteryBattery INV BatteryBattery

INV BatteryBattery

スリップ

BatteryBattery

CL1 CL2Motor

7AT

ENG

INV

④エンジンでの発進

⑥冷機時排出ガス量低減

③エンジンで発電をしながら走行

①クラッチ1を開放しモーターだけで走行 ②エンジンとモーターの両方で走行

INV BatteryBattery

スリップ

開放

開放

⑤急登坂発進時

エンジンOn

回生

エンジンOn (定トルク)

エンジンOnエンジンOn

エンジンOn

(差回転小)

図3 基本動作パターンとエネルギーフロー

- 15 -

◆第9回新機械振興賞受賞者業績概要

の差回転コントロール精度を向上させることに

より、クラッチ耐久性が向上している。

図5に走行中のエンジン始動時にもスムース

さを保つモーター制御の例を示す。このシーン

ではエンジン始動による高速な変動トルクがス

リップ制御中のクラッチ2にも作用するが、高

速なモーター回転数制御により、スリップを安

定的に持続でき、スムースな駆動力を実現でき

ている。このような急なモーター制御では、

サージにより発振してしまうが、内部モデルを

もつロバスト制御により高速且つ振動しない制

御を実現している。また、この制御は高速で電

力の出し入れが可能な新開発のリチウムイオン

バッテリー技術で達成している。

図6に開発したリチウムイオンバッテリーを

示す。リチウムイオンバッテリーは、96個のセ

ルから成り、冷却に優れたラミネート構造のセ

ルと安定なMn系スピネル構造正極で、高信頼な

バッテリーを実現している。従来のニッケル水

素(Ni-MH)バッテリーに比べ約2倍のパワー密

度、素早い充放電が可能である。

により高い燃費性能などのポテンシャルを有す

るが、クラッチによる発進やエンジン始動を行

う際のスムースさが最大の課題であった。これ

を解決するために以下の様な技術開発を行っ

た。

1. エンジン始動時にクラッチ2をスリップさ

せ、始動に伴う振動を遮断

2. 始動による外乱トルク下でも安定したクラッ

チ2のスリップを確保する為、モーターによ

る高速なスリップ回転数制御と油圧によるク

ラッチ伝達容量制御とに機能を分割。

3. クラッチ制御の高精度化の為、モーター推定

トルクをセンサーとした学習機能の開発。

4. モータートルクを数ms単位で正負にも安定的

に切り替え可能な高応答・高精度モーター制

5. ハイブリッド用高出力・高応答型リチウムイ

オンバッテリーの開発

図4にクラッチ2とモーター制御の概念図を

示す。発進制御において、高応答のモーター制

御による回転速度とクラッチトルク容量の二つ

のフィードバック構成を採用することによりス

ムースさと耐久性を両立させている。すなわ

ち、クラッチ2のトルク制御精度を向上させる

ことにより、スムースさが向上し、クラッチ2

図4 クラッチ2とモーター制御の概念図

時間

エンジン回転

モータ回転

モータートルク

0rpm

0Nm

車両前後加速度

0G

0sec 1sec

クラッチ圧制御によりスムースな駆動力変化を実現

モーターによるカウンタートルク・高速かつ正確なモーター制御・リチウムイオンバッテリー

点火

クランキング

スリップ量スリップ量を一定量に制御

エンジンクランキングと点火による急変化

時間

エンジン回転

モータ回転

モータートルク

0rpm

0Nm

車両前後加速度

0G

0sec 1sec

クラッチ圧制御によりスムースな駆動力変化を実現

モーターによるカウンタートルク・高速かつ正確なモーター制御・リチウムイオンバッテリー

点火

クランキング

スリップ量スリップ量を一定量に制御

エンジンクランキングと点火による急変化

図5 走行中のエンジン始動制御例

OPTIMAL

Compact

High-output

出力ー容量 密度 (kW/L)出力ー重量密度

(kW

/kg

)

: Metallic block Ni-MH: Plastic block Ni-MH

: Laminated Li-ion

Ni-MH battery for Altima Hybrid

LiLi--ion batteryion batteryfor HEVsfor HEVs

OPTIMAL

Compact

High-output

出力ー容量 密度 (kW/L)出力ー重量密度

(kW

/kg

)

: Metallic block Ni-MH: Plastic block Ni-MH

: Laminated Li-ion

Ni-MH battery for Altima Hybrid

LiLi--ion batteryion batteryfor HEVsfor HEVs

Mn Oxide

Li-Ion

放電充電

安定

Mn Oxide

Li-Ion

放電充電

安定

<Mn系スピネル構造正極>

<ラミネートセル><スタック>OPT

IMAL

Compact

High-output

出力ー容量 密度 (kW/L)出力ー重量密度

(kW

/kg

)

: Metallic block Ni-MH: Plastic block Ni-MH

: Laminated Li-ion

Ni-MH battery for Altima Hybrid

LiLi--ion batteryion batteryfor HEVsfor HEVs

OPTIMAL

Compact

High-output

出力ー容量 密度 (kW/L)出力ー重量密度

(kW

/kg

)

: Metallic block Ni-MH: Plastic block Ni-MH

: Laminated Li-ion

Ni-MH battery for Altima Hybrid

LiLi--ion batteryion batteryfor HEVsfor HEVs

Mn Oxide

Li-Ion

放電充電

安定

Mn Oxide

Li-Ion

放電充電

安定

<Mn系スピネル構造正極>

<ラミネートセル><スタック>

図6 リチウムイオンバッテリー

HVCU HVCU HVCU

w in

+

Command

value

calculation

CommandCommand

valuevalue

calculationcalculation

Driving

torque

estimation

DrivingDriving

torquetorque

estimationestimation

w SLPT

TDT

MCUMCUMCU

ATCUATCUATCU

w IC

PCL2C

TM

TCL2

+

Output axis

speed

T D^

w out

w SLP

Vehicle information

Vehicle (clutch 2 )

TD

Engine CUEngine CUEngine CUTENGT ENGC

Robust motor speed control system

--Input axis

speed

Slip speed control system

CL2 torque control system

+HVCU HVCU HVCU

w in

+

Command

value

calculation

CommandCommand

valuevalue

calculationcalculation

Driving

torque

estimation

DrivingDriving

torquetorque

estimationestimation

w SLPT

TDT

MCUMCUMCU

ATCUATCUATCU

w IC

PCL2C

TM

TCL2

+

Output axis

speed

T D^

T D^

w out

w SLP

Vehicle information

Vehicle (clutch 2 )

TD

Engine CUEngine CUEngine CUTENGT ENGC

Robust motor speed control system

--Input axis

speed

Slip speed control system

CL2 torque control system

+

実用上の効果

図7に達成した燃費性能を示す。本技術の狙

いである高効率なシステムとEV(モーター)

走行頻度の拡大により10・15モード燃費で19km/

Lを実現した。これはベースとなるガソリン車に

対し90%の向上であり、1.5Lクラス小型車と同等

である。また平均年間走行距離を元に算出する

と、ガソリン車に比べて1年間に464Lの燃料節約

が可能となりCO2に換算すると1068kgに相当す

る。また、クラッチ機構による走行中のエンジ

ン完全停止等により、平坦路で最大80km/h、下

り坂や前車に追いついてアクセルを緩める様な

時でも100km/h超までEV(モーター)走行が可

能となった。これにより、エンジンが停止して

いる時間割合はアイドリングストップを含めて

約50%程度まで高められた。これは、燃費向上は

元より、実用上の車内外騒音の低減にも貢献し

ている。図8は北米での実路試験(約3ヶ月

間)におけるエンジン稼動・停止時間である。

知的財産権の状況

本開発品の装置に関する代表的な特許登録は

下記の通りである。

① 日本国特許第4462170号

名称:エンジン始動制御装置

概要:エンジン始動時にクラッチ2をスリッ

プさせる

② 日本国特許第4396661号

名称:クラッチ締結制御装置

概要:クラッチスリップ中の伝達トルクとス

リップ回転数を分離し制御

③ 日本国特許第4341611号

名称:エンジン再始動制御装置

概要:変速とエンジン始動の同時制御

- 16 -

むすび

乗用車では世界初となるトルクコンバータな

しの1モーター2クラッチ式パラレルハイブ

リッドシステムを開発し、2010年末より量産を

開始した。高級車の燃費基準を引き上げるだけ

でなく、走行性能も同時に向上させた事で、高

い評価と高級車におけるハイブリッドのシェア

拡大に貢献できたと自負している。一方でモー

ター走行性能の実質的な拡大で、ご購入いただ

いたお客様からはモーター走行距離をいかに伸

ばすかという新しい運転の楽しみ方も聞かれ、

副次的な環境効果として注目している。シンプ

ルながら技術的難易度の高いシステムを実用化

し、今後は更なる改良と発展に努めたい。

1モータ2クラッチ式パラレルハイブリッドシステム

San Francisco Fleet Test weekly data

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

50

Jun/ 2

8-Aug

/ 3

Aug/ 4

-Aug/

10

Aug/ 1

1-Aug/ 1

7

Aug/ 1

8-Aug/ 2

4

Aug/ 2

5-Aug/ 3

1

Sep

/ 1-S

ep/ 7

Sep

/ 8-S

ep/ 1

4

Sep

/ 15-

Sep

/ 21

Sep

/ 22-

Sep

/ 28

Sep

/ 29-

Oct

/ 5

Oct

/ 6-O

ct/ 1

2

Oct

/ 13-

Oct

/ 19

Oct

/ 20-

Oct

/ 26

HEV(エンジン始動中):41%

EV(エンジン停止中):59%

Tim

e[H

r]

San Francisco Fleet Test weekly data

San Francisco Fleet Test weekly data

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

50

Jun/ 2

8-Aug

/ 3

Aug/ 4

-Aug/

10

Aug/ 1

1-Aug/ 1

7

Aug/ 1

8-Aug/ 2

4

Aug/ 2

5-Aug/ 3

1

Sep

/ 1-S

ep/ 7

Sep

/ 8-S

ep/ 1

4

Sep

/ 15-

Sep

/ 21

Sep

/ 22-

Sep

/ 28

Sep

/ 29-

Oct

/ 5

Oct

/ 6-O

ct/ 1

2

Oct

/ 13-

Oct

/ 19

Oct

/ 20-

Oct

/ 26

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

50

Jun/ 2

8-Aug

/ 3

Aug/ 4

-Aug/

10

Aug/ 1

1-Aug/ 1

7

Aug/ 1

8-Aug/ 2

4

Aug/ 2

5-Aug/ 3

1

Sep

/ 1-S

ep/ 7

Sep

/ 8-S

ep/ 1

4

Sep

/ 15-

Sep

/ 21

Sep

/ 22-

Sep

/ 28

Sep

/ 29-

Oct

/ 5

Oct

/ 6-O

ct/ 1

2

Oct

/ 13-

Oct

/ 19

Oct

/ 20-

Oct

/ 26

HEV(エンジン始動中):41%

EV(エンジン停止中):59%

Tim

e[H

r]

San Francisco Fleet Test weekly data

図8 エンジン稼動・停止時間

図7 燃費性能