2003年冷夏の総観気候学的解析 ·...

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141 日本大学文理学部地球システム科学科: 156 8550 東京都世田谷区桜上水3 25 40 Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University : 3- 25- 40 Sakurajosui Setagaya-ku, Tokyo, 156 - 8550 Japan は日本を含めた東アジアの 500 hPa 及び 100 hPa 高度場の 上昇とフィリピン付近の対流活動の活発化が認められて いる。その一方で,山川(1997 )は,1993 年の北半球規 模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層 圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。 さらに,山川(1997 )や永野(2003 )では,成層圏下 部におけるチベット高気圧の発達は熱帯成層圏東西風の 2 年周期振動(以下,本論文では QBO と示す)が,影 響していると述べている。すなわち,QBO が東風であ ると,チベット高気圧が日本付近へ強く張り出し, QBO が西風であると,チベット高気圧の日本付近への張り出 しが弱くなる。 1993 年の冷夏時も QBO は西風であった。 1 はじめに 1970 年代後半以降,冷夏年・暑夏年が頻発し,大気循 環のパターンが変化している (西森, 1997Kawamura et al.1998;西森, 1999 )。 2003 年は,1993 年以来の冷夏に なった。 1993 年の冷夏に関する研究は数多くある。若 原・藤川(1997 )は 500 hPa 高度場と 100 hPa 高度場を用 いて 1993 年の大冷夏と 1994 年の暑夏を比較するととも に,過去の冷夏年・暑夏年の 500 hPa 高度場と 100 hPa 度場の特徴も解析した。 1993 年をはじめ冷夏年において は日本を含む東アジアの 500 hPa 及び 100 hPa 高度場の低 下が指摘された。それに対して 1994 年を含む暑夏年で 永野 良紀・山川 修治・河合 隆繁・田中 誠二・貴船 英生 稲田 智子・三浦 梓 Japan had cool summers in both 1993 and 2003. In 1993, it was cool from June through August. As for 2003, severe cool summer in July and the abnormal weather in August in northern Japan were compared with that in 1993. Okhotsk highs were strong in both years, but were apt to weaken slightly in the August of 2003. From the last ten days of July throughout August in both years, activities of the Baiu front (or the Akisame front) around Japan were prevailing and frontal waves in the July of 2003 were bigger than that of 1993. In the August of 2003, frontal activities in Northeast China stood out and cold vortexes affected Japan, too. In the lower stratosphere, quasi-biennial oscillation (QBO) of tropical east / west winds reverberate. In 2003, westerlies on the side of Asia cause the Tibetan high to weaken; on the contrary, easterlies on the side of the America developed anticyclonic circulation. On the other hand, in 1993, in the westerly phase of QBO, an impact of the Pinatubo eruption was so great that a sudden warming in the stratosphere did not occur from winter through spring and a strong cold air mass was still accumulated over the Arctic Circle in summer. Therefore, Tibetan highs and upper high pressures over the U. S. A . were both weak. Compared with the two cool summers in 2003 and 1993 from the viewpoint of the atomospheric circulation, we found similarities and diversities. The ridges in the Far East at the 500hPa geopotential height developed continually beginning in the mid-July and it strengthened Okhotsk highs in the both years. However, in 2003, the Far East ridges were developed from early June by a blocking high which originated in subtropical high pressure zone. At the 100 hPa geopotential height in the middle latitudes, negative anoma- lies were dominant in both years. In 1993 when the influence of the Pinatubo eruption was remarkable, a higher continu- ity of negative anomalies was detected. Keywords: cool summer, Okhotsk high, Tibetan high, cold vortex, frontal activity, quasi-biennial oscillation QBO2003 年冷夏の総観気候学的解析 1993 年との比較を中心にSynoptic Climatological Analyses on the Cool Summer in 2003 By comparison with that in 1993 Yoshinori NAGANO, Shuji YAMAKAWA, Takashige KAWAI, Seiji TANAKA, Hideo KIFUNE, Tomoko INADA and Azusa MIURA Received September 30, 2004 日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要 No.40 2005 pp.141 156 87

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Page 1: 2003年冷夏の総観気候学的解析 · 模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層 圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。 さらに,山川(1997)や永野(2003)では,成層圏下

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日本大学文理学部地球システム科学科 :〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40

Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University: 3-25-40 Sakurajosui Setagaya-ku, Tokyo, 156-8550 Japan

は日本を含めた東アジアの500hPa及び100hPa高度場の

上昇とフィリピン付近の対流活動の活発化が認められて

いる。その一方で,山川(1997)は,1993年の北半球規

模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層

圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。

さらに,山川(1997)や永野(2003)では,成層圏下

部におけるチベット高気圧の発達は熱帯成層圏東西風の

準2年周期振動(以下,本論文ではQBOと示す)が,影

響していると述べている。すなわち,QBOが東風であ

ると,チベット高気圧が日本付近へ強く張り出し,QBO

が西風であると,チベット高気圧の日本付近への張り出

しが弱くなる。1993年の冷夏時もQBOは西風であった。

1 はじめに

1970年代後半以降,冷夏年・暑夏年が頻発し,大気循

環のパターンが変化している (西森,1997;Kawamura et

al.,1998;西森,1999)。2003年は,1993年以来の冷夏に

なった。1993年の冷夏に関する研究は数多くある。若

原・藤川(1997)は500hPa高度場と100hPa高度場を用

いて1993年の大冷夏と1994年の暑夏を比較するととも

に,過去の冷夏年・暑夏年の500hPa高度場と100hPa高

度場の特徴も解析した。1993年をはじめ冷夏年において

は日本を含む東アジアの500hPa及び100hPa高度場の低

下が指摘された。それに対して1994年を含む暑夏年で

永野 良紀・山川 修治・河合 隆繁・田中 誠二・貴船 英生

稲田 智子・三浦 梓

Japan had cool summers in both 1993 and 2003. In 1993, it was cool from June through August. As for 2003, severe cool summer in July and the abnormal weather in August in northern Japan were compared with that in 1993. Okhotsk highs were strong in both years, but were apt to weaken slightly in the August of 2003. From the last ten days of July throughout August in both years, activities of the Baiu front (or the Akisame front) around Japan were prevailing and frontal waves in the July of 2003 were bigger than that of 1993. In the August of 2003, frontal activities in Northeast China stood out and cold vortexes affected Japan, too. In the lower stratosphere, quasi-biennial oscillation (QBO) of tropical east/west winds reverberate. In 2003, westerlies on the side of Asia cause the Tibetan high to weaken; on the contrary, easterlies on the side of the America developed anticyclonic circulation. On the other hand, in 1993, in the westerly phase of QBO, an impact of the Pinatubo eruption was so great that a sudden warming in the stratosphere did not occur from winter through spring and a strong cold air mass was still accumulated over the Arctic Circle in summer. Therefore, Tibetan highs and upper high pressures over the U.S.A. were both weak. Compared with the two cool summers in 2003 and 1993 from the viewpoint of the atomospheric circulation, we found similarities and diversities. The ridges in the Far East at the 500hPa geopotential height developed continually beginning in the mid-July and it strengthened Okhotsk highs in the both years. However, in 2003, the Far East ridges were developed from early June by a blocking high which originated in subtropical high pressure zone. At the 100hPa geopotential height in the middle latitudes, negative anoma-lies were dominant in both years. In 1993 when the influence of the Pinatubo eruption was remarkable, a higher continu-ity of negative anomalies was detected.

Keywords: cool summer, Okhotsk high, Tibetan high, cold vortex, frontal activity, quasi-biennial oscillation(QBO)

2003年冷夏の総観気候学的解析- 1993年との比較を中心に-

Synoptic Climatological Analyses on the Cool Summer in 2003-By comparison with that in 1993-

Yoshinori NAGANO, Shuji YAMAKAWA, Takashige KAWAI, Seiji TANAKA,Hideo KIFUNE, Tomoko INADA and Azusa MIURA

(Received September 30, 2004)

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要

No.40 (2005) pp.141-156

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Page 2: 2003年冷夏の総観気候学的解析 · 模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層 圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。 さらに,山川(1997)や永野(2003)では,成層圏下

永野良紀・山川修治・河合隆繁・田中誠二・貴船英生・稲田智子・三浦 梓

─ ─142( )

QBOが,冬季の成層圏循環に及ぼす影響に関しては過

去に数多く報告されている。例えば,庭野・高橋(1996)

やNiwano and Takahashi(1998)では50hPa面において

QBOが東風であると冬季の極渦が弱まり,QBOが西風

であると冬季の極渦が強まると指摘している。また,

Naito and Hirota(1997)は,QBOは初冬において中高緯

度大気循環に影響を与えているということを示唆してい

る。また,Thompson et al .(2002)はQBOが東風成分で

あると北半球で厳冬傾向になると述べている。しかし,

夏季に関する研究はまだ少ない。

天気の予報期間を延長し精度を向上させるには,成層

圏の予報を向上させることが重要であるとTuyuki(1994)

は述べている。それによると,冬季の解析であるが,成

層圏の鉛直解像度を上げたところ西太平洋や東太平洋に

おける500hPa高度場の延長予報が改善されたという。

細谷ほか(2001) では成層圏における突然昇温が夏季に

旱魃を引き起こしやすいことを統計的に示している。

従って,成層圏の現象を解明することは,高精度の長期

予報を実現させるために重要である。

本研究では,2003年夏季の冷夏にどのような特徴が

あったのかを明らかにし,また,冷夏の予測を向上させ

るために総観気候学的な解析を行った。まず,気温と降

水量の解析を行った。特に成層圏については,成層圏下

部の循環を中心に解析した。さらに,成層圏下部におい

て突然昇温が発生していたかどうかについて検討した。

また,冷夏の要因としては成層圏のみならず対流圏の循

環も重要であるため,対流圏については若原・藤川

(1997)の研究で使用されているオホーツク海高気圧指

数,西太平洋亜熱帯高気圧指数,東方海上高度,北半球

極渦指数を用いて対流圏の循環場を解析した。そして,

降水量に密接に関わる前線解析を行い2003年の夏季の

天候を総観気候学的に解明するとともに,近年における

顕著な冷夏年であった1993年と比較検討を行った。

2 使用データ

本研究では,気温と降水量のデータは気象庁アメダス

データを使用した。また,50hPa高度場,70hPa高度場,

100hPa高度場および50hPa高度場における東西風デー

タは,NCEP/NCERの再解析データを用いた。前線解

析および地上高気圧位置の解析には,気象庁天気図を用

いた。

3 気温と降水量

3-1 2003年の気温と降水量

図 1に1970年から2003年までの夏季(6月から8月)

における北日本,東日本,西日本の気温の変化を示した。

ここでいう北日本,東日本,西日本は西森(1999)など

でも使用されている気象庁統計室が行っている長期観測

地点によるものである。具体的には,北日本4地点(網走,

根室,山形,石巻),東日本4地点(伏木,水戸,飯田,

浜松),西日本5地点(境,浜田,彦根,宮崎,多度津)で

ある。

2003年は6月においては北日本・東日本・西日本とも

に平年より0.4℃から0.8℃ほど気温が高いが,7月にな

ると一転して冷夏になる。 7月の北日本は平年より3.2℃

低く,1970年以降では1988年に次ぐ低温であった。東

日本も平年より2.2℃低く,1993年と並んで低温であっ

た。西日本も平年より1.7℃低く,1993年と1983年に続

図 1 日本の夏季の気温(偏差)(a)は6月の気温,(b)は7月の気温,(c)は8月の気温。縦軸は偏差で表示。平年値は1971年から2000年までの30年間である。

6月の気温(偏差)

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

1970

1975

1980

1985

1990

1995

2000

2003

偏差(℃)

(a)

(b)

(c)

6月 北日本

6月 東日本

6月 西日本

7月の気温(偏差)

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

1970

1975

1980

1985

1990

1995

2000

2003

西暦(年)

偏差(℃)

7月 北日本

7月 東日本

7月 西日本

8月の気温(偏差)

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

1970

1975

1980

1985

1990

1995

2000

2003

西暦(年)

偏差(℃)

8月 北日本

8月 東日本

8月 西日本

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2003年冷夏の総観気候学的解析

6月の降水量

-300

-250

-200

-150

-100

-50

0

50

100

150

200

250

300

1970

1975

1980

1985

1990

1995

2000

2003

西暦(年)

偏差(mm)

北日本

東日本

西日本

7月の降水量

-300

-250

-200

-150

-100

-50

0

50

100

150

200

250

300

1970

1975

1980

1985

1990

1995

2000

2003

西暦(年)

偏差(mm)

北日本

東日本

西日本

8月の降水量

-300

-250

-200

-150

-100

-50

0

50

100

150

200

250

300

1970

1975

1980

1985

1990

1995

2000

2003

西暦(年)

偏差(mm)

北日本

東日本

西日本

(a)

(b)

(c)

く3番目の冷夏であった。8月に入っても冷夏傾向は続

き,北日本では平年より1.6℃も低かった。東日本と西

日本は,北日本ほどではないが平年より0.4℃から

0.6℃気温が低かった。

図 2に1970年から2003年までの夏季(6~8月)にお

ける北日本・東日本・西日本別の降水量偏差を示した。

また,表 1には1993年と2003年の降水量と順位を示し

た。順位は1970年から2003年までの34年間で何番目の

降水量であったのかを多い方から付けた。データを使用

した地点は気温と同様である。6月は東日本が平年に比

べて50mm少なく順位も23位であったが,北日本と西

日本では平年並の降水量があった。7月になると各地域

ともに20mmから80mmほど多くなる。特に,北日本

では過去5番目に多かった。8月に入ると東日本で降水

量が際立って多くなり,1970年以降ではもっとも多く

なっている。西日本も過去5番目に多い231.1mmの降水

があったが,7月とは反対に北日本では平年並である。

3-2 1993年と2003年の比較

1993年は, 6月から8月を通して全地域において気温が

低い。7月と8月の北日本においては2003年の方が1993

年より気温が低いが,東日本と西日本は1993年の方が低

い(図 1)。図 3に1993年と2003年の気温を月別,地域

別に標準偏差で示した。1993年の6月から8月をとおし

ての冷夏と2003年の7月および8月の冷夏が明瞭である。

6月から8月をとおして1993年の西日本では降水量が

図 2 日本の夏季の降水量(偏差)(a)は6月の降水量,(b)は7月の降水量,(c)は8月の降水量。縦軸は偏差で表示。平年値は1971年から2000年までの30年間である。

図 3 1993年と2003年の気温(標準偏差) (a)は 6月の気温,(b)は 7月の気温,(c)は 8月の気温。

6月の気温(標準偏差)

-2.5

-2

-1.5

-1

-0.5

0

0.5

1

北日本 東日本 西日本

地域

標準偏差

1993

2003

7月の気温(標準偏差)

-2.5

-2

-1.5

-1

-0.5

0

0.5

1

地域

標準偏差

1993

2003

北日本 東日本 西日本

8月の気温(標準偏差)

-2.5

-2

-1.5

-1

-0.5

0

0.5

1

地域

標準偏差

1993

2003

北日本 東日本 西日本

(a)

(b)

(c)

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永野良紀・山川修治・河合隆繁・田中誠二・貴船英生・稲田智子・三浦 梓

─ ─144( )

多く,各月ともに1970年以降でもっとも降水量が多かっ

た(図 2,破線の楕円;表 1)。その一方で北にいくほど

降水量偏差は小さくなっている。この傾向は降水量順位

で明瞭にみられている。

2003年と1993年の降水量を比較すると,6月は全地域

で2003年が,1993年を下回っている。7月は北日本で

2003年の方が1993年より上回っているものの,東日本

と西日本で下回っている。8月は北日本で両年ともに降

水量が平年並で一致しているが,東日本で2003年の方

が多いのに対し,西日本では1993年の方が多い。

4 緯度・経度別における前線の出現状況

日本付近(20~50°N,120 ~150°E)における前線の

表 1 1993年と2003年の月別・地域別の降水量(mm) ( )内は1970年以降の降水量順位。

6月 北日本 東日本 西日本

1993 112.5( 7位) 231.1( 8位) 396.1( 1位)

2003 100.9(10位) 148.6(23位) 244.5(16位)

7月 北日本 東日本 西日本

1993 115.4(19位) 290.3( 6位) 499.9( 1位)

2003 166.5( 5位) 212.6(13位) 301.7( 9位)

8月 北日本 東日本 西日本

1993 129.1(10位) 229.3( 5位) 365.0( 1位)

2003 124.5(14位) 324.1( 1位) 231.1( 5位)

図 4 前線の出現数 20°Nから50°N,120°Eから150°Eに出現した領域別の前線の出現数である。 (a)は停滞前線の出現数,(b)は温暖・寒冷前線の出現数である。

(a) 停滞前線の出現数(ⅰ)1993年 (ⅱ)2003年

50°N 50°N0 1 0 0 0 0

40°N 40°N13 18 18 19 15 11

30°N 7月 30°N7 3 2 2 4 1

20°N 20°N120°E 130°E 140°E 150°E 120°E 130°E 140°E 150°E

50°N 50°N0 1 3 0 2 8

40°N 40°N20 19 14 18 20 16

30°N 8月 30°N4 0 1 6 2 2

20°N 20°N120°E 130°E 140°E 150°E 120°E 130°E 140°E 150°E

(b) 温暖・寒冷前線の出現数(ⅰ)1993年

50°N(ⅱ)2003年

50°N0 1 3 2 1 7

40°N 40°N8 12 10 8 22 26

30°N 7月 30°N1 0 1 4 4 4

20°N 20°N120°E 130°E 140°E 150°E 120°E 130°E 140°E 150°E

50°N 50°N0 0 7 8 7 11

40°N 40°N5 7 14 8 7 5

30°N 8月 30°N2 1 1 0 0 1

20°N 20°N120°E 130°E 140°E 150°E 120°E 130°E 140°E 150°E

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─ ─145 ( )

2003年冷夏の総観気候学的解析

出現位置を,緯度,経度ともに10°メッシュで7月と8月

の月別に図 4に示した。図 4の(a)は停滞前線の出現数,

(b)は温暖・寒冷前線の出現数を示している。1993年と

2003年の7月について比較すると2003年は,20~30°N,

120~130°Eの領域や30~40°N,130~150°Eの領域に

おいて温暖・寒冷前線の出現割合が1993年に比べて高

かった。このことは1993年より前線性波動が小さかっ

たことを示唆している。1993年と2003年の8月について

比較すると2003年は,30~40°N帯において7月と同様

に温暖・寒冷前線の出現割合が1993年に比べて高かっ

た。また,40~50°N帯においては2003年の前線数,特

に温暖・寒冷前線の出現数が多い。このことは,2003年

には北日本で低気圧の通過が多かったことを示してい

る。

5 対流圏の循環特性

5-1 対流圏循環場の指数

表 2にオホーツク海高気圧指数を示した。オホーツク

海高気圧指数とは,50°Nにおける130~150°Eの領域の

平均500hPa高度偏差に60°Nにおける130~150°Eの領

域の平均500hPa高度偏差を加えたもので,オホーツク

海高気圧の強さの程度を表す。指数の値が大きい方が,

オホーツク海高気圧が発達していることを意味する。

1982年から2003年までの6月の平均が3.06,7月の平均

が13.64,8月の平均が4.27で7月が際立っている。また,

標準偏差は6月が51.1,7月が61.4,8月が40.1であった。

2003年と1993年を比較すると,両年ともに7月は平年

より値が大きく,正の偏差が2003年の方が大きいが,

その差は標準偏差の54%であった。6月と8月は2003年

の方が小さい。8月の同指数は1993年の場合,平年より

やや弱い程度にとどまるが,2003年の場合は一段と弱

く,寒冷渦の影響が相当に強かったことを示唆してい

る。また,6月は平年並であった2003年に対して標準偏

差の1.1倍である1993年は,オホーツク海高気圧が発達

していたことがわかる。

表3に西太平洋亜熱帯高気圧指数を示した。西太平洋

亜熱帯高気圧指数とは,20°Nにおける130~150°Eの領

域の平均500hPa高度偏差から30 °Nにおける130~

150°Eの領域の平均500hPa高度偏差を引いたものであ

る。指数の値が大きい方が,北太平洋高気圧が南偏して

いることを示す。1982年から2003年までの6月の平均が

-0.46,7月の平均が-4.59,8月の平均が2.52である。ま

た,標準偏差は6月が13.3,7月が7.8,8月が10.1であっ

た。2003年と1993年を比較すると,オホーツク海高気

圧指数と同様に,7月は,2003年の方が大きく,その差

は標準偏差の82%である。2003年は標準偏差の150%で

あることから北太平洋高気圧の南偏が顕著であったこと

がわかる。一方で,6月はその差が標準偏差の152%,8

月も164%と2003年の方が値が小さく,北太平洋高気圧

が1993年よりは北上している。このことは,西日本の

気温に端的に表れている。

表4に東方海上高度を示した。東方海上高度とは,

40°Nの140~170°E平均 500hPa高度偏差で,日本付

近に寒気や暖気の入りやすさの程度を表す指数である。

値の小さい方が,寒気が日本に入りやすいことを示して

いる。1982年から2003年までの6月の平均が-2.75,7月

の平均が7.48,8月の平均が2.05である。また,標準偏

差は6月が27.2,7月が27.9,8月が24.6であった。2003

年は,7月のみ負の指数を示しているが,有意ではなかっ

た。一方で1993年は, 6月から7月にかけて寒気が日本

に流入しやすかった。

表 5に北半球極渦指数を示した。北半球極渦指数とは,

70°N+80°Nの帯状平均500hPa高度偏差であり,北半

球極渦指数は高緯度の寒気の動向を表す。指数の値が小

さい方が北半球高緯度において寒気が強いことを示して

いる。1982年から2003年までの平均は6月が3.66,7月

が-0.9,8月が2.31である。 また,標準偏差は6月が

表 2 1993年と2003年のオホーツク海高気圧指数の比較 ( )内は標準偏差の何倍かを示す。

6月 7月 8月

1993 60.2( 1.1) 82.0( 1.1) -14.8(-0.4)

2003 -19.2(-0.2) 115.4( 1.7) -59.4(-1.5)

表 3 1993年と2003年の西太平洋亜熱帯高気圧指数の比較 ( )内は標準偏差の何倍かを示す。

6月 7月 8月

1993 22.5( 1.7) 4.3( 0.7) -0.4(-0.0)

2003 2.3( 0.2) 10.7( 1.5) -17.0(-1.6)

表 4 1993年と2003年の東方海上高度の比較 ( )内は標準偏差の何倍かを示す。

6月 7月 8月

1993 -29.4(-1 .0) -38.0(-1.7) -0.4(-0.1)

2003 14.1( 0.6) -2.3(-0.4) 20.7( 0.8)

表 5 1993年と2003年の北半球極渦指数の比較 ( )内は標準偏差の何倍かを示す。

6月 7月 8月

1993 69.4( 1.3) 33.9( 0.8) 41.2( 0.9)

2003 23.1( 0.4) -19.9(-0.4) 60.8( 1.3)

91

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永野良紀・山川修治・河合隆繁・田中誠二・貴船英生・稲田智子・三浦 梓

─ ─146( )

49.9,7月が46.2,8月が43.6であった。2003年と1993年

を比較すると,6月と7月において2003年の方が値が小

さく,その差も1標準偏差離れている。しかし,8月は

1993年の方が値が小さくなっているものの,標準偏差

の44%と有意な差ではなかった。平均と比較しても

2003年の6月と7月のみ平年並で,それ以外は平年より

大きかった。

5-2 地上におけるオホーツク海高気圧の出現

表 6に地上天気図にオホーツク海高気圧が出現した日

および地上気圧を示した。本研究では,オホーツク海高

気圧を40°Nから60°N,140°Eから160°Eの領域におい

て移動速度が2日以上連続で430km/day未満の高気圧

として定義した。表中の同番号は同じ高気圧であること

を示す。網掛け部分は中心気圧が1020hPa以上の場合で

ある。また,移動速度は前日からの平均速度を求めてい

るため,高気圧が出現した日は空白としている。

移動速度は,同じ高気圧の連続した2日間での高気圧

の中心位置の緯度差⊿y,経度差⊿xを求め,さらに,

連続した2日間での高気圧の中心位置の平均緯度を求め

る。赤道半径 a,離心率 e,平均緯度φとして,経度 1

度に対する弧の長さ l 1を以下の式で求めた。

l 1=(π/180)・a cosφ/( 1-e2 sin2φ)1/2 . . . . . . . . . . . (1)

次に,緯度1秒に対する弧の長さ l 2を以下の式で求めた。

l 2=(π/648000)・a(1-e2 )/(1-e2 sin2φ)3/2 . . . . . (2)

そして,(1),(2)の式より東西方向の移動速度u及

び,南北方向の移動速度vを求める。

u= l 1・⊿x/1000

v= l 2・⊿y×3.6

u,vより移動速度を求める。方角はu,vより角度を求

め,そこから方角を求めた。

(a)の1993年7月では,オホーツク海高気圧は,8日か

ら10日,10日から17日,19日から26日,28日から31日

に出現しており,合計で23日間となる。(b)の2003年7

月では,1日から12日まで12日間連続してオホーツク海

高気圧が現れている。さらに,12日から18日にかけて

も7日間連続して別の高気圧がみられる。また,25日か

ら31日にかけても連続してオホーツク海高気圧が現れ

ており,7月のオホーツク海高気圧が出現した合計の日

数は25日間になる。(c)の1993年8月では,1日から7

日まで7日間連続してオホーツク海高気圧が出現してい

る。さらに,7日から11日にかけても別のオホーツク海

高気圧がみられる。前後して10日から14日まで5日連

続してやはり別のオホーツク海高気圧が現れている。18

日から20日にかけてもオホーツク海高気圧が出現して

おり,合計の日数は17日間になる。(d)は2003年8月

であるが,オホーツク海高気圧が出現したのは14日か

ら20日までの7日間のみであった。

オホーツク海高気圧の中心位置については,図 5の

(a)と(b)より1993年,2003年両年とも7月は複雑に移

動しながら,ほぼ同じ地域に中心をもつ傾向がみられ

る。8月をみると,(c)より1993年では,上旬は7月と類

似の地域に中心がある。そして,中旬以降になると北へ

シフトしているが,まだオホーツク海高気圧は出現して

いる。それに対して,(d)より2003年では1つしかオホー

ツク海高気圧は出現していない。そして,その高気圧も

0301ほど長期間同じ地域に中心が現れていない。

2003年と1993年を比較すると,7月は2003年の方が多

くオホーツク海高気圧が出現しているものの,出現日数

の差は3日間にすぎない。また中心位置についてもほぼ

同じ地域に集中している。しかし,8月では2003年の方

がオホーツク海高気圧は少なく,オホーツク海高気圧の

出現日数も1993年に比べ10日減っている。このことは,

表 2のオホーツク海高気圧指数で示した結果と一致して

おり,地上から対流圏中層にかけて,1993年にオホーツ

ク海高気圧ないしそれに連動するリッジが一段と発達し

ていたことを示している。

5-3 対流圏循環の月別特性

4章と5章により,対流圏内において7月の冷夏は両

年ともにオホーツク海高気圧の発達と北太平洋高気圧の

南偏が要因であるが,8月は,1993年がオホーツク海高

気圧もより強く絡んでいたのに対して,2003年は北日本

の低気圧通過による前線活動の影響が大きかった。

その一方で,6月に関しては2003年と1993年では明瞭

な違いがみられた。2003年6月は気温が高かったが,一

方,1993年は6月からすでに冷夏が始まっていた。2003

年6月はオホーツク海高気圧が比較的発達せず,北太平

洋高気圧の南偏の度合いが少なく,日本付近への寒気進

入の程度は小さかった。

92

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─ ─147 ( )

2003年冷夏の総観気候学的解析

表 6 オホーツク海に中心がみられる高気圧表中の番号とは同じ年の7月と8月に出現したオホーツク海高気圧を順に示した通し番号である。高気圧は同番号中では同じ高気圧であることを示す。網掛けは中心気圧が1020hPa以上のときを示す。また,移動方向及び移動速度は前日からの1日平均を求めているため,対象域内で高気圧が発生した場合は空欄としている。

(a)1993年7月 (b)2003年7月

番号 日付緯度(°N)

経度(°E)

気圧(hPa) 移動方向

移動速度(km/day) 番号 日付

緯度(°N)

経度(°E)

気圧(hPa) 移動方向

移動速度(km/day)

93018 51.7 146.9 1016 SE 347

0301

1 49.5 148.5 1012 9 42.7 150.6 1018 SSE 1032 2 46.6 152.1 1018 SE 418 10 42.6 152.1 1016 E 125 3 47.5 149.2 1016 WNW 240

9302

10 56.3 142.4 1014 ESE 770 4 49.6 150.9 1014 NNE 267 11 53.3 143.3 1012 S 338 5 54.0 152.1 1014 N 498 12 50.2 148.9 1014 SE 521 6 49.2 150.2 1016 SSW 552 13 52.3 151.3 1016 NE 289 7 49.4 151.0 1020 ENE 62 14 52.8 151.9 1016 NE 67 8 50.4 151.8 1022 NNE 125 15 54.1 149.9 1016 NW 196 9 45.8 152.6 1022 S 516 16 53.5 150.0 1018 SE 67 10 45.5 156.2 1026 E 280 17 55.2 150.0 1014 N 191 11 46.8 158.9 1028 NE 254

9303

19 57.6 140.2 1020 12 46.6 157.8 1024 ENE 89 20 54.0 148.0 1018 SE 632

0302

12 56.0 151.0 102221 53.0 148.5 1022 SSE 116 13 56.0 148.5 1022 W 156 22 47.2 154.8 1024 SE 783 14 55.7 145.5 1020 W 191 23 49.0 150.0 1020 WNW 409 15 55.5 142.7 1016 W 178 24 48.8 148.2 1020 W 133 16 52.7 142.7 1014 S 311 25 47.1 149.0 1022 SSE 200 17 49.8 149.5 1018 SE 574 26 43.8 154.0 1022 SE 538 18 49.5 155.1 1022 E 405

9304

28 50.8 148.1 1020 ESE 943

0303

25 48.3 152.9 102829 49.8 150.4 1024 SE 196 26 49.5 152.5 1028 NNW 138 30 53.3 150.8 1024 N 392 27 52.0 150.0 1024 NNW 329 31 55.0 148.0 1016 NW 263 28 53.0 150.1 1020 N 111

29 56.2 153.0 1018 NNE 405 30 57.0 147.5 1016 WNW 347 31 57.2 146.5 1018 WNW 49

(c)1993年8月 (d)2003年8月

番号 日付緯度(°N)

経度(°E)

気圧(hPa) 移動方向

移動速度(km/day) 番号 日付

緯度(°N)

経度(°E)

気圧(hPa) 移動方向

移動速度(km/day)

9305

1 49.0 147.4 1014

0304

14 46.3 144.8 1020 SE 908 2 49.1 147.5 1014 NNE 13 15 48.0 149.2 1024 ENE 383 3 49.3 151.0 1012 E 258 16 49.0 149.0 1026 N 111 4 50.0 145.0 1014 E 441 17 46.5 149.5 1026 S 280 5 48.2 144.8 1018 S 200 18 46.5 153.1 1024 E 276 6 44.7 146.4 1020 SSE 409 19 47.4 154.3 1022 NE 133 7 44.0 157.9 1020 E 921 20 56.0 158.5 1022 NNE 1001

9306

7 56.1 139.9 1020 SSW 174 8 49.3 150.7 1024 SE 1050 9 48.5 153.0 1026 ESE 191 10 47.4 154.5 1022 SE 165 11 49.0 157.5 1022 NE 285

9307

10 57.5 154.5 102211 59.0 156.0 1022 NE 191 12 57.8 149.5 1024 WSW 405 13 56.6 149.0 1026 WSW 138 14 57.5 157.0 1024 ENE 494

930818 55.5 141.5 101219 56.0 140.0 1014 WNW 111 20 55.0 143.5 1016 ESE 249

93

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永野良紀・山川修治・河合隆繁・田中誠二・貴船英生・稲田智子・三浦 梓

─ ─148( )

6 成層圏の循環特性

6-1 熱帯成層圏東西風

永野(2003)は,熱帯成層圏東西風とチベット高気圧

の東アジア方面への張り出しには2ヶ月のラグがあるこ

とを述べている。そこで,1993年,2003年ともに7月に

おいて冷夏になったため,その2ヶ月前にあたる5月の

50hPa高度場における東西風を図6に示した。暖色系統

が西風である。図 6の(a)は,1993年5月の事例である。

赤道付近に着目してみると,全域で西風となっている。

図 6の(b)は,2003年5月の事例である。130°Eより東

側の地域(太平洋側)で東風であるが,130°Eより西側

の地域では西風となっている。本来,成層圏の循環は安

定しているため,赤道帯で帯状に東風,もしくは西風と

なることが多い。表 7に50hPa高度場における熱帯東西

風のパターンを示した。Wパターンは1993年のように

全域西風の場合,Eパターンは1993年とは反対に全域東

風の場合である。そして,2003年のように西側で西風,

東側で東風となるパターンをW-Eパターン,反対に西

側で東風,東側で西風となるパターンをE-Wパターン

図 5 1993年と2003年の7,8月のオホーツク海高気圧の中心(a)は1993年7月,(b)は2003年7月,(c)は1993年8月,(d)は2003年8月である。図中のオホーツク海高気圧は表6の高気圧を示す。矢印は高気圧が範囲上(40°Nから60°N,140°Eから160°E)に最初に出現した日の中心位置を示す。また,白抜きの点は中心気圧が1020hPa未満の場合を,塗り潰しの点は中心気圧が1020hPa以上の場合を示す。

表 7 5月における50hPa高度場の熱帯東西風パターン

西暦(年) 東西風(型)

1982 E1983 W1984 E-W1985 W-E1986 W1987 E1988 W1989 W1990 W-E1991 W1992 E1993 W1994 E-W1995 W1996 E-W1997 W1998 W-E1999 W2000 W2001 E2002 W2003 W-E

94

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─ ─149 ( )

2003年冷夏の総観気候学的解析

と示す。22事例中15事例でWパターンもしくはEパター

ンとなっている。W-Eパターンとなっているのは1985

年,1990年,1998年と合わせて4事例だけであった。

2003年の熱帯成層圏の東西風は特異な状況を呈してい

たといえる。

6-2 夏季の成層圏循環

図 7は1993年と2003年の50hPa高度場を示している。

50hPa高度場において,7月および8月は北極上空からの

高気圧の張り出しが1993年はアジア方面,2003年はア

メリカ方面と対照的となっている。また,極高気圧の中

心部の高度場は2003年の方が1993年より高い。また,

2003年はアメリカ上空に高圧帯がみられるが,1993年は

明瞭でない。

図 8に1993年と2003年の70hPa高度場を示している。

70hPa高度場において,7月および8月は1993年には明

瞭にみられないアメリカ付近の高圧帯が2003年には認

められている。これは,50hPa高度場のアメリカ方面へ

伸びるリッジとも対応している。また,チベット高気圧

の上限付近に相当するが,その観点からは2003年の方

が1993年より強いといえる。

図 9に2003年と1993年の100hPa高度場を示している。

100hPa高度場において,各月ともにチベット高気圧の

中心に特徴がみられた。6月のチベット高気圧は2003年

の方が西偏している。その一方で7月は1993年が双峰型,

2003年がイランモード(Zhang and Qian, 2002)であった。

8月は,1993年は広範囲に広がっているのに対して,

2003年は東進してチベットモードになっている。しか

し,両年ともにチベット高気圧は弱い。

6月の成層圏下部においても極域での高気圧が強く,

アジア方面へ張り出していた。成層圏下部の100hPa高

度場において1993年は,6月から8月にかけてチベット

高原上空にチベット高気圧の中心が存在している。しか

し,2003年はチベット高原上空にチベット高気圧が存在

している月は,8月のみである。Zhang and Qian(2002)

によれば,100hPa高度場におけるチベット高気圧の中心

がチベット高原の上空に存在すると,東アジアで冷夏と

降水量の増加をもたらす。チベット高気圧の中心がチ

ベット高原上空で持続したことも1993年における低温の

長期化と夏季における降水量の増加の一因と考えられる。

6-3 突然昇温と30hPa高度場

成層圏突然昇温は1月から3月にかけて発生している。

表 8の(a)に1993年1月から2月,(b)に2003年の1月

から2月の30hPa高度場における気温分布を示している。

2003年は,1月9日~15日の間に東シベリアの130°E付

近で,20℃の突然昇温が起きている。一方,1993年は1

週間に気温が20℃以上も上昇するような突然昇温は起

こっていない。小規模な昇温は1月27日~2月1日,2月

20日~24日の2度,発生している。このことから,2003

年と1993年の違いが認められる。

図 10に30hPa高度場の偏差を示した。(a)(c)(e)より,

1993年は北半球の中高緯度において負偏差が卓越して

いる。しかし,2003年は(b)(d)(f)より極域に正偏差,低

中緯度で負偏差となっている。また,春から夏にかけて

極域の正偏差がアメリカ側に寄っており,アジアの中緯

度帯で負偏差となっていることも特徴的である。

2003年と1993年の下部成層圏における循環の違いは,

成層圏突然昇温の発生の有無も影響しているのではない

かと考えられる。Matuno(1971)は,成層圏突然昇温が

発生すると極渦の崩壊が起こりやすいことを大気大循環

モデルで再現しているが,実際に突然昇温が発生した

2003年は極渦が弱くなった。加えて熱帯東風も作用し,

アメリカ上空における高気圧を発生させた一つの要因と

考えられる。一方,1993年は突然昇温が発生しなかった

図 6 5月における50hPa高度場の東西風成分暖色系が西風成分,寒色系が東風成分である。(a)は1993年5月,(b)は2003年5月。単位はm/s。

95

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永野良紀・山川修治・河合隆繁・田中誠二・貴船英生・稲田智子・三浦 梓

─ ─150( )

表 8 1月から2月にかけての30hPaにおける気温分布 (a)は1993年,(b)は2003年。 濃い灰色は20℃以上,薄い灰色は10℃以上の昇温を

示す。

単位は℃

(a) (b)月/日 1993年 2003年

1 1 -48 -382 -50 -383 -48 -404 -48 -405 -48 -426 -46 -467 -46 -488 -46 -489 -48 -48

10 -48 -46 +2011 -50 -4412 -52 -4613 -52 -3414 -50 -32 東シベリア15 -52 -28 (130°E)16 -54 -2817 -54 -3218 -54 -3619 -52 -3820 -52 -38 -5221 -50 -40

太平洋側(左側)ユーラシア側(右側)2つに分裂

-4422 -48 -40 -4023 -48 -40 -4024 -46 -40 -4025 -46 -42 -3826 -46 -42 -3827 -48 -42 -4028 -48 +10 -44 -4429 -46 -44 -4230 -44 -44 -4431 -42 東シベリア -44 -46

2 1 -38 (160°E) -46 -482 -38 -48 -463 -40 -46 -464 -42 -46 -485 -42 -506 -42 -46 +187 -42 -448 -42 -409 -42 -38

10 -42 -34 東シベリア11 -42 -32 (130°E)12 -40 -3413 -36 -4014 -38 -4215 -38 -4416 -40 -4617 -40 -4618 -38 -4619 -44 -4620 -48 -4621 -48 +18 -4822 -48 -4823 -36 東シベリア -5024 -30 (140°E) -5025 -30 -5026 -32 -5027 -36 -5028 -38 -50

のは,ピナトゥボ大噴火と熱帯西風が作用したものと考

えられる。

7 100hPa・500hPa・地上の気圧系季節推移からみ

た冷夏の構造

第5・6章でみた対流圏と成層圏の大気循環特性を相

互に関連付けて検討するために,成層圏下部の100hPa,

対流圏中層の500hPaの高度偏差,そして地上気圧偏差

について,それぞれ140°Eに沿う南北断面の気圧系アイ

ソプレスを6~8月の半旬データに基づいて作成し,そ

れらの季節推移を比較検討した(図11)。この解析に

よって,冷夏の構造を検討したい。 

地上気圧偏差(図11c)によれば,40~60°Nに着目す

ると,1993年,2003年ともに,オホーツク海高気圧の発

生・発達が維持されたことを示している。正偏差が

4hPaを超えて安定するのは,2003年の方が7月5日から

と1993年より2半旬早いが,8月18日まで継続した点は

共通している。+8hPa以上の強い正偏差は,1993年が4

半旬(7/20~ 7/29,8/9~ 8/18)であるのに対し,

2003年 は 5半 旬(7/10 ~ 14,7/20 ~ 7/29,8/9 ~

8/18)と7月半ばからの卓越が特徴的であるが,8月は

1993年に比べて高緯度シフトの傾向が認められる。い

ずれも6月中旬に北極圏で非常に強い正偏差,つまり北

極高気圧が出現していることも共通しており,北極寒気

団を中緯度に送り込む後続のプロセスを示唆している。

高緯度における6月の正偏差は,冷夏の前兆現象とみる

こともできよう。

次に,500hPa(図11b)をみると,両年とも7~8月

には極東リッジの卓越が明瞭である。+6gpmの卓越に

注目してみると,その程度は2003年の方が高い。1993

年は地上のオホーツク海高気圧の発達にやや先だって正

偏差が出現しているのに対し,2003年はむしろ地上が1

半旬先行している。このことは,2003年はその前の冬季

にオホーツク海海氷が18年ぶりに拡大し,夏にかけて

冷水域が発達していたため,下層からオホーツク海高気

圧が励起したことを示している。また,7月から6月へ

遡ってみると,2003年の方が北太平洋高気圧(亜熱帯高

圧帯)の北偏強化とそれに続くブロッキング高気圧(極

東リッジ)の卓越という推移が明瞭であったことを読み

取ることができる。1993年の場合は,6~7月に断続的

に現われる極渦の発達,極東トラフの深まりが特徴的

で,それとは対照的なブロッキング高気圧も強まり典型

的な南北流型となっていた。

さらに100hPa(図11a)を検討してみよう。両年の共

通点は,6~8月を通して中緯度において負偏差域が顕

96

Page 11: 2003年冷夏の総観気候学的解析 · 模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層 圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。 さらに,山川(1997)や永野(2003)では,成層圏下

─ ─151 ( )

2003年冷夏の総観気候学的解析

(a) (b)

(c) (d)

(e) (f)

図 7 6・7・8月の月平均50hPa高度分布 (a)は1993年6月,(b)は2003年6月,(c)は1993年7月,(d)は2003年7月, (e)は1993年8月,( f)は2003年8月である。単位はgpm。

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Page 12: 2003年冷夏の総観気候学的解析 · 模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層 圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。 さらに,山川(1997)や永野(2003)では,成層圏下

永野良紀・山川修治・河合隆繁・田中誠二・貴船英生・稲田智子・三浦 梓

─ ─152( )

(a) (b)

(c) (d)

(e) (f)

図 8 6・7・8月の月平均70hPa高度分布 (a)は1993年6月,(b)は2003年6月,(c)は1993年7月,(d)は2003年7月, (e)は1993年8月,( f)は2003年8月である。単位はgpm。

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Page 13: 2003年冷夏の総観気候学的解析 · 模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層 圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。 さらに,山川(1997)や永野(2003)では,成層圏下

─ ─153 ( )

2003年冷夏の総観気候学的解析

(a) (b)

(c) (d)

(e) (f)

図 9 6・7・8月の月平均100hPa高度分布 (a)は1993年6月,(b)は2003年6月,(c)は1993年7月,(d)は2003年7月, (e)は1993年8月,( f)は2003年8月である。単位はgpm。

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Page 14: 2003年冷夏の総観気候学的解析 · 模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層 圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。 さらに,山川(1997)や永野(2003)では,成層圏下

永野良紀・山川修治・河合隆繁・田中誠二・貴船英生・稲田智子・三浦 梓

─ ─154( )

 

(a) (b)

(c) (d)

(e) (f)

図10 30hPa高度分布の合成図 (a)は1993年1月から2月にかけての合成,(b)は2003年1月から2月にかけての合成, (c)は1993年3月から5月にかけての合成,(d)は2003年3月から5月にかけての合成, (e)は1993年6月から8月にかけての合成,( f)は2003年6月から8月にかけての合成。単位はgpm。

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Page 15: 2003年冷夏の総観気候学的解析 · 模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層 圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。 さらに,山川(1997)や永野(2003)では,成層圏下

─ ─155 ( )

2003年冷夏の総観気候学的解析

図11 140°E南北断面でみた1993年(左)・2003年(右)6~8月の半旬別気圧・高度偏差の推移 (a)100hPa高度〔gpm〕,(b)500hPa高度〔gpm〕,(c)地上気圧〔hPa〕 寒色系は負偏差,暖色系は正偏差を示す。(a)(b):60gpm間隔,(c):4hPa間隔。

著となっていることである。この状況は,明らかに

1993年の方が卓越しており,8割は負偏差で,極渦の発

達が認められる。この原因は1991年6月15日のフィリ

ピン・ピナトゥボ火山の大噴火によって成層圏に注入さ

れたエアロゾルに起因する「パラソル効果」の影響とし

て認識される(Yamakawa,1997;山川,1997)。両年で

共通する6月の負偏差は,6/30~7/4の75°N付近にあ

り,その頃の極渦の張り出しが冷夏を予兆している可能

性がある。

8 結果のまとめと考察

2003年の冷夏の要因を考察すると以下のようになっ

た。

① 7月の冷夏の要因はオホーツク海高気圧指数が高指

数であり,地上においても高気圧が多く出現してい

ることから,オホーツク海高気圧が卓越していたこ

とである。さらに,西太平洋亜熱帯高気圧指数が大

きい値を示していることから,北太平洋高気圧が南

偏していたことも冷夏の一因であると推測される。

極域での寒気は強く,東方海上高度は値が大きいこ

とから,極側から日本へ寒気が流入したこと,換言

すると,多数の寒冷渦が日本付近を通過したことも

要因と考えられる。

② 8月の冷夏の要因は,東日本から北日本において前

線が存在し,特に東日本において停滞前線が多く出

現したためであり,その結果,同地域における降水

量が飛躍的に増えたと考えられる。

③ 熱帯成層圏下部の東西風がアジア上空では西風で

あったため,チベット高気圧の東方への張り出しが

弱く,東アジアの冷夏につながったと考えられる。

その一方で,太平洋からアメリカの成層圏下部の東

西風が東風であり,アメリカから大西洋にかけての

高気圧の強化につながったと考えられる。

④ オホーツク海高気圧の卓越が500hPa極東リッジよ

り先行し現われていることから,その前のオホーツ

ク海の海氷発達に伴うオホーツク海とその周辺の冷

水域が,同高気圧の形成に例年以上に作用したと考

察される。

⑤ オホーツク海高気圧を卓越させた極東リッジの持続

には,北太平洋高気圧の北偏・ブロッキング化のプ

101

°N °N

Page 16: 2003年冷夏の総観気候学的解析 · 模の冷夏の要因についてピナトゥボの噴火による成層 圏・対流圏上層の気温低下を挙げている。 さらに,山川(1997)や永野(2003)では,成層圏下

永野良紀・山川修治・河合隆繁・田中誠二・貴船英生・稲田智子・三浦 梓

─ ─156( )

ロセスを経ていたことが認められる。これには春に

高温現象(森林火災多発)のみられた極東域へ向

かって,亜熱帯暖気団がその大きな気温差に応じ

て,上記④の接地安定層の形成されたオホーツク

海上を吹き越し(Kawai,2003),強い南東風として

吹走したことが関与していると推察される。

続いて2003年冷夏と1993年の冷夏を比較し,考察す

ると以下のようになった。

① オホーツク海高気圧と北太平洋高気圧の南偏からす

ると2003年と1993年の7月の冷夏は類似している。

しかし,オホーツク海高気圧の発達と北太平洋高気

圧の南偏の要因となっている寒気の流入状況は異

なっている。

② 8月の冷夏の要因は,2003年では日本付近における

前線の停滞が影響していたのに対して,1993年はオ

ホーツク海高気圧の発達と前線の出現の両方が考え

られる。

謝辞

本研究をすすめるにあたり,(財)電力中央研究所・環境

科学研究所・大気環境領域(気候グループ)の加藤央之氏に

は統計解析の手法等についてご助言いただきました。厚く御

礼申し上げます。

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