20061117 symposium

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1. はじめに ここ数十年における溶接構造用鋼の進歩に は著しいものがある。1980 年代に国内の高炉 各社で導入された TMCP 技術は造船・海洋構 造物用鋼として適用が開始された。その後、広 い分野で適用されるようになり、現在では TMCP 鋼板として定着している。また、溶接 部の靭性を向上させるためのミクロ組織制御 技術も溶接用鋼の発展に必須であった。これら を支えているのは製鋼技術の発展をなくして は不可能であった。これら溶接構造用鋼の発展 は鋼材を使用する立場の設計・施工者、さらに は、オーナーの厳しい要求があってこそのこと であり、両者の相乗効果が発揮されたことが本 分野において我が国が世界で最先端を歩んで いる大きな理由であるといえる。 溶接構造用鋼の発展に関しては多くの解説 や成書がある 1) 5) 。また、土木・建築用鋼の最 近の発展については以前の本シンポジウム 6) や別稿に譲り、本稿では、他分野において、構 造物の破壊事故とそれを契機とした構造信頼 性の向上と鋼材特性の向上がどのようになさ れてきたかを造船・タンクの分野を例にして説 明したい。 2.造船分野における構造信頼性の変遷 2.1 船舶の損傷事故例 (1)過去の事例 第二次世界大戦中の米国において建造され たリバティー船の破壊事故はあまりにも有名 である(図 1)。当該船舶は戦時標準船であり、 U ボートの攻撃による船舶の損失が多数であ ったために短時間で多数の船舶を建造する必 要があり、それまで一般的であったリベット接 合にかわり溶接を全面的に採用した初めての 船であった。主要造船所は軍艦の建造に多忙で あり、陸上鉄構分門の企業が進出して商船の建 造に乗り出したのである。溶接の採用によりそ れまで月単位を要していた組み立てが日単位 まで大幅に短縮されたという。戦時に約 5,000 隻が建造され、約 1,000 隻でき裂が発生、その うちの 90 隻は深刻な損傷で、 12 隻は船体が二 分する事故であった。破壊は溶接欠陥を起点と DRAFT 構造用鋼の変遷 -構造信頼性の視点からTrend in structural steels in view of structural integrity 粟飯原周二* Shuji AIHARA ABSTRACT Properties of the steel plates for welded structures, as represented by buildings, bridges and ships, have progressed in great deal in the last two decades, which owes much to the development of TMCP and technologies of microstructural control at weld heat-affected zone, as well as the steel making technologies. On the other hand, requirements for the structural reliability have become more and more stringent. Integrity of the Japanese welded steel structures has maintained its highest position in the world, which is due to the synergetic effect of the steel technology and structural engineering. In the present report, some historical aspect of the structural reliability is presented in close relation to steel performances. Keywords: structural steel, TMCP , brittle fracture, reliability * 工博 東京大学大学院工学系研究科 環境・海洋工学専攻 教授 (113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1)

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Page 1: 20061117 symposium

1. はじめに ここ数十年における溶接構造用鋼の進歩に

は著しいものがある。1980 年代に国内の高炉

各社で導入された TMCP 技術は造船・海洋構

造物用鋼として適用が開始された。その後、広

い分野で適用されるようになり、現在では

TMCP 鋼板として定着している。また、溶接

部の靭性を向上させるためのミクロ組織制御

技術も溶接用鋼の発展に必須であった。これら

を支えているのは製鋼技術の発展をなくして

は不可能であった。これら溶接構造用鋼の発展

は鋼材を使用する立場の設計・施工者、さらに

は、オーナーの厳しい要求があってこそのこと

であり、両者の相乗効果が発揮されたことが本

分野において我が国が世界で最先端を歩んで

いる大きな理由であるといえる。 溶接構造用鋼の発展に関しては多くの解説

や成書がある 1)~5)。また、土木・建築用鋼の最

近の発展については以前の本シンポジウム 6)

や別稿に譲り、本稿では、他分野において、構

造物の破壊事故とそれを契機とした構造信頼

性の向上と鋼材特性の向上がどのようになさ

れてきたかを造船・タンクの分野を例にして説

明したい。 2.造船分野における構造信頼性の変遷 2.1 船舶の損傷事故例 (1)過去の事例 第二次世界大戦中の米国において建造され

たリバティー船の破壊事故はあまりにも有名

である(図 1)。当該船舶は戦時標準船であり、

U ボートの攻撃による船舶の損失が多数であ

ったために短時間で多数の船舶を建造する必

要があり、それまで一般的であったリベット接

合にかわり溶接を全面的に採用した初めての

船であった。主要造船所は軍艦の建造に多忙で

あり、陸上鉄構分門の企業が進出して商船の建

造に乗り出したのである。溶接の採用によりそ

れまで月単位を要していた組み立てが日単位

まで大幅に短縮されたという。戦時に約 5,000隻が建造され、約 1,000 隻でき裂が発生、その

うちの 90 隻は深刻な損傷で、12 隻は船体が二

分する事故であった。破壊は溶接欠陥を起点と

DRAFT

構造用鋼の変遷

-構造信頼性の視点から-

Trend in structural steels in view of structural integrity

粟飯原周二*

Shuji AIHARA

ABSTRACT Properties of the steel plates for welded structures, as represented by buildings, bridges and ships, have progressed in great deal in the last two decades, which owes much to the development of TMCP and technologies of microstructural control at weld heat-affected zone, as well as the steel making technologies. On the other hand, requirements for the structural reliability have become more and more stringent. Integrity of the Japanese welded steel structures has maintained its highest position in the world, which is due to the synergetic effect of the steel technology and structural engineering. In the present report, some historical aspect of the structural reliability is presented in close relation to steel performances. Keywords: structural steel, TMCP, brittle fracture, reliability

* 工博 東京大学大学院工学系研究科 環境・海洋工学専攻 教授

(〒113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1)

Page 2: 20061117 symposium

した脆性破壊である。それまでのリベット船で

は、脆性き裂が発生してもリベット接合部で鋼

板が不連続となるために脆性き裂の長距離伝

播が防止され大規模破壊が未然に防止されて

いたのである。ところが、溶接継手では一旦発

生した脆性き裂を接合部で停止させることは

極めて困難であった。

戦後、これら事故の究明が実施された結果、

脆性破壊を発生した鋼板あるいは脆性き裂が

伝播した鋼板では、使用温度におけるシャルピ

ー衝撃特性が 10fl-lb を下回るものが多いこと

がわかった。この結果から 10ft-lb(14J)(また

は 15ft-lb(20J))遷移温度が使用温度を上回る

と危険であるとの認識ができた。図 2 は英国船

級協会による船舶を中心とした脆性破壊事故

をまとめたものである 7)。この調査結果から船

体の脆性破壊事故を防止するためには、シャル

ピー衝撃試験のエネルギーが 35fl-lb(47J)以

上でなければならないという思想ができ、

35ft-lb 遷移温度を 0℃以下とする基準が広く

使われるようになった。 図 3 は 1979 年 3 月にカナダ沖で事故を起こ

した Kurdistan 号の事例である 8)。当該船舶は

60℃程度に加熱した石油を積載していた。氷

海域に突入後そこから抜け出したところで第

1 回目の破損を発生した。天候は荒天で気温は

0℃付近であった。破損したタンクから石油を

他のタンクに移している段階で第 2 回目の破

損が発生し、8 時間後には第 3 回目の破損が発

生して船体は二分され船首部分は沈没したと

いう。当該船は 1973 年に建造されたもので氷

海域クラスの設計であった。脆性破壊位置はビ

ルジキールの突合せ溶接部であり、起点には溶

接欠陥と疲労き裂が存在していた(図 4)。ビ

ルジキールを伝播したき裂は船体を構成する

ビルジ鋼板に突入し、最終的に船体が二分され

図 1 米国戦時標準船の破損事故

図 3 Kurdistan 号の破損事例 8)

○脆性き裂が完全に伝播●破壊が延性的、または、

突入したき裂が停止×両者の中間的なもの

○脆性き裂が完全に伝播●破壊が延性的、または、

突入したき裂が停止×両者の中間的なもの

図 2 英国船級協会における脆性破壊事故

調査結果 7) 図 4 Kurdistan 号の破壊発生部の詳細 8)

Page 3: 20061117 symposium

たものである。波浪による応力に加えて積載貨

物の加熱と海水の温度差による熱応力が作用

していたものと考えられている。船体の大部分

は A 級鋼であり、27J 遷移温度は 5~20℃であ

った。き裂が長距離伝播した部分の破壊形態は

脆性破壊と延性破壊であったという。主要構造

部材に取り付けられた非重要部材の溶接が不

完全で、そこから発生した脆性き裂が主要部材

に突入して大規模破壊に至った典型例である

といえる。 (2)最近の事例 図 5 は 2002 年 3 月にセントローレンス湾で

破損事故を起こしたばら積み運搬船 Lake Carling 号の事例である 9)。鉱石ペレットを積

載してカナダ沖を航行中、検査によりき裂が発

見された。気温は-6℃、波高は 1.5~2.5m で厳

しい天候ではなかったようである。船側外板に

溶接された骨材の止端部回し溶接部に 70mm程度のき裂が複数の箇所で発見され、そのうち

の一つから脆性破壊が発生した。き裂は船側外

板母材部を約 6m 伝播した後に停止していた。

事故以前の積載条件が基準どおりでなかった

事もき裂発生の原因のひとつと考えられてい

る。当該部材の鋼板は A 級鋼であり、事故後

の調査では+20℃で 27J ぎりぎりであった(図6)。

図 6 Lake Carling 号船体の靭性レベル 9)

1997 年に大西洋においてコンテナ船 MSC Carla 号が 2 分する事故が発生している。荒天

中、船体が波に乗り上げたホギング状態で溶接

線に沿ってき裂が伝播した。当該船舶は 1972年に欧州で建造された後、1984 年に韓国にて

船体が 15m 延長されている。その後、溶接部

に疲労き裂が発見され、就航中のき裂拡大のモ

ニタリングが要求されていたようである。当該

船舶は数度にわたる転売を経験していた。事故

原因の詳細は係争のため明らかにされていな

い。

図5 Lake Carling 号の破損事故 9)

船体で最も多い損傷は疲労き裂である。鋼板

や溶接部の靭性が不十分な場合に疲労き裂を

起点として脆性破壊が発生する。疲労をはじめ

とする船体構造の損傷の実態と検査・補修に関

しては文献 10)を参照されたい。 2.2 船体の耐脆性破壊信頼性 我が国においても 1970年に相次いで発生し

た大型鉱石運搬船の事故などがあり、造船界で

は古くから脆性破壊に関する研究が精力的に

なされてきた。船体構造では、脆性き裂の伝播

により船体が二分するような事故を防止する

ために、溶接部からの脆性破壊発生の防止に加

えて、万が一発生して伝播をしたき裂を重要部

材で停止させる機能を持たせるような思想が

採られてきた。前者のためには溶接欠陥や疲労

き裂の防止と溶接部靭性の確保が必要であり、

後者のためには、重要部材に靭性の高い鋼板を

使用することなどが必要となる。 脆性破壊発生防止のためには部材の重要度

と負荷応力に応じた衝撃特性を有する鋼板を

Page 4: 20061117 symposium

配置するとともに、溶接部に対しても鋼板に応

じて衝撃特性が要求される 11)。必要衝撃特性

レベルは破壊力学的に裏付けられたものであ

る 12)。 特に重要な部材に対しては万が一発生した

脆性き裂伝播を停止させる能力が必要である。

玄側厚板 (sheer strake) や梁上側板 (deck stringer)などには E 級鋼が配置されるような

設計がなされる(図 7)13)14)。 上記の観点から、脆性き裂の伝播・停止の現

象に関しても古くから研究がなされてきた。

TMCP 鋼板の船体への適用に際してもき裂伝

播停止を含む脆性破壊特性に対して集中的に

調査・研究がなされた 15)。脆性き裂の停止靭

性(Kca)は、幅が 2m 程度の大型 ESSO 試験で

得られる値は幅が 500mm の標準型試験で得

られる値に対してはるかに大きくなる実験結

果が得られている。すなわち、標準型 ESSO試験で得られる Kca が 400 あるいは

600kgf/mm3/2 以上あれば大型試験ではこれよ

りも応力拡大係数が大きくてもき裂は停止す

ると言われている(図 8)13)15)。 一方、最近の海上物流の急増に伴い、8,000個を超えるコンテナの積載を可能とする超大

型コンテナ船が建造されるようになってきた。

コンテナ船は開口部が大きいために幅の狭い

甲板部に大きな力が作用する。このために

70mm を超える極厚鋼板が使用されるように

なってきた(図 9)16)。従来の脆性破壊試験に

よると、溶接部で発生した脆性き裂は残留応力

の効果により母材側に逸れる傾向があり、脆性

き裂の伝播を阻止するためには母材の Kca を

確保すればよいとの思想があり、これにより実

船の安全性も確保されてきた。日本海事協会鋼

船規則の最新版では脆性き裂伝播特性に関す

る特別規定が新たに設けられている 11)。母材

のき裂伝播停止性能を確実に確保することを

考慮したものである。このグレードの鋼板を特

別に重要な部材に適用できる。

図 7 E 級鋼が配置される重要部材(二重底

タンカーの例)13)

図 9 大型コンテナ船の甲板・ハッチ部の

構造と溶接施工 16)

図 8 ESSO 試験による脆性き裂伝播性能の評

価 13) 一方、最近の極厚鋼板溶接継手を用いた実験

によると、脆性き裂は母材に逸れずに溶接部に

沿って伝播する場合があることがわかってき

Page 5: 20061117 symposium

た(図 10)16)17)。上記のとおり、大型船舶に

おける大規模破壊を防止するためには重要部

材で脆性き裂を確実に停止させることが必要

であり、これまでにない条件における脆性き裂

伝播停止性能に関する研究が要望されている。 船体の耐破壊信頼性を向上させるためには、

まず第一に脆性き裂を発生させないことが重

要であり、このために溶接部の靭性を確保する

ことが重要である。特に、最近のコンテナ船に

おける極厚化の傾向に対して溶接効率を確保

するためにエレクトロガス溶接などの大入熱

溶接に対する靭性確保が重要な課題である。こ

のために各種の溶接熱影響部のミクロ組織制

御技術が開発、適用されている。また、万が一

発生した脆性き裂を停止させる能力を鋼板に

具備させるために、高アレスト靭性鋼が開発さ

れており、船体の重要部材に適用されている。

船体の衝突時に鋼板は塑性変形を受けるが、そ

の状態でアレスト靭性を確保する必要がある。

脆性き裂発生の防止には疲労による欠陥の拡

大を防止することも重要である。このために疲

労き裂の進展を抑制する鋼板や溶接後処理が

開発されている。最近の造船用鋼の動向につい

ては文献 18)19)を参照されたい。 3.タンク分野における構造信頼性の変遷 3.1 タンクの破損事故例 タンクの破壊事故例としては 1977年カター

ルの LPG タンク破壊事故、国内では 1968 年

の HT80 鋼製球形タンク水圧テスト時の事故

がよく知られているが、これを含めた過去の事

例をいくつか紹介する。

LNG タンクは戦前より操業されている。

1944 年、米国クリーブランドにおいて

4,050m3の LNG タンクが破壊し、48 時間にわ

たって燃え続け、死者 128 名、負傷者 400 名

の大惨事があった(図 11)20)。このタンクは

低温・低圧(-157℃、3.5 気圧)で、大容量 LNGタンクとして世界唯一のものであった。直径

21.2m 、 高 さ 13m の 円 筒 形 タ ン ク

(toro-segmental と呼ばれ、自動車のタイヤ

を横にて中央の空洞に枕型タンクをはめ込ん

だようなもの)であった。戦時の生産増強に応

えるため急遽建造されたものである。二重殻構

造で、内槽は 3.5%Ni 鋼、外槽は平炉鋼を使用

したもので、完成後最初の冷却時に底部にき裂

が発生し、修理後 2 回目の冷却が終了した後の

事故であった。このプラントを製造する前に、

銅、ブロンズ、モネルメタル、レッドブラス、

ステンレス鋼、Ni 鋼の衝撃特性が調査され、

Ni 鋼が最も優れた特性を示し、これが採用さ

れたようである。現在の知識によれば 3.5%Ni鋼の衝撃遷移温度は高々-100℃程度であり、わ

ずかな欠陥が存在すれば低応力で脆性破壊を

発生する可能性が高いことがわかる。この事故

のあと LNG タンクが製造されたのは 9%Ni 鋼が開発された 10 年後のことであった。

図 10 極厚鋼板溶接継手の脆性き裂伝播試

験 15)

図 11 初期の LNG タンク破壊事故 20)

我が国では、1968 年に高張力鋼を用いた球

形タンクの水圧試験時の事故が東西で発生し、

話題となった。図 12 は徳山にける事故の概要

である 20)。引張り強さが 80kg/mm2 級の高張

力鋼(HW70)をタンクに初めて使用したもので

あり、板厚が 28~29mm、内径 16.2m の球形

Page 6: 20061117 symposium

タンクで、水圧試験中圧力が 2.35MPa の時点

で破壊事故を起こした。負荷応力は 336MPaで規格降伏点の 1/2 程度の低応力破壊であっ

た。全周の 3/4 に及ぶき裂のうち、6.2m は溶

接継手に沿った脆性破壊であった。起点には深

さが 6~7mm、長さが 60~80mm の欠陥が発

見された。事故後の再現実験から溶接遅れ割れ

であることが確認された。また、熱影響部の靭

性低下、溶接施工時の角変形・目違いの相乗効

果も重要因子であることが事故後の徹底的な

調査により明確となり、入熱制限が厳しく規制

されるようになった。同時に、本高張力鋼には

問題がないことも明確となり、その後、タンク

用鋼として広く使われるようになり、1970 年

と 1972年には 20万m3の球形ガスホルダーが

建設された 21)。

DuctileFracture

Brittle FractureAlong weld HAZ

DuctileFracture

Brittle FractureAlong weld HAZ

図 12 球形ガスタンクの水圧試験時事故 20)

1977 年中近東カタールの天然ガス液化貯蔵

プラントがすべて破壊される大規模な事故が

発生した。この事故は LPG タンクの破壊を発

端とするものであり、液化ガスが 8 日以上にわ

たり炎上したが、日曜日のために死者は 7 名と

少なかったという。裁判後も利害に関わる事項

は全く公表されていないが、田中の聞き取り調

査などにより概要が明らかとなっている(図

14)20)。この LPG タンクは 1975 年に完成し

た容量 4.2 万 m3のものである。1976 年にき裂

発生事故を起こしており、き裂が 5.5m にわた

って伝播した。側板スチフナ突合せ溶接部から

脆性破壊が発生し、側板に伝播したものである。

2mx8m の部分をはめ込んで補修した。第 2 回

目の事故では側板同士の水平溶接部から破壊

が発生し、脆性き裂は側板全体を貫通した。破

壊起点には深さ 1.5mm、長さ 4.5mm の欠陥が

発見された。海水を用いた水圧テスト時に表層

の硬化部にき裂が生じたものらしい。-45℃に

おけるシャルピー衝撃値は 2.7J、限界 CTOD値は 0.015mm 程度であったらしい。

図 14 カタール LPG タンク事故の模様 20)

図 13 球形ガスタンク事故の破壊起点 20)

3.2 低温タンクの耐破壊信頼性 1979 年、シェル社はカタールでの事故を受

けてLNGタンクの信頼性に対する新しいコン

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セプト「Double Integrity」を発表した。従来

のタンクは内槽が破損した際には二次防壁が

不完全な一重容器方式であったが、新コンセプ

トでは内槽が破壊して液体が漏洩しても二次

防壁で完全に漏洩を防ぐものである 22)。

図 16 LNG タンクの耐破壊安全性評価で想

定された欠陥とき裂 23)24)

我が国でもLNGタンクの大型化を実現する

ために共同研究が実施され、これまでの事故も

参考にして、内槽 9%Ni 鋼板に対しても多重安

全性を確保する信頼性思想を確立させた。図

15 にその概念を示す 23)24)。第一に、溶接部か

らの脆性破壊発生を防止し、その上で、万が一

のき裂発生に備えて溶接部または母材部で脆

性き裂を停止させ、内容物の流出による二次災

害を防止する能力を具備させる。さらに、き裂

が強度の低いオーステナイト系溶接金属を延

性破壊により不安定的に伝播することを防止

するものである。これらの評価にあたり、我が

国固有の条件として地震による荷重も考慮さ

れているのが特徴である。

図 15 LNG タンクの耐破壊安全性 24)

図17 き裂成長に伴う応力拡大係数の変化 23)

溶接部からの脆性破壊発生に対しては

CTOD 仮説に基づいた検討が実施され、想定

した表面欠陥(図 16)に対して操業圧による

応力と溶接残留応力に地震荷重による応力を

加味して WES-2805 欠陥評価基準 25)に従って

必要 CTOD 値を計算し、9%Ni 鋼板のオース

テナイト系溶接継手の CTOD 試験の結果から

限界 CTOD 値は要求値よりもはるかに高いこ

とが確認されている。溶接継手広幅試験により

破壊発生応力は設計応力よりもはるかに高い

ことが確認されている。 一方、脆性き裂伝播阻止性能に対しては、溶

接継手の残留応力を考慮した応力拡大係数の

変化と ESSO試験によるアレスト靭性値(Kca)の比較により検討された。万が一脆性き裂が発

生し、両側に板厚の 2 倍だけ進展した状態を想

定してき裂長さを板厚の 5.5 倍と仮定すると

(図 16)、この長さ以下でき裂を阻止するため

には図 17 において残留応力効果により応力拡

大係数が最大となる B 点(地震時最大応力に

対応)における値が要求 Kca であると判断さ

れる。図 18 に示すような ESSO 試験により、

Page 8: 20061117 symposium

き裂を動的に 150mm 助走させた後のき裂伝

播・停止を測定した結果から、母材(-196℃)、溶接継手(-165℃)ともにき裂は停止しており、

必要 Kca 以上であることが確認されている。 脆性き裂伝播停止後の不安定延性破壊の評

価に対しては、延性破壊抵抗曲線(R 曲線)概

念が適用されている。図 19 はオーステナイト

系溶接継手の CTOD-R 曲線の測定例であり、

-196℃では飽和 CTOD 値は 5mm 程度である

ことがわかる。一方、不安定延性破壊評価はき

裂進展力とR曲線との比較によりなされる(図

20)。設計応力で評価すると不安定延性破壊を

生じるき裂長さは想定される長さよりもはる

かに大きく、万が一、発生して停止した脆性き

裂から不安定延性破壊を発生することはない

ことが確認された。

図 18 き裂伝播阻止性能を評価するための

ESSO 試験 23)

図 21 に破壊に対する多重安全性評価の流れ

を示す。既に板厚 50mm までの 9%Ni 鋼と溶

接技術が完成しており、地上式としては最大の

18 万 kl の LNG タンクが製造されている 22)。

LNG貯槽用材料に関しては文献 26)も参照され

たい。

図 21 LNG タンクの破壊に対する安全性評

価の考え方 24)

図 19 オーステナイト系溶接継手の延性破

壊抵抗曲線 24) 4.おわりに 鋼材と鋼構造物の変遷について、破壊事故例

と破壊を防止するための方策の観点から、造船

とタンクの分野を例にあげて紹介した。破壊の

発生は応力・歪、欠陥、材料特性の 3 要素によ

り決定されるものである。破壊の形態も疲労、

脆性破壊、延性破壊、環境助長破壊など、多岐

に及ぶ。これらの破壊を防止するためには上記

3 要素を経済的合理性に従って制御する必要

がある。その際には破壊によるリスクに応じた

重み付けも必要である。

図 20 R 曲線概念に基づいた不安定延性破

壊評価 24)

土木・建築分野における鋼構造物の信頼性向

上のために、本稿が少しでも参考になれば幸い

である。なお、本稿をまとめるにあたり参考に

させていただいた文献の著者の方々にこの場

を借りてお礼申し上げます。

Page 9: 20061117 symposium

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強度化技術」:1992、日本鉄鋼協会 2) 第 159・160 回西山記念講座「新しい時代を

創造する高性能厚板」:1996、日本鉄鋼協

会 3) 小指軍夫:制御圧延・制御冷却-鉄鋼技術の

流れ④、地人書館、1997. 4) 上田修三:構造用鋼の溶接-鉄鋼技術の流れ

⑨、地人書館、1997. 5) 百合岡信孝、大北茂:鉄鋼材料の溶接-溶

接・接合選書⑩、産報出版、1998. 6) 天野虔一:建築及び橋梁用鋼材の開発の現

状と将来、日本鋼構造協会・鉄鋼協会合同

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スターの要求性能、圧力技術、第 41 巻、

p.303、2003. 14) 北田博茂:船級規則における鋼材の要求性

能、テクノマリン、第 837 号、p.180、1999. 15) 日本造船研究協会 第 193 研究部会報告

書、1985. 16) 山口ほか:超大型コンテナ船の開発、咸臨、

第 3 号、p.70、2005. 17) Inoue,T. et al: long crack arrestability of

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18) 潮海弘資:咸臨、第 3 号、p.10、2005. 19) 多田益男ほか:船舶における機能性鋼板の

適用状況、ふぇらむ、vol.10、p.924、2005. 20) 田中潔学位論文:大型低温貯槽用材料の安

全性評価法に関する研究、1988. 21) 我が国における厚板技術史、日本鉄鋼協会、

2001. 22) 久保尚重:世界の LNG タンク動向と地上

式 LNG タンクの最新技術、圧力技術、

vol.38、p.169、2000.

23) 町田進ほか、厚肉 9%Ni 鋼の脆性破壊特性

と大型 LNG タンクへの適用性、圧力技術、

vol.29、p.341、1991. 24) 町田進ほか:同上、vol.31、p.19、1993. 25) 日本溶接協会 WES 2805-1997:溶接継

手の脆性破壊発生及び疲労き裂進展に対

する欠陥の評価方法. 26) 片山典彦:LNG 貯槽および配管材料の現

状と課題、溶接学会誌、第 73 巻、p.497、2004.