2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

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2014年度秋学期人工知能論 コミュニケーションする知能の “すごさ” を考える (1) ―ことばによるコミュニケーションの社会的規範― 10. 30. 2014 大学院政策・メディア研究科後期博士課程 坂井田 瑠衣 http://web.sfc.keio.ac.jp/~lui/

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慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス 2014年度秋学期「人工知能論」授業資料(2014年10月30日分) 担当:坂井田瑠衣(教育体験)

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Page 1: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

2014年度秋学期人工知能論 コミュニケーションする知能の “すごさ” を考える (1) ―ことばによるコミュニケーションの社会的規範―

10. 30. 2014 大学院政策・メディア研究科後期博士課程 坂井田 瑠衣 http://web.sfc.keio.ac.jp/~lui/

Page 2: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

コミュニケーションを営む知能

•  これまでの人工知能論の授業 ü 「人の知能がいかに “すごい” か」を考えてきた

•  私の考え:                  社会生活を営むスキル全てが “すごい知能” ü 相手と過度に発話が重ならず,会話することができる ü 人と会話しながら食事できる ü 人にぶつかったり,怪訝な顔をされずに街を歩ける

•  全てのコミュニケーションに規範/秩序がある ü 場の状況に応じて作り出され,利用される規範

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授業予定 (全3回)

•  10/30: ことばを使ったコミュニケーション ü 日常会話を成立させている暗黙的ルール

Ø  社会で一般的に共有されたルール

•  11/6: ことばと身体を使ったコミュニケーション ü 例) 食事をしながらの会話,漫才…

Ø  その場その場での,状況固有に作り出されるルール/知能

•  11/13: ことばを使わないコミュニケーション ü 例) 人にぶつからないように街を歩く

Ø  コミュニケーションしていないと思っても,コミュニケーションしてしまっている

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自己紹介

•  専門: コミュニケーションの映像分析 ü エスノメソドロジー/会話分析

Ø  詳細な「トランスクリプト (書き起こし)」に基づく分析 ü 非言語行動の分析

Ø  ジェスチャー,視線,姿勢などの分析

•  これまでの研究内容 ü バラエティ番組におけるお笑い芸人の “わざ”

Ø  「アメトーーク」の芸人たちが持っている引き出し ü 食卓での協同調理の身体的コミュニケーション

Ø  いかにして「もんじゃ焼き」が協同で作られるか 4

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コミュニケーションの “方法” を記述する

•  エスノメソドロジー (ethnomethodology) n  ethno: 「人々の」 n  methodology: 「方法」 ü  “人々がどのような方法で社会を成り立たせている

か” を記述する社会学的研究 Ø  社会の最小単位は,2者間のコミュニケーション

•  会話分析 (conversation analysis) ü  エスノメソドロジーの主要な研究手法 ü  我々が日々,当たり前に運用している会話の手続き

を明らかにする 5

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((S,H,Uはもんじゃ焼きを作っている)) 01 U: これさあ,((ボウルに手を伸ばしながら)) 02 (0.4) 03 U: なんで[こう 04 H: [↑も]ん↓じゃって さき具材載せ- 05 (0.2) 06 H: ºなんかº 07 (0.4) 08 H: ぐしゃってやるんでしたっ[ け.] 09 S: [そう]っすよ. 10 U: ぐしゃってやるんだっけ.

•  詳細なトランスクリプトによる分析 ü  言いよどみ,沈黙,重なり,音の引き延ばし,  

アクセントなどを詳細に記述

0.1秒単位の微細な現象を 見逃さない「トランスクリプト」

6

← 0.4秒の沈黙

音の高低 重なり

※ 興味がある方は「トランスクリプションのための記号」で検索してみてください.

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コミュニケーションするための知能

•  会話の知能≠言語能力 ü ロボットに「辞書」を与えても「会話」できるように

はならない

•  会話の秩序を保つための社会的ルールがある ü 我々は会話のルールを無意識に獲得し,使いこなし

ている

•  本日の授業: 我々が自分たちの会話のルールに「いかに無自覚的か」を考える ü 「言われれば当たり前」のルールを記述してみる

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“ない” ものを見る知能

•  02行目の1.5秒の沈黙で,誰が何をしているか?

8

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?((新聞を見ながら))  02     (1.5)

串田・好井 (2010) より引用

Page 9: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

“ない” ものを見る知能

•  02行目の1.5秒の沈黙で,誰が何をしているか?

ü 普通の答え: 「ユキエが沈黙している」 Ø ダイゴも沈黙しているのではないのか? Ø なぜ沈黙が「ユキエに属している」とわかるのか?

9

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?((新聞を見ながら))  02 ユキエ:(1.5) ((沈黙))

串田・好井 (2010) より引用

Page 10: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

“ない” ものを見る知能

•  02行目の1.5秒の沈黙で,誰が何をしているか?

ü 普通の答え: 「ユキエが沈黙している」 Ø ダイゴも沈黙しているのではないのか? Ø なぜ沈黙が「ユキエに属している」とわかるのか?

ü もう1つの答え: 「ユキエが応答していない」 Ø 「ユキエの応答」がこの場に「ない」ことが見える Ø 「質問をしたら応答が帰ってくる」という知識を持っている

10

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?((新聞を見ながら))  02 ユキエ:(1.5) ((応答なし))

串田・好井 (2010) より引用

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“あるべき” ものを見るためのルール

•  「ない」ものが見える ⇔ そこに「あるべき」ものを知っている (規範的知識)

•  隣接ペア (Sacks & Schegloff, 1973) というルールが存在 ü  質問―応答,挨拶―挨拶,依頼―受諾/拒否,… (1) 第一成分 (e.g. 質問) と第二成分 (e.g. 応答) からなる (2) 第一成分と第二成分は隣り合った位置で生じる (3) 第一成分と第二成分を別々の話し手が発する (4) 第一成分が第二成分より先に生じる (5) 第一成分は対応する種類の第二成分を要求する

•  我々は隣接ペアの知識を暗黙的に使っている 11

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「応答なし」以上の何かが見える

•  02行目の1.5秒の沈黙で,誰が何をしているか?

12

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?((新聞を見ながら))  02 ユキエ:(1.5)

串田・好井 (2010) より引用

Page 13: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

「応答なし」以上の何かが見える

•  02行目の1.5秒の沈黙で,誰が何をしているか?

ü さらに先の答え: 「ユキエが応答をためらっている」 Ø 「ユキエはアメフトが好きじゃなさそう」な感じがする

ü YesがNoより「優先される (preferred)」(Pomeranz, 1984) Ø Yesの場合 → 即座に応答が来る Ø Noの場合 → しばしば遅延される

13

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?((新聞を見ながら))  02 ユキエ:(1.5) ((「好きじゃない」と答えるのを躊躇っている))

串田・好井 (2010) より引用

Page 14: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

応答を遅延させるための “わざ”

•  実際,2つの方法で応答が「遅延」されている ü 1.5秒の沈黙による遅延

Ø 否定的な応答の前には沈黙が置かれる

14

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?  02 (1.5)  03 ユキエ:アメフト:?  04 (0.3)  05 ダイゴ:ºん:º=   06 ユキエ:=ん:あんまり.

串田・好井 (2010) より引用

Page 15: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

応答を遅延させるための “わざ”

•  実際,2つの方法で応答が「遅延」されている ü 1.5秒の沈黙による遅延

Ø 否定的な応答の前には沈黙が置かれる

15

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?  02 (1.5) ← 沈黙による遅延  03 ユキエ:アメフト:?  04 (0.3)  05 ダイゴ:ºん:º=   06 ユキエ:=ん:あんまり.

串田・好井 (2010) より引用

Page 16: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

応答を遅延させるための “わざ”

•  実際,2つの方法で応答が「遅延」されている ü 1.5秒の沈黙による遅延

Ø 否定的な応答の前には沈黙が置かれる ü 「挿入連鎖」(Schegloff, 2007) による遅延

Ø ユキエは即座に答えず「アメフト:?」と聞き返す 16

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?   質問  02 (1.5)  03 ユキエ:アメフト:?   質問  04 (0.3)  05 ダイゴ:ºん:º=       応答   06 ユキエ:=ん:あんまり.          応答

基底の連鎖

挿入連鎖

串田・好井 (2010) より引用

Page 17: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

応答を遅延させるための “わざ”

•  実際,2つの方法で応答が「遅延」されている ü 1.5秒の沈黙による遅延

Ø 否定的な応答の前には沈黙が置かれる ü 「挿入連鎖」(Schegloff, 2007) による遅延

Ø ユキエは即座に答えず「アメフト:?」と聞き返す 17

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?   質問  02 (1.5) ← 沈黙による遅延  03 ユキエ:アメフト:?   質問  04 (0.3)  05 ダイゴ:ºん:º=       応答   06 ユキエ:=ん:あんまり.          応答

基底の連鎖

挿入連鎖

串田・好井 (2010) より引用

Page 18: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?  02 (1.5)  03 ユキエ:アメフト:?  04 (0.3)  05 ダイゴ:ºん:º=   06 ユキエ:=ん:あんまり.

“起こりそうな” 出来事を予期する知能

•  01行目で,ダイゴは何をしているか?

18

串田・好井 (2010) より引用

Page 19: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?  02 (1.5)  03 ユキエ:アメフト:?  04 (0.3)  05 ダイゴ:ºん:º=   06 ユキエ:=ん:あんまり.

“起こりそうな” 出来事を予期する知能

•  01行目で,ダイゴは何をしているか? ü 普通の答え: 「ユキエに質問している」

Ø 間違っていない Ø 「単なる質問」以上のことをしているように聞こえないか?

19

串田・好井 (2010) より引用

質問

Page 20: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?  02 (1.5)  03 ユキエ:アメフト:?  04 (0.3)  05 ダイゴ:ºん:º=   06 ユキエ:=ん:あんまり.

“起こりそうな” 出来事を予期する知能

•  01行目で,ダイゴは何をしているか? ü 普通の答え: 「ユキエに質問している」

Ø 間違っていない Ø 「単なる質問」以上のことをしているように聞こえないか?

ü もう1つの答え: 「ユキエを何かに誘おうとしている」 20

串田・好井 (2010) より引用

質問 誘いの前置き?

Page 21: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

誘いの前置きを感じ取る

•  ユキエの「ん:あんまり.」 ü  ダイゴがユキエを誘う「前提条件」が揃っていないことを示す

•  ユキエの「なんで?」 ü  ダイゴの質問を「誘いの前置き」として聞いている証拠 21

 ((ダイゴのアパートにて))  01 ダイゴ:ユキエちゃんアメフト好き::?  02 (1.5)  03 ユキエ:アメフト:?  04 (0.3)  05 ダイゴ:ºん:º=   06 ユキエ:=ん:あんまり. 07 (0.6) 08 ユキエ:なんで? 09 (2.2) 10 ダイゴ:関学対神大やってる.((新聞を見ながら))

誘いの前置き

誘いを未然にブロック

ダイゴの質問の意図を尋ねる

誘うための 「前提条件」 を尋ねている

串田・好井 (2010) より引用

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「前触れ」のコミュニケーション

•  前置き連鎖 (pre-sequence) (Schegloff, 2007) ü  目的とする行為へ進むための前提条件を確認する質問 ⇔

別の行為の前触れに聞こえる Ø  「会話分析の教科書持ってる?」            

→「教科書を貸してほしい」という “依頼”,「一緒に読もうよ」という “提案” …などの前触れ

ü  それを聞いただけで,別の行為が続くことが投射される Ø  投射 (projection): 「いつこの発話が終わりそうか」,「次にど の

ような発話が出現しそうか」などを予告する性質 (Sacks et al, 1974)

•  前置き連鎖が可能にする「知性」 ü  聞き手: “この後続きそうな” 行為を予測できる ü  話し手: 誘いや提案を断られるのを未然に防げる

22

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ここまでのまとめ

•  “ない” ものが見えるための知能 ü 「隣接ペア」という規範的知識

Ø  “あるべき” ものを知っているから,“ない” ものが見える

•  応答を遅延させる “わざ” ü 沈黙,「挿入連鎖」

Ø  否定的返答の出現を暗示する

•  “起こりそうな” 出来事を予測する知能 ü 「前置き連鎖」

Ø  別の行為が続くという「前触れ」を感じさせる 23

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2者会話から多人数会話へ

•  多人数会話 (坊農・高梨, 2009; 伝, 2013) ü 「3者以上」の会話のこと

Ø  我々の多くは,3人以上 (両親と子) の家庭で成長する Ø  学校や職場でも3人以上で集まることが多い

•  3者会話では多様性が一気に増す ü  1人の話し手に対して2人の聞き手がいる

Ø  「次に誰が話すか」が定まらない ü  2人の聞き手は必ずしも対等ではない ü 話し手が2人になることもある

24

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次に誰が話し出すか? 順番交替のルール

•  (例) かしこまった会議の場合 ü 予め「次に誰が話すか」が決められていて,議長が指

名した者が発言する

•  日常会話の場合は? ü 「次に誰が話すか」は,その場で決まる ü 次の話者を決めるための暗黙的なルールが存在する

Ø  順番交替ルール (Sacks, Schegloff & Jefferson, 1974)

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順番交替 (turn-taking) ルール (Sacks, Schegloff & Jefferson, 1974)

•  話し手が最初の完了可能な地点に達した時, ü 「次話者選択の技法」が使われていた場合       → 選択された者が話し出す

Ø  次話者選択の技法: 呼びかけの語と隣接ペア第一成分 (例えば「Aさんはどう思う?」),視線など

ü 「次話者選択の技法」が使われていなかった場合   → 最初に話し出した者が順番を取る   or 現在の話し手が話し続ける (例) A: 右側に行くと 酒場ってのが あるのね (榎本 (2003) より引用)

     まだ完了しない  まだ完了しない 完了可能な地点 26

Page 27: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

3者会話で起きうること: 2人が同時に話し出す

27

01 H: 私もん- もんじゃにしちゃうと: 02 (0.4) 03 H: ((Sに視線を向けて))もんじゃの違いが分からないんですよね: 04 意味わ(h)か(h)ります?= 05 U: =[[え:どういうこと]::? 06 S: =[[ 何 の 違 い ? ] 07 (0.4) 08 U: 味の[違い 09 H: [全部]もんじゃって もんじゃ(.)になる

Page 28: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

3者会話で起きうること: 2人が同時に話し出す

1.  HはSに向けて質問する ü  次話者選択の技法 (隣接ペア第一成分,視線,丁寧語) が使われる

28

01 H: 私もん- もんじゃにしちゃうと: 02 (0.4) 03 H: ((Sに視線を向けて))もんじゃの違いが分からないんですよね: 04 意味わ(h)か(h)ります?= ← 隣接ペア第1成分 (質問) 05 U: =[[え:どういうこと]::? 06 S: =[[ 何 の 違 い ? ] 07 (0.4) 08 U: 味の[違い 09 H: [全部]もんじゃって もんじゃ(.)になる

・HはSに視線を向けている ・語尾が丁寧語 (Sは年上) → HはSに向けて質問している

Page 29: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

3者会話で起きうること: 2人が同時に話し出す

1.  HはSに向けて質問する ü  次話者選択の技法 (隣接ペア第一成分,視線,丁寧語) が使われる

2.  SとUは同時に,Hの質問の意味を問い返す

29

01 H: 私もん- もんじゃにしちゃうと: 02 (0.4) 03 H: ((Sに視線を向けて))もんじゃの違いが分からないんですよね: 04 意味わ(h)か(h)ります?= ← 隣接ペア第1成分 (質問) 05 U: =[[え:どういうこと]::? 06 S: =[[ 何 の 違 い ? ] 07 (0.4) 08 U: 味の[違い 09 H: [全部]もんじゃって もんじゃ(.)になる

UとSの発話の重なり

・HはSに視線を向けている ・語尾が丁寧語 (Sは年上) → HはSに向けて質問している

Page 30: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

3者会話で起きうること: 2人が同時に話し出す

1.  HはSに向けて質問する ü  次話者選択の技法 (隣接ペア第一成分,視線,丁寧語) が使われる

2.  SとUは同時に,Hの質問の意味を問い返す 3.  Uは,重なった部分を分かりやすく言い直す

ü  「何の違い?」(WH疑問文) →「味の違い」(Yes/No疑問文) 30

01 H: 私もん- もんじゃにしちゃうと: 02 (0.4) 03 H: ((Sに視線を向けて))もんじゃの違いが分からないんですよね: 04 意味わ(h)か(h)ります?= ← 隣接ペア第1成分 (質問) 05 U: =[[え:どういうこと]::? 06 S: =[[ 何 の 違 い ? ] 07 (0.4) 08 U: 味の[違い ← 重なった部分を分かりやすく言い直している 09 H: [全部]もんじゃって もんじゃ(.)になる

UとSの発話の重なり

・HはSに視線を向けている ・語尾が丁寧語 (Sは年上) → HはSに向けて質問している

Page 31: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

•  「どこでこの発話が終わるか」が投射される  → 相手が話し終える直前に話し出せる

ü 日本語の場合は「発話末要素」が発話の終わりを投射する (Tanaka, 1999) Ø  発話末要素: す, ます, ました, ましょう, です, でしょう,   

だ, だろう, じゃん, ね, よ, さ, か, の, わ, ぞ, や, な,      ください, ちょうだい, なさい, わけ, もの, もん, ん

なぜ過度の重なりや沈黙が生じないか

31

01 H: ↑もん↓じゃって さき具材載せ- 02 (0.2) 03 H: ºなんかº 04 (0.4) 05 H: ぐしゃってやるんでしたっ[ け.] 06 S: [そう]っすよ. 07 U: ぐしゃってやるんだっけ.

発話の末尾がわずかに 重なっていて,円滑に順番が交替している

Page 32: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

重なりの妨害度の評定実験 (榎本, 2003)

•  様々な位置で重なった発話を被験者に聞かせる ü  結果: 重なりの位置によって妨害度の感じ方が異なる

Ø  発話末要素以前の重なり: 妨害度は高い Ø  発話末要素開始時点での重なり: 妨害度は低い Ø  発話末要素開始後少し経ってからの重なり: 妨害度は特に低い

ü 発話末要素を聞いてから話し出すと妨害度が低くなる Ø  発話を聞いて話し出すまでに,反応時間が約220-250msかかる

•  相手の発話が終わることを認知してから話し出すなら,重なりは許容される ü  発話末に重なった素早い反応は,強い肯定的態度を

暗示している? 32

Page 33: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

まとめ: “そのつど” 参照される規範的知識

•  我々が暗黙的に使いこなしている規範的知識 ü 隣接ペア,肯定的応答の優先性,挿入連鎖,前置き連

鎖,順番交替ルール…

•  我々は「自転車の乗り方を知っている」のと同じように,会話のルールを知っている    (串田・好井, 2010) ü  1つとして同じではない路面を,転ばずに走れる ü 全ての路面の状態を知っている必要はない ü 走り進むことで,自分の取り巻く環境を変化させる

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Page 34: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

参考資料: トランスクリプトの記号

[

Ø  発話の重なりの開始地点.

[[

Ø  複数参与者の発話の同時開始地点.

]

Ø  発話の重なりの終了地点.

=

Ø  発話が途切れなく密着している箇所.

(0.0)

Ø  無音区間の秒数.通例,0.2秒毎に示す.

(.)

Ø  0.2秒以下の短い無音区間.

言葉::

Ø  音の引き延ばし.

言-

Ø  言葉が不完全なまま途切れている箇所.

º言葉º Ø  発話の音が小さい箇所.

言(h)

Ø  笑いながら産出される発話.

言葉

Ø  強く発音される発話.

↓↑

Ø  音調の極端な上がり下がり.

(言葉)

Ø  聞き取りが確定できない言葉.

(( ))

Ø  要約,注記.

34 ※詳細は,西阪他 (2008) ,および http://www.meijigakuin.ac.jp/~aug/transsym.htm を参照

Page 35: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年10月30日分)

参考文献

1.  坊農 真弓・高梨 克也 (編) (2009). 『多人数インタラクションの分析手法』. オーム社. 2.  伝 康晴 (2013). 三者会話のダイナミクス. 『日本語学』, 32 (1), 4-13. 明治書院. 3.  榎本 美香 (2003). 会話の聞き手はいつ話し始めるか: 日本語の話者交替規則は過ぎ去った完結点に

遡及して適用される. 『認知科学』, 10 (2), 291-303. 4.  串田 秀也・好井 裕明 (編) (2010). 『エスノメソドロジーを学ぶ人のために』. 世界思想社. 5.  西阪 仰・串田 秀也・熊谷 智子 (2008). 特集「相互行為における言語使用: 会話データを用いた研

究」について. 『社会言語科学』, 10 (2), 13-15. 6.  Pomerantz, A. (1984). Agreeing and disagreeing with assessments: Some features of preferred/

dispreferred turn shapes. In J. M. Atkinson & J. Heritage (Eds.), Structures of Social Action. Cambridge University Press, 57-101.

7.  Schegloff, E. A. & Sacks, H. (1973). Opening up closings. Semiotica, 8, 289-327. 8.  Sacks, H., Schegloff, E. A. & Jefferson, G. (1974). A simplest systematics for the organization of

turn-taking for conversation, Language, 50 (4), 696-735. (西阪仰 (訳) (2010). 『会話分析基本論集―順番交替と修復の組織』. 世界思想社.)

9.  Sakaida, R., Kato, F. & Suwa, M. (in press). How do we talk in table cooking?: overlaps and silence appearing in embodied interaction, New Frontiers in Artificial Intelligence, Springer.

10.  Tanaka, H. (2000). Turn-Taking in Japanese Conversation: A Study in Grammar and Interaction. John Benjamins.

11.  Schegloff, E. A. (2007). Sequence Organization in Interaction: A Primer in Conversation Analysis, 1. Cambridge University Press.

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