2015 aste 渡辺仁史 - 早稲田大学...aste vol.23 (2015) : annual report of rise, waseda univ....

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ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ. 建築人間行動学 研究代表者 渡辺 仁史 (創造理工学部 建築学科 教授) 1. 研究課題 これまでに、空間における行動調査、そのデータベース化、行動のモデル化、さらに CAD と連動する行動シミュレータの開発を行い、プロジェクト研究「建築人間行動学」の当初の 目標であった空間における人間の行動からその人の状態を予測することで、その人の状態に あわせた的確なサービスを行うシステムの構築は、一定の成果を納めることができた。 2 期目のプロジェクト研究では、第 1 期におけるシステムを実働させるための個人の行動デ ータの取得およびそれらを視覚化することで、空間内を移動する人間の行動変化を分析する ことができた。しかし、実験的なシステムが稼働したものの、これが現代の社会の中で稼働 したときの問題や有効性については課題として残された。 そこで、第 3 期においては、具体的な地域を特定し、そこで実証実験を行うことでこの研 究の有効性を明らかにし、建築人間行動学としての体系化を目的としている。 2. 主な研究成果 これまで、人間と空間との関係をモデル化し、そこに時間軸を導入した行動モデルを作成 し、そしてシミュレーションを実行する環境を構築してきた。この、行動モデルに関する研 究には、以下のプロセスがある。 まず第 1 のプロセスでは、構築したモデルが現実を再現しているか、モデルの実行結果と 調査結果との整合性で確認する。第 2 のプロセスでは、正しいと検証されたモデルを用いて 空間を評価し、人間の行動から考えた場合どのような空間が望ましいのかを明らかにする。 以降は、共同研究者である林田の個人的考えとして述べる。行動モデルの研究では、前記 2 点ともに明確にするべきであるが、前者の整合性、検証を求めるあまり、後者の、モデルを 使った空間の評価、つまり、設計へフィードバックする部分まで辿りつけない研究論文があ まりにも多数存在する。この問題は、論文を評価する側が、論文を論文として評価しやすい、 検証部分に焦点をあてすぎるきらいがあるからである。 せっかくモデルを作成しても、モデルを使って空間を評価し、空間の良し悪しをモデルに よって評価するという成果が世に出ないため、本来の行動モデルを研究する意義を逸してい る。研究成果を設計者が使わない、使えないという状況が続き、この建築の設計分野でのジ レンマをいまだに解消できていない。 人間の行動を対象としているのに、そこまで精度高く求めるのはナンセンスであると考え る。なぜなら人間の行動は、あいまいで、かつあらゆる状況に柔軟に対応するからである。 そこそこの精度が得られるモデルであるならば、そのモデルを用いてもっと積極的に空間を 評価し、設計へフィードバックできる研究成果をもっと輩出していくべきであろう。

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ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.

建築人間行動学

研究代表者 渡辺 仁史

(創造理工学部 建築学科 教授)

1. 研究課題

これまでに、空間における行動調査、そのデータベース化、行動のモデル化、さらに CAD

と連動する行動シミュレータの開発を行い、プロジェクト研究「建築人間行動学」の当初の

目標であった空間における人間の行動からその人の状態を予測することで、その人の状態に

あわせた的確なサービスを行うシステムの構築は、一定の成果を納めることができた。

2 期目のプロジェクト研究では、第 1 期におけるシステムを実働させるための個人の行動デ

ータの取得およびそれらを視覚化することで、空間内を移動する人間の行動変化を分析する

ことができた。しかし、実験的なシステムが稼働したものの、これが現代の社会の中で稼働

したときの問題や有効性については課題として残された。

そこで、第 3 期においては、具体的な地域を特定し、そこで実証実験を行うことでこの研

究の有効性を明らかにし、建築人間行動学としての体系化を目的としている。

2. 主な研究成果

これまで、人間と空間との関係をモデル化し、そこに時間軸を導入した行動モデルを作成

し、そしてシミュレーションを実行する環境を構築してきた。この、行動モデルに関する研

究には、以下のプロセスがある。

まず第 1 のプロセスでは、構築したモデルが現実を再現しているか、モデルの実行結果と

調査結果との整合性で確認する。第 2 のプロセスでは、正しいと検証されたモデルを用いて

空間を評価し、人間の行動から考えた場合どのような空間が望ましいのかを明らかにする。

以降は、共同研究者である林田の個人的考えとして述べる。行動モデルの研究では、前記 2

点ともに明確にするべきであるが、前者の整合性、検証を求めるあまり、後者の、モデルを

使った空間の評価、つまり、設計へフィードバックする部分まで辿りつけない研究論文があ

まりにも多数存在する。この問題は、論文を評価する側が、論文を論文として評価しやすい、

検証部分に焦点をあてすぎるきらいがあるからである。

せっかくモデルを作成しても、モデルを使って空間を評価し、空間の良し悪しをモデルに

よって評価するという成果が世に出ないため、本来の行動モデルを研究する意義を逸してい

る。研究成果を設計者が使わない、使えないという状況が続き、この建築の設計分野でのジ

レンマをいまだに解消できていない。

人間の行動を対象としているのに、そこまで精度高く求めるのはナンセンスであると考え

る。なぜなら人間の行動は、あいまいで、かつあらゆる状況に柔軟に対応するからである。

そこそこの精度が得られるモデルであるならば、そのモデルを用いてもっと積極的に空間を

評価し、設計へフィードバックできる研究成果をもっと輩出していくべきであろう。

ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.

そこで、本研究では、これまでに研究で作成された 2 つの行動モデルについて、その確か

らしさはすでに検証され行動モデルは正しいという前提で、このモデルを使ってさまざまな

空間において行動シミュレーションを実行することで空間の評価を行い、どのような空間が

行動から見た場合に適切なのかを明らかにする。

なお、行動シミュレーションの環境は、フリーのソフトウェアである NetLogo

(https://ccl.northwestern.edu/netlogo/)を用いて構築した。

○「圧縮解放モデル」を用いた空間評価

・行動モデル

今回シミュレーションに用いる行動特性のモデルは、一時的に歩行が制限される階段や改

札、エスカレーターなどのネック箇所に生じる圧縮解放現象という群衆の行動特性を明らか

にした「圧縮解放モデル」である。図 1 に圧縮解放の概念を示す。

「圧縮解放モデル」は、ネック箇所が並列な場合と垂直の場合の 2 種類を作成した。図 2

は「圧縮解放モデル」のパラメータである。

・設定空間

今回、ネック箇所が並列な場合に、出入り口が並行、もしくは対角、そしてその間隔を変

えた 6 空間、またネック箇所が垂直な場合には、出入り口の位置やその間隔を変えた 27空間

の合計 33空間においてシミュレーションを行った。

・評価指標

C-width 手前の灰色に色付けた部分(図 2、3)の歩行者密度を用い、空間の評価を行った。

・空間の評価

NetLogo によって図 3のシミュレーション環境を構築し、シミュレーションした結果を図 4

に示す。

図 1 圧縮解放の概念図

結果の右のグラフは、ネック箇所となる C-width 手前の灰色に色付けした部分の歩行者密

度を表している。ネック箇所並列型では A-2-1 グループが最も広がり、歩行者密度も高い値

を示している。一方で A-2-2-1 が最も歩行者密度が低く、並列型では再び圧縮が起きる

C-width 側の幅を比較的大きくとった方が良いことがわかる。

ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.

図 2 「圧縮解放モデル」のパラメータ

図 3 「圧縮解放モデル」のシミュレータ

ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.

図 4 「圧縮解放モデル」によるシミュレーション結果(その 1)4.1. A

A-1-1

A-2-1-2

B-1-1

B-1-4

B-1-7

B-2-1-1

B-2-1-4

A-2-1-1

A-2-2-2

B-1-3

B-1-6

B-1-9

B-2-1-3

B-2-1-6

A-1-2

B-1-2

B-1-5

B-1-8

B-2-1-5

A-2-2-1

B-2-1-2

ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.

図 4 「圧縮解放モデル」によるシミュレーション結果(その 2)

ネック箇所垂直型において、B-1 グループでは B-1-3 の歩行者密度が最も低かった。B-2 グ

ループでは B-2-1-3、B-2-2-3 の歩行者密度が低く、この空間内において R-width が原点に近

く C-width が最も遠く、いずれかが比較的広い幅を持つ場合、歩行者密度は低くなっている。

一方で、R-width が広く C-width が狭くなっている B-2-1-1、B-2-1-4、B-2-1-7 については

C-width を狭めると C-width 手前の歩行者密度は高くなる。

○「流動の影響化における立ち止まり行動モデル」を用いた空間評価

・行動モデル

シミュレーションに用いる行動モデルである「流動の影響化における立ち止まり行動モデ

ル」は、群衆の流動の方向や、数秒の歩行者の歩行軌跡が、歩行者の立ち止まりへ与える影

響を考慮したモデルである。図 5 に群衆の流動の大きさの定義、図 6 に数秒の歩行者の歩行

軌跡が、他の歩行者の立ち止まりに与える影響を示す。歩行者の行動フローは図 7 のとおり

で、図 8は NetLogo によって作成したシミュレーション環境である。

4.2. B

B-2-2-1

B-2-2-4

B-2-2-7

B-2-1-9

B-2-2-3

B-2-2-6

B-2-2-9

B-2-2-5

B-2-2-8

B-2-2-2

B-2-1-7 B-2-1-8

ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.

図 5 群衆の流動の大きさの定義

図 6 「流動の影響化における立ち止まり行動モデル」

の概念図

図 7歩行者の行動フロー

図 8 「流動の影響化における立ち止まり行動モデル」

のシミュレータ

・設定空間

通路型、直交型の 2 種類の空間 14 パターンに対して、「流動の影響化における立ち止まり

行動モデル」のシミュレーションを行った(図 9)。

・評価指標

立ち止まり行動をしたいと感じているのに、他者の歩行軌跡や流動の大きさから立ち止ま

りを行うことができなかった歩行者の人数を測定し、歩行者全体に対するその人数の割合

(human_stress_percentage)を算出し、それを指標として空間の評価を行った。

・空間の評価

1)通路型

通路内の歩行者数を 100 名に設定し、通路幅 6 パターンに対してシミュレーションを実行

した。それぞれの結果の左側がシミュレーション画面で、cyan 色が濃くなればなるほど、そ

の場所において歩行者の流動が多い場所であることを示している。また、それぞれの結果の

歩行

立ち止まり

立ち止まる理由の発生

他者の歩行履歴の確認他者の歩行履歴の確認

立ち止まる場所の流動の大きさ確認

立ち止まり可能

立ち止まり不可能

立ち止まり不可能立ち止まり可能

ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.

右側のグラフは時間が進むにつれて変化する human_stress_percentage を示している。

図 9 「流動の影響化における立ち止まり行動モデル」によるシミュレーション結果(その 1)

1.通路型(human_ number = 100)

2.直交型

human_ stress_ percentage 0.06289

width = 3

human_ stress_ percentage 0.072113

width = 5

human_ stress_ percentage 0.052734

width = 7

human_ stress_ percentage 0.043777

width = 9

human_ stress_ percentage 0.039989

width = 11

human_ stress_ percentage 0.035887

width = 7

human_ stress_ percentage 0.182810

縦width = 3

横width = 3

human_ stress_ percentage 0.110725

縦width = 5

横width = 3

human_ stress_ percentage 0.076807

縦width = 7

横width = 3

human_ stress_ percentage 0.065970

縦width = 9

横width = 3

human_ stress_ percentage 0.256375

縦width = 3

横width = 5

human_ stress_ percentage 0.273317

縦width = 3

横width = 7

ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.

通路型に関しては、通路幅が広がるにつれて human_stress_percentage が下がっていくた

め、通路幅が広がるにつれて快適な歩行環境が生み出されていると考えられる。

図 9 「流動の影響化における立ち止まり行動モデル」によるシミュレーション結果(その 2)

2)直交型

直交型は、縦と横の 2 本の通路から形成されており、縦の通路をメインの通路とし、横の

通路に比べて歩行者数が 2.5 倍になるように設定している。

メインの縦の通路に関しては幅が広がるにつれて、human_stress_percentage が下がってい

き、通路型と同様に幅が広ければ広いほど快適な歩行環境が生み出されていると考えられる。

横の通路のみを変更させた場合に関しては、幅が広がるにつれて human_stress_percentage

が上昇しているのが見受けられる。つまり、メイン通路の幅を変えなければ、横の通路を変

更しても人にとって快適な歩行空間にはならず、むしろ悪化させているという結果となった。

このことは、縦の通路の幅を十分にとることが重要であることを示している。

3. 共同研究者

林田 和人(理工総研・客員教授)

4. 研究業績

4.1 学会発表

・佐藤洋平,林田和人,渡辺仁史:建築設計に有効な歩行シミュレーターの可視化の検討,日

本建築学会大会学術講演梗概集 A-2 分冊,2015.8,pp.65-66

・万木景太,渡辺仁史,小林恵吾,戸村陽:施主のための自由でダイナミックな住宅設計シス

テムの開発,日本建築学会大会学術講演梗概集 A-2 分冊,2015.8,pp.77-78

・川勝知英子,柴原寛子,菅原将太,高柳英明,中村良三,渡辺仁史:家族による介護・介助

に係る移動時間・費用からみた高齢者の遠隔地介護に関する研究 その 1,日本建築学会大会

学術講演梗概集 E-1 分冊,2015.8,pp.53-54

・柴原寛子,川勝知英子,菅原将太,高柳英明,中村良三,渡辺仁史:家族による介護・介助

に係る移動時間・費用からみた高齢者の遠隔地介護に関する研究 その 2,日本建築学会大会

human_ stress_ percentage 0.3303568

縦width = 3

横width = 9

human_ stress_ percentage 0.330356

縦width = 3

横width = 11

ASTE Vol.23 (2015) : Annual Report of RISE, Waseda Univ.

学術講演梗概集 E-1 分冊,2015.8,pp.55-56

・池川隼人,渡辺仁史,小林恵吾,馬淵大宇:認知症対応型グループホームの共用空間が居住

者に与える効果の研究,日本建築学会大会学術講演梗概集 E-1 分冊,2015.8,pp.61-62

・若山麻衣,渡辺仁史,小林恵吾,馬淵大宇,石橋優貴:建築空間の要素からみたオノマトペ

による表現,日本建築学会大会学術講演梗概集 E-1 分冊,2015.8,pp.613-614

・山口美穂,渡辺仁史,小林恵吾:親密度・集合密度・時間の変化が発話する対人距離の伸縮

に与える影響に関する研究,日本建築学会大会学術講演梗概集 E-1 分冊,2015.8,pp.727-728

・陳紹華,渡辺仁史:建築空間における準静電界を利用した新たなセンシング手法の試用,日

本建築学会大会学術講演梗概集 E-1 分冊,2015.8,pp.731-732

・石橋優貴,池川隼人,林田和人,渡辺仁史:群衆歩行特性の「圧縮開放モデル」を用いた空

間評価 NetLogo によるシミュレーション その 1,日本建築学会第 38 回情報・システム・利用・

技術シンポジウム論文集,2015.12,pp.205-208

・池川隼人,石橋優貴,林田和人,渡辺仁史:群衆状態に基づく行動選択モデルを用いた空間

評価 NetLogo によるシミュレーション その 2,日本建築学会第 38 回情報・システム・利用・技

術シンポジウム論文集,2015.12,pp.209-212

4.2 学会および社会的活動

林田和人

・ 日本建築学会空間研究小委員会出版 WG 委員

・ 日本建築学会知的情報処理技術応用小委員会委員

・ 日本建築学会感性予測デザイン研究小委員会委員・主査

など

5. 研究活動の課題と展望

今回は、開口幅を大別したもので行っていること、モデルが作成された状況を一部無視し

ていることなど今後考慮すべき点はあるが、このように行動モデルを用いて空間を評価し、

その結果から見たより良い空間を提示することができた。