平成28年度 水源地環境技術研究所 所報 · 2020-01-22 ·...

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29 1.はじめに SBTは、貯水池堆砂対策として恒久的な効果が期待 できる有力な工法の一つである。しかし、SBTは世界 的に見てもまだ施工事例数が少なく、個別ダムごとに 状況に応じて施設計画・設計が進められている状況に ある。今後、より効率的、経済的なSBTを計画・設計 する上では、SBTの計画・設計手法の体系化が不可欠 である。 以上のような背景のもと、本研究では、収集可能で あったスイス、台湾、日本のSBTについて諸元を整理 し、表-1 にとりまとめるとともに、本表をもとに各 種分析を加えることにより、SBTの計画・設計におけ る留意点を抽出した。 2.SBT の分類 表-1 で対象とした15ダムのうち、情報が十分収集 できていない日本の2ダム(布引五本松ダム、立ヶ畑 ダム〈烏原貯水池〉)を除く13ダムについて、トンネ ル対象流量の設定に大きく影響すると考えられる「排 砂形態」、 「ダムの目的」及び「SBTの主目的」に着目し、 SBTの細分類を試みた。 「排砂形態」からは下記の2つに分類するものとし た。その結果、日本とスイスの事例は、SBT(狭義) に分類され、台湾の事例はSST(Sediment Sluicing Tunnels)に分類された。 ○SBT(狭義)(Sediment Bypass Tunnels) :貯水池へ流入する土砂を貯水池を介さずに下流 河川に流下させる施設 ○SST(Sediment Sluicing Tunnels) :ダム堤体直上流付近に堆積した細粒土砂を密度 調査研究 3-1 排砂バイパストンネル事例の分析(スイス,台湾,日本) Case analysis of sediment bypass tunnels(Switzerland, Taiwan, Japan) 研究第二部 上席主任研究員 大 堀 英 良 研究第二部次長 小 野 雅 人 研究第二部長 工 藤 勝 弘 本研究では、これまで個別のダムごとの状況に応じて施設計画・設計が行われてきた排砂バイパストンネ ル(以下、SBT)の計画・設計手法の体系化の一助となることを目的として、スイス、台湾、日本におけ る合計 15 の SBT について諸元を整理し、その特性を分析した。まず、SBT を「排砂形態」、「ダムの目的」 及び「SBT の主目的」に着目して分類し、それぞれトンネル対象流量やトンネル構造、流下対象土砂粒径 の面から分析した。これら分析結果から、対象ダムのうち多目的ダムは日本と台湾に集中し、利水ダムは主 にスイスに集中することが確認できた。また、SBT の分類により、トンネル対象流量の設定の考え方が変 わること、効率的なトンネル対象流量は地域特性の影響を受ける可能性があることなどの知見を得た。また、 トンネル構造、流下対象土砂粒径等に関する分析結果も踏まえ、今後の SBT の計画・設計に向けた留意点 をとりまとめた。 キーワード:排砂バイパストンネル(SBT)、トンネル対象流量、流下対象土砂粒径 This research collected and analyzed the specifications of 15 sediment bypass tunnels in order to assist in the systematizing of planning and design methods for sediment bypass tunnels. First we classified the sediment bypass tunnels by Sedimentation method, the purpose of the dam and the main purpose of the sediment bypass tunnel, and then we analyzed each for design discharge, tunnel structure, and target grain size of sedimentation. We found that the approach to setting of the design discharge changed according to the classification of the sediment bypass tunnels and that the efficiency of the design discharge may be impacted by regional characteristics. Based on the analysis results for factors such as tunnel structure and target grain size of sedimentation, we have listed points to consider in the planning and design of sediment bypass tunnels in the future. Key words:Sediment bypass tunnel(SBT) , Design discharge, Target grain size of sedimentation

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Page 1: 平成28年度 水源地環境技術研究所 所報 · 2020-01-22 · 的に見てもまだ施工事例数が少なく、個別ダムごとに 状況に応じて施設計画・設計が進められている状況に

29

1.はじめに

SBTは、貯水池堆砂対策として恒久的な効果が期待できる有力な工法の一つである。しかし、SBTは世界的に見てもまだ施工事例数が少なく、個別ダムごとに状況に応じて施設計画・設計が進められている状況にある。今後、より効率的、経済的なSBTを計画・設計する上では、SBTの計画・設計手法の体系化が不可欠である。

以上のような背景のもと、本研究では、収集可能であったスイス、台湾、日本のSBTについて諸元を整理し、表-1にとりまとめるとともに、本表をもとに各種分析を加えることにより、SBTの計画・設計における留意点を抽出した。

2.SBT の分類

表-1で対象とした15ダムのうち、情報が十分収集できていない日本の2ダム(布引五本松ダム、立ヶ畑ダム〈烏原貯水池〉)を除く13ダムについて、トンネル対象流量の設定に大きく影響すると考えられる「排砂形態」、「ダムの目的」及び「SBTの主目的」に着目し、SBTの細分類を試みた。「排砂形態」からは下記の2つに分類するものとし

た。その結果、日本とスイスの事例は、SBT(狭義)に分類され、台湾の事例はSST(Sediment Sluicing Tunnels)に分類された。

○SBT(狭義)(Sediment Bypass Tunnels) : 貯水池へ流入する土砂を貯水池を介さずに下流

河川に流下させる施設○SST(Sediment Sluicing Tunnels) : ダム堤体直上流付近に堆積した細粒土砂を密度

調査研究 3-1

排砂バイパストンネル事例の分析(スイス,台湾,日本)Case analysis of sediment bypass tunnels(Switzerland, Taiwan, Japan)

研究第二部 上席主任研究員 大 堀 英 良研究第二部次長 小 野 雅 人

研究第二部長 工 藤 勝 弘

本研究では、これまで個別のダムごとの状況に応じて施設計画・設計が行われてきた排砂バイパストンネル(以下、SBT)の計画・設計手法の体系化の一助となることを目的として、スイス、台湾、日本における合計 15 の SBT について諸元を整理し、その特性を分析した。まず、SBT を「排砂形態」、「ダムの目的」及び「SBT の主目的」に着目して分類し、それぞれトンネル対象流量やトンネル構造、流下対象土砂粒径の面から分析した。これら分析結果から、対象ダムのうち多目的ダムは日本と台湾に集中し、利水ダムは主にスイスに集中することが確認できた。また、SBT の分類により、トンネル対象流量の設定の考え方が変わること、効率的なトンネル対象流量は地域特性の影響を受ける可能性があることなどの知見を得た。また、トンネル構造、流下対象土砂粒径等に関する分析結果も踏まえ、今後の SBT の計画・設計に向けた留意点をとりまとめた。キーワード:排砂バイパストンネル(SBT)、トンネル対象流量、流下対象土砂粒径

This research collected and analyzed the specifications of 15 sediment bypass tunnels in order to assist in the systematizing of planning and design methods for sediment bypass tunnels. First we classified the sediment bypass tunnels by Sedimentation method, the purpose of the dam and the main purpose of the sediment bypass tunnel, and then we analyzed each for design discharge, tunnel structure, and target grain size of sedimentation. We found that the approach to setting of the design discharge changed according to the classification of the sediment bypass tunnels and that the efficiency of the design discharge may be impacted by regional characteristics. Based on the analysis results for factors such as tunnel structure and target grain size of sedimentation, we have listed points to consider in the planning and design of sediment bypass tunnels in the future.Key words:Sediment bypass tunnel(SBT), Design discharge, Target grain size of sedimentation

Page 2: 平成28年度 水源地環境技術研究所 所報 · 2020-01-22 · 的に見てもまだ施工事例数が少なく、個別ダムごとに 状況に応じて施設計画・設計が進められている状況に

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*1 目的:(F:洪水調節、N:流水の正常な機能の維持、A:かんがい

用水

、W:

水道

用水

、P:

発電

、R:

レク

レー

ショ

ン)

形式:(G:重力式コ

ンクリートダム、A:アーチ式コンクリートダ

ム、

E:

アー

スダ

ム、

R:

ロッ

クフ

ィル

ダム

)

*2 スイスのダムの設計洪水流量は余水吐と低部放流設備の放流能力の

合計

値で

整理

した

*3利水ダムについては、「ダム設計洪水流量=計画最大流入量=計

画最

大放

流量

」と

して

整理

した

*4 SBTの目的:(S:排

砂、 W:利水利用、 R:放流能力の増強)

*5日本のダムのトンネル対象流量の確率評価(流量確率)について

は、

「水

文統

計ユ

ーテ

ィリ

ティ

」を

使用

して

算定

した

なお、最も適合度が

高い(SLSCが最小となる)確率分布形を採用

した

。〔

美和

ダム

:Gev、

旭ダ

ム:

LogP3、

小渋

ダム

:LN2PM、

松川

ダム

:Exp〕

ダム名

ダム諸元

排砂

バイ

パス

トン

ネル

(SBT)

諸元

備考

堤体

完成年

目的

/形式

*1

ダム

(m)

集水

面積

(km2)

ダム

設計

洪水

流量

(m3/s)

*2

洪水調節計画 *3

SBT

完成年

目的

*4

トン

ネル

諸元

ンネ

ル対

象流

設計

流速

(m/s)

年稼働

日数

(/年

)

呑口

諸元

吐口

減勢

工の

有無

流下

対象

土砂

粒径

(mm)

計画

最大

流入量

(m3/s)

計画

最大

放流

(m3/s)

断面

形状

(m)

縦断

勾配

曲線

部の

有無

流量

(m3/s)

比流

(m3 /s/k

m2)

確率

評価

(流

量確

率)

*5

トン

ネル

大流量

/計画最

放流量

呑口

位置

流量

制御

ゲート

の有無

排砂

時の

貯水

池運

日 本

布引

五本

松ダ

1900

W/G

33.3

10.7

1908

S, W

幌型

2.9m×

2.9m

258

1.3

(1/75)

39

3.64

貯水

上流

水位

維持

(流

入=

放流

立ヶ

畑ダ

1905

W/G

33.3

18.9

1905

S, W

貯水

上流

烏原

貯水池

美和

ダム

1959 F.N.P/

G

69.1 311.1

1,200

1,200

500

2005

S

馬蹄

2r=7.8m

4,308

1.0%

(1/100)

300

0.96

1/4.3年

60.0%

10.8

1~

2回

貯水

中~

上流

水調

ウオッシュ

ロード

旭ダ

1978

P/A

86.1

39.2

1,200

1,200*

1,200*

1998

S

幌型

3.8m×3.8m

2,350

2.9%

(1/35)

140

3.57

1/0.5年

11.7%

11.4

16 回

貯水

上流

水位

維持

(流

入=

放流

dm: 5

0 d9

0: 3

00

小渋

ダム

1969 F.A.P/

A

105.0

288.0

2,160

1,500

500

2016

S,

(R)

馬蹄

2r=7.95m

3,999

2.0%

(1/50)

370

1.28

1/6.2年

74.0%

(現行

)

100.0%

(計画

)

15.8

貯水

上流

洪水

調節

dm: 1

0 d9

0: 7

0

2016年

より

運用

開始

松川

ダム

1975

F.N.W

/G

84.3

60.0

560

440

200

2016

S,

(R)

幌型

5.2m×5.2m

1,417

4.0%

(1/25)

200

3.33

1/25.1

100.0%

15.0

貯水

上流

洪水

調節

dm

: 10

d90:

60

試験

運用

スイス

Egschi

1949

P/G

45.0 109.0

464

464*

464*

1976

S

円形

2r =2.8m

360

2.6%

(1/38.5)

50

0.46

10.8%

10

10日

貯水

上流

水位

維持

(流

入=

放流

dm: 1

00

d90:

300

Palagnedra

1952

P/G

72.0 138.0

2,380

2,380*

2,380*

1977

S

馬蹄

6.2m×6.1m

1,760

2.0%

(1/50)

250

1.81

10.5%

13

2~

5日

貯水

上流

水位

維持

(流

入=

放流

dm: 7

4 d9

0: 1

60

Pfaffensprung 1922

P/A

32.0

30.0

530

530*

530*

1922

S

馬蹄

4.7m×4.8m

282

3.0%

(1/33.3)

220

7.33

41.5%

14

約200日

貯水

上流

水位

維持

(流

入=

放流

dm: 2

50

d90:

2,7

00

Rempen

1924

P/G

32.0

82.7

257

257*

257*

1986

S

馬蹄

3.4m×3.4m

450

4.0%

(1/25)

80

0.97

31.1

12

1~

5日

貯水

上流

水位

維持

(流

入=

放流

dm: 6

0 d9

0: 2

00

Runcahez

1961

P/G

33.0

50.0

343

343*

343*

1962

S

幌型

3.8m×4.5m

572

1.4%

(1/71.4)

110

2.20

32.1

9

4日

水池

流端

位維

(流

入=

放流

dm: 2

30

d90:

500

Solis

1986

P/A

61.0 900.0

1,000

1,000*

1,000*

2012

S

幌型

4.4m×4.7m

968

1.9%

(1/52.6)

170

0.19

1/5年

17.0

11

1~

10日

貯水

中流

位低

dm: 6

0 d9

0: 1

50

台 湾

Shihmen

1964

F.W.A.

P.R/R

133.0

763.4 13,800 14,500

14,149

2012

S

380

0.50

1~

2/1

2.7%

堤体

上流

水調

dm: 0

.004

0.00

8 d9

0: 0

.05

既設

発電

放流

の改

計画中

R, S

幌型

8.0m×9.0m

3,685

2.86%

(1/34.9)

600

0.79

1~

2/1

4.2%

10-20

貯水

中流

洪水調節

dm: 0

.04

(密度流)

Nanhua

1994

F.W/E

87.5 108.3

4,332

5,379

5,500

2018

R, S

馬蹄

9.5m×

9.5m

1,287

1.85%

(1/54.1)

1,000

9.23

1/5年

18.2%

24.5

貯水

中流

洪水調節

dm: 0

.02

(密度流)

建設

Tsengwen

1973

F.W.A.

P/E

133.0

481.0

9,470

12,430

12,966

2017

R, S

馬蹄

9.5m×

9.5m

1,235

5.32%

(1/18.8)

995

2.07

1/2~

3

7.7%

18-30

堤体

上流

洪水調節

dm: 0

.005

(密度流)

建設

表-1

ダム

と排

砂バ

イパ

スト

ンネ

ル(

SBT

)の

諸元

一覧

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流排出により堤体下流に通過させる施設次に、「ダムの目的」からは下記の2つに分類するも

のとした。その結果、日本と台湾の事例は、1事例(旭ダム)を除いて、全て多目的ダムであることから「M」に分類され、スイスの事例及び日本の旭ダムは、利水専用(発電)ダムであり、「W」に分類された。

○M(Multipurpose) :洪水調節機能と利水機能を有する多目的ダム○W(Water utilization) :利水機能のみの利水ダム

さらに、「SBTの主目的」からは下記の2つに分類するものとした。その結果、日本とスイスの事例は、排砂を主目的とする「Ⅰ」に分類された。一方で、台湾では、近年頻発している大洪水に対して放流能力が不足するダムが多く、排砂だけでなく放流能力の増強を主な目的として、SBTが計画、建設されており、これらは「Ⅱ」に分類された。

○Ⅰ:排砂を主目的とするSBT○Ⅱ: 排砂に加え、放流能力の増強を目的とする

SBT

以上から、対象の13ダムは表-2に示すとおり、以下のタイプA、タイプB、タイプCの3つのタイプに分類された。

○タイプA: SBT(狭義)、かつ洪水調節機能と利水機能を有する多目的ダム

      【SBT(狭義)-M-Ⅰ】○タイプB: SBT(狭義)、かつ利水機能のみの利水

ダム【SBT(狭義)-W-Ⅰ】○タイプC:スルーシングトンネル(SST)      【SST-M-Ⅱ】

なお、今回はサンプルが少数で、ダム本体やSBTの使用目的に国や地域ごとの偏りが見られ、日本のダムは旭ダム1事例を除いてタイプA、スイスのダムは全

てタイプB、そして台湾のダムは全てタイプCというように国・地域毎に分類結果がほぼ一様となった。

次章では、これら3タイプの分類に基づいて、トンネル対象流量、トンネル構造、流下対象土砂粒径の面から分析し、それぞれの特徴を整理した。

なお、タイプCはSSTと分類したように密度流排出を行うことから、タイプA、タイプBとはSBTの位置づけが大きく異なることを踏まえ分析を進めた。

3.SBT の分類に基づく特性分析

(1)トンネル対象流量まず、各ダムのSBTがどの程度の排砂能力を有して

いるかを把握する目的で、トンネル対象流量に関する分析を行った。

図-1にSBT建設年とトンネル対象流量の関係を示す。これによりSBTの歴史的発展を確認した。また、地域特性を確認するために、図-2に集水面積とトンネル対象流量(比流量)の関係を示す。さらに、図-3にトンネル対象流量の確率評価(流量確率)とトンネル対象流量(比流量)の関係を示す。

これらの図から、SBT各タイプの傾向・特徴を以下に列挙する。・ タイプB(利水ダム)は建設年が古いものが多く、

2000年代以降にタイプA(多目的ダム)の事例が増加している。

・ タイプBからタイプAに移行するにつれて、トンネル対象流量が大きくなっており、大規模なSBTが建設されている。

・ 集水面積とトンネル対象流量(比流量)については、SBTの分類及び地域特性によって異なる傾向を持つ可能性があるが、今回の分析結果においてはサン

表-2 SBTの分類結果○:日本△:スイス□:台湾赤:A緑:B青:C

図-1 SBT建設年とトンネル対象流量の関係

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プル数が少なく明確ではない。ただし、タイプC(台湾のダム)は排砂に加えて放流能力の増加を目的としたものであるので、地域特性が同じと判断される場合は、その対象流量は、排砂を主目的としたタイプA(日本の3ダム)の対象流量から放流能力増強分を上乗せした値になると予想される。

・ 図-3において、排砂形態が異なるタイプCを除くトンネル対象流量の確率評価(流量確率)は、0.5 〜25年確率程度とばらついている。しかし、松川ダム、旭ダムを除く3ダムについては、概ね5年確率に近い値を示している。

ここで、松川ダムの値が25年確率と大きくなっているが、これは松川ダムではSBTを使用して洪水調節する計画としたためであり、トンネル対象流量はダムの計画最大放流量(流入量の規模に対して25年確率相当)である。なお、松川ダムの流域面積は60km2程度であり、想定される最大の洪水がSBTで調節可能であることも、この方式の採用を可能にしている。

また、旭ダムの値が0.5年確率と小さくなっているが、これは旭ダムでは平常時から清水を流下させているなどSBTが濁水対策施設としても使用されている

ことによる。なお、旭ダムは多雨地域に位置しており、トンネル設計流量としては、0.5年確率程度の流量が適正となっている。

以上のことから、標準的なSBTのトンネル対象流量の適正な確率年は、地域特性の影響を受けるものの概ね5年確率に近い値になるものと想定される。

(2)トンネル構造(トンネル径、縦断勾配、呑口構造)次に、SBTがどの程度の規模・条件の範囲で建設さ

れたかを把握するため、トンネルの構造面に着目し、トンネル径、縦断勾配、呑口構造等に関する分析を行った。図-4にトンネル対象流量とトンネル径の関係を示す。また、図-5にトンネル縦断勾配と設計流速の関係を示す。さらに、先の表-1に整理したSBT諸元一覧から呑口構造・位置及びSBT平面形状について考察した。

これらの図等から、SBT各タイプの傾向・特徴を以下に列挙する。・ トンネル径は、最大で約10m以下、最小で3m程度

となっている。また、スイス、日本のダムではトンネル径とトンネル対象流量は概ね比例の関係にある。このような実績の他、施工性の観点からも、ト

○:日本△:スイス□:台湾赤:A緑:B青:C

○:日本△:スイス赤:A緑:B

図-2 集水面積とトンネル対象流量(比流量)の関係

図-3 トンネル対象流量の確率評価(流量確率)とトンネル対象流量(比流量)の関係

○:日本△:スイス赤:A緑:B

図-5 トンネル縦断勾配と設計流速の関係

○:日本△:スイス赤:A緑:B

図-4 トンネル対象流量とトンネル径の関係

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33

ンネル径は約3m 〜 10m程度が目安となると考えられる。

・ 縦断勾配は、最大で約5%以下、最小で1%程度となっている。この実績を踏まえ、排砂の効率性(排砂能力)、水理的安定性、土砂摩耗対応の面より、SBTの縦断勾配は約1% 〜約5%(約1/100 〜約1/20)が目安と考えられる。

・ タイプA(多目的ダム)では、トンネル呑口部には流量調節用のゲートが設置されている。

・ 美和ダムでは、粗い土砂を貯水池上流部に位置する貯砂ダムで捕捉し、SBTはウォッシュロードのみを流下対象としている。SBTの呑口は貯水池中流部に位置する。これは、貯水池から浚渫した細粒分を集積させるストックヤード直下であり、貯砂ダムより下流の分派堰位置に配置している。

・ Solisダムの事例をみると、排砂時に貯水位を下げる対応をとることで、呑口位置を堤体により近い側に配置している。この対応は、トンネル延長を短縮し、排砂の効率性を上げることができるが、貯水位が回復しないリスクの評価が必要不可欠である。

・ 各ダムの平面図からトンネルの平面線形を確認したところ、日本の布引五本松ダムと台湾の3ダム以外で曲線部が確認された。なお、スイスのPalagnedraダムのトンネル曲線部の曲率半径が最も小さい。トンネルの内部の摩耗は、曲線部の内側に集中することが確認されており、この部分への重点的な摩耗対策が必要と考えられる。

(3)流下対象土砂粒径最後に、SBTが流下対象とする粒径に関する分析を

行い、流下対象土砂粒径と設計流速の関係について確認した(図-6)。

この図等から、SBT各タイプの傾向・特徴を以下に

列挙する。・ タイプA(多目的ダム)の方が流下対象土砂粒径が

細かく、タイプB(利水ダム)の方が粗い傾向にある。これは、多目的ダムの場合、ゲート操作が多く調節機能(ゲート機能)に配慮する必要があることから、極力細かい粒径の土砂を対象とする傾向にあると考えられる。

・ 一方、タイプBのように排砂のみに着目すれば、粗い粒径の土砂を対象とすることも可能であるが、この場合摩耗対策が必要であり、あまり延長の長いトンネルは不向きとなる。シルト以下の粒径のみを流下対象とする美和ダムを除く、流下対象土砂粒径と設計流速の関係からは、対象粒径10mm 〜 100mm超の範囲で、流下対象土砂粒径が大きいほど設計流速が小さく設定されている傾向が確認できる。

・ 粗粒土砂を対象とするダムでは表-3に示すような摩耗対策が実施されている。

4.まとめ

本研究では、これまで個別のダム毎に状況に応じて施設計画・設計が行われてきたSBTについて、スイス、台湾、日本の13ダムの事例を分析し、SBTを排砂形態、ダムの目的及びSBTの主目的に応じて大きく3タイプに分類した。その後、各タイプについてトンネル対象流量やトンネル構造、流下対象土砂粒径などの分析を加え、それらの特徴を踏まえたSBTの計画・設計に向けた留意点を以下の通り整理した。

○タイプA: SBT(狭義)、かつ洪水調節機能と利水機能を有する多目的ダム

○タイプB: SBT(狭義)、かつ利水機能のみの利水ダム

○タイプC:スルーシングトンネル(SST)※ ここでは、「SBT(狭義)」は、貯水池上流へ流入

する土砂を貯水池を介さずに下流河川に流下させる施設のことを指す。

【トンネル対象流量に関する特性分析から】・ トンネル対象流量の設定の考え方は、SBTのタイプ

○:日本△:スイス赤:A緑:B

図-6 流下対象土砂粒径(平均粒径)と設計流速の関係

ダム名小渋ダム

Egschi

Palagnedra

旭ダム

・トンネルの覆工厚は、摩耗代を見込んで設定 (インバート部で 50mm)・インバート部には高強度コンクリートを使用

・当初珪岩板によるライニング、後にインバート全体に花崗 岩ロックを設置

・当初はライニングなし、後に流入部の加速区間に鋼製ライ ニングを設置

・トンネルの覆工厚は、当初は普通コンクリートであったが、 順次高強度コンクリートで補強して置き換え (インバート部で 100mm)

SBT の摩耗対策

表-3 SBTの摩耗対策事例

Page 6: 平成28年度 水源地環境技術研究所 所報 · 2020-01-22 · 的に見てもまだ施工事例数が少なく、個別ダムごとに 状況に応じて施設計画・設計が進められている状況に

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に応じて異なる。特に、排砂形態に留意して設定する必要がある。

・ 効率的なトンネル対象流量の規模は概ね5年確率規模が目安となると考えられる。ただし、個別の設計の考え方や、降雨条件など地域特性の影響を受けるので留意が必要である。

【トンネル構造に関する特性分析から】・ トンネル径は、最大で約10m以下、最小で3m程度

となっており、施工性の観点も考慮すると、トンネル径は約3m〜10m程度が目安となると考えられる。

・ トンネル縦断勾配は約1% 〜約5%が目安となるが、排砂の効率性(排砂能力)、水理的安定性、土砂摩耗対応の面に留意が必要である。

・ Solisダムの事例のように排砂時の貯水位調整を行い、SBT延長を短縮して排砂効率を上げることが可能であるが、貯水位が回復しないリスクの評価が必要不可欠である。

【流下対象土砂粒径に関する特性分析から】・ 粗粒土砂より大きい粒径を対象とするSBTでは、ト

ンネル内部の摩耗による損傷が顕著である。トンネル延長を短くしたり、別途摩耗対策を講じたりするなど、摩耗に対する配慮が必要である。

これらの各種の事例分析結果は、今後のさらに効果的なSBTの計画・設計や計画・設計体系の確立に向けて、有益な基礎資料となると期待するものである。

また、本研究で収集・整理したSBTの事例数はまだ十分ではないことから、分析結果の精度、信頼性を向上させるため、引き続き、情報収集等に務める次第である。

謝辞本稿は、一般財団法人水源地環境センターが事務局

となって開催している「ダム土砂マネジメント研究会(委員長 角哲也 京都大学防災研究所教授)」の第13回研究会検討資料をもとに構成した。研究会において貴重なご助言・ご指導を頂いた委員の皆様方、また研究会検討資料作成にあたりデータの整理等に尽力いただいた株式会社建設技術研究所の高田康史氏、永谷言氏に紙面を借りて御礼申し上げる。

参考文献1) Andrea Baumer, Riccardo Radogna: Rehabilitation of the

Palagnedra sediment bypass tunnel(2011-2013), First International Workshop on Sediment Bypass Tunnels, 2015

2) Bärbel Müller, Martin Walker: The Pfaffensprung sediment bypass tunnel: 95 years of experience, First International Workshop on Sediment Bypass Tunnels, 2015

3) Frank Jacobs, Michelle Hagmann: Sediment bypass tunnel Runcahez: Invert abrasion 1995-2014, First International Workshop on Sediment Bypass Tunnels, 2015

4) Christof Oertli, Christian Auel: Solis sediment bypass tunnel : First operation experiences , Proc. First International Workshop on Sediment Bypass Tunnels, 2015

5) Kung C.S., Tsai M.Y., Chen Y.L., Huang S.W., Liao M.Y.: Sediment sluicing tunnel at Nanhua Reservoir in Taiwan, Proc. First International Workshop on Sediment Bypass Tunnels, 2015

6) Robert M.Bose, Michelle Hagman:Sedimentation countermeasures – example from Switzerland, 2015

7) 櫻井寿之、宮川仁:スイスにて開催された土砂バイパストンネルに関する国際ワークショップ,ダム技術No347,2015.8

8) Hideaki Ohori, Masato Ono, Yasufumi Takata, Gen Nagatani, Tetsuya Sumi: Case analysis of sediment bypass tunnels (Switzerland, Taiwan, Japan), Proc. 2nd International Workshop on Sediment Bypass Tunnels, 2017