3 設計法の課題 向坊
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Ⅲ .設計法の課題
立命館大学 向坊恭介
設計法作成上の課題伝統構法による木造建築物の構造安全性については、工学的に未解明な部分が多くあり、現行法の中で安全性を担保することが困難であった。・石場建て柱脚の滑り、浮き上がり
・柔な水平構面⇔剛床仮定・構造計画の考え方・多種多様、地域固有な構造要素の性能・伝統構法として分類される構工法・木材の乾燥(天然、人工乾燥など)・古材の構造性能
柱脚の仕様と滑り 伝統的構法による建築物では、柱脚を基礎に固定しない石場建て構法が特徴であり、今回の設計法作成において実務者のニーズが最も高い点のひとつである。 地震動時に柱脚が滑ることによって、地震入力が損失し応答が小さくなることが従来から指摘されていたが、設計時に構造安全性を担保するためには滑り量や摩擦係数の定量的評価が必要であった。 本委員会では、実大振動台実験および数値解析によってこれらについて検討を行った。
柱脚の滑り量 柱脚の滑り量(水平移動量)の最大値を定量的に評価することは、基礎からの落下や隣家、塀との衝突、配管の損傷などを防ぐ上で不可欠となる。 これまでの実験結果から、滑り量は、上部構造の耐力、摩擦係数のバラツキ、浮き上がり、偏心、建物形状、入力地震動等様々な要素により影響を受ける。
構面による滑り量の違い
柱脚の滑り
0 50 100 150 200
C1加振
C2加振
E1加振
E2加振
最大滑り量 (mm)
最大
平均
2010 年度の実大振動台実験No.1, 2
0 20 40 60 80 100
A1加振
A2加振
B1加振
B2加振
D1加振
D2加振
最大滑り量 (mm)
最大
平均
5cm18cm
BCJ-L2 波加振(大地震) JMA 神戸波加振(巨大地震)
(最大滑り量) / (平均滑り量)は 1.1 ~ 2.0 で、滑り量が最も大きいのはすべて外周の鉛直構面である。外周部は滑り易く、偏心の影響も受け易い。短辺
長辺
短辺
2010 年度の実大振動台実験 No.4
0 50 100 150 200
B加振
C加振
最大滑り量 (mm)
最大
平均
BCJ-L2 波加振(大地震) JMA 神戸波加振(巨大地震)
19cm
0 20 40 60 80 100
A加振
A加振
最大滑り量 (mm)
最大
平均
9cm
No.4 の場合も、最も大きく滑りが生じているのは外周部の構面である。また、最大滑り量 / 平均滑り量は 1.4 ~ 1.7 となっている。
短辺
長辺 短辺
2010 年度の実大振動台実験No.5, 6 BCJ-L2 波加振
1 2 6 10 14
ろい
へ
り
L
S
0 50 100 150 200
い通
ろ通
へ通
り通
最大滑り量 (mm)
No.6 地長押フリーNo.5
0
50
100
150
200
1通 2通 6通 10通 14通
最大滑り量
(mm
)
No.5 1回目No.5 2回目No.6 地長押フリー
L 方向加振 S方向加振
15cm
10cm
0 50 100 150 200
い通
ろ通
へ通
り通
最大滑り量 (mm)
No.6 地長押フリーNo.5
0
50
100
150
200
1通 2通 6通 10通 14通
最大滑り量
(mm
)
No.5
No.6 地長押フリー
L 方向加振 S方向加振
2010 年度の実大振動台実験No.5, 6 JMA 神戸波加振
1 2 6 10 14
ろい
へ
り
L
S
15cm
6cm
実大振動台実験による結果から
2010 年度、 2012 年度の実大振動台実験結果から、平屋・部分 2 階建て、総 2 階建てとタイプの異 なる試験体の柱脚の滑りについて、滑り量の最大値と平均値の比は 2 以下となっている。
・希に発生する地震時:数ミリ程度以下 ・極めて希に発生する地震時:最大で 14cm ・ JMA 神戸波3方向加振時: 20cm 以下
見かけの摩擦係数 柱脚の滑りの発生、最大滑り量の評価で最も影響が大きいものは、柱脚と礎石間の滑り摩擦係数である。 従前までは、木材同士あるいは木材-鋼材間の摩擦係数に関する研究は多くあったが、木材-礎石間については、ほとんど研究が無かった。
柱軸力
摩擦力
摩擦力=摩擦係数 × 柱軸力
柱脚のみの振動台実験(6枚)びしゃん仕上げとした礎石を用いた場合、摩擦係数はおよそ 0.3 ~ 0.5 程度でバラツキが大きいが、動的実験での摩擦係数の平均値は 0.4 ~ 0.46 、静的実験での平均値は 0.55 であった。
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8
礎石・細
礎石・粗
礎石・切り出し
コンクリート
テフロンボード
摩擦係数
平均0.414
平均0.329
平均0.391
平均0.328
平均0.103
2010 年度の実大振動台実験 実大振動台実験では主として平家の試験体( No1. ・ No.2 )により、上部構造の壁配置・耐力等の 条件を変えて実験を行ったが、足固め下に束を設置したために束のころびの影響もあり、試験体全 体としての見かけの摩擦係数は 0.5 を上回る大きな値となった。 総 2 階の試験体( No.4 )では見かけの摩擦係数は 0.4 程度で、立体モデルによる時刻歴解析(事後解析)でも、摩擦係数 0.4 程度と した場合が、上部構造の応答を最も精度よく再現できることが明らかになった。
2012 年度の実大振動台実験
試験体 入力波 # C0
No.5
JMA神戸波
S方向
10.42
L方向
20.21
BCJ-L2 S方向 2
回目S方向
30.44
BCJ-L2 L方向L方向
40.47
BCJ-L2 S方向 1
回目S方向
50.47
No.6
JMA神戸波
S方向
60.42
L方向
70.23
BCJ-L2 L方向L方向
80.47
BCJ-L2 S方向 1
回目S方向
9 0.51
0 0.2 0.4 0.6
123456789
1F床レベルの最大層せん断力係数C0
#
滑りが生じた加振における 1F床レベルの最大層せん断力係数 C0
試験体 全体としての見かけの摩擦係数の上限は、 0.4 程度との結果が得られた
時刻歴応答解析による検証
0.25
0.3
0.35
0.4
0.45
0 2 4 6 8 10
摩擦係数
滑り量(mm)質点系モデル
3次元立体モデル
極めて希に発生する地震( BCJ-L2 波と同等)
JMA 神戸波
時刻歴応答解析による検証 実大振動台実験では実験条件が限定されることから、複数のモデルを用いた時刻歴解析によって摩擦係数や上部構造の耐力等様々に条件を変えたパラメータスタディを行った。 以上の検討により、見かけの摩擦係数が 0.4程度以上あれば、柱脚の滑り量は最大でも20cm 以下になることが明らかになった。
滑りに伴う下屋隅柱の損傷 柱脚の滑りを許容した設計を考える際、生じうる損傷のパターンを考慮しておく必要がある。 前述の 4 本柱の振動台実験では、柱底面の磨耗が見られた他は、損傷は全く無かった。また、 2010 年度の実大振動台実験では柱には損傷は見られなかった。 しかし、 2012 年度の実大振動台実験では、下屋の隅柱が足固め部分で損傷した。
長い継続時間と繰り返し加振といった過酷な条件で、柱脚が浮き上がった後滑る時につっかかったのが原因である。幸いこの柱の軸力が小さく横架材で支持が可能であったため、部分崩壊に至ることはなく人命の保障という点 においては問題のない損傷である。
柱脚の浮き上がり 柱脚の滑りに伴って、浮き上がりも生じることが実験により明らかである。 2012 年の実大振動台実験においても、全般に外周部となる下屋部分(柱軸力が小さい)の浮き上がりが顕著であった。
い通ろ通へ通り通
0
30
60
90
1通 2通 6通
10通
14通最大浮上り量
(mm
)
No.5 BCJ - L2 L方向加振柱脚最大浮上
い通ろ通へ通り通
0
30
60
90
1通 2通 6通10通
14通最大浮上り量
(mm
)
07No.5 BCJ -L2 S方向加振柱脚最大浮上
L 方向加振 S方向加振No.5 BCJ-L2 波加振
い通ろ通へ通り通
0
30
60
90
1通 2通 6通
10通
14通最大浮上り量
(mm
)
No.6 BCJ -L2 L方向加振柱脚最大浮上
い通ろ通へ通り通
0
30
60
90
1通 2通 6通10通
14通最大浮上り量
(mm)
No.6 BCJ -L2 S方向加振柱脚最大浮上
い通ろ通へ通り通
0
30
60
90
1通 2通 6通
10通
14通最大浮上り量
(mm
)
No.5 J MA神戸 3方向加振柱脚最大浮上
い通ろ通へ通り通
0
30
60
90
1通 2通 6通
10通
14通最大浮上り量
(mm
)
No.6 J MA神戸 3方向加振柱脚最大浮上
L 方向加振 S方向加振No.6 BCJ-L2 波加振
No.5 No.6
JMA 神戸波加振
柱脚の浮き上がりの影響 柱脚が浮き上がることによる上部構造への影響については未だ明確でない点も多い。 実験からは、浮き上がったとしても直接損傷につながることは無く、むしろ応答を低減していると考えられるデータもある。 静的実験では柱脚の浮き上がりが生じると、その時点の耐力を維持し続けることが分かっている。 設計法では、安全側を採って耐力を低減することとなっているが今後さらなる解明が必要となる。
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
1通 2通 6通 10通 14通 2通 6通 10通
最大層間変形角
(rad
) 地長押フリー
地長押固定
1/20
1/15
2F
滑りの有無による上部構造の応答の違い上部構造の応答変形角を比較すると、最大層間変形角は柱脚を固定した場合が最も大きく、固定せず石場建てとした方が、最大変形角が抑えられている。
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
1通 2通 6通 10通 14通 2通 6通 10通
最大層間変形角
(rad
) 1回目
2回目
1/20
1/15
2F
BCJ-L2 波 S 方向加振No.5 (石場建て) No.6
滑りの有無による上部構造の応答の違い
検討委員会で行った時刻歴応答解析結果からは、柱脚固定の場合と石場建ての場合を比較すると、柱脚固定とした場合の方が、応答変形角が大きくなることが多く、石場建ての有効性が指摘されている。 これまで行った振動実験では、上部構造の条件が同じであれば、石場建ての方が応答変形角は小さく、免震構造的な効果(入力損失)が確認されている。
剛床でない水平構面の影響 伝統的構法による建築物では、各階の床や屋根下地といった水平構面に構造用合板等を用いることが少ないため、他の構造形式で前提となっている剛床仮定を満たしていない。 そもそも、構造計算の複雑化を避けるために剛床を前提とする必要があったという意味合いもあり、柔床が構造的に不利であるという理論的背景は存在しない。 設計法としては、水平構面に重大な損傷が生じないこと、柔床が上部構造の応答に及ぼす影響が重要となる。
水平構面の変形角( 2012 年度実験)
0 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05
1-2通り間
2-6通り間
6-10通り間
10-14通り間
い-ろ通り間
ろ-へ通り間
へ-り通り間
水平構面の最大変形角
C-2B2S
D-2B2L
0 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05
1-2通り間
2-6通り間
6-10通り間
10-14通り間
い-ろ通り間
ろ-へ通り間
へ-り通り間
水平構面の最大変形角
C-2B2S
D-2B2L
1 階床レベル 2 階床レベルNo.5 BCJ-L2 波加振
構面間距離が 910mm と最も短い 1-2通り間、い-ろ通り間で変形角が大きいが、全体としては変形角は 1/30rad 以下となっている。また、水平構面の損傷は全く見られなかった。
1/30rad1/30rad
鉛直構面の変形角に与えた影響として、下屋の水平剛性が十分でないために、 14 通りの変形が他の通りの変形と比較して著しく小さく、この影響が特に 2 ・ 6 ・ 10 通りの変形を 増大させた可能性がある。
これまでに行った振動台実験では水平構面の損傷が生じた例は無く、水平構面のみの静的実験でも 1/15rad 以上の大変形でも顕著な損傷は無く急激な耐力低下が無いことが確認されている。
1 2 6 10 14
ろい
へ
り
L
S
時刻歴解析による検証実大振動台実験では、標準設計法案の中で示されている標準仕様の水平構面が用いられていた。上部構造の応答には、水平構面の剛性が影響する。主な検討課題は以下のとおりである。① 水平構面の床剛性による応答への影響② 床剛性と偏心による構面間応答差の評価のための検討③ 偏心率と床面剛性が鉛直構面の変形増大に及ぼす影響④ 標準設計法:偏心によるせん断耐力の低減⑤ 標準設計法:床開口に関する規定水平構面の剛性は、柱脚の滑りや偏心によるねじれ振動などと相互に関係しており、数多くの時刻歴応答解析を行って、その影響を検討した。
時刻歴解析による検証
一連の時刻歴応答解析から、偏心率による変形角の割り増し量やせん断耐力の低減率、床開口率の制限、などが標準設計法、詳細設計法案に盛り込まれている。 また、一部の時刻歴応答解析結果によると、剛床とした場合よりも標準仕様程度の水平構面剛性とした場合の方が応答変形角や滑り量が小さくなることもあった。地震動時に水平構面もある程度変形することによって、減衰が生じ応答を小さくするものと考えられる。
1 、 2 階の耐力バランスについて 2 階建ての住宅などでは、一般に 1 階より
も 2 階に壁が多く入り、耐力が高くなることが多い。そのため、過去の地震被害でも 1 階に変形が集中し、 2 階がほとんど変形しないまま、 1 階で層崩壊となっていることが多い。
2007年新潟県中越沖地震1995年兵庫県南部地震
1 、 2 階の耐力バランスについて
2 階の変形をある程度許容することで、建物全体で地震動のエネルギーを吸収させることも、耐震的には有効となる場合がある。
0 0.002 0.004 0.006 0.008 0.01
い通
ろ通
へ通
り通
ろ通
へ通
り通
最大層間変形角 (rad)
2回目
1回目
1/120
1/200
2F
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1
い通
ろ通
へ通
り通
ろ通
へ通
り通
最大層間変形角 (rad)
1/15
1/20
2F
BCJ-L1 波加振
BCJ-L2 波加振試験体 No.5
まとめ ここでは、伝統的構法による木造建築物の設計法作成において、その構造的特徴を活かしたものとするため、柱脚の滑り挙動を中心として、検討を要した各課題について述べた。 構造力学的に検討すべき課題はまだ残っているが、構造安全性を考える上で工学的判断が可能な結果を実験および解析によって積み上げてきた。 今後も引き続き、関係各位が研究を進めることによって、より使い易い設計法に発展させることができる。