3. 測定評価技術の開発- 146 - 3.1.2...

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- 144 - 3. 測定評価技術の開発 第 3 章では地下水年代を評価するための技術開発について、その成果をまとめている。3.1 では、 今まで検討してきた地下水年代測定の指標となりうる物質や同位体比を列挙し、それぞれの指標が評 価できる年代・現状で問題になっている点・これまでの研究で明らかになった点、について整理した。 整理した結果を受けて今後開発が必要とされている点を抽出し、このうち今年度取り組んだ課題を示 した。3.2~3.9では、3.1で示した検討中の地下水年代指標について、今年度の取り組みをまとめた。 3.10 ではそれらをまとめ、今後の課題を示した。 3.1 使用する地下水年代指標と各指標における課題の整理 3.1.1 使用する地下水年代指標の整理と本研究での方針 高レベル放射性廃棄物処分のサイト選定や安全評価のために重要な地下水年代は、10 万年程度まで と数百万年程度の大きく 2 つに区分できる。10 万年程度までの地下水年代を的確に評価することは、 処分サイトとしての適性を評価するために重要である。また岩盤の透水性が低く、地下水がほとんど 動いていないようなサイトでは、地下水年代が地層の堆積年代と同程度になることから、透水性が低 いサイトでは数百万年程度の地下水年代評価が必要とされる。 今まで実施してきた研究から(長谷川ら, 2006 2010-a 2010-b; 中田ら, 2010)、10 万年程度まで の地下水年代を評価するためには、半減期約 5700 年の 14 C(無機)および岩石中のウラン(U)やトリ ウム(Th)から発生する 4 He が最も有用な指標であると考えられる。また、これらの指標による年代 測定の精度を高めるなど補助的な役割を果たす指標として、 14 C(無機)と同様の年代指標になりうる 14 C(有機)、地下水年代に 18000 年の年代を与えることが可能である地下水涵養温度(中田と長谷川, 2011)、地下水年代~20000年程度の瑞浪地域での有用性が確認されている 87 Sr/ 86 Sr、などが挙げられ る。また、数百万年程度の地下水年代に対しては、半減期約 31 万年の 36 Cl や先述の 4 He が最も有用な 指標であると考えられる(長谷川ら, 2006)。数百万年程度の年代を持つ地下水は透水性の低い岩盤中 に存在することが多く、このような場では物質移行の支配的なメカニズムが拡散であると考えられる。 37 Cl は拡散が生じてからの時間について情報を与えることができる可能性があり、 36 Cl や 4 He による地 下水年代の評価結果を補強できる可能性がある。また、 87 Sr/ 86 Sr は年代指標としての役割が期待でき る他、地下水の混合や化石海水の混合などの指標になりうる可能性があり(McNutt, 1999; Singleton, 2006)、混合評価の面から 36 Cl や 4 He によって評価された地下水年代をサポートすることができる。以 上のように、10 万年程度までおよび数百万年程度の地下水年代を評価するためには、 14 C(無機)・ 36 Cl・ 4 He が主要な指標となり、 14 C(有機)・涵養温度・ 87 Sr/ 86 Sr・ 37 Clが補助的な指標となりうる(図3.1.1-1)。 上記で主要な年代指標とした 14 C(無機)、 36 Cl、 4 He についてはいずれも地下水年代指標として活用 された実績があり、有用性については十分に確認されている。このためこれらの指標に対しては、よ

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    3. 測定評価技術の開発

    第 3 章では地下水年代を評価するための技術開発について、その成果をまとめている。3.1 では、

    今まで検討してきた地下水年代測定の指標となりうる物質や同位体比を列挙し、それぞれの指標が評

    価できる年代・現状で問題になっている点・これまでの研究で明らかになった点、について整理した。

    整理した結果を受けて今後開発が必要とされている点を抽出し、このうち今年度取り組んだ課題を示

    した。3.2~3.9 では、3.1 で示した検討中の地下水年代指標について、今年度の取り組みをまとめた。

    3.10 ではそれらをまとめ、今後の課題を示した。

    3.1 使用する地下水年代指標と各指標における課題の整理

    3.1.1 使用する地下水年代指標の整理と本研究での方針

    高レベル放射性廃棄物処分のサイト選定や安全評価のために重要な地下水年代は、10万年程度まで

    と数百万年程度の大きく 2 つに区分できる。10 万年程度までの地下水年代を的確に評価することは、

    処分サイトとしての適性を評価するために重要である。また岩盤の透水性が低く、地下水がほとんど

    動いていないようなサイトでは、地下水年代が地層の堆積年代と同程度になることから、透水性が低

    いサイトでは数百万年程度の地下水年代評価が必要とされる。

    今まで実施してきた研究から(長谷川ら, 2006 2010-a 2010-b; 中田ら, 2010)、10万年程度まで

    の地下水年代を評価するためには、半減期約 5700 年の 14C(無機)および岩石中のウラン(U)やトリ

    ウム(Th)から発生する 4He が最も有用な指標であると考えられる。また、これらの指標による年代

    測定の精度を高めるなど補助的な役割を果たす指標として、14C(無機)と同様の年代指標になりうる

    14C(有機)、地下水年代に 18000 年の年代を与えることが可能である地下水涵養温度(中田と長谷川,

    2011)、地下水年代~20000 年程度の瑞浪地域での有用性が確認されている 87Sr/86Sr、などが挙げられ

    る。また、数百万年程度の地下水年代に対しては、半減期約 31万年の 36Cl や先述の 4He が最も有用な

    指標であると考えられる(長谷川ら, 2006)。数百万年程度の年代を持つ地下水は透水性の低い岩盤中

    に存在することが多く、このような場では物質移行の支配的なメカニズムが拡散であると考えられる。

    37Cl は拡散が生じてからの時間について情報を与えることができる可能性があり、36Cl や 4He による地

    下水年代の評価結果を補強できる可能性がある。また、87Sr/86Sr は年代指標としての役割が期待でき

    る他、地下水の混合や化石海水の混合などの指標になりうる可能性があり(McNutt, 1999; Singleton,

    2006)、混合評価の面から 36Cl や 4He によって評価された地下水年代をサポートすることができる。以

    上のように、10万年程度までおよび数百万年程度の地下水年代を評価するためには、14C(無機)・36Cl・

    4He が主要な指標となり、14C(有機)・涵養温度・87Sr/86Sr・37Cl が補助的な指標となりうる(図 3.1.1-1)。

    上記で主要な年代指標とした 14C(無機)、36Cl、4He についてはいずれも地下水年代指標として活用

    された実績があり、有用性については十分に確認されている。このためこれらの指標に対しては、よ

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    り正確に評価するためのサンプル採取あるいは前処理法を確立すること、およびこれらの指標を適用

    できるサンプルの種類を拡張すること、を基本的な方針とした。また、補助的な指標については、年

    代指標としての有用性・用い方が、確認・確立されていないものが多い。有用性が確認されていない

    原因として、サンプルの前処理法や評価法などが確立されていない、サンプルの取得が困難である、

    岩石-地下水間の反応の詳細が不明である、など測定や評価上の問題点が存在することが考えられる。

    そこで補助的な指標については、他指標との比較等によって有用性を確認すると共に、測定や評価上

    の問題点を抽出しそれを解決することを、本研究における基本的な取り組み方針とした。また補助的

    な指標については、適用した場合に得られる情報と適用できる条件の整理、適用可能な条件を提案す

    ることを最終的な目標とした。

    図 3.1.1-1 地下水年代の指標となりうる核種・同位体比

    222R n

    85K r

    3H

    (3H+  3He)

    39Ar

    14C

    81K r

    36C l

    129I

    4He

    10‐1 101100 102 103 104 105 106 107

    ~0.03

    1~40

    1~60

    1~100

    50~2000

    500~20,000

    104~ 106

    5x104~ 2x106

    5x106~ 5x108

    1,000~107

    (10.72)

    対象物質 

    (12.43)

    (269)

    (半減期:年)

    (5730)

    (2.1x105)

    (3.0x105)

    (1.6x107)

    (0.01)

    有機14C

    C F C s , S F 6 1~60

    Ne, K r, X e 5,000~20,000

    2H, 18O

    37C l

    87S r

    放射

    性同

    位体

    溶存

    ガス

    安定

    同位

    体 5,000~20,000

    岩石

    コア

    適用

    特記事項

    温暖化ガス

    涵養時の温度→涵養時期

    時間スケール

    拡散場の指標

    同位体交換により年代評価

    3Heにより評価年代が増加

    涵養時の温度→涵養時期

    溶存量小

    溶存量小

    溶存量小

    高レベル放射性廃棄物処分で重要となる評価時間

    500~20,000

    汎用技術

    開発済み

    開発中

    可能性が低い

    赤字:主要な評価ツール

    青字:補助的な評価ツール

    222R n

    85K r

    3H

    (3H+  3He)

    39Ar

    14C

    81K r

    36C l

    129I

    4He

    10‐1 101100 102 103 104 105 106 107

    ~0.03

    1~40

    1~60

    1~100

    50~2000

    500~20,000

    104~ 106

    5x104~ 2x106

    5x106~ 5x108

    1,000~107

    (10.72)

    対象物質 

    (12.43)

    (269)

    (半減期:年)

    (5730)

    (2.1x105)

    (3.0x105)

    (1.6x107)

    (0.01)

    有機14C

    C F C s , S F 6 1~60

    Ne, K r, X e 5,000~20,000

    2H, 18O

    37C l

    87S r

    放射

    性同

    位体

    溶存

    ガス

    安定

    同位

    体 5,000~20,000

    岩石

    コア

    適用

    特記事項

    温暖化ガス

    涵養時の温度→涵養時期

    時間スケール

    拡散場の指標

    同位体交換により年代評価

    3Heにより評価年代が増加

    涵養時の温度→涵養時期

    溶存量小

    溶存量小

    溶存量小

    高レベル放射性廃棄物処分で重要となる評価時間

    500~20,000

    汎用技術

    開発済み

    開発中

    可能性が低い

    汎用技術

    開発済み

    開発中

    可能性が低い

    赤字:主要な評価ツール

    青字:補助的な評価ツール

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    3.1.2 各地下水年代指標における課題および問題点の抽出とこれまでの取り組み

    3.1.1 で記述した各年代指標を瑞浪地域や幌延地域の地下水に適用し地下水年代を評価した結果、

    それぞれの指標においていくつかの課題や問題点があることが明らかになってきた。以下では抽出さ

    れた問題点および課題点について、それぞれの指標ごとにまとめた。

    3.1.2.1 14C(無機)について

    ○問題点の抽出

    瑞浪地域における地下水調査結果でも示されたように(第 4 章)、14C(無機)についての最も大き

    な問題点は、地下中で変化する要因が放射崩壊だけはないという点にある(富岡ら, 2010)。実際に調

    査した瑞浪地域の地下水では、14C(無機)によって評価された地下水年代は、4He を用いて評価され

    た地下水年代に比べて、全体的に 6000 年程度古い年代を示した。これは、地下水涵養時に貝化石など

    14C を含まない炭酸塩が地下水に溶出し、14C の濃度が低下したためであると考えられる。このように、

    14C は地化学反応や微生物による反応でも濃度が変化し、14C 濃度から得られた地下水年代値はそのま

    までは正確ではない可能性がある。このため、14C の変化に関与する地化学・微生物反応を把握し、そ

    れらを補正して正確な地下水年代を得るための補正法を提案する必要がある。また、地化学反応の影

    響等は地下水涵養時顕著であると考えられるが、地下水における炭酸カルシウム等の溶解度が飽和す

    ると、地化学反応等は 14C の経時変化に影響が少ない可能性もある。このため、14C による地下水年代

    の絶対値評価にこだわらず、炭酸カルシウム飽和後の 14C 年代のみを用いるなど、14C 年代について適

    切な使用法を提案することも重要な課題である。

    また、通常地下水中の無機 14C を評価するためには、地下水に塩化ストロンチウムの溶液を加え、

    炭酸ストロンチウムの沈殿として無機炭素を回収する。しかし、瑞浪地域など無機炭素濃度の低い地

    下水においては、塩化ストロンチウム溶液を添加しても炭酸ストロンチウムの沈殿ができにくく、無

    機 14C が測定できない場合もあった。また、上記のように沈殿ができにくい地下水においては 14C の評

    価値に大きな幅が見られ、値が安定しなかった。上記のように、無機炭素濃度が低い地下水では、14C

    が評価できないあるいは評価できても値が安定しないなどの問題があることがわかった。このような

    無機炭素濃度が低い地下水に対しても 14C の安定的な測定を可能とする手法の開発が必要である。

    ○これまでの取り組み

    瑞浪地域における補正法確立の取り組みについては、第 2章に詳しい。無機炭素濃度が低い地下水

    への対応については、昨年度炭酸ストロンチウムの沈殿を用いない、Heのバブリングによって溶存無

    機炭素を地下水中から追い出し、捕捉する方法の確立に着手した。

    ○解決が必要とされている課題

    He をバブリングして回収する方法では回収率が低く、回収率を改善するための工夫が必要である。

  • - 147 -

    3.1.2.2 36Cl について

    ○問題点の抽出

    日本は海に囲まれた島国であるため、特に沿岸域を中心として海水起源の地下水が得られることが

    多い。海水における塩化物イオンでは、36Cl/Cl が 0程度の値を示すため、海水を起源とした地下水で

    は、地下水年代の増加とともに 36Cl/Cl が 0 から増加し、やがて岩石の特性で決定される放射平衡値

    へ達すると考えられる。一般的にウラン・トリウムの含有量が低い堆積岩では、放射平衡値は 10×10-15

    以下程度の低い値にとどまるため、海水を起源とし堆積岩の存在する地下水では 0~10×10-15という

    極低レベルの 36Cl/Cl を評価する必要が生じる。本研究では、極低レベルの 36Cl/Cl を精度良く評価す

    るために、36Cl の同重体である 36S を含む硫酸イオンと塩化物イオンを精度良く分離する手法の開発が

    必要であると考えた。

    また、内陸部の地下水は塩化物イオン濃度が低く、塩化物イオン濃度 1ppm 程度の地下水において

    36Cl/Cl を評価する必要が生じる場合がある。このような塩化物イオン濃度が希薄な地下水に対して硝

    酸銀溶液を加ても塩化銀の沈殿は生じにくく、そのため塩化銀として塩化物イオンを回収することが

    できない。このため、このようなサンプルでは 36Cl/Cl を測定するための試料を調整することが困難

    である。

    上述のように 36Cl を用いた地下水年代評価では、地下水涵養域における 36Cl の「初期値」および地

    下中での 36Cl の「放射平衡値」に加えて、評価対象とした系の外部から Cl が流入する可能性、を正

    確に把握することが重要である。地下における 36Cl の放射平衡値を予測する手法は既往の研究でも提

    案されてきたが、どれも決定的な手法となりえていないのが現状である。

    上記のことから、36Cl を用いる地下水年代評価では、下記の点が課題となっている。

    硫酸イオンと塩化物イオンの精度のよい分離手法の確立:オペレータの技量に依存性が少なく、塩

    化物イオンと硫酸イオンを精度良く分離する手法を確立することが必要である。また、この分離法は、

    塩化物イオン濃度が希薄な溶液に対しても適用可能であることが望ましい。

    地下中での 36Cl の放射平衡値評価法の確立:地下中での 36Cl の放射平衡値を予測する手法の確立が

    必要である。

    化石海水の混入評価:評価対象とする地下水において、評価対象とする系外からの塩化物イオンが

    混入する量を定量的に評価する手法の確立が必要である。このためには、36Cl に加えてその他の混合

    指標(37Cl、87Sr、水素・酸素同位体比など)による評価が必要である。また、日本の地下水において

    は深度が深くなるといわゆる化石海水との混合がおきているケースが多く、化石海水とオリジナルの

    地下水の混合を定量的に評価可能な指標が存在することが望ましい。

    ○これまでの取り組み

    硫酸イオンと塩化物イオンを分離する手法として、カラムクロマトグラフィーを基本原理とした

  • - 148 -

    「カラム法」を確立した。カラム法は、従来法である硫酸バリウムを用いる方法(以下硫酸バリウム

    法と記述する)に比べて、分離精度が高い、オペレータの技量に依存しない、塩化物イオン濃度が希

    薄な溶液にも対応可能である、などの長所を持つ。

    ○解決が必要とされている課題

    カラム法はその性質上、塩化物イオン以外の陰イオン濃度が高い場合、適用が難しくなるという短

    所がある。36Cl を用いた地下水年代評価が可能なサンプルの種類を拡張するために、共存する陰イオ

    ン濃度が高いサンプルでも、カラム法が適用可能な前処理手法の開発が必要である。

    また、36Cl の地下中での放射平衡値を予測する手法や、化石海水混入の定量的評価法などは、評価

    法の精度が十分でないあるいは、着手できていない課題であり、検討が必要である。

    3.1.2.3 4He について

    ○問題点の抽出

    4He で最も問題となるのは、4He の地下水中での蓄積速度を正確に評価することである。そして、He

    蓄積速度を評価するために最も困難な課題が、He フラックスの影響を定量的に評価することである。

    ここでいうフラックスとは、評価対象としている帯水層外から流入する Heのことである。本研究では

    Heフラックスの評価法について、放射性の核種と比較する手法(長谷川ら, 2006)や、Heの分布と拡

    散係数から直接評価する手法(中田ら, 2005)を提案してきたが、これらの手法が適用できないサイ

    トも存在する。このため、Heにより地下水年代を評価するためには、Heの起源について 3He/4He から

    正確に評価できる手法を確立することが必要である。

    また、Heをはじめとする希ガスを地下水年代の指標とするためには、希ガスを脱ガスさせることな

    く地下水や地下水を含むコアを取得する技術の開発が必要である。

    ○これまでの取り組み

    He フラックスの影響を考慮した地下水での He 濃度の増加速度評価については、前述のように放射

    性核種との比較による評価法、と Heの分布および Heの拡散係数から評価する方法を提案してきた。

    上記が適用できないサイトでの Heの起源について情報を得るために、地下水と地下水が接触する岩石

    における Heの 3He/4He の関係について調査をすすめている。

    また、希ガスが脱ガスしにくい地下水サンプル取得手法として、MPシステムが設置されている井戸

    に対処可能な「ピストン式サンプラー」や井戸に特殊なシステムが設置されていない場合でも汎用的

    に使用できる「機械式サンプラー」を開発した。透水性が低く、地下水が任意に採取できないサイト

    においては、コア間隙水の He濃度を評価する手法を確立した(中田ら, 2006)。また、脱ガスが生じ

    る要因についても検討し、脱ガスの主要因が圧力の急激な減少とメタン等のガスが揮発することに伴

    う散逸であることを明らかにした。

  • - 149 -

    ○今後の課題

    岩石と地下水の Heにおける 3He/4He の比較検討はデータが十分ではなく、岩石から種々の温度でガ

    スを抽出するなどして、地下水と比較するなどの検討が必要である。また、特にほとんど地下水が流

    動していない地域での He フラックスの評価については、堆積時からの He 蓄積と 3He/4He 分布を解析

    的に評価し、対象地域での Heフラックスの影響の有無を評価する手法の開発も有効であると考えられ

    る。

    脱ガスしないサンプル取得法については、メタン等のガスを含む地域でのコアサンプリングにおい

    て、開発の必要性が認識されている。また、脱ガスが生じた場合の補正法についても検討が必要であ

    る。

    3.1.2.4 14C(有機)について

    ○問題点の抽出

    そもそも日本の地下水において、天然の有機物が抽出・分析された例は極めて少なく、表層水や国

    外での取得実績を参考にして、日本の地下水での有機物の取得法を確立することが必要とされている。

    また、取得した有機物の特性(14C 値による年代評価を含む)評価も実施された例が少なく、14C(有機)

    の地下水年代評価指標の有用性検討と併せて重要な課題である。

    また、ボーリング孔を掘削して得られた地下水には、天然の有機物の他にウラニン等の蛍光染料が

    含まれることがあり、蛍光染料が正確な地下水年代評価を妨げる要因となる可能性がある。このため、

    天然の有機物と人工的に添加した有機物を分離し、正確な年代を評価する手法が必要とされている。

    ○これまでの取り組み

    本研究では主に瑞浪地域を対象として有機物を採取し、14C を主な対象としてその特性を評価してき

    た。その結果、有機物の 14C によって算出した地下水年代は、4He を用いて評価した地下水年代と近い

    値を示し、14C(有機)で評価された年代は 14C(無機)で評価される年代と異なり、地化学反応等の補

    正が不要であることを示すことができた。地下水からの有機物の取得法として、従来表層水等に用い

    られてきた、合成吸着樹脂(DAX-8)を用いる手法を採用したが、表層水から有機物を取得する場合と

    比較して極端に回収率が低く、表層水で用いている手法をそのまま地下水で適用することが困難であ

    ることがわかった。また、樹脂への吸着特性の違いからウラニンと天然の有機物を分離できる可能性

    を示した。

    ○今後の課題

    天然の有機物を効率的に捕集する方法を検討しているが、種々の方法で取得した地下水中の有機物

    を比較・検討することが未実施である。種々の方法で取得された有機物特性を比較し、14C(有機)に

    よる地下水年代測定を実施するために最適なサンプル採取法を提案することが必要とされている。

  • - 150 -

    また、天然の有機物と蛍光染料の分離については、地下水から取得時に効率的に実施されることが

    望ましく、この方法についてもさらに検討が必要とされている。

    3.1.2.5 涵養温度(希ガス温度計)について

    ○問題点の抽出

    日本の地下水において希ガス温度計が適用された例はなく、実際に適用した場合に得られる情報・

    国内の地下水に適用する際の課題や問題点が明らかにされていない。また、14C(無機)や 4He など他

    の年代指標と比較した研究例が少ないことから、これらの補助的な指標としてどのような使い方がで

    きるかについて、検討が必要である。

    ○これまでの取り組み

    本研究ではまず、地下水年代の指標となりうる質量の重い希ガス(クリプトン(Kr)・キセノン(Xe))

    について、その分離抽出法と測定法を検討し、測定におけるばらつきを定量的に把握した。また、平

    均気温の異なる 3地点で表層水をサンプルとして取得し、3種類のサンプルの Kr・Xe濃度が温度によ

    って異なる値を示すことを明らかにした。

    現在瑞浪地域での適用を実施しており、Kr濃度と He 年代の比較を実施している。

    ○今後の課題

    国内では適用例が少ないため、適用例を増やし、得られる情報と課題点を抽出していくことが必要

    である。瑞浪地域では涵養域のデータを取得しており、中間域(特に地下水年代 2 万年前後の)での

    データ取得が必要である。

    3.1.2.6 87Sr/86Sr について

    ○問題点の抽出

    既往の研究では主に、異なる起源をもつ地下水の混合評価に用いられており、地下水年代との関係

    を調べた研究例はほとんどない。このため、他の地下水年代指標との比較を実施し、地下水年代指標

    としての有用性を評価する必要がある。

    また、最終的には、87Sr/86Sr がどのようなサイトでどのような使い方ができるのかを提案すること

    が必要である。このためには、岩石中の Srと地下水中の Srの相互作用メカニズムを明らかにすると

    共に、岩石の中で反応に関与する成分を特定することが重要である。

    ○これまでの取り組み

    87Sr/86Sr の地下水年代指標としての有用性を明らかにするため、瑞浪地域の地下水を対象として He

    や 14C(無機)から評価された地下水年代と 87Sr/86Sr の比較を実施した。その結果、87Sr/86Sr は地下水

    年代と比例して増加する箇所が見られ、87Sr/86Sr が地下水年代反映する場合があり、地下水年代指標

  • - 151 -

    として有用であることを示すことができた。

    岩石中Srと地下水中Srの反応メカニズムを明らかにするため、岩石-模擬地下水反応試験を実施し、

    岩石の溶解反応や岩石中Srと溶液中Srの交換反応によって液相中の 87Sr/86Srが変化することを明ら

    かにした。また、瑞浪地域の岩石においては、炭酸塩鉱物が上記の交換反応に主要な役割を果たして

    いる可能性を示した。

    ○今後の課題

    地下水における87Sr/86Srをコントロールする反応・および岩石をさらに詳細に検討する必要がある。

    上記の検討結果を基にして、地下水年代評価指標として、あるいは混合指標として 87Sr/86Sr が評価で

    きる年代範囲、適用できるための条件等を提案していくことが今後の課題である。

    3.1.2.7 37Cl について

    ○問題点の抽出

    35Cl と 37Cl が自然界において分離し、δ37Cl の値が変化する要因は自然界では主に拡散であり、37Cl

    は拡散が起き始めてからの年代や、拡散により評価対象としている帯水層に流入した Cl量の評価に用

    いることができると考えられる。しかし、実際に塩化物イオンの拡散によってδ37Cl の変化を捉えた

    事例は少なく、さらなる事例の追加や拡散が起き始めてからの時間と地史の関係などを明らかにして

    いく必要がある。

    また、室内試験において 35Cl と 37Cl の分別係数を取得する手法が提案されているが、極めて複雑で

    あり汎用性に乏しいものがほとんどである。このため、簡易に 35Cl と 37Cl の分別係数を取得可能な手

    法を確立することが必要とされている。また、分別係数が岩石のどのような特性に依存しているかに

    ついては、今まで明らかになっておらず、メカニズムの解明が必要とされている。

    ○これまでの取り組み

    オーストラリア Marree 地域や幌延地域でδ37Cl の分布を調べ、拡散によって 37Cl が分離する様子を

    明らかにした。また、35Cl と 37Cl の分別係数を取得可能な手法を提案し、この手法を用いて幌延地域

    や Marree 地域で取得した岩石における分別係数を取得した。

    ○今後の課題

    さらなる適用性の検討と、35Cl と 37Cl の分離メカニズムの解明が課題である。

  • - 152 -

    3.1.3 今年度の検討事項について

    3.1.2 にまとめた課題を基にして、今年度はそれぞれの地下水年代指標について下記のような目的

    を設定し、検討を実施した。

    ○ 14C(無機)について:3.2

    無機炭素濃度の低い地下水においても、安定して正確な 14C の定量を可能とするため、無機炭素濃

    度が希薄な溶液での最適な無機炭素回収法を提案する。

    ○ 36Cl について:3.3

    従来法である硫酸バリウム法よりも多くの利点を持つ「カラム法」が、共存陰イオン濃度が高い場

    合であっても適用可能となるような、前処理法を確立する。確立した手法を実地下水へ適用し、塩化

    物イオンの分離回収が可能となったことを確認する。

    ○ 4He について:3.4

    幌延地域を対象として岩石と地下水における He の 3He/4He を比較し、幌延地域における He の起源

    を明らかにするための情報を取得する。

    ○ 14C(有機)について:3.5

    地下水から有機物採取時に、ウラニンと天然の有機物を分離可能な手法を確立する。また、瑞浪地

    域の地下水を対象として異なる手法で地下水から有機物を抽出し、それぞれの手法で取得した地下水

    の特性を比較する。

    ○ 涵養温度(Kr)について:3.6

    瑞浪地域の中間域を対象として、地下水涵養温度調査のためのデータを拡充する。

    ○ 87Sr/86Sr について:3.7

    Sr 抽出薬液による Sr の汚染を防ぐための処理を施した上で、室内で岩石と溶液中の Sr 交換試験を

    実施し、交換反応に関与する岩石の箇所を特定する。

    ○ 37Cl について:3.8

    37Cl と 35Cl が地下中で分離するメカニズムを明らかにするために、塩化物イオンの拡散試験を実施

    し、37Cl と 35Cl の分別係数の孔径依存性を明らかにする。

    ○ その他:蛍光染料を除去してイオン濃度および水素酸素同位体比を測定する手法について:3.9

    地下水試料から蛍光染料を除去してイオン濃度よ水素酸素同位体比を測定する手法を提案する。

    3.2 14C(無機)についての取り組み

    3.2.1 はじめに

    溶存無機炭素の 14C/12C を用いた年代(以下無機 14C 年代と記述する)評価は、鉱物溶解などの影響

    を補正することで数千年~2 万年程度の地下水年代を評価するための強力なツールとなりうる(岩月

  • - 153 -

    ら, 1999)。通常地下水から無機炭素を回収するには、下記のような手順で炭酸ストロンチウムの沈殿

    生成し、生じた沈殿を回収する方法が多く用いられる。①水酸化ナトリウムやアンモニアを用いて対

    象とする地下水をアルカリ化する、②アルカリ化した地下水に高濃度の塩化ストロンチウム溶液を添

    加する、③溶液を 1 晩程度静置し、炭酸ストロンチウム微粒子を沈殿させる。この手順で生成した炭

    酸ストロンチウム沈殿を抽出装置内でリン酸を用いて溶解させ、鉄などを用いて二酸化炭素を還元し、

    AMS のターゲットとなる黒鉛を精製する。しかしこれまでの地下水調査において、無機炭素(地下水

    中には炭酸水素イオンとして存在)濃度が希薄な地下水では、炭酸ストロンチウムの沈殿ができにく

    く AMS に供する試料が得られないことがあった。さらに、無機炭素濃度が低く、炭酸ストロンチウム

    の沈殿ができにくい地下水では、評価された 14C の値にばらつきが大きく無機 14C 年代が安定しない傾

    向がみられた(図 3.2.1-1)。このため、無機炭素濃度が希薄な溶液でも 14C の測定を安定的に実施す

    るための手法を確立することが必要とされている。

    図 3.2.1-1 瑞浪地域における 14C 年代評価値のまとめ

    赤線の四角で囲んだ DH-12 号孔や MSB4 号孔は沈殿ができにくく、深度によるばらつきも大きい

  • - 154 -

    上記のことから、今年度は炭酸水素イオン濃度が希薄な溶液での安定的な 14C 測定を実施するため

    の前処理法を確立することを目的とし、下記の事項について検討した。

    ① 無機炭素濃度が希薄な溶液における 14C への影響評価:炭酸水素イオン濃度が低く、炭酸ストロン

    チウムの沈殿ができにくい場合の、14C 評価への影響を定量的に把握するために、DH-12 号孔の地下水

    を用いて 14C を評価し、14C の評価値のばらつきを定量的に評価した。

    ② 炭酸ストロンチウム沈殿を用いる方法の回収率の把握と最適化:炭酸水素イオン濃度が希薄な溶液

    に塩化ストロンチウムを添加した場合の溶液中無機炭素濃度の経時変化を把握し、炭酸ストロンチウ

    ムとして回収可能な無機炭素量と、最適な試験条件について検討した。

    ③ バブリングによる無機炭素の回収法検討:溶液にリン酸を添加し、He をバブリングすることで地

    下水から無機炭素を排出し、これを回収する方法について、最適な条件を検討した。

    ②と③の結果を比較し、回収率の面から最適な溶存無機炭素の回収法を検討した。

    3.2.2 沈殿ができにくい地下水における 14C のばらつき評価

    炭酸水素イオン濃度が低く、炭酸ストロンチウムの沈殿ができにくいことが 14C の値にどのような

    影響をあたえるのかを定量的に評価するために、昨年度までの調査で炭酸ストロンチウム沈殿ができ

    にくいことがわかっている DH-12 号孔の地下水に対して 14C を評価する試験を実施した。昨年度は異

    なる深度間のサンプルを比較したのに対して(図 3.2.1-1)、今年度は同一の条件で複数個のサンプル

    を取得し、それらを比較した。

    3.2.2.1 サンプルの取得と測定までの手順

    地下水の取得から 14C までの測定は、下記の手順で実施した。

    1.地下水の取得:通常 14C 測定に供する地下水量は 1L 程度であるが、今回の試験では沈殿ができ

    にくいことを考慮して 10L の地下水を採取した。DH-12 号孔上部のバルブを開け、バルブに接続した

    テフロンのチューブを 10L のタンクの底まで差し込み、地下水をボトルへと採取した。ボトルの口元

    まで地下水を採取後、地下水中の無機炭素を固定化するために、粒状水酸化ナトリウムを 4~5 粒投入

    し、ボトル内に大気が残らないよう注意してフタをした後、テープでフタを固定した。同様の方法で

    3 本のサンプルを取得した。また、別途サンプルを取得し、アルカリ度測定と TOC 計を用いて DH-12

    号孔での無機炭素濃度を評価した。DH-12 号孔での無機炭素濃度は 2.75mg/L であった。

    2.炭酸ストロンチウムの沈殿生成:162g の塩化ストロンチウム(6 水和物)に 150ml の水と 10ml

    のアンモニア水を添加した溶液を調整し、1 晩静置した。採取した地下水を 1L ずつ分取し、上記で調

    整した塩化ストロンチウム溶液の上澄み液 20mL を添加した。添加後容器にフタをして、容器ごと撹拌

    し、撹拌後静置した。1 晩静置後、それぞれの容器で生成した沈殿を集めて 14C 測定用の沈殿とした。

    3.C の精製:14C は通常加速器質量分析(AMS)で評価される。AMS のターゲットとして黒鉛(C)を

  • - 155 -

    調整する必要がある。上記の沈殿にリン酸を加えて溶解させ、二酸化炭素を発生させた後、発生した

    二酸化炭素と加熱した二価鉄を接触させ、二酸化炭素を還元させることによって鉄表面に黒鉛が生じ

    る。この反応を利用して、炭酸ストロンチウムの沈殿から黒鉛を得た。

    4.14C の評価:上記で精製した黒鉛を AMS 測定に供し、14C の値を評価した。

    3.2.2.2 結果と考察

    今回取得した 3 本のサンプルにおける 14C および 13C の値を表 3.2.2-1 にまとめた。また、表 3.2.2-1

    には昨年度取得したサンプルにおける値も併せて示した。表からわかるように、評価された 14C 年代

    は 5790~17790 年まで広く分布しており、ばらつきが大きい。また、δ13C の値も-19.9~-14.9 まで

    分布しており、δ13C の値の変化と評価された年代の間には相関がみられる(図 3.2.2-1)。このため、

    14C による年代評価値にばらつきが見られるのは、沈殿生成過程での同位体分別や汚染が原因であると

    推察できる。

    表 3.2.2-1 DH-12 号孔における 14C 年代の繰り返し評価結果のまとめ

    サンプル番号 評価年代(年) PMC(%) δ13C(‰)

    1 14120±70 17.2±0.15 -14.9

    2 9640±60 30.1±0.22 -16.33 17790±90 10.9±0.12 -15.7

    昨年度 5790±50 48.6±0.30 -19.9

  • - 156 -

    図 3.2.2-1 DH-12 号孔で採取された地下水におけるδ13C と 14C 年代

    前述の 5800~18000 年の年代範囲は、14C の半減期にして 1~3 半減期に達するものであり、無機 14C

    を用いる年代測定法としてかなり深刻な評価値の幅であるといえる。今回の結果から、そもそも炭酸

    ストロンチウムの沈殿ができずに 14C の測定が不可能になるという事態を防ぐことに加えて、14C によ

    る年代評価値のばらつきを防ぐためにも、無機炭素の希薄な地下水における 14C 測定の前処理法を確

    立することが必要であることがわかった。回収途中における同位体分別を防ぐには、回収率を高める

    ことが必要である。また、上記のように沈殿生成途中での汚染も最終的な 14C の測定結果に大きな影

    響を与える可能性があるため、汚染の可能性を極力排除可能な前処理法を確立することも重要である。

    3.2.3 炭酸ストロンチウム沈殿を用いる方法の回収率の把握と最適化

    炭酸ストロンチウム沈殿を用いて地下水中の溶存無機炭素を回収する手法において、無機炭素の回

    収率、初期の無機炭素濃度による回収率の違い、回収率の経時変化、についての情報を取得し、最適

    な回収条件を検討するための検討を行った。

    3.2.3.1 試験方法

    試験は次の手順で実施した。

    1.溶液の準備:炭酸水素ナトリウム 1.4g を純水 1L に溶解した溶液を調整し、試験のストック溶液

    とした。ストック溶液に含まれる無機炭素濃度は 200mg/L である。また、162g の塩化ストロンチウム

    (6 水和物)に 150ml の水と 10ml のアンモニア水を添加した溶液を調整し、使用前に 1 晩静置した。

    -20 -19 -18 -17 -16 -15

    4000

    6000

    8000

    10000

    12000

    14000

    16000

    18000

    14C

    年代

    (年)

    δ13C(‰)

  • - 157 -

    2.沈殿の生成:試験を開始する直前に、1.で調整した炭酸水素ナトリウム溶液を純水で希釈し、無

    機炭素濃度が 3~20mg/L となるように、溶液を調整した。調整した溶液の無機 C 濃度は TOC 計を用い

    て、調整するたびに確認した。炭酸水素ナトリウム溶液を 50mL の遠沈管に気泡を巻き込まないよう、

    液面が容器の上端まで来るように注いだ。この状態から 10mL の溶液を容器から除去し、そこに 10mL

    の塩化ストロンチウム溶液をピペットで注いだ。上記のように溶液を入れたのは、溶液上部の大気に

    含まれる二酸化炭素の影響を極力排除するためである。また、上記の手順で塩化ストロンチウム溶液

    を添加しない、ブランク試験も実施した。

    3.沈殿量の確認 2.で塩化ストロンチウムを添加した溶液を遠沈管ごと振り混ぜ、振り混ぜた遠沈管

    を静置した。所定の時間経過後、沈殿を巻き上げないように慎重にフタを開けて上澄みをピペットで

    採取し、TOC 測定用容器の上端まで溶液を満たした。溶液に大気が混入しないように、ブチルゴム製

    のフタをし、サンプルを採取した日のうちに TC(Total Carbon:総炭素)濃度を測定した。測定を実

    施した TOC 計で TC を測定する場合、溶液は触媒を充てんした高温の反応管に直接導入され、溶液に溶

    存する無機炭酸に加えて、溶液中にコロイドあるいは浮遊粒子(suspended particle)として存在する

    炭酸ストロンチウム中の炭素の濃度を評価することができる。また、塩化ストロンチウムを添加した

    サンプルと並行して、ブランク試験のサンプルについても同様の測定を実施した。

    3.2.3.2 結果と考察

    試験の結果を図 3.2.3-1 にまとめた。図 3.2.3-1 の縦軸である「沈殿としての存在する比率」とは、

    溶液上澄みの TC から算出した沈殿生成後の溶液中無機炭素量を初期の溶液における無機炭素量から

    差し引いた量を「沈殿した無機炭素量」として、ブランク試験の TC 濃度から算出した初期の溶液中に

    含まれる総無機炭素量を 100%としたときの沈殿した無機炭素量である。試験期間中のブランク溶液の

    濃度はほとんど変化がなかった。また、試験は大気から混入する二酸化炭素の影響を完全に排除する

    ために、雰囲気制御型グローブボックス内で試験を実施した。上記のことから、試験中大気に含まれ

    る二酸化炭素による影響はなかったと考えられる。

    今回の試験では無機炭素濃度を 3~20mg/L に設定した。20mg/L は、1L の地下水サンプルから炭酸

    ストロンチウムの沈殿が十分量得られ、井戸における 14C 評価値の安定性も高いものであった瑞浪地

    域の MIU-3 号孔における炭酸水素イオン濃度を参考にして設定された数字である。また、3mg/L は今

    までに炭酸ストロンチウムの沈殿ができにくかった、DH-12 号孔の地下水における炭酸水素イオン濃

    度を参考に設定したものである(表 3.2.3-1)。

    図 3.2.3-1 からわかるように、ほぼすべての濃度において開始から 18 時間までは沈殿としての回

    収率が増加するのに対して、18 時間を過ぎると溶液中の無機炭素濃度が増加し、結果として沈殿とし

    ての回収率が減少する傾向が見られた。前述のように大気の影響を遮断したグローブボックス内でも

  • - 158 -

    同様の傾向がみられたことから、溶液中の無機炭素濃度の増加は大気の影響ではないと判断すること

    ができる。このため、この現象は一度沈殿した炭酸ストロンチウムコロイドがブラウン運動等によっ

    て再び溶液中に分散したためであると推察できる。上記の結果から、炭酸水素ナトリウム溶液の結果

    を参考とした場合、沈殿を生成するための時間は 18 時間が最適であることがわかった。

    一方、無機炭素濃度への依存性を見てみると、初期の無機炭素濃度が 20mg/L の場合は沈殿として

    の回収率が 18 時間後にほぼ 100%に達しているのに対して、無機炭素濃度が 3mg/L の場合は 18 時間後

    に最も高くなった回収率でも 60%程度にとどまっている。炭酸ストロンチウムの溶解度積は 7×10-10

    であり、溶液中の Sr 濃度は 3mol/L 程度であるため、塩化ストロンチウムを添加した溶液中では無機

    炭素のほとんどは溶存炭酸として存在することができず、炭酸ストロンチウムのコロイドや浮遊粒子

    として存在していると考えてよい。すべての濃度において、18 時間後でも液相に残っている無機炭素

    濃度はほぼ共通して 1mg/L 程度であり、無機炭素濃度にして 1mg/L 分の炭酸ストロンチウムはコロイ

    ドや浮遊粒子として液相に残存することがわかる。すべてのサンプルにおいて液相の無機炭素濃度が

    1mg/L 以下に減少しないことから、この程度の濃度では、コロイド-コロイド間の衝突が十分に起こら

    ず、凝集・沈殿が起きにくいと推察される。以上のことから、炭酸ストロンチウムの沈殿として溶存

    無機炭素を回収する手法では、溶液中に存在する無機炭素濃度を 1mg/L 以下に減ずることが難しく、

    結果として溶存炭素濃度の低い地下水では回収率が低くとどまる。回収率が低くとどまることによっ

    て同位体分別が起き、評価された 14C の値が安定しない可能性もある。

    表 3.2.3-1 瑞浪地域の井戸における無機炭素濃度のまとめ

    採取深度 IC(mg/L) 採取深度 IC(mg/L) 採取深度 IC(mg/L)

    口元採水 3.6 199.2 21.0 224.3 16.8280.0 5.3 447.4 20.8 365.6 19.2320.0 4.3 627.5 21.0 651.5 18.0350.0 2.1 736.8 18.4 844.4 16.8

    962.7 14.2 973.0 16.8

    DH-12号孔 DH-9号孔 MIU-2孔

    沈殿できず、測定不可

    採取深度 IC(mg/L) 採取深度 IC(mg/L) 採取深度 IC(mg/L)

    口元採水 3.6 199.2 21.0 224.3 16.8280.0 5.3 447.4 20.8 365.6 19.2320.0 4.3 627.5 21.0 651.5 18.0350.0 2.1 736.8 18.4 844.4 16.8

    962.7 14.2 973.0 16.8

    DH-12号孔 DH-9号孔 MIU-2孔

    沈殿できず、測定不可

  • - 159 -

    図 3.2.3-1 沈殿生成試験における経過時間と沈殿として存在する無機炭素の比率の関係

    3.2.3.3 液性を変えることによる回収率の変化の検討

    溶液中に残存する無機炭素濃度を減少させるため、溶液をより沈殿ができやすいものにし、同様の

    試験を実施した。試験溶液としては上記の試験と同様に炭酸水素ナトリウム溶液を用い、無機炭素濃

    度が 2 または 20mg/L となるように調整した。上記の試験で準備した溶液に加えて、104.4g の硫酸マ

    グネシウム(7 水和物)を純水に溶かし、200mL とした溶液を準備した。炭酸水素ナトリウム溶液に塩

    化ストロンチウムを添加するのと同じタイミングで、硫酸マグネシウム溶液を添加し、上澄み用液中

    の TC 濃度の経時変化から、沈殿として回収される無機炭素量を評価した。評価結果を図 3.2.3-2 に示

    す。硫酸マグネシウムの溶液を添加すると、難溶性の硫酸ストロンチウムが生成し、大量の沈殿が観

    察された。硫酸ストロンチウムと炭酸ストロンチウムが溶液添加とほぼ同時に共沈することで、硫酸

    マグネシウムを添加しない場合より、早く回収率を高めることが可能であることがわかる。しかし最

    終的な無機炭素の回収率は、硫酸マグネシウムを加えた場合と比べて大きく上昇するわけではなく、

    回収される沈殿は大量の硫酸ストロンチウムの中にわずかな炭酸ストロンチウムが含まれる状態であ

    る。上記を勘案すると、硫酸マグネシウムを加えることで得られるわずかな回収率の増加は、溶存無

    機炭素の回収にとってあまり大きな利点とはならないと考えられる。このため、硫酸マグネシウムを

    添加する手法は、実地下水へ適用する手法として採用しないことにした。

    1 10 100

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    沈殿

    とし

    て存

    在す

    る比

    率 (

    %)

    経過時間 (h)

    3mg 4mg 8mg 20mg DH-12

    回収率のピーク

  • - 160 -

    図 3.2.3-2 硫酸マグネシウムを添加した場合の沈殿回収試験の結果

    3.2.3.4 DH-12 号孔の地下水での試験

    実際に昨年度取得した DH-12 号孔の試料を用いて、3.2.3 と同様の沈殿回収試験を実施した。結果

    は、図 3.2.3-1 にまとめた。炭酸水素ナトリウム溶液での結果と同様に、DH-12 号孔の地下水でも約

    18 時間程度で沈殿として存在する無機炭素の比率がピークを迎える。しかし、沈殿として存在する比

    率の経時変化は炭酸水素ナトリウム溶液での試験結果と、わずかに異なっている。上記のことから、

    沈殿生成のための時間は約 18 時間で良いと判断できるが、沈殿生成の有無や沈殿が生じる速度につい

    ては溶液中の無機炭素濃度だけに依存せず、その他の要因にも依存していることがわかる。

    3.2.3.5 沈殿による回収法のまとめ

    以上の結果から、炭酸ストロンチウムの沈殿を利用した溶存無機炭素の回収法について、下記の

    ような知見をえることができた。

    ① 最適な回収時間:炭酸水素ナトリウム溶液を試験溶液として検討した結果、炭酸ストロンチウ

    ムの沈殿の量は溶液に塩化ストロンチウムの溶液を添加してから 18~24 時間程度で最大となる。上記

    からさらに時間が経過すると、沈殿量は減少する傾向が見られた。

    ② 液性の変化による回収率の上昇:塩化ストロンチウム溶液に加えて、硫酸マグネシウムの溶液

    を添加すると、硫酸ストロンチウムと一緒に炭酸ストロンチウムコロイドが沈殿するため、回収時間

    を早め、溶存無機炭素の回収率をわずかに増加させることができるが、回収率の増加量は顕著ではな

    い。

    20 40 60 80 100

    0

    25

    50

    75

    100

    硫酸マグネシウムなし 硫酸マグネシウムあり

    沈殿

    とし

    て存

    在す

    る無

    機炭

    素 (

    %)

    経過時間 (h)

  • - 161 -

    ③ 実地下水への適用条件の決定:上記①、②の結果を踏まえて、実地下水には塩化ストロンチウ

    ム溶液のみを添加し、塩化ストロンチウム溶液を添加してから 18 時間後に沈殿を回収するのが、無機

    炭素を炭酸ストロンチウムとして回収するために最適な方法であるとした。

    3.2.4 He バブリングによる溶存無機炭素の回収試験

    本節では、溶存無機炭素を回収する手法として、溶存無機炭素を地下水から追い出し、二酸化炭素

    として回収する方法について検討した。

    3.2.4.1 昨年度までの回収試験と装置の改良

    溶存無機炭素を地下水から追い出し回収する方法を確立するため、昨年度は図 3.2.4-1 に示す試験

    系を用いて回収試験を実施した。この回収試験で最終的に回収された無機炭素量は、元々の溶液に含

    まれる量と比較して約 24%程度であり、回収率をより高めることが必要であると考えられた。

    図 3.2.4-1 旧回収試験系の概念図

    Heボンベ

    スターラー

    攪拌子

    V V V V

    反応容器 水トラップ 二酸化炭素トラップ

    ① ② ③ ④ ⑤

    ⑥ ⑦

    ①:Heバブリング用ポート

    ②:気体部分置換用ポート

    ③:リン酸添加用ポート

    ④:トラップ配管用ポート

    ⑤:逆止弁

    ⑤:水トラップ:不凍液充填1℃に冷却

    ⑤:二酸化炭素トラップ:液体窒素を充填

    Heボンベ

    スターラー

    攪拌子

    V V V V

    反応容器 水トラップ 二酸化炭素トラップ

    ① ② ③ ④ ⑤

    ⑥ ⑦

    ①:Heバブリング用ポート

    ②:気体部分置換用ポート

    ③:リン酸添加用ポート

    ④:トラップ配管用ポート

    ⑤:逆止弁

    ⑤:水トラップ:不凍液充填1℃に冷却

    ⑤:二酸化炭素トラップ:液体窒素を充填

  • - 162 -

    そこで今年度はまず、回収を実施する試験系において、下記のような改良を加えた。

    1. 水蒸気トラップの改良:水蒸気の除去率を高めることで、その後の二酸化炭素トラップにおけ

    る二酸化炭素の捕集率を高めることができると考えられる。昨年度作製した水蒸気トラップは、SUS

    の配管を冷却し配管を通過する間に気体が冷却されることを期待した構造であった(図 3.2.4-2)が、

    この構造では水蒸気を含む気体が低温のトラップ部に接触する回数は少ない。このため今年度は、水

    蒸気を含む気体が接触するトラップ部分の面積を拡げ、かつ気体が低温のトラップ部分に接触する回

    数を増やすように、トラップ部を改良した。また、気体が接触するトラップ部分を熱伝導性の良い銅

    にして、気体が十分に冷却されたトラップ部分に接触するようにした。改良した水蒸気トラップの構

    造を図 3.2.4-3 に示す。改良した水蒸気トラップは、3 段組の細い銅管から構成されており、気体が

    冷却された銅管に強制的に接触しながらトラップを通過する構造となっている。銅は熱伝導性が良く、

    トラップを浸漬した液体と同程度の温度に冷却できることが期待される。旧トラップではトラップを

    2℃程度の冷水に浸漬していたのに対し、新しいトラップでは投げ込みクーラーで-10℃程度に冷却し

    たメタノールにトラップを浸漬して使用した。

    図 3.2.4-2 旧水蒸気トラップの構造

    ①:螺旋状水蒸気トラップ  反応容器から発生した気体が、螺旋状  の配管を通過する間に冷却されて液体  の水となり、②の液溜めに落ちる

    ②:液溜め  配管で発生した液体の水を貯留する

    ①:螺旋状水蒸気トラップ  反応容器から発生した気体が、螺旋状  の配管を通過する間に冷却されて液体  の水となり、②の液溜めに落ちる

    ②:液溜め  配管で発生した液体の水を貯留する

  • - 163 -

    図 3.2.4-3 新水蒸気トラップの構造

    2. 二酸化炭素トラップの改良:昨年度作製した二酸化炭素トラップ(図 3.2.4-4)は、二酸化炭素

    を含む気体が焼結フィルタに気体が接触する際に二酸化炭素がトラップされる構造であった。この構

    造は、焼結フィルタ表面しか二酸化炭素をトラップする能力がないうえ、焼結フィルタに衝突するこ

    となく通過する気体に含まれる二酸化炭素はトラップされない。そこで上記の水蒸気トラップと同様

    に熱伝導性の良い金属に何度も強制的に、二酸化炭素を含む気体が衝突する構造を採用し、二酸化炭

    素のトラップの効率を高めることを目指した。改良した二酸化炭素トラップの構造を図 3.2.4-5 に示

    す。図に示したように、改良した二酸化炭素トラップは U 字管の構造を持ち、内部に細かく切断した

    銅管を充填している。この構造により、気体は強制的に熱伝導製の良い銅管と何度も接触するため、

    高い回収効率が期待される。

    細い銅管

    ガス入り口ガス出口

    穴あきの仕切り板

    一部水分が吸着

    水分が除去されつつ出口へ

    ガスの通り方

    取り外し・洗浄可能部分

    細い銅管

    ガス入り口ガス出口

    穴あきの仕切り板

    一部水分が吸着

    水分が除去されつつ出口へ

    ガスの通り方

    取り外し・洗浄可能部分

    ガスの通り方

    取り外し・洗浄可能部分

  • - 164 -

    図 3.2.4-4 旧二酸化炭素トラップの構造

    図 3.2.4-5 新二酸化炭素トラップの構造

    ①:バルブ

    ②:熱アンカー

    ③:焼結フィルター

    ④:捕集容器

    捕集した二酸化炭素を封入

    液体窒素の低温がバルブ性能に及ぼす影響を低減

    アルミニウムの焼結フィルターを封入して比表面積を増大させ二酸化炭素の捕集効率を上げる

    ①:バルブ

    ②:熱アンカー

    ③:焼結フィルター

    ④:捕集容器

    捕集した二酸化炭素を封入

    液体窒素の低温がバルブ性能に及ぼす影響を低減

    アルミニウムの焼結フィルターを封入して比表面積を増大させ二酸化炭素の捕集効率を上げる

  • - 165 -

    また、試験系だけでなく回収法の実施についても、下記のような変更をした。昨年度までの回収試

    験では、溶液から二酸化炭素を排除するために、リン酸を添加したあと He を少しずつバブリングしバ

    ブリングした He をキャリアーガスとして、二酸化炭素がトラップへと移動するための駆動力とした。

    このため、試験系には常に高濃度の He が大量にフローすることになり、また二酸化炭素を含む気体が

    二酸化炭素トラップを通過するのは 1 度だけであった。このため、二酸化炭素のトラップ効率が低か

    ったと考えられる。そこで今年度は循環ポンプを利用し、反応容器とトラップの間を気体が循環する

    ようにした。これにより、二酸化炭素を含む気体は何度も二酸化炭素トラップと接触し、トラップ効

    率を高めることができると考えられる。

    3.2.4.2 高濃度・少量のサンプルを用いた模擬的試験

    DH-12 号孔の試料のように溶存無機炭素濃度が低い試料から、14C・13C 測定に十分な量の無機炭素を

    取得するため、最終的には無機炭素濃度の低い大量の地下水から二酸化炭素を回収する必要がある。

    ここではまず予備的な試験として、高濃度の無機炭素濃度を持つ溶液から二酸化炭素を抽出し、回収

    する試験を実施した。

    ○試験手順

    試験に用いた実験系の概念図を図 3.2.4-6 に示す。

    図 3.2.4-6 二酸化炭素追い出し-回収試験に使用した試験系の概念図

  • - 166 -

    1. 溶液の調整:サンプルとして炭酸水素ナトリウムを純水に溶解した溶液を採用した。炭酸水素

    ナトリウム 0.403g を 2.0L の純水に溶解させ、サンプルとした。このサンプルにおける無機炭素濃度

    は 29mg/L であり、瑞浪地域の地下水で最も高い無機炭素濃度を示した涵養域付近の井戸から採取され

    た地下水の値の約 1.5 倍である。また今回の試験では、二酸化炭素トラップに回収された二酸化炭素

    量を評価するために、トラップに回収された二酸化炭素を再度アルカリトラップに捕捉する。アルカ

    リトラップのための溶液として、0.5mol/L の水酸化ナトリウムを 700mL 強準備した。

    2. 容器中二酸化炭素の排除:反応容器、水蒸気トラップ、二酸化炭素トラップ、アルカリトラッ

    プをつなぎ、反応容器には He ボンベを接続した。ボンベから He ガスを流し、容器中の気体を全て He

    に置換した。また、アルカリトラップを He でバブリングすることにより、アルカリトラップ中に存在

    する二酸化炭素を排除した。He ガスによって汚染が生じないよう、試験には純度の高い He(G1 グレー

    ド)を使用した。バブリングは 1 時間に亘って実施し、バブリング終了後全てのバルブを閉鎖した。ま

    た、バブリング終了 15 分前に水蒸気トラップをメタノールに入れ、メタノールを投げ込みクーラーで

    冷却するとともに、二酸化炭素トラップを液体窒素へ浸漬した。

    3. 容器へのサンプルの導入:反応容器に 1.で調整した炭酸水素ナトリウム溶液を 1L導入した。

    導入の際気泡を巻き込むと脱ガスや汚染の原因となるため、サンプルは反応容器に下記の手順で導入

    した。①反応容器下部に取り付けたサンプル注入口とサンプルが入った容器を接続する(図 3.2.4-7

    に反応容器の構造を示す)、②サンプルが入った容器に容器の底まで届くチューブと短いチューブを接

    続したフタをする、③短いチューブと He ボンベを接続し He の圧力を用いて反応容器へ溶液を導入す

    る(図 3.2.4-8)。サンプル導入中は反応容器上部のガス抜きバルブを半開にして、容器に充填した He

    と溶液が入れ替わるようにした。

    4. 容器上部の空間の置換:容器上部のポートを He ガスボンベと接続し、ガス抜きバルブを半開に

    して、1 分間容器の上部(溶液との間に生じる空間)を He で置換した。

    5. 二酸化炭素回収の開始:反応容器上部の「リン酸添加ポート」からリン酸を添加し、スターラ

    ーによる溶液の撹拌を開始した。同時にガスの流路にあたるバルブを全て開け、循環ポンプの電源を

    入れた。反応容器のバブラーの先から気泡が生じていることを確認した時刻をもって、試験の開始時

    刻とした。

    6. 回収の終了:試験開始時刻から 90 分間気体の循環を続け、二酸化炭素トラップに二酸化炭素を

    回収した。開始から 90 分後循環ポンプを停止し、回収を終了した。

  • - 167 -

    図 3.2.4-7 1L 反応容器の構造

    図 3.2.4-8 サンプルの反応容器への移送作業の概念図

    7. アルカリトラップへの回収:二酸化炭素トラップとアルカリトラップを 2 つ、循環ポンプを接

    続しポンプの電源を入れて全てのバルブを開いた(図 3.2.4-9)。このとき、二酸化炭素トラップをド

    ライヤーで 10 分程度加熱し、トラップから二酸化炭素を完全に追い出した。循環開始から 60 分後、

    全てのバルブを閉鎖してポンプの電源を切り、アルカリトラップへの回収を終了した。

    8. 溶液の濃度確認:アルカリトラップと試験前の溶液について、TOC 計で無機炭素濃度を測定した。

    それぞれにおける無機炭素濃度から、アルカリトラップでの回収率を算出した。

    サンプル導入ポート

    各種ポート

    ・リン酸添加ポート・Heバブリング用ポート・ガス抜きポート・循環ポート・圧力確認ポート

    バブラー

    サンプル導入ポート

    各種ポート

    ・リン酸添加ポート・Heバブリング用ポート・ガス抜きポート・循環ポート・圧力確認ポート

    バブラー

    Heガ

    スボ

    ンベ

    Heガスによる加圧

    サンプルの流れ

    コネクタ

    Heガス

    ガス抜きポート

    Heガスと水サンプルが置換

    Heガ

    スボ

    ンベ

    Heガスによる加圧

    サンプルの流れ

    コネクタ

    Heガス

    ガス抜きポート

    Heガスと水サンプルが置換

  • - 168 -

    図 3.2.4-9 二酸化炭素トラップからアルカリトラップへの二酸化炭素の再捕捉

    (実験によってアルカリトラップの個数は 2 個または 3 個としている)

    ○試験結果

    試験前のサンプル溶液およびアルカリトラップにおける無機炭酸濃度および、それぞれの溶液の液

    量を表 3.2.4-1 にまとめた。表から分かるように、元々の溶液に含まれる二酸化炭素のうち、ほとんど

    100%をアルカリトラップ中に回収できた。昨年度の試験においては、回収率が 24%程度に留まってい

    たことから、トラップの改良と循環形式にすることにより、回収率が飛躍的に上昇したことが確認で

    きる。

    表 3.2.4-1 無機炭素 28mg/L、溶液量 1L での試験結果のまとめ

    3.2.4.3 中濃度・10L のサンプルを用いた模擬的試験

    3.2.4.2 に続いて、濃度が中程度(無機炭素濃度 7mg/L)でサンプル量が 10L の容器で試験を実施

    した。試験容器を 10L のものにした(図 3.2.4-10)ことと、リン酸の添加量を 10L に合わせて増加し

    た以外には、試験手順に大きな変更はない。

    V V

    循環ポンプ

    二酸化炭素トラップアルカリトラップ

    0.5 mol/L NaOH 溶液各 200 ml

    バルブ バルブ

    ① ② ③

    V V

    循環ポンプ循環ポンプ

    二酸化炭素トラップアルカリトラップ

    0.5 mol/L NaOH 溶液各 200 ml

    バルブ バルブ

    ① ② ③

    炭素濃 溶液量 炭素量 炭素回収(mg/L) (ml) (mg) (%)

    試験前溶液 28.2 1177.5 33.2 -試験後AT-1 120.5 200 24.1 72.6試験後AT-2 50 200 10 30.1

    溶液

  • - 169 -

    図 3.2.4-10 10L 反応容器の構造

    回収試験の結果を表 3.2.4-2 にまとめた。なお、今回の試験では容器に残留した溶液中の無機炭素

    濃度も併せて測定し、結果をしめしている。表から分かるように、リン酸を添加し 90 分間気体を循環

    させたとしても、サンプル中の無機炭素を 100%は追い出すことができず、約 30%の無機炭素が溶液に

    残留している。また、追い出した二酸化炭素についてもその回収率は 60%程度に留まっており、3.2.4.2

    に示した少量・高濃度の試験結果と比べて回収率が低いことがわかる。このため、この方法を実用化

    し実地下水から無機炭素を回収するためには、さらに回収率を高められるような試験条件を設定する

    必要がある。

    表 3.2.4-2 無機炭素 7mg/L、溶液量 10L での試験結果のまとめ(回収時間 90 分)

    *回収率 1:試験溶液から追い出した無機炭素量を 100%とした場合の回収率

    *回収率 2:初期に試験溶液に含まれていた無機炭素量を 100%とした場合の回収率

    サンプル導入ポート

    バブラー

    バブリングポート

    リン酸添加ポート

    ガス抜きポート

    気体循環ポート

    サンプル導入ポート

    バブラー

    バブリングポート

    リン酸添加ポート

    ガス抜きポート

    気体循環ポート

    無機炭素濃度 溶液量 炭素量mg/L mL mg 回収率1

    *回収率2

    試験前溶液 7.3 9550 69.7 - -試験後溶液 2.2 9550 21.0 - -

    アルカリトラップ-1 121.5 200 24.3 49.9 34.9アルカリトラップ-2 12.9 200 2.6 5.3 3.7

    炭素回収率(%)溶液の種類

  • - 170 -

    溶液量を増やした場合に回収率が低下することから、ここでは回収にかける時間を変えて試験を実

    施し、回収にかける時間を最適化して回収率を高めることを目指した。回収にかける時間を 120 分、

    180 分、300 分と変えて、上記と同様の試験を実施した。それぞれの時間ごとに得られた結果を表

    3.2.4-3 にまとめた。また、試験後の溶液における無機炭素濃度および初期溶液を 100%とした場合の

    回収率について、回収時間との関係を図 3.2.4-11 にまとめた。

    表 3.2.4-3 無機炭素 7mg/L、溶液量 10L での試験結果のまとめ(回収時間 120~300 分)

    (a)回収時間 120 分

    (b)回収時間 180 分

    (c)回収時間 300 分

    *回収率 1:試験溶液から追い出した無機炭素量を 100%とした場合の回収率

    *回収率 2:初期に試験溶液に含まれていた無機炭素量を 100%とした場合の回収率

    無機炭素濃度 溶液量 炭素量mg/L mL mg 回収率1

    *回収率2

    試験前溶液 7.3 7593 55.4 - -試験後溶液 1.5 7593 11.4 - -

    アルカリトラップ-1 96 200 19.2 43.6 34.6アルカリトラップ-2 44.6 200 8.9 20.3 16.1

    溶液の種類炭素回収率(%)

    無機炭素濃度 溶液量 炭素量mg/L mL mg 回収率1

    *回収率2

    試験前溶液 7.7 9700 74.7 - -試験後溶液 1.5 9700 14.6 - -

    アルカリトラップ-1 192.56 200 38.5 64.0 51.6アルカリトラップ-2 99.5 200 19.9 33.1 26.6

    溶液の種類炭素回収率(%)

    無機炭素濃度 溶液量 炭素量mg/L mL mg 回収率1

    *回収率2

    試験前溶液 7.4 10100 74.7 - -試験後溶液 0.7 10100 7.1 - -

    アルカリトラップ-1 245 200 49.0 72.4 65.6アルカリトラップ-2 26.8 200 5.4 7.9 7.2

    溶液の種類炭素回収率(%)

  • - 171 -

    図 3.2.4-11 試験後の溶液における無機炭素濃度および回収率と回収時間との関係

    図から分かるように、90 分から 180 分までは、回収試験の時間の増加に伴って回収率が増加してお

    り、180 分の回収時間で回収率は約 80%に達している。また、追い出した無機炭素についてはほぼ 100%

    を回収できていることがわかる。上記のことから、回収にかける時間は 180 分以上に設定するのが必

    要である。また、今回の試験系では 300 分のバブリング後も約 0.7mg/L の濃度に相当する無機炭素が

    残留しており、追い出しが完全ではないことがわかる。このため、回収率をさらに高めるためには、

    回収時間の調整ではなく、無機炭素をより完全に追い出すことが可能な試験系の構築が必要とされる

    と考えられる。

    上記の結果から、10L のサンプルに対しては、回収時間 180 分を最適な回収時間として設定し、実

    サンプルに対して適用することにした。

    3.2.4.4 He バブリングによる回収法のまとめ

    以上の結果から、He をバブリングして冷却トラップにより溶液から放出された二酸化炭素を回収

    する方法について、下記のような知見をえることができた。

    ①試験系の構築:水蒸気トラップ・二酸化炭素トラップの改良、および回収系を循環式に変更した

    ことにより、回収率を大幅に高めることができた。

    ②回収の最適な時間:10L のサンプルを処理する場合に、回収に必要とされる時間は 180 分以上で

    ある。回収時間を 180 分以上に設定した場合、7mg/L の炭酸水素ナトリウム溶液では 80%程度の回収率

    を得ることができる。

    50 100 150 200 250 300 350

    0.8

    1.2

    1.6

    2.0

    2.4

    炭素濃度

    回収率

    初期

    溶液

    に対

    する

    回収

    率(%

    )

    試験

    後溶

    液の

    炭素

    濃度

    (mg/

    L)

    回収試験の時間(min)

    20

    40

    60

    80

    100

  • - 172 -

    3.2.5 実サンプルへの適用

    本節では、上記で最適化した 2 つの手法(炭酸ストロンチウムの沈殿による方法、He バブリングに

    よる方法)を実地下水(DH-12 号孔)に適用し、無機炭素を回収した。

    3.2.5.1 サンプルの取得

    無機炭素濃度が低い瑞浪地域の DH-12 号孔から、下記の手順でサンプルを取得した。

    容器の準備:通常 14C 測定に供する地下水量は 1L 程度であるが、DH-12 号孔では無機炭素濃度が低

    いことから、10L の地下水を採取することとした。このため、市販の PP 製容器の内部を純水でよく洗

    浄し、この容器を用いて地下水を取得した。

    地下水の取得;DH-12 号孔上部のバルブを開け、バルブに接続したテフロンのチューブを 10L のタ

    ンクの底まで差し込み、地下水をボトルへと採取した。ボトルの口元まで地下水を採取後、地下水中

    の無機炭素を固定化するために、粒状水酸化ナトリウムを 4~5 粒投入し、ボトル内に大気が残らない

    よう注意してフタをした後、テープでフタを固定した。同様の方法で 6 本のサンプルを取得した。

    溶液の特性評価:上記とは別途サンプルを取得し、アルカリ度測定と TOC 計で DH-12 号孔での無機

    炭素濃度を評価した。DH-12 号孔での無機炭素濃度は 2.75mg/L であった。

    3.2.4.2 炭酸ストロンチウムを用いた回収試験

    3.2.2 で用いた手順を基にして、DH-12 号孔の地下水から無機炭素を炭酸ストロンチウムの沈殿と

    して回収した。

    1. 溶液の準備:162g の塩化ストロンチウム(6 水和物)に 160ml の水を添加した溶液を調整し、

    使用前に 1 晩静置した。3.2.2 と違ってアンモニアを添加しなかったのは、溶液がすでに水酸化ナト

    リウムによってアルカリ化されているためである。実験室へ輸送後に測定した地下水の pH は 11.0 で

    あった。

    2. 沈殿の生成:10L の容器に充填した地下水を、1L の透明なプラスティックボトル 9 本へ注ぎ分

    けた。このとき、気泡が巻き込まれないように留意し、液面が容器上面から表面張力で盛り上がるま

    で容器に地下水を注いだ。ここから 80mL の地下水を抜き取り、80mL の塩化ストロンチウム溶液を添

    加した。気泡が入らないように留意してフタをし、撹拌した後、沈殿が生成するよう静置した。

    3. 沈殿の回収:2 で塩化ストロンチウム溶液を回収してから 18 時間後、9 つの溶液の上澄みを慎

    重に捨て、各容器での溶液の液量が 110mL 程度となるようにした。各溶液から得られた沈殿と溶液の

    混合物を一つに合わせ、さらに 1 日程度沈殿が容器の底に沈殿するまで静置した。

    上記の手順で沈殿を調整した結果、十分に目視で確認できる程度の沈殿を得ることができた(図

    3.2.5-1)。沈殿は溶液に浸漬した状態のまま測定機関へと送付したため、沈殿量から無機炭素の回収

  • - 173 -

    率を確認することができなかったが、測定には十分な量が回収できたと考えられる。

    図 3.2.5-1 DH-12 号孔の地下水 10L から得られた炭酸ストロンチウムの沈殿

    3.2.5.2 He バブリング法による回収試験

    3.2.3 で用いた手順を基にして、DH-12 号孔の地下水から He バブリングにより無機炭素を二酸化炭

    素として追い出し、回収する方法を適用した。実地下水試料を用いた試験では、アルカリトラップを

    3 連に増やし、二酸化炭素トラップから二酸化炭素を回収した。

    回収結果を表 3.2.5-1 に示した。表から分かるように、地下水から追い出すことのできた二酸化炭素

    についてはほぼ 100%を回収することができたが、処理前の地下水を基準にすると回収率は 77%であっ

    た。

    表 3.2.5-1 DH-12 号孔地下水での試験結果のまとめ

    無機炭素濃度 溶液量 炭素量mg/L mL mg 回収率1* 回収率2*

    試験前溶液 2.7 10220 27.6 - -試験後溶液 0.48 10220 4.9 - -

    アルカリトラップ-1 84.1 200 16.8 74.1 61.0アルカリトラップ-2 15.2 200 3.0 13.4 11.0アルカリトラップ-3 7.1 200 1.4 6.3 5.1

    溶液の種類炭素回収率(%)

  • - 174 -

    3.2.6 まとめ

    炭酸水素イオン濃度が希薄な溶液での安定的な 14C 測定前処理法を確立することを目的とし、従来

    用いられてきた手法である炭酸ストロンチウムの沈殿を利用する方法と、He ガスをバブリングして地

    下水から二酸化炭素を排除し回収する方法について検討した。

    炭酸ストロンチウムの沈殿を利用する方法については、塩化ストロンチウムの溶液を用いて沈殿を

    生成し、18~24 時間程度で沈殿を回収する方法が最も効率が良いことがわかった。しかし、反応時間

    を最適化しても無機炭素濃度が低い溶液での回収率は 60%程度に留まる。

    一方 He をバブリングして地下水から二酸化炭素を排除・回収する方法では、水蒸気・二酸化炭素

    トラップを改良し、試験条件を最適化することで 80%程度まで回収率を高めることができた。DH-12

    号孔の地下水においても回収率は 80%程度であった。

    二酸化炭素を排除・回収する方法については、サンプルから追い出した二酸化炭素はほぼ完全に回

    収できているため、さらに二酸化炭素を完全に地下水から排除するための試験条件を検討することで、

    回収率をさらに 100%に近づけることが可能となる。このため、今後の研究において二酸化炭素の排除

    が完全になるような試験条件・試験系の検討および構築が必要であると考えられる。また、各手法で

    得られたサンプルにおける 14C の値とばらつきの差異を比較することで、無機炭素濃度が希薄な溶液

    での最適な 14C 評価法を提案することが可能であり、今後の比較検討が必要とされる。

  • - 175 -

    3.3 36Cl における取り組み

    3.3.1 はじめに

    塩化物イオンの放射性同位体である 36Cl は、30~180 万年の地下水年代を評価する上で最も重要な

    同位体の 1 つである(長谷川ら, 2006 Cresswell et al., 2001; Davis et al., 2001; Bently et al.,

    1986)。36Cl は加速器質量分析法(AMS)によって定量されるが、同重体である 36S(硫黄)によって正

    確な定量が阻害される(Elmore et al., 1979)。S は地下水中では硫酸イオンの形で存在しているため、

    前処理によって塩化物イオンと硫酸イオンを分離することが必要である。

    昨年度までの研究(中田と長谷川, 2010-a)において、塩化物イオンと硫酸イオンを分離する新たな

    手法として、陰イオン交換樹脂を使用し、カラムクロマトグラフィーを基本原理とした「カラム法」

    を開発した。ここではカラム法における塩化物イオンと硫酸イオン分離の最適条件を決定し、塩化ナ

    トリウムや硫酸ナトリウムを溶解して得られた溶液や、岩石間隙水を希釈して得られた模擬的な地下

    水サンプルにおいて塩化物イオンと硫酸イオンが完全に分離可能であることを明らかにした。カラム

    法は既存の手法である硫酸バリウムの沈殿を利用する手法(硫酸バリウム法:Nagashima et al., 2000

    Tosaki et al., 2007 など)に比べて、①分離精度が良い、②処理時間が短い、③希薄溶液にも対応

    できる、④塩化物イオンの回収率が高い、といった利点を有している。このためカラム法を開発した

    ことにより、36Cl の AMS による評価精度を高め、36Cl を利用する地下水流動評価や地下水起源評価の

    用途を拡げる、という効果が期待できる。

    一方カラム法は、塩化物イオン濃度に対し、共存する陰イオンの濃度が過剰な場合、塩化物イオン

    の分離回収が困難になるという短所を有している。これは、濃度の高い陰イオンに樹脂の交換性サイ

    トが占有され、樹脂が十分に分離性能を発揮できないためである。地下水年代評価に重要なサンプル

    のうち、塩化物イオン濃度に対して、他陰イオン濃度が高くなる可能性のある試料として、①岩石・

    土壌を溶解して得られた試料、②塩化物イオンの濃度が低い地下水・表層水試料、の 2 つが挙げられ

    る。36Cl を用いた地下水年代評価は、地下水涵養時の 36Cl/Cl の値と地下中で岩石からの中性子によ

    って発生する 36Cl と 36Cl の崩壊がバランスした放射平衡時の 36Cl/Cl の値を比較することで評価され

    る(中田と長谷川, 2010-b 長谷川ら, 2010)。このため、36Cl を用いた地下水年代評価には、評価対

    象となる岩盤における 36Cl/Clの放射平衡値が必要である。岩石マトリクスに含まれる塩素原子では、

    岩石生成時から岩石から発生する中性子と相互作用しており、36Cl/Cl が放射平衡に達している可能性

    が高い。このため、岩石マトリクスを溶かして得られた溶液中の塩化物イオンにおける 36Cl を評価す

    る必要が生じる。泥岩などの堆積岩では、36Cl/Cl の放射平衡値は 10-15オーダー程度の低い値をとる

    ため、このような岩石における放射平衡値を正確に評価するには、岩石を溶解して得られた溶液で塩

    化物イオンと硫酸イオンを精度良く分離することが重要である。このため、岩石処理溶液に対しても、

    硫酸バリウム法よりも塩化物イオンと硫酸イオンの分離精度が高いカラム法が適用できることが望ま

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    しい。また、②の塩化物イオンの濃度が極めて低い地下水や表層水は、海から離れた内陸部の天水を

    起源とする地下水や地表水において見られる。このような地下水や表層水では塩化物濃度が低いため

    に AMS 測定に供するための塩化銀沈殿を生成させることができず、硫酸バリウム法を直接適用するこ

    とも困難である。希薄溶液から塩化物イオンを分離回収し、濃縮することが可能カラム法を適用する

    ことによってはじめて、AMS 測定のための試料を調整することができる。さらに、カラム法を用いる

    ことで、塩化物イオンの回収率を高める、処理時間を短縮できるなどの利点を活かすことができ、サ

    ンプル量の節約や処理時間の節約により、36Cl を用いた地下水年代評価をより多様な試料で実施可能

    となる。上記のような理由から、現時点でカラム法による塩化物イオンの分離回収が困難であると予

    測されるサンプルでも、カラム法を適用可能とする前処理法を開発することは、36Cl による地下水年

    代評価の精度を高め、より多様な地下水に評価範囲を拡張することに資すると考えられる。

    以上のような背景を踏まえて、本研究においては、岩石を溶解した溶液や塩化物イオン濃度が希薄

    な溶液に対しても、カラム法の適用を可能とする前処理法を開発することを目的とした。

    3.3.2 岩石処理液への適用

    岩石を溶解させて、岩石マトリクスに含まれる塩化物イオンを抽出するためには、岩石をフッ化水

    素酸で分解する手法が一般的である(土壌標準分析・測定法委委員会編, 1986)。これはフッ化水素酸

    がケイ素およびケイ酸塩と反応して揮発性の四フッ化ケイ素が生成されることを利用している。不溶

    性のフッ化物が生成することを避け、フッ化水素酸を完全に追い出すためには、硝酸などの他の酸と

    組み合わせて岩石を溶解させる必要がある。このため、岩石を溶解処理した後の溶液には、塩化物イ

    オン・硫酸イオンとともに高濃度の硝酸イオンとフッ化物イオンが共存する可能性が高い。特に硝酸

    イオンは塩化物イオンと比べて一般的に陰イオン交換樹脂への親和性が高く(北条ら, 1976)、高濃度

    で存在すると塩化物イオンの樹脂への吸着を阻害するため、カラム法による塩化物イオンと硫酸イオ

    ンの分離を困難にする可能性が高い。以上の理由から、フッ化物イオンや硝酸イオンを溶液から除去

    して、カラム法が適用可能な液性に調整するための前処理手法が必要である。

    3.3.2.1 フッ化物・硝酸イオンの除去法について

    ○フッ化物・硝酸イオンの除去法

    溶液に含まれる塩化物イオン量を可能な限り保ち、フッ化物イオン・硝酸イオンを除去するために、