3章 ベクトルとテンソル - welcome! ut-heart ... · 15 第3章 ベクトルとテンソル...

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15 3 ベクトルとテンソル 扱う , 大きさを ,3 Euclid ベクトル して り扱うこ ある. しかし , 印ベク トルを って によって運 まれる うこ . ため ベクトルを する. られた ベクトル されるが, によら ベクト ルを した く。 ベクトルを一 にした か、それをさらに するため、 1 が一 ある. り扱う スカラー ベクトル ある。これ 、スカ ラー ベクトル 、ベクトル スカラー みを り扱え いうこ 、ベクトル ベクトル い。これに対して、 、ベ クトル ベクトル 割を たす。これ 印ベクトル あり、 テンソル される。マトリックスに された イメージすれ あろう。テンソル するために、 2 ベクトルからテンソルを するテンソル いう演 する。 学におけるベクトル テンソル ベクトル にお ける っている。ここ あくま 扱うベクトル テンソル って する. 3.1 ベクトルと座標変換 する 変位 3 Euclid , ある大きさ った ある. これ 印ベクトル あるが, まま して する. する , 位ベクトルを するこ , これを ベクトル e i (i =1, 2, 3) いう.

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15

第3章 ベクトルとテンソル

力学で扱う速度や加速度などの物理量は, 向きと大きさを持ち, 3 次元Euclid 空間のベクトルとして取り扱うことが本質的である. しかし有向線分,即ち矢印ベクトルを使って作図によって運動方程式に含まれる微分積分などの計算を行うことは現実的ではない. そのため基底ベクトルを導入し成分表示する. 得られた成分はしばしば列ベクトルで表示されるが,物理現象は座標系によらないので基底ベクトルを省略した表記は厳密性を欠く。連続体解析学では成分と基底ベクトルを一緒にした縮約表記か、それをさらに簡潔に記述するため、1つの太文字で表す直接表記が一般的である. 質点の力学で取り扱う物理量はスカラー量とベクトル量である。これは、スカ

ラー値ベクトル関数、ベクトル値スカラー関数のみを取り扱えば十分ということで、ベクトル値ベクトル関数は登場しない。これに対して、連続体の場合は、ベクトル値ベクトル関数が重要な役割を果たす。これは、物理的には矢印ベクトルの一次変換であり、数学的にはテンソルで表現される。マトリックスに基底が導入されたものとイメージすれば良いであろう。テンソルの基底を生成するために、2つのベクトルからテンソルを生成するテンソル積 ⊗ という演算を導入する。なお力学におけるベクトルとテンソルの定義は、線形代数やベクトル解析にお

ける定義と若干異なっている。ここではあくまで力学で扱うベクトルとテンソルに絞って説明する.

3.1 ベクトルと座標変換物理学で登場する力や変位は 3次元 Euclid空間で,ある大きさと方向を持った量

である. これは矢印ベクトルで表すのが便利であるが,このままでは微分積分などの計算には向かないので座標系を導入して成分表示する. 空間に座標系を設定するとは, 各軸方向単位ベクトルを導入することで, これを基底ベクトル ei(i = 1, 2, 3)

という.

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16 第 3章 ベクトルとテンソル

x1

x2

x3

e1

e2e3

a

図 3.1: ベクトルと基底ベクトル

物理学では,空間は基本的に 3 次元とするが, 3 次元の特殊な場合として 1 次元や, 2 次元問題がある. いずれにせよベクトル aの各方向成分が得られれば, 後は表記の問題で, 下式のように成分と基底ベクトルを組にして表す.

a = a1e1 + a2e2 + a3e3 = {e1, e2, e3}

⎧⎪⎨⎪⎩a1

a2

a3

⎫⎪⎬⎪⎭ (3.1)

=3∑

i=1

aiei = aiei (3.2)

質点の力学などではこの成分を {a1, a2, a3}T (T は転置) のような列ベクトルの形式にしたものをよく使うが, 基底ベクトルが省略されているということに注意しよう. すなわち, 後述するように座標系が異なれば, 成分の値も異なるので列ベクトルも異なるが, 基底ベクトルを省略してしまうと, 表示に若干無理が生じる. 式(3.2) のような表記法を総和規約あるいは, アインシュタインの縮約という. 各項で重なっている添字は, 暗黙に

∑が略されているとして 1 から 3 まで変化させ

て加え合わせる.

注 3.1. 基底ベクトルを使った表記法に慣れていないときは,以下のような式を思い浮かべると,直感的にわかりやすいかもしれない.⎧⎨⎩

a1

a2

a3

⎫⎬⎭ = a1

⎧⎨⎩100

⎫⎬⎭+ a2

⎧⎨⎩010

⎫⎬⎭+ a3

⎧⎨⎩001

⎫⎬⎭

ベクトル a が与えられたとき, 各軸方向の成分はどのようにして求められるのか考えてみよう. 例えば a と e1 の内積をとると以下のように x1 方向成分が得ら

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3.1. ベクトルと座標変換 17

れることがわかる.

a · e1 = (aiei) · e1 = (a1e1 + a2e2 + a3e3) · e1 (3.3)

= a1e1 · e1 + a2e2 · e1 + a3e3 · e1 (3.4)

= a1 · 1 + a2 · 0 + a3 · 0 (3.5)

= a1 (3.6)

同様に, 各軸方向の基底ベクトルと内積をとるとその方向の成分になる.

注 3.2. やはり基底ベクトルを使った表記法に慣れていないときは, 以下のような式を思い浮かべると, 直感的にわかりやすいかもしれない.

{1, 0, 0}

⎧⎨⎩a1

a2

a3

⎫⎬⎭ = a1{1, 0, 0}

⎧⎨⎩100

⎫⎬⎭+ a2{1, 0, 0}

⎧⎨⎩010

⎫⎬⎭+ a3{1, 0, 0}

⎧⎨⎩001

⎫⎬⎭ = a1

注 3.3. 内積の定義はよく知られているように a, b をベクトル θをなす角としてa ·b = |a||b| cos θである. これを成分で表すと, a · b = a1b1 + a2b2 + a3b3 = aibi となる. ベクトルの外積の公式は内積と違って覚えにくいが,さしあたり 3次元なら,

a × b =

∣∣∣∣∣∣a1 b1 e1

a2 b2 e2

a3 b3 e3

∣∣∣∣∣∣= a2b3e1 + a3b1e2 + a1b2e3 − a3b2e1 − a1b3e2 − a2b1e3

= (a2b3 − a3b2)e1 + (a3b1 − a1b3)e2 + (a1b2 − a2b1)e3

と覚えておけばよい.また det[A] = det[AT ]であることと,隣り合う行,あるいは列を 1回入れ替えると,行列式の符号が反転する (2回入れ替えると,元に戻る)という性質から,以下のどれでも同じ結果になる.

a × b =

∣∣∣∣∣∣a1 b1 e1

a2 b2 e2

a3 b3 e3

∣∣∣∣∣∣ =

∣∣∣∣∣∣e1 a1 b1

e2 a2 b2

e3 a3 b3

∣∣∣∣∣∣ =

∣∣∣∣∣∣a1 a2 a3

b1 b2 b3

e1 e2 e3

∣∣∣∣∣∣ =

∣∣∣∣∣∣e1 e2 e3

a1 a2 a3

b1 b2 b3

∣∣∣∣∣∣

ベクトル a は与えている荷重やそれによって生じた変位など, 物理的に意味がある場合, 勝手に向きや大きさを変えることはできない. これに対して, 座標系は便宜的に定めるもので任意性がある. つまり必要に応じて 1 つのベクトルを異なる 2 つの座標系で成分表示して計算を進めることができる. このときの対応関係を座標変換という.

a = aiei = a1e1 + a2e2 + a3e3 (3.7)

= aiei = a1e1 + a2e2 + a3e3 (3.8)

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18 第 3章 ベクトルとテンソル

a

a1

a2

x1

x2

x1

x2

a1a2

図 3.2: 座標変換

注 3.4. 前述のように, ベクトル a を列ベクトルだけで表すと,⎧⎨⎩a1

a2

a3

⎫⎬⎭ =

⎧⎨⎩a1

a2

a3

⎫⎬⎭という明らかに間違った表記になってしまう. さまざまな表記上の工夫はあると思うが, 基底ベクトルも一緒にしておくことが本質的かつわかりやすいと思う.

例えば図 3.1で x1 − x2 座標系に対して x1 − x2 座標系は 30◦反時計回りに回転しているとする. x1 − x2 座標系における a の成分を {a1, a2} = {1,

√3}とすると,

x1 − x2 座標系における成分は, 図から明らかなように, {a1, a2} = {√

3, 1} である.

このように図を参照しながらであれば簡単な計算で座標変換できるが、最終的には計算機で実行することを考えると,現実的ではないので, 機械的に作業ができる方法を考えよう.

定義からベクトル aの x1−x2 座標系における成分 a1, a2はa1 = a·e1, a2 = a·e2

であるが,これと同様に, x1−x2 座標系における成分 a1, a2 は a1 = a· e1, a2 = a· e2

である. 従って

ai = a · ei (3.9)

= (a1e1 + a2e2) · ei (3.10)

= a1e1 · ei + a2e2 · ei (3.11)

である.

注 3.5. 直感的に理解しやすいように列ベクトルで計算しよう. 新しい基底ベクトルは以下のように表される. {√

3212

},

{− 12√3

2

}まずは良くある方法で求めてみる. 古い基底を新しい基底で表すと,{

10

}=

√3

2

{√3

212

}− 1

2

{− 12√3

2

}

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3.1. ベクトルと座標変換 19

{01

}=

12

{√3

212

}+

√3

2

{− 12√3

2

}この関係を {a1, a2}T を古い基底で表した式に代入すると,{

a1

a2

}= a1

[√3

2

{√3

212

}− 1

2

{− 12√3

2

}]+ a2

[12

{√3

212

}+

√3

2

{− 12√3

2

}]新しい基底で整理すると{

a1

a2

}=

(√3

2a1 +

12a2

){√3

212

}+

(−1

2a1 +

√3

2a2

){− 12√3

2

}これより a1, a2 は以下のようになる.

a1 =√

32

a1 +12a2, a2 = −1

2a1 +

√3

2a2

上式に {a1, a2} = {1,√

3} を代入すると, 確かに {a1, a2} = {√

3, 1} であることが分かる.次に上述の方法で求めてみよう.

e1 · e1 = {1, 0}{√

3212

}=

√3

2, e2 · e1 = {0, 1}

{√3

212

}=

12

e1 · e2 = {1, 0}{− 1

2√3

2

}= −1

2, e1 · e2 = {1, 0}

{− 12√3

2

}=

√3

2

これより以下の関係が導かれ, 両者の結果が一致することが分かる.

a1 = a1e1 · e1 + a2e2 · e1

=√

32

a1 +12a2

a2 = a1e1 · e2 + a2e2 · e2

= −12a1 +

√3

2a2

これをさらに合理化するために座標変換マトリックス [P ] を定義する. Pijと書いたときに,添字 i のほうは変換後の基底 ei , 添字 j のほうは変換前の基底 ej

である.

Pij = ei · ej = ej · ei, [P ] =

⎡⎢⎣e1 · e1 e1 · e2 e1 · e3

e2 · e1 e2 · e2 e2 · e3

e3 · e1 e3 · e2 e3 · e3

⎤⎥⎦ (3.12)

各成分 Pij は e1, e1 を別の基底であらわした時の成分になっていることがわかる.

まず元の基底 e1 の新しい基底 ei(i = 1, 2, 3) での成分が列として並んでいる.

e1 = (e1 · e1)e1 + (e1 · e2)e2 + (e1 · e3)e3 (3.13)

= P11e1 + P21e2 + P31e3 (3.14)

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20 第 3章 ベクトルとテンソル

新しい基底 e1 の元の基底 ei(i = 1, 2, 3) での成分は行として並んでいる.

e1 = (e1 · e1)e1 + (e1 · e2)e2 + (e1 · e3)e3 (3.15)

= P11e1 + P12e2 + P13e3 (3.16)

次に ai, ai の関係を求める. 最初のうちは, 総和規約を使って簡潔に記述すると意味を理解せず素通りしてしまうときがある. こういうときには面倒ではあるが,

成分を全部書き出してみよう.添字の操作は惑わされるので,十分にわかるようになるまでは必要な努力だと思う.覚え方としては, マトリックスであれば「行列」という言葉から Pij と書けば, i行 j列成分である.

マトリックスとベクトルの乗算ならば Pijaj となり, Pjiaj であれば, [P ]の転置との乗算である. 見慣れない添字の並びは,転置だと感覚的にわかるようになったら一人前であろう. ただし δij は Kronecker のデルタ記号で i = j で δij = 1 それ以外のときは δij = 0 の値をとるものである. 公式的に使うときには, akδjk = aj ,

Xijδjk = Xik などのように添え字を入れ替えるように作用する. これも全部書き出すと理解を深める上で効果的である. 特に正規直交基底の基底ベクトルの内積は ei · ej = δijとなる.

aiei = aiei (3.17)

aiei · ek = aiei · ek (3.18)

Pkiai = aiδik = ak (3.19)

ak = Pkiai (3.20)

あるいは

aiei · ek = aiei · ek (3.21)

ak = Pikai (3.22)

参考までにマトリックスで表すと以下のようになる.⎧⎪⎨⎪⎩a1

a2

a3

⎫⎪⎬⎪⎭ =

⎡⎢⎣P11 P12 P13

P21 P22 P23

P31 P32 P33

⎤⎥⎦⎧⎪⎨⎪⎩

a1

a2

a3

⎫⎪⎬⎪⎭⎧⎪⎨⎪⎩

a1

a2

a3

⎫⎪⎬⎪⎭ =

⎡⎢⎣P11 P21 P31

P12 P22 P32

P13 P23 P33

⎤⎥⎦⎧⎪⎨⎪⎩

a1

a2

a3

⎫⎪⎬⎪⎭ (3.23)

{a} = [P ]{a} {a} = [P ]T{a} (3.24)

注 3.6. [P ]を使って前述の例題を示そう.

[P ] =

⎡⎢⎣√

32

12 0

− 12

√3

2 00 0 1

⎤⎥⎦ {a} = [P ]{a} {a} = [P ]T {a} (3.25)

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3.1. ベクトルと座標変換 21

ak = Pkiai

⎧⎨⎩√

310

⎫⎬⎭ =

⎡⎢⎣√

32

12 0

− 12

√3

2 00 0 1

⎤⎥⎦⎧⎨⎩

1√3

0

⎫⎬⎭ (3.26)

ai = Pkiak

⎧⎨⎩1√3

0

⎫⎬⎭ =

⎡⎢⎣√

32 − 1

2 012

√3

2 00 0 1

⎤⎥⎦⎧⎨⎩√

310

⎫⎬⎭ (3.27)

注 3.7. ところで, 座標変換と回転のマトリックスを混同する初心者は少なくない. 例えば 30◦ 回転するマトリックスは, [P ] の転置になっている. 蛇足ながら, 回転のマトリックスを忘れたときの思い出し方は, (1, 0), (0, 1) はそれぞれ θ回転すると (cos θ, sin θ) , (− sin θ, cos θ) に移動する.

1

1

(cos θ, sin θ)(− sin θ, cos θ)

図 3.3: 回転

これを用いると, 忘れてしまったマトリックスを [R] として,[R11 R12

R21 R22

]{10

}={

cos θsin θ

},

[R11 R12

R21 R22

]{01

}={− sin θcos θ

}(3.28)

この 2 式をあわせると [R11 R12

R21 R22

] [1 00 1

]=[cos θ − sin θsin θ cos θ

](3.29)

30◦ 回転するマトリックスは, 以下のようになり, 確かに [P ] の転置になっていることがわかる.[cos θ − sin θsin θ cos θ

]=

[√3

2 − 12

12

√3

2

](3.30)

力学の観点から重要な特徴として,物理量をあらわすベクトルは上記の座標変換に従うということがあげられる. これに対して,例えば計算の効率化のために数値を便宜的に並べただけの列ベクトル,あるいは, プログラミングにおける配列をイメージしたほうがよいかもしれないが,このようなベクトルはこの座標変換に従わない場合が多い. 実際に有限要素法のプログラムを作成する時には特に注意が必要である.

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22 第 3章 ベクトルとテンソル

3.2 一次変換とテンソル前節最後に述べた回転は物理的にはベクトル a が別のベクトルに写像されるも

のであり, 同じベクトルの異なる基底による成分の対応,すなわち座標変換とは異なる. このようなベクトル同士の対応を 一次変換と呼ぶ.

x1

x2

b

cX

図 3.4: 一次変換

この一次変換はすでに高校で学習している. ただし, 以下のように成分で記述されていた. [

X11 X12

X21 X22

]{b1

b2

}=

{c1

c2

}(3.31)

物理量 b, c の対応は, 例えば物体に作用する外力と速度の関係などの物理現象であり, 座標系とは無関係に成立するものである. これに対して, 一次変換がマトリックスの計算として与えられるのであれば,何らかの座標系を導入する必要があり, したがって座標系依存の関係式になってしまう. このようなベクトル同士の関係式を座標系とは無関係に記述するためにテンソルを導入する. すなわち一次変換に基底を導入するのである.

2つのベクトル a, b を対応付ける 一次変換 X とは, 以下の関係を満たす対応である.

b = Xa (3.32)

X(a + b) = Xa + Xb (3.33)

X(ca) = cXa (3.34)

ここで以下の演算則を満たすテンソル積 ⊗ を定義する.

(a ⊗ b) · c = (b · c)a (3.35)

b · (a ⊗ c) = (b · a)c (3.36)

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3.2. 一次変換とテンソル 23

注 3.8. この定義式を初めて見てイメージが沸く人のほうが少ないと思う. 例えば a ⊗ b を

a ⊗ b =

⎧⎨⎩a1

a2

a3

⎫⎬⎭ {b1b2b3} =

⎡⎣a1b1 a1b2 a1b3

a2b1 a2b2 a2b3

a3b1 a3b2 a3b3

⎤⎦のように, 2つのベクトルからマトリックスを作る演算だと考えると良いだろう. (a ⊗ b) · c は, そのマトリックスにベクトルをかけるという式である.

(a ⊗ b) · c =

⎧⎨⎩a1

a2

a3

⎫⎬⎭ {b1b2b3}

⎧⎨⎩c1

c2

c3

⎫⎬⎭ =

⎡⎣a1b1 a1b2 a1b3

a2b1 a2b2 a2b3

a3b1 a3b2 a3b3

⎤⎦⎧⎨⎩

c1

c2

c3

⎫⎬⎭=

⎧⎨⎩a1b1c1 + a1b2c2 + a1b3c3

a2b1c1 + a2b2c2 + a2b3c3

a3b1c1 + a3b2c2 + a3b3c3

⎫⎬⎭ =

⎧⎨⎩(b1c1 + b2c2 + b3c3)a1

(b1c1 + b2c2 + b3c3)a2

(b1c1 + b2c2 + b3c3)a3

⎫⎬⎭ = b · c

⎧⎨⎩a1

a2

a3

⎫⎬⎭ = (b · c)a

テンソル積を使うとX = Xijei ⊗ ej (3.37)

と表すことができる. 当然ながら任意の X について X = a ⊗ b を満たすようなa, b が存在するわけではない。

注 3.9. この式だけだと総和規約に埋もれてしまっているので, あえて全部書き出すと, Xijei ⊗ ej

Xijei ⊗ ej = X11e1 ⊗ e1 + X12e1 ⊗ e2 + X13e1 ⊗ e3

+ X21e2 ⊗ e1 + X22e2 ⊗ e2 + X23e2 ⊗ e3

+ X31e3 ⊗ e1 + X32e3 ⊗ e2 + X33e3 ⊗ e3

という多項式である. これでもわからなければ, あえてマトリックス表示してみよう.

[X ] = X11

⎧⎨⎩100

⎫⎬⎭ {1, 0, 0} + X12

⎧⎨⎩100

⎫⎬⎭ {0, 1, 0}+ X13

⎧⎨⎩100

⎫⎬⎭ {0, 0, 1}

+ X21

⎧⎨⎩010

⎫⎬⎭ {1, 0, 0}+ X22

⎧⎨⎩010

⎫⎬⎭ {0, 1, 0}+ X23

⎧⎨⎩010

⎫⎬⎭ {0, 0, 1}

+ X31

⎧⎨⎩001

⎫⎬⎭ {1, 0, 0}+ X32

⎧⎨⎩001

⎫⎬⎭ {0, 1, 0}+ X33

⎧⎨⎩001

⎫⎬⎭ {0, 0, 1}

= X11

⎡⎣1 0 00 0 00 0 0

⎤⎦+ X12

⎡⎣0 1 00 0 00 0 0

⎤⎦+ X13

⎡⎣0 0 10 0 00 0 0

⎤⎦+ X21

⎡⎣0 0 01 0 00 0 0

⎤⎦+ X22

⎡⎣0 0 00 1 00 0 0

⎤⎦+ X23

⎡⎣0 0 00 0 10 0 0

⎤⎦+ X31

⎡⎣0 0 00 0 01 0 0

⎤⎦+ X32

⎡⎣0 0 00 0 00 1 0

⎤⎦+ X33

⎡⎣0 0 00 0 00 0 1

⎤⎦

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24 第 3章 ベクトルとテンソル

注 3.10. さらにさかのぼると, a ⊗ bは

a ⊗ b = a1b1e1 ⊗ e1 + a1b2e1 ⊗ e2 + a1b3e1 ⊗ e3

+ a2b1e2 ⊗ e1 + a2b2e2 ⊗ e2 + a2b3e2 ⊗ e3

+ a3b1e3 ⊗ e1 + a3b2e3 ⊗ e2 + a3b3e3 ⊗ e3

という多項式である. 成分については X の式で Xij を aibj に入れ替えればよい.

これを用いると式 (3.38)の一次変換が, 基底付きで計算できることがわかる.⎧⎪⎨⎪⎩b1

b2

b3

⎫⎪⎬⎪⎭ =

⎡⎢⎣X11 X12 X13

X21 X22 X23

X31 X32 X33

⎤⎥⎦⎧⎪⎨⎪⎩

a1

a2

a3

⎫⎪⎬⎪⎭ =

⎧⎪⎨⎪⎩X11a1 + X12a2 + X13a3

X21a1 + X22a2 + X23a3

X31a1 + X32a2 + X33a3

⎫⎪⎬⎪⎭ (3.38)

b = biei =3∑

i=1

biei

= Xa = (Xijei ⊗ ej) · (akek) =3∑

i=1

3∑j=1

3∑k=1

(Xijei ⊗ ej) · (akek) (3.39)

注 3.11. 最初テンソルの添字操作に慣れない間は, 成分を全部書き出すとイメージが身につきやすい. まず最初に添字をすべて展開する.

Xa = (Xijei ⊗ ej)(akek)= X11a1(e1 ⊗ e1) · e1 + X12a1(e1 ⊗ e2) · e1 + X13a1(e1 ⊗ e3) · e1

+ X11a2(e1 ⊗ e1) · e2 + X12a2(e1 ⊗ e2) · e2 + X13a2(e1 ⊗ e3) · e2

+ X11a3(e1 ⊗ e1) · e3 + X12a3(e1 ⊗ e2) · e3 + X13a3(e1 ⊗ e3) · e3

+ X21a1(e2 ⊗ e1) · e1 + X22a1(e2 ⊗ e2) · e1 + X23a1(e2 ⊗ e3) · e1

+ X21a2(e2 ⊗ e1) · e2 + X22a2(e2 ⊗ e2) · e2 + X23a2(e2 ⊗ e3) · e2

+ X21a3(e2 ⊗ e1) · e3 + X22a3(e2 ⊗ e2) · e3 + X23a3(e2 ⊗ e3) · e3

+ X31a1(e3 ⊗ e1) · e1 + X32a1(e3 ⊗ e2) · e1 + X33a1(e3 ⊗ e3) · e1

+ X31a2(e3 ⊗ e1) · e2 + X32a2(e3 ⊗ e2) · e2 + X33a2(e3 ⊗ e3) · e2

+ X31a3(e3 ⊗ e1) · e3 + X32a3(e3 ⊗ e2) · e3 + X33a3(e3 ⊗ e3) · e3

次に上式右辺に含まれるテンソル積 ⊗ を内積の形に書き直す.

Xa = X11a1(e1 · e1)e1 + X12a1(e2 · e1)e1 + X13a1(e3 · e1)e1

+ X11a2(e1 · e2)e1 + X12a2(e2 · e2)e1 + X13a2(e3 · e2)e1

+ X11a3(e1 · e3)e1 + X12a3(e2 · e3)e1 + X13a3(e3 · e3)e1

+ X21a1(e1 · e1)e2 + X22a1(e2 · e1)e2 + X23a1(e3 · e1)e2

+ X21a2(e1 · e2)e2 + X22a2(e2 · e2)e2 + X23a2(e3 · e2)e2

+ X21a3(e1 · e3)e2 + X22a3(e2 · e3)e2 + X23a3(e3 · e3)e2

+ X31a1(e1 · e1)e3 + X32a1(e2 · e1)e3 + X33a1(e3 · e1)e3

+ X31a2(e1 · e2)e3 + X32a2(e2 · e2)e3 + X33a2(e3 · e2)e3

+ X31a3(e1 · e3)e3 + X32a3(e2 · e3)e3 + X33a3(e3 · e3)e3

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3.2. 一次変換とテンソル 25

最後に基底ベクトルがそれぞれ直交すること, すなわち ei · ej = 0 (i �= j) を用いて該当する項を削除して基底ベクトルごとにまとめると,

Xa = (X11a1 + X12a2 + X13a3)e1

+ (X21a1 + X22a2 + X23a3)e2

+ (X31a1 + X32a2 + X33a3)e3

これを総和規約を用いて表すと以下のようになる.

Xa = Xijajei

慣れてきたら (ei⊗ej)·ek = δjkeiを公式として使って, (Xijei⊗ej)·(akek) = Xijakδjkei = Xijajei

と計算できる. ただし δij は Kroneckerのデルタ記号で i = j で δij = 1 それ以外のときは δij = 0の値をとるものである.

テンソルの成分を求めるには, 両側から対応する基底ベクトルを作用させる.

X · el = Xij(ei ⊗ ej) · el

= Xijeiδjl

= Xilei (3.40)

ek · X · el = ek · (Xilei)

= Xilδki

= Xkl (3.41)

テンソルの転置は, 以下のように定義される.

b · (X · a) = a · (XT · b) (3.42)

成分表示すると, 以下のように成分は同じで, 基底が入れ替わることに注意.

XT = (Xijei ⊗ ej)T = Xijej ⊗ ei (3.43)

正規直交基底であれば XT = Xjiei ⊗ ej も成立するが, それ以外の基底を取ると成立しないので注意しよう.

テンソルの座標変換について説明しよう.

X = Xijei ⊗ ej = Xklek ⊗ el (3.44)

先に定義した座標変換マトリックス Pij = ei · ej を用いて以下のように表すことができる.

Xij = ei · X · ej = ei · (Xklek ⊗ el) · ej (3.45)

= Xkl(ei · ek)(el · ej) (3.46)

= XklPkiPlj (3.47)

= PkiXklPlj (3.48)

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26 第 3章 ベクトルとテンソル

この例で言うと,klと ljはしりとりになっているが,kiと klはしりとりになっていない.しりとりになっていると,普通にマトリックスの掛け算をすることであり, 逆になっていたら転置をかけることである.

Xkl = ek · X · el = ek · (Xijei ⊗ ej) · el (3.49)

= Xij(ek · ei)(ej · el) (3.50)

= XijPkiPlj (3.51)

注 3.12. 参考までにマトリックスで表すと以下のようになる.

[X ] = [P ]T [X][P ], [X] = [P ][X ][P ]T⎡⎣X11 X12 X13

X21 X22 X23

X31 X32 X33

⎤⎦ =

⎡⎣P11 P21 P31

P12 P22 P32

P13 P23 P33

⎤⎦⎡⎣X11 X12 X13

X21 X22 X23

X31 X32 X33

⎤⎦⎡⎣P11 P12 P13

P21 P22 P23

P31 P32 P33

⎤⎦⎡⎣X11 X12 X13

X21 X22 X23

X31 X32 X33

⎤⎦ =

⎡⎣P11 P12 P13

P21 P22 P23

P31 P32 P33

⎤⎦⎡⎣X11 X12 X13

X21 X22 X23

X31 X32 X33

⎤⎦⎡⎣P11 P21 P31

P12 P22 P32

P13 P23 P33

⎤⎦

テンソル同士の積は

X · Y = (Xijei ⊗ ej) · (Yklek ⊗ el) (3.52)

= XijYkl(ei ⊗ ej) · (ek ⊗ el) (3.53)

= XijYklδjkei ⊗ el (3.54)

= XijYjlei ⊗ el (3.55)

= XikYkjei ⊗ ej (3.56)

添字の操作がややこしい転置を含んでいる場合でも機械的に処理できる。

X · Y T = (Xijei ⊗ ej) · (Yklel ⊗ ek) (3.57)

= XijYkl(ei ⊗ ej) · (el ⊗ ek) (3.58)

= XijYklδjlei ⊗ ek (3.59)

= XijYkjei ⊗ ek (3.60)

= XikYjkei ⊗ ej (3.61)

3.3 テンソルの固有値マトリックスと同様に, テンソルにも固有値, 固有ベクトルがある. これを主値,

主軸と呼ぶこともある. マトリックスの場合と同様に, λ をスカラーとして下式が

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3.4. 結局テンソルとは何か 27

成立するとする. このとき, λ を固有値, φ を固有ベクトルとよぶ.

Xφ = λφ (3.62)

有限要素法で出てくる固有値を扱う必要があるテンソルは基本的に対称テンソルである.対称テンソルは固有値が実数になる.例えば後述する応力テンソルの固有値を主応力と呼ぶが,応力テンソルはCauchy の第 2運動法則(角運動量保存則)から対称にテンソルになるので複素数になることはない.よく知られているように, 固有ベクトルを座標系に一致させると

eiXei = λi (3.63)

eiXej = 0 (i �= j) (3.64)

この関係を成分表示してみよう. X · φi = λφi を ei で成分表示すると, 以下の式に対応する. ⎡⎢⎣X11 X12 X13

X21 X22 X23

X31 X32 X33

⎤⎥⎦⎧⎪⎨⎪⎩

φi1

φi2

φi3

⎫⎪⎬⎪⎭ = λ

⎧⎪⎨⎪⎩φi1

φi2

φi3

⎫⎪⎬⎪⎭ (3.65)

対角化であれば以下の式になる.⎡⎢⎣φ11 φ12 φ13

φ21 φ22 φ23

φ31 φ32 φ33

⎤⎥⎦⎡⎢⎣X11 X12 X13

X21 X22 X23

X31 X32 X33

⎤⎥⎦⎡⎢⎣φ11 φ21 φ31

φ12 φ22 φ32

φ13 φ23 φ33

⎤⎥⎦ =

⎡⎢⎣λ1

λ2

λ3

⎤⎥⎦ (3.66)

この式と, 座標変換との関係を確認する. 座標変換マトリックス [P ] の成分 Pij はPij = ei · e であった. 対角化することは, 新しい基底として φi をとること. すなわち Pij = φi · ejである. この成分を示すと,

P11 = φ1 · e1 = φ11 P21 = φ2 · e1 = φ21 P31 = φ3 · e1 = φ31 (3.67)

P12 = φ1 · e2 = φ12 P22 = φ2 · e2 = φ22 P32 = φ3 · e2 = φ32 (3.68)

P13 = φ1 · e3 = φ13 P23 = φ2 · e3 = φ23 P33 = φ3 · e3 = φ33 (3.69)

となるので, [P ][X][P ]T = [X] の形式になっていることが確認できる.

3.4 結局テンソルとは何かこの章を終えるにあたり,テンソルとは何かについて簡単にコメントしておこう.

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28 第 3章 ベクトルとテンソル

これまで見てきたように, テンソルは一次変換を基底つきで現したもの,と考えて差し障りない. ただし, 流体力学など空間固定のグローバル座標系しか使わない場合は, 基底を明示しない場合も多いようである.

当然ながら, テンソルとしての応力, ひずみなどの分布(応力場, ひずみ場とも呼ばれる)は物理現象なので一意であるが,基底の取り方で成分は異なる. 前述の主応力などがよい例で, 物体内の応力を理解するために, 各物質点において固有ベクトルの方向に座標系を取り直したものが, 主応力であるから⎡⎢⎣T11 T12 T13

T21 T22 T23

T31 T32 T33

⎤⎥⎦ =

⎡⎢⎣T1 0 0

0 T2 0

0 0 T3

⎤⎥⎦ (3.70)

という数式は, 数学的に明らかに誤りであるが, 基底をつけて書くと問題なく記述できる

Tijei ⊗ ej = Tiei ⊗ ei (3.71)

= T1e1 ⊗ e1 + T2e2 ⊗ e2 + T3e3 ⊗ e3 (3.72)

また, この式からわかるように, 基底つきの計算は, 矢印ベクトルを作図して足し算するのでもなく, 行列計算に基づいたベクトルとマトリックスの演算則でもなく,

純然たる多項式の演算である.

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29

第4章 微小歪とGreen-Lagrange歪

高校や大学の教養で学習する力学といえば,大きさはなく質量のみ有する質点の力学や大きさはあるが, 形状は変化しない剛体の力学である. これに対して, 連続体力学は, 固体あるいは流体を体積が無限小の点であるが分子・原子のレベルには至ることなく, その点の近傍の平均的な物理諸量を有する「物質点」の連続的な集合である連続体とみなして, 質量保存則, 運動量保存則, 角運動量保存則など基本的な関係から変形や流れ場の変化などを予測するものである.

連続体力学で導入される概念は, 歪テンソル, 応力テンソル, 応力歪関係式(構成式)であるが, これまで材料力学で学習した内容は, 歪は単位長さあたりののび,

応力は単位面積当たりの荷重, 応力歪関係式といえばヤング率, 応力, 歪をそれぞれ, E, σ, ε としたときに σ = Eε という単純なもので, テンソルなんて, 使った記憶がない読者がほとんどであろう. まずはこのギャップを埋めるために質点や剛体の力学では登場しない歪から順に説明していこう.

4.1 垂直歪とせん断歪は別物か?

材料力学では長さ l の棒に引張荷重を作用させて,棒の長さが l1 になったとき、(l1 − l) を伸び、単位長さあたりの伸びを歪と呼び ε で表す。

ε =l1 − l

l(4.1)

特に引張荷重を与えたときのひずみを引張歪、逆に圧縮荷重を与えたときの歪を圧縮歪と呼ぶ。またこれらをあわせて、荷重方向の引張および圧縮歪をあわせて垂直歪と呼ぶ。

l

l1

FF

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30 第 4章 微小歪とGreen-Lagrange歪

物体にせん断応力が作用して物体が平行四辺形に変形するとき Δz を元の長さ、Δδ を伸びとすれば、ひずみは

γ =Δδ

Δz(4.2)

と表すことができる。このひずみをせん断歪と呼ぶ。また、始めに π/2 であった角度が φ になったとするとせん断ひずみは角度変化

γ =π

2− φ (4.3)

としても定義することができる。 γ が微小である場合は tan γ ≈ γ, sin γ ≈ γ が近似的に成り立つことから、

γ ≈ tan γ = tan(π

2

)=

Δδ

Δz(4.4)

となり、二つの定義は一致する。

X1

X2

Δz

Δδ

γ

図 4.1: 単純せん断

応力同様、これらの歪は別物という印象を持っている人も少なくないように思われるが、これについて少し考えてみよう。

4.2 変位は物体内部を定義域とする関数である剛体の力学は運動しても変形しないと仮定している. つまり, 変形前の初期状態

で物体内部に正方格子を描いておくと,運動中も正方格子のまま平行移動や回転するだけである. これに対して変形する物体は,格子の間隔や角度は変化するし変形前には直線だった箇所が変形後には曲線になっている場合もあるだろう. 変形する物体を扱うということは, 変位は物体内で分布するということである.

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4.2. 変位は物体内部を定義域とする関数である 31

変形前変形前変形後

変形後

図 4.2: 剛体の変形と連続体の変形

そこで変位を厳密に定義する必要がある. ある基準時刻 t0 における物体の配置を基準配置とし, 各物質点の位置ベクトルを X, 物質点 X の現時刻 t における位置ベクトルを x, 物質点 X の時刻 t0 から t までの移動量を変位ベクトル u とする.

u = x − X (4.5)

基準時刻 t0

現時刻 t

O

Xxu

図 4.3: 変位

連続体の教科書は決まってこのように変位を定義しているが,これはこれでわかりにくいので, 具体的な例題で示そう.

図のように 1辺の長さが 1の正方形領域に X1 方向の単純引張が与えられ,右端の点 (1, 0)が (a, 0)に移動したとき、各物質点 (X1, X2)の現在の位置 (x1, x2)と変位 u1, u2 を求めてみよう. またこれを図示するとそれぞれ (b), (c) のようになる.

x1 = X1 + aX1 (4.6)

x2 = X2 (4.7)

u1 = aX1 (4.8)

u2 = 0 (4.9)

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32 第 4章 微小歪とGreen-Lagrange歪

u1

u2

x1

x2X1

X1

X1

X1

X1

X2

X2

X2

X2

X2

1 + a(a)

(b) (c)

図 4.4: 現在の位置 x と変位 u の分布

図のように 1辺の長さが 1の正方形領域に X1 方向のせん断が与えられ,左上の点 (0, 1) が (a, 1) に移動したとき、各物質点 (X1, X2) の現在の位置 (x1, x2)と変位 u1, u2 を求めてみよう. またこれを図示するとそれぞれ (b), (c) のようになる.

x1 = X1 + aX2 (4.10)

x2 = X2 (4.11)

u1 = aX2 (4.12)

u2 = 0 (4.13)

u1

u2

x1

x2X1

X1

X1

X1

X1

X2

X2

X2

X2

X2

a(a)

(b) (c)

図 4.5: 現在の位置 x と変位 u の分布

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4.2. 変位は物体内部を定義域とする関数である 33

図のように 1辺の長さが 1の正方形領域に X1 方向のせん断変形と X2 方向の圧縮変形を与え, 領域の左上の点 (0, 1) が (a, b) に移動したとき, 各物質点 (X1, X2)

の現在の位置 (x1, x2)と変位 u1, u2 を求めてみよう. またこれを図示するとそれぞれ (b), (c) のようになる.

x1 = X1 + aX2 (4.14)

x2 = X2 − bX2 (4.15)

u1 = aX2 (4.16)

u2 = −bX2 (4.17)

u1

u2

x1

x2X1

X1

X1

X1

X1

X2

X2

X2

X2

X2

a

1 − b

(a)

(b) (c)

図 4.6: 現在の位置 x と変位 u の分布

このように書くと「変位場」と呼ばれる理由もよくわかるように感じる. つまり変位, あるいは現在の位置は, ある基準時刻 t0 における物体の配置を定義域とする関数である. この例題だと定義域は {(X1, X2)|0 ≤ X1 ≤ 1, 0 ≤ X2 ≤ 1} である. またベクトル関数なので微分や積分が大変なように感じるが,成分で考えれば通常の関数なので独立変数である X1, X2 で微分するのも容易である. 質点の場合は定義域は点でありこのような広がりはない. また, 剛体の場合は定義域の広がりはあるが, 形を変えずに平行移動するか回転するだけなので,剛体とともに平行移動あるいは回転する座標系からみれば,変位は生じていない. このように変位が分布するというのが連続体の特徴である.

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34 第 4章 微小歪とGreen-Lagrange歪

4.3 物体の本質的な変形の尺度とは例えば薄板の端にモーメントをかけて巻き上げる現象では,全体としての変形は

大きいが, 微小な領域に着目すれば, 最初に正方形だった領域が若干扇形に変形しているだけで, 変位が大きくても壊れるわけではない.

M

図 4.7: 巻き上げの局所変形

領域が形状を変えずに平行移動する並進方向変位と,やはり形状を変えずに回転するときは, 変位は大きいが, 本質的には変形していない. そこで, 並進・回転に影響されない変形の尺度を導入する必要がある. これが, 歪である.

並進 回転

図 4.8: 並進と回転

材料力学で導入された歪は単位長さあたりののびである, という定義は並進変位の影響を受けないので妥当性があるが, 2 次元以上の場合や, 回転が含まれている場合は, この定義では意味がわからない. そこで, 並進や回転に影響されない量とはどういうものがあるか考えてみよう. ひとつの候補としては, 2 点間の距離がある.

微小なベクトル dX をとり, 2点を

X1 = X (4.18)

X2 = X + dX (4.19)

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4.3. 物体の本質的な変形の尺度とは 35

とすると, ぞれぞれの点の現在の位置は以下のように表すことができる.

x1 = X1 + u(X1) = X + u(X) (4.20)

x2 = X2 + u(X2) = X + dX + u(X + dX) (4.21)

≈ X + dX + u(X) +∂u

∂XjdXj (4.22)

変形後の微小ベクトル dx = x2 − x1は

dx = dX +∂u

∂XjdXj (4.23)

変形後の 2 点間の距離は

dx · dx = dxidxi (4.24)

=

(dXi +

∂ui

∂Xj

dXj

)(dXi +

∂ui

∂Xk

dXk

)(4.25)

= dXidXi +∂ui

∂Xj

dXjdXi +∂ui

∂Xk

dXkdXi +∂ui

∂Xj

∂ui

∂Xk

dXjdXk (4.26)

ここで, ∂ui

∂Xj

∂ui

∂Xkの項は 2次の微小量なので無視すると,

dx · dx ≈ dXidXi +∂ui

∂Xj

dXjdXi +∂ui

∂Xk

dXkdXi (4.27)

= dX · dX +

(∂ui

∂Xj+

∂uj

∂Xi

)dXidXj (4.28)

ここで微小歪テンソル εijを以下のように定義する.

εij =1

2

(∂ui

∂Xj+

∂uj

∂Xi

)(4.29)

この微小歪テンソルを用いると変形前後における 2点間の距離の差は以下のように表すことができる.

dx · dx − dX · dX = 2εijdXidXj (4.30)

注 4.1. 材料力学で出てきた歪と比較してみよう。引張り圧縮の場合の歪は、単位長さあたりの伸びなので、以下のように同じ結果になる。

u1 = aX1, u2 = 0

ε11 =12

(∂u1

∂X1+

∂u1

∂X1

)=

12

(a + a) = a

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36 第 4章 微小歪とGreen-Lagrange歪

せん断ひずみの場合は、注意が必要で

u1 = aX1, u2 = 0

ε12 =12

(∂u1

∂X2+

∂u3

∂X1

)=

12

(a) =a

2

と、半分になる。一般に連続体解析学では材料力学で出てきた γ を工学歪と呼ぶ。

γ = 2ε12 (4.31)

注 4.2. 1 次元で考えると, u を X で微分することは, 単位長さあたりの変位を求めていることなので, これまでの定義と整合性があることが確認できる. 例えば, 前述のせん断+圧縮の変形について, 微小歪を求めると変位が 1 次関数のときは歪は一定値を取ることがわかる. また, ε12 = ε21

である.

u1 = aX2 (4.32)u2 = −bX2 (4.33)

ε11 =12

(0 + 0) = 0 (4.34)

ε12 =12

(a + 0) =a

2(4.35)

ε21 =12

(0 + a) =a

2(4.36)

ε22 =12

(−b − b) = b (4.37)

また, 変位が 2 次関数であれば,

u1 = aX21 (4.38)

u2 = 0 (4.39)

ε11 =12

(2aX1 + 2aX1) = 2aX1 (4.40)

ε12 =12

(0 + 0) = 0 (4.41)

ε21 =12

(0 + 0) = 0 (4.42)

ε22 =12

(0 + 0) = 0 (4.43)

となる. こうすると, εij も「変位場」と同様に, ある基準時刻 t0 における物体の配置を定義域としX を独立変数とする関数であることがわかる. これを強調して, 「歪場」と呼ばれることもある.

さて, この εijは並進・回転に対して不変になっているか確認する必要がある. 並進については, u が位置 X によらず一定であるとき, つまり u1 = a1, u2 = a2 のときは, 当然ながら ∂ui

∂Xj= 0なので εij = 0であることが確認できる.

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4.3. 物体の本質的な変形の尺度とは 37

回転については少し注意を要する. X1, X2が θだけ剛体回転したとすると,{x1

x2

}=

[cos θ − sin θ

sin θ cos θ

]{X1

X2

}=

{X1 cos θ − X2 sin θ

X1 sin θ + X2 cos θ

}(4.44)

定義に基づいて変位を求めると ui = xi − Xi から{u1

u2

}=

{X1(cos θ − 1) − X2 sin θ

X1 sin θ + X2(cos θ − 1)

}(4.45)

やはり定義に基づいて微小歪を求めると

[ε] =

[cos θ − 1 0

0 cos θ − 1

](4.46)

純粋に回転だけの変形では, 2 点間の距離は変わらないので, 歪を生じないはずだが, 微小歪は回転しただけでも歪を生じてしまう. 詳しくは後述するが, 微小歪は,

あくまで微小変形のときだけ対応している. θ ≈ 0 なら cos θ ≈ 1 なので, 確かに以下のようになっている.

[ε] =

[cos θ − 1 0

0 cos θ − 1

]≈[0 0

0 0

](4.47)

では, 微小歪のときに想定している回転, いわば微小回転とはどんなものだろうか. いろいろな説明があるが,

変位 =角速度×微小ではないΔt (4.48)

と考えると本質的かつわかりやすいと思う. つまり円運動をしている点がある時刻における速度のまま移動すると, 円周上から外れるが, Δtが本当に微小だったら,

円周上にあるとしてもよいということである.

θ

n

XXx

uu

図 4.9: 微小回転

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38 第 4章 微小歪とGreen-Lagrange歪

θ が微小なときcos θ ≈ 1, sin θ ≈ θ (4.49)

と近似するが, これは X1 軸上の点についての微小回転を述べていると考える. X1

軸上以外の任意の (X1, X2)について対応した関係式に軸性ベクトルによる回転の式がある. 今円運動をしている平面に直交する単位ベクトルn を考えると, 以下のように表すことができる.

x = X + u = X + θn × X (4.50)

u = θn × X (4.51)

個別の成分で表すと,

u1 = θ(n2X3 − n3X2) (4.52)

u2 = θ(n3X1 − n1X3) (4.53)

u3 = θ(n1X2 − n2X1) (4.54)

これを用いて, 微小歪を計算すると

∂u1

∂X1= 0,

∂u1

∂X2= −n3,

∂u1

∂X3= n2 (4.55)

∂u2

∂X1= n3,

∂u2

∂X2= 0,

∂u2

∂X3= −n1 (4.56)

∂u3

∂X1= −n2,

∂u3

∂X2= n1,

∂u3

∂X3= 0 (4.57)

∂u1

∂X2= − ∂u2

∂X1,

∂u2

∂X3= − ∂u3

∂X2,

∂u3

∂X1= − ∂u1

∂X3(4.58)

以上よりεij = 0 (4.59)

となって, 確かに回転でも εij = 0になることが確認できた. しかしながら, これまで見てきたように目視で回転したことがわかるような変位であれば, εij = 0とはならないことに十分注意する必要がある.

4.4 歪の決定版Green-Lagrange歪それでは, 微小ではない回転角 θ でも εij = 0 になるような歪はどのようなもの

であろうか. もう一度歪の定義を見直してみよう. 最初から始めると, 微小なベク

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4.4. 歪の決定版Green-Lagrange歪 39

トル dX をとり, 2点を X1 = X , X2 = X + dX とすると, ぞれぞれの点の現在の位置は以下のように表すことができる.

x1 = X1 + u(X1) = X + u(X) (4.60)

x2 = X2 + u(X2) = X + dX + u(X + dX) (4.61)

≈ X + dX + u(X) +∂u

∂XjdXj (4.62)

変形後の微小ベクトル dx = x2 − x1は

dx = dX +∂u

∂Xj

dXj (4.63)

ここまでは微小歪と同じであるが, 変形後の 2 点間の距離を導く際に 2次の微小量なので無視した ∂ui

∂Xj

∂ui

∂Xkを復活させてみよう. すなわち

dx · dx = dxidxi (4.64)

=

(dXi +

∂ui

∂XjdXj

)(dXi +

∂ui

∂XkdXk

)(4.65)

= dXidXi +∂ui

∂XjdXjdXi +

∂ui

∂XkdXkdXi +

∂ui

∂Xj

∂ui

∂XkdXjdXk (4.66)

とする. このとき, 初心者には添字の計算がややこしいと思うが, 式 (4.66)の第2,3,4項をあわせて

dx · dx = dX · dX +

(∂ui

∂Xj

+∂uj

∂Xi

+∂uk

∂Xi

∂uk

∂Xj

)dXidXj (4.67)

微小歪テンソル εijに対応して Eij を以下のように定義する.

Eij =1

2

(∂ui

∂Xj+

∂uj

∂Xi+

∂uk

∂Xi

∂uk

∂Xj

)(4.68)

これを用いるとdx · dx − dX · dX = 2EijdXidXj (4.69)

その意味では微小歪は,

dx · dx − dX · dX ≈ 2εijdXidXj (4.70)

であることに注意しよう. 並進変位について Eij = 0 となることは, εij の場合と同じである. 問題となった回転について考えてみよう.

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40 第 4章 微小歪とGreen-Lagrange歪

{u1

u2

}=

{X1(cos θ − 1) − X2 sin θ

X1 sin θ + X2(cos θ − 1)

}(4.71)

だったので, 式 (4.68) にしたがって, Eij を計算してみる.

E11 =1

2

(∂u1

∂X1+

∂u1

∂X1+

∂uk

∂X1

∂uk

∂X1

)(4.72)

=1

2

(∂u1

∂X1

+∂u1

∂X1

+∂u1

∂X1

∂u1

∂X1

+∂u2

∂X1

∂u2

∂X1

+∂u3

∂X1

∂u3

∂X1

)(4.73)

=1

2

{(cos θ − 1) + (cos θ − 1) + (cos θ − 1)2 + sin2 θ + 0

}(4.74)

= 0 (4.75)

E22 =1

2

(∂u2

∂X2

+∂u2

∂X2

+∂uk

∂X2

∂uk

∂X2

)(4.76)

=1

2

(∂u2

∂X2+

∂u2

∂X2+

∂u1

∂X2

∂u1

∂X2+

∂u2

∂X2

∂u2

∂X2+

∂u3

∂X2

∂u3

∂X2

)(4.77)

=1

2

{(cos θ − 1) + (cos θ − 1) + (− sin θ)2 + (cos θ − 1)2 + 0

}(4.78)

= 0 (4.79)

E12 =1

2

(∂u1

∂X2+

∂u2

∂X1+

∂uk

∂X1

∂uk

∂X2

)(4.80)

=1

2

(∂u1

∂X2+

∂u2

∂X1+

∂u1

∂X1

∂u1

∂X2+

∂u2

∂X1

∂u2

∂X2+

∂u3

∂X1

∂u3

∂X2

)(4.81)

=1

2{− sin θ + sin θ + (cos θ − 1)(− sin θ) − sin θ(cos θ − 1) + 0} (4.82)

= 0 (4.83)

E21 = E12 である. このように 2 次の微小量を考慮すると,回転についても歪を生じなくなる. これを Green-Lagrange 歪という.

4.5 単純引張りと単純せん断代表的な変形モードである単純引張りと単純せん断を例にとり微小歪と Green-

Lagrange 歪を比べてみよう.

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4.5. 単純引張りと単純せん断 41

単純引張りとは, 言葉通りだと

u1 = aX1, u2 = 0, u3 = 0 (4.84)

という変形モードである. もしも本当にこのような変形が実現したとすると, 2 倍に引き伸ばしたときに, 体積も 2 倍になることを意味している. これは物体の質量が保存されるとすれば, 密度が半分になること, つまり, 鉄も 10 倍に引き伸ばすと水に浮くようになるという現実味のない変形を意味する. そこで軸方向に引張ると直交方向に縮むという効果を含めて

u1 = aX1, u2 = −νaX1, u3 = −νaX1 (4.85)

とするのが一般的である. ν は Poisson 比と呼ばれている. 定義に従って ε11, E11

を求めてみると

ε11 =1

2(a + a) = a (4.86)

E11 =1

2

(a + a + a2

)=

1

2

(2a + a2

)(4.87)

となる. 言い換えると, 1 辺が L の立方体を引張り 1 辺が l になったとする.

u = l − L とすると

ε11 =u

L(4.88)

E11 =1

2

(l2

L2− 1

)(4.89)

である. こちらのほうが直感的に理解しやすいかもしれない. 具体的な値で比較すると l = 1.01L のとき, E11 = 0.01005, ε11 = 0.01,である. l = 1.1L のとき,

E11 = 0.105, ε11 = 0.1である. l = 2L のとき, E11 = 1.5, ε11 = 1 となる. 変形が小さいうちは, ほとんど差がないが, 変形が大きくなると差が開くことがわかる. 2

倍に伸びるという変形は鉄ではありえないが,ゴムなら普通なので柔軟な物体が目に見えるほどの変形をするような問題を扱う際には注意が必要なことがわかる.

単純せん断変形は∂u1

∂X2= γ �= 0 (4.90)

かつ残りの成分がすべて 0の変形である. 変位であれば

u1 = γX2 (4.91)

で残りの成分がすべて 0 である. 正方形領域が単純せん断変形をした場合, 図のように平行四辺形になる. 単純せん断変形では体積変化はない. また ∂u1/∂X2 = γ

を歪をせん断歪という.

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42 第 4章 微小歪とGreen-Lagrange歪

X1

X2

図 4.10: 単純せん断

このとき微小歪は

ε =1

2

[0 γ

γ 0

](4.92)

であり, 感覚的に理解しやすいが, Green-Lagrange 歪はE22 �= 0である.

E =1

2(F T F − I) =

1

2

[0 γ

γ γ2

], (4.93)

4.6 Green-Lagrange 歪は剛体回転の影響を受けない最後に 1辺の長さが 1の正方形領域を X1 軸方向に a 倍に引き伸ばし θ 回転し

たときの Green-Lagrange 歪を求めてみよう.

X1

X2

1 aθ

図 4.11: 引張と剛体回転

引張りによって (X1, X2)が (x′1, x

′2)に移ったとすると{

x′1

x′2

}=

{(1 + a)X1

X2

}(4.94)

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4.6. Green-Lagrange 歪は剛体回転の影響を受けない 43

(x′1, x

′2)を θ回転した点を (x1, x2)とすると{

x1

x2

}=

[cos θ − sin θ

sin θ cos θ

]{x′

1

x′2

}=

{x′

1 cos θ − x′2 sin θ

x′1 sin θ + x′

2 cos θ

}=

{(1 + a)X1 cos θ − X2 sin θ

(1 + a)X1 sin θ + X2 cos θ

}(4.95)

定義に従って u1, u2 を求めると{u1

u2

}=

{X1((1 + a) cos θ − 1) − X2 sin θ

X1(1 + a) sin θ + X2(cos θ − 1)

}(4.96)

となる. やはり定義に従って Green-Lagrange 歪を求めると

E11 =1

2

(∂u1

∂X1+

∂u1

∂X1+

∂uk

∂X1

∂uk

∂X1

)(4.97)

=1

2

(∂u1

∂X1

+∂u1

∂X1

+∂u1

∂X1

∂u1

∂X1

+∂u2

∂X1

∂u2

∂X1

+∂u3

∂X1

∂u3

∂X1

)(4.98)

=1

2

{((1 + a) cos θ − 1) + ((1 + a) cos θ − 1) + ((1 + a) cos θ − 1)2 + (1 + a) sin2 θ + 0

}(4.99)

=1

2(2a + a2) (4.100)

E22 =1

2

(∂u2

∂X2

+∂u2

∂X2

+∂uk

∂X2

∂uk

∂X2

)(4.101)

=1

2

(∂u2

∂X2+

∂u2

∂X2+

∂u1

∂X2

∂u1

∂X2+

∂u2

∂X2

∂u2

∂X2+

∂u3

∂X2

∂u3

∂X2

)(4.102)

=1

2

{(cos θ − 1) + (cos θ − 1) + (− sin θ)2 + (cos θ − 1)2 + 0

}(4.103)

= 0 (4.104)

E12 =1

2

(∂u1

∂X2+

∂u2

∂X1+

∂uk

∂X1

∂uk

∂X2

)(4.105)

=1

2

(∂u1

∂X2+

∂u2

∂X1+

∂u1

∂X1

∂u1

∂X2+

∂u2

∂X1

∂u2

∂X2+

∂u3

∂X1

∂u3

∂X2

)(4.106)

=1

2{− sin θ + (1 + a) sin θ + ((1 + a) cos θ − 1)(− sin θ) + (1 + a) sin θ(cos θ − 1) + 0}

(4.107)

= 0 (4.108)

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44 第 4章 微小歪とGreen-Lagrange歪

となり, Green-Lagrange 歪は単純引張りの値と一致する. つまり, 剛体回転の影響を受けないことがわかる. 実はこれ以外の変形モードでも, Green-Lagrange 歪は剛体変形の影響を受けないことが証明できるのだが,証明にはテンソル解析の知識が必要になり本書の範囲を超えるので割愛する. 以下ではGreen-Lagrange 歪は剛体回転の影響を受けないとして議論を進める.

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45

第5章 どうして Green-Lagrange歪は剛体回転で不変なのか

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46

第6章 Cauchy応力

歪は物体の変形を正確に計測すれば観測できるものである. また, 物体に外部から与える表面力や重力や遠心力など物体の位置で決まる体積力は観測できるが,これらの外力に対して物体が変形した結果,物体内部に作用している力, 内力はいかなる手段でも観測することはできない. 丸棒の単純引張りなど均一な変形状態であれば, 応力は材料力学では単位面積当たりの力 σ と説明されることが多い. そのため応力はスカラー量, あるいは力なのでベクトル量であるというイメージを持っている人も少なくないと思うが, 3 次元的な変形をしている場合はこれから説明するように, 応力はスカラーでもベクトルでもなく,「法線ベクトルと応力ベクトルを結びつけるテンソル」である.

6.1 垂直応力とせん断応力は別物か?

一般的な材料力学の教科書では, 応力は単位面積当たりの力で, 垂直応力とせん断応力があり, それぞれ別の理論, すなわち, 垂直応力の場合は引張, 圧縮の軸力を受ける棒や梁の曲げ,せん断応力の場合は軸のねじりの理論において解説されている. そのため, 垂直応力と, せん断応力は別物という印象を持っている人も少なくないように思われるが, これについて少し考えてみよう.

図 6.1: 垂直応力, せん断応力

まず, どちらも物体内部に作用している力である. 垂直応力の場合は, 材料の引張り試験など軸力が作用している状態で,軸に垂直な断面で切断すると, 残りの部

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6.2. 変形した物体内部に作用する力–Cauchy 応力テンソル 47

分から加えられていた力は軸に平行である. つまり, 断面の法線方向に平行で均一に分布していると考えられるのであれば,力の合計を断面積で割ったもの, あるいは, 均一に分布していないのであれば, ある微小面積に作用している力を微小面積で割ったものとして定義される.

せん断応力は, はさみで裁断するなど, 材料の軸に対して垂直な荷重によって, 面をずらすような力が作用している状態において,垂直応力と同様に軸に垂直な断面で切断すると, 残りの部分から加えられていた力は断面に平行である. つまり, 断面の法線方向に対して垂直であり,やはり均一に分布していると考えられるのであれば, 力の合計を断面積で割ったもの, あるいは, 均一に分布していないのであれば, ある微小面積に作用している力を微小面積で割ったものとして定義される.

垂直応力もせん断応力も実際に切断するわけではないが,物体を切断すると仮定して話をしている. どちらの場合も切断すると当然ながら,切断面は表面になるわけで, 物体の内部の力を考えるときは, 内部の力を内部でなくて, 仮想的に表面になったらどうなるかを想定して議論を進めていることがわかる.

物体の内部の話だと良くわからない感じがするが,外部から作用させる力であれば話は簡単である. つまり, 垂直応力とせん断応力のように, 引張り圧縮などの垂直方向の力 (a) と摩擦力に代表される水平方向の力 (b) しか存在せず, これらは別物である, ということはなく, 任意の方向を向いた力が作用していることを想定することは自然である. つまり, 垂直応力と, せん断応力が独立に存在するのではなく, 断面の法線方向成分が垂直応力, 断面内成分がせん断応力であり, 一般的にはどちらも同時に存在しているのである.

(a) (b) (c)

図 6.2: 断面に作用する力

6.2 変形した物体内部に作用する力–Cauchy 応力テンソル

これを前提にして議論を進めよう. 質点や剛体の力学で取り扱う力は表面から与えられる力と,重力や遠心力など物体の内部に作用する力である. これらはすべ

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48 第 6章 Cauchy応力

て観測できる量である. しかし, 連続体解析学では物体が変形することを考慮し,

そのため物体が変形することにより生じる内部に作用する力を考慮するのだが,これは観測できない.

変形によって内部に作用する力といわれても,イメージがわかないので,力F で引張っているゴムひもを考えてみよう. これを真ん中で切断すれば元の長さに戻ってしまうが, もし切断面に切断前に作用していた力 Q を断面内での分布状態なども含めて正確に再現して作用させることができたなら,たとえ切断したとしても変形は生じないだろう.

ここで重要なのは, 与えるのはあくまで力であって, 変位を与えるわけではないということである. つまり, この力が変形している物体の内部に作用している力,

すなわち変形により生じる力である. そして, Newton の作用反作用の法則から,

切断面のある点においてはお互いにまったく逆向きの力が作用していることもわかる.

変形前

変形後

切断

F

F

−F

−F

Q

−Q

図 6.3: ゴムひもの切断

そこで, 物体内部に法線 n の仮想表面を考える. 法線 n の平面で物体を切断したと考えてもよいであろう. 一般には断面内で力の方向と大きさは分布するであろうから, 仮想表面上にとった微小な面素 ds に作用する力が dfn であるとする(図 6.2). dfn はn の関数なので厳密には df (n) と書くべきだが, 記述が煩雑になりすぎるので以後 dfnの形式で表す. このとき, 応力ベクトル tn は次のように定義される.

tn =dfn

ds(6.1)

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6.2. 変形した物体内部に作用する力–Cauchy 応力テンソル 49

現時刻 tl

m

n

ds

dfn

図 6.4: 法線と応力ベクトル

金属の丸棒の引張り実験の場合, 応力は, 単位面積あたりに作用する力と定義し,

断面内では力は分布しないと仮定して,変形後の細くなった断面積で与えている荷重を割ったものを真応力として求めている. 上記の定義はこれを断面内で力の大きさと方向が分布すると拡張したものと考えるとわかりやすいだろう.

ここで tn は n のとり方によって値が変わることに注意しよう. 表面に荷重が作用しているときは, 当然ながら表面には任意性は無いので問題にならないが,内部に仮想的に断面を考えるときは任意性があり,実際に断面が変われば応力ベクトルの値は変化する.

図のような x1 軸方向への単純引張りを考える. 引張りと直交するx2−x3 平面で切断した場合法線ベクトルは x1 軸の基底ベクトル e1, 応力ベクトルは t1 = F /A

である. これに対して引張りの方向を含む平面,例えば x1 − x2 平面で切断すれば,

法線は x3 軸の基底ベクトル e3 で, t3 = 0である. まとめると

断面法線 : n = e1 t1 = 1 · e1 + 0 · e2 + 0 · e3

断面法線 : n = e2 t2 = 0 · e1 + 0 · e2 + 0 · e3

断面法線 : n = e3 t3 = 0 · e1 + 0 · e2 + 0 · e3 (6.2)

x1

x2

x3

t1 = F /At3 = 0

断面積 A

F

n

n

図 6.5: 断面と応力ベクトル

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50 第 6章 Cauchy応力

そこで, 一般にn として基底ベクトル e1, e2, e3 をとったときの応力ベクトルを,

それぞれ t1, t2, t3 とする. そして t1, t2, t3 を基底で分解したときの成分を Tij であらわす.

t1 = T11e1 + T12e2 + T13e3 (6.3)

t2 = T21e1 + T22e2 + T23e3 (6.4)

t3 = T31e1 + T32e2 + T33e3 (6.5)

総和規約を使って表現するとti = Tijej (6.6)

この Tij の意味については後述するが, 言葉の定義として, T11, T22, T33 を垂直応力,

T12, T21, T23, T32, T31, T13 をせん断応力と呼ぶ.

注 6.1. �� 注 6.0 材料力学で学んだ垂直応力は, 軸に直交する断面, すなわち法線が軸に平行な断面でで切断したときの単位面積当たりの力なので, 式 (6.2) は感覚的にも理解できる. また、せん断応力は, 軸に平行な法線で切断したとき、法線方向の荷重が 0 で, 面内にのみに力が作用しているということで, 式にすれば以下のようになると考えられるが,第 2式は実は成立しない. この理由については後述する。

断面法線 : n = e1 t1 = 0 · e1 + 1 · e2 + 0 · e3

断面法線 : n = e2 t2 = 0 · e1 + 0 · e2 + 0 · e3 · · · ?断面法線 : n = e3 t3 = 0 · e1 + 0 · e2 + 0 · e3 · · · ? (6.7)

Tij にテンソルとしての基底 ei ⊗ ej をつけた

T = Tijei ⊗ ej (6.8)

を Cauchy 応力テンソルと呼ぶ. Cauchy 応力テンソルもテンソルなので座標変換ができる. また後述するCauchy の第 2 運動法則によって,対称テンソルであることが証明でき, したがって, 固有値はすべて実数である. この固有値のことを主応力, 対応した固有ベクトルのことを主応力方向と呼ぶ.

6.3 Cauchyの 4 面体と Cauchy 応力の物理的意味このように求めた応力テンソルは, 定義に座標系が使用されているので,ベクト

ルやテンソルは座標系に依存しない量という条件に反しているように思われるが,

これから説明する Cauchy の公式

tn = T T · n (6.9)

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6.3. Cauchyの 4 面体と Cauchy 応力の物理的意味 51

と同値である. すなわち式 (6.15) を応力の定義と考えたとき, ある基底で分解したT の成分は

ti = Tijej (6.10)

の関係式を満たすと考えたほうがすっきりする. 今回は式 (6.10) を定義として, 式(6.15) を導いてみよう.

以下のような微小 4 面体 (Cauchy の 4面体)が静止しているとして, 力の釣り合いを考える. 面ABCの重心の法線ベクトルを n として, 応力ベクトルを tn とする. 厳密に言うと tnは三角形ABCの内部で変化するが, 微小なので一定値をとるとする. すなわち面積をΔsとして,∫

ABC

tndS = tnΔs (6.11)

である. また, 平面の法線ベクトルを −e1,−e2,−e3 として三角形 ABC の重心を通るように切断した際に得られる応力ベクトルを −t1,−t2,−t3とする. やはり厳密に言うと異なるが微小なので, これらは三角形OCB, OAC, OBA の重心における応力ベクトルとみなすことができ, さらに三角形OCB, OAC, OBA の面積をΔs1, Δs2, Δs3とすると∫

OCB

t1dS = t1Δs1,

∫OAC

t2dS = t2Δs2,

∫OBA

t3dS = t3Δs3 (6.12)

x1

x2

x3

−t1

−t2 −t3

tn

ΔsΔs1

Δs2

Δs3A

BC

O

密度を ρ,体積をΔv,物体の加速度 a,作用している体積力を gとすると, Cauchy

の 4面体に作用する力のつりあいは以下のように表すことができる.

ρ(a − g)Δv = tnΔs − t1Δs1 − t2Δs2 − t3Δs3 (6.13)

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52 第 6章 Cauchy応力

ただし, この式は上述のように微小な場合のみ成立する. 厳密には, 4つの三角形の内部でそれぞれ応力ベクトルも分布し, 4 面体の内部では体積力や加速度が分布する. 全体を Δs で割ると, Δv/Δs → 0 である. 注 6.3 に示す計算により下式を示すことができる.

Δsi/Δs = ni (6.14)

以上より, n = niei から

tn = t1Δs1

Δs+ t2

Δs2

Δs+ t3

Δs3

Δs

= tini

= Tijejni

= Tij(ej ⊗ ei)nkek

= T T · n (6.15)

これを Cauchy の公式と呼ぶ. これは, T T が任意の n をその面に作用する応力ベクトル tn に変換することを示している. これをCauchy 応力の定義とする教科書もある.

注 6.2. 式 (6.15) を導くときには, (ei ⊗ ej) · ek = δjkei を利用して、

tn = tini

= Tijejni

= Tijejδiknk

= Tij(ej ⊗ ei)nkek

= T T · n

注 6.3. A, B, C のそれぞれの座標を {a, 0, 0}, {0, b, 0}, {0, 0, c}とする.また記述の簡略化のために

−→CA = a,

−−→CB = bとする.nは,a, bの外積を正規化して得られる.即ち,

a × b =

⎧⎨⎩a0−c

⎫⎬⎭×

⎧⎨⎩0b−c

⎫⎬⎭ =

⎧⎨⎩bccaab

⎫⎬⎭ , n =1√

b2c2 + c2a2 + a2b2

⎧⎨⎩bccaab

⎫⎬⎭ (6.16)

側面の面積はΔs1 = 12bc, Δs2 = 1

2ca, Δs3 = 12ab , また斜面の面積はΔs = 1

2 |a × b| なので,

Δs =12

√b2c2 + c2a2 + a2b2 (6.17)

これより,

n1 =Δs1

Δs, n2 =

Δs2

Δs, n3 =

Δs3

Δs(6.18)

が得られる.

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6.4. テンソル表示の応力 53

なお, 念のため, |n|は a, bを 2辺とする平行四辺形の面積ΔS(= 2Δsになることを示しておこう. a, b のなす角を θ とすると, 平行四辺形の底辺は |a| 高さは |b| sin θ なので

ΔS = |a| |b| sin θ = |a| |b|√

1 − cos2 θ (6.19)

= |a| |b|

√1 −

{a · b|a| |b|

}2

=√|a|2 |b|2 − (a · b)2 (6.20)

=√

(a2 + c2)(b2 + c2) − c4 =√

a2b2 + c2a2 + b2c2 (6.21)

6.4 テンソル表示の応力一部の連続体力学の教科書(流体, 固体とも)応力を以下のようにマトリックス

表示して応力テンソルと記述している場合がある. これと基底付きでテンソル表記したときの差はどこにあるのか考えてみよう.⎡⎢⎣T11 T12 T13

T21 T22 T23

T31 T32 T33

⎤⎥⎦ (6.22)

すべての定式化を通じて, 空間固定の直交デカルト座標系しか使わない,と約束すれば基底 ei ⊗ ej は応力, ひずみ, また, それらの速度などすべてのテンソルで共通なので, いちいち記述するのが面倒だから省略したと考えるのが妥当だと思われる.

もし場合に応じていろいろ座標系を取り直したほうがよいと思ったら基底を含めて記述する必要がある. 例えば主応力を T1, T2, T3, 固有ベクトルを ei とすると,⎡⎢⎣T11 T12 T13

T21 T22 T23

T31 T32 T33

⎤⎥⎦ =

⎡⎢⎣T1 0 0

0 T2 0

0 0 T3

⎤⎥⎦ (6.23)

という数式は, 数学的に明らかに誤りであるが, 基底をつけて書くと問題なく記述できる

Tijei ⊗ ej = Tiei ⊗ ei (6.24)

= T1e1 ⊗ e1 + T2e2 ⊗ e2 + T3e3 ⊗ e3 (6.25)

さらに応力や, ひずみをベクトル表示している教科書もある.⎧⎪⎨⎪⎩T11

T22

T12

⎫⎪⎬⎪⎭⎧⎪⎨⎪⎩

εx

εy

γxy

⎫⎪⎬⎪⎭ =

⎧⎪⎨⎪⎩ε11

ε22

2ε12

⎫⎪⎬⎪⎭ (6.26)

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54 第 6章 Cauchy応力

これらはベクトル表示されているが,もちろん物理的な意味のある有向線分のベクトルではない. 特に {εx, εy, γxy} は工学ひずみと呼ばれていて, よく用いられる.

実際本書でも後述するように有限要素法の剛性方程式を導くときにはベクトル表示を用いている. これは本来はテンソルである応力やひずみを計算負荷を低減できるようにベクトル表示したものである. もともとのテンソルの応力や歪を理解した上でベクトル表示を使うのは便利であるが, 知らずに使うと, 物理的, 数学的な意味が全くわからなくなってしまうので, 注意を要する.

6.5 主応力と, ミーゼス相当応力これまで見てきたように, 応力はテンソルで成分表示したら 9 成分もあり可視

化して「ここの応力が高い」などと評価するのは困難である.

そもそもコンター図(等高線図)で可視化しようと思ったら, スカラー量でないと無理である. そこで登場するのがミーゼス相当応力である.

これは下式で定義されるスカラー量で,金属材料などが単軸で降伏する時の応力を σy として, 3次元的に変形している場合, ミーゼス相当応力が σy を超えたら降伏する. という条件判定などに使うもの.

σ =

(3

2σ′

ijσ′ij

) 12

(6.27)

ここで, σ′ij は偏差応力とよばれ

σ′ij = σij −

1

3σkkδij (6.28)

= σij −1

3(σ11 + σ22 + σ33)δij (6.29)

したがって, 構造物が塑性変形によって壊れるという場合は適切な指標といえるが, 亀裂進展によって破壊するときは, あまり適していない. その場合には, 主応力方向をベクトルで可視化するなどの方法が望ましい.