4.短波長光源の駆動に最適化された 高輝度・高平均出力...

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4.1 はじめに 従来は大型のシンクロトロン施設を利用するか,あるい は出力の低い希ガスランプなどの光源しかなかった EUV (Extreme Ultraviolet)領域での高出力光源として,100 W レベルのプラズマ光源が半導体リソグラフィーでの利用を 目標として2000年頃より研究開発が行われ最近の10年で著 しく進展を遂げている.この研究開発については既に昨年 本誌に最近の動向が報告されている[1,2].そのためレー ザープラズマを利用する EUV リソグラフィー光源の詳細 についてはこの報告では概要を述べるに留めるが,ター ゲットの初期化として錫液滴マイクロドロプレットをクラ スターに一様分散させるためにピコ秒レーザーアブレー ションに伴う衝撃波が利用されている.またプラズマへの エネルギー注入にはナノ秒炭酸ガスレーザーパルスが使わ れている.プラズマ生成は 100 kHz 以上の高繰り返しであ り,そのためにピコ秒固体レーザー,ナノ秒炭酸ガスレー ザー共にこの繰り返しで動作して,更に要求されるレー ザー光の性能を満足し,かつ装置サイズ,効率など光源全 体への負担を極力抑えることが必要である. ターゲットとしての 10 μm 径錫ドロプレットは液体ノズ ルから 100 m/s 程度の高速で射出され,プラズマによる損 傷を防止するために周囲の構造物から数十 cm 離れた位置 で時間,空間的に高精度に制御されている.このドロプ レット発生機にも高度な技術が必要であるが,マイクロド ロプレットへのレーザー照射も時間的空間的な同期が必要 で,特にピコ秒レーザーの照射位置安定度はパルスエネル ギーが mJ 以上で数 μmが要求される.よく知られているよ うに,ロッド型に代表される固体レーザー媒質はある程度 の励起エネルギーを超えると光ビームの伝搬の際に媒質の 発熱に伴う揺らぎが大きくなり(熱複屈折など),これに よりビーム品質が劣化して集光性能が低下する.この課題 に対処するために本質的には効率的な冷却を実現すること を主眼として,従来から欧州を中心にファイバー,薄型ス ラブ,ディスクレーザーが研究されてきている.最近では 加工分野での連続光源としてファイバー,ディスクレー ザーが連続 10 kW 以上の出力でかつ高ビーム品質を実現し て普及し始めているが,パルス動作では端面の光損傷の制 約を理由に大きな断面積の利用できるディスクレーザーの 研究開発が盛んになってきている.欧州で進展している大 型レーザー施設の建設でも繰り返しの高いフェムト秒,ア ト秒の超短パルスレーザーの励起光源としてディスクレー ザーが選定され,現在では各種のパルスレーザー装置の研 究開発が進んでいる.この励起レーザーの仕様は EUV 光 源でのマイクロドロプレットへのプレパルスに必要なもの と同等であり,この技術開発を有効に利用できれば EUV 光源装置のエンジニアリングにとって有用である. 一方のエネルギー注入を担う炭酸ガスレーザーでは,増 幅器として従来から連続動作で 10 kW 級の出力で熱加工に 小特集 高強度・高出力レーザーの物理的・技術的展開と,プラズマ・核融合研究開発 4.短波長光源の駆動に最適化された 高輝度・高平均出力レーザー技術の研究開発動向 4. High Brightness and High Average Power Laser Research with Optimization for Short Wavelength Light Sources 遠藤 1),2) ,溝 口 3) ENDO Akira and MIZOGUCHI Hakaru 1) チェコ科学アカデミー HiLase プロジェクト, 2) 早稲田大学理工学術院, 3) ギガフォトン株式会社 (原稿受付:2014年3月10日) レーザー生成プラズマを利用した EUV リソグラフィ光源では,基本要素の一つとしてピコ秒固体レーザー が使われている.このピコ秒レーザーは,10ミクロンサイズの錫ドロプレットをナノ秒パルス炭酸ガスレーザー 光の吸収の最適化のために均一にクラスターに分散する役割を担っている.レーザーの性能としては繰り返しが 100 kHz 以上のピコ秒パルスを 100 W 以上の高平均出力で,かつ数 μ メーターの空間安定性を保証するとともに 10ミクロンドロプレットへの集光が可能なビーム品質が求められている.このような性能を満たす固体レーザー の実現には最新の固体レーザー技術を採用して,かつ十分な最適化を行うことが必要であり,現在チェコ共和国 で進展しているレーザー研究プロジェクト"HiLase"でのディスクレーザーによる実施例を中心に紹介する. 10 kW 級 100 kHz 繰り返しナノ秒炭酸ガスレーザーについては研究開発の経緯と実施例について概要を紹介する. Keywords: EUV plasma, lithography, thin disc, picosecond solid state laser, HiLase Corresponding author’s e-mail: [email protected] J.PlasmaFusionRes.Vol.90,No.8(2014)456‐461 !2014 The Japan Society of Plasma Science and Nuclear Fusion Research 456

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Page 1: 4.短波長光源の駆動に最適化された 高輝度・高平均出力 ......の大型施設建設や,Trumpf,IPGなどのレーザー光源メー カーの世界市場での優位には瞠目すべきものがある.

4.1 はじめに従来は大型のシンクロトロン施設を利用するか,あるい

は出力の低い希ガスランプなどの光源しかなかったEUV

(Extreme Ultraviolet)領域での高出力光源として,100 W

レベルのプラズマ光源が半導体リソグラフィーでの利用を

目標として2000年頃より研究開発が行われ最近の10年で著

しく進展を遂げている.この研究開発については既に昨年

本誌に最近の動向が報告されている[1,2].そのためレー

ザープラズマを利用するEUVリソグラフィー光源の詳細

についてはこの報告では概要を述べるに留めるが,ター

ゲットの初期化として錫液滴マイクロドロプレットをクラ

スターに一様分散させるためにピコ秒レーザーアブレー

ションに伴う衝撃波が利用されている.またプラズマへの

エネルギー注入にはナノ秒炭酸ガスレーザーパルスが使わ

れている.プラズマ生成は 100 kHz 以上の高繰り返しであ

り,そのためにピコ秒固体レーザー,ナノ秒炭酸ガスレー

ザー共にこの繰り返しで動作して,更に要求されるレー

ザー光の性能を満足し,かつ装置サイズ,効率など光源全

体への負担を極力抑えることが必要である.

ターゲットとしての10 μm径錫ドロプレットは液体ノズルから 100 m/s 程度の高速で射出され,プラズマによる損

傷を防止するために周囲の構造物から数十 cm離れた位置

で時間,空間的に高精度に制御されている.このドロプ

レット発生機にも高度な技術が必要であるが,マイクロド

ロプレットへのレーザー照射も時間的空間的な同期が必要

で,特にピコ秒レーザーの照射位置安定度はパルスエネル

ギーがmJ以上で数μmが要求される.よく知られているように,ロッド型に代表される固体レーザー媒質はある程度

の励起エネルギーを超えると光ビームの伝搬の際に媒質の

発熱に伴う揺らぎが大きくなり(熱複屈折など),これに

よりビーム品質が劣化して集光性能が低下する.この課題

に対処するために本質的には効率的な冷却を実現すること

を主眼として,従来から欧州を中心にファイバー,薄型ス

ラブ,ディスクレーザーが研究されてきている.最近では

加工分野での連続光源としてファイバー,ディスクレー

ザーが連続10 kW以上の出力でかつ高ビーム品質を実現し

て普及し始めているが,パルス動作では端面の光損傷の制

約を理由に大きな断面積の利用できるディスクレーザーの

研究開発が盛んになってきている.欧州で進展している大

型レーザー施設の建設でも繰り返しの高いフェムト秒,ア

ト秒の超短パルスレーザーの励起光源としてディスクレー

ザーが選定され,現在では各種のパルスレーザー装置の研

究開発が進んでいる.この励起レーザーの仕様はEUV光

源でのマイクロドロプレットへのプレパルスに必要なもの

と同等であり,この技術開発を有効に利用できればEUV

光源装置のエンジニアリングにとって有用である.

一方のエネルギー注入を担う炭酸ガスレーザーでは,増

幅器として従来から連続動作で10 kW級の出力で熱加工に

小特集 高強度・高出力レーザーの物理的・技術的展開と,プラズマ・核融合研究開発

4.短波長光源の駆動に最適化された高輝度・高平均出力レーザー技術の研究開発動向

4. High Brightness and High Average Power Laser Researchwith Optimization for Short Wavelength Light Sources

遠藤 彰1),2),溝口 計3)

ENDO Akira and MIZOGUCHI Hakaru1)チェコ科学アカデミーHiLase プロジェクト,2)早稲田大学理工学術院,3)ギガフォトン株式会社

(原稿受付:2014年3月10日)

レーザー生成プラズマを利用したEUVリソグラフィ光源では,基本要素の一つとしてピコ秒固体レーザーが使われている.このピコ秒レーザーは,10ミクロンサイズの錫ドロプレットをナノ秒パルス炭酸ガスレーザー光の吸収の最適化のために均一にクラスターに分散する役割を担っている.レーザーの性能としては繰り返しが100 kHz 以上のピコ秒パルスを 100 W以上の高平均出力で,かつ数 μメーターの空間安定性を保証するとともに10ミクロンドロプレットへの集光が可能なビーム品質が求められている.このような性能を満たす固体レーザーの実現には最新の固体レーザー技術を採用して,かつ十分な最適化を行うことが必要であり,現在チェコ共和国

で進展しているレーザー研究プロジェクト"HiLase"でのディスクレーザーによる実施例を中心に紹介する.

10 kW級 100 kHz繰り返しナノ秒炭酸ガスレーザーについては研究開発の経緯と実施例について概要を紹介する.

Keywords:EUV plasma, lithography, thin disc, picosecond solid state laser, HiLase

Corresponding author’s e-mail: [email protected]

J. Plasma Fusion Res. Vol.90, No.8 (2014)456‐461

�2014 The Japan Society of PlasmaScience and Nuclear Fusion Research

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使われているマイクロ波励起低気圧装置をパルス増幅器と

して利用することで10ナノ秒程度の連続パルスを発生でき

る.波長が固体レーザーの10倍長いので,集光サイズを分

散後のドロプレットの広がりに対応する 100 μm程度に制御することが必要であるが,レーザー媒質密度が低いので

熱揺らぎの影響が少なく,必要な実効的ビーム品質M2<2

の実現には軽微な影響しかない利点がある.

本章では4.2でピコ秒固体レーザーの欧州を中心とする

最近の研究状況の一部を概観し,著者の一人(遠藤)が参

加しているチェコ共和国でのHiLaseプロジェクトでのYb:

YAGディスクを増幅器とする 100 W,100 kHz のピコ秒

レーザー光源の研究の現状と将来展望について述べる.パ

ルス炭酸ガスレーザーについては4.3でギガフォトン社で

の研究開発の経緯と最近の関連論文などを中心にこのレー

ザーの特徴について報告する.

4.2 ピコ秒 thin disc レーザー4.2.1 HiLase プロジェクトとピコ秒ディスクレーザー

レーザー科学技術の研究分野では1990年代より欧州の指

導的な役割に注目が集まっている.特に近年ではELI(Ex-

treme Light Infrastructure)に代表される基礎科学研究で

の大型施設建設や,Trumpf,IPG などのレーザー光源メー

カーの世界市場での優位には瞠目すべきものがある.

「レーザー研究」誌では2014年2月特集号「欧州における超

高出カレーザー開発の最前線」でいくつかの代表的なプロ

ジェクトの紹介が行われ,HiLaseプロジェクトについても

リーダーのモチェック(Mocek)氏より「HiLASE: Devel-

opment of Fully Diode-Pumped, kW-Class Pulsed Lasers for

High-Tech Applications」との解説が掲載されている

[3].またその中のピコ秒ディスクレーザーについてはや

はり「レーザー研究」誌の2013年9月特集号「産業用固体

レーザーおよびファイバレーザーの新展開」で三浦泰祐氏

より「高エネルギー・高平均出力超短パルスディスクレー

ザーの開発」との解説が紹介されている[4].したがって本

章ではHiLase プロジェクトやピコ秒ディスクレーザーに

ついては重複を避けて,EUV光源でのプレパルスとして重

要な100 kHzピコ秒ディスクレーザーの進展とその光源の

将来展望,特にELI プロジェクトで期待されているOP-

CPAの励起光源としての展開,および中赤外光源の励起と

その将来の利用展望などについて紹介する.

4.2.2 ピコ秒 thin disc レーザーと評価技術

HiLase プロジェクトではディスクレーザーを再生増幅

器,マルチパス増幅器として繰り返しはkHz級でパルスエ

ネルギーが500 mJ以上のタイプと,100 kHzで5 mJ以上の

パルス幅 1 ps,ビーム品質M2<2 のディスクレーザー装置

の研究開発を進めている.前者は希ガスをターゲットとす

る短波長光源の駆動を主な利用分野として想定している

が,後者はまず高出力EUV光源でのプレパルス光源とし

て,更にドットターゲットによるマイクロプラズマ光源や

OPCPA励起への応用,更に10 W以上の中赤外光源への応

用を想定している.

ディスクレーザーの要であるディスクはその創始者であ

るStuttgart 大学のGiesen教授の始めたベンチャーである

Dausinger-Giesen(DG)社と,最近では Stuttgart 大学

の研究所 IFSW(Institute fürStrahlwerkzeuge)より入手

できる.これらは銅タングステンを基板としてYb:YAG

を接着した構造となっている(図1).一方で米国の光学

部品メーカーからはダイアモンドを基板としてYb:YAG

を接着したものが入手できる(図2).ディスクではレー

ザー媒質の厚みを極限まで薄くして水冷熱伝導により温度

上昇を低減することが設計上最も重要であるが,それでも

ある程度の温度上昇とそれによる媒質の変形の課題が残っ

ている.

レーザー動作の際にこの熱変形により共振器の条件が変

動して出力の減少やビームモードの劣化が発生するので,

それぞれのディスクの励起パワーに応じた表面の変形をあ

らかじめ測定してそれに対応した再生増幅器の構成を設計

しておくことが必要である.そのためにHiLaseプロジェク

トでは有限要素法によるモデル化と同時に実験的にディス

クの表面温度の測定,ディスクの表面形状の測定を行い,

それぞれのディスクを評価している.図3はレーザー発振

状態でのDG製ディスク(DG),ダイアモンド基盤の結晶

(D Crystal),セラミック(D Ceramic)それぞれのディス

クの表面温度の測定結果を示す.銅タングステン基盤に比

べダイアモンド基盤が熱伝導に優れ表面温度の上昇が軽微

であることを示している.Hartmann Shack 波面測定器は

ビームの波面の測定に有用であり,プローブビームをレー

ザー発振中のディスクに照射してその反射ビームの波面を

測定することでディスクの変形と実効的な焦点距離の評価

も行っている.図4には波面測定器のセットアップを示

す.レーザー光学系と干渉しないように波面測定光学系は

垂直方向に配置されている.図5(a)は冷却水を停止して

図1 銅タングステン基板のディスク構成図.

図2 ダイアモンド基板のディスク構成図.

Special Topic Article 4. High Brightness and High Average Power Laser Research with Optimization for Short Wavelength Light Sources A. EndoandH.Mizoguchi

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いる際のほぼ平坦なディスク形状を,図5(b)は冷却水を

供給している際の水圧によりディスクが外側に変形してい

る形状が測定されている様子を示している.いずれの場合

も励起レーザーパワーは 0.1 Wで,最大変位は(b)図の場

合,20 nmになる.次の図6はレーザー発振中の焦点距離

の測定結果で,DGディスクの場合は励起パワーに正比例

して伸びるのに対して,ダイアモンド基盤のセラミック

ディスクの場合には焦点距離が減少するが一定の励起パ

ワー以上では一定値になることを示している.レーザー発

振のビームパターンの測定結果でもダイアモンド基盤の場

合が最も変形の少ない結果となり,このディスクの有望な

ことが確認されている.

4.2.3 再生増幅器による 100 kHz,1 ps,1 mJ レーザー

HiLaseプロジェクトの開始は2012年であるが,実験装置

の組み立てはその秋より開始している.ディスクとしては

DG社の連続出力が 200 Wクラスのものを導入し,励起ダ

イオードの波長は標準の 940 nmで実施している.レー

ザーシステムの発振器としてはモード同期ファイバレー

ザー(50 MHz,40 nJ,5 ps)を用いて調整を行ってき

た.このレーザー装置では全体をコンパクトとすることを

目標としていて,そのために通常はスペースを占めるパル

ス伸長,圧縮器にCVBG(Chirped Volume Bragg Grating)

を採用している.励起ダイオードの波長はより量子効率の

高いzero phonon lineの 969 nmでも試みている.図7は再

生増幅器としての構成を,また図8は実際の構成イメージ

を示している.2014年の初頭には圧縮前の測定で100 kHz,

85 Wの性能を得ることができ,また 969 nmでの励起で焦

点距離の変位が少ない点も確認している.パルスエネル

ギー安定度,集光点位置安定度なども測定されいずれも要

求レベルを満たしていることが確認されている.この段階

図3 レーザー発振時の各ディスクの表面温度の励起パワー依存性. 図5(a) 冷却水停止時の平坦なディスク表面.

図4 ディスク表面形状の熱変形の測定セットアップ.

図5(b) 冷却水動作時の水圧でのディスク変形.

図6 レーザー発振時の各ディスクの焦点距離の励起パワー依存性,H,Vはそれぞれ水平,垂直成分を示す.

図7 100 kHzピコ秒再生増幅器の構成.

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.8 August 2014

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でHVM(High Volume Manufacturing:大量生産)EUV

光源でのプレパルスレーザーとしての基本性能はほぼ達成

されているが,今後は装置組み込みでの対環境性などの実

用化に対応したエンジニアリングが課題である.

HiLase プロジェクトでは新規実験建屋の建設を進めて

きたが,2014年5月の移転後はスペースの制約がなくなり

高出力レーザーダイオードでの励起により100 kHz,5 mJ,

1 ps をめざした研究開発を予定している.そのために既に

5 kWの励起ダイオードとこれに対応したディスクを準備

している.この際の研究課題としてはコンパクト性と高平

均出力の両立であり,各光学コンポーネントが熱負荷の増

加下で安定動作がどこまで可能か,を確認しながら進める

予定である.コンパクト性を犠牲にして主増幅段のマルチ

パス化,直接増幅の可能なロングパルス化,ASEの影響を

低減できるMHz繰り返しによりCW増幅に近い条件では

既に高ビーム品質でkWの出力が最近実証されているので

[5],今後はパルスエネルギーが 10 mJ 以上で繰り返しも

100 kHz 以上での安定動作が近い将来の研究開発課題とし

て浮上してくるものと予想されている.

4.2.4 100 kHz,ps レーザーによるOPA励起

プラズマによりよく制御された粒子加速などの実験には

通常のフェムト秒レーザーの圧縮パルスに伴うペデスタル

を避ける手法が必要で,以前は増幅されたパルスを可飽和

吸収体にうまく通すことでそれなりのコントラスト比を得

ていたが,最近では,途中の増幅過程で光パラメトリック

増幅を採用することで,励起光が存在しない時間における

利得をなくすことによる,余計なパルス列成分の増幅抑制

や,CPAを2段にして段間に可飽和吸収体を挿入して,十

分大きなエネルギーを高いコントラスト比で実現するよう

な手法がとられるようになっている.そのためにレーザー

装置の構成としてOPCPA(光パラメトリックチャープパ

ルス増幅)を使ったり,CPAを2段化してコントラストを

高めることが基本となっている.アト秒領域のレーザーパ

ルスを分光実験に使う場合にはデータ集積の要請から高繰

り返しが要求される.アト秒に特化しているハンガリーの

ELI ビームラインの計画ではALPS-HR として 7 fs,

100 kHz,平均出力 100 Wが予定されている[6].このOP-

CPAの励起には平均出力が kW級のディスクピコ秒レー

ザーが必要と考えられていて,現時点での進展を見ながら

近い将来には実際に使われることも想定されている.

一方でピコ秒の中赤外光源のパワー増加も各種の潜在的

応用の面から魅力的な研究課題であり,現在 100 Wのピコ

秒ディスクレーザーの励起で 10 W以上の出力を目標とし

て研究開発を進めている.図9はその基本構成を示してい

るが,非線形結晶の長時間にわたる使用による劣化など検

証するべき課題が多い.波長領域は 1.5 μm-3.5 μmで平均出力 10 Wのコンパクトな光源を実証する点にある.この

波長にはセンシングからバイオ,医療への応用,更にポリ

マーの微細加工などの有用な利用があるが,従来の製品で

は平均出力が 1W以下でビーム品質も良好とはいえず,さ

らに結晶の寿命の問題もある.今回の実験ではこれらの課

題の解決を目標としていて,事前の技術検討では 100 W

励起による結晶の熱挙動や損傷閾値を考慮したビームパス

の設計,更にウォーキングオフに対応した構成を考慮し

た.実験では既に 10 mm長非線形結晶KTPおよび 3 mm

長周期的分極反転ニオブ酸リチウムPPLNを使用したOPG

(光パラメトリック発振器)による中赤外発生を試み技術

評価の妥当性を確認している[7].これ以降はOPA(光パ

ラメトリック増幅器)によりフルパワーでの実験で長時間

の熱影響の検証に進み,最適な装置構成を確立すことにし

ている.

4.3 ナノ秒炭酸ガスレーザーEUV光源へのエネルギー注入を担うのはパルス炭酸ガ

スレーザーで,機械加工に幅広く使われている連続動作炭

酸ガスレーザーを増幅器としてナノ秒パルスの増幅に用い

ることで大出力のパルスレーザー出力を取り出している

[8].EUV光源の出力として現在では最終的に kWとの要

求があるので,それに必要な投入エネルギーは 100 kW級

となり,現状では固体レーザーではまだ及ばない.また

EUVプラズマの物理の面からも長波長の炭酸ガスレー

ザーが選定されている.現時点でのHVMEUV光源の出力

は 13.5 nmで既に長時間動作で 100 Wに迫っているが,そ

れでも半導体リソグラフィーの要求するレベルにはさらに

格段の努力が必要とされている.1 kW EUV光源の構成に

ついてはすでに検討されているが,その中で注意すべきは

プラズマからのEUV光の伝送効率次第では実際 100 kW

の出力が繰り返し100 kHzの性能で要求される可能性が排

除できない点にある[9].

4.3.1 ナノ秒炭酸ガスレーザーの 100 kHz 動作

パルス炭酸ガスレーザー(6 kW,100 kHz)で回転円盤

錫ターゲットを照射して60 W相当のEUV光の発生が確認

され,これによりプラズマEUV光源の基本方式が定まっ

図8 100 kHzピコ秒再生増幅器のイメージ.

図9 100 kHz,100 Wピコ秒レーザー励起による中赤外光発生装置.

Special Topic Article 4. High Brightness and High Average Power Laser Research with Optimization for Short Wavelength Light Sources A. EndoandH.Mizoguchi

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たのは2005年末のことである.この際の炭酸ガスレーザー

では発振器には 100 W導波路型炭酸ガスレーザーのQス

イッチ短パルス光源が用いられ,増幅器にはTrumpf 社の

高速軸流型の連続出力 5 kWタイプを4台使用していた.

合計の連続出力に比べてパルスでの出力は低く,工学的に

はより大きな効率での取り出しを実現してEUV光源の総

合効率を高くする必要があった.炭酸ガスレーザーでのパ

ルス増幅は1970年代にレーザー核融合ドライバー研究の一

環として大気圧増幅器を対象に各種の研究が行われてい

る.この中で多くの基礎過程が明らかになり,そのデータ

を検討することで増幅の効率化の指針を得ることができ

た.EUV光源に利用するには100 kHzでの繰り返しで動作

させる必要があり,それにはパルスパワー型ではないマイ

クロ波励起型の低圧気体媒質を使うことになる.その場合

レーザー準位間のエネルギー緩和がより低速になり,10ナ

ノ秒のパルス増幅でも複数のレーザー波長での同時増幅で

効率的な増幅が得られることが数値計算モデルで指摘され

た.その実証にはまず固体レーザーの波長変換で 10 μm波長域での広帯域シード光による増幅で実験が行われ,モ

デルの妥当性の検証がされた.しかし工学的にはシード光

の生成を非線形過程であるOPA+DFGに頼る事は増幅シ

ステムの安定性にとり不利である.これへの対応として近

年目覚ましい進展を見せている遠赤外半導体レーザーであ

る量子カスケードレーザー(QCL)を活用することで工学

的に安定な複数レーザー波長のシーダーを実現できる.こ

れについてはギガフォトン社のNowak 研究員を中心とす

る研究が報告されている[10].図10は 100 W導波路型RF

励起炭酸ガスレーザーへの4波長の注入同期のシステム図

である.

4.3.2 炭酸ガスレーザー前置増幅器の小型化

次の課題として指摘されていたのは発振器からのビーム

径がミリメーター程度のナノ秒ビームを口径1インチ程度

の増幅器の飽和フルーエンスまで効率的に増幅することで

ある.固体レーザーではこれに相当するのがドイツのアー

ヘンのフラウンホーファー研究所で研究の進められた In-

noSlab と言われる薄スラブレーザーである.ファイバレー

ザーからのマイクロジュール級のパルスを常に飽和フルー

エンスでの増幅として取り出し効率を上げることを目的

に,ビーム面積を連続的に増加することで効率的な増幅を

実証している.連続出力炭酸ガスレーザーでも装置の小型

化を目的としていくつかのスラブ型レーザーの研究開発が

進められ,製品レベルでも連続マルチモードで 8 kWの製

品が市販されている.工学的な利点としては伝導冷却方式

のためにガス媒質の循環冷却が不要で軸流型のような大型

のポンプを使用せず,そのためにフロア面積が小さいこと

であるが,レーザー装置上は上記の特徴であるビーム面積

を飽和フルーエンスに合わせて連続的に増加させる点が容

易である.これについてもギガフォトンのNowak 研究員

のグループで研究が進展している.最近の報告では 8 kW

連続出力のスラブレーザーを使い,15 ns,100 kHz,連続

100 W(パルスエネルギー 1 mJ)入力をマルチパス増幅し

てペデスタルを抑えて 2 kW(20 mJ)の出力を得ている

[11].同じ光学系でのシングルモード連続光増幅に対して

60%の取り出し効率となり,さらに2波長での同時増幅で

10%の増加となった.今後はシード光を4波長として更な

る効率の上昇を図る予定である.

4.3.3 炭酸ガスレーザー主増幅器の最適化

エネルギーを取り出す段階である主増幅器での課題とし

て指摘されていたのは,高速軸流型構造によるビーム断面

積の制約により,ダイアモンド窓の熱負荷とパルスエネル

ギーの制約がある.これへの対応としては大面積が可能な

3軸直交型炭酸ガスレーザーをマルチパス増幅器として使

うアイディアが提案され,三菱電機とギガフォトンによっ

て開発プロジェクトが企画された.この配置は1970年代の

大気圧増幅器での光学系の配置を想起させるものである

が,この試みは三菱電機の谷野,西前らのグループより報

告されている[12].報告によれば断面積 5 cm×5 cmの3

軸直交型炭酸ガスレーザーを5回のマルチパス増幅器とし

て,8.5 Wの入力により 3 kWの出力を得ている.この時の

入力パルス列は13 ns,100 kHzであり増幅後のペデスタル

とパルス幅の増加も軽微であった.この時の入力電力から

光出力への変換効率は3%レベルであり,増幅器としての

実用性を実証している.また図11はこの際の実験配置を示

している.図12の a,b,cではそれぞれ軸流型,スラブ

型,3軸直交型炭酸ガスレーザーの構成図を示している.

最近の報告によればこの増幅器を3台繋いでシングルパ

ス2波長増幅することで 3 kWの入力に対して21 kWの出

力を得ている.この際の入力には 15 ns,100 kHz のパルス

列が使われている[13].この増幅器はビーム断面積が軸流

型の4倍程度あるので,原理的には 1 J レベルのパルスエ

ネルギーを取り出すことが可能であるので,将来の拡張性

の点からも有望である.

4.4 まとめ波長13.5 nmのEUVリソグラフィー光源に必要なプレパ

ルスレーザーとしての 100 W級ピコ秒固体レーザーと

20 kW級ナノ秒炭酸ガスレーザーについて経緯と現状を報

告した.炭酸ガスレーザーについては国内に研究と製造の

図10 100 W導波路型 RF励起炭酸ガスレーザーへの4波長の注入同期のシステム図,炭酸ガス分子の振動回転遷移に対応して波長がそれぞれ同定されている.

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.90, No.8 August 2014

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Page 6: 4.短波長光源の駆動に最適化された 高輝度・高平均出力 ......の大型施設建設や,Trumpf,IPGなどのレーザー光源メー カーの世界市場での優位には瞠目すべきものがある.

基盤があり,NEDOプロジェクトを引き継いだ民間の研究

開発で実用機への展望が開けている.一方で1990年代に欧

州で進展した固体レーザーの革新に対応した研究基盤をも

つ欧州でのレーザー研究と連携することで,EUV光源に必

要なピコ秒固体レーザーの基盤技術を確立する展望を得て

いる.

本報告でのピコ秒ディスクレーザーに関してはチェコ共

和国文部省と欧州地域振興基金の支援を,また炭酸ガス

レーザーに関してはNEDOの支援を受けていることに感

謝する.

参 考 文 献[1]東口武史 他:プラズマ・核融合学会誌 89, 341(2013).[2]東口武史 他:プラズマ・核融合学会誌 89, 669 (2013).[3]T. Mocek et al.:レーザー研究 42, 145 (2014).[4]三浦泰佑 他:レーザー研究 41, 703 (2013).[5]J.P Negel et al., Opt. Lett. 38, 5442 (2013).[6]White paper, ELI Hungary : http://www.eli-hu.hu/[7]O. Nowak et al., SPIE Photonics Europe, 9135-17, 14-17

April (2014), Brussels.[8]A.Endo, CO2LaserOptimisationandApplication, 163, In-

tech (2012).

[9]A.Endo, J.ModernPhysics5 (2014)http://www.scirp.org/journal/JMP/

[10]K. Nowak et al., Opto-Electro. Rev. 21, 345 (2013).[11]K. Nowak et al., Opt. Lett. 39, 1953 (2014).[12]Y. Tanino et al., Opt. Lett. 38, 3291 (2013).[13]Y. Tanino et al., Advanced Lithography SPIE 9048-13

(2014).

図12a 軸流型CO2レーザーのガス流とレーザービームの配置(同軸型).

図11 3軸直交行型炭酸ガスレーザーのマルチパス増幅の構成.

図12b スラブ型 CO2レーザーの励起とレーザービームの配置,伝導冷却のためにガスは静止している.

図12c 3軸直交型CO2レーザーのガス流,レーザービーム,励起の配置,それぞれが直交関係にある.

Special Topic Article 4. High Brightness and High Average Power Laser Research with Optimization for Short Wavelength Light Sources A. EndoandH.Mizoguchi

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