8. ドーピング 8.2...

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90 8. ドーピング 8.1 ドーピングの位置付けとデバイス構造 室温でトランジスタを効率よく動作させるために、半導体中に不純物元素を微量入 れてキャリアー(伝導性の電子かホール)を発生させる。単結晶中の Si の原子密度は 4.96 ×10 22 [ 原子/cm 3 ] 、意図的には添加していない不純物濃度は 9-nie~10-nine (1/10 10 ~1/10 11 , 10 11 ~10 12 [原子/cm 3 ])レベルであり、トランジスタ中の不純物元素 B(ホウ素), P(), As()等の濃度は大体 10 15 [原子/cm 3 ]程度に制御されている。不純物元素の量は意図的に添 加してないレベルに比べれば非常に高いが、しかし Si に比べれば極めて僅かであり添 加により Si の単結晶構造は殆ど変化しない。この添加不純物元素をドーパントと呼び、 ドーパントを半導体結晶構造の中に組込むことをドーピングと呼ぶ。図 8-1, 8-2 に真 性半導体と不純物半導体のエネルギーバンド構造を示す。室温 300℃における Si のエ ネルギーギャップ EG( = EC EV)1.12eV であり、 B のアクセプターレベル・エネル ギーギャップ及び P, As のドナーレベル・エネルギーギャップは共に 0.045eV である。 8-1 真性半導体のエネルギーバンド 8-2 不純物元素の含まれた半導体の エネルギーバンド (a) n 型半導体のエネルギー準位(ドナーレベル) (b) p 型半導体のエネルギー準位(アクセプター レベル) 8-3 CMOS トランジス タの断面構造とトランジス タ部分のドーピング領域を 示す。この中でウェーハ基板 の不純物は単結晶 Si インゴ ットを作製する際に坩堝に 添加されたものであり、それ 以外はすべてウェーハ作製 工程で何段階にも分けてド ープされる。図 8-4 は更に詳 細な構造を示す。 8-3 CMOS トランジスタの断面構造とドーピング領域

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Page 1: 8. ドーピング 8.2 ウェーハ作製工程における代表的なドーピング・プロセス IC 作製工程ではトランジスタの構造を与える以外にも様々な用途でドーピングが使

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8. ドーピング

8.1 ドーピングの位置付けとデバイス構造

室温でトランジスタを効率よく動作させるために、半導体中に不純物元素を微量入

れてキャリアー(伝導性の電子かホール)を発生させる。単結晶中のSiの原子密度は 4.96

×1022[原子/cm3]、意図的には添加していない不純物濃度は 9-nie~10-nine (1/1010~1/1011,

1011~1012[原子/cm3])レベルであり、トランジスタ中の不純物元素 B(ホウ素), P(燐), As(ヒ

素)等の濃度は大体 1015[原子/cm3]程度に制御されている。不純物元素の量は意図的に添

加してないレベルに比べれば非常に高いが、しかし Si に比べれば極めて僅かであり添

加により Si の単結晶構造は殆ど変化しない。この添加不純物元素をドーパントと呼び、

ドーパントを半導体結晶構造の中に組込むことをドーピングと呼ぶ。図 8-1, 8-2 に真

性半導体と不純物半導体のエネルギーバンド構造を示す。室温 300℃における Si のエ

ネルギーギャップ EG( = EC – EV)は 1.12eV であり、 B のアクセプターレベル・エネル

ギーギャップ及び P, As のドナーレベル・エネルギーギャップは共に 0.045eV である。

図 8-1 真性半導体のエネルギーバンド

図 8-2 不純物元素の含まれた半導体の

エネルギーバンド

(a) n 型半導体のエネルギー準位(ドナーレベル)

(b) p 型半導体のエネルギー準位(アクセプター

レベル)

図 8-3 は CMOS トランジス

タの断面構造とトランジス

タ部分のドーピング領域を

示す。この中でウェーハ基板

の不純物は単結晶 Si インゴ

ットを作製する際に坩堝に

添加されたものであり、それ

以外はすべてウェーハ作製

工程で何段階にも分けてド

ープされる。図 8-4 は更に詳

細な構造を示す。

図 8-3 CMOS トランジスタの断面構造とドーピング領域

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8.2 ウェーハ作製工程における代表的なドーピング・プロセス

IC 作製工程ではトランジスタの構造を与える以外にも様々な用途でドーピングが使

われる。表 8-1 に全般的なドーピングの適用目的とその適用領域を整理する。これら

の中で代表的な例を NMOS-FET 作成(図 8-5)、平面キャパシタ作成(図 8-6)、抵抗パタン

形成(図 8-7)、バイポーラトランジスタ形成(図 8-8)の 4 つの場合について示す。

表 8-1 ドーピングの適用目的と適用領域

pn 接合形成 バイポーラ IC アイソレーション領域、コレクタ埋込領域、ベース領域、

エミッタ領域

CMOS IC ウェル形成、ソース・ドレイン形成

抵抗形成 シリコン

ポリシリコン

pn 接合抵抗

不純物ドープ抵抗

不純物濃度制御 チャネルストップ(フィールドドープ、反転層形成防止)

バイポーラトランジスタ特性向上(反転層形成防止)

チャネルドープ(閾値電圧制御)

導電性向上 ポリシリコン電極配線形成(ゲート電極、キャパシタ電極、配線)

分離層形成 SIMOX 酸素イオンインプラ

ウェーハ分離 水素イオン注入によるウェーハ分離

ゲッタリング ウェーハ裏面アルゴンイオン注入(不純物トラップダメージ層形成)

図 8-4 CMOS FET 構造(shallow trench isolation, STI )と

イオンインプラ適用部分

A~P の 16 箇所の領域は右の表参照

A NMOS 閾値電圧調整

B PMOS 閾値電圧調整

C NMOS パンチスルー抑制

D PMOS パンチスルー抑制

E NMOS チャネルストップ

F PMOS チャネルストップ

G 後退 p ウェル

H 後退 n ウェル

I NMOS ソース・ドレイン

J PMOS ソース・ドレイン

K NMOS ソース・ドレイン拡張

L PMOS ソース・ドレイン拡張

M n+ ポリシリコンゲートドープ

N p+ ポリシリコンゲートドープ

O n 型三重ウェル

P p+ 埋込層

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図 8-5 NMOS-FET のドーピングプロセス

(a) Si3N4/SiO2 膜作製

(b) イオンインプラマスク

作製、B インプラ、チ

ャネルストップ層形成

(図 8-4: E)

(c) LOCOS 形 成 (local

oxidation of silicon)、ポリ

シリコン膜作製

(d) ゲート電極形成、P ま

たは As インプラ、ソー

ス・ドレイン形成 (図

8-4:I)

(e) 絶縁膜形成、コンタク

トホール形成

(f) Al 電極配線膜形成

図 8-6 平面キャパシタのドーピングプロセス

(a) SiO2 厚膜形成

(b) 窓開け、P インプ

ラ、n+領域形成

(c) 熱酸化、コンタ

クト窓開け

(d) Al 上部電極膜・

配線膜形成、パ

タン形成

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図 8-7 ジグザグ抵抗パタン、直線抵抗パタン作成プロセス

(a)平面図、(b)B-B 破線矢視断面図、(右)A-A 破線矢視断面図

① SiO2 窓開け

② 熱拡散または

イオンインプ

③ 熱酸化膜被覆

と金属電極窓

開け

④ 金属電極作製

と電極パタン

ニング

図 8-8 バイポーラトランジスタのドーピングプロセス

(a) 酸化膜窓開け

(b) 第一 p ドープ、ベース

形成

(c) 酸化膜窓開け

(d) 第二 n+ ドープ、エミッ

タ・コレクター形成

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8.3 熱拡散ドーピング

(1)熱拡散現象

Si 中への不純物元素拡散に立入る前に、熱拡散について簡単な説明をしておこう。

「拡散」とは 2 種類以上の異なる物質が存在しておりそれが移動可能な場合には、濃

度の高い領域から低い領域に高濃度物質が移動する自然現象である。移動は領域全体

の濃度が均一になるまで続く。我々が日常経験するのはタバコの煙が広がる気体中拡

散、水中に滴下したインクの色が次第に薄くなる液体中拡散等の現象である。ここで

は原子が固体中を拡散する現象について考える。

固体は隣り合う原子の結合が強固だから、ガスや液体に比べて拡散の進行は非常に

緩やかである。図 8-9 は一箇所に集中していた原子が時間の経過と共に固体中を拡散

する様子を示す。1 次元であれば拡散は左右対称に進行し、3 次元であれば等方的に

進行する。図 8-10, 8-11, 8-12 は結晶中の不純物原子の 3 種類の拡散メカニズムを示す。

原子半径の小さい場合は格子間拡散である。原子半径が大きい場合は格子点置換拡散

か、格子間・格子点置換拡散である。Si にドープする不純物元素 B, P, As 等は大体格子

間・格子点置換により拡散する。拡散には隣り合う原子同士の結合を断ち切り移動す

図 8-9 固体中の原子の拡散

初期に x = 0 の位置に固まっていた原子が-x, +x の

方行に対象に分布しながら移動する

図 8-10 固体中の原子の拡散メカニズム

Ⅰ 格子間不純物拡散

Si 結晶格子間を拡散する代表的原子:H, O,

Cu, Fe, Au, Na 等々、置換拡散に比べて高速度

図 8-11 固体中の原子の拡散メカニズム

Ⅱ 置換拡散

(a)直接置換、(b)空乏支援置換

図 8-12 固体中の原子の拡散メカニズム

Ⅲ 格子間原子・格子点原子置換

Si 中の P, B, As 等の置換

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るエネルギーが必要であり、それは温度が高いほど容易に行なわれる。

(2)不純物濃度分布の数式表示

図 8-13 はウェーハ内の不純物原子濃度が拡散により時間的に変化する様子を示す。

不純物はウェーハ内部に侵入して、無限時間後には均一分布となる。

なお不純物供給が継続し表面不純物濃度が常に一定に維持される場合には、固体内

不純物濃度は許容溶解度に達するまで増加し続ける(図 8-14)。初期に表面付着した不

純物量が一定で供給が継続しない場合には表面の不純物濃度は時間の経過と共に小

さくなる(図 8-15)。図 8-13 は前者の場合である。後述するようにドーピングプロセス

は、第一段階で表面層に不純物を多量に侵入させて、次にドライブインと呼ぶ第二段

階で温度を上げて高濃度領域から内部に拡散させる。最初の表面高濃度層の形成は無

限供給源と見做し、ドライブインは有限供給源と見做せる。

図 8-13 ウェーハ内不純物原子分布の時間変化

縦軸は濃度、横軸はウェーハ表面からの深さ方行の距離。(a)から(d)の順序で時間経過する。無限

時間後に濃度は均一になる。

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図 8-13 に示すようなウェーハ内の不純物濃度分布は数式表示できる。固体中の原

子の拡散に関しては Fick の 2 つの法則がある。第一法則は、拡散原子束が濃度勾配に

比例するという。第二法則は、濃度の時間的変化は拡散原子束の勾配に比例するとい

う。不純物原子の拡散束(単位面積単位時間当たり通過量)を J、位置 x, 時間 t におけ

る濃度を N(x, t)とすると Fick の 2 つの法則は次のように示すことができる。

J = - D∂N(x, t) /∂x ・・・ (8.1)

∂N(x, t) /∂t = - D∂J /∂x = D∂2N(x, t) /∂x2 ・・・ (8.2)

D は拡散係数(diffusion coefficient)と呼ばれるが、不純物原子の種類により異なりまた温

度の関数でもある。表面濃度が一定の場合には拡散方程式(8.2)式の解は次のように与

えられる。

N(x, t) = No erfc[ x/ 2( Dt )1/2] ・・・ (8.3)

但し erfc(ξ)は補誤差関数(complementary error function)と呼ばれ、誤差関数(error function)

erf(ξ)との間に次のような関係がある。

erfc(ξ) = 1 - erf(ξ) ・・・ (8.4)

erf(ξ) = (π)1/2exp[-ξ2] ・・・ (8.5)

(8.3)式の表示による不純物濃度分布を図 8-14(濃度スケール直線目盛)と図 8-15(濃度

スケール対数目盛)に示す。グラフの中でバックグラウンドあるいは Csub として示す

濃度は予めウェーハに含まれていた反対極性の不純物濃度である。後からドーピング

した不純物濃度の曲線とバックグラウンド不純物が交差する位置 x では p, n の不純物

濃度が等しくなり接合が形成されるのでこれを接合の深さ(junction depth)と呼ぶ。接合

深さは時間の経過と共にウェーハの内部に入って行く。

図 8-14 表面濃度一定の場合の拡散 図 8-15 有限供給量の場合の拡散

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図 8-16 不純物総量一定の時の濃度分布:

ガウス分布ドーピングプロファイル

(濃度は対数目盛)

図 8-17 ウェーハ垂直断面ドーピング

プロファイル(基準化した対数目盛等高線)

SiO2 拡散マスクの下部に拡散することに注意

不純物総量が一定の場合には(8.2)式の解は次のようになる。これはガウス分布である。

N(x, t) = [No/(πD t )1/2]exp[ - x2/ 4D t] ・・・ (8.6)

No = N(0, 0) ・・・ (8.7)

図 8-15 表面濃度一定の時の濃度分布:

補誤差関数ドーピングプロファイル(図 8-14

と同じものを対数目盛にして表示)

図 8-14 表面濃度一定の時の濃度分布:

補誤差関数ドーピングプロファイル(濃

度は直線目盛)、接合深さでドープ元素と

バックグラウンド元素の濃度が等しい

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拡散には SiO2 層がマスクとして使われる。これは SiO2 層中のドーパントの拡散が Si

中よりも非常に小さいからである。ドーパントは Si 表面全体を被覆する薄い SiO2 層

に開けた窓から注入される。Si 結晶中では拡散は等方的に進行するので、マスクの下

部にも拡散領域は広がり発展する。(8-6)式の表示による対数目盛濃度分布を図 8-16

に示す。図 8-17 に不純物濃度の 2 次元的な分布を示す。

(3)プリデポとドライブイン及び熱拡散炉

図 8-5, 8-6, 8-7, 8-9

には具体的なドーピ

ングプロセスの例を

デバイスの部分的機

能と幾何学的不純物

濃度領域構成との関

係が形成される様子

を図で説明した。こ

こでは熱拡散の進行

を制御する面から説

明する。図 8-18 には

p 基板シリコンに n

熱拡散ドーピングを

する場合の順序を説

明する。

拡散源にはガス、液体、固体の 3 種類の形態があり、ガス・ソースが最も多く用い

られる。ドーパントはいずれも毒性が高いが、中ではガスの取扱が容易だからである。

B ドープには BF3 ガス(三フッ化ホウ素)、BCl3 ガス(三塩化ホウ素)、B2H6 ガス(ジボラ

ン)等が使われる。P ドープには PH3 ガス(フォスフィン)、PF5 ガス(五フッ化燐)、POCl3(常

温常圧で液体)等が使われる。As ドープには AsH3 ガス(アルシン)、AsF3 ガス(三フッ化

ヒ素)等が使われる。これらのガスは N2 で希釈し O2 と別々に真空容器中に流し込む。

ウェーハを約 600℃に加熱すると表面に酸化物薄膜として堆積(デポ)する。この気体

を高温にして化学反応により固体薄膜を堆積する法方は CVD(chemical vapor deposition,

化学的堆積法)と呼ばれる。そのまま O2 ガス中で約 950℃、30min 加熱すると表面の

Si が酸化すると共に堆積膜中のドーパントが Si 表面層に拡散する。この状態をプリ

デポと呼ぶ。以上のプロセスを図 8-19 に示す。

液体ソースはバブラーを用いて加熱して気化してガス・ソースの場合と同じように

CVD反応により酸化物の形でウェーハ表面にデポする。液体ソースとしてPOCl3(POCL,

phosphorous-oxychloride), BBr3, [CH3O]3B(TMB, trimethylborate), Sb3Cl5 等が使われる。

固体ソースはウェーハより尐し直径の大きな円盤形状で、ウェーハと重ね合せてボ

図 8-18 熱拡散ドーピング

(a)ドーピング前

p 型基板 Si ウェー

ハ表面は SiO2 層で

被覆

(b)ドーピング窓開け

(c)ウェーハ全面に P

または As酸化物薄

膜被覆

(d)加熱し不純物元素

をウェーハ内部に

拡散させて n 型領

域を形成する。

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ートに入れ高温加熱しその酸化膜をウェーハ上にデポさせる。BN 円盤が使われる。

プリデポの際に生じたドーパント酸化物をウェーハ表面から取除き、ウェーハを更

に高温(1000~1100℃)にして長時間維持してドーパントを Si ウェーハ内部に拡散させ

る。この熱拡散第二段階をドライブインあるいは再分布配置拡散と呼ぶ。ドライブイ

ンではドープされるウェーハ内元素の総量は変化せず濃度分布が変化する。ウェーハ

表面の濃度はプロセスが進行するに従い次第に減尐し、接合面は次第に表面から奥深

く入る。

熱拡散に使う装置は拡散炉と呼ばれるが、その構造は熱酸化で用いる加熱酸化炉と

基本的に同じであり、また熱処理温度もほぼ同じ領域である。歴史的には初期のドー

ピングはすべて熱拡散で行なわれた。しかし現在プリデポではイオンインプランテー

ション装置が圧倒的に多く使われ、拡散炉はドライブインに使われることが多い。

(4)拡散係数と固溶度

不純物濃度分布を示す(8.3), (8.6)式中の拡散係数 D は拡散の速度を反映し、単位は面

積速度(cm2/sec)で表され、ドーパントに特有な値を持ち、また温度の関数でもあり次

のように表示される。

D = Do exp[-EA/kT] ・・・ (8.8)

但し Do は定数、EA は活性化エネルギー(eV)、k

はボルツマン常数、T は温度(K)である。表 8-2 に

Si 中の各種元素の Do, EA を示す。拡散係数は温度

が高いほど大きい。図 8-21 に Si 中の各種元素の

拡散係数の温度依存性を示す。拡散係数の大きな

代表的元素は H2(H), Li, Na, Cu, Fe, Au である。また

拡散係数の小さいさな代表的元素は Sn, Ge, Si, As,

図 8-19 CVD デポドーピング源

(a)ソース・デポ、(b)プリ・デポ

図 8-20 ドーパントの初期分布と

熱処理(ドライブイン)後の分布

表 8-2 Si 中の不純物拡散係数諸量

元素 Do(cm2/sec) EA(eV)

B 10.5 3.69

Al 8.00 3.47

Ga 3.60 3.51

In 16.5 3.90

P 10.5 3.69

As 0.32 3.56

Sb 5.60 3.96

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Sb, B, C である。

図 8-21 Si 中の各種元素の拡散係数の温度依存性

図 8-22 Si 中の各種元素の固溶度の温度依存性(固溶度以上に注入した不純物は偏析する)

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ドーピングで問題となるのは不純物の許容注入量の限界である。図 8-22 に各種元

素の Si 中の固溶度の温度依存性を示す。拡散係数の大きな元素は固溶度が小さく、

一方ドーピングに使う B, P, As 等の元素は拡散係数は小さいが固溶度は大きい。大量

に注入した不純物は Si 単結晶中に均一に分布せず、局部的に偏析する。

8.4 イオンインプランテーション・ドーピング

(1)熱拡散とイオン注入の比較

熱拡散におけるプリデポの代わりにイオンを加速して高エネルギーで結晶中に撃

ち込む法方をイオンインプランテーション(イオン注入)と呼ぶ。熱拡散とイオン注入

を比較すると幾つか重要な相違がある。それらは、前者が高温処理であるのに対して

後者は低温処理である

こと、前者は注入量を

モニタできないが後者

はイオン電流を測定す

ることによりモニタで

きること、前者の拡散

進行方向は等方的であ

り後者は異方的である

こと等々の特徴であり、

後者の方が Si 中の高精

度で微細な不純物濃度

分布制御に適している。

従って熱拡散装置の構

成は簡単で、安価で、

生産性が高いにも拘ら

ず、現在はドーピング

のためにイオン注入方

式を使用する方が圧倒

的に多い。図 8-23 に熱

拡散とイオン注入のイ

メージを比較して示す。

イオン注入では注入さ

れたドーパントは最初

の時点で表面から尐し

内部側が最も高濃度に

なる。表 8-3 に熱拡散と

イオン注入の特徴を比

較して示す。

図 8-23 熱拡散とイオン注入の比較 (a)熱拡散、(b)イオン注入

表 8-3 熱拡散とイオン注入の比較(●印重要) 表 8-3 熱拡散とイオン注入の比較(●印重要)

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(2)イオン注入の濃度分布

イオン注入では高速度の原子が固体に衝突して固体内部に突入し、やがて固体中の

原子と何回か衝突を繰返した後に侵入が阻止される。それは原子と原子の間の衝突反

応として説明される。一方が静止している原子に別の運動する原子が衝突する確率は

「衝突断面積」という概念で表現される。これはライフル射撃競技におけるターゲッ

ト(標的)の面積に相当するようなものである。原子の衝突断面積はイオンを加速して

高エネルギーにするほど小さくなり、イオンは Si 単結晶の表面から内部奥深くまで

突入する。図 8-24 はイオン注入における Si 単結晶のイメージを示す。注入するイオ

ンエネルギーが高い場合には結晶格子点にある Si 原子は比較的小さく「見え」て、

結晶格子が作るチャネルと

呼ぶ直線的隙間空間が長続

く。チャネルに突入したイ

オンは衝突せずに奥深くま

で侵入する。チャネルの形

状や分布は結晶方向によっ

て異なる。しかし突入原子

はやがてはSi原子と衝突し

てエネルギーを次第に失い、

やがて停止する。

図 8-25 にイオン注入によるドーパントの濃度分布を示す。この形状はガウス分布

(標準分布)である。最大確率を与える深さを平均投影飛程(projected range)と呼ぶ。また

分布曲線の半値幅を投影飛程の標準偏差(projected-straggle)と呼ぶ。図 8-26, 8-27 にはイ

オンエネルギーと投影飛程の関係を示す。エネルギーに比例するように飛程は増加す

る。また同じエネルギーの場合には軽いイオンほど飛程は長い。以上の 3 つの図はい

ずれもウェーハに垂直方向の分布について述べた。図 8-29 はウェーハ表面に平行な

面内のドーパントの濃度分布を対数目盛間隔の等高線で示す。注入したイオンは Si

原子と衝突して散乱するときに水平方向成分の運動量を得て水平方向にも拡散して、

マスクの下部領域にも及ぶ。

図 8-24 Si 単結晶にイオン注入するイメージ

Si<110>方行のチャネルにドーパントが侵入

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Rp

2Δ R

図 8-25 イオン注入のドーパント濃度分布

B→Si、Rp:平均投影飛程、ΔR:平均投影飛

程の標準偏差

図 8-26 イオンエネルギーと平均投影飛程

(B, P, Sb, As→Si)

図 8-27 イオンエネルギーと投影飛程偏差 図 8-28 イオン注入ドーパント二次元的濃度分布

(3)イオン注入後のアニールとドライブイン

イオン注入は結晶格子点の Si を移動して結晶性に損傷を与える。損傷のタイプは

①点欠陥・点欠陥クラスター、②部分的非晶質領域形成、③連続的非晶質領域形成の

3 種類に分類される。①は軽イオンである B の場合、②③は重イオンである As の場

合に典型的に見られる。図 8-29 にはイオン注入により誘起されるダメージを示す。

注入したドーパントを結晶格子点に配置してアクセプターまたはドナーとして作

用させるために、アニールを行なう。図 8-30 に B ドーピング後のアニール温度と活

性化率の関係を示す。高ドーズ量の場合には大きな活性化率を得るためには高温アニ

ールが必要であるが、RTP(rapid-thermal-processing)処理法が有効である。

アニールとドライブインは異なる概念であるが、高温処理であり同時に行なわれる。

ドライブインは不純物濃度分布をインプラントした初期状態から変えることを意味

し、熱拡散により全体として空間的に拡げることである。アニールは結晶格子欠陥を

回復することを意味し、不純物元素を格子点に配置することにより活性化してアダプ

ターまたはドナーとして作用させることである。

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図 8-29 イオン注入誘起ダメージ:(a)低ドーズ

軽イオン点欠陥、(b) , (c)低ドーズ重イオン部分

的非晶質領域、(d)高ドーズ軽・重イオン連続

的非晶質領域

図 8-30 アニール温度と活性化率(B イオン注入)

活性化率 1 は B 原子が全てアクセプターとして

作用すること。パラメータはドーズ量。

イオン注入後にはドライブインにより不純物分布を再配置する。そのメカニズムは

熱拡散で説明したが、イオン注入の場合には結晶ダメージが分布形状に影響を及ぼす。

図 8-31, 8-32 に計算値と実測値をそれぞれ示す。

図 8-31 ドライブイン後の不純物濃度分布

計算、B ドープ、ガウス分布曲線

図 8-32 ドライブイン後の不純物濃度分布

実測、B ドープ、アニール時間 35min、計算との

相違の主要因は結晶ダメージ

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(4)イオンインプランテーション装置(インプランター)

図 8-33 にイオンインプランテーション装置構成例を示す。イオン源容器に正電圧

を印加して引出し加速電極との間の電界により陽イオンを引出す。次にイオンビーム

は磁場偏向式質量分析系を経由して特定のドーパントイオンのみを選別して輸送し、

分解スリットから終端ステージに入射する。ウェーハ全面にイオンビームを照射する

ためにウェーハを取付けたステージは高速回転と低速走査を同時に行なう。

図 8-33 のドリフト式装置には備えられていないが、質量分析系と終端ステージの

間に加速・減速機構を設けるとイオンビームの空間的発散を抑制して大電流イオン注

入が可能になる。イオン源は熱電子フィラメント方式の放電プラズマ源であり、AsH3,

PH3, BF3 等のガスを供給することが多い。また金属砒素(As), 金属燐(P), 酸化アンチモ

ン(Sb2O3), 塩化インジウム(InCl3)等の固体を加熱気化して用いることもある。図ではイ

オン源へのガス供給系と真空排気系が示されていないが、図示される構成部分全体は

真空容器内部に収納される。

図 8-34 にウェーハステージの構成とビーム走査の様子を示す。図 8-35 にウェーハ

ステージの裏面側写真を示す。図 8-36 には中電流イオン注入装置全体の配置を示す。

図 8-37 にイオン注入装置外観写真を示す。

1

23

54

図 8-33 ドリフト式イオンインプランターの構成

1:イオン源、2:引出し加速電極、3 イオン分析系、4 ビーム整形スリット、

5 ウェーハステージ(回転・走査)

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図 8-34 ドーズ量モニタ(サンプリング式)と

ウェーハステージの回転・並進運動による

ビーム走査

図 8-35 バッチ式イオンインプランタのウェーハ

ステージ裏面

図 8-37 イオンインプランター外観

前面にあるのは 300mm ウェーハカセット

8.5 ドーピングの問題

熱拡散ドーピング

(1) 熱拡散現象とは何か自分自身の言葉で説明し、半導体 IC を製造する上でそれはど

のように利用されるのか述べなさい。

(2) ドーピングの 2 つの段階であるプリデポジション(堆積)とドライブインの違いに

ついて説明せよ。

(3) Fick の第一法則と第二法則の数式表示を示し、その意味を文章で表現せよ。

(4) ジャンクションの深さとは何か説明せよ。

イオンインプランテーション・ドーピング

(5) 熱拡散とイオン注入を比較して主要相違点を 3 項目説明せよ。

(6) イオン注入を CMOS トランジスタの機能を出すために使う場合を想定し、具体的

図 8-36 中電流イオンインプランターの装置

配置:イオン電流 2mA, 加速電圧 220kV, 生産

性 200W/H

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にデバイス構造のどの場所にイオン注入するか 3 つの異なる箇所を述べよ。

(7) イオン侵入深さとイオン種、イオンエネルギーの関係について説明せよ。

(8) イオン注入最中にイオンビーム入射角度に対してウェーハを傾けるのは何故か。

(9) イオン注入後に高温アニールが必要な理由を説明せよ。またそのとき RTP を使う

利点は何か。

(10) イオン注入装置における質量分析系はどのような目的で組み込まれるのか。

(11) イオンインプランテーション装置で使われるイオンビームの断面寸法は 1mm×

40mm 程度であり、ウェーハ面積に比べて小さい。断面積の小さいイオンビームを

ウェーハ全面に均一に照射するための 2 つの方式について簡単に説明せよ。