8 e 小児頚椎 環軸椎回旋位固定keio-srg.com/img/database/pdf/disease/ksrg_9_e.pdf疾患名...

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疾患名 小児頚椎環軸椎回旋位固定(しょうにけいついかんじくついかんせんいこてい) 斜頚は頚椎が一方に偏屈しその反対側に回旋する、頚椎運動障害の代表的な疾患です。典型的にはいわゆる cock-robin position (コマドリが首を傾けている姿. 図1)を呈し、頚部痛と頚椎可動域制限が症状の主体です。その原 因は筋性、痙性、骨性、関節性など様々ですが、脊椎変形に基づく斜頚には、環椎(第一頚椎)が軸椎(第二頚椎)に対し て回旋しながら前方に亜脱臼する環軸椎回旋位固定(atlantoaxial rotatory fixation : AARF, 図2a)が圧倒的に多 いとされています。 概要 AARFは外傷あるいは上気道感染に続いて発症するため、初診時に必ずしも整形外科を受診せず、診断の遅れが生じ 発症から数ヵ月後に陳旧例として確定診断にいたることがあります。発症早期に診断された急性AARFの大部分は頚部の 安静、頚椎カラーの装着、あるいは牽引療法などの保存的加療で比較的容易に治療可能です。その一方で、発症後2-3ヵ 月以上経過し診断された陳旧性AARFにおいては、軸椎の椎間関節面の変形(C2 facet deformity, 図2b矢印)や環 軸椎の拘縮・癒合が生じてしまい、保存的治療に抵抗性を示すため、手術が唯一の治療法と考えられていました。そこで われわれは、全身麻酔下に徒手的に環軸椎を整復し、その後にハローベストを装着することで整復位を保持する(頭部を 固定するハローリングと、胸部に着用したベストを連結することで整復位を保持する)、新たな保存治療を考案しました。 本法では、個人差はあるものの徒手整復後1ヵ月の時点でC2 facet deformityのリモデリングが確認され(変形が元に 戻っていく。 図2c矢印)、2-3ヵ月で十分なリモデリングが獲得でき(図2d矢印)、ハローベスト除去後の再発を防ぐこ とが出来ます(リモデリング治療)。ハローベスト除去後に頚椎の回旋可動域は徐々に改善し、日常生活上問題となる症 例はこれまで経験していません。 リモデリング治療を実施した2007年以降は、50症例を超える自験例において手術的治療を実施した症例は1例もな く、治療法のパラダイムシフトが起きていると言っても過言ではありません。本法は海外の教科書にも記載され国内外を 問わず普及してきており、今後もより低侵襲で安全な本法の啓蒙に努めていきたいと考えています。 治療

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  • 疾患名 小児頚椎環軸椎回旋位固定(しょうにけいついかんじくついかんせんいこてい)

    斜頚は頚椎が一方に偏屈しその反対側に回旋する、頚椎運動障害の代表的な疾患です。典型的にはいわゆるcock-robin position (コマドリが首を傾けている姿. 図1)を呈し、頚部痛と頚椎可動域制限が症状の主体です。その原因は筋性、痙性、骨性、関節性など様々ですが、脊椎変形に基づく斜頚には、環椎(第一頚椎)が軸椎(第二頚椎)に対して回旋しながら前方に亜脱臼する環軸椎回旋位固定(atlantoaxial rotatory fixation : AARF, 図2a)が圧倒的に多いとされています。

    概要

    AARFは外傷あるいは上気道感染に続いて発症するため、初診時に必ずしも整形外科を受診せず、診断の遅れが生じ発症から数ヵ月後に陳旧例として確定診断にいたることがあります。発症早期に診断された急性AARFの大部分は頚部の安静、頚椎カラーの装着、あるいは牽引療法などの保存的加療で比較的容易に治療可能です。その一方で、発症後2-3ヵ月以上経過し診断された陳旧性AARFにおいては、軸椎の椎間関節面の変形(C2 facet deformity, 図2b矢印)や環軸椎の拘縮・癒合が生じてしまい、保存的治療に抵抗性を示すため、手術が唯一の治療法と考えられていました。そこでわれわれは、全身麻酔下に徒手的に環軸椎を整復し、その後にハローベストを装着することで整復位を保持する(頭部を固定するハローリングと、胸部に着用したベストを連結することで整復位を保持する)、新たな保存治療を考案しました。本法では、個人差はあるものの徒手整復後1ヵ月の時点でC2 facet deformityのリモデリングが確認され(変形が元に戻っていく。 図2c矢印)、2-3ヵ月で十分なリモデリングが獲得でき(図2d矢印)、ハローベスト除去後の再発を防ぐことが出来ます(リモデリング治療)。ハローベスト除去後に頚椎の回旋可動域は徐々に改善し、日常生活上問題となる症例はこれまで経験していません。

    リモデリング治療を実施した2007年以降は、50症例を超える自験例において手術的治療を実施した症例は1例もなく、治療法のパラダイムシフトが起きていると言っても過言ではありません。本法は海外の教科書にも記載され国内外を問わず普及してきており、今後もより低侵襲で安全な本法の啓蒙に努めていきたいと考えています。

    治療

  • a. 初診時。高度なAARFを呈している。

    b. 全身麻酔下での徒手整復を行った直後。高度なC2 facet deformity(矢印)が観察される。

    c. ハローベストによるリモデリング療法開始後1ヵ月。C2 facet deformityのリモデリングが既に始まっ

    ていることが確認される(矢印)。

    d. リモデリング療法開始後3ヵ月。C2 facet deformityの良好なリモデリングが得られており(矢印)、ハ

    ローベスト除去が可能となった。治療開始後1年時にはほぼ正常な頚椎ROMを獲得し、再発もない。

    図2 7歳女児、発症後5ヵ月の陳旧性AARF例の継時的な3-D CT

    図1

    AARFに特徴的な外観像(cock-robin position)

    頚椎が一方に側屈し、その反対側に回旋している