8 大家族 - mitsumura-tosho.co.jp...どが好きで,美術の授業でもセザン...

1
©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2015 E1933 8 キャンヴァス,油彩 100×81cm 1963年 宇都宮美術館蔵 大家族 ルネ マグリット 俳優。1955年島根県松江市出身。 75年劇団「シェイクスピア シアター創設メンバーとして参加。 80年,唐十郎主宰「状況劇場」 84年 まで在籍。86年林海象監督映画 『夢みるようにりたい主演デビュー92年, テレビドラマ ずっとあなたがきだった冬彦役一躍注目 びる TV ドラマ,映画,舞台等幅広 活躍中。 小泉八雲朗読をライフワークとしている 佐野史郎 さの しろう ルネマグリットの作品れた のは,高校生時。マグリットやエ ルンストポールデルヴォーにベ ルメールマンレイなどシュルレ アリストたちの画集けにされ,大いに刺激けたそれ まではクレーピカソルソーな どがきで,美術授業でもセザン ヌやゴッホなどがられることがかったけれど印象派からキュビス ムへというれのなかにあった画家 たちがげられることはあって バルテュスやゾンネンシュター ンをることはできないでいたれらをるきっかけは美術によって ではなく,現代詩異端文学世界 からだったかもしれないそうしていた美術写真,映画,文学きな 仲間たちがまると,宮沢賢治やル イスキャロルなどとダリや マグリットにも熱中したのだった音楽興味中心にあってロック やジャズ,映画音楽歌謡曲などそれらはシュルレアリスム作品しあいジャンルをけてるこ となどできずに少年たちの身体 をくすぐっていた高校卒業後,地方都市から上京シュルレアリストたちの作品機会マグリットの作品何度てきた2015 年今年,東京国立新美 術館京都市美術館でマグリットしぶりに開催されたが,大勢入場者のなかにいてその人気さをあらためてった人気さは,童話世界にいる ような自由なイメージを者同士 共有でき,一方それぞれ 独自物語性えてくれるから なのかもしれないその展示数さにも圧倒された ,一番印象ったのは「速度」 マグリットの作品,印刷された ものをると,一見,ダリなどとじように緻密かれている印象あるだが,実際作品にして びを辿ると,意外なほどもあるそれはきっとイメージを すまいとしてくはない速度んでいるからなのではない 想像するとはいえ,情熱 せて画布りつける わけではもちろんないどこに家族がいるのだろうか?」 ,作品にした瞬間から価値観われるような「大家 族」,鳩しきのモチーフは 「透視」にも登場するがその輪郭 のなかには青空がありれをやかそうで,雲けれど水平線のあたりか らはこれから朝陽してきそう 気配もあるだからといって希望 かれているわけではなさそうだ主客転倒させる構図やモチーフ はマグリットにったことではない ,観眼差しへのいかけが むことはない作品説明するのは野暮なことか もしれないだがきっとこのよう 何事かをりかけたくなるのがマ グリットの魅力なのだろう幻視する 大家族 ※『美術2・3上』P9に掲載 20

Upload: others

Post on 06-Oct-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 8 大家族 - mitsumura-tosho.co.jp...どが好きで,美術の授業でもセザン ヌやゴッホなどが語られることが多 かった。けれど印象派からキュビス

©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2015 E1933

第 8 回

キャンヴァス,油彩 100×81cm 1963年宇都宮美術館蔵

大家族ルネ・マグリット

俳優。1955年島根県松江市出身。75年に劇団「シェイクスピア・シアター」に創設メンバーとして参加。80年,唐十郎主宰の「状況劇場」に移り,84年まで在籍。86年に林海象監督の映画『夢みるように眠りたい』で主演デビュー。92年,テレビドラマ『ずっとあなたが好きだった』の冬彦役で一躍注目を浴びる。TVドラマ,映画,舞台等で幅広く活躍中。小泉八雲の朗読をライフワークとしている。

佐野史郎さの・しろう

 ルネ・マグリットの作品に触れた

のは,高校生の時。マグリットやエ

ルンスト,ポール・デルヴォーにベ

ルメール,マン・レイなどシュルレ

アリストたちの画集が立て続けに刊

行され,大いに刺激を受けた。それ

までは,クレー,ピカソ,ルソーな

どが好きで,美術の授業でもセザン

ヌやゴッホなどが語られることが多

かった。けれど印象派からキュビス

ムへという流れのなかにあった画家

たちが取り上げられることはあって

も,バルテュスやゾンネンシュター

ンを知ることはできないでいた。そ

れらを知るきっかけは美術によって

ではなく,現代詩や異端文学の世界

からだったかもしれない。

 そうして蓋が開いた。

 美術や写真,映画,文学が好きな

仲間たちが集まると,宮沢賢治やル

イス・キャロルなどと共に,ダリや

マグリットにも熱中したのだった。

音楽も興味の中心にあって,ロック

やジャズ,映画音楽に歌謡曲など,

それらはシュルレアリスム作品と呼

応しあい,ジャンルを分けて語るこ

となどできずに少年たちの心と身体

をくすぐっていた。

 高校卒業後,地方都市から上京し

シュルレアリストたちの作品に触れ

る機会も増え,マグリットの作品も

何度も観てきた。

 2015 年の今年,東京の国立新美

術館と京都市美術館でマグリット展

が久しぶりに開催されたが,大勢の

入場者のなかにいて,その人気の高

さをあらためて知った。

 人気の高さは,童話の世界にいる

ような自由なイメージを観る者同士

で共有でき,一方で観る人それぞれ

に独自の物語性を与えてくれるから

なのかもしれない。

 その展示数の多さにも圧倒された

が,一番印象に残ったのは「速度」

だ。

 マグリットの作品は,印刷された

ものを見ると,一見,ダリなどと同

じように緻密に描かれている印象が

ある。だが,実際の作品を前にして

筆の運びを辿ると,意外なほど荒く

もある。それはきっと,イメージを

逃すまいと決して遅くはない速度で

筆を運んでいるからなのではない

か? と想像する。とはいえ,情熱

に任せて画布に絵の具を塗りつける

わけでは,もちろんない。

 「どこに家族がいるのだろうか?」

と,作品を前にした瞬間から観る者

の価値観を問われるような「大家

族」の,鳩と思しき鳥のモチーフは

「透視」にも登場するが,その輪郭

のなかには青空と白い雲があり,そ

れを囲む海は穏やかそうで,雲の上

部は暗く,けれど水平線のあたりか

らは,これから朝陽が差してきそう

な気配もある。だからといって希望

が描かれているわけではなさそうだ。

 主客を転倒させる構図やモチーフ

はマグリットに限ったことではない

が,観る者の眼差しへの問いかけが

止むことはない。

 作品を説明するのは野暮なことか

もしれない。だがきっと,このよう

に何事かを語りかけたくなるのがマ

グリットの魅力なのだろう。

幻視する我ら大家族

※『美術2・3上』P9 に掲載

20