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92. ユビキチン化修飾による転写調節システムの解明 畠山 鎮次 Key words:ユビキチン,TRIM ファミリー,TRIM36,キ ネトコア,CENP-H 北海道大学 大学院医学研究科 医学 専攻 生化学講座 医化学分野 ユビキチン化はタンパク質の翻訳後修飾の一つであるが,その主な機能としてプロテアソームを介したタンパク質分解に関与し ている.そのユビキチン・プロテアソームシステムはユビキチン活性化酵素(E1),ユビキチン結合酵素(E2),そしてユビキチン リガーゼ(E3)によって構成されるが,中でもユビキチンリガーゼは標的タンパク質の認識に関与する.現在では,ユビキチンリ ガーゼはそのドメイン構造の違いから,HECT 型,RING-finger 型,そして U-box 型に分類される 1) .Tripartite motif protein(TRIM protein)は RING-finger ドメイン,1 または 2 つの B-Box ドメイン,そして coiled-coil ドメインの3つのド メインをもつことを特徴としたタンパク質であり,その多くはユビキチンリガーゼとして機能することが報告されている 2) .例えば, TRIM25(EFP)は 14-3-3 やエストロゲン受容体などをユビキチン化する 3) .さらに,いくつかの TRIM タンパク質は転写制 御,細胞増殖,アポトーシス,癌化などに関与していることが知られている 4−6) 今回研究対象とした TRIM36 はリングドメイン,B-box ドメイン,コイルドコイルドメインの他にファイブロネクチン様ドメイン, SPRY ドメインを有するタンパク質である.これまでに,受精における先体反応や胎児の発生に関与することが報告されている. また,前立腺癌において TRIM36 の発現上昇が起きていることが報告されており,TRIM36 と癌化との関係が示唆されてい る.しかし,発癌における TRIM36 の機能的役割はいまだ明らかにされていないため,今回我々は TRIM36 の分子生物学的 機能解析を行った 7) 1)in vitro ユビキチン化アッセイ:精製したリコンビナントタンパク質 TRIM36 と E1,E2s,His6-ユビキチンを全量 20 μl で混合し,2 時間,30°C で反応させた.その反応液を,sodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gel electrophoresis (SDS-PAGE)で展開させた後,抗ユビキチン抗体で,ウエスタン解析を行った. 2)酵母 2 ハイブリッド法: TRIM36 と BD(DNA binding domain of LexA)の融合タンパク質をコードする cDNA を pBTM116 ベクターに挿入し,酵母 2 ハイブリッドスクリーニングの bait とした.酵母株 L40 に HeLa cDNA ライブラリーと bait を酢酸リチウム法で導入し,β-ガラクトシダーゼ陽性コロニーのプラスミドを回収した. 3)同定されたタンパク質と TRIM36 との哺乳類細胞内での結合:HEK293T 細胞をリン酸カリウム法で一過性にトランスフェ クションし,48 時間後細胞溶解液に抗 HA 抗体を加え免疫沈降したのち,SDS-PAGE にて展開し polyvinylidene difluoride (PVDF)膜にブロットした.その後一次抗体である抗 FLAG 抗体と 2 次抗体で室温 1 時間インキュベートし,enhanced chemiluminescence (ECL) system でタンパク質を可視化した. 4)HeLa 細胞に対し,TRIM36 を過剰発現させ,細胞内骨格タンパク質との局在の関係を調べた.4%ホルマリンで細胞を 固定後,0.1%サポニンを含む一次抗体に 1 時間室温で反応させ,その後 Alexa546-抗マウス IgG 抗体もしくは Alexa488-抗 ウサギ IgG 抗体で反応させた.その後封入し,CCD カメラ装備顕微鏡(オリンパス BX51)で観察した. 5)レトロウイルスベクターを使用して作製した TRIM36 過剰発現 NIH3T3 細胞株を用いて,細胞増殖能及び細胞周期への 影響を検討した.目的タンパク質を恒常発現させるレトロウイルスベクター pMX-puro は北村俊雄博士(東京大学)より供与 を受けた. 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 1

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92. ユビキチン化修飾による転写調節システムの解明

畠山 鎮次

Key words:ユビキチン,TRIM ファミリー,TRIM36,キネトコア,CENP-H

北海道大学 大学院医学研究科 医学専攻 生化学講座 医化学分野

緒 言

ユビキチン化はタンパク質の翻訳後修飾の一つであるが,その主な機能としてプロテアソームを介したタンパク質分解に関与している.そのユビキチン・プロテアソームシステムはユビキチン活性化酵素(E1),ユビキチン結合酵素(E2),そしてユビキチンリガーゼ(E3)によって構成されるが,中でもユビキチンリガーゼは標的タンパク質の認識に関与する.現在では,ユビキチンリガーゼはそのドメイン構造の違いから,HECT 型,RING-finger 型,そして U-box 型に分類される1).Tripartite motifprotein(TRIM protein)は RING-finger ドメイン,1 または 2 つの B-Box ドメイン,そして coiled-coil ドメインの3つのドメインをもつことを特徴としたタンパク質であり,その多くはユビキチンリガーゼとして機能することが報告されている2).例えば,TRIM25(EFP)は 14-3-3 やエストロゲン受容体などをユビキチン化する3).さらに,いくつかの TRIM タンパク質は転写制御,細胞増殖,アポトーシス,癌化などに関与していることが知られている4−6). 今回研究対象とした TRIM36 はリングドメイン,B-box ドメイン,コイルドコイルドメインの他にファイブロネクチン様ドメイン,SPRY ドメインを有するタンパク質である.これまでに,受精における先体反応や胎児の発生に関与することが報告されている.また,前立腺癌において TRIM36 の発現上昇が起きていることが報告されており,TRIM36 と癌化との関係が示唆されている.しかし,発癌におけるTRIM36 の機能的役割はいまだ明らかにされていないため,今回我々はTRIM36 の分子生物学的機能解析を行った7). 

方 法

1)in vitro ユビキチン化アッセイ:精製したリコンビナントタンパク質 TRIM36 と E1,E2s,His6-ユビキチンを全量 20 μlで混合し,2 時間,30°C で反応させた.その反応液を,sodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gel electrophoresis(SDS-PAGE)で展開させた後,抗ユビキチン抗体で,ウエスタン解析を行った.2)酵母 2 ハイブリッド法: TRIM36 と BD(DNA binding domain of LexA)の融合タンパク質をコードする cDNA をpBTM116 ベクターに挿入し,酵母 2ハイブリッドスクリーニングの bait とした.酵母株L40 に HeLa cDNAライブラリーと baitを酢酸リチウム法で導入し,β-ガラクトシダーゼ陽性コロニーのプラスミドを回収した.3)同定されたタンパク質と TRIM36 との哺乳類細胞内での結合:HEK293T 細胞をリン酸カリウム法で一過性にトランスフェクションし,48 時間後細胞溶解液に抗 HA抗体を加え免疫沈降したのち,SDS-PAGE にて展開し polyvinylidene difluoride(PVDF)膜にブロットした.その後一次抗体である抗 FLAG 抗体と 2 次抗体で室温 1 時間インキュベートし,enhancedchemiluminescence (ECL) system でタンパク質を可視化した.4)HeLa 細胞に対し,TRIM36 を過剰発現させ,細胞内骨格タンパク質との局在の関係を調べた.4%ホルマリンで細胞を固定後,0.1%サポニンを含む一次抗体に 1時間室温で反応させ,その後Alexa546-抗マウス IgG抗体もしくは Alexa488-抗ウサギ IgG抗体で反応させた.その後封入し,CCD カメラ装備顕微鏡(オリンパス BX51)で観察した.5)レトロウイルスベクターを使用して作製した TRIM36 過剰発現NIH3T3 細胞株を用いて,細胞増殖能及び細胞周期への影響を検討した.目的タンパク質を恒常発現させるレトロウイルスベクター pMX-puro は北村俊雄博士(東京大学)より供与を受けた.

 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009)

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結 果

1)TRIM36 のユビキチンリガーゼ活性:TRIM36 はリングドメインを有することが構造から判断される.そこで,実際に TRIM36がユビキチンリガーゼ活性を有するかを調べるために,リコンビナントタンパク質を作製し,in vitro ユビキチン化アッセイを行った.すると,E2 として Ubc4 を使用しユビキチン化反応を起こすことが判明した(図1 A).さらに詳細に調べるために反応の各成分を1つずつ除いた成分で,反応させたところ,反応しなかったので特異的反応であることが判明した(図1B). 

 図 1. TRIM36 のユビキチンリガーゼ活性.

(A) TRIM36 が使用する E2.TRIM36 は E2 として Ubc4 を使用する.(B)TRIM36 のユビキチンリガーゼ特異性確認.TRIM36 はすべての酵素成分はそろって初めて E3 として機能する.

 2)TRIM36 結合タンパク質の同定:酵母 2 ハイブリッド法を用いて TRIM36 の新規結合タンパク質としてキネトコアタンパク質であるCENP-H を同定した(図2A).TRIM36 と CENP-Hの結合は,ヒト細胞内(HEK293T)でも確認できた.(図2B).

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 図 2. TRIM36 結合タンパク質の同定.

(A) 酵母2ハイブリッド法による TRIM36 結合タンパク質の同定.ベータガラクトシダーゼアッセイにより TRIM36 とCENP-H が特異的に結合することが判明した.(B)ヒト HEK293T 細胞内での TRIM36 と CENP-H の特異的結合. 

 3)TRIM36 の細胞内発現:TRIM36 の細胞内発現部位を調べるためにHeLa 細胞に過剰発現させ,免疫蛍光染色を行ったところ,細胞内で線維状の発現を示した(図3A).さらに詳細な解析を進めたところ,微小管構成成分である α-チュブリンと共局在し,中間径フィラメントの構成成分であるケラチンとは共局在しないことが判明した(図3B).

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 図 3. TRIM36 の細胞内発現.

(A) TRIM36 と微小管は共局在する.(B)TRIM36 とケラチンは共局在しない. 

 4)TRIM36 による細胞周期への影響:TRIM36 がキネトコア成分タンパク質や微小管と相互作用することから,細胞周期,特に染色体分配に影響を与えることが推測された.そこで,TRIM36 過剰発現したNIH3T3 細胞株を樹立し,細胞周期への影響を観察した.血清飢餓状態によりG0/G1 期に同期したのち,血清を加えることにより細胞周期進行の速度を観察した.すると,TRIM36 過剰発現 NIH3T3 細胞は,S 期への進行が遅延することが判明した(図4 A).また,細胞増殖能を調べたところ,TRIM36 過剰発現NIH3T3 細胞は増殖能が抑制されていることが明らかとなった(図4B).

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 図 4. TRIM36 による細胞周期への影響.

(A) 血清飢餓からの細胞周期脱出に関する TRIM36 の影響.TRIM36 過剰発現は血清飢餓からの脱出を遅延させる.(B)細胞増殖速度に対する TRIM36 の影響.TRIM36 過剰発現は細胞増殖速度を遅延させる. 

  

考 察

本研究計画において,TRIM ファミリーのひとつである TRIM36 のユビキチンリガーゼとしての酵素学的機能,及び結合タンパク質のひとつ(CENP-H)が明らかとなった.さらに,細胞生物学的解析により,微小管と共局在し,細胞周期制御に関係することが推測された.TRIM ファミリーを中心に転写メカニズムにおけるユビキチン化の分子論的機序を解明するために,今後は細胞生物学的および発生工学的手法による細胞及び個体レベルでの解析を進めることが重要となる.また,癌・発生分化・神経変性疾患・自己免疫疾患関係におけるユビキチン化の影響の総合的理解へ向けて研究を進める必要があると思われる.本研究により,TRIM ファミリーが関与するユビキチン化が転写制御や癌化に重要であることが推測されが,さらなる研究が,発生や細胞分化における細胞内のシグナル調節系の理解にも還元できることが予想される.

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 実際,細胞内への正常シグナル伝達の調節からの逸脱が癌の細胞学的性質であることが認識されて久しいが,その中でもp53 や c-Myc を始めとする癌遺伝子(転写因子)の研究は,癌研究領域において盛んである.世界的にも,癌遺伝子産物や癌抑制遺伝子産物の発現及び分解機構の解明に尽力が費やされているが,未だにその本当の分解酵素系に関しては問題点が多いと思われる.本計画研究により,重要な癌化関連転写因子の特徴が明らかとなり,癌化制御及び治療に結びつく技術が開発される可能性が高い.また,癌細胞においてユビキチン化が亢進しているタンパク質は癌化に対して本来は抑制的機能を有している可能性があり,ユビキチン化されやすいタンパク質のスクリーニングは癌抑制機能を有する分子の同定につながる可能性がある. 本研究の共同研究者は,北海道大学大学院医学研究科の築山忠維である.本研究は上原記念生命科学財団のご支援を賜り遂行することができました.ここに厚く御礼申し上げます.

文 献

1) Reymond, A., Meroni, G., Fantozzi, A., Merla, G., Cairo, S., Luzi, L., Riganelli, D., Zanaria, W., Messali,S., Cainarca, S., Guffanti, A., Minucci, S., Pelicci, P.G. & Ballabio, A.:The tripartite motif familyidentifies cell compartments. EMBO J., 20 : 2140-215, 2001.

2) Hatakeyama, S., Yada, M., Matsumoto, M., Ishida, N. & Nakayama, K-i.: U Box proteins as a newfamily of ubiquitin-protein ligases. J. Biol. Chem., 276: 33111-33120, 2001.

3) Nakajima, A., Maruyama, S., Bohgaki, M., Miyajima, N., Tsukiyama, T., Sakuragi, N. & Hatakeyama,S.: Ligand-dependent transcription of estrogen receptor α is mediated by the ubiquitin ligase EFP.Biochem. Biophys. Res. Commun., 357: 245-251, 2007.

4) Takahata, M., Bohgaki, M., Tsukiyama, T., Kondo, T., Asaka, M. & Hatakeyama, S.: Ro52 functionallyinteracts with IgG1 and regulates its quality control via the ERAD system. Mol. Immunol., 45:2045-2054, 2008.

5) Miyajima, N., Maruyama, S., Bohgaki, M., Kano, S., Shigemura, M., Shinohara, N., Nonomura, K. &Hatakeyama, S.: TRIM68 regulates ligand-dependent transcription of androgen receptor in prostatecancer cells. Cancer Res., 68: 3486-3494, 2008.

6) Kano, S., Miyajima, N., Fukuda, S. & Hatakeyama, S.: TRIM32 facilitates cell growth and migrationvia degradation of Abl-interactor 2. Cancer Res., 68: 5572-5580, 2008.

7) Miyajima, N., Maruyama, S., Nonomura, K. & Hatakeyama, S.: TRIM36 interacts with the kinetochoreprotein CENP-H and delays cell cycle progression. Biochem. Biophys. Res. Commun., 381: 383-387,2009.

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