チャンクを意識したリーディング指導...【特集】 フレーズ・リーディング...

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【特集】 フレーズ・リーディング

【特集】 フレーズ・リーディング

1. はじめに:チャンクを意識したリーディング

 言語も含めて,人は入ってくる情報を一定の操作単位で処理する.この情報処理の単位はしばしばチャンクと呼ばれる.言語情報の処理のチャンクは,句(フレーズ)単位,リズム単位を基盤とす る「 理 解・ 生 成 の 意 味 単 位(perceptual / productive sense unit)」である.チャンクは,母語話者だけではなく学習者においても,理解・生成の単位であることはよく知られている.英語教育学の世界では,近年,チャンクがキーワードの一つになっている.本稿では,フレーズ・リーディングの指導法と展開法を概説することで,チャンクを意識した指導の利点と留意点を論じたい.

2. フレーズ・リーディング2.1 フレーズ・リーディングとは何か チャンクを意識した英語指導法として代表的なものは,フレーズ・リーディングである.フレーズ・リーディングは,次のように英文を,スペースやスラッシュによって,センス・グループ(主に句単位)で分割して提示し,英語を英語本来の順序で,より直接的に理解する習慣をつけさせることを目的とした指導法である.分割の仕方は,スペースによるものと,スラッシュによるものがある.

After returning to Japan, / she taught / at several universities. // During this time, / she became involved / in some UN activities, / which eventually led / to her becoming a minister / at the Japanese mission / at the UN / in 1976.

チャンクごとの訳:日本に帰ってきて / 彼女は教えた / いくつかの大学で // この間に / 彼女は関わるようになった / いくつかの国連の活動に / それはやがて

は導いた / 彼女が公使になることに / 日本の代表団の / 国連で / 1976 年に

 これは,「スラッシュ・リーディング」あるいは「チャンク・リーディング」と呼ばれることも多い.いずれも,「センス・グループで分割して提示し,英語を英語本来の順序でより直接的に理解する」ことを主眼とする点で同じものとみなし,本稿では,これらを一括して,現時点でもっとも流通している呼び名であるフレーズ・リーディングと呼ぶこととする. 2.2 ヴァリエーション ヴァリエーションとしては,チャンクごとに日本語訳を書かせるやり方と,日本語訳をさせないで英語を直接理解することを促すやり方がある.また,センス・グループごとに改行して提示するやり方もある.まず生徒たちに統語上の区切り,意味の区切りを考えさせ,英文にチャンクごとにスラッシュを書き込ませ,それから意味の把握に努めさせる,というやり方は,フレーズ・リーディングに慣れてきた生徒たちに向いたやり方である. 「フレーズ・リーディング」を比較的新しい指導法のように考える人もいるが,すでに 30 年以上前から,通訳訓練で行われているサイトトランスレーション(sight translation)を取り入れたリーディング教材が,「同時通訳方式」というキャッチフレーズで販売されている.これは今でいう

「フレーズ・リーディング」と同じである.また,筆者自身,1980 年代から,その当時は高校教員であったが,フレーズ・リーディングを指導に熱心に取り入れ始めた.

2.3 フレーズ・リーディングの利点 フレーズ・リーディングの利点は,第一にチャンクのあり様,並べ方を学べることである.このことは,リスニング,スピーキング,ライティング能力の向上につながる.上で述べたようにチャンクは「理解・生成の単位」なのであるから,当然である.第二に,返り読みを防ぐための矯正装置として効果があり,言語情報のオンライン処理能力を向上させることである.オンライン処理とは,次々と入ってくる情報を頭(ワーキングメモリー)に一時的に保存し,その内容を解析,さらに入ってくる情報を保持しつつ,以前入ってきて解析されたものとどうつながるのかを解析して意味を決定していくという,一連の作業である.第三に,フレーズ・リーディングは,初級・中級者に,主語と主動詞,主節と従属節,関係詞などの後置修飾といった統語構造を理解させるのに役立つ.

3. フレーズ・リーディングの指導3.1 チャンクの区切り方:大きいチャンクか 小さいチャンクか チャンクの区切り方は,まず,句単位に小さく区切るやり方と,節単位に大きく区切るやり方がある.チャンクが大きいと意味の素早い理解が難しくなるが,逆に言えば,大きいチャンクでも意味の理解ができれば,読むスピードが上がる.小さいチャンクは,チャンクごとの意味の理解は容易になるが,読むスピードは大きいチャンクを理解できる学習者よりも遅くなる.また,小さいチャンクは,単語・句間のつながりなどの周辺情報が失われ,戻り読みや先読みを誘引することもあるという指摘もある. 一般的には,初級学習者を対象とする時あるいは難度の高い英文を扱う時は小さなチャンクにし,上級学習者を対象とする時あるいは難度の低い英文を扱う時は大きなチャンクにする,というのが原則になるだろう.また,指導開始当初は,小さめのチャンクにし,徐々にチャンクの大きさを大きくしていく,というのも当然なされるべき配慮だろう.

 ちなみに,筆者は,フレーズ・リーディングを,リーディングに困難を感じる学習者を支援する指導法として使うことが多いので,概して,チャンクは小さくした. 3.2 小さいチャンクの区切りから 小さいチャンクに区切ろうとする場合には,どこで区切るかで悩むことがある.一般的には,統語的情報に基づき区切る.まず,文頭副詞句の後,補文境界の前で区切る.次いで,節内の統語的な境界,つまり,前置詞,接続詞,関係詞,不定詞,分詞の前で区切るのが原則である.さらに,次のように主語が長い場合なども分割する.

The large transnational companies / of the US and Japan / are almost falling over themselves / to invest in the emerging markets / in the region.

 しかし,これらは,絶対的なものでない.区切り方のルールの一貫性を厳格に求めない方がよい.学習者が理解しやすいチャンクにすることが重要なので,テキストを通してある程度の一貫性が保てればいいだろう.

3.3 テキスト自動分割システム 英文のテキストが自動的に分割されるシステムを,立命館大学の田中省作氏がウェブ上で公開して お ら れ, 無 料 で 利 用 で き る(http://www.cl.ritsumei.ac.jp/CALL/SR/).このシステムは,処理が比較的迅速であるし,チャンクの大きさをいくつかのモデルから利用者が選ぶことができるなど,たいへん優れたシステムである.しかし,このシステムで作られた区切りは,利用者が補正を施す必要があることは言うまでもない.現場で生徒と向き合っている指導者の判断が最終的なものである.

3.4 分割された英文テキストの提示 分割された英文テキストの提示の仕方としては,もっともオーソドックスなものが,チャンクに分割された英文テキストをワークシートにして配布

チャンクを意識したリーディング指導

北海学園大学教授

塩川 春彦

【特集】 フレーズ・リーディング

【特集】 フレーズ・リーディング

する方法である.チャンクごとに訳を書き込ませる実践例が多いが,日本語訳を介在させないで理解を促そうという志を持った指導をする人もいる.指導者の指示の下で,英文のテキストにスラッシュを書き込ませる,という手がかからないやり方をすることもできる. 筆者は,高校教員時代には,チャンクに分割された教科書の英文を,一冊分すべて印刷・製本し,

『予習ノート』として教科書使用開始時に配布していた.生徒たちには,チャンクごとに訳を書き込ませていた.授業での答え合わせは難しい部分だけで済ませ,残りは模範訳を配布するなどして後述の展開活動にできるだけ多くの時間を使いたい. 最近では,マルチメディアによってチャンクを提示することは,まったく珍しくない.PC 画面に次々とチャンクが現れて消えていく,というような仕掛けは,上述したオンライン処理を促すために効果的である.このような提示法は,マルチメディアコンテンツ作成支援ソフトを使わなくても,PowerPoint のアニメーション機能で容易にできる.PowerPoint にはサウンドを挿入できることは言うまでもない.

4. フレーズ・リーディングを他の活動にどう発展させるか

4.1 ポーズ入りリスニングとリピーティング フレーズ・リーディングは,訳したところで安心させてしまうのでなく,リスニングやリピーティングにつなげて,英語そのものに触れさせる時間を増やし,英語表現が記憶に残るようにしたい.チャンクごとにポーズを入れた模範リーディングを聞かせ(ポーズ入りリスニング),チャンクごとの音声から内容を想起させる.そのあとに,チャンクごとに模範リーディングを真似て読むリピーティング(逐次リピート,リプロダクションとも言う)につなげる.発話の強勢・抑揚・声調などのプロソディをできるだけ真似るように促したい.これはリスニング力やスピーキング力の向上に役立つと言われている.ポーズ入りリスニングにお

いてもリピーティングにおいても,最初はチャンクを短めにして,短期記憶への負荷をできるだけ抑えるように配慮し,徐々にチャンクを長めにして負荷を増していくと,処理能力が高まる. 4.2 速読 先に触れた,PC によってチャンクの提示をする場合,うまく時間をコントロールして提示し,意味を頭のなかで確認させながら進めていくと,速読の訓練としてとても有効である.ワークシートを使った速読訓練としては,センス・グループごとに改行してプリントアウトして提示し,視線を上から下へ一方通行で動かすことを求める.この場合も,時間をコントロールすれば,自ずと学習者は直読直解をすることを促される.

4.3 英文再生 次に,チャンクごとの訳を英語に直す活動をする.これは紙の上に書かせる活動でもよいし,PCの画面上にチャンクごとの訳を表示し,それを口頭で英語に直す活動でもよい.この活動を通して,英語表現のチャンクが長期記憶に残っていき,スピーキングやライティング能力の向上に役立つことは言うまでもない.

5. フレーズ・リーディングを補完するト ップダウン・アプローチ

 これまで説明してきた諸活動には欠けている視点がある.それは,英文をマクロで見る視点を学習者に持たせることである.フレーズ・リーディングとそれに付随した活動だけでは,いわば英文のボトムアップ処理をさせただけなのである.英文の理解はそれだけでなく,トップダウン処理すなわちパッセージ全体の構造の理解を促さなければならない.言い換えれば,パッセージ全体の論理構造を理解させるのである.たとえば,以下のようなことがあげられる.パラグラフレベルであれば,トピックセンテンスとサポートの識別ができること.テキストレベルであれば,序論(メイン・アイデアの提示),本論(サポート),結論の識別

ができること.意見と理由,原因と結果,問題と解決策などの論理構成が読み取れること,などなど. こうしたマクロでの理解を支援する指導法としては,マッピング(semantic mapping とも言う)が代表的なものである.つまり,パッセージの論理構成をチャート化して,それを空所補充問題にして取り組ませるのである.筆者は,フレーズ・リーディングは省略することはしばしばあるが

(上級者クラスやテキストが平易な場合),マッピングだけはほぼ必ず取り入れている. マッピングも予習の段階でさせるとよいので,筆者は,高校教員であった時も大学教員の現在もテキストの全課のマッピング活動のワークシートを,『予習ノート』として,事前配布している.長野県長野高等学校の樽井千寛教諭は,10 年以上にわたって,自分がある学年の英語担当者のチーフになった時は,採用教科書の一冊分に対応する,

フレーズ・リーディング用の『予習ノート』とマッピング用の『予習ノート』を,それぞれ“Activity Book”として,新学期に印刷製本して配布している(ちなみに,樽井教諭は,筆者が高校教員であったとき,一緒に教材作成やワークシートづくりに励んだ仲間である).次のページに二つの『予習ノート』の例を載せたので,ご覧いただきたい.

6. おわりに 以上,チャンクを意識したリーディング指導について,フレーズ・リーディングを中心に概説した.フレーズ・リーディング自体は,特別新しい指導法ではない(実際,本誌 2006 年 5 月 10 日号にも,実践報告が掲載されている).したがって一部の先生方にとっては「何を今さら」という感じをもたれると思われるが,できるだけトータルに概説したつもりである.授業改善のヒントを一つでも見出していただければ幸いである.

筆者が高校教育時代に作成した『予習ノート』と樽井教諭作成の『予習ノート』

【特集】 フレーズ・リーディング

二つの『予習ノート』

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