ジュラシック・トーク 「妖精の丘」について 作曲家クーラウ...

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ジュラシック・トーク 「妖精の丘」について

今度の秋の定期演奏会は北欧の曲のみによるプロ

グラムです。その中にデンマークに帰化したドイツの

作曲家クーラウの「祝祭劇『妖精の丘(Elverhøj)』

序曲」という曲があります。指揮者の新田さんが提示

されたもので、あまりにもマイナーな曲なので団員で

この曲を知っている人は誰もいませんでした。そこで、

この曲の成り立ちや劇のストーリーなどを調べてみ

ることにしました。

下の図は、劇中の主な登場人物と、その「相関図」

です。そして、右の画像は、このお話が 1939 年に

Svent Methling という監督によって映画化された時

のポスターです。真ん中の人がクリスティアン4世、

左下が Walkendorff、そこから時計回りに Ebbesen、

Karen、Agnete、Mogens、Elisabeth、Bjørn なの

でしょうね。

これはタイトルの通り「オペラ」ではなく、コペンハーゲンの王立劇場が当時の国王フレデリク6世からの

委嘱を受けて制作した「祝祭劇」です。

劇場にオファーがあったのは 1828 年の5月のことでした。それは、その年の 11 月に予定されているフレ

デリク6世の娘のヴィルヘルミーネ・マリーと、後にフレデリク7世となるクリスティアン8世の息子、フレ

デリク・カール・クリスティアン王子との結婚式の時に上演する劇を作ってほしいというものでした。劇場側

はあわてて台本作家を探し、有名なヨハン・ルーズヴィ・ハイベアという人が引き受けることになりました。

そして、その祝祭劇には序曲や劇中歌も必要とされていて、その音楽を作ったのが、王立劇場で歌唱担当の教

師を務めていてこれまでも多くの劇音楽を手掛けていたクーラウだったのです。

ご覧のように、左の図の中の登場人物の名前には「原語」を使っています。デンマーク語の発音はちょっと

変わっているのでたとえば Nielsen は「ニールセン」ではなく「ニルセン」になりますね。もっとすごいの

だと、有名な Andersen は「アンデルセン」ではなく「アナスン」ですからね。ですから、ここでも真ん中

の「Agnete」という人も、「アグネテ」ではなく「アウニード」となるのだそうです。

ということで、この相関図をご覧いただくと、なんだか複雑な男女関係があることが分かりますね。近々村

の近くのホイストルプ城で Ebbesen(エッビスン)と Elisabeth(エリーザベト)の結婚式が行われるのです

が、新郎新婦はそれぞれ別に好きな人がいるのですよ。こういうのも「ダブル不倫」と言うのでしょうかね。

そもそもなんでこんな結婚話が持ち上がったかということが、資料を見ただけでは分からないのですね。

しかも、この物語には、この相関図には登場していないもう一人の重要なキャストがいるのです。それは、

祝祭劇のタイトルにもなっている「妖精の丘」に住む妖精の王です。しかし、彼は実際に劇には現れず、登場

人物の話の中にしか出てきません。それはどういう話かというと、両親(父親は有名な探検家のイェンス・ム

ンク)が亡くなったために国王が名付け親となり、Waklendorff(ヴェルケンドーフ)の城で育てられていた

Elisabeth は、幼少のころにこの妖精の王に誘拐されていたのです。Walkendorff は、探すのをあきらめ、自

分の姪を Elisabeth として育てることにします。しかし、結婚式が近づいて彼女が国王から命名式のプレゼン

トにもらった指環をしていないことに気が付いて、焦っているんですね。

なぜか、その指環をはめた幼い女の子は、かつて妖精の丘に捨てられていました。それを近くの村に住む女

性、Karen(カーン)が見つけ、Agnete と名付けて自分の娘として育てることにしたのです。その時に、女

の子(つまり Elizabeth)が身に付けていた指輪や宝石は、泥棒に盗まれないように壺に入れ丘の中に穴を掘

って埋めておいたのです。

そのことを、結婚式の日に Karen は Agnete(つまり Elizabeth)に打ち明け、Mogens(モーウンス)と

ともに壺を掘出しに行きます。そこに国王も現れて、出てきた指環と Agnete(つまり Elizabeth)を連れて

城に向かい、全ては丸く収まってめでたしめでたしとなるのです。なんともしっちゃかめっちゃかなプロット

ですね。

実は、この祝祭劇は 2015 年に日本で実際に上演されていて、その写真集とあらすじを「国際クーラウ協会」

のサイトで見ることが出来ます。しかし、このあらすじが、ここまで書いてきたこととかなり違っているんで

すよね。おそらく、あちらもあまりの煩雑さに、分かりやすく手直しをしていたのではないでしょうか。

いずれにしても、祝祭劇の中には華やかなバレエなども登場し、お祝いのムードが満載のゴージャスな仕上

がりにはなっています。

この祝祭劇、本国ではとても親しまれていて、王立劇場だけでも今までに 1000 回近く上演されているのだ

そうですよ。映画まで作られていましたからね(左のポスターには、タイトルの下にハイベアとクーラウの名

前が見えます)。

もっとも、この祝祭劇で最初に祝福を受けたカップルは、10 年も経たないうちに離婚してしまいましたけ

どね。原因はもちろん夫の浮気。

クーラウがこの祝祭劇のために作った劇中歌には、もっぱら昔から伝わる伝承歌、「バラ

ード」と呼ばれるものが素材として使われています。それらは、おそらくは専門の歌手では

なく俳優が歌ったのでしょう。素朴なメロディで出来た短い歌が、歌詞を変えて何番も歌わ

れるという形がとられています。ニューフィルが演奏する「序曲」には、そんな歌のメロデ

ィが何曲か引用されています。

では序曲の中で劇の中の曲がどのように使われているかを見ていきましょう。序曲全体の音源は↑の QR

コードから聴くことが出来ます。同様に、下の楽譜の横の QR コードからも、その劇の中の音楽が聴けます。

この劇は、1828 年 11 月1日に行われたロイヤル・ウェディングに続く1週間のお祭りの中、11 月6日

に初演されました。まず、冒頭 Andante maestoso の序奏では、複々付点音符が続く重厚な音楽に続いて、

トランペットのファンファーレが聴こえてきます(上の音源の 0:33)。これはおそらく結婚式本体への祝賀

の意味が込められているのではないでしょうか。

そして、序奏の後半が始まると(1:27)第4幕で演奏されるバレエ音楽「Agneta の夢」が流れます。

それは、妖精の丘でうたた寝をしていた Agneth が、妖精の王からダイヤの指輪をもらうという夢を見る

のですが、目をさましてみるとそばで壺を掘り出した Mogens がその中からダイヤの指輪を取り出したとこ

ろだったというシーンです。このテーマは、クーラウのオリジナルです。

そして、Allegroの主部が始まります(2:55)。一応ソナタ形式をとっているようで、第1主題の前半は三

連符によるロッシーニ風の軽快なテーマ、後半(3:27)は畳み掛けるようなイケイケのテーマです。

三連符に乗って第2主題として最初に登場する(4:30)リリカルなテーマは、第2幕で Elisabeth が歌う

「木陰は広がり、日は伸びる」というロマンスです。

これは、昔から伝わる「バラード」がベースになった曲です。クーラウは、これがこの序曲の中で最も重

要なテーマだと言っています。

後半(5:10)には第3幕の最後の狩人の合唱「美しい夏の夜に」のクーラウのオリジナルのモティーフと、

その幕の冒頭で村人たちが酒盛りをしている時に Mogens と狩人たちが掛け合いで歌う(5:29)「いまや、

どこも日は落ちた」も登場します。

これも、古いバラードを元にクーラウが作りました。

6:09 からは展開部の要素も入った再現部となり、これまでのテーマが繰り返されます。そしてコーダ

(9:03)に登場するのが、デンマークの王室歌「クリスティアン王は高き帆柱の傍らに立ちて」のメロディ

です。劇の中での歌詞は「偉大なる神、我らが王を護れ」です。これは、王室の行事の際に歌われるもので、

普通に国民が歌う国歌「麗しき国」とは別の曲です。

その後に短いエンディングが入って、序曲は終わります。

DACAPO/8.224053

■資料

この曲の唯一の「全曲盤」CD の Henning Bro Rasmussen によるライナーノーツ

(CD のジャケットには、この劇の王立劇場での初演の模様が描かれた絵画が使われています)

■おまけ

SNS で新田さんから、「この曲は本国では別の意味で人気曲です」というコメントをいただいたので、何

のことだろう?と思っていたら、ヴァイオリンの N さんが、その映像を見つけてくれました。

これはデンマークで 1976 年に作られた「Olsen Gang」というシリーズの映画の8作目「The Olsen Gang

Sees Red」の中の1シーン(この映像は、ノルウェーでのリメーク版?)。なんと、このギャング団が「妖

精の丘」序曲に合わせて、それが初演された王立劇場の地下に忍び込むというお笑いです。

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