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ジュラシック・トーク ハイレゾって、なに? 前ページの新譜レビューの最後に、「24bit/192kHz」とか「DSD128fs」などいった、ちょっと難しそうな 言葉が並んでいましたね。これは、最近耳にすることが多いはずの「ハイレゾ」というものに関連した規格(フ ォーマット)の一例なのです。ここでは、そのハイレゾの基本的な知識を整理してお届けしたいと思います。 ■身近になったハイレゾ ハイレゾというと、普通に生活している分には なんの関係もないような気がしますが、実は世の 中ではすでにかなりのところに浸透してきてい ます。早い話が、ニューフィルの定期演奏会でも、 このところ毎回ハイレゾで録音を行っています。 ホールでは三点吊りのマイクロフォンをステー ジの上に設置して、それを CD-Rに録音してくれ ていますが、バックアップとしてそれと同じ音声 信号をホールとは別に自前でハイレゾのレコー ダーを持ち込んで録音しています。 先日の演奏会では、ホールの機材が CD-R1枚 で 80 分までしか録音できないところに最後の交 響曲の前に指揮者が少し時間を取ってその曲に関するレクチャーを 15 分ぐらい行いましたから、その後1時 間ちょっとの交響曲とアンコールまでを演奏したり、その間の拍手や指揮者の出入りの時間を含めると、全て の演奏が終わったころには 80 分を超えてしまいました。そこで、最後のアンコールの途中で録音は終わって しまっていたのです。そんな時でも、このバックアップがあったので問題なく団員頒布用の CD を作ることが 出来ました。 そのレコーダーで録音したハイレゾ音源は簡単に CD のフォーマットにダウンコンバートできますから、そ れを CD には使います。そして、元のハイレゾの音源は、公式サイトのサーバーにアップロードして、どなた でも入手できるようにしています。 アマチュアでもそんなことができるぐらいですから、今の時代のプロの録音の現場では、40 年近く前に制 定された CD のフォーマットは、すでに標準ではなくなっているのです。クラシックに限って言えば、おそら く現在新録音としてリリースされている CD の大多数のものは、録音時にはハイレゾのフォーマットが使われ ているはずです。そして、映像のパッケージ、DVD やブルーレイでは、すでにハイレゾが標準的な規格にな っています。 ■なぜハイレゾか それには、しっかりとした理由があります。1982 年に CD という形で華々しく世の中に登場したデジタル 録音(デジタル録音自体はその前から存在していました)は、音質ではそれ以前のアナログ録音には及ばない ことが次第に分かってきたからです。CDに採用されたフォーマットは、デジタル録音といってもPCM(Pulse Code Moduration)という、時間軸に沿ってアナログ録音の波形を細かく切り取り、その時の音の大きさを 数値化したものです(このような多分に情緒的で不正確な表現は出来るだけ現象を分かりやすくするための方 便だとお考えください)。切り取った時の細かさが「サンプリング周波数」、音の大きさが「量子化ビット数」 と呼ばれる単位で表わされます。当然のことですが、それらの数値が大きいほど、より元の波形に近いものに なりますから、実際の音もより元の音に近づきます。 レコーダー

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Page 1: ジュラシック・トークjurassic.fool.jp/snp/255/hireso.pdf · DVD によるハイレゾ オーディオ用のパッケージとして最初にハイレゾが取り入れら

ジュラシック・トーク ハイレゾって、なに?

前ページの新譜レビューの最後に、「24bit/192kHz」とか「DSD128fs」などいった、ちょっと難しそうな

言葉が並んでいましたね。これは、最近耳にすることが多いはずの「ハイレゾ」というものに関連した規格(フ

ォーマット)の一例なのです。ここでは、そのハイレゾの基本的な知識を整理してお届けしたいと思います。

■身近になったハイレゾ

ハイレゾというと、普通に生活している分には

なんの関係もないような気がしますが、実は世の

中ではすでにかなりのところに浸透してきてい

ます。早い話が、ニューフィルの定期演奏会でも、

このところ毎回ハイレゾで録音を行っています。

ホールでは三点吊りのマイクロフォンをステー

ジの上に設置して、それを CD-Rに録音してくれ

ていますが、バックアップとしてそれと同じ音声

信号をホールとは別に自前でハイレゾのレコー

ダーを持ち込んで録音しています。

先日の演奏会では、ホールの機材が CD-R1枚

で80分までしか録音できないところに最後の交

響曲の前に指揮者が少し時間を取ってその曲に関するレクチャーを 15分ぐらい行いましたから、その後1時

間ちょっとの交響曲とアンコールまでを演奏したり、その間の拍手や指揮者の出入りの時間を含めると、全て

の演奏が終わったころには 80分を超えてしまいました。そこで、最後のアンコールの途中で録音は終わって

しまっていたのです。そんな時でも、このバックアップがあったので問題なく団員頒布用の CDを作ることが

出来ました。

そのレコーダーで録音したハイレゾ音源は簡単に CDのフォーマットにダウンコンバートできますから、そ

れを CDには使います。そして、元のハイレゾの音源は、公式サイトのサーバーにアップロードして、どなた

でも入手できるようにしています。

アマチュアでもそんなことができるぐらいですから、今の時代のプロの録音の現場では、40 年近く前に制

定された CDのフォーマットは、すでに標準ではなくなっているのです。クラシックに限って言えば、おそら

く現在新録音としてリリースされている CDの大多数のものは、録音時にはハイレゾのフォーマットが使われ

ているはずです。そして、映像のパッケージ、DVD やブルーレイでは、すでにハイレゾが標準的な規格にな

っています。

■なぜハイレゾか

それには、しっかりとした理由があります。1982年に CDという形で華々しく世の中に登場したデジタル

録音(デジタル録音自体はその前から存在していました)は、音質ではそれ以前のアナログ録音には及ばない

ことが次第に分かってきたからです。CDに採用されたフォーマットは、デジタル録音といっても PCM(Pulse

Code Moduration)という、時間軸に沿ってアナログ録音の波形を細かく切り取り、その時の音の大きさを

数値化したものです(このような多分に情緒的で不正確な表現は出来るだけ現象を分かりやすくするための方

便だとお考えください)。切り取った時の細かさが「サンプリング周波数」、音の大きさが「量子化ビット数」

と呼ばれる単位で表わされます。当然のことですが、それらの数値が大きいほど、より元の波形に近いものに

なりますから、実際の音もより元の音に近づきます。

レコーダー

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CD の場合、その量子化ビット数は 16bit、サンプリング

周波数は 44.1kHzでした。ここでサンプリング周波数に注

目すると、それは音を1秒間に 44,100回切り刻むというこ

とになります。一方、例えば純音の場合、左のようにサイン

カーブでその様子が表示されることがありますが、それは基

点から上に上って最高値となり、さらに下に下ってきて最低

値となりまた起点に戻るという「サイクル」を一つの単位と

して数えます。周波数の単位である Hz(ヘルツ)は、かつ

ては「c/s(サイクル毎秒)」と呼ばれていた通り、1秒の間

に何個の「サイクル」が入るかをあらわすものです。ですか

ら、一つの「サイクル」を表現するには、上限と下限の2つ

の点の場所を指定しなければいけません。つまり、例えば 20,000Hz の音をデジタルで表現するためには、

その倍の 40,000 回切り刻む必要があるということです。逆の言い方をすれば、サンプリング周波数が

44.1kHz(44,100Hz)の場合には、その半分の 22.05kHzの周波数の音以上は表現できないということにな

ります。実際には、それ以上周波数が高い音があるとエラーが発生するので、この場合は 20kHzより高い音

は最初からフィルターでカットされています。

面倒くさいことを書きましたが、要するに PCMの場合は、サンプリング周波数の半分以下の周波数の音し

か録音できない、ということだけを知っておいてください。そして、CD のフォーマットでは 20kHz 以上の

高い音は全く録音されていない、ということも。

もっとも、人間の耳が認識できる周波数は、ほぼ 20Hz から 20kHz の間だ、とも言われています。CD の

フォーマットはその範囲内なのだから、なんの問題もないのだ、というのが、CDが開発された時の「大義名

分」でした。あのカラヤン先生も、それで太鼓判を押してくださったのです。ところが、実際にその音を聴い

てみると、アナログ録音には確かにあったはずの繊細さとか空気感といったものが失われていることに、人々

は気づきはじめました。そして、その原因はカットされてしまった 20kHz以上の音にあるということも分か

って来ました。それに伴って、2000年頃からは、録音スタジオでは 24bit/96kHzか、それ以上の PCMが使

われるようになってきます。このように、量子化ビット数、サンプリング周波数のどちらか一方か、あるいは

両方の数値が CD の規格である 16bit/44.1kHz よりも、大きな状態で録音されたものが、「ハイレゾ(High

Resolutionの略語)」と呼ばれるのです。当然ですが、それは CDで再生することはできません。

■DAT、衛星放送によるハイレゾ

そういう意味で、最初に登場したハイレゾの録音システムは

DAT(Digtal Audio Tape)ではないでしょうか。CD をその

ままデジタルコピーされることを防ぎたいという CD 業界の

姑息な事情で、16bit/48kHz というまさにハイレゾのフォー

マットが1987年に採用されました。そのフォーマットはNHK

が 1989 年に衛星放送(BS)を開始した時にも、音楽用の B

モードとして使われることになります。しかし、2000年にア

ナログからデジタルに変わった時に(アナログ放送は 2011年

まで継続)、音声フォーマットは非可逆圧縮音源である AAC

(Advanced Audio Coding)に変わってしまいました。ですから、現在の衛星放送の音は、決してハイレゾ

とは言えないものになっています。これは、同じソースを市販の DVDなり BDと比べてみると、誰でもわか

ります。BDの場合、上のレコーダーの仕様だと最高のフォーマットは 24bit/192kHzですからね。

サイクル

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■DVDによるハイレゾ

オーディオ用のパッケージとして最初にハイレゾが取り入れら

れて商品化されたのはその DVD でした。最高で 24bit/192kHz

までのハイレゾに対応し、従来の2チャンネルステレオとともに

5.1 サラウンドなどのマルチチャンネルも再生可能な規格が

1999 年に統一されて多くのソフトも供給されましたが、現在で

はもはや新しいソフトのリリースは全くありません。

■SACDによるハイレゾ

それは、同じ 1999 年に規格化されたもう一つのハイレゾ対応

のパッケージ、SACD(Super Audio CD)との競争に敗れたから

です。こちらは見た目も CD と同じで、ほとんどの製品は普通の

CD も聴けるハイブリッド・タイプですし、再生機器も積極的に

発売されましたからより浸透しやすかったのでしょう。

しかし、SACD の場合は、DVD オーディオと同じ2チャンネルのハイレゾ音源とサラウンド用のマルチチ

ャンネル音源が収録されていますが、それはデジタル録音でも PCMではなく DSD(Direct Stream Digital)

という、別の形でデジタル化された音源が使われていました。フォーマットも 1bit/2.8MHzという、PCMと

はけた違いに高いサンプリング周波数になっています。その原理は、デルタ・シグマ変調と言って、正直非常

に難解なものなのですが、ざっくり言ってしまうと、PCM のように、ミクロ的に見ると階段状になっている

波形を、次の階段との差(デルタ=Δ)を前の階段に加える(シグマ=Σ)ことによって、波の形を滑らかに

する、というものです。

PCM は、時間軸に沿った直線的なデジタル化(そのた

め、「リニア・PCM=LPCM」とも呼ばれます)ですから、

途中で切ったりつなげたりという編集作業が容易に行え

ます。サンプリング周波数を変えるだけで、テンポを変え

るようなことさえ可能です。それに対して DSDは、その

ようなフィードバックが入っているので、原

理的に編集は不可能だというデメリットが

あります。ですから、普通は例えば

24bit/352.8kHz(CD の8倍のサンプリン

グ周波数)といった超ハイレゾの PCM

(DXD=Digital eXtreme Definitionと言い

ます)にいったん変換して編集作業を行い、

その後DSDに戻すということを行っている

ようです。

DSD 1bit/2.8MHz(SACD品質)

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■ブルーレイによるハイレゾ

PCM でのハイレゾのパッケージも、頓挫した

DVD オーディオのあとを継ぐような形で、メデ

ィアを BD(ブルーレイ・ディスク)に変えて開

発されました。それがブルーレイ・オーディオで

す。これは一部では「Pure Audio」というネー

ミングで、多くのレーベルで採用されています。

こちらの場合も最高のフォーマットは

24bit/192kHz、サラウンドも 5.1だけではなく

さらにチャンネルの増えたフォーマットにも対

応できるようになっています。再生も、普通のブ

ルーレイ・プレーヤーがそのまま使えます。

■インターネットによるハイレゾ

しかし、ハイレゾの音源として最も出回っているのは、このようなパッケージではなく、インターネット配

信によって直接入手できるハイレゾの音楽ファイルでしょう。すでに CD以下の音質の非可逆圧縮音源(mp3

や AAC)での配信はかなり広まっていますが、ハイレゾのデジタルデータは、例えば 24bit/96kHz の PCM

の場合、1時間の音楽では約2GBという巨大なものになってしまいますから、それほどの広がりはありませ

んでした。しかし、ブロードバンドの普及や、音質を変えずに PCMデータのサイズを半分近くに出来る可逆

圧縮(たとえば FLAC=Free Lossless Audio Codec)の開発によって、そのような大きなファイルでも容易

にダウンロードできる環境が整ったため、このような販売方法が可能になってきました。

最近ではそのような音楽配信の躍進で、CDなどの売り上げは低迷を続けています。SACDでも同じことで、

それまで SACD を販売していたレーベルでも CD だけになってしまうケースも多くみられるようになってき

ました。インターネットで配信されるハイレゾの音源の再生に関しても、多くの再生機器が登場し、ノウハウ

も蓄積されてきましたから、将来的にはこの形が主流になっていくのではないでしょうか。なによりも、DSD

では、SACDに採用されている 1bit/2.8MHz(このサンプリング周波数は CDの 64倍なので「64fs」と呼ば

れます)の上位フォーマットである 128fs(1bit/5.6MHz)あるいは 256fs(1bit/11.2MHz)による音源は、

現在はインターネット配信以外で入手することはできませんから。

■PCMと DSDとの違い

PCMと DSDでは、微妙なところで味わいが異なるとされています。ただ、単に解像度という点で比較する

と、24bit/96kHzの PCMと、64fsの DSDが同等だと言われています。つまり、パッケージでは、ブルーレ

イ・オーディオによる 24bit/192kHz の方が SACD よりも解像度が高いことになりますし、個人的な印象で

すが、同じ音源でこの2者を比べてみると、明らかにブルーレイ・オーディオの方がより精緻な音に聴こえま

す。もしかしたら、CDの規格を制定した時に間違いを犯したように、SACDもハイレゾとして聴くには不十

分なフォーマットで妥協していたのかもしれませんね。

■終わりに

正直な話、普通に音楽を聴く分には CDのフォーマットで十分です。再生するオーディオ機器も、実際にハ

イレゾの配信音源をきちんと再生するための手順は、単なる音楽愛好家にとってはハードルが高いことは否め

ません。それでも、しかるべき再生手段を整えて、ハイレゾの音を体験してしまうと、確実に CDの音では物

足りなくなってしまうことは間違いありません。無理にはお勧めしませんが、現在のデジタル録音が到達した

音を、機会があれば味わってみても損にはならないはずですよ。