moocの進化と質保証moocを発展段階に分けて考えてみる。表1 moocの発展段階...

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1. 公開大学とMOOC

放送大学1 の英語名はThe Open University of Japan であり、日本で唯一の公開大学といえる。文部科学省生涯学習政策局が所管する生涯学習機関であり、高等教育におけるセーフティーネットとして期待されているため、誰でも入学できることがポリシーになっている。一方、質保証の問題があるため、入学者全員が卒業し、学位(学士)を取れるわけではない。学位取得(卒業資格)はかなり難しく、設立以来 30 年間で延べ 100 万を超える履修者がいるが、学位取得者は数万人に止まっている(注、なお、大学院博士課程・修士課程には入試がある)

現在、「MOOC」が世界的な流行語になっている。しかし「MOOC」という言葉が現れる前から、100 万人を超える学生を擁する公開大学もあったし、万単位のオンラインコースを有する遠隔大学もあった。MOOCは 2012 年から急激に成長しているが、その前から存在する公開大学や遠隔大学が行っていたオンラインコースと何が違っているのか考えていきたい。

2. MOOCとOER の相違

公 開 教 育 資 源(Open Educational Resources、OER)のムーブメントは、2001 年の MIT の Open Course Ware(OCW)の発表を契機として始まり、UNESCO等の支援もあり、世界各国に普及した。OCW はコースの公開ではなく、コンテンツの公開・共有であり、これ

は初期 MIT の OCW の性質を引き継いでいる。それに対する MOOC の最大の特徴は、教

育そのものを公開する点にある。しかし教育というからには質の保証が必要になる。そのコースを受講することによって、教育目標が達成できるか、それを保証できるかということになる。コース自体の質というレベルの問題もあるし、対面授業と同等の教育指導の質が保証されるかという問題もある。さらに第三者機関がそのコースを認証しているかが問題になる。MOOC は教育と表明しているため、こうした課題への回答が求められている。

3. MOOCとオンライン教育の相違

MOOC と従来からのオンライン教育との相違として、既存の遠隔大学や公開大学は、公的補助金や授業料によって運営されているが、MOOC はより多様なビジネスモデルを想定する点が挙げられる。従来、オープン教育の、持続可能な唯一のモデルはパブリックセクター、すなわち公開大学によるものという信念があったが、それがいま打ち破られようとしている。Coursera のように民間資金によるオープン教育を実現するという可能性が出てきているからである。このように旧来のオープン教育のビジネスモデルが揺らいでおり、公開大学も安閑としていられない状況になっている。

さ ら に 両 者 を 比 較 す る と、LMS やStudent Information Service のような学生管理に関するものなど共通する部分も多いが、確かに MOOC になって初めて出てきた考え方がある。たとえば、ビッグデータとラーニングアナリティクスである。

MOOC の進化と質保証

山田 恒夫放送大学 教授

概要:日本においてもいよいよ MOOC の提供が始まった。大学にとってのいくつかの論点、たとえば、MOOC のプロバイダーをめざすのかその利用者にとどまるか、オンラインコース(遠隔教育)として利用するか反転授業を含めた対面授業の一部あるいはブレンディッド型として組み込むか(例、単位の実質化の手段、従来の紙の教科書に代わる「マルチメディア電子教科書」)、正規教育の一部として取り入れるか広報や地域貢献を主にターゲットにした非正規教育にとどまるか、などは、MOOC の質保証、MOOC がコースとしての品質を有するか、その認証制度について社会的合意が形成され、大学そして社会(産業界)の受容可能なものになるかに依存する。本論では、2013 年 11 月に設立された日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)を紹介しながら、日本版 MOOC の質保証を左右する要件を考察する。

キーワード:MOOC、オープンエデュケーション、電子教科書、反転授業

1 http://www.ouj.ac.jp

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これまでのオンライン教育でも、スケーラビリティーの問題はあるにしても、LMS を利用してきた。それに対して、MOOC が決定的に違うのは、ごく限られた教員で、非常に大規模な学生を相手にするために、ラーニングアナリティクスやビッグデータ、人工知能を使うことである。

4. MOOCs の発展段階

考え方を整理するために、表 1 の通りMOOC を発展段階に分けて考えてみる。

表 1 MOOC の発展段階

第 1 段階では、MOOC はこれまであったOER の一つに過ぎない。第 2 段階では、それが発展して質保証がなされ、公開大学の脅威になる。第 3 段階は、高等教育の新しいイノベーティブなモデルになり、高等教育が大学の独占物ではなくなるというものだ。

そうした段階を示す指標は、今後 2 ~ 3 年の間に出てくると思われるが、一番分かりやす い の は 脱 落 率 だ。 現 在 は、 北 米 系 のMOOC でさえも脱落率は 90%を越えており、これでは教育といえない水準だ。公開大学から見ても、90%が脱落していく状況では、競争相手とはいえない。

今後、MOOC がビッグデータを活用して、ラーニングアナリティクスや人工知能など、バックエンドで稼働するツールを洗練させていけば、現在の通信制大学並みの脱落率に迫る時期が来るだろう。それが次のステージに移るタイミングで、1 ~ 2 年後にくるかもしれない。これは伝統的大学よりも、公開大学や通信制大学がまず影響を受け始めるだろう。

ステージの第 3 段階では、反転授業のような新たな教育法が導入されることによって、伝統的な大学並の質が保証される。さらに第三者機関による評価が行われるようになると、高等教育、大学の在り方は大きく変わるかもしれない。

5. コース認証

例を、放送大学にとって考えてみる。放送大学は大学評価・学位授与機構の認証を受けて い る の で、 学 位 を 認 定 で き る。 一 方、MOOC を利用してスタンフォード大学やMIT、ハーバード大学が提供するコースを所定単位分修了しても、日本ではそれに対して学位を認定する機関は存在しない。

しかし、企業の求人という観点からすると、どう見えるだろうか?ハーバード大学やMIT の MOOC を修了し、しかも修了できたということは英語が堪能ということを意味するので、放送大学卒業生が負けてしまうかもしれない。そういうことが現実になるという危機感が、公開大学にはある。

アメリカと日本では認証システムが異なる。アメリカには 100 近くの高等教育レベルの認証機関があり、その認証機関を認定する団体として CHEA2 がある。2012 年の” MOOC and ACCREDITATION” という記事3 によると、大学が介在しない教育が発展してくるときに、コース認証をどうするかの議論がCHEA で始まっている。

6. 反転授業

反転授業には、「単位の実質化」を進める上での有力な手段になるという期待がある。大学の単位という考え方には、1 時間の授業の外に、予習1時間と復習1時間が前提となっているが、それを実践している学生はあまりいないかもしれない。

そこで MOOC のオンラインコースを使って予習してきてもらい、授業ではグループ学習やプロジェクト学習によって知識の定着や理解の深化を図ることで、授業の質を高めることが期待されている。

自分の書いた教科書を使用している教員もいるが、他の人の教科書を使って授業している場合も多い。そう考えると、紙の教科書がMOOC に置き換わるだけなので、反転授業は比較的抵抗感が少なく、教員に受け入れられる方法かもしれない。

出版業界では、紙の教科書が売れなくなっている。だからといって電子教科書をはじめとする電子書籍が大学に普及しているわけで

2 Council for Higher Education Accreditation http://www.chea.org/3 http://www.chea.org/ia/IA_2012.10.31.html

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はない。反転授業は、その突破口になる可能性があるものとしても期待されている。例えば、標準化された質の高い教科書を持つ出版社が MOOC プロバイダーになってもおかしくない。アメリカの出版社には、WEB 広告や、見返りに図書館にバルクで本を納入するといったビジネスの手法もあるようだ。大学側も、そうした仕組みが提供されれば、学生により多くの本を読ませることができるので悪くはないはずである。

MOOC が登場したとき、本当に黒船が来たと思った人も多かったと思う。しかし初期の熱狂が過ぎその中身が理解されてくるにつれ、先行する北米系の MOOC でさえも既存技術の組み合せで出来ていて、そのすべてが革新的なものではなかったということが知られるところとなった。これまで経験してきた LMSの上に、さまざまなツールを組み上げてMOOC ができている。IMS Global Learning Consortium4 の CEO である Rob Abel 博士は

「MOOC は blended learning の 1 タイプに過ぎない」と発言している。ただし決定的に違う点もあり、それがたとえば前述した、ビッグデータとラーニングアナリティクスだ。

国際標準化団体である IMS Global Learning Consortium は、さまざまな eLearning 資源の共有や流通、再利用の可能性を考え、クイズ(問題)関係の相互運用性(インターオペラビリティー)を規定する QTI や、学習ツールを規定する Learning Tools Interoperability(LTI)など eラーニングに関する標準化を行っている。

7. JMOOC

2013 年 に JMOOC5 が 設 立 さ れ た が、JMOOC の「J」には、「日本の」という意味と、「日本語による」という意味がある。JMOOC による WEB 調査では、日本では北米系の MOOC は英語のため利用しづらいという回答が多かった。日本語に限定すると大規模性(Massiveness)が成り立つのかという議論はあったが、やはり日本人には日本語の需要があるだろうということで構想された。しかし Coursera など海外 MOOC も多言語化を図っているので、いずれ日本語であることは特徴にならなくなるだろう。

また、JMOOC では産学連携による人材育成の観点を持っている。海外展開をしている日本の企業が、海外の教育システムとのリンクを図るときに MOOC を活用する可能性がでてくる。海外では、優秀な学生候補を MOOCを使って発掘するとか、MOOC を使って人材育成のプログラムを走らせているが、日本でも企業内研修で活用されることも予想される。

JMOOC は 2014 年の春から順次 13 コースを提供する予定になっている。プラットホームとして、NTTdocomo が提供する edX コードを中核にしたもの、ネットラーニング社の提供する独自のもの、NPO 法人 CCC-TIES6

の提供するCHiLO Bookの3つが準備された。ちなみに放送大学は CHiLO Book を採用するが、edX や Coursera に対抗可能な、日本初の MOOC プラットホームに育って欲しいと願っている。

8. 放送大学 MOOC

JMOOC 上で、筆者のグループもヨーロッパ言語参照枠(CEFR)に準拠した JF 日本語教育スタンダードに対応した日本語入門教材の公開を予定している。これは学習者のプラットホームとしてマルチメディア電子教科書を使い、背後で LMS(Moodle)を動かす。

e ラーニングと電子教科書を融合させたEDUPUB という国際標準が、IDPF7 と IMS-GLC、W3C の三者で検討されている。技術的トレンドは、学習者のインターフェースは電子教科書であっても、その背後では LTIに準拠した LMS を稼動させる方向に向かっている。LTI は Sakai や Moodle、Canvas などのメジャーな LMS に実装されており、Coursera や edX にも採用されている。今後は、LTI を媒介にして、さまざまな学習ツールを組み合わせて使うことが、MOOC の世界では一般的になる可能性が高い。IMSでは、ラーニングアナリティクスやビッグデータに関しても、データの構造を標準化するなどした IMS Caliper も並行して進めている。

こうして、MOOC はこれまでの大学の序列を打ち破る革命的な手段として成長する可能性を秘めているといえる。

4 IMS Global Learning Consortium http://www.imsglobal.org/5 日本オープンオンライン教育推進協議会 http://www.jmooc.jp/

6 特定非営利活動法人サイバー・キャンパス・コンソーシアム TIES

http://www.cccties.org/7 International Digital Publishing Forum http://idpf.org/

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