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000 NIKKEI Drug Information 2019.03

薬剤師・薬局のあるべき姿とは

 社会の高齢化とともに、疾病構造や家族形態が変化し、地域の在宅療養患者に対する支援ニーズが多様性を帯びるなか、薬剤師も調剤や服薬指導だけでなく、地域医療の担い手としての新たな役割が求められている。しかしながら、現状は、薬剤師の職能を生かした機能が十分に発揮されているとは言い難い。 薬剤師・薬局は、処方箋に基づいて調剤し、服薬指導および医薬品販売に携わっているが、これまで薬物治療において意思決定し、患者の転帰に責任を負う機会はほとんどなかった。これは、大学教育などでそうした訓練を受けておらず、臨床決定者としての役割がなかったためであるが、そればかりでなく、意思決定や潜在的な葛藤を回避する薬剤師の消極性もまた、大きな障壁になっていると考えられる。 日米薬剤師を対象とした2016年の意識調査1)では、米国の薬剤師に比べて、日本の薬剤師は自分自身の薬学的知識やマネジメントスキルに自信がなく、大学で十分な薬学教育やトレーニングを受けてこなかったと感じていることがわかった。医療制度が異なるため、国際比較は難しいとはいえ、日本の薬学教育における変革の必要性が示唆されたものと受け止めている。 そこで、私は薬剤師のあるべき姿を定義し、それを示す方法や仕組みを考えるとともに、あるべき姿が日常になることを目指して、薬剤師の養成に取り組んでいる。

 薬剤師・薬局のあるべき姿は、患者の病気を治す薬物治療に携わり、ゲートキーパーとして副作用を防ぐことが基本となる。さらに、調剤を中心とした「モノ」への対物業務に加え、患者すなわち「ヒト」への対人業務において、目の前の患者に個別の情報を提供する「医療の個別化」と、「患者のためにできることは何でもする姿勢」が求められる。  医療 の 個別化における行動指針はEBM(Evidence Based Medicine:根拠に基づく医療)である(図1)。臨床研究で得られた根拠を収集したうえで、臨床的技量や患者の価値観を踏まえ、目の前の患者に適用できるかを批判的に吟味し、個々の患者に特化した情報を提供できるスキルを獲得してほしい。そして、患者をトータルで捉えることも大事である。患者の疾患(disease)を医学的に検討するだけでなく、患者が

超高齢社会を迎え、高齢独居世帯や老々介護が増加するなか、在宅医療における排便コントロールの重要性が高まっている。一方、薬剤師を取り巻く状況も大きく変わり、地域包括ケアシステムの一員として、在宅療養患者を支援する新たな役割が期待されるようになった。本セミナーでは、今後あるべき薬剤師像の模索から、排便コントロールに取り組む際に必要な便秘の基礎知識、「排便ケアチーム」による共同介入について、金沢大学 医薬保健研究域 薬学系 臨床薬物情報学研究室 教授の荒井國三氏が講演した。座長は、大阪大学医学部附属病院 薬剤部 副薬剤部長の山本智也氏が務めた。

第28回 日本医療薬学会年会 メディカルセミナー 42

山本 智也 氏大阪大学医学部附属病院薬剤部 副薬剤部長

荒井 國三 氏金沢大学 医薬保健研究域 薬学系臨床薬物情報学研究室 教授

座長 演者

在宅療養患者の排便コントロール

─薬剤師業務の新たな指標の探索─

提供:荒井 國三 氏

図1 医療の個別化の指針となるEBMの3つの輪

臨床研究から得られた根拠

Research Evidence

最善の科学的根拠

患者の価値観Patient Preferences

何故、受診したかという個人的問題

批判的吟味

臨床的技量Clinical Expertise

患者

医療者の専門性

吉田製薬株式会社 提供

NIKKEI Drug Information 2019.03 000

「背後に何か隠れていないか」を常に考えることだ。便秘を生じる可能性のある疾患には、高齢者に多い糖尿病や甲状腺機能低下症、腎臓病、認知症、パーキンソン病などがある。また、ポリファーマシー(多剤併用)や尿失禁のある高齢患者は便秘になりやすい5)。消化管の運動性に影響する薬剤や日常活動性を抑える鎮静作用のある薬剤などに起因した薬剤性便秘の可能性を探ることも忘れてはならない。その他にも、癌病変などによる腸狭窄、治療に伴った放射線誘導性の腸線維症、外科手術合併症の腸癒着も、便秘の背後に隠れているかもしれない。さらには、排便に伴う移動や更衣、そして保清といった一連の生活動作(図3)に支障があって便秘になることもあるため、日常生活活動の評価も重要である。

どのように対処するか

 患者または家族から便秘の訴えがあったり、医療者や介護者が便秘の兆候に気づいたら、まず、実際の排便状況や食

日常生活で体験している病気(illness)について語る内容を理解しようと努め、良好な関係を築いていかなくてはならない。 この薬剤師のあるべき姿へのアプローチとして、私が最初に手掛けたのが、在宅療養患者における排便コントロールである。

「背後に何か隠れていないか」を常に考える

 便秘は、病気ではなく、医学的には「本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出できない状態」と定義される2)。誰もが抱え得る障害であると同時に、排便習慣は個人差が大きいため、当事者の問題を理解しようとする態度が欠かせない。つまり、排便コントロールは、ヒトに向き合わなければ解決できない問題であり、薬剤師が「モノ」だけでなく「ヒト」への業務に携わる糸口として相応しいと考えた。 一方、便秘の状態については、患者と医療者もしくは介護者が必ずしも同じ認識を共有しているとは限らない。そのため、治療やケアとして排便コントロールに取り組む場合は、客観的な基準が必要になる。 国際的に広く用いられている機能性便秘の診断基準「Rome IV」3)によると、便秘とは、「いきまないと排便できない」「硬い便が出る」「排便後まだ残っている感じがする」「詰まったような感じがする」「摘便など、指で便を出さないと出ない」「便通が週に3回未満」の6項目のうち2つ以上該当することとされ、客観的な評価に有用と考えられる。 日本における便秘の有病率(図2)4)をみると、若年齢では女性に多いが、加齢に伴って男女ともに上昇し、男女差は少なくなる。高齢者の便秘では、錯乱やオーバーフロー型下痢(下剤服用で、直腸にある硬便の周りをつたって溢出する下痢)、腹痛、尿貯留、悪心および食欲不振といった症状を伴うことがある。 便秘の主な原因は、結腸または直腸の機能障害であるが、内分泌/代謝性、神経原性、筋原性、医原性(薬剤や疾患)あるいは物理的閉塞(狭窄や癒着)によって2次的に起こる便秘も少なくない。在宅療養患者には高齢者が多いが、高齢になると日常生活活動の低下や運動の減少、食物繊維の摂取低下、水分補給の減少や脱水、薬剤性あるいは疾患に起因する便秘を引き起こす可能性が高まると考えられる。 そこで薬剤師がすべきことは何か――。

平成28年 国民生活基礎調査の概況(より作図)

提供:荒井 國三 氏

図2 日本における便秘の有病率

男性 女性

50~59 80~0~9 10~19 20~29 30~39 40~49 60~69 70~79 (歳)

0.60.7

全体

2.5

4.6

0.51.5

0.7

3.5

0.9

3.6

1.0 1.4

3.5 3.82.7

4.6

6.7

8.2

10.810.8

便秘の有病率

(%)12

10

8

6

4

2

0

図3 日常生活動作で成り立っている排泄

移動

更衣保清

大脳機能 運動機能 膀胱・尿道・肛門、直腸の機能

尿意・便意を感じる

問題なく「排泄」できるとは?排泄はこのような意識や動作の組み合わせでできてます。

この中の1つでもできないと問題が生じます。

トイレや便器が認識できる

トイレまで移動する

下着をおろす

便器に上手に座る排尿・排便をする

後始末をする

衣服をつける

部屋にもどる

W.CW.C

000 NIKKEI Drug Information 2019.03

事内容、腹部の腸音や張り、そして肛門の様子を確認することが必要である。 排便状況の確認にはブリストル便形状スケール6,7)が有用と考える。便の状態をチェックする世界共通の尺度で、「1:コロコロ便」「2:硬い便」

「3:やや硬い便」「4:普通便」「5:やや柔らかい便」「6:泥状便」「7:水様便」の7種類に分けられている。便の形状と硬さだけ評価すればよいため、多職種で簡単に情報を共有できる。 便秘への対処は、便秘のタイプ、併存疾患や服用薬、患者の体調や心の余裕を考慮して個別化し、段階的にアプローチしていく。 第一段階は、生活習慣と食事の改善を中心に、水分の補給や食物繊維の摂取を促し、規則的な排便習慣を身につける訓練を取り入れ、指導する。改善が不十分であれば、医師の判断に基づき、下剤などの薬物治療が行われる。 主な下剤には、膨潤性下剤、刺激性下剤、浸透圧性下剤がある。膨潤性下剤は、腸で水分を吸収することで腸内水分を維持し、膨潤することで腸を刺激して腸管運動を活発化させて便通を促す。ただし、パーキンソン病や脳卒中、脊髄損傷、腸閉塞症のある患者には禁忌となる。刺激性下剤は、結腸性便秘に適用するが、長期連用により効果の減弱をきたすことから、連用を避け、週1~3回の頓用レスキューとして用いることが望ましい。浸透圧性下剤は、腸から吸収されずに内腔に残り、浸透圧により水分を内腔側に引くことで腸を膨らませ、蠕動を促進する。 硬さの調節には浸透圧性下剤、便の回数の調節には刺激性下剤が主に使用されるが、第一選択薬として浸透圧性下剤の酸化マグネシウム製剤が用いられることが多い。酸化マグネシウム製剤は、便を軟化することによって緩徐な下剤として作用するが、用量を増やせば強力な下剤にもなる。また、刺激性が少なく、耐性を生じにくい。ただし、酸化マグネシウム製剤の服用患者では血清マグネシウム値の上昇が認められ、特に推算糸球体濾過量(eGFR)30mL/ 分 /1.73m2未満で高マグネシウム血症が起こりやすいことが報告されている8)。そのため、長期投与または高齢者に投与する場合は、定期的な血清マグネシウム値のモニタリングが必要となる。 酸化マグネシウム製剤は、従来は散剤(主に細粒)が使用され、ザラザラ感や独特の味・においなど、口中不快感があったが、近年は錠剤が続 と々登場し、選択肢が広がった。中でも、酸化マグネシウム錠「ヨシダ」は、口中不快感を抑えるために、崩壊時間を10~20秒に設定し、口腔内で比較的長く剤形を維持するように設計されており、しかも崩壊開始後は速やか

に微粒子となるため、簡易懸濁法による経管投与にも適している。

排便ケアチームによる共同介入

 在宅医療における排便コントロールについて、薬剤師が看護師とともに共同介入した私たちの取り組みを紹介する。 まず、薬剤師と看護師参加のワークショップを実施し、在宅療養患者における排便コントロールと薬物治療の問題点を抽出した。参加者は石川県で活動する薬局薬剤師19名、病院薬剤師2名、看護師13名、および金沢大学薬学類薬学生4名であった。 患者側の問題点としては、「指示通りに服用しない・できない、OTCの下剤を併用する」といったアドヒアランス不良や薬物治療に関する理解不足、「効果がなくても漫然と服用し続け

図5 排便チェックシート

ブリストルスケール

下剤使用量

排便状態

図4 排便ケアチームによる共同介入

処方変更

問題を持つ患者について情報提供

薬物治療について情報提供

患者情報収集シート

職種間情報連絡書(看護師➡薬剤師)

職種間情報連絡書(薬剤師➡看護師)

排便アセスメントスクリーニングケアプランの実施

薬物治療アセスメント

医師

患者 薬剤師看護師

介護士

排便チェックシート

薬物治療の結果情報提供

職種間情報連絡書(薬剤師➡医師)

処方提案

提供:荒井 國三 氏

提供:荒井 國三 氏

吉田製薬株式会社 提供

NIKKEI Drug Information 2019.03 000

管し、各職種が訪問の度に確認できるようにした。 この方法は有用性が高く、たとえば慢性呼吸器不全と糖尿病を罹患している要介護度4の81歳男性患者に運用したところ、排便コントロールが改善し、下剤の使用回数を減らすことができた。

まとめ

 社会情勢や医療環境が変遷するなか、今後、薬剤師は地域医療の担い手としての役割を果たしながら、業務の新たな指標を探索していかなくてはならない。 排便ケアでは、患者が安楽に気持ちよく排便できるように支援するスキルが求められる。ブリストル便形状スケールに基づく「排便チェックシート」を用いた今回の共同介入は、排便コントロールという、在宅医療現場における課題を解決する方策の1つを提示できたと考えている。

たり、排便を下剤に依存する」など適切なアセスメントがなされていない、「排便について話したがらない、相談しない」といった医療者とのコミュニケーションの問題、「経済的問題あるいは家族の支援が得られないために指導した食事が続けられない」などが抽出された。一方、医療者側(薬剤師・看護師)の問題点としては、「アセスメントに必要な情報を収集できていない」「下剤の選択や調節に関する知識不足」などが挙げられた。また、「多職種連携の難しさ」なども抽出されている。 以上の問題点を踏まえて、私たちは在宅療養患者の排便障害に対する薬物治療を円滑に実施するために、ブリストル便形状スケールに基づく排便アセスメント法を統一化し、看護師および薬剤師による「排便ケアチーム」として連携体制を構築して、共同介入を試みた(図4)。すべての処置は担当医師の指示、監督の範囲内で行った。 排便の情報収集には、「排便チェックシート」(図5)を利用し、それを多職種間で共有した。「排便チェックシート」は、患者本人または家族に毎日の排便状況および下剤服用状況を記録してもらう。患者側の記録が難しい場合は、看護師または介護士が訪問した時に聴取して記録した。排便コントロールの評価については、「排便周期が一定で、ブリストル便形状スケール3~5(3:やや硬い便、4:普通便、5:やや柔らかい便)」を良好とし、「それ以外」を不良とした。情報共有のための「職種間情報連絡書・提案書」と「排便チェックシート」は患者宅に保

1)Hasumoto KY, et al. J Pharm Pract 2018; doi: 10.1177/089719001878 6614. [Epub ahead of print]

2)日本消化器病学会関連研究会, 慢性便秘の診断・治療研究会編. 慢性便秘症診療ガイドライン2017; 2017, 南江堂

3)Lacy BE, et al. Gastroenterology 2016; 150: 1393-14074)平成28年 国民生活基礎調査の概況(厚生労働省)5)Demir N, et al. Aging Clin Exp Res 2017; 29: 1165-11716)O’Donnell LJD, et al. BMJ 1990; 300: 439-4407)Longstreth GF, et al. Gastroenterology 2006; 130: 1480-14918)齊藤昇. 日老医誌 2011; 48: 263-270

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