分泌型wnt阻害蛋白を標的 とした大腸癌の診断・...

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背景・目的 

 WNTシグナル経路の異常亢進は大腸癌細胞において最も一般的に見られる特徴である。図1aに示すように、 WNT蛋白が受容体に結合すると、下流に存在するβ-カテニン蛋白が安定化し、転写因子であるTCFと結合して標的遺伝子の転写を促進することで細胞増殖を促進する。WNTのアンタゴニストとして作用するのが分泌型WNT阻害蛋白であるSFRPである(図1b)。また、代表的な癌抑制遺伝子であるAPC遺伝子はβ-カテニン蛋白の分解を促進させる働きがある。従来、大腸癌細胞におけるWNT経路の異常活性化はAPC遺伝子変異によって説明されてきたが、我々はSFRP遺伝子が大腸癌において極めて高頻度に不活化していること、その原因が遺伝子メチル化による転写抑制であること、そしてAPC遺伝子変異をもった大腸癌細胞であってもSFRP遺伝子の強制発現がWNTシグナル経路の抑制とアポトーシスを誘導しうる事を世界で初めて証明した。つまり、図1cに示すように大腸癌のWNTシグナルは、SFRP遺伝子とAPC遺伝子という二段階の抑制機構が機能しなくなることによる相乗効果であると考えられる。

Axin

GSK3

APC β-カテニンGSK3

APC

WNT SFRP

WNT

SF RP

大腸癌細胞

GSK3APC

WNT

細胞増殖期

正常大腸粘膜細胞

増殖停止期

WNT受容体

a b c

β-カテニン

β-カテニン

β-カテニンの蓄積

細胞増殖シグナルの活性化

β-カテニンの異常蓄積

細胞増殖シグナルの持続的活性化

β-カテニン

図1 WNTシグナル経路と細胞増殖

 SFRP遺伝子は大腸癌において極めて高頻度(約9割)に、かつ前癌病変の段階からDNAメチル化によって不活化されており、SFRP遺伝子異常の検出は早期診断に有用であると考えられた。一般に生体内における遺伝子発現低下を検出するのは困難であるが、DNAメチル化は血清や便などの微量検

体から検出するのは比較的容易である。我々は、リアルタイムPCR法を組み合わせた最新の定量的メチル化解析法を用いて、癌の早期診断システムを確立することを第一の目的とした。 次に、我々はSFRP遺伝子異常が胃癌、肝臓癌、膵癌、乳癌などの様 な々悪性腫瘍においても高頻度に見られることを明らかにしつつあった。さらには、近年次 と々同定されたSFRP以外のWNT阻害蛋白遺伝子にも癌における異常が認められることを我々は次第に明らかにしつつあった。これらのことは、従来考えられていたよりもWNTリガンドが幅広い悪性腫瘍の発生に重要であることを示すのみならず、癌の新たな治療戦略を考える上で極めて重要である。我々は、大腸癌をはじめとした各種の悪性腫瘍におけるWNT阻害蛋白遺伝子異常を明らかにすることで、新たな癌治療法の開発に必要な基礎的な知見を得ることを第二の目標とした。

内容・方法 

 SFRP遺伝子のメチル化は大腸癌において極めて高頻度に見られる現象であり、これを検出することで早期診断への応用が期待できる。そこで、血清および便からDNA抽出を行い、PCRによってメチル化を検出する系の確立を目指した。診断への応用を考えた際、大腸癌以外の悪性腫瘍におけるSFRP遺伝子異常の有無を明らかにすることも重要である。そこで我々は、胃癌・肝癌・膵癌・乳癌・血液腫瘍など一連の癌培養細胞株および臨床検体におけるSFRP遺伝子メチル化の有無を解析した。 また近年、SFRP遺伝子以外にも複数の分泌型WNT阻害蛋白遺伝子が存在することが明らかとなりつつある。現在までに同定された分泌型WNT阻害蛋白は、大きく分けてSFRPファミリー、DKKファミリー、WIF1の3つに大別される。これらは、WNTを阻害するという基本的な機能は共通と考えられ、SFRPと同等あるいは類似の機能を持つことが予想される。我々の理論では、WNT阻害機能をもつ一連の遺伝子の不活化は相乗的にWNTシグナル経路を活性化させると考えられる。そこで、WNTを標的とした診断・治療法の開発に必要な知見を更に発展させるため、一連のWNT阻害遺伝子異常の有無をも併せて解析することとした。方法として、大腸癌、胃癌細胞株におけるこれらの遺伝子の発現、メチル化を解析した。 さらに我々はSFRP遺伝子発現が大腸癌細胞においてβカテニン-TCF転写経路を抑制し、細胞増殖を抑制し、アポトーシスを誘導することをin vitroで確認している。そこで、他臓器の癌に対しても同様な効果を有するか否かをレポーターアッセイおよびコロニーフォーメーションアッセイによって解析した。さらに、実験動物を用いた抗腫瘍効果解析実験を行うため、SFRP発現アデノウイルスベクターを構築する事とした。

分泌型WNT阻害蛋白を標的とした大腸癌の診断・治療法の開発鈴木  拓 [札幌医科大学・医学部・公衆衛生学/助手]佐々木 茂 [札幌医科大学・医学部・第1内科/助手]時野 隆至 [札幌医科大学・医学部・がん研究所/教授]中橋  望 [株式会社PML研究所/代表取締役]

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結果・成果 

 血清、大便からのゲノムDNA抽出にはQIAGENおよびSIGMA社のDNA抽出キット、そしてスタンダードなフェノール/クロロホルム法の3種類を行って比較した。その結果、一般的なフェノール/クロロホルム法によって最も高いDNA収量が得られた。 抽出したDNAをsodium bisulfite処理し、methylation-specific PCR(MSP)法およびMethyLight法によってSFRP遺伝子のメチル化検出を行った。MSP法は定量性が乏しく、結果判定が困難なことがしばしばであった。次に、リアルタイムPCR とTaqManプローブを用いるMethyLight法によるメチル化検出を試みた。図2に2例の大腸癌患者の腫瘍組織、大便、血清、そして非癌部大腸粘膜からのSFRP1メチル化をMethyLight法で検出した結果を示す。Case 14では、腫瘍、便、血清からSFRP1メチル化が検出される一方、非癌部正常大腸からはメチル化が検出されず、理想的な結果が得られた。しかし、別の症例(Case 12)では、腫瘍、便、血清、正常大腸粘膜の全てからSFRP1メチル化が検出されてしまっている。現在、更に感度と特異度を両立させられるよう、技術的な改良を試みているところである。

図1 MethyLight法によるSFRP1メチル化検出結果大腸癌患者2例(Case14, Case12)の癌組織、大便、血清、非癌部正常大腸粘膜から抽出したDNAを解析した結果を示す。Tumor:大腸癌組織、Stool:大便、Serum:血清、Normal:非癌部正常大腸粘膜組織。

 これまでの解析結果から、複数存在するSFRP遺伝子のうち、大腸癌ではSFRP1, SFRP2, SFRP5のメチル化頻度が特に高いことが判明していた。興味深いことに、この傾向は胃癌においてもほぼ同じであり、培養胃癌細胞株(n=16)におけるSFRPのメチル化は、SFRP1が16/16、SFRP2が15/16、SFRP5が14/16であった。また、肝癌、膵癌、乳癌など一連の固形腫瘍の培養細胞株および手術検体においても、SFRP遺伝子のメチル化が認められた。以下に、臓器別の培養癌細胞株におけるSFRP遺伝子メチル化頻度を示す。

表1 臓器別の癌細胞株におけるSFRP遺伝子メチル化頻度

SFRP1 SFRP2 SFRP5大腸癌 8/8(100%) 8/8(100%) 8/8(100%)胃 癌 16/16(100%) 15/16(94%) 14/16(88%)肝 癌 9/12(75%) 7/12(58%) 7/12(58%)膵 癌 7/9(78%) 7/9(78%) 5/9(56%)乳 癌 4/7(57%) 6/7(86%) 6/7(86%)

 近年、SFRP以外の分泌型WNT阻害蛋白として、DickKopf(DKK)ファミリー遺伝子とWnt inhibitory factor 1(WIF1)遺伝子がクローニングされた。我々は仮説として、癌細胞におけるWNTリガンドの発現量とWNT阻害蛋白の発現量のバランスが崩れ、WNTリガンド優位となることで細胞がより高い増殖能を得ていると考えている。このメカニズムのひとつがSFRP遺伝子のメチル化であり、もしDKKファミリーおよびWIF1がSFRPと同等あるいは類似の機能を持つとすれば、変異あるいはメチル化異常を示す可能性が高い。我々の解析の結果、大腸癌、胃癌、肝癌、膵癌において、DKK1, DKK2, DKK3, WIF1いずれもメチル化による不活化が認められた。以下に、臓器別の癌細胞株におけるDKKファミリーおよびWIF1のメチル化頻度を示す。

表2 臓器別の癌細胞株におけるDKKファミリーおよびWIF1遺伝子メチル化頻度

  DKK1 DKK2 DKK3 WIF1大腸癌 3/9(33%) 9/9(100%) 5/9(56%) 9/9(100%)胃 癌 6/16(38%) 15/16(94%) 10/16(63%) 16/16(100%)肝 癌 4/12(33%) 5/12(42%) 3/12(25%) 5/12(42%)膵 癌 1/9(11%) 4/9(44%) 2/9(22%) 6/9(67%)乳 癌 1/7(14%) 3/7(43%) 4/7(57%) 3/7(43%)

 これらの結果から、分泌型WNT阻害蛋白の不活化は様々な癌において認められることが明らかになった。つまり、従来考えられていたよりも幅広い悪性腫瘍においてWNTリガンドが重要な役割を担っている事が示されたと言える。従って、WNTリガンドは、大腸癌だけではなく様々な悪性腫瘍において有望な癌治療の分子標的である可能性が高い。 次に、WNT阻害を標的とした癌治療法開発に向けての機能的解析を行った。既に我々はSFRP遺伝子の強制発現が大腸癌において高度にWNTシグナル経路抑制およびアポトーシスを誘導しうることを明らかにしている。図3aに示すように、SFRP2発現ベクターを大腸癌細胞株SW480に導入すると、SFRP2の用量依存的にβカテニン-TCF転写活性が抑制されることがレポーターアッセイから示される。図には示していないがSFRP1およびSFRP5によっても同様の効果が見られた。また図3bのウエスタンブロッティングに示すように、SFRPを導入した大

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腸癌細胞株(DLD1, LoVo)では、βカテニン蛋白総量および活性型βカテニン量が減少する。注目すべきは、これらの大腸癌細胞ではAPCが変異している事である。従来、APCが変異している大腸癌細胞は、細胞外からのWNT刺激に頼らずともWNTシグナル経路を活性化しうると考えられていたが、我々の結果から、SFRPによるWNTの阻害は、シグナル経路の下流を抑制しうる事が示された。

図3 大腸癌細胞へのSFRP2発現ベクター導入によるWNTシグナル経路抑制a: 大腸癌細胞株SW480にSFRP2発現ベクターを導入し、48時間後のβカテニン-TCF転写活性をレポーターアッセイにより解析した。b: 大腸癌細胞株DLD1およびLoVoにそれぞれコントロールベクターあるいはSFRP2発現ベクターを導入。24時間後に蛋白を回収し、抗beta-catenin抗体、抗active-beta-catenin抗体、抗GAPDH抗体を用いてウエスタンブロッティング解析を行った。

 同様な効果が大腸癌以外においても得られるか否かを検証するため、我々は胃癌細胞株MKN74, SNU638, KatoIIIにSFRP1, SFRP2, SFRP5をトランスフェクトして、βカテニン-TCF転写活性に対する影響をレポーターアッセイによって解析した。これらの胃癌細胞株は、いずれもWNTシグナル経路が活性化していることがあらかじめ確認されている。その結果、図4に示すようにSFRPによるβカテニン-TCF転写活性の抑制が認められた。

図4 SFRPによる胃癌細胞のWNTシグナル経路抑制効果3株の胃癌細胞株(MKN74、SNU638、KatoIII)に、コントロールベクター、SFRP1, SFRP2, SFRP5発現ベクターをそれぞれ導入して48時間後にβカテニン-TCF転写活性をレポーターアッセイによって解析した。白抜きの棒グラフがβカテニン-TCF転写活性を示す。グレーの棒グラフは、ネガティブコントロールであり、SFRPによって影響をほとんど受けない。

 次に我々は、SFRPの癌細胞増殖抑制効果を検証するために、コロニーフォーメーションアッセイを行った。図5に示すように、胃癌細胞株SNU638, NUGC3、乳癌細胞株SK-BR-3にコント

ロールベクター、SFRP1, SFRP2, SFRP5それぞれの発現ベクターを導入し、neomycinによって2週間選択培養を行った。その結果、いずれの細胞においても、SFRP遺伝子導入群では生存コロニー数の明らかな減少を認めた。このことから、SFRPが各種悪性腫瘍細胞に対して増殖抑制効果を有することが示された。

図5 SFRPによる癌細胞増殖抑制効果をコロニーフォーメーションアッセイによって解析した結果それぞれの癌細胞に、コントロールベクター、SFRP1, SFRP2, SFRP5発現ベクターをそれぞれ導入し、その後2週間にわたってNeomycinによって選択培養を行った。2週間後のコロニー数をカウントしてグラフにした結果を左に示す。実験は3回繰り返し行い、グラフには平均値および標準偏差を示している。また、右に実験結果の代表例の写真を示す。

 今回、新たなWNT阻害蛋白遺伝子の異常が発見されたことから、SFRPファミリー、DKKファミリー、WIF1遺伝子のいずれが最も強い抗腫瘍効果を持つのかを比較検討することとした。我々は一連の遺伝子の発現ベクターを作成し、カテニン-TCF転写活性に対する影響をレポーターアッセイで解析した。非癌細胞であるHEK293細胞に変異型βカテニン発現ベクターを導入すると、βカテニン-TCF転写活性の顕著な上昇が認められる。この実験系を使い、変異型βカテニンと各種WNT阻害蛋白遺伝子発現ベクターを同時にHEK293細胞に導入してβカテニン-TCF転写活性を解析した。その結果、βカテニンに対して最も強い抑制効果を示したのはSFRPファミリーであった。更に我々は大腸癌細胞株および胃癌細胞株に対してDKKファミリー遺伝子発現ベクターおよびWIF1発現ベクターを導入してβカテニン-TCF転写活性に対する影響を調べたが、いずれもSFRPほどの抑制効果は見られなかった。 最後に、我々はin vivoにおけるSFRP遺伝子の抗腫瘍効果を確認するべく、アデノウイルスベクターを作成した。現在、SFRP1およびSFRP2のアデノウイルスベクターが完成し、解析に着手したところである。

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今後の展望 

 WNTリガンドを最も効率的に阻害する方法の探索を更に進める必要がある。ごく最近、抗WNT1抗体が大腸癌細胞においてWNTシグナル経路阻害およびアポトーシスを誘導しうるという論文が発表された。この研究ではAPC遺伝子変異を有する大腸癌細胞が使われており、我々の理論の正しさを証明するものと言える。しかしながら、WNTリガンドおよび受容体であるFrizzledはそれぞれ10種類以上存在し、WNTシグナルの複雑さを示している。さらにWNT阻害蛋白も複数のファミリー遺伝子が存在しており、今回、我々はSFRPが最も高いWNTシグナル抑制効果を持つことを示した。今後更に解析を進め、最も有望な癌治療の分子標的を同定していく予定である。

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