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An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

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Page 1: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

<香内三郎教授退任記念鯰文最H1秀宜>

知識の国際移動に関する考察

~開発とコミュニケーションの設計に関するノート~

森 道 ̄

目次

はじめに

1.マス・コミュニケーションと知繊の国際移動

(1)開発コミュニケーションの盛衰

(2)知lMIlの分類と移動可能性

(3)体制移行のコミュニケーション

2.パーソナル・コミュニケーションと知職の国際移動

(1)開放経済と知識の獲得

(2)技能的知繊の移動可能性

(3)サービス貿易の地大と変容

終わりに

脚注

参考文献

はじめに

「開発途上国は適切な技術を探し,技術を選択し吸収し,適応するための能力を開発しな

い限り,グローバルな知識の大きなストックを利用することはできない」(世界銀行1999年)

コミュニケーション技術(1W報技術.輸送・通侭技術)の発達に伴い.知臓の国際移動は

日1Wしに低コスト化し,またスピードアップしつつある。先進資本主義国でテストを受けた

知繊の国際移動が容易になり,保有する知識の内容や水準が世界的に平準化すれば,途上国

と先進国の経済格差は縮小するだろうか。途上国や社会主義国の政治的民主化や国際経済と

の統合が促進きれるだろうか(本稿においては,「知識」を「情報」.「メッセージ」.「伝達内容」

などと同義で用いる)。

93

Page 2: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知触の国際移動に閲する考察

「開発途上国」が政治的.経済的な主体として現れたのは。列強による分割支配体制の崩

壊に伴い相次いで独立を果たした第二次大戦後である。途上国(当時は冷戦栂造のなかで「第

三世界」とも呼ばれた)にとっての難問は.社会的・経済的な開発を推し進めるに当たり.

その知識を内部に持たなかったことである。そこで,少なくない途上国は冷戦榊造に身を投

じつつ.米国かソ連,もしくは国際機関から資金だけでなく,技術,教育・法制度など搬々

な知識を導入し開発を模索した。

節二次大戦後.「世界の教師」とも言える地位に就いた米国の対途上国援助においては.

マス・コミュニケーション理蹴が社会・経済開発に応用された。「開発コミュニケーション」

と呼ばれるが,多額の涜金が投入された割にはほとんど見るべき成果を上げられず.80年

代にはNGOやNPOの力を借りつつパーソナル・コミュニケーションを活用する方向へと

軌道修正を余儀なくされた。

途上国の実際の社会的・経済的発展は70年代以降,とくに東アジアにおいて,むしろマ

スメディアの管理を強化する一方.貿易や直接投資など財貨や企業の国際コミュニケーショ

ンを自由化するなかで達成された。この開発戦略は「権威主義的開発体制」(「開発独裁」)

と呼ばれる。両者のアプローチの遮いは.とりあえず「先進国の多極化」と呼ばれる国際情

勢の変化とコミュニケーション技術の発達を背景に.経済的厚生の改善に必喪な知識は,マ

スメディアだけでなく,財貨(貿易)や企業(直接投涜)を通じても取得しうる,という新

たな「知恵」-知識の上位届に位世する「知識を生み出す知識」で.この思考プロセスは永

久遡行する-を途上国が内発的に渡得したことに起因すると言うことができる。

知繊移娠の成否は受け手側の状況にも依存する。受け手個々の知的能力ややる気だけでな

く、知識を受け止める官僚や制度の能力,いわゆる「制度能力(政府能力)」にも左右される。

本稿の目的は,コミュニケーション技術の発達で.かつては国境・文化を超えて移動でき

ない.もしくは移動が難しいと見られた知識が容易に移動できるようになる結果.社会的・

経済的発展が促進されるプロセスを叙述することにある。ただし,「制度能力(政府能力)」

には言及しない。

1.マス・コミュニケーションと知識の国際移動

無形の知識は.場を共有するか,デジタルファイルがインターネット(IP=インターネッ

ト・プロトコール)技術によって通信回線を通じて伝送される場合を除いて.そのままでは

移動できない。移動可能なように保存し「形」を与える乗り物が必要である。本稿では,こ

の乗り物を「物質」とし.その「物質」と「知識」の結合物を「メデイア」と呼ぶ(メディ

ア=物質+知識)dこうした定義から.メディアにはテレビ・映画・音楽等の記録媒体.印

刷物(新IIL雑麟,瞥繍等)など一般的に想起する「マスメディア」だけでなく,触知可能

94

Page 3: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

な各種のモノ.つまり「マスプロダクツ」全体を含む(図1)。そして.こうしたメディア

の流通プロセスをマス・コミュニケーションと定義する。経済学ではメディアは生産物(財

または財貨),その流通システムは「市場」と呼ばれる。

(図1)メディアの定義

メディア(マスプロダクツ)

榊j騨譜資料)筆者作成

他方.「物質」に結合する以前の「知識」そのものを創造するプロセスについては.パー

ソナル.コミュニケーションと呼ぶ。知繊を創造する主体は人間または組織であり.アイデ

ア(発想),生産技術,組織の運営ノウハウなど多種多様な知識を創造する。経済学では.

これらの起業家や組織,諸々の無形の観念や知職を「生産要素」と呼ぶ。後述するように.

流通面に職目すれば.知識は大きく,流通が困難な「技能的知繊」とそれが容易な「属性的

知繊」に二分できる。そのうえで,物質に「属性的的知識」を結合する知繊を「技能的知識」

と定義する(同図1)。機能面に蒜目すれば.「技能的知識」に類似した知識として「技術的

知繊」が存在する。ただし,「技能的知識」と異なり流通は容易である。コンピューターソ

フトの分類に従えば.属性的知識は「コンテンツ」,技能的・技術的知識は「アプリケーショ

ン」と言うことができる'1.

人間や組織は知識を創造するだけでなく,知識を保存するメディアとしての能力も併せ持

つ。近年では.コミュニケーション・プロセスや市場だけでなくメディアであり知識の創

造者でもある人川や組織が注目され,その国際移動である移民や多国薪企業.NGONPO

についての研究も盛んになりつつある。

-95

十結合

■性的知撤

(コンテンツ)

Page 4: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知賦の国際移動に閥する考察

知識を保存するメディア(マスプロダクツ)と知識を創造・保存する人間は「チャネル」

を通じて移1lbする。チャネルは,輸送(道路‘鉄路.海路,空路)と通信回線.放送電波に

大別できる。メディアと人間は.各翻輸送手段を通じて物理的に移動するが,無形の知繊そ

のものは通信回線や放送髄波を通じて瞬時に移動させることが可能である。

メデイアとチャネルはコンセプト,機能,技術などの面で同時並行的に発展する。メディ

ア(知織保存)もチャネル(輸送・通信)もその方向は,大容量化高速化および安全性

の向上である(マスプロダクツの「大容肚化」については.含まれる知繊遍が多い,つまり「高

付加価値化」の意味)。メディアの趨勢は,携帯性の向上や輸送費削減のための小型化軽

鉦化だがチャネルの側においても.たとえば通信の無線化に見られるように.メディアの

変化に即応して技術革新が進む。逆に,チャネルの技術革新や発展はメディアを変化させる。

(1)開発コミュニケーションの盛衰

メディアのうち,マスメデイアを社会・経済開発に応用する11W発コミュニケーションは.

50~60年代に全盛期を迎えた。D・ラーナー「伝統社会の消失:中東の近代化」(1958年),

nM.ロジヤース「イノベーションと普及」(初版1962年).Wシュラム「マスメディアと

国家発展」(1964年).Aインケルス「人間の近代化」(1964年)などが代表的な研究であ

るzjo

開発コミュニケーションの開発イデオロギーは近代化鶴である。近代化鶴は,途上国の低

開発や貧困の原因は経済,政治.社会,文化など生活全般の近代化が遅れているためで,そ

の解決には先進国を手本として産業化を進めるべきだとする。自由主義を擁渡する点で政経

不可分の立場にも立つ。その具体的な解決手段である開発コミュニケーションの課胆は2つ

にまとめられる。すなわち,①技術・思想などの伝授,②個人の社会化である。前者は「先

進工業国の情報・知識を電波や活字.映画などを通じて積極的に伝授し,伝統的価値観に埋

没した人々を啓発し社会を近代化する」という考え方である。後者は「伝統社会にいる人々

は.教義がなく.頑固で,自己中心的で,人の立場に立って考える「感情移入」の能力が欠

落し,自分の生活を革新していこうとする意欲がないので,マスメディアを整愉して他者に

対する「感情移入」の能力を高めれば,他人とも協業する能力.つまり個人の社会化が促進

きれる」との考え方である(図2)。

96-

Page 5: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

(図2)開発コミュニケーションの展開

欧米通伯仕の世界席巻lニューメディアの生成テレビのロ陸コミュニケーションの時代背公

資料)KSadanandanNair・ShirIoyAnhite(1993).UajidTohranian(1994).Sriniva8RUeIkoto,HLe81IoStooveG(2001),久保田(1999)等をウ考に筆者作成

こうした開発コミュニケーションは.少なくとも理騰のレベルにおいては,80年代半ば

までにほぼ有効性を失った劇'。①予期したほどの成果が上がらないことが判明したが.その

原因がマスメディアの力を過信したことにあると理解された.②近代化論に対して70年代.

途上国のなかで「従属鵠者」と呼ばれる主として南米の社会科学者が「文化帝国主義」など

と批判を強めた.③東西雪解けが進み,途上国問題への関心が薄れた米の対外援助が縮小さ

れた80年代に開発思想が変質し単線的な近代化理論に代わる「もう一つの開発」(オル

タナテイプ・デベロップメント)が主流となった,などが理由である(同図2)。

50~60年代のマスメディアの力に対する絶対的ともいえる信任は,米国でのテレビの急

速な普及とテレビ・ショッピングなど新手の販売促進手法が大きな成果を収めた自信に基づ

いていた。20年代に登場したラジオが.政治宣伝に強い効力を発揮した経験から生まれた

マスメデイアの効果理鯰,「弾丸理鶴」や「皮下注射モデル」が.テレビ時代に改めて注目

され,援助政簸に応用された。そうした理鶴では,伝送したメッセージ(知鰄)の意図通り

に受け手の思想,行動が変化するので.同理欝を開発援助に適用すれば.短期1M]に「途ト団

を先進国に作り変えることができる」と考えられた。

また70年代には,「文化帝国主義」批判と併せて.「新世界情報コミュニケーション秩序」

形成の機運が高禍した。途上国は,先進国-途上国という傭報の流れは一方的だとし.途上

国→先進国という逆方向の傭報流を政府介入により作り出すべきだと主張した。数では途上

国が勝る国運機IMIのユネスコが途上国への同情を貫いたことから.日本を含む先進国が「言

鎗の自由への重大な挑戦」と反発し米英などはユネスコを脱退した。米英両国は同時に,

新たな情報秩序を主張する一方,国内では言騎統制を強め経済開発にまい進する「権威主蕊開発体制」を固めつつあったアジア諸国を「二Ⅲ基準」と批判した。

-97

50-60年代 70年代 80年代~

n発イデオロギー 近代化[米固化】【インターナシロナリズム)

「反米」(ナシロナリズム)

i打掛化(グローパリズム)

ロロ兒辺■ ・近代化勧

一観助

。■。p弧セニツ■■~■~nPUク

一「祖Ubより貿呂を」・従日理画(自己依存型野.片)

(斫古DMR的枠I、)・持Ⅱ鬼可能な、昼的

囚完コミュニヶーシ白 ン。、巨已と宜容.

■卜困のコミュニケーション

の■皿

・イノベーションの接墾

・個人の社会化

-敗汀の、祖・竹及促H9

.ご斫国匝愉報秩序ロの形成

. ̄文化殉国越且ロ批判

→先nh回りUの侑伍への制限

・ネットワーク化への適応

-脱回壇化への対応

田兒コミュニケーシロンの手段 ・マスメディアの整伯

主趨の、兜ゴミニニウーシロン

。⑮加盟ゴミニニヶーシロン

当申軒の「●加」をpH】ナオ

・コミュニティー、狐団細面

…UHjUDf回のモデル 古典モデル

・専門家vB粛人の伺図に基づくトップダウン四曲■・物的インフラ建放で発揮

尾川モデル

・触姑を経て合丘を形成

変革モデル

・争い(conflict)を1,提としその管理を通じ活pbを決定

・文化.■■2.ジニンダー等

Page 6: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知職の国際移動に閲する考察

しかし80年代半ば以降も.開発コミュニケーションが完全に消失したわけではない。

第一に,援助の現場においては,程度の差はあれマスメディアが今なお活用されている。

マスメディアの教育機能を評価し,放送機材の提供もしばしば行われる。マスメディアの一

方通行性,伝達内容のイデオロギー性がいかに非難されようとも,文化相対主義の立場に与

さない限り.「先進の者が後進の者に物事を教え論す」という近代化鵠に根差す力関係のう

えに開発援助は成り立つからである。

第二に.80年代以降は.ビデオ,スライド,壁新聞,没画.ミニコミ紙.社交場などの「ス

モールメデイア」を活用しつつ.授助者と被援助者とが場を共有し技術・思想を伝授する「参

加型」もしくは被援助者の自律を図ろ「コミュニティー型」,「集団指向型」という方法論

が採用され.開発コミュニケーションは継承されている。また学問領域では,各種メディア

を使った教授法などは教育学に,「技術伝播のプロセス研究」などは開発経済学にも拡張され,

研究が進められている。

開発コミュニケーションの理論研究の拠点は.80年代に米国からアジアへ移った'1。米

国の第3世代(80年代以降の)研究者と呼ばれるハワイ大学のマジド・テヘラニアンは(Majid

Tbhranianl994).「もう一つの開発」(オルタナテイプ・デベロップメント)時代の開発コミュ

ニケーションについて,「内生的発展を促す道具としてメディアを利用するもの」と定義し

ている(図3)。

(図3)開発コミュニケーション理鎗の変迅

資料)HajidTehranian(1994)を駐理

(2)知識の分類と移勵可能性

開発コミュニケーションが普及を企てた知職は.「近代化のための知繊」である。上述し

た通り.それは例えば.家族計画.栄養,衛生.農業.工業生産。農村・都市生活等に関す

る欧米で確立きれた知識や技術である。これら知識や技術のマスメディアを利用した普及は

予期したほどには成果を上げられず.スモールメディアやパーソナル・コミュニケーション

を通じて普及を図ろ方向へと転換された。

98

立俎 内⑤

近代化凶者

蕊繍鐵鱗鑪繍;雛霞鰯繍のリンクを0f回0栄畏を果たす.

蝋.③近代的商品と生,89典.元■雄

従■孚汲 ・西側メディアの兜主田や国内化された

恥ツ疑入灘豊年的なエリートを氷鍵蕊蝋議篝篝艤鑿繍

化安せ

洋投さ

宙百拘廃

もう一つの田nqE知I

近亘十・

びなとら

よ的点す

お平Ⅲ拠

的水を皿

続も村。

鰯翻

る肛よど

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ベル0保

十デ術の

用そ技ド

援盟なイ

疏勢

イのもび

デ兜りよ

〆閲よお

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縄》繩雰

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凪乢③軍

兜ろ0国

的ナルと

生存木化

内依ャ文

,にチ碁

も方の土

り同ン⑤

よの回・

凪アシム

兜イ|ラ

的デケグ

生メニロ

外的ユプ

・代ミら

Page 7: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

それにしても,マスメディアを利用した開発コミュニケーションはなぜ失敗したのだろう

か。先の3つの理由は一種.同義反復的な説明である。その理由の一つを,伝送を企図す

る知識の内容に求めることができるだろう。

世界銀行は「知職」を2種類に分類する(TheWbrldBankl999)。すなわち,①技術的知繊(ノ

ウハウ。栄饗学,産児制限,ソフトウェア・エンジニアリング,会計学.農業,医薬・保険.

会計等に関する知識).②属性的知識(製品の質借り手の信用度.従業員の勤勉さ.企業

の信用などに閲する知職)である。そのうえで,「(仮に技術的知識に閲する)ギャップが完

全に解消され,開発途上国の人々の誰もが先進国の教育を受けた人々と同じノウハウへのア

クセスを享受したとしても.「属性的知鋼の面では開発途上国はなお劣勢のままだろう。「属

性的知鋼はすべての取引に必要とされるためその場で作り出されなくてはならないしさ

らに継続的に更新されなければならない。そうするには各種の市場・非市場的メカニズムを

使って椚報を収集・普及する必要があるが.開発途上国ではそういったメカニズムは弱いか,

またはそもそも存在しない」(TheWbrldRnnklg99)として.内部から創り出す必要がある「属

性的知識」は,外部から獲得することができる「技術的知識」と比べ獲得がより難しいと

する。

同械の知職の分類は経済学者のハイエクにも見られる(HayekF.A、1945)。ハイエクは

知鰄を,①「科学的知繊」(一般的で科学的根拠に基づく知繊),②「時と場所の特殊状況に

ついての知織」(主観的で時間や場所に特定される知識)に二分し市場を社会的な知織の

集成機構と位圃づけるその立場から後者を重視する。雑ぱくに言えば.①は世界銀行の分類

で百う「技術的知麟」,②は「属性的知職」に相似するものと見て良いだろう。

これらの醗騰はいずれも,経済学の観点から市場を成立させる知識(燗報)の流通面に藩

目したものと言える。これに対し,社会人類学者のマイケル・ポラニーは知識の発生・創造

地点に着目して,①「形式知」.②「暗黙知」に二分する(Polanyi.M、1966)。「形式知」は

客観的で言語化された知識で.業務手順等のマニュアルやガイドライン.市場や顧客に関す

る体系的分析.百語化された問題やその方法鯰.製品仕様やデザイン等をいう。「暗黙知」

は主観的で語り得ない知識で,現場のノウハウ,熟練工や研究者のスキル,市場や顧客に関

する感覚,品質に関する知覚能力,経験的に獲得された製品開発力などを指す。「暗黙知」.

世界銀行のいう「属性的知織」.ハイエクの「時と場所の特殊状況についての知識」は.い

ずれも知識が生成される場や人M1・組織など創造者との密葡性が強く,保存が難しいなど共

通点も多いが.世界銀行の原意に忠実に従えば,「属性的知M2」は「技術的知鰔」と同じく「形

式知」に属するものである。ハイエクの分類についても同様の議論が可能である風'・

経済学において知識を.①「ハード・インフォメーション」.②「ソフト・インフォメーショ

ン」に分ける観点もある(柳川2001)。それぞれ「記述可能な悩報」.「言語で記述すること

が難しい梢報」を言うが,こちらはポラニーとほぼ同じ分類とみて良いだろう。

99-

Page 8: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知職の国際移動に閥する考察

これらの知見を踏まえ.箪者は「技術的知識」の一部をむしろ暗黙知に近いものとして位

腿づけたい。これを「技能的知識」と呼べば,それは創造者である個人または組織に密籍し

しばしば「時と場所の特殊状況」に拘束され,その意味で「主観的」で外部からの調達が難しく、

流通も困難な知職と定義できる(図4)。機能面では「技術的知職」と類似するが.流通可

能性は対照的に低い。

(図4)知嵐の種類とコミュニケーションの類型

、に皿

、E7便⑨、

注)筆者作成,資料)本文を90照

この「技能」を科学と比較することもできる。成果(理論)について100%文瞥化可能で

移動も容易なのが科学(そのゆえに鶴文審在が可能となる)であるのに対し,技能は文轡化

が困難である。その知識の移動には技術者自らが移動するほかない(したがって.技能の優

劣の判定には,コンテストを開催し審査員が見守るその場で技を競い合うか.次善の策と

して,ある大まかな課題に対して完成した現物を比較するしかない)。たとえば.「職人技」

と旨われる技能は,文瞥化して同時代で共有したり.次世代に継承したりすることが困難な

唯一性を有するゆえに「職人技」なのである術'.

こうした知鐡の分類に基づけば,草創期の開発コミュニケーションが伝達しようとした知

識とは.科学・技術的知織というより.技能的な知識が少なくないことが判る。これは開発

コミュニケーションの目的が工業製品の生産能力の育成にあり,当然とも言える。したがっ

て.開発コミュニケーションにおいてマスメディアの利用が概して失敗に終わったのも.属

人的性格が強い技能的知職は,場を共有するパーソナル・コミュニケーションを通じてのみ

伝承が可能だからだ.と言うこともできよう。

100-

パーソナル・コミュニケーション マス。。且ユニケーション ネットワーク。.且ユニケーレロン

E己年青の00位 巴(空団)の」判T

双方向住・同時進行

[私h0所打柑のⅢ祖]

人B8.m色「垣f似8.2,通]

メディア(物的・采りり、。)の13曲

一方通行性

[ギム的所打柤の秒ロb]

市■[且fP9D・旧【通]

デジタルファイルの■伯ロ0での移曲

双方向住・同60巡行[公共性の尊血

「奇を禰雍苔戸 ̄知■の特性

【1Mラニー】

【̄世界包行】

【ハイエケ】

堕臼I-mPp

刀Iウエ7Q9分■】

90定・少9k

伎箇・御出泊暫ノウハウ。

(文脈依存・拝保存住)

■人・目地性‘有限I生

暗感知

ソフト・インプォメーシロン

(文翻上が因■左旬■)

 ̄ ̄

伎但的知広

(アプリケーシロン系知頂)

不何定・が位

科学,技術,n曲・人1カ.伍伍の■性尊

(忠桓仙逗且・保存性)

大且伍艮可lU住

I式知

ハード・インブォメーシ目ン

(文谷化DK可lBな知、 ̄日…圖

科学的知凍

(-蚊的で科学幻■に基づく知、

goと田所の約5も状俔についての知■(主miで的、やら所に⑪応される曲、

(コンテンツ系知■)

不特定・屋孜

アプリケーション

=ンテンツ

Page 9: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

(3)体制移行のコミュニケーション

翻って.科学・技術的知職や属性的知識などの形式知は.近代化のプロセスにおいてとい

うより.社会主義国(統制経済)から資本主溌(市場経済)への「体制移行」の際にその真

価を発揮すると考えられる。なかでも属性的知職は重要である。社会主義計画経済では軍事

に根を持つ比較的高水準の技術や生産設備が豊富に存在する一方,各種市場を機能させる財

やサービス.企業.資金の借り手.求職者等の質,価格などの属性的知識が殆ど全く欠落し

ているからである。

ところで,寿命が比較的短い.そうした属性的知繊の大趾かつ反復的な創造と流通は.マ

ス・コミュニケーションの最大の特性にほかならない。マス・コミュニケーションは.速報

性(ニュース性).情報生産・流布の定期性(ジャーナル性).不特定多数者への同一情報の

同時的な伝達能力(無差別性)などを特徴とする。いずれも.愉報の非対称性の存在しない

完全市場(または.悩報の非対称性ができるだけ少ない完全市場に近い市場)を成立させる

皿要な条件である71。

一党支配と計画経済に基づく統一国家を維持するため.社会主蕊国には.官僚制や通信社,

全国紙,テレビ.ピラミッド型の教育制度など,全国規模の大型組織と繊密なマス・コミュ

ニケーション・システムが存在する。l日ソ迎のタス通信や共産党機関紙・プラウダ,中国の

新蕊通信社(新華社)や同・人民日報は,最盛期には資本主義国の多くの同業他社を上回る

世界最大級のニュース配信数や発行部数を誇示した。したがって社会主義国は,近代化を課

題とする前近代国家と比べ,市場経済に不可欠な属性的知識の創造・流通のための比較的良

好な初期条件を持つと言える(図5)。

(図5)近代化と体倒移行のコミュニケーション

グローバル化nk脚8F行

し凸99[放選マスメディア--

.70年代までの゛対ヨナル

メディァロの限界の■且lメディァロの限界の■且

F>近代国家一一

(鍛謡÷回-」スモールメディア--・70年代の、デイ7批判

レポストモダン

しインターネット

開発(近代化) ローカル化

資料)大野(1996)の挺念を参考に,筆者が独自に作成

101

Page 10: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知繊の国際移動に関する考察

ただし中国と|日ソ迎圏とでは違いも大きい。越境放送に代表されるマスメディアのグロー

バリゼーションが進展した90年前後に明暗が分かれた通り,中国では.「西側資本主義の

知繊」の流入ショックはコントロール可能な程度で済んだ一方.旧ソ連圏では多方面にわた

り強い衝撃が走り.多くの国で1日体IMIが短期1Ⅲに崩壊した(NHK取材班1990.s、SpUchal

&』、ALent(ed.)1995)。詳細は別稿に翻りたいが.この違いは,改革開放への転換から90

年前後までの約10年1mのマスメディアの商業的な発達にその一因を求めることができる。

中国では70年代末の改瀧開放への転換を受けて.マスメディアが地方主導で急速な発展

を見せた。印刷メディアでは,新たな「改革開放」思想を党幹部や各種機関に伝達するため.

共産党機関紙が増加したがそれ以上のペースで教育.文化生活情報関連新IlIlおよび経

済紙・産業紙が誕生した(図6)(朱1995)・計画経済時代に「政府」に埋没していた「家計」

と「企業」という2つの経済主体が再び姿を現し.自活のために様々な属性的知繊を求め.

また創造し始めたからである。

(図6)中国の新聞:種類別,創刊年別の紙数の推移

共戸⑤■四浬

注1)「*85年」は3月1日現在.「*紙数」も85年3月1日現在。注2)日刊紙と非日刊紙.および中同窟鉦と非中国'百紙の合計

(85年現在それぞれ1,691紙と85紙)。資料)中国社会科学院新聞研究所,首都新聞学会暁者朋査組(1986)

テレビでは83年10月.「ラジオとテレビにおける4つのレベルでの発展と管理.および

中央ネットワークと地方局との統合を求める混合放送」「(四級弁広播電視」))が採用された

(HuangYUl994)。これは国・中央(1単位)省・直轄市・自治区(30単位).市・県(約

450単位).郷(約1.900単位)の4つのレベルの各行政単位がそれぞれテレビ局を設立す

ることを許可した分椛化措囲で,これを受けて85年には地方局が前年比2倍余りまで急燗

した(図7)。.

102-

分団 1950196019701980

~1940~59-69~79~85*

紙敗*

共座営幻凹埋 731餌149 03 367

企p鉦 7130鋼61

113-

32015

975

20.0

361

112

科学技Wi騒

亜鐙崖⑧樫

9536

161

02

■■●■二BF

160

60

散白紙

文化紙

衛生.■疽観

社舎生屋サービス紐

333314121

31476

161625

137

幽明羽鵡

マスコミ紙

スポーツ紙

1811146

6110

67

71

その他 203656137 2M

合計 1084366615810008 1,776

Page 11: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

(図7)中国のテレビ:テレビ局数と受像機の都市普及率の推移

中国の広告収入:媒体別推移

注1)普及率は100世帯当たり。注2)「専黛広告会社収入」とは広告代理店経由収入資料)『中国統計年鑑』各年版,中国広告鞄陣杜(2000)から作成

誕生した新種の新聞や地方の放送メディアは.それ自身も自活のために広告の獲得が必要

となる。一般に広告は商品ごと.またメーカーと販売店など流通段階に従いその手法が異な

るが.価格と品質(製品イメージを含む)という製品に閲する二つの代表的な属性的知職を

消費者に告知することが主要目的である(長岡.平尾1998)。さらに,広告を鯉得するには

コンテンツの充実が不可欠である。中国では例えばテレビでは,ドラマを中心に人気の高い

番組を香港や米国.日本から盛んに輸入した(HongJunhaol993)。世界的に例のないテレ

ビ普及率の急速な上昇はしばしば「奇跡」と称きれるが,それに伴いテレビの広告収入も敵

地し,95年までに新聞のそれを抜き去った(同図7)。

ここから分かるのは,マスメディアの設立・運営・管理の地方分離化→マスメディアの商

業化(コンテンツの充実と広告増)→経済市場化の促進(属性的知識の創造・流通)という.

社会・体制変動を誘発・促進する商業的マスメディアの働きである。

ただし中国のマスメディアはなお「貫論・表現の自由」が保障されていない。有力国有

企業の経営や製品・サービス内容.政府人事,政治家・官僚のパフォーマンス.政策などに

関する「ネガティブ報道」は皆無に近い。一方.上海市等では製品に関する苦悩や問合せ電

話番号をパッケージに印刷するよう義務付けている。アジアで日本ほどの「言総・表現の自

由」を享受する地域は香港を除いて存在しないが.「不自由国」はいずれも小国である。こ

れに対し中国ほどの大きな国内市場を持ちながら「言議・表現の自由」を認めていない国は.

南米の一部国と旧ソ連のみであり,アジアには存在しない。言論・表現の制限が.内需を必

要とする中国の経済発展にどんな影響を及ぼすカー。「アジアの大国で実践される唯一の樋

威主義的開発体制」の評価を含め.この答えを得るにはもうしばらく待ってみるほかない。

-103-

1981848590959820002001

テレビ局(キー局)

カナⅣ普及率(御市部)

4293202509837347354357

0.65.417.259.089.8105.4116.6120.5

総広告収入(100万元) na3656052050227032753.783、ana

・テレビ

・新田

(シェア)

(シェア)

・専乗広告会社収入

・その他

na349756160498130564n日、a

(9.3)(16.0)(22.4)(23.8)(25.2)nanana

nall92206776,46810.435nana

na(32.5)(36.4)(27.1)(23.7)(19.4)nana

nallOl5147910,712230011nana

nalO31377843064960772n日na

Page 12: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知臓の国際移動に関する考察

2.パーソナル・コミュニケーショと知織の国際移動

「東南アジア経済が急激に成長した主な理由の一つとして.世界市場と強い結びつきを作

り上げ,世界市場の中に漂う技術情報を獲得する能力が挙げられる」(世界銀行1999年)

マスメディアを利用する開発コミュニケーションが限界を露呈しつつあった70年代.東

アジア経済は商度成長を始めた。その成長のための知識は.マスメディアが創造・流布する

属性的知識ではなく、貿易や対内直接投資という開発プロセスそれ自体から獲得された「技

能的知識」だったと言える。

(1)開放経済と知臓の護得

先の定鍵のとおり.メディアを「物質+知識」と見れば,マスメディア以外のマスプロダ

クツが知赦の移転に果たしてきた役割がきわめて大きいことが判る。一般的な製品を分解し

て.埋め込まれている知繊を獲得するリバース・エンジニアリングはよく知られている。リ

バース・エンジニアリングの技術は今日.プロダクツをスキャンして自動的に3次元の図

面を描き,デジタルファイル化する高糖度の装置に体化されている。

前述の通り,技能的知織はマスメディアによる伝達は難しいが,技能が体化されているマ

スプロダクツを通じてなら移送可能である。国内・世界市場で流行している素材やデザイン,

機能性など,技術的・属性的知繊を獲得することもできる。

マスプロダクツからの知織取得の賦要性は,マスメディアの鰭活動を厳しく規制する一方.

貿易と直接投資を通じて世界から広く知識を吸収しつつ,経済的発展を果たしたアジア諸国

を思い起こせば明白である.

マスプロダクツの国際移動は貿易(商品貿易)と呼ばれる。貿易に伴う「知識の移転効果」

について.世界銀行は次のような試算を行なった。

66~95年の1人当たりGNP平均成長率を教育水準.貿易依存度.悩報通信インフラの

3つの指標に基づいて計測すると.サンプル国・地域の平均を大幅に下回る状況から大幅に

上回る状況へ全ての指標を改善すれば.平均成長率は実に最大約4ポイントも上昇する(図

8)。指標とされた教育水準.貿易依存度,情報通信インフラは.それぞれ次のような意味を持つ。

104

Page 13: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

教育、貿易関放麿.竃鱈網密度が経済成長に与える影響

~1人当たりGNP平均成長率~

(図8)

注1)各梓グラフは1965~95年の平均成長率を示す。敏宵は平均敏向年敗。貿易開放度は輸出入総額/GDP・竃歴網密度は100人当たり主な同担數含

注2)これら変数の(高)(低)を持つ国は少なくとも桓単旧差分だけサンプル平均を上回るか,下回る国。すべて世界銀行推計

資料)ThoWorIdB8nM1999)

,国民の教育水準は.人々の知識を利用する能力に関連する。

、貿易依存度(貿易総額/GNP)は.財やサービスに具現化きれた外国の知繊を取り

出す機会と関連する。また貿易を通じて他の社会のビジネス活動を学ぶことができる。

、電話網の密度は,必要なときに有益な憤報にアクセスする能力に閲迎する。

うした経済の開放度を説明変数に,経済成長率を被説明変数とする成長理艤の構築は,こうした経済の開放度を説明変数に,経済成長率を被説明変数とする成長理艤の構築は,

新古典派経済学に依る開発戦略を採用する世界銀行・皿匝が近年.最も重視する作業の一

つである。具体的な手法としては,全要素生産性(TFP=IbtalFactorProductivity)を被

説明変数とする場合が多い。TFPは稲極的な概念というよりも.付加価値増加額からその

実現に当たり投入された二つの生産要素,つまり労働と資本を除いた「残差」(ロバート

ソローの残差)である。そこには労働や資本を効率的に使う知識や財やサービスを生産する

技術,規模の経済性など,その経済が具備する「質」の側面が体現される。

現実問題としては.企業組織を研究する経営学や各種の組織を考察する社会学と異なり,

こうした成長理瞼を含め.主流の経済理鶴(新古典派経済学)では悩報・知識の問皿を扱う

ことが困難である。慨報・知識の国際移動の一端を示すサービス貿易の統計すら十分に整備

されていない。静的な理論レベルにおいては.情報の差異性を捨象した均質の完全市場を前

提とし,また動態面でも悩報・知識は人間・組織や地域文化に密ifし,一般化や貨幣化が難

しいからである。このため知職・IW報は,外生的に与えられる「計算上の残差」という扱い

105

Page 14: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知識の国際移動に関する考察

にとどまる。

これに対し悩報・知識を理論に組み込んだ成長理論として「内生的経済成長理論」や「(新)

制度派アプローチ」がある(CLJonesl999・速水2000)。前者は,技術革新のような知

識は成長プロセス内部から生成し外部効果を通じて共有され.経済発展を促進すると見る。

外部効果という市場の失敗が存在するので.「情報・知識を創造し市場を補完する賢者とし

ての政府」による「市場介入」が正当化される。後者は情報の経済学として知られ,憎報・

知織の創造・補完者としての制度もしくは各種組織の役割を重視し,市場が不完全なものゆ

えに棡報・知識の取得コストも考慰される。近年,世銀なども知繊の役割を重視しアジア

経済の分析において政府の役割に注目した制度分析を提示した(TheWOrldBankl994)帥。

いずれにせよ重要なのは.主流の経済学においては知識・情報は「組織・人間に固有の内

部的なもの」であり.それ自体は市場取引の対象ではなく、従って-市場の失敗を表す「外

部効果」という概念を挿入したり.生産要素の移動を考慰すれば別だが-共有もされないこ

とである。

(2)技能的知織の移動可能性

翻って,コミュニケーションの観点から産業の発展を振り返ると.知赦は.①有限な物質

を複製・共有する(製品を生産し取引する).②さらには複製技術そのものを複製・共有する(生

産技術を製品化し取引する).という2段階のプロセスを経てその亜要性が増しまた移動

も容易化してきたと言える。①のプロセスとはマスメディアの形成(物質に知識を結合)そ

のものであり.産業分類では製造業である。対して.後者は本来的に組織内部で営まれるパー

ソナル・コミュニケーションであり.サービス産業にほかならない。

まず第一点目について,有限な物質とは,生産の基となる土地,天然資源.環境,資本.

労働力などの生産要素を指す。このうち.資本の供給は貯薪に制約され.労働力も特に先進

国においてはもはや限定的である。この制約下で生産を拡大し,所得を継続的に増大させる

には,より多くの.そして質の高い知職を活用するほかない。すなわち,生産要素をより効

率的に活用する技術・知織を開発するか.もしくはそれにより少なくしか.または全く依存

しない方法で.財やサービスを供給する技術・知識の開発が必要である。

生産要素の有限性はまず,18世紀後半の産業革命を受けてその消費趾が飛踊的に増大.

生産活動との矛盾が拡大し,19世紀末には,賭資源を物理的に奪取する列強による領土分割.

すなわち帝国主義に帰結した。

これに対し第二次大戦後は,例えば建物の高層化や化学素材の合成など.土地や天然資源.

環境を完全もしくは部分的に代替し(複製し),貿易を通じ国際的な取引(共有)をも可能

とするコミュニケーション技術が大きく進展した(この結果,多くの天然資源を代替するプ

ラスチックや化学繊維の原材料となる原油への依存が高まったが.その輸送のため開発され

106

Page 15: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

た大型タンカーが.そうした代替・複製化を支えたコミュニケーション技術の一例である)。

さらに第二段階として,70年代に入ると,属人的性格の強いそうした生産技術そのもの

を概準化し外部データ化する「憤報技術」が発展を遂げた。熟練労働者の生産技術をソフト

ウェアの形で外部化する技術革新はマイクロエレクトロニクス革命とも呼ばれる。このデジ

タル化された技術は機械設備に体化し貿易や直接投資を通じて越境する。

周牧之によれば(周1997).マイクロエレクトロニクス革命により.工業生産立地の移動

が実質的に初めて可能になった。18世紀の産業革命は,機械の処理能力を飛蹄的に高めた

ものの,むしろ機械を操作する技術者にそれまで以上の熟練を求めたため,人llHの複製が不

可能である以上,自ずから産業革命の波及範囲は限定された。これに対し、1970年代のマ

イクロエレクトロニクス革命においては.技術は複製可能なソフトウェアに外部化され貿易

財である資本財に体化されるので.途上国はそうした機械を導入し,少人数のオペレーター

(技術者)を配iRしさえすれば工業化や産業商度化が可能となった。これにより比較優位が

変化し,第一次産品主体の垂直分業に代わり,先進諸国との、で工業製品をやり取りする水

平分業関係を築くことが可能になった(図9)。

(図9)″技能・技術的知繊・の移転可能性に基づく生産方式の革新と国際分粟の蜜容

資料)周(1997)を参考に筆者作成。「企束多国簡化主要目的」,90年後半以降のIT革命については独自に加筆。*「エ案化の段階」はAH・アムスデン(1989)の「後発エ菜化衝」に基づき加筆

英仏をはじめとずる列強は19世紀央から20世紀前半,天然贋源の獲得を目的に海外植

民地の経営に乗り出した。第2次戦後は米国の多国籍企業が.EEC(ECを経て,現在は

EUに発展的に解消)の形成をにらみ市場確保のため欧州に大挙して進出した。これに対し

70年代以降は.日本企業を中心に.生産コスト削減または先進諸国での保護主義を回避す

るための迂回輸出先として第三国で生産を行なう多国籍企業が墹加した。資源・市場確保型

107

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Page 16: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知織の国際移動に閲する考察

の直接投資と異なり.海外の複数拠点を結んだ生産ネットワークを綱簗することは.上記の

ようなマイクロエレクトロニクス革命を背景とする.生産技術の円滑な移転なしには不可能

である(同図9)。

またA、H・アムスデン(1989.1990)によれば,18世紀の英国の工業化は産業革命後も

「発明」に依存したが,19世紀に工業化に踏み出した米国,および米国をモデルとしたドイ

ツは.「研究室における実験」を通じて個人的な発明と組織的かつ普遍的な科学とを結び付け,

革新を生み出した。そして20世紀の70年代の東アジアの工業化は.欧米や日本という外

部で創造された技術をもっぱら学習することで達成された史上初の駆例となった(同図9)。

この分析は.人間に体化するアイデアや技能が科学と結合することで形式知化され,さらに

資本力と組織力によって「物質」と結合,物品として大丘複製され,ついにはその生産工程

を分割して逆行する国際分業に至るプロセスを示すもの,と言うことができる。

ところで今日,こうした知職の外部化プロセスは先に述べた第二点目すなわち「複製技

術そのものを複製・共有する(生産技術を製品化し取引する)」サービス産業において興隆

を見つつある。つまり,汎用の生産技術はもちろん、その生産技術を使用する組織に特殊的

とみられた様々な組織運営ノウハウなど,無形の知識そのものが大湿複製され日常的に越境

しつつある。テイラーメイドで当咳機械固有のソフトウェアが轡かれるマイクロエレクトロ

ニクス機器と比べ,移動性は格段に強い。

たとえば.3次元CADやグラフィックデザイン,作曲など特殊技能をはじめ,企業会計

や人事管理,顧客管理.資材管理.在庫管理.従業員教育.外国語翻訳等の経営ノウハウは

定型化され.低廉なアプリケーション・ソフトとして売買されている。それに伴い.専門家

(組織)がそのアプリケーション・ソフトを導入し、同質のサービスを多数の顧客に提供す

るアウトソーシングというビジネス形態も成立している。いずれにせよ,知識が複数の組織

の外部に出て標箪化され,CD-ROM等の物質に体化し市場取引可能なマスプロダクツとな

る。それにより規模の経済性が働き.価格も低下する。会計.法律サービスなどは依然とし

て規1Mが残り国ごとに「知識」の内容が異なるが.規制緩和や国際的な資格靭定制度のよう

な制度設計を通じて標準化が進めば.一層の価格下落を伴いつつ知識の国際移動はさらに

活発化することが予想きれる。

(3)サービス貿易の増大と変容

こうしたいわば「知識の財や人川・組織からの外部化・自律過程」を捉える簡潔な方法が

ある。経済発展に従い.経済構造の主体が第一次産業から第二次産業へさらに第三次産業

へ変化する.という「ペテイ・クラークの法則」(または「ウイリアム・ペテイの法則」)で

ある。雑ぱくに言えば.上記の知繊の複製・普及のプロセスは.同法則に合致する。すなわ

ち.第二次産業は「(有形の)生産要紫の複製・共有」の段階.鮪三次産業は「(無形の)生

108-

Page 17: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

産技術・組織運営ノウハウ等の複製・共有」の段階に相当し後者の方が知識集約度は高い。

この「生潅技術・組織運営ノウハウ等の複製・共有」とは、サービス産業の拡大とサービス

の貿易財化と言い換えることができる。

サービスはもともと.非保存性(non8torable)と無形性(intangibility)という特徴を

持つ。物質と異なり保存ができないため生産と消費が同じ場所で同時に,つまり生産者と消

費者が対面して付加価値の生産が行われる場合が多い。観光など地域文化と不可分の関係に

あるサービスもある。こうした無形性.属人性,属地性ゆえにサービスはそもそも市場取引

きれにくく,取引されてもその移動の難しさから非貿易財に分類される。これは前述の文脈

依存型の「技能的知職」の特性と同様であり,送り手と受け手とが場を共有するパーソナル・

コミュニケーションの特性そのものでもある。

にもかかわらず,サービス(本稿の定義から「知繊」または「パーソナル・コミュニケー

ション」と同義)の取引は80年代に入り,国境を越えてすら活発化した。サービスの国際

貿易は.米国を圧倒的な牽引役として大幅な地加を示した(図10)蝋'。

(図10)商品輸出に対するサービス輸出の規模

注)すべて各年・各地の商品輸出額を100とした場合のサービス輸出額の割合。資料)WTO(2002)から算出

旧GATT(関税貿易一般協定)のウルグアイ・ラウンド(86~93年)において,サー

ビス貿易に関して締結されたGATS(=GeneralAgrcementonmradeinSewices・サービ

スの貿易に関する一般協定。94年4月締結。95年発効)は,国際間サービス取引を155業種,

および生産者(コミュニケーションの概念では「送り手」).消費者(同「受け手」)の移動

の有無(両者の物理的接近の要不要)に従い4つのモードのマトリックスの形に分類した(図

11)。

109

(96)

1980 1985 1990 I的5 2000 2001

北米

・米国

中南米

西欧

印15

アフリカ

アジア

・日本

アジア(日本除く)

巧略脂顕距、嘔皿胆

瀦顯胆蜘塑凪凶胞焔

醒頚鋼釦溺塑Ⅳ応皿Ⅳ

蜘鋼旧顕鋼蜘旧昭旧

鯛鋼峪幻溺加胆咀Ⅳ

釦鎗焔幻鋼皿旧応胞

Page 18: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知識の国際移動に閲する考察

(図11)サービス貿易の分類

1注)矢印は変化の方向を示す。資料)原典は外務省経済局サービス貿易室(1998)および

DGreenaway&LAWinter8(Gd)(2002)。佐々波、浦田(1990).木村(2000),D,GrGenaway&LAWintor8(0.)(2002)の記述を基に筆者整理。マトリックスのVは外務省(1998)とは別にロ佐々波,浦田を基に筆者が備考として独自に追加

第1のモード(「越境貿易」)は.生産者も消費者も移動しない保険.金融,輸送サービス等。

第2(「商業拠点」)は企業の商業拠点を通じたサービス提供で.企業が移nlbするのと同じ意

味を持つ(現地法人が設立される「直接投資」とは異なる)。第3(「国外消費」)は消費者

のみが移動する観光旅行等。第4(「自然人の移動」)は自然人が移動する.招聰外国人アー

ティスト.技師.会iif士,法律家等の短期滞在での娯楽,専門サービスの提供である。

第1の「越境取引」は財貨に体化・付帯してサービスが提供される。これがサービス貿易

全体の約25%.第2の「商業拠点」が同60%を占めると椎Hfされている。第2第a第

4の形態は,サービスの生産・消費が人間や組織に体化するゆえに「貿易」とはそれらの移

動を意味する。80年代の航空輸送体制の充実(ジャンボ旅客機の登場)で海外旅行のコス

トが低下し越境が容易になったり.通信手段の発途で世界各地に低コストで活動拠点を股腿

できるようになった要因が大きい。

こうしたサービス貿易は近年.さらに新たな展開を示し初めている。それは「サービス貿

易のバーチャル化(オンライン化)」とでも呼ぶことできる。すなわち.

①メディア(物質+知識)としての貿易財に体化していた知識が外部化

②メデイア(何)としての人Ⅲに体化していた知識が外部化

③メデイア(同)としての組織に体化していた知識が外部化

①これら分離された知識がよ')移動に便の良い別のメディアに体化される。苔らに.

⑤これら分離された知識がオンライン・サービスとして提供きれる。

このうち.CD・ROM等の光学メデイアに保存・提供される④についてはIMI述した。サー

110

生I

秒n日、

R者

移動

炳貝宿

移動鯨

移助

1.越境貿呂

(生亜宕、梢安者の物理的8日近不要)

・保険、金融.輸送サービス等

・経営ノウハウ、商品デザイン、コンサ時インダ等[11,]

・音渠や保修技術のCしROM化竿〔1V,]

QiSIm図磯、0ラーニング、通イロ阪兒等[111,]

IIL国外W1費

(生西春、ifI曵者の物理的接近必璽)

・観光旅行、医療、敏背、会醸、展覧トビス

・船舶修理、空港サービス鱒

【L商璽包堂

(生西春、洞費者の物理的接近必四)

・建設工事閉負、エンジニアワングトビス

゜海外pH地法人による泣通、迎伯トビス

・海外支店、子会社を通じた金HRf-ビス等

1V・自然人の移動

(生廠宕、iIql巽老の物皿的捜近,必要)

・招鵡外国人7-Wスト、技師、会Df士、法抑家

等の短期滞在での蜘楽.IF円トビス等

[V・繭3国質呂]

(生産者、inHP者の物理的笹近必竪)

.H、翻嚇柚騨生砺審と消費者の居住国双方

で規制のあるサービスを第三国で取引

Page 19: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

ビスの内容としては商業サービス,経営ノウハウなど専門的.技能的・技術的な対企業向け

サービスが多い(図11の[Ⅱ.][1V])。過去数年の1111に鰹生した新しい形態は⑤である。

インターネットという双方向的なパーソナル・コミュニケーションを通じて提供されるとこ

ろが特徴である!、)。金融サービスや通信販売がその典型例である。同時的.双方向的なやり

取りが不可欠である遠隔医療やeラーニングは.まきにインターネット時代の落とし子であ

る。このバーチャル・サービスが国境を挟めば.「パーソナル・コミュニケーションが営ま

れる場そのものの国際移動」にほかならない。

サービス内容に従って,①の財貨については「マス・コミュニケーションのバーチャル化」,

②③の人IMIや組織については「パーソナル・コミュニケーションのバーチャル化」と旨い換

えることができる。概して言えば.この前者の「バーチャル化されたマス・コミュニケーショ

ン」は,「コンテンツ系ソフトウェア」に,後者の「バーチャル化されたパーソナル・コミュ

ニケーション」は「アプリケーション系ソフトウェア」に対応する''1・日本を含め先進諸国

では「パーソナル・コミュニケーションのバーチャル化」はBtoB型(企業間)のビジネス

として急速に拡大している一方.新聞.雑誌.音楽,映画などの「マス.コミュニケーショ

ンのバーチャル化」は,特に個人向け(BtoC型)においてスローダウンしつつある。それ

は生産者(送信者)がインターネット上でのコンテンツの複製を恐れるからである。日本な

どではCDROMなど形あるものに転写して再販IMIの下,轡店で販売するのがせいぜいであ

る。

終わりに-ネットワーク・コミュニケーション時代の展望

これまで,マスメディアを含む財(マスプロダクツ).生産要素(人IML組織)に体化したサー

ビス,およびデジタルファイル化されたサービスの国際移動について概観した。財の移動は

物理的な形を有する「物質」を乗り物とする知職の国際移動である。後2者(人間.組織)は.

パーソナル・コミュニケーションを基礎とする無形の「場」を実際に移動きせるか(人1111や

組織が移動する).仮想的に作り出すことで移動を実現する。

パーソナル・コミュニケーションをマス・コミュニケーションに変換して国際移動を実現

する方法も示した。既述の通り,属人的な技術知識をソフトウェアの形で外部化し機械設備

(資本財というマスプロダクツ)に体化するか,汎用のアプリケーション・ソフトウェアと

して光学メディアに保存し貿易財として取引する形態である。また.通信回線を通じソフ

トウェアをデジタルファイルの形で移動させる形態も増大している。

歴史的に見ると.知識移動の困難を克服するためにコミュニケーションの形態が変化して

きたと言うのが相応しい。すなわち.氷らくパーソナル・コミュニケーションが自給自活的

に営まれてきたが.15世紀のグーテンペルクによる活版印刷機の発明によりパーソナル.

111

Page 20: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知織の国際移動に関する考察

コミュニケーションを印刷物の形でマス・コミュニケーションへと変換,知識を広い範囲で

共有することが可能となり.さらに19世紀末の化学の発達は有限で属地的な天然資源を主

に石油で代替することでマスプロダクツ(物質に同一の知繊を複製,結合した製品)の形で

知職の共有を実現した。近年では.マス・コミュニケーションをバーチャル(デジタル)化

同時にパーソナル・コミュニケーションをバーチャル(デジタル)化し輸送時間と費用が

極小化された地球大の組織と市場が創出きれつつある。

世界銀行は知識獲得のため今日.途上国が実施すべき政莱として,①世界への開放性の維

持.②電気通信セクターの民営化・競争促進,および貧困厨による利用の保証.③生涯にわ

たる教育機会への効率的な公共投資を挙げる。コミュニケーション政策の観点からは,それ

ぞれ言論・表現の自由の保障,開放的で低コストの通信制度の整備.知識創造・獲得能力の

向上と言い換えることができる。いずれももっともな提言である。

しかし,コミュニケーション技術の発達で,知識の国際移娠がさらに容易になろうとして

いる現在.途上国は単なる「知Nilの獲得」を超えた.その先にある3つの難問と向き合う

必要に早くも迫られていると考えられる。すなわち,①途上国116の鏡争激化②先進国の技

術革新の行方,③個人と国家の関係である。

第1点。知職の国際移転が容易になるとは.より多くの人・組織・国にとり.同水準の

知職を狸得するチャンスが等しくjM大することを意味する。知繊を狸得すべ<各国が上記の

ような開放・競争政策を争って実施すれば.なおざらである。

産業の国際競争力を決定する比較優位は.経済発展に従い.概して第一次産業である天然

資源の賦存から,第二産業である資本・労働の賦存へ続いて第三次産業である知識の賦存

へと移動する(産業高度化)。知MMMlZ得チャンスが平等化し,湘力Uし.また低コスト化すれば.

産業高度化は容易になり.途上国相互の醜争は激化するだろう。また第一次産業主体の経済

に突如として第三次産業が形成され,強い国際鏡争力を発揮するような事態も考えられるだ

ろう。近年における.製造業(第二次産業).とくに技術の規格化(技術的知織の世界標準化)

を前提とするネットワーク機器生琵をめぐる中国と東南アジア瀦国の醜合.インドにおける

ソフトウェア産業の台頭などがその好例と言える。逆に.知識鯉得競争から脱落すれば.一

気に「取り残される」恐れが増す。なるほど,デジタル・デバイドの影響は深遠なのである。

第2点。途上国の発展は先進国での技術・知識開発競争を前提とする。かつて世界を分

割支配した列強が英,仏,米,独,伊,日ロシア(ソ連)など数カ国にとどまったように.

世界的な知識を創出しうるのは.今日でも先進国を中心に数カ国にすぎない。槻後のより広

範囲における知識の共有は60年代後半,米国と戦後復興を成し遂げた欧州と日本とが並び

立つ。いわゆる「先進国の多極化」が鮮明化するのに伴い技術競争が激化し陳腐化した技

術が途上国に移転されることで可能になった。とくに東アジア賭国は.国全体としては旧ソ

連や中南米諸国と同じく(iMI者は計画経済.後者は輸入代替)属性的知職(「市場」または

112

Page 21: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

「マス・コミュニケーション」)の管理を強めた一方.技能的知識(「組織」または「パーソ

ナル・コミュニケーション」)については.旧ソ連はもちろん、中南米諸国と比べても相対

的に開放的なアプローチを採用し,60.70年代から輸出加工区や経済特別区などの「対外

窓口」を股風多国籍企業を鱗致することでその吸収に努めた(図12)。結果として,生産

力は飛鰯的に高まり輸出主導の経済発展を成し遂げた。しかし裏を返せば.そうした知職格

差を前提とする開発戦略では途上国間の「外資誘致・輸出髄争」は激化するものの,先進

国との知繊格差は決して解消しないことを意味する(林・菰田1993.大野・桜井1997.渡

辺2001)。したがって.先進国における新知識の開発ペースが鈍化すれば.途上国は中長期

知職管理に基づく開発モデルの変遷(18世紀~20世紀末)

市俎主岱皿③圭邑

(図12)

小国・独82 大国・独H2

権威主笛体制

「------1J

強(閉煩的)

アジア

瞳H1主導

ソ迫

計面経済

屈性的知血の管理

[マス・コミュニケーション]

閥(開放性》 1

民主体制英国米国独

《18世紀》《19世紀〉《19世紀後半》

[個人的発明に依存]【国主導の科学技術扱輿]

弱(放任性)強(叶回性)技能的知嵐の管理

【パーソナル・コミュニケーション]

注)→は開発モデルの皮迅を示す。資料)筆者作成。図gも参照

的に横並びでその発展にブレーキがかかる恐れがある。

第3点。国家秩序とコミュニケーションとの「矛盾」はさらに拡大しつつある。各種メディ

ア(マスプロダクツ)のなかでもノート型パソコンや挑帯imiMi,挑帯愉報端末などの燗報通

信機器に典型的に見られる通り.メデイアはそれ自身が愉報・知繊の送受信機能を備えつつ

小型化・軽量化・個人化が追及きれてきた一方.プロードバンド・アクセスの普及に見られ

る通り.チャネルは移送時間の短縮と移送容量の大型化が進められてきた。現在はチャネル

におけるグローバリゼーシヨン.メディアにおけるパーソナリゼーションの只中にある(前図5参照)。

113

Page 22: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知鰔の国際移動に関する考察

たとえば,中国でのインターネットの利用者実数(内外調査機関の調べでは,2001年末

現在3.370万人~5.700万人)は.伝統的な意味における代表的なマスメディアである「人

民日鋼の発行部数(2001年末現在.約150万部)の20~30倍にのぼる。インターネッ

トを「グローバル化したパーソナル・コミュニケーション」と呼べば.その普及に先立つ

90年前後には.短波放送を受信可能な掌に収まる小型ラジオや小型の衛星放送受信用トラ

ンスポンダーが,旧ソ連や東欧など社会主義国の体制変革に大きな役割を果たした。こちら

は「グローバル化したマス・コミュニケーション」と呼ぶことができる。

このように全くの個人のレベルにおいて.「グローバル化したパーソナル・コミュニ

ケーション(技能的知識)」と「グローバル化したマス・コミュニケーション(属性的知織)」

の双方を同時に利用可能な様態を「ネットワーク・コミュニケーション」と呼ぶことができ

るだろう1割。

ところが,こうした-潜在的には雄もが生産技能・技術とその生産物の流通知繊.手段を

手元に樋くことができる-画期的なネットワーク・コミュニケーションが途卜国の開発にプ

ラスに働く保障はまったくない。むしろ,途上国間で知識獲得競争が激化するのと全く同じ

理由で.国内においてもデジタルデバイドが深刻化し,国家統合が脅かされる恐れがある。

ネットワーク・コミュニケーションの潜在的な最大受益者である国内のエリートや爾裕府の

動員に失敗し人材や資本の流出を結果してしまう恐れもあるだろう。

途上国の開発はすでに,こうした3つのコミュニケーションの「制約」の中で進められ

なければならない時代を迎えているのである。そして.この制約は実は途上国に限らない。

日本でも「優秀な人材や企業の海外流出」を懸念する声は少なくない。これは何より,国土

に密満した土地や大規模設備に代わり,国際移動が容易な-悪く言えば「逃げ足の早い」生

産要素である-知識が経済的・政治的競争力の決定要因となるに従い,国家という最大組織

の境界(国境)すら暖味化し始めたためといえる。

にもかかわらず,先進国.途上国のいずれにとっても「国境の閉鎖」という選択肢はもは

やあり得ない。そうである以上.言鶴・表現の自由の保障.」W1放的で低コストの通信制度の

整備.知職創造.獲得能力の向上,という世銀が提起する常磁的な方策を地道に実行に移し

また生活環境全般を改善することで.世界から人材.組織が集う.より独創的な知識を創造

しうる魅力ある「場」を作って行くことしか選択はないであろう。というのも,今日,競争

力を鯖終的に決するのは,国際移動が容易な形式化した知赦ではなく、その知織の源である

文化や地域と密瀞した暗黙知やアイデアだからである。

1)「コンテンツ系ソフトウェア」と「アプリケーション系ソフトウェア」は.簡単には,

114

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コミュニケーション科学(18)

前者がWhat(内容)を,後者はHow(内容解決的技能・技術)を提供するもの。

2)開発コミュニケーションの古典的な関連文献は次の通り。D・Lemer(1958),DaivdO

McClelland(1961),WSchramm(1962),EEverettRogerB(1962).Lucien

Pye(ed)(1967).AInkele8(1969).n.M・Roger8(1976)。

3)開発コミュニケーションへの理鵠的な懐疑については,H、LSChmer(l969andl992)

による米国の「文化帝国主溌」についての議鵠が先駆的なもの。続いてnM.Rogers(1976)

が.自身の著名なイノベーションの普及と発展の理論の有効性に疑問を投げ掛けた。こ

うした識鶴は76年10月.ナイロビで開かれた第19回ユネスコ総会で.「先進工業国

から途上国への一方的な情報の流れを改め,均衡ある流れを作るようマスメディアを国

の管理下に置く」旨を盛り込んだ「ナイロビ宣言」(「マスメディア活用宣言」)の採択

を迫る背景を形作った。「宣言」は先進潴国の反発からいったんは廃案になるが,最終

的に1978年11月.パリで側1111された鮪20回ユネスコ総会「文化・マスメディア委貝

会」で「マスメディア宣言」として全会一致で採択された。以上日本新聞協会(1979),

Unesco(1980),小糸忠吾(1980).内川芳美(1981).塚本三夫(1988),CoUeen

Roach(1990),花田達朗(1992).桂敬一(1995)を参照。

4)アジアにおける開発コミュニケーションの研究機関としてシンガポールのTheABian

Medialnfbrmation&CommunicationCentre(AMIC)がある。1971年に同国政府と

ドイツのFriedrichEbert・Stiftunの支援により設立された。

副野中・竹内(1996)は.ハイエクが展開する知識鶴はすべて市場で生成し流通する知

識についてで,創造プロセスに藩目した餓践ではないとする。

6)米国企業の技術移転に関する研究を行ったり.J・Tbece(1977)の分類に従えば.技術移

転のプロセスは.①生産プラントに関する設計図面の供与等のエンジニアリング,②技

術内容を記載したドキュメントの作成・提供.③技術者派遣,④現地従業者への技術指

導・訓練,⑤その他に分解できる。③④は文瞥化し移転ができない部分であり,パーソ

ナル・コミュニケーションに属する。この分類に従い,日本企業を対象に実証闘査を行

なった若杉(1996)によれば,「技術移転費用の中で最も高い比率を示すのがエンジニ

アリング費用であるが,日本からの技術者の派遮費用現地従業員への技術指導・教育

割||線費用など人的投資への費用は約半分に達する」。これは技能的知識の移転には,き

わめて高価ではあるものの.人的移動=パーソナル・コミュニケーションが不可欠であ

ることを示している。また伊藤(1997)によれば,「技術の移転は科学に比べてはるか

に難しい。科学は文薔に完全に表現できる。技術はそうではない。しかも技術移転の際

には.技術風土なる要因が強く働くからである」「技術風土は.5MとPから織成され

ていると思われる。5Mとは…機械(Machme).資材(Materialおよびインフラスト

ラクチャー),人材(Manpower).市場(Market).経営力(Management)の良否で

115

Page 24: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知識の国際移動に閲する考察

あり.Pは政府の技術政策(Poucy)の良否である」。

7)インターネットなどの傭報通信技術の発達により情報の非対称性の問題は減じていると

も指摘きれるが市場の失敗を補完する組織として伝統的には,政府.国際機llUが存在

する。近年では,専門的なボランティア団体や越境的なNGO,NPOが注目されている。

また企業による国内外の別企業の吸収合併という内部化の動きも活発化している。これ

らに加え,民間企業ではあるものの報道機関(マスコミ)の政府や企業の監視機能,世

論形成機能を市場補完的なものとして加えてもよいかもしれない。速水(2000)によ

れば「悩報の不完全性なかんずく非対称性が.政府の失敗をもたらす非道徳的行動の根

本的原因である……。その防止に,新聞やテレビなど報道システムの発達は相当程度の

貢献をするかも知れない。だが.政治家や官吏などが国益に反し,私利追及する櫛造を

チェックする力は,基本的にその国の道徳観によって決まる。それは.文化的伝統にも

とづき歴史的に決定されるが.経済発展に対する国民の願望によっても決まる。ナショ

ナリズムなどのイデオロギーが強く、先進国への経済的キャッチ・アップが物資的価値

を超えて評価される社会では.それへの貢献は社会的に高く評価され.それを阻害する

非道徳的行為は指弾を受ける公算が大きい」。

8)アジアにおけるTFPの算出結果については見方が分かれるが.TheWOrld

Bank(19941大野・桜井(1997).野上(2000),中島・北村・木村・新保(2000)

等を参照。

9)これは本稿全体に関連する議譲だが.米国は90年代。デジタル技術を用いて生産要素

を生産財へ非貿易財を貿易財へパーソナル・コミュニケーションをマス・コミュニケー

ションへ変換する能力を籍し〈高めた。これが90年代後半のソフトウェア産業の興隆

とアウトソーシングの活用などの組織改革をもたらし「IT革命」を実現,「インフレな

き持続的経済成長」を牽引した。移動不可能と見られたものを「移動財」へと不断に転

換し地球規模で流通きせる能力こそ米国の科学技術の特徴であり,競争力の主要な源

泉の一つである(木村1999)。近年.「貿易財」化や「移動財」化の流れが一段と加速

したのは.百うまでもなく「プラットフォーム」の存在による。つまり,ウインドウズ

なりのOS(オペレーション・システム)やそのOSが稼働させるパソコンから成る「プ

ラットフォーム(社会・文化の土台)」を人工的に敷設し,そのうえで同一の「アプリケー

ション・ソフト(特殊技能)」を走らせる。そうした「プラットフォーム」と「アプリケー

ション」が地球規模で大趾かつ同時に導入されれば.文化的差異性は消失しそれらの

導入・運営コストも逓減し憎報・知識の越境は容易になる。しかし他方で.文化や社

会.組織固有の知識や価値を定型化しマスプロダクツに変換.拡散させることを「グロー

バリゼーション」や「マクドナルド化」などと呼んで反発する声も市民団体などの間で

強まった。彼らは世界貿易機関(WTO)がその先兵であると見て.99年末にシアトル

116

Page 25: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

コミュニケーション科学(18)

で開かれた第3回閣僚会議で(最終的に会議は決裂し閉幕).前例のない大規模デモを

繰り広げた。

世界貿易機関(WTO)は2001年6月.インターネット商取引に関して各国の専門家

を交えて初の特別会合を開催した。2002年4月にはWTDが主催した電子商取引に関

するセミナーで.サービス貿易部のL・陸eTnthinは「非貿易財とみられたサービスが.

デジタル形態でオンライン提供されるなど貿易財への変化が進んでいる」として.統計

分類についてプレゼンテーションを行った。それによれば,「物理的に国境を越えるも

のが商品貿易で.そうでない(無形サービスや居住者と非居住者IlU等)取引がサービス

貿易。テレビやラジオなどのメディア・燗報サービスは国境を挟めばサービス貿易に分

類きれるが.GjNTSは供給モードで分類しサービス提供に使用された技術では定義

しないので.オンライン取引という麺子的形態に変わってもほぼすべてがサービス貿易

として分類され続ける」「いずれにせよ、モノとして扱われ(商品貿易としてHSコー

ドに従い分類).かつオンライン取引も行われる可能性のあるメデイア製品は現在.商

品貿易全体の1%を占めるのみ。当面は統計分類方法を現状維持するのが賢明」とした

(LLmnthim20D2)。

注1を参照。

マス・コミュニケーションとパーソナル・コミュニケーションを総合的に捉えるアプロー

チは.伝統的なコミュニケーション研究では皆無に近い。米国で発達した正統的なコミュ

ニケーション理麓は「マス・コミュニケーション理鶴」とほぼ同義であり.パーソナル・

コミュニケーションは例えば「コミュニケーションの二段階の流れ」などとしてマス・

コミュニケーションの文脈のなかで研究された程度である。児島和人(1998)によれば,

「メディア・コミュニケーションへの主要な社会的.学問的関心は.…マス・コミュニケー

ションに集中していたといっても過言ではなかった。…これと対照的に.道具/機械メ

ディアを介在したパーソナル・コミュニケーションに対する社会科学的関心は,顕在化

が遅れた。その主要な背景の一つには,パーソナル・コミュニケーションにおける[邇

賭等の]身体メディアへの依存の圧倒的大きさがあった。しかし今日パーソナル・コミュ

ニケーションにおいても[パソコン通信等の登場で]道具/機械メディアへの依存度は

急速に高まった」。しかしマス・コミュニケーションとパーソナル・コミュニケーショ

ンを統合する視野は今日.むしろ経営学で鮮明である。それはコミュニケーション研究

の主対象である「知職の流通プロセス」ではなく,「知識の創造プロセス」に藩目する

ことに起因する。例えば,内外で高い評価を受けている野中・竹内(1996)の「知識変

換理論」は「人間の知識が暗黙知と形式知の社会的相互作用をつうじて創造ざれ拡大さ

れる」という「ダイナミックな知識創造モデル」である。この「形式知」とは本稿で述

べた通り,マス・コミュニケーション過程に表出ざれ流通する砿立された一般的な知職

10)

11)

12)

117

Page 26: An essay on knowledge cross the border; designing of communication for development

知繊の国際移動に閥する考察

であり.「暗黙知」とは表出きれる以前の個別的で流動的な知識である。

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