―日本語母語話者と非母語話者によるlineのやりと...

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非対面接触場面における誘いへの断り表現とその問題点 ―日本語母語話者と非母語話者によるLINEのやりとりの分析― 中井好男+ ・舩橋 瑞貴++ ・ 副田恵理子 +++ ・向井裕樹++++ +同志社大学 ++群馬大学 +++藤女子大学 ++++ブラジリア大学 2-3分、専門が異なる 聞き手、ツール利用は自由 ・権英秀(2010)「『親疎関係』が与える『直接的断り』への影響」『言語の普遍性と個別性』1号、31—49 ・黄郁蕾・玉岡賀津雄・ブラーエヴァ、マリア エドアルドヴナ(2014)「中国語母語話者の日本語学習によるポライトネスの構造と意識の変容—依頼に対する断り難さに着目して—」『ことばの科学』28号、51—70 ・小池真理・中川道子・宮崎聡子・平塚真理(2007)『聞く・考える・話す留学生のための初級にほんご会話』スリーエーネットワーク ・スリーエーネットワーク(編)(2000)『みんなの日本語初級Ⅰ 教え方の手引き』スリーエーネットワーク ・中居順子・近藤扶美・鈴木真理子・小野恵久子・荒巻朋子・森井哲(2005)『会話に挑戦!中級前期からの日本語ロールプレイ』スリーエーネットワーク ・藤井香織(2016)「LINEにおける会話終結構造について」大阪大学文学部人文学科日本語学講座卒業論文(未公刊) ・メッグリアングライ ポンティパー(2015)「『LINE』における『勧誘に対する断り』に見られる謝罪:タイ語母語話者と日本語母語話者の比較に着目して」『言語文化と日本語教育』48・49号、110-113 ・Brown, P. & S. C. Levinson. (1987) Politeness, Cambridge University Press. はじめに 音声・ビデオ通話、 による通信ができるSNSサービス ・送信者の意図・感情の表し方や同期性の面において、 従来の非対面コミュニケーションツールと異なる点をいくつか有する。 テキストチャット 継続すべき関係性にある「疎」の母語話者(プライベートでの交流が一切ないチューターや取引先)からの誘いの断り方 断りの行為 日本語母語話者 ・ポライトネス理論(Brown & Levinson, 1987) 他者に邪魔されたくないというネガティブ・フェイス 相手に気に入られたいというポジティブ・フェイス 相手との親疎関係 ・黄他(2014),権(2010)など 対面での断り行為や日本語非母語話者の意識について分析 ・非対面コミュニケーションであるLINEを用いた非母語話者の断り行為に 焦点を当てた研究は管見の限りない。 ・非母語話者が母語話者からのLINE上の誘いを断る上でどのような問題に 直面し、そこにはどのような要因が存在するのかを明らかにする。 研究目的 まとめ ・断りの明確な意志表示を避け、即座に断らない(「すみません、ちょっと…」など) ・「途中で終わらせるほうが相手に申し訳ないという気持ちが伝わる」といった解説 c.f.『みんなの日本語Ⅰ』『聞く・考える・話す留学生のための初級にほんご会話』 『会話に挑戦!中級前期からの日本語ロールプレイ』 継続すべき関係性にない「疎」の母語話者(イベントや友人を介して知り合った知人)からの誘いの断り方 社会人であるCのみ、相手あるいは 自分のポジティブ・フェイスを 脅かさないように配慮している 結果1 調査 社会言語規範が埋め込まれたテキストによる影響 背景には… ・相手のポジティブ・フェイスを脅かす行動(FTA: Face Threatening Act)を避ける ストラテジーとして、即座に断らずに断る理由を自分以外の要素に見出す この断り方は、LINE上においては母語話者の 再誘いを誘発 (非母語話者にとって問題) しかし 既読スルーや社会人Cの断り方が再誘いを誘発しなかった理由 ⇒相手との関係性、当事者の属性等が関与? その日だったら、ちゃんと 言わなかったら迷惑だから。 急に誘われたし、別に断って も気にしなくてもいいし。 <3日後> 当日の誘いである場合: 明確な理由とともに断わり、再誘いには至らない。 大学院留学生B 社会人C FTAの回避 結果2 既読スルー:利害関係もなく「疎」であるということから 協力者のネガティブ・フェイスが強く働いたため いきなり断るとなんか相手に失礼 かなって。また連絡しますって 曖昧にして。こういうのがよく 見ますから、日本人分かるじゃ ないかなって思います。 大学院留学生A/20代/女性/上級/1年 ・12名の非母語話者(関西在住)に「母語話者から誘われたLINEのトーク」を提供してもらう。 ・誘いに対する返信について個別に1時間程度のインタビューを1回行う。 ・非母語話者が問題だと認識しているやりとりについて詳細を記録する。 国籍 / 身分 韓国 / 学部留学生1名 中国 / 学部留学生6名,大学院留学生4名,社会人1名 世代 / 性別 20〜30代 / 男性2名,女性10名 日本語レベル 上級〜超上級 LINE使用歴 1年〜4年 相手が読んだことを示す 「既読」表示 調 問題にならないようにきちんと説明して断 ります。やっぱりよく会う人でお世話に なってる人だから。 日本人やったらはっきり断ったら、傷つ くって。日本語の先生、そう教えてるん ちゃうん。(中略)絵文字はあるかもしれ んけど、スタンプはないわ。仲良くなりた いと思ってる人は送ってくるから、送り返 すけど。 大学院留学生B/20代/女性/超上級/3年 社会人C/30代/男性/超上級/4年 メッグリアングライ(2015) 断りの場面においては、泣き顔のスタンプが 謝罪を示すものとして多用される。 藤井(2016) 会話終結部が電話や携帯メールよりも簡略化 されており、相手との関係を維持するために スタンプが利用される。 断りの行為 誘い手への対人配慮が 必要な行為 ・相手との親疎関係 ・継続すべき関係性の有無 ・当事者の属性(学生か社会人か) ・誘いの時期 「人間関係維持のための婉曲的な断り」の送信 断りの終結としてのスタンプを使用しない 母語話者の再誘いを誘発 日本語学習過程で 刷り込まれた 社会言語規範 FTAを避けるためのストラテジーとして・・・ ・対面コミュニケーションでは有効 ・非対面で短いやりとりが頻繁に行われるLINEでは有効ではない ①人間関係維持のために判断を保留する表現 を用いて即座に断らない ②明確な理由を述べ即座に断る ③既読スルー LINEで誘いを断るストラテジー ストラテジー決定に関わる要因 ・母語話者にとって、スタンプは断りの終結を示す 重要なマーカー(メッグリアングライ,2015) ・協力者は終結部にスタンプを利用しない (疎の相手には「スタンプを送らない(社会人C)」) ⇒母語話者による再誘いを誘発・特にあんまり知らない人だから、そのまま返事しないですよ。(学部留学生D) ・よく知らないし、いろんな人に誘ってるかもしれないじゃないですか。だから 返事なくてもいいなかって。(学部留学生E) ・知人の場合ありましたけど、ほんとに会いたくなかったので、無視しました。 電話も来たけど、無視しました。(大学院留学生F) 既読スルー ※ 本研究は、科学研究費 15K12899 の助成を受けたものである。

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Page 1: ―日本語母語話者と非母語話者によるLINEのやりと …...c.f.『みんなの日本語Ⅰ』『聞く・考える・話す留学生のための初級にほんご会話』

非対面接触場面における誘いへの断り表現とその問題点―日本語母語話者と非母語話者によるLINEのやりとりの分析―

中井好男+ ・舩橋 瑞貴++ ・ 副田恵理子 +++ ・向井裕樹+++++同志社大学 ++群馬大学 +++藤女子大学 ++++ブラジリア大学

●2-3分、専門が異なる聞き手、ツール利用は自由

参考文献

・権英秀(2010)「『親疎関係』が与える『直接的断り』への影響」『言語の普遍性と個別性』1号、31—49・黄郁蕾・玉岡賀津雄・ブラーエヴァ、マリア エドアルドヴナ(2014)「中国語母語話者の日本語学習によるポライトネスの構造と意識の変容—依頼に対する断り難さに着目して—」『ことばの科学』28号、51—70・小池真理・中川道子・宮崎聡子・平塚真理(2007)『聞く・考える・話す留学生のための初級にほんご会話』スリーエーネットワーク・スリーエーネットワーク(編)(2000)『みんなの日本語初級Ⅰ 教え方の手引き』スリーエーネットワーク・中居順子・近藤扶美・鈴木真理子・小野恵久子・荒巻朋子・森井哲(2005)『会話に挑戦!中級前期からの日本語ロールプレイ』スリーエーネットワーク・藤井香織(2016)「LINEにおける会話終結構造について」大阪大学文学部人文学科日本語学講座卒業論文(未公刊)・メッグリアングライ ポンティパー(2015)「『LINE』における『勧誘に対する断り』に見られる謝罪:タイ語母語話者と日本語母語話者の比較に着目して」『言語文化と日本語教育』48・49号、110-113・Brown, P. & S. C. Levinson. (1987) Politeness, Cambridge University Press.

はじめに 音声・ビデオ通話、による通信ができるSNSサービス

・送信者の意図・感情の表し方や同期性の面において、従来の非対面コミュニケーションツールと異なる点をいくつか有する。

テキストチャット

継続すべき関係性にある「疎」の母語話者(プライベートでの交流が一切ないチューターや取引先)からの誘いの断り方

断りの行為

日本語母語話者

・ポライトネス理論(Brown & Levinson, 1987)他者に邪魔されたくないというネガティブ・フェイス相手に気に入られたいというポジティブ・フェイス相手との親疎関係

・黄他(2014),権(2010)など対面での断り行為や日本語非母語話者の意識について分析

・非対面コミュニケーションであるLINEを用いた非母語話者の断り行為に焦点を当てた研究は管見の限りない。

・非母語話者が母語話者からのLINE上の誘いを断る上でどのような問題に直面し、そこにはどのような要因が存在するのかを明らかにする。

研究目的

まとめ

・断りの明確な意志表示を避け、即座に断らない(「すみません、ちょっと…」など)・「途中で終わらせるほうが相手に申し訳ないという気持ちが伝わる」といった解説

c.f.『みんなの日本語Ⅰ』『聞く・考える・話す留学生のための初級にほんご会話』

『会話に挑戦!中級前期からの日本語ロールプレイ』

継続すべき関係性にない「疎」の母語話者(イベントや友人を介して知り合った知人)からの誘いの断り方

社会人であるCのみ、相手あるいは自分のポジティブ・フェイスを脅かさないように配慮している

結果1

調査

社会言語規範が埋め込まれたテキストによる影響

背景には…

・相手のポジティブ・フェイスを脅かす行動(FTA: Face Threatening Act)を避けるストラテジーとして、即座に断らずに断る理由を自分以外の要素に見出す

この断り方は、LINE上においては母語話者の 再誘いを誘発 (非母語話者にとって問題)

しかし

既読スルーや社会人Cの断り方が再誘いを誘発しなかった理由

⇒相手との関係性、当事者の属性等が関与?

その日だったら、ちゃんと言わなかったら迷惑だから。

急に誘われたし、別に断っても気にしなくてもいいし。

<3日後>

当日の誘いである場合:明確な理由とともに断わり、再誘いには至らない。

大学院留学生B 社会人C

FTAの回避

結果2

既読スルー:利害関係もなく「疎」であるということから協力者のネガティブ・フェイスが強く働いたため

いきなり断るとなんか相手に失礼かなって。また連絡しますって曖昧にして。こういうのがよく見ますから、日本人分かるじゃないかなって思います。

大学院留学生A/20代/女性/上級/1年

・12名の非母語話者(関西在住)に「母語話者から誘われたLINEのトーク」を提供してもらう。・誘いに対する返信について個別に1時間程度のインタビューを1回行う。・非母語話者が問題だと認識しているやりとりについて詳細を記録する。

国籍 / 身分韓国 / 学部留学生1名中国 / 学部留学生6名,大学院留学生4名,社会人1名

世代 / 性別 20〜30代 / 男性2名,女性10名

日本語レベル 上級〜超上級

LINE使用歴 1年〜4年

相手が読んだことを示す「既読」表示

協力者背景

調査手順

問題にならないようにきちんと説明して断ります。やっぱりよく会う人でお世話になってる人だから。

日本人やったらはっきり断ったら、傷つくって。日本語の先生、そう教えてるんちゃうん。(中略)絵文字はあるかもしれんけど、スタンプはないわ。仲良くなりたいと思ってる人は送ってくるから、送り返すけど。

大学院留学生B/20代/女性/超上級/3年

社会人C/30代/男性/超上級/4年

メッグリアングライ(2015)断りの場面においては、泣き顔のスタンプが謝罪を示すものとして多用される。

藤井(2016)会話終結部が電話や携帯メールよりも簡略化されており、相手との関係を維持するためにスタンプが利用される。

断りの行為

誘い手への対人配慮が必要な行為

・相手との親疎関係・継続すべき関係性の有無・当事者の属性(学生か社会人か)・誘いの時期

「人間関係維持のための婉曲的な断り」の送信 断りの終結としてのスタンプを使用しない 母語話者の再誘いを誘発

日本語学習過程で刷り込まれた社会言語規範

FTAを避けるためのストラテジーとして・・・・対面コミュニケーションでは有効

・非対面で短いやりとりが頻繁に行われるLINEでは有効ではない

①人間関係維持のために判断を保留する表現を用いて即座に断らない

②明確な理由を述べ即座に断る③既読スルー

LINEで誘いを断るストラテジーストラテジー決定に関わる要因

・母語話者にとって、スタンプは断りの終結を示す重要なマーカー(メッグリアングライ,2015)

・協力者は終結部にスタンプを利用しない(疎の相手には「スタンプを送らない(社会人C)」)

⇒母語話者による再誘いを誘発?

・特にあんまり知らない人だから、そのまま返事しないですよ。(学部留学生D)・よく知らないし、いろんな人に誘ってるかもしれないじゃないですか。だから

返事なくてもいいなかって。(学部留学生E)・知人の場合ありましたけど、ほんとに会いたくなかったので、無視しました。

電話も来たけど、無視しました。(大学院留学生F)

既読スルー

※ 本研究は、科学研究費 15K12899 の助成を受けたものである。