bcg接種後に生じた尋常性狼術 一接種部位に生じた...

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日皮会誌:110 (3), 28←296, 2000 (平12) BCG接種後に生じた尋常性狼術 一接種部位に生じた皮膚結核の検討- 伊東 秀記 本田まりこ 58歳,女性にBCG接種後生じた尋常性狼瘤の1例 を報告するとともに,文献的考察を加えた.症例は11 歳時に左上腕にBCGを皮内接種法で接種されたが, 接種部位は徐々に隆起,増大し紅色局面を形成した. 初診の3ヵ月前から急激に増大したため当科を受診し た.ツベルクリン反応は中等度陽性で病理組織学的に は類上皮細胞や巨細胞からなる類上皮細胞性肉芽腫で あり乾酪壊死は伴っていなかった.生検皮膚組織より BCG-TOKYO株を分離同定しBCG誘発性の尋常性狼 癒と診断した. BCG接種部位に生じた皮膚結核の報告 例をまとめた. はじめに BCG (Bacille de Calmette et Guerin)の接種方法は 副反応軽減の目的で1967年皮内接種法から現在も行 われている経皮接種法(管針法)に変更され,局所の 副反応は著明に減少したと考えられている.副反応の 多くはリンパ節炎であり,皮膚結核の報告も少なくは ないが白験例のようにBCG接種47年後に診断がつ いた例は非常に稀である. 本邦のBCG接種後に接種部位に生じた皮膚結核32 例D~28)をまとめ文献的考察を加えて報告する. 患者:58歳,女性. 初診:1998年9月1日. 主訴:左上腕伸側の紫紅色局面. 家族歴:家族内に結核患者はいない. 既往歴:特記すべきことなし. 現病歴:!1歳の時,ツベルクリン反応陰性であった ため左上腕伸側にBCGの接種を受けた.数日後より, 東京慈恵会医科大学皮膚科学教室(主任 新村貫入教 授) *いしだ皮フ科(埼玉県大宮市) 平成11年7月12日受付,平成n年9月2日掲載決定 別刷請求先:(〒105-8461)東京都港区西新橋3-25- 8 東京慈恵会医科大学皮膚科学教室 伊東 秀記 石田 卓* 新村 偉人 接種部位に15 mm大の湿潤面が生じ次第に痴皮を伴 う紫紅色,境界明瞭な局面を形成したが自覚症状を伴 わないために放置していた.約10年前より徐々に拡大 傾向を示し,約3ヵ月前より急速に増大し始めたため, 1998年8月8日近医を受診し精査加療目的のため 1998年9月1日当科紹介となった. 現症:左上腕仲側上部に6×4cm大の不整形,境界 明瞭,紫紅色ないし褐赤色調のやや隆起する局面を認 め,その周囲に大小不同の紫紅色丘疹が見られた.こ れらの皮疹は10×9cm大の皮下の硬結上に認めら れ,この皮下の硬結は下床との癒着はない.ガラス圧 にて紫紅色局面は若干の槌色は認めたが,いわゆる狼 瘤結節ははっきりしない.圧痛,疆庫感,局所熱感は なく,かつ溶出性の変化も認めない.また表在リンパ 節の腫脹は見られない(Fig.l). 病理組織学的所見:左上腕の隆起性局面を生検し た.表皮は扁平化し,真皮中層から皮下組織にかけて, 細胞浸潤が見られた.これらは類上皮細胞,ラングハ ンス巨細胞,リンパ球からなるいわゆる類上皮細胞性 肉芽腫を認めた.乾酪壊死は認めない(Fig. 2, 3). なおZiehl-Neelsen染色およびPAS染色も施行した が結核菌,真菌は見出し得なかった.ウシ型,ヒト型 結核菌に特異的な16S-rRNAコード遺伝子領域の一一一 部をプライマーとして行ったpolymerase chain reac- tion法(以下PCR法)は陰性であった. 臨床検査所見:血液一般,生化学検査では異常所見 は認められず,免疫学的検査にてリウマチ因子12.0 (5.0以ド),抗核抗体21.5(12.0未満),ツ反中等度陽性 を認めるのみであった.また胸部X線,全身Caシンチ でも異常所見を認めなかった.その他の臨床検査所見 はTable 1 の如くである. 菌学的所見:病変部の組織片より一般細菌,真菌, 抗酸菌培養を行った.一般細菌,真菌は認められなかっ たが,2%工藤培地(37°C)では6週間後に淡黄色のコ ロニーが出現し抗酸菌が分離された(Fig. 4).これらは ヒト型およびウシ型結核菌に特異的プライマーを用い たPCR法にて陽性の所見よりMycobacterium tuber-

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Page 1: BCG接種後に生じた尋常性狼術 一接種部位に生じた …drmtl.org/data/110030289.pdf日皮会誌:110 (3), 28←296, 2000 (平12) BCG接種後に生じた尋常性狼術

日皮会誌:110 (3), 28←296, 2000 (平12)

BCG接種後に生じた尋常性狼術

 一接種部位に生じた皮膚結核の検討-

伊東 秀記 本田まりこ

           要  旨

 58歳,女性にBCG接種後生じた尋常性狼瘤の1例

を報告するとともに,文献的考察を加えた.症例は11

歳時に左上腕にBCGを皮内接種法で接種されたが,

接種部位は徐々に隆起,増大し紅色局面を形成した.

初診の3ヵ月前から急激に増大したため当科を受診し

た.ツベルクリン反応は中等度陽性で病理組織学的に

は類上皮細胞や巨細胞からなる類上皮細胞性肉芽腫で

あり乾酪壊死は伴っていなかった.生検皮膚組織より

BCG-TOKYO株を分離同定しBCG誘発性の尋常性狼

癒と診断した. BCG接種部位に生じた皮膚結核の報告

例をまとめた.

          はじめに

 BCG (Bacille de Calmette et Guerin)の接種方法は

副反応軽減の目的で1967年皮内接種法から現在も行

われている経皮接種法(管針法)に変更され,局所の

副反応は著明に減少したと考えられている.副反応の

多くはリンパ節炎であり,皮膚結核の報告も少なくは

ないが白験例のようにBCG接種47年後に診断がつ

いた例は非常に稀である.

 本邦のBCG接種後に接種部位に生じた皮膚結核32

例D~28)をまとめ文献的考察を加えて報告する.

          症  例

 患者:58歳,女性.

 初診:1998年9月1日.

 主訴:左上腕伸側の紫紅色局面.

 家族歴:家族内に結核患者はいない.

 既往歴:特記すべきことなし.

 現病歴:!1歳の時,ツベルクリン反応陰性であった

ため左上腕伸側にBCGの接種を受けた.数日後より,

東京慈恵会医科大学皮膚科学教室(主任 新村貫入教

授)

*いしだ皮フ科(埼玉県大宮市)

平成11年7月12日受付,平成n年9月2日掲載決定

別刷請求先:(〒105-8461)東京都港区西新橋3-25-

 8 東京慈恵会医科大学皮膚科学教室 伊東 秀記

石田 卓* 新村 偉人

接種部位に15 mm大の湿潤面が生じ次第に痴皮を伴

う紫紅色,境界明瞭な局面を形成したが自覚症状を伴

わないために放置していた.約10年前より徐々に拡大

傾向を示し,約3ヵ月前より急速に増大し始めたため,

1998年8月8日近医を受診し精査加療目的のため

1998年9月1日当科紹介となった.

 現症:左上腕仲側上部に6×4cm大の不整形,境界

明瞭,紫紅色ないし褐赤色調のやや隆起する局面を認

め,その周囲に大小不同の紫紅色丘疹が見られた.こ

れらの皮疹は10×9cm大の皮下の硬結上に認めら

れ,この皮下の硬結は下床との癒着はない.ガラス圧

にて紫紅色局面は若干の槌色は認めたが,いわゆる狼

瘤結節ははっきりしない.圧痛,疆庫感,局所熱感は

なく,かつ溶出性の変化も認めない.また表在リンパ

節の腫脹は見られない(Fig.l).

 病理組織学的所見:左上腕の隆起性局面を生検し

た.表皮は扁平化し,真皮中層から皮下組織にかけて,

細胞浸潤が見られた.これらは類上皮細胞,ラングハ

ンス巨細胞,リンパ球からなるいわゆる類上皮細胞性

肉芽腫を認めた.乾酪壊死は認めない(Fig. 2, 3).

 なおZiehl-Neelsen染色およびPAS染色も施行した

が結核菌,真菌は見出し得なかった.ウシ型,ヒト型

結核菌に特異的な16S-rRNAコード遺伝子領域の一一一

部をプライマーとして行ったpolymerase chain reac-

tion法(以下PCR法)は陰性であった.

 臨床検査所見:血液一般,生化学検査では異常所見

は認められず,免疫学的検査にてリウマチ因子12.0

(5.0以ド),抗核抗体21.5(12.0未満),ツ反中等度陽性

を認めるのみであった.また胸部X線,全身Caシンチ

でも異常所見を認めなかった.その他の臨床検査所見

はTable 1 の如くである.

 菌学的所見:病変部の組織片より一般細菌,真菌,

抗酸菌培養を行った.一般細菌,真菌は認められなかっ

たが,2%工藤培地(37°C)では6週間後に淡黄色のコ

ロニーが出現し抗酸菌が分離された(Fig. 4).これらは

ヒト型およびウシ型結核菌に特異的プライマーを用い

たPCR法にて陽性の所見よりMycobacterium tuber-

Page 2: BCG接種後に生じた尋常性狼術 一接種部位に生じた …drmtl.org/data/110030289.pdf日皮会誌:110 (3), 28←296, 2000 (平12) BCG接種後に生じた尋常性狼術

290 伊東 秀記ほか

Fig.1 左上腕伸側上部の褐赤色調の隆起性局面.その

 周囲に大小不同の紫紅色丘疹が見られた.

Fig. 4 2%工藤培地(37°C)で6週間後に分離された

 淡黄色のコロニー.

Fig. 2 病変部組織像(弱拡大像,HE染色):表皮は扁

 平化し,真皮中層から皮下組織にかけて,細胞浸潤

 が見られる.

culosiscomplex と同定された.

 さらに,ナイアシンテスト(陽性),硝酸塩還元テス

ト(陽性) , TCH (thiophene~2-carboxylic acid hydra-

zine)耐性(陰性), Pyrazinamidase耐性(陰性),RFLP

分析(Restriction Fragment Length Polymorphism)に

てBCG-TOKYOと同一bandを検出した(Fig. 5).

 以上の所見よりウシ型結核菌さらにはBCG-

TOKYO株と同定した(Table 2).

 治療:確定診断後, INH(イスコチン*)300 mg/day

を3ヵ月日内服し,病変部は徐々ではあるが縮小傾向

を示していたが軽度の肝機能障害が出現したため, Ri-

fampicin (リマクタン町50 mg/day に変更し1999年

6月現在ほとんど浸潤を触れなくなっている.

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BCG接種後に生じた尋常性狼愉

Fig.3 病変部組織像(強拡大像,HE染色):類上皮細胞やラングハンス巨細胞やリン

 パ球からなるいわゆる類上皮性肉芽腫を認めたが乾酪壊死は認めなかった.

免疫学的検査

GMA

毎毎毎

 抗核抗体

  ElA

Tcell(CD3)

BcelKCDlfl)

NK細胞活性

NK細胞分析

1,290mg/dl

 49 mg/dl

 254 mg/dl

RF

RAPA

 LE test 陰性

 21.5(12.0未満)

69% (58~73)

 6 % (8~18)

 0.9(0.8~1.6)

35% (32~46)

37 % (28~43)

25% (18~40)

CD57(-)CD16(十)

CD57(-)CD16(-)

CD57(十)CD16(十)

CD57(十)CD16(-)

Table 1 Laboratory findings

11.1IU/ml(5.0以下)

40以下(40未満)

リンパ球幼弱

 PHA

 COn-A

4。5% (2~19)

71.4% (53~90)

4.9% (2~23)

19.2% (2~26)

化試験

   40.205 cpm( 26,000~53.000)

    427 cpm (70~700)

CD16/CD56分析

 CD16(-)CD56(十)

 CD16(-)CD56(-)

 CD16(十)CD56(十)

 CD16(十)CD56(-)

          考  按

 BCGは1921年にパスツール研究所のCalmetteお

よびGuerinによりウシ型結核菌から230代,13年間

にわたる継代培養から得られた弱毒株で,わが国には

1925年志賀 潔がCalmetteから分与を受けて持ち帰

り,原法通り胆汁ジャガイモグリセリン培地で継代維

持され,今村荒男らによる使用経験を経て, 1942年よ

り全国規模で弱毒生菌ワクチンとして使用され始め

5。6%(1~12)

 85.5 (55~90)

6.3 % (5~31)

2.6 % (4以下)

291

た. BCG接種を開始した当初は液体BCGを用いてい

たが保存中に生菌数が減少し,効力が低下するなどの

問題があり安定した力価のワクチン製造のため1949

年から凍結乾燥ワクチンを使用した皮内接種法に切り

換えられた.また, 1961年に172代目の菌株をBCG

日本株Tokyo 172 と命名し標準株とし, 1965年にはデ

ンマーク株やフランス株に比べ毒力が弱く,しかも十

分な免疫賦与能力があり,凍結乾燥,耐熱性にも優れ

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292               伊東 秀記ほか

Table 2 結核菌(ヒト祭)、ウシ型結核菌、BCG-TOKYO株の特徴と白験例の結果

菌型囚形卵培地ト.における性状発育速度 集落の性状

CH

耐性

PZ

感受

ナイアシ

/-アスト

酸塩還

啓アスト

EB培地

HA培地

PNB

培地

クリン酸培地

PAS

培地黒変

TWEEN80氷

解-5

日-

結核菌 2~3週  R型 クリーム色~淡黄色 + + + + 士 ± - - - -

ウシ型

(BCG-TOKYO株)

3~5週  R型

      (初期にS型のことあり)

 -

ト)

 一

汗)

 -

(十)

 一

汗)

-

士- - - -

白験例の分離菌 6週  R型灰黄色 - - + + - - - - - -

R型:rough type's 型:smooth type

TCH : thiophene-2-carboxylicacid hydrazidedμg/ml, 10μg/ml)

PZA : Pyrazinamidase

①BCG-TOKY0,②自験例.

BCG-TOKYOと|・fj一bandの検出.

ている点からWHOの国際参照株に指定されている.

現在の日本で使用されているBCGワクチンはこの

Tokyo 172 と呼ばれる,いわゆる日本株を用い継代12

代以内のものが使用されている巴

 BCGの接種を受けると菌は接種部位付近で増殖し,

リンパの流れに沿って所属リンパ節に達し,さらに血

行削こ散布され組織レベルでの結節性病変を生じる.

この過程は接種後約1ヵ月でピークに達し,この時期

までにツベルクリンアレルギーも最強になり,また細

胞性免疫も成立すが91已通常臨床的には接種局所部

位に接種後1週間から10日頃に針痕に一致する発赤

が生じ,丘疹,膿庖へと進展し,接種後1ヵ月頃反応

は最も強くなり,その後は痴皮を形成し3ヵ月頃まで

には廠痕治癒する.再接種ではこの反応は短期間で,

反応はやや強いKoch現象と呼ばれる症状を呈す

る几 この様に免疫が成立した個体に結核菌が侵入し

増殖を始めても,菌は免疫活性を待った宿主細胞に処

理されてしまい,十分な初感染巣を作り得ず,初感染

結核症への進行はもちろんのこと,慢性結核症の発病

も起こりにくくなる゛.このBCGの接種により結核

の発病率は著しく減少した一方で副反応も少なくはな

かった. BCG接種によりBCG特異的副反応病変には

結核病変があり,令身性のものと局所性のものに区別

される.全身性のものには全身性BCG症があり,局所

性のものとしては接種部位に見られる遷延する潰瘍形

成,皮下膿瘍,尋常性狼愉,所属リンパ節のリンパ節

炎やそれに続発した皮膚腺病などがある几今回の自

験例については①臨床像および組織像,②桔核菌が証

明されたこと,③尋常既狼療は通常は主病巣から結核

菌が健常皮膚に血行性に散布され発生するが,稀に

BCG接種によっても生じるとされている19Jことより

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BCG接種後に生じた尋常性狼療

尋常性狼療と診断した.副反応の原因としては全身性

のものでは免疫系の未熟な新生児期のワクチン接種,

免疫低下などの患者側の要因,局所性なものとしては

ワクチン側にその要因があると考えられていたが,ワ

クチンは厳しい国家検定を受けていることや,同時期

に集団発生していないことからワクチン自体には問題

はなく21)個体の局所性副反応の強さの差がその原因

とされ,これを左右する要因としては接種菌量,接種

の深さ,接種部位,結核に対する免疫の有無があげら

れていた14)また,この内でも従来の皮内接種法での

局所反応の強さは注射部位の深さが最大の要因と考え

られ,特に皮内法接種後に生じる潰瘍,ケロイド発生

の問題を解決する方法として1967年より皮内法から

接種の深さが均一になるような管針による経皮的接種

法に切り換えられた31)この結果,局所反応の著明な

軽減,ツ反陽性率の高率化,特に初接種の乳幼児を高

率に陽転させ免疫力を与えるようになったと考えられ

ているが,今回我々の調査では管針法変更後の副反応

の報告も少なくはなかった.

 Table 3 はBCGワクチンによる予防接種開始後の

接種部位に生じた皮膚結核の報告例である.なお,

BCG接種部位以外の皮膚結核,リンパ節病変は含めて

いない.

 BCG接種後の接種部位における副反応の報告は自

験例も含め33例ある.接種方法は皮内接種法に生じた

例は12例(36.4%),経皮接種後に生じた例は21例

(63.6%)であった.接種から初診までの期間に関して

は2ヵ月から49年,接種時期は3ヵ月から31歳まで

と様々であり,接種時期の最も遅かった36歳の症例は

計5回接種を受けており5回目の接種時期が31歳時

であった.男性18人(54.5%) ,女性15人(45.5%)で

あり,初診時年齢は1歳未満が8例(24.2%), 1歳以上

3歳未満が8例(24.2%), 3歳以上10歳未満が7例

(21.2%), 10歳代4例(12.1%), 20歳代2例(6.0%),

30歳代2例(6.0%),50歳代および60歳代が1例(3.0

%)であった.接種回数に関しては3例を除いてすべ

て1回であった.ツベルクリン反応は強陽性2例(6.0

%),中等度陽性10例(30.3%),陽性(弱陽性)8例

(24.2%),不明12例(36.4%)であった.抗酸菌培養で

接種部位より抗酸菌が証明されたものは32例中12例

(36.4%)であった.この内BCGと同定された症例は自

験例も含め8例(24.2%),ヒト型が2例(6.1%),結核

菌群が2例(6.1%)であった.この内,生検組織片の

PCR施行例は自験例も含め2例でいずれも陰性で

293

あった.ヒト型と診断された60歳女性の症例について

川口は混合感染の可能性を述べているI≒この様に感

染を起こしたBCGの性状が原株のままであるのか,

それとも変異を起こした突然変異菌であるのかという

ことに疑問が起こるが報告例によると感染したBCG

は原株と特に変わった点はないということであっ

た36)-38)組織学的には抗酸菌が証明された12例中乾

酪壊死を認めたものは2例のみであった.病巣の大き

さは小指頭天から左上腕全体におよぶ例まであった.

また,ほとんどの症例で最終接種直後から発赤,腫脹,

潰瘍化などのなんらかの病的変化が出現していた,自

験例のように約47年間で手拳大のものもあれば症例

3のように約2年間で左上腕全体に広がった例など接

種時期と病巣の範囲に関しては関連性は低く,この様

なことは個体の免疫応答の差によるものであると思わ

れたが,免疫学的に異常を認めた症例は自験例も含め

なかった.

 さて, BCG接種後の尋常性狼愉の発生機序について

であるが,どのような状態が狼雍を作りやすいかとい

うことに関してGilgeらはBCGによる尋常性狼療は

再接種者に多いと報告している凰Hornitzらによれ

ば一般に結核病変は菌力が弱いほど,閉鎖性かつ慢性

経過をとりやすく,事実狼瘤様皮膚結核症から分離さ

れる抗酸菌の多くは弱毒菌と言われている≒つまり

膿瘍形成を見ない慢性増殖性の経過をとるような皮膚

結核が狼瘤であり,感染源が弱毒菌であるBCGの場

合は尋常性狼癒を発生しうるへまた, Gilgeらは再接

種者に発生した例では接種部位に生じる強い発赤,硬

結,潰瘍といったいわゆるKoch現象が進展し狼塘を

生じるとの報告している凰 これらのことをふまえる

と自験例においてもツベルクリン反応の判定が不正確

であったために,結核菌に対する抗体保有者に弱毒菌

であるBCGが接種され,いわば再接種状態となり

Koch現象が進展して狼瘤を形成したと考えられ

る≒つまり,ツベルクリン反応の判定を正確に施行す

ることがBCG接種後の尋常性狼愉の発症予防に重要

である.

 最後に,自験例では生検組織のPCR法では結核菌は

検出できなかったが培養にて診断に至った.その理由

としてはPCRの検体は極微量であるため菌体が含ま

れていなかったか,逆に検体量が多すぎて検出できな

かったことが考えられるが生検組織のZiehl-Neelsen

染色が陰性であったことから前者がその原因と思われ

た.結核菌培養は非常に時間がかかりPCR法による迅

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294          伊東 秀記ほか

Table 3 BCG接種部位に生じた皮膚結核の本邦報告例

症例 報告者 年齢(性)(初診時)

接種時期

初診まで の期間

接種法 回数 ツ反 抗酸苦培養 /同定

診断

1 増田ら(1955)1' 5歳(男) 2歳 3年 皮内 1 陽性 ト) 尋常性狼愉

2 妙見(1955) 2> 19歳(女) 13歳 6年 皮内 1 不明 不明 狼愉性結核

3 瀬川ら(1955)3) 20歳(女) 18歳 2年 皮内 1 不明 (-) 尋常性狼愉

4 志水ら(1959)'*' 10歳(男) 7歳 3年 皮内 1 陽性 (づ 尋常性狼愉

5 奥谷(1959)5) 9歳(男) 3歳 6年 皮内 1 陽性 (十)結核菌群 皮膚結核

6 寛ら(1962)6' 21歳(女) 14歳 7年 皮内 7 不明 不明 狼療性結核

7 佐藤ら(1962)7) 6歳(女) 4歳 2年 皮内 1 中等度陽性 (十)BCG 狼癒性結核

8 斎藤ら(1963)81 36歳(男) 31歳 5年 皮内 5 不明 (+)BCG 皮膚結核

9 桜根ら(1967)9) 15歳(女) 7歳 8年 皮内 1 中等度陽性 (-) 尋常性狼癒

10 大郷ら(1973)10) 10ヵ月(男) 7ヵ月 3ヵ月 経皮 1 不明 (-) 皮膚結核

n 福原ら(1974) ii> 36歳(男) 16歳 20年 皮内 2 中等度陽性 (づ 尋常性狼癒

12 大郷ら(1974戸) 3歳(女) 不明 不明 経皮 1 陽性 (+)BCG 皮膚結核

!3 石川ら(1975)13) 8歳(女) 5歳 3年 経皮 1 中等度陽性 ト) 狼療性結核

14 小林ら(1980) M> 2歳(男) 4ヵ月 2年 経皮 1 中等度陽性 (十)BCG 皮膚結核

15 長尾ら(198DIJ 3歳(男) 2歳 1.3年 経皮 1 不明 け)ヒト型 尋常性狼庸

16 松山ら(1983) lO 1歳(女) 8ヵ月 6ヵ月 経皮 1 不明 (-) 結核性肉芽腫

17 山本ら(1983)17) 2歳(男) 7ヵ月 2年 経皮 1 陽性 不明 皮膚結核

18 大熊ら(1986) 1R 2歳(男) 7ヵ月 L5年 経皮 1 不明 不明 皮膚結核

19 大熊ら(1986)18) 9ヵ月(女) 4ヵ月 5ヵ月 経皮 1 不明 不明 皮膚結核

20 川口ら(1986)J9) 60歳(女) 11歳 49年 皮内 1 強陽性 (+)ヒト型 尋常性狼逝

21 渡辺ら(1986戸) 6ヵ月(女) 3ヵ月 3ヵ月 経皮 1 中等度陽性 (-) 結核性肉芽腫

22 三上ら(1989)2D 11歳(男) 3歳 8年 経皮 1 強陽性 (+)結核菌群 皮膚結核

23 山田ら(1990)22) 7歳(女) 7歳 7ヵ月 経皮 1 陽性 (+)BCG 皮膚結核

24 井上ら(1991)23) 1歳(男) 1歳 4ヵ月 経皮 1 中等度陽性 (-) 皮膚結核

25 岡田ら(1991)24) 2歳(男) 不明 不明 経皮 1 陽性 (-) 皮膚結核

26 深田ら(1993)26) 2歳(男) 10ヵ月 2年 経皮 1 強陽性 (-) BCG狼療

27 中川ら(1993)26) 5ヵ月(男) 3ヵ月 2ヵ月 経皮 1 不明 不明 皮膚結核

28 中川ら(1993) 26) 6ヵ月(男) 4ヵ月 2ヵ月 経皮 1 不明 不明 不明

29 中川ら(1993)26) 5ヵ月(女) 3ヵ月 2ヵ月 経皮 1 不明 不明 皮膚結核

30 成田ら(1993)271 7ヵ月(女) 3ヵ月 4ヵ月 経皮 1 陽性 (+)BCG 皮膚結核

31 東ら(四7冲 1歳(男) 10ヵ月 4ヵ月 経皮 1 中等度陽性 (+)BCG 結核性肉芽腫

32 東ら(1997戸) 7ヵ月(男) 4ヵ月 3ヵ月 経皮 1 中等度陽性 不明 結核性肉芽腫

33 白験例(1999) 58歳(女) 11歳 47年 皮内 1 中等度陽性 (十)BCG 尋常性狼愉

速診断に頼りがちであるが改めて培養の重要性を痛感

した.

 結核菌の同定および御助言,御指導賜りました結核予防

文献:1~28

会研究所基礎研究部阿部千代治先生,並びに細菌学科長高

橋光良先生に深謝いたします.本症例は第744回日皮学会

東京地方会(平成11年1月16日)にて報告した.

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BCG接種後に生じた尋常性狼愉

                         文

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4)志水靖博,田口 博,橋本誠一,奥村雄司:BCG

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  皮膚,16 : 276,1974.

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18)大熊憲崇,大河原章,山本和子,早笛信隆:BCG

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19)川口博史,佐々木哲雄,中嶋 弘,吉沢 潤:BCG

  接種部位に生じた尋常性狼療の1例:皮膚臨床,

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295

 21)三上幸子,沢村大輔,太田俊明,橋本 功,福士主

   計,祖父尼哲:BCG接種部位に生じた皮膚結核の

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 22)山田義貴,出来尾哲,地土井襄璽,佐々木学,森木

   省治,佐藤勝昌:BCG接種部位に生じた皮膚結核

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 25)深田裕子,新田悠紀子,大河内康行,池谷敏彦,原

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 26)中川浩一,石井正光,染田幸子,伏田宏代,漬田稔

   夫,山田正春:BCG接種後に生じた皮疹につい

   て一乳児3例の報告と急性BCG反応の提唱,皮

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 27)成田博実,岡崎美知治,浜田恵亮:BCG接種部位

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 28)東 直行,天野薫子,青氷見佳子,他:BCG接種

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 33)小林 登:予防接種副反応の整理一序にかえ

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   tionメ加Tu加だ尺6,8 : 245-271. 1957.

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   より分離した抗酸性菌について,結核,37 : 331-

   337,1960.

 37)佐藤正弘,藤原愛子,高橋邦文:BCG接種後に発

   生した尋常性狼瘤(BCG狼康)について一第2報,

   結核,37 : 73-79, 1962.

 38)東村道雄,東海林黎吉,松田啓子:BCG接種後に

   起こった結核性リンパ節炎の2症例とそのリンパ

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   bo vis株から区別する方法-,結核,59 : 289-293,

   1983.

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296 伊東 秀記ほか

A Case of Lupus Vulgaris after BCG Vaccination and aReview of the Literature

        Hideki Ito, Mariko Honda and Michihito Niimura

Department of Dermatology, The JikeiUniversity School of Medicine, Tokyo, Japan

              (Director : Prof M Niimura)

                          Takashi Ishida

               Ishida dermatological clinic (Omiya city Saitama Japan)

           (Received July 12, 1999 ; accepted for publication September 2, 1999)

   A 58-year-old female was seen with a history of a gradually enlarging dark brownish plaque at the site of

a BCG vaccination on her left upper arm. She had had an intradermal BCG vaccination at the age of eleven.

Her tuberculin reaction (PPD)was moderately positive and histopathological analysis of the plaque revealed

that numerous epithelioid tubercles were present. They were composed of centrally located epitheloid cells

surrounded by a mantle of lymphocytes and Langhans' giant cells.No caseation necrosis was seen. The tissue

was negative for acid-fast bacilli,but cultures from the affected sites were reported positive for tubercle bacilli

and identified as Mycobacterium bovis (BCG-TOKYO). We summarized the reported cases of localized cutane・

ous tuberculosis at the site of a BCG vaccination.

   (Jpn J Dermatol no : 289~296,2000)

Key words : BCG, lupus vulgaris. cutaneous tuberculosis