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91~93 森林・樹木における放射性セシウムの動態(Ⅱ) -宇都宮大学船生演習林におけるスギ材と放射性セシウムの関係- Behavior of Radiocesium in Forest and Trees (Ⅱ) Relationship between Sugi Wood and Radioactive Cesium in Utsunomiya University Forests at Funyu 飯塚和也 1 相蘇春菜 1 高嶋有哉 1 逢沢峰昭 1 大久保達弘 1 石栗 太 1 横田信三 1 Kazuya IIZUKA 1 , Haruna AISO 1 , Yuya TAKASHIMA 1 , Mineaki AIZAWA 1 , Tatsuhiro OHKUBO 1 , Futoshi ISHIGURI 1 , Shinso YOKOTA 1 1 宇都宮大学農学部 1 Faculty of Agriculture, Utsunomiya University, 321-8505, Japan 1. はじめに 2011 年 3 月 11 日 14 時 46 分頃東北地方太平洋沖 地震が発生したその直後に東京電力第一福島原子力 発電所が緊急自動停止しそれに起因し数回にわたる 爆発に伴い原子炉外の大気中に大量の放射能核種 が飛散拡散された 1) 3 月 11 日29 日の間に大気 中に放出された 137 Cs シミュレーションによれば福島県群馬県宮城県栃木県茨城県の順に多い 2) とされているこれらの状況下で筆者らは事故直後から福島原 子力発電所の事故に由来した放射性降下物による環 境への影響特に森林樹木を対象に放射性セシウ ムの動態に関する実態調査を進めている 3,4,5,6) 主な 調査地は事故を起こした福島原発から南西方向に約 140km 離れた栃木県北部の塩谷町に設定されている宇 都宮大学農学部附属船生演習林面積 530haである本報告は2011 年 10 月2013 年 4 月に伐採伐と主伐した主要な林業樹種であるスギを対象に木部の放射性セシウム濃度を測定した結果である材料の採取時における調査地は地上高 1m の空 間線量率は 0.2 0.Sv/h であった2. 材料と方法 材料は宇都宮大学農学部附属船生演習林で間伐及 び主伐されたスギ人工林から供試した立木を伐採し た後地上高 0.3m 0.5m の部位から厚さ 5cm の円 盤を採取した供試材料の円盤は木口の上下 2 面を鋸断し厚さ 3cm に加工し剥皮したその円盤について髄を中心 に 30 度の扇形試験体を作製し辺材別に含水率 を測定したその後全乾状態で粉砕して U-8 プラ 壺に充填した全ての試料は宇都宮大学バイオサイエンス教育研 究センター RI 施設に設置してあるゲルマニウム半導 体検出器 ( ORTEC, SEIKO EG G) を使用し134Cs と 137Cs の核種ごとに濃度 Bq/kg DWを測定した測定時間は試料により4000 S6000 S10000 Sそして 40000 S とした測定した試料の放射性 セシウム濃度は採取日で半減期補正を行っている3. 結果と考察 3.1 測定結果の概要 本調査地における福島原発事故に伴うフォールア ウトの時期は2011 年 3 月 15 日とあったと推察さ れる 2.3) 福島原発事故以下,「事故とする。)より大気に放出された 134 Cs 137 Cs の比率はほぼ 11 といわれている 7) それらの放射性核種の半減 期は134 Cs は約 2 年137 Cs は約 30 年であるこのた 放射性核種の崩壊から算出すると2011 年 11 月 の事故後 8 ヶ月において134 Cs は事故当初の約 80%137 Cs では約 99%が2012 年 11 月の事故後 20 ヶ月で134 Cs の約 57%137 Cs では約 96%が存在していたこと になるそして事故後 2 年 1 ヶ月後の 2013 年 4 月 では134 Cs の約 49%137 Cs では約 95%が残存容量と 宇  大  演  報 第 50 号(2014)資 料 Bull.Utsunomiya Univ.For. No. 50(2014)Research material

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91~93

森林・樹木における放射性セシウムの動態(Ⅱ)-宇都宮大学船生演習林におけるスギ材と放射性セシウムの関係-

Behavior of Radiocesium in Forest and Trees(Ⅱ) - Relationship between Sugi Wood and Radioactive Cesium in

Utsunomiya University Forests at Funyu -

飯塚和也 1・相蘇春菜 1・高嶋有哉 1・逢沢峰昭 1・大久保達弘 1・石栗 太 1・横田信三 1

Kazuya IIZUKA1, Haruna AISO1, Yuya TAKASHIMA1, Mineaki AIZAWA1,Tatsuhiro OHKUBO1, Futoshi ISHIGURI1, Shinso YOKOTA1

1 宇都宮大学農学部1 Faculty of Agriculture, Utsunomiya University, 321-8505, Japan

1. はじめに 2011 年 3 月 11 日 14 時 46 分頃,東北地方太平洋沖地震が発生した。その直後に東京電力第一福島原子力発電所が緊急自動停止し,それに起因し数回にわたる爆発に伴い,原子炉外の大気中に大量の放射能核種が飛散・拡散された 1)。3 月 11 日~ 29 日の間に大気中に放出された 137Csは,シミュレーションによれば,福島県,群馬県,宮城県,栃木県,茨城県の順に多い2)とされている。 これらの状況下で,筆者らは,事故直後から福島原子力発電所の事故に由来した,放射性降下物による環境への影響,特に,森林・樹木を対象に放射性セシウムの動態に関する実態調査を進めている 3,4,5,6)。主な調査地は,事故を起こした福島原発から南西方向に約140km離れた栃木県北部の塩谷町に設定されている宇都宮大学農学部附属船生演習林(面積 530ha)である。 本報告は,2011 年 10 月~ 2013 年 4 月に伐採(間伐と主伐)した主要な林業樹種であるスギを対象に,木部の放射性セシウム濃度を測定した結果である。なお,材料の採取時における調査地は,地上高 1mの空間線量率は 0.2~ 0.3 μ Sv/hであった。

2. 材料と方法 材料は,宇都宮大学農学部附属船生演習林で間伐及び主伐されたスギ人工林から供試した。立木を伐採した後,地上高 0.3m~ 0.5mの部位から厚さ 5cmの円盤を採取した。

 供試材料の円盤は,木口の上下 2 面を鋸断し厚さ3cmに加工し剥皮した。その円盤について,髄を中心に 30 度の扇形試験体を作製し,心・辺材別に含水率を測定した。その後,全乾状態で粉砕して U-8 プラ壺に充填した。 全ての試料は,宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター RI施設に設置してあるゲルマニウム半導体検出器 ( ORTEC, SEIKO EG& G)を使用し,134Cs

と 137Csの核種ごとに,濃度(Bq/kg DW)を測定した。測定時間は,試料により,4000 S,6000 S,10000 S,そして 40000 S (秒)とした。測定した試料の放射性セシウム濃度は,採取日で半減期補正を行っている。

3. 結果と考察3.1 測定結果の概要 本調査地における福島原発事故に伴うフォールアウトの時期は,2011 年 3 月 15 日とあったと推察される 2.3)。福島原発事故(以下,「事故」とする。)により大気に放出された 134Csと 137Csの比率は,ほぼ1:1 といわれている 7)。それらの放射性核種の半減期は,134Csは約 2年,137Csは約 30 年である。このため,放射性核種の崩壊から算出すると,2011 年 11 月の事故後 8ヶ月において,134Csは事故当初の約 80%,137Csでは約 99%が,2012 年 11 月の事故後 20 ヶ月で,134Csの約 57%,137Csでは約 96%が存在していたことになる。そして,事故後 2年 1 ヶ月後の 2013 年 4 月では,134Csの約 49%,137Csでは約 95%が残存容量と

宇  大  演  報第 50号(2014)資 料

Bull.Utsunomiya Univ.For.No. 50(2014)Research material

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92 宇都宮大学演習林報告第50号 2014年3月

して存在していると算出される。 調査したスギの概要は表 1 に示したとおり,林齢25 年から 61 年の 6林分(林小班)の計 65 個体である。全ての個体の測定値は,一番丸太の元口の部位である。生材含水率は、林分における,平均値をみると,全ての林分において,心材(110~ 165%)は,辺材(183~ 242%)よりも低い値を示したが,大きな標準偏差を示したことから,個体間差異が大きいといえる。 まず,林齢 25 年の間伐林分について,事故後 8ヶ月の 2011 年 11 月の「3 を林小班」と事故後 20 ヶ月の 2012 年 11 年の「1 い 1 林小班」について,放射性セシウム濃度の平均値を見る。事故後 8ヶ月では,心材の平均値は 28 Bq/kg DW,辺材で 35 Bq/kg DWであり,事故後 20 ヶ月では,2.4 倍の 68 Bq/kg DW,辺材で 1.7 倍の 60 Bq/kg DWの値を示した。この結果,放射性核種には自然崩壊があるにもかかわらず,事故後8ヶ月から 20 ヶ月に向けて,スギ木部の放射性セシウム濃度は,上昇していた。特に,134Csの残存容量が事故当初の 80%から 57%に減少するのもかかわらず,放射性セシウム濃度は心・辺材ともに増加した。 つぎに,林齢 60 年以上の主伐したスギについて,事故後 9ヶ月の 2011 年 12 月に測定した「2 わ林小班」と事故後 2 年 1 ヶ月の 2013 年 4 月における「8 り林小班」をみる。放射性セシウム濃度は,心・辺材ともに増加し,特に,心材では 6 Bq/kg DWから 24 Bq/kg

DWの 4倍に増加した。この結果,時系列的に放射性

セシウム濃度をみると.主伐林分においても,林齢25 年時の間伐林分と同様に増加を示した。事故 2年間における放射性セシウム濃度の増加は,森林生態系における放射性核種の長期的動態に関する報告 8)と同様な傾向であった。 また,林齢と放射性セシウム濃度の関係をみる。事故後 9ヶ月以内において,林齢 25 年は,林齢 61 年よりも 2~ 5 倍程度,高い値を示した。また,事故後20 ヶ月において,林齢 25 年は,林齢 45 年よりも 2倍程度,高い値を示した。この結果,事故後 2年において,スギ木部における放射性セシウム濃度は,林齢の若い林分が,林齢の高い林分よりも高い値であることが示された。放射性核種による森林汚染に関する木部の 137Cs濃度の長期予想モデルによると,同一土壌条件の場合,当初の林齢が 20 年のものは 80 年よりも,高い濃度で長期的に推移する 9),ことが示されている。本調査の結果は,2 年間の調査であるが上記の報告と同様な傾向を示した。

3.2 心材と辺材の放射性セシウム濃度の比較 林分ごとの心材と辺材の放射性セシウム濃度を図 1に示した。心材と辺材の放射性セシウム濃度に関するt-検定(一対の標本による平均の検定)の結果,事故後 9ヶ月の林齢 61 年の「2 わ林小班」は,辺材が心材よりも有意に高い値 (p<0.05,t-test)を示した。しかしながら,他の 5林分では,心・辺材の間の放射性セ

表1 調査したスギ木部の放射性セシウム濃度の測定結果

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シウム濃度には,有意差が認められなかった。このため,外部から吸収され樹体内部の木部に侵入した放射性セシウムは,辺材から心材に移行し始め,林齢 25年の林分では事故後 8ヶ月において辺材と心材の放射性セシウム濃度の差異には,有意差が示されない状況にあったと推察される。そして,林齢 60 年(「8 り林小班」)において,事故後 2年 1 ヶ月には,心・辺材の間に有意差が認められなかった。 また,木部の放射性セシウム濃度は,測定した全ての林分では,心・辺材の間には有意な相関関係が認められなかった。このため,調査した時点において,辺材の放射性セシウム濃度から,心材の濃度を推定することは難しいことが示された。

4. まとめ 福島原発事故後,2011 年 11 月~ 2013 年 4 月における宇都宮大学船生演習林におけるスギ材の放射性セシウム濃度を調査した。得られた主な結果は、以下のとおりである。①放射性セシウム濃度は,時間とともに高くなる傾向がみられ,若齢林分は高齢林分と比べて,高い値を示した。②放射性セシウム濃度は,2011 年の 12 月時点で高齢林分では,辺材は心材よりも高い値を示す傾向がみられた。しかしながら,2012 年の 11 月以降では,調査した全ての林分において,辺材と心材の放射性セシウム濃度の間に有意差が認めらなかった。

 本研究は,文部科学省平成 24 年度科学研究費補助金(新学術領域研究)「福島原発事故により放出された放射性核種の環境動態に関する調査研究」の一部として行われた。ここに感謝の意を表します。

引用文献1)上澤千尋 (2011)福島第一原発事故の推移と放射能拡散・被曝について,科学 81(5), 417-4192)大原利眞・森野 悠・西澤匡人 (2011)福島原発から大気中に放出された放射性物質はどこに,どのように落ちたか?,科学 81(12), 1254-12583)飯塚和也・篠田俊信・石栗 太・横田信三・吉澤伸夫 (2012) 福島原発事故後 10 ヶ月間の栃木県における空間放射線量率の記録,宇都宮大学演習林報告 48,161 - 1644)飯塚和也・篠田俊信・関 菜穂子・牧野和子・逢沢峰昭・大久保達弘・石栗 太・横田信三・吉澤伸夫(2013)森林・樹木における放射性セシウムの動態(Ⅰ)-福島原発事故後 10 ヶ月間の宇都宮大学演習林における記録-,宇都宮大学演習林報告 49,77 - 805)飯塚和也・石栗 太・逢澤峰昭・大久保達弘・横田信三・平田 慶 (2013)低空間線量地域に生育する数種の木本植物の樹体における放射性セシウムの挙動,第 50 回日アイソトープ・放射線研究発表会講演要旨集6)飯塚和也・相蘇春菜・高嶋有哉・逢澤峰昭・大久保達弘・石栗 太・横田信三・平田 慶 (2013)スギ及びコシアブラの樹体における放射性セシウムの挙動,日本植物学会第 77 回大会研究発記録7)河田 燕・山田崇裕 (2012)原子力事故より放出された放射性セシウムの 134Cs/137Cs放射能比について,ISOTOPE NEWS 697,16-208) A.I.SHCHEGLOV (1999) Dynamics of radionuclide

redistribution and pathways in forest environment: Long-

term field research in different landscapes, Contaminated

Forests, 23-399) R.AVILA, L.MOBERG, L.HUBBARD, S.FESENKO,

S.SPIRIDONOV, and R.ALEXAKHIN (1999) Conceptual

overview of forestland – A model to interpret and predict

temporal and spatial patterns of radioactively contaminated

forest landscapes, Contaminated Forests, 173-183

HWSW

森林・樹木における放射性セシウムの動態(Ⅱ)-宇都宮大学船生演習林におけるスギ材と放射性セシウムの関係-

図1 放射性セシウム濃度の心材と辺材の比較