私と彼の一日 369 - アルファポリス...369 7 詐 騎さ 士ぎ し 3 9 詐騎士 3 第 一...

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Page 1: 私と彼の一日 369 - アルファポリス...369 7 詐 騎さ 士ぎ し 3 9 詐騎士 3 第 一 話 騎 士 で な け れ ば た だ の 詐 欺さ 師ぎ し 自 分 の 姿
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詐さ

騎ぎ

士し

目次

書き下ろし番外編 

私と彼の一日

7369

Page 4: 私と彼の一日 369 - アルファポリス...369 7 詐 騎さ 士ぎ し 3 9 詐騎士 3 第 一 話 騎 士 で な け れ ば た だ の 詐 欺さ 師ぎ し 自 分 の 姿

詐さ

騎ぎ

士し

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9 詐騎士 3

第一話 

騎士でなければただの詐さ

欺ぎ

師し

自分の姿は、きっと誰がどう見ても『女の子』だろう。

ゼルバ商会から派遣された使用人に施ほ

どこ

してもらった薄化粧は、違和感なく顔になじん

でいるはずだ。

夏の盛りなのに宮殿は冷房設備が整っているからと、胸元や袖口にレースとフリルが

容赦なくあしらわれたドレスは、背の高い私にも似合う少し大人っぽいデザイン。

少しだけかかとのある靴は、隣に並ぶことの多いギル様との身長差を考えたぎりぎり

の高さ。

昼間なのでカツラの髪は結い上げず、一部だけまとめて残りは背中に流している。

私にはとてつもなく贅ぜ

沢たく

で華美に見えるが、夜会服に比べれば値段もそこそこで落ち

着いており、十六歳

0

0

0

の女の子が初めて公式の場に出るのには相ふ

さわ応

しい装いらしい。

今の私の姿を見て、一体誰がこの前まで双子の兄のふりをして騎士団に潜り込んでい

8

たと思うだろうか。私が女だと気付いたのは魔ま

族ぞく

のテルゼと医者のセクさんだけ。それ

以外にはテルゼ経由でばれてしまっただけで、彼さえいなければ誰も知ることはなかっ

ただろう。

私はルゼ、本当は約十三歳。捨て子なので、正確なところは不明。

ついこの前までは孤児で家名もなかったのだが、今は何の因果かお貴族様の隠し子と

いうことにされてしまい、オブゼーク家の次男であるルーフェス様の双子の妹、ルゼ・

デュサ・オブゼークと名乗ることになってしまった。

デュサとは六位まである貴族の家位の第三位。つまりそれなりに偉い貴族だ。最初は

バレるのではと思っていたが、人は単純なもので、ここまで格好が違うと同一人物だと

は思わないらしい。

騎士をしていた時の女装させられた姿を知っている元同僚もいるが、私とルーフェス

様は双子だから、似ていてもおかしくない。別人のように女の子らしくしていれば、きっ

と気付かれないだろう。なにせ双子0

0

だから。

そんな破は

天てん

荒こう

な人生を歩む私が現在いるこの部屋は、王座の間――つまり謁え

見けん

の間だ。

天井には煌き

びやかな明かりが吊り下がり、壁には金の装飾。少しでも暑さを削そ

ごうと

いくつもの大きな銀の盆の上に氷の柱が置かれ、使用人がそれを煽あ

いで部屋を冷やして

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11 詐騎士 3 10

いる。宮殿の冷房設備というのは、どこかでこのように空気を冷やし、その冷気を循環

させるというものらしい。

今、ここで私の主あ

るじ

であるこの国の第四王子、ギルネスト殿下が、国王陛下への報告を

行っている。

ギル様が独断で行った、国境を守る砦と

りで

、ラグロアでの潜入調査についての報告と、協

力者となってくれた魔物達の紹介だ。

ラグロアでは、一部の施政者と騎士と商人が魔物と取引し、隊商を襲わせて私腹を肥

やしていた。商人などは、自分の荷に保険を掛けて中身を安物にすり替え、保険金をせ

しめることもあったらしい。その他、この仕組みに気付いた者や、生きていると都合が

悪い者を始末するのにも、魔物達が使われていたようだ。

その人間と魔物の犯罪者達を一網打尽にするのに協力し合ったというのが、ギル様率

いる一部の者達が考えたシナリオだ。実際はもっと色々あったのだが、報告するのはこ

んなごく分かりやすいところだけである。

今回連れてきた魔物は、人間に受け入れられやすい外見の者のみ。

最初に知り合った地下帝国アルタスタ、七な

区く

王おう

弟のテルゼと、四し

区く

王おう

弟のローレン。

そしてその背後には、リスのような獣じ

ゅうぞく族

の女外交官、リネ。獣族と闇あ

族ぞく

が混ざったよ

うな、人間に近い姿ながらもふさふさの尻尾を持つセクシーな猫耳美女の外交官、フィ

ム。完全に見栄え重視の人選である。

テルゼは黒く染めていた髪を元の色に戻し、浅黒い肌と銀髪金目のいかにも魔ま

族ぞく

いった姿でこの場に来た。ローレンも普段は帽子で隠している闇族特有のコウモリのよ

うな耳を晒さ

している。翼を隠すマントはつけたままだが、その方が彼には似合っている。

テルゼは昨日まで人間のふりをして商売をしていたので、こうやって魔族らしい姿を

見るのは、私も今日が初めてだった。しかし実はこの金色の瞳も魔術で少し色を濃くし

て、人々に不気味さをあまり感じさせないように工夫を凝こ

らしているらしい。

人型は美形ばかり、獣族は草食っぽくて愛らしく、いかにも無害。人間への見せ方を

よく心得ている。

ことがことだけに人々の注目を集め、この王座の間には無関係そうな部署の文官まで

が噂を聞きつけて集まってきており、完全に見世物になっている。陛下もそれを許して

いるようだ。これも事前に説明をしたニース様とネイドさんの計らいだろう。たぶん、

主にネイドさんがニース様を後ろから操っているような状況だったんだろうけど。

そんな彼らのさらに後ろの壁際でゼクセンと並んで控えていた私は、息子を見つめて

真剣に話を聞く陛下に視線を戻す。

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13 詐騎士 3 12

国王陛下は黒髪のギル様とは似ても似つかない、金き

髪ぱつ

碧へき

眼がん

のとても素敵なおじ様だ。

ギル様の親友のニース様の方がよほど陛下と似ている。その隣に立つのが、長く美しい

黒髪を背中に流した、ギル様やその妹のグランディナ姫様とよく似た女性――陛下の第

二夫人、ギル様のお母君だ。

噂には聞いていたが、それはもう、女の私でも目を奪われるほどの美女なのだ。ギル

様のお兄様は少なくとも二十歳は超えているはずだが、とてもそんな大きな子供がいる

ようには見えない、脅威の若々しさだ。この美貌を見ると、未だに王の寵愛を受け続け

ているのも当然であると誰もが納得するだろう。

ちなみに正妃様はますます身体が弱り、死期が近いのではと噂されている。私達が都

を離れる前は、そこまで悪くなかったはずなんだが……

そしてギル様のお母様は、息子のギル様が逃げ出したくなるほど性格に難のある女性

だ。ギル様が昔付き合っていた女性が逃げ出したのも、彼女が原因らしい。

きっと恐ろしい人なのだろう。サディストと評判のギル様の母上だけあり、意地の悪

そうな傾け

国こく

の美貌だ。いかにも男を意のままに操って、ダメにしそうである。こんな性

格の悪そうな美人の巨乳、毒婦に違いない! 

あの胸の脂肪の塊

かたまりが

憎らしい!

似たような顔なのに、しかし姫様だけは雰囲気がまるで違う。きっと性格の良さが顔

に出ているのだろう。つまりギル様は性格も母親似なのだ。

「いてぇよ。力入れすぎだ」

「あ、ごめんなさい」

ウサギ型の獣じ

ゅうぞく族

、ラントちゃんに怒られてしまった。私は今、彼を抱きかかえてヘラ

ヘラ笑っているのだ。私は「いるだけでいい、とりあえずヘラヘラ笑っていろ」と命じ

られている。

周囲にいた見物人達は、私達をちらちら見てひそひそと囁さ

さや

き合う。ギル様が連れ帰っ

た、可愛いウサギの獣族を抱っこする女。そりゃあ気にならなかったらおかしい。いく

ら気品溢れる上流階級の人達でも、初めて見る、自分達と同じくらい気品のある魔物や、

愛あい

玩がん

したくなるほどに可愛らしい獣族には、心が騒いで当然だ。

「でも、ただ見ているだけって退屈ねぇ」

「俺は首を突っ込みたくねぇよ。ああ見えて、あのお二人はすげぇ方なんだぞ」

リネさんは五ご

区く

、フィムさんは四し

区く

の代表だ。いかにもやり手の美女といった雰囲気

のフィムさんの方はともかく、リネさんもすごいのか。すごく可愛いリスさんなのに。

女性なので我慢したが、出来れば撫で回したかった。フィムさんの猫耳と尻尾も撫でた

かった。優雅にふぁさーっと動く尻尾のなんて魅力的なことか。

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14

ああ、いけない。女性のお尻をじっと見つめるなんてはしたない。

魅惑のお尻から目を逸そ

らして、再度ギル様のお母様の方を見ると、目が合った。向こ

うも明らかにこちらを見ているので、私は蛇に睨に

まれたカエルのように身を竦す

めた。

しかしギル様が宝石を差し出すと、彼女は目の色を変えてそれに夢中になる。何て素

晴らしい、宝石の力。

私は呆れながらラントちゃんを抱っこする手を組み替えて、たおやかな笑みを浮か

べる。

その瞬間、お母様が再び私を睨に

んだ。正確に言えば、私の指輪を。

怖い。怖いわギル様のお母様。

「ラントちゃん、私は身の危険を感じたよ」

「そ、そうだな。油断してると、マジで毛皮にされかねねぇ」

ラントちゃんの毛皮は一級品だ。抱っこしている私が言うのだから間違いない。おま

けにノイリのところでもらった獣

じゅうぞく族

用のシャンプーを使っているのだ。毛にも肌にも良

い泥が使われているらしい。

「ギル、お前の言いたいことは分かったわ。それよりも、あちらのお嬢さんはどなたか

しら?」

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17 詐騎士 3 16

ものです。この意味が分からないあなたではないでしょう」

その人間、つまりバルデス家の巻き添えを食うぞ、という意味だ。

今まで国は、かつてオブゼーク家によって保護され、六年前魔物に囚われた聖女ノイ

リの存在を徹底的に隠していた。彼女の存在はごく一部の者しか知らなかったし、国を

あげて守るべき聖女を奪われたとあっては面目にかかわるからだ。しかしその誘拐事件

を防げなかったオブゼーク家は没落することとなる。

時が流れ、ノイリの生存が判明し、彼女を保護していた魔物の一族と手を組むことに

した今、もうその必要はない。もちろん結婚して子供も産まれるノイリのことを大々的

に公表することはないが、『知る人ぞ知る』といった含みを持たせて噂を流すことは出

来る。人間はそういった話が大好きだから。

そうやってノイリを利用して、疑惑を広めてバルデスを追い立てることも出来るだろ

う。オブゼーク家の娘となった私自身も、悲劇のヒロインをどのようにでも演じてやろう。

ノイリの誘拐の件に関しては、実のところ証拠を揃えるのは難しいらしい。だから余

裕のあるふりをして、じわじわと追い詰めていかなければならない。

きっと奴らは荒れるだろう。ストレスが溜まり、夜も眠れない。それを想像するだけ

で胸がすっとする。私が見た地獄に比べれば甘すぎるくらいだが、とりあえず今はそれ

お母様が、とうとう私のことに触れてきた。

「彼女はルゼ・デュサ・オブゼークです」

「オブゼークですって?」

お母様が声を上げた。まさかオブゼーク家をご存じだとは思わなかった。一介の地方

領主なのに有名だな、うちのお父様。

「ギル、付き合う相手は選びなさい。選よ

りに選って、オブゼークなんて没落した家」

「没落などしていません。それより何故オブゼークのことをご存じなのですか。興味な

どないでしょうに」

まったくだ。そんな没落した家のことなど気にするようなお母様には見えない。

「まさか、バルデス家の者に何か言われたのですか?」

「それがどうしたというの」

そういえば、ギル様ってバルデス家の娘との縁談を勧められてたんだっけ。お母様は

ギル様を自分が選んだ相手と結婚させたいらしい。

「付き合う相手を選ぶのは母様の方です」

「どういう意味?」

「没落したと言いましたが、その理由となった事件は、人間の手引きにより仕組まれた

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19 詐騎士 3 18

差ありません。差があるとすれば文化と暮らしだけです。それはどこに行っても同じこ

と。まあ、彼は王族なのに商人をしているから、変わり者ではありますが」

魔族混じりで女医のセクさんは患者命の人だから、それに比べればテルゼはごく普通

の魔族に見える。

セクさんは魔族のお祖母様の血を色濃く受け継いでおり、容姿も魔族に近い。そのセ

クさんの家は代々医者の家系で、身内の多くが医者をしているそうだ。

彼女は私が男装して騎士団に潜り込んでいた時、私を女だと見抜きながらも、私の秘

密全てを気にせず、私を患者としてしか見なかった人だ。まさしく白衣の天使である。

私がこの格好で挨拶しても、定期的に検査を行うから来るように言われるだけだろう。

容易に想像できてしまう。

少し機嫌を損ねていたお母様は、テルゼがとにかく褒めちぎり、プレゼントした宝石

はあなたの胸元を飾るために生まれた、だのとのたまったため、あっさり機嫌を直して

しまった。テルゼも美男子だし、褒められれば気分はいいだろう。

私はただただ馬鹿みたいにおっとりと笑っているだけ。もちろんその間、怪しい奴が

いないかの監視は怠らない。耳のいいラントちゃんには、ひそひそ声を聞いてもらって

いる。

で我慢できる。

しなければいけないこと、したいことはたくさんある。しかし優先順位を間違えては

いけない。

「まあまあ、ギル。こんな美しい方に、そんな言い方はふさわしくないだろう」

よっぽど母親が苦手なのか喧嘩腰になっているギル様を、テルゼが紳士的になだめた。

「大理石よりも滑らかな白い肌に、琥こ

珀はく

よりも深くきらめく瞳。あなたこそ人間の至宝

ですね」

「人の母親を口説くな」

ギル様がテルゼの後頭部を叩いた。

「事実を口にしただけだ。人間の美人は本当に美しい。素晴らしい」

まあ、傾け

国こく

の美女と言っても過言ではないし、美人は美人だよ。ややきつめの顔をし

ているが、大半の闇あ

族ぞく

に比べれば穏やかで、おまけに色白で、テルゼの好みのタイプな

のだろう。でも浮かれすぎだ。

「魔ま

族ぞく

でも、ずいぶんとセクとは違うわね」

少し驚いたようにお母様が言えば、ギル様が不機嫌そうに答える。

「当たり前です。セクのあの性格は、医者として形成されたものです。魔族も人間も大

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21 詐騎士 3 20

『…………』

私は才能豊かな魔術師だけど、天は人に二物を与えないのだ。

『もういっそ、偵察に行ってきなさい』

『は?』

「ラントちゃん、抱っこするの疲れちゃった」

私はラントちゃんを床に下ろす。ラントちゃんは私を見上げた。

その目が言っている。「俺にどうしろと?」と。

「ルゼ、ここに来てくれ」

突然ギル様に呼ばれ、私はラントちゃんをそのままにして進み出た。

ラントちゃんがちょろちょろしても、退屈した子供が遊んでいるのだと見逃してもら

えるだろう。人間換算だと二十代半ばらしいけど、人間にはそんな見分けはつかない。

「いかがなさいました?」

「お前の指輪の宝石は何カラットか聞いているか?」

「申し訳ございません。ノイリもそういったことを気にしていないようで、聞いており

ません」

私達が話している間に、ラントちゃんは隠お

密みつ

活動を始めた。彼は可愛い足で、足音も

なのでラントちゃんもおのぼりさんよろしくキョロキョロしているが、その姿はつぶ

らなお目々が愛くるしいただの巨大なウサギなので、興味は持たれても警戒はされない。

今日のラントちゃんがいつの間にか用意されていた仕立ての良いスーツを着て、ちょっ

と上品そうなのもその原因だろう。おまけにクラヴァットなんて巻いて可愛いのだ。

とはいえ、もちろん反感を持っている者はいるはずだ。バルデス云う

々ぬん

は関係なく、魔

物だからという理由で、魔物達やそれを引き連れてきた私を悪く思うのだろう。

「おい」

『ラントちゃん、心の中で呼びかければ聞こえるよ』

『気色悪ぃな』

『呼びかけたらって言ったでしょ。独り言なら聞こえない。今は双方が意識を向け合っ

ているから聞こえるの』

ラントちゃんはちらと部屋の片隅に目を向けた。

『あいつら、お前の言ってたバルデスがどうこう話してるぜ。内容までは聞こえねぇが、

それだけは聞き取れた』

『そう、ありがとう。ついでにその人の身体的特徴を覚えておいて。私、人の顔も名前

も覚えるの苦手だから』

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23 詐騎士 3 22

ああ、ノイリは今ごろどうしているだろう。今夜、手紙を書くんだ。この溢れる愛を

白い妖よ

うちょう鳥

に託して彼女に届けるんだ。ああ、鳥さんがつなぐ二人の絆き

ずな

。なんて素晴らしい。

「あのぉ、お嬢さん、おたくのペットが逃げ出しているよ」

後ろから声をかけられて振り向けば、知らないおじさんにラントちゃんが撫でられま

くっている。

ゼルバ商会の使用人達にもモテていたが、偉い男の人にもモテるのだ。計算通りだぞ、

ラントちゃん!

「この子はペットじゃなくてお友達です。ラントちゃん、あんまりちょろちょろしては

ダメよ?」

「お、おう」

実は若干うんざりしていたらしいラントちゃんは素直に逃げてきた。

この子はまず、可愛がられまくるのにも慣れないといけないな。

胃の痛くなるような報告を終えて、後日陛下達と晩ば

餐さん

をご一緒する約束をして退出し

た。外交官の二人は、そのまま偉い人達に誘われてお茶に行き、私達はギル様が手配し

て下さった部屋に向かっている。

なくターゲットに接近する。

「本当は華やかすぎて私には似合わないんですけど、ノイリが選んでくれたものです

から」

私はおっとりと笑った。物の価値の分からない小娘と思ってくれるだろう。ギル様が

連れてきたのが小こ

賢ざか

しい女となれば、苛烈ないじめを受けそうなので、抜けている子を

装うのは自衛にもなる。お母様を敵に回しても意味がない。あまり刺激をしないように

したい。

「エーメルアデア様のような華やかな方は、どんなに美しく煌き

びやかな宝石にも負けな

いので羨ましいですわ」

私が言うと、ギル様が目を剥む

いた。

「お前、珍しく長い名前を覚えたな」

失礼なっ!

「神話に出てくる名前ですもの。美しい泉の神に見み

初そ

められた美女の名前です。生半可

な美人では、名前負けしてしまうんですよ」

その手の本はノイリが朗読会をしていたから、よく覚えている。ノイリの美しく清ら

かな声は、私の記憶に深く刻まれている。

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25 詐騎士 3 24

たらどうしようという恐怖がねっとりと付きまとう。

「そういえば姫様と何か進展はありましたか、ニース様。兄がとても気にしていました」

「あるか、そんなもの」

ニース様は相変わらず素直じゃない。しかし想い一つ伝えられないとは本当に情け

ない。

「あの、ニース様、姫様は怒っていませんでした?」

「さあな」

「ああ、ニース様が冷たい」

「前からこうだ」

「そんなところが大好きです」

「お前、本当にいい性格だな」

頬に手を当てて乙女チックに恥じらってみせると、ニース様がうんざりした顔をする。

私が女の子と知っても、態度の変わらないあなたが大好きです。本当に可愛い男性だ。

「ちょっと、ニース。あなた、ルー……その子に何したの! ?」

懐かしい、しかしずいぶん烈は

しい声が聞こえた。

私達の声を聞いて廊下に出てきた姫様は、恥じらう私を見るやいなやニース様を睨ん

「肩凝こ

った」

私は呟つ

ぶや

き、隣を歩くラントちゃんを杖代わりにしてダラける。ちょうどいいところに

この可愛い頭があるのが悪い。

「母のテルゼに対する印象はよかったな。魔ま

族ぞく

なんかと最初は警戒していたのに、最後

はすっかりお気に入りだ。お前のナンパっぷりも役に立つものだ」

「ひでぇな。でも美人なのは本当だろ。あんな美人がいたら、言いなりにもなるよなぁ」

テルゼは最低だ。とにかく最低だ。最悪だ。ローレンはまた始まったとばかりに、テ

ルゼを横目で睨に

んでいる。

「耳を引っ張るなっ」

私はラントちゃんの耳を無意識に引っ張っていたらしい。だって引っ張りやすかった

から。

「久々にダチに会うからって、俺で気を紛らわすなっての。落ちつけ」

そう、これは八つ当たりだ。

私達は今から私の男装について知っている人達、つまり姫様とホーンに会いに行く。

そう、ずっと騙だ

し続けて傷つけた姫様に、ルゼとして初めて会いに行くのだ。

楽しみであると同時に、あと二年で死ぬ死ぬと騙した罪悪感と、許してもらえなかっ

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27 詐騎士 3 26

ローレンがますます呆れたように目を細めて言う。竜族と言われて姫様はお怒りだが、

私には希望が訪れた。

「テルゼっ、竜族の子にあんな美人が出来るものなのっ! ?」

「場合によっては。魔ま

族ぞく

と闇族だとどうしても浅黒くなるから、俺的には竜族の方が期

待が持てたりするんだよなぁ」

「よ、よかった。希望が持てたっ。嬉しいっ」

「ルゼちゃん、泣いて喜ぶほどニアスに似た子が嫌なのか……」

だって、もしもノイリの子供が父親似だったら、私はショックで倒れかねない。しか

し、それはノイリに対して失礼である。でも、希望が持てた。ノイリだけに似てくれた

ら、どれだけ愛せるか。もちろん似ていなくても愛するつもりだが、多少の自己暗示が

必要かもしれない。だって私、竜族がだいっっっっキライだし。

「どうかしたの?」

「いえ、何でもありません」

姫様に問われて首を横に振る。化粧をして火傷を隠してくれると、美人なのがよく分

かる。

「まあ、何にしてもよく来たわね。立ち話も何だから、部屋に入りましょう」

だ。その姿は以前と少し変わっていた。

「姫様! ? 

髪っ」

髪が短くなっていた。お尻より下まであった髪が、背中までになっている!

「その髪はどうした? 

また燃えたのか、失恋か、少しは顔を隠す気になったのか?」

ギル様は無遠慮に問い質た

した。

言われてみれば、切ったことで頬のあたりにも髪がかかり、前よりも顔の火や

けど傷

が隠れ

るようになっていた。それに今日は化粧もしているらしく、さらに目立たなくなっている。

「どれも違うわよ。放っといてちょうだい。化粧は人にしてもらったのよ」

ギル様の心ない言葉に、姫様が怒って睨に

みつける。

「ほ、本当にそっくりな双子だ」

テルゼが感動して手を合わせた。彼のいる場所からは、火傷はちょうど隠れて見える

らしい。

「でも金色の目? 

闇あん

族ぞく

の竜族混じりみたいだな」

私は驚いてテルゼを見た。

「失礼な男ね」

「テルゼ、人間の女性にそれは失礼だろ」

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29 詐騎士 3 28

彼は恥ずかしそうに褒めてくれた。なんて紳士的で可愛いんだろうか。

「ありがとうヘルちゃん、嬉しいわ。ヘルちゃんは万が一見つかったら、地下に帰して

もらえなくなるかもしれないから気をつけてね」

私の忠告を受けて、彼は神妙に頷う

なず

いた。そんな姿も可愛くてたまらない。

「これで全員かな」

ホーンがそう言ってドアの鍵を閉めた。とうとう、ここは密室だ。何も隠す必要のな

い空間。私は意を決して姫様に頭を下げた。

「ごめんなさい、姫様」

私には、もう謝るしか出来ない。騙だ

していたのだ。死ぬと嘘をついていたのだ。どれ

だけ心配させたか、想像も出来ない。

「いいのよ、別に。怒っていないから。色々と事情もあるみたいだし、頭を上げてちょ

うだい。それよりも、ギルやネイドにひどいことされなかった?」

私はギル様達を見る。ひどいこと……?

「あのな、僕が何をするというんだ?」

「蹴ったり殴ったりよ」

「誰がするか。手て

駒ごま

を痛めつける馬鹿がどこにいる。使えない奴ならともかく」

「はい」

姫様に微ほ

笑え

みを向けていただいて、私は少し安心した。彼女は怒りながらこんな風に

笑うような人ではない。ギル様と違って、素直な人だから。

招き入れられた部屋には、孤児院で一緒に育った血の繋がらない兄のホーンと、医者

のセクさんと、何故か天て

族ぞく

のヘルドがいた。私と縁の深い、私が男装していたことを知っ

ている人だけが集められたらしい。

「なんでヘルちゃんがいるの?」

彼はノイリと同じ天族だ。こちらにもう一人、人々の崇拝の対象となりうる天族がい

ることは切り札として隠しておくことになっていたはずだが。

「俺はまだ人間の前には出るなって言われたから、エノーラの家で待ってたんだ。そし

たらネイドが連れてきてくれた」

ヘルちゃんは嬉しそうに笑った。いつも三人で行動しているのに、のけ者にされて寂

しかったようだ。この面メ

子ツ

ならヘルちゃんのことを地上に引き止めたりしないから、安

全と言えば安全。ヘルちゃんの白い翼はマント一枚で隠せてしまうし、連れてくるのは

楽だっただろう。

「ルゼ……その格好、似合ってるぞっ」

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31 詐騎士 3 30

たからちょっと怪我をしている程度に見えていたのだが、やはり明るい場所で改めて見

ると隠し切れない。

「な、なんでそんなひどく残ってるんだ! ?」

「治してないからよ」

「なんでだっ! ?」

「まともな顔だと、母の嫌がらせのような政略結婚の道具にされるのよ」

「それにしたって……人間の女は皆こうなのか?」

皆の中には私も入っているのだろう。

「ラントちゃん、私は好き好んであんな格好をしていたわけじゃないよ。お金のために

やってたの。うち貧乏だから」

「ごめんねルゼ。君にそんなことまでさせてしまって。せっかく綺麗に伸びていた髪だっ

たのに」

私の言葉を聞いてホーンが肩を落として謝罪する。私のカツラを見て、髪の長い頃を

思い出したようだ。ホーンは何もかも気にしすぎる。金のことだけは、個人の力ではど

うしようもないのに。

「別に髪なんてまた生えてくるし、伸びたら切って売ろうとしてたから、どのみち切っ

ギル様、私が使えない子だったら殴ってたんだ。ひどい。

姫様がちらとゼクセンを見たけど、ゼクセンは気付いていない。姫様からしたら、彼

は使え……いや頼りなさそうに見えるのだろう。

「使えないと女子供まで殴るのか……」

意外に熱い男のラントちゃんは、信じられないとギル様を見た。

「え、これ、ぬいぐるみじゃないの?」

姫様が初めてラントちゃんに気付いてじっと見つめた。

大きなウサギさんは、口元をひくひくさせて姫様を見上げる。

「やだ、可愛い!」

姫様は意外と可愛い物がお好きなようで、思わずといった様子でラントちゃんに手を

伸ばす。火や

けど傷

した手を。

「ちょ、手っ」

ラントちゃんは驚いてその手を握った。顔と違って化粧で誤ご

魔ま

化か

していないから、よ

く分かる。

「な、顔もっ! ?」

ラントちゃんは間近で見てようやく顔の火傷に気付き、さらに驚いた。廊下は薄暗かっ

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33 詐騎士 3 32

「ウサギが薬に興味あるの?」

セクさんは驚いて彼を見る。

「ラントちゃんは毒薬大好きだもんね」

「人聞きの悪いことを言うな。おふくろが薬く

師し

だったんだよ」

だからラントちゃんも薬に詳しいようだ。

「なんでそんなしっかりした親がいて、自分も知識があるのにあんな所で落ちぶれてた

んだ。五ご

区く

では小型の獣じ

ゅうぞく族

は優遇されてるだろ」

テルゼが不思議そうに尋ねた。何の技術も持たないならともかく、技術もあって優遇

される種族なのに落ちぶれる理由が分からない。

「五区の治安がいいったって、施政者が皆エンダー様みたいな方とは限らないんですよ」

ラントちゃんは王族のテルゼには一応丁寧語で話す。同じ王族でも、人間の王族であ

るギル様にはタメ口だけど。

「優遇されてるって言っても、俺みたいなウサギは珍しくもないですし」

「そんなことはない。小型獣族も今はもうだいぶ数が減っている」

私は二人の会話を聞いて首をかしげた。

「減るの? 

なんかウサギとかって繁殖力強そうだけど」

てたよ。それに久しぶりに長いとすごく重い」

地毛がもう少し伸びたら髪を切ったと言って、この長くて重いカツラを取ろう。あま

り重いからカツラの髪を短くしようとしたら、今でも十分短い方だとゼクセンが泣いて

止めてきた。だから地毛を伸ばしてカツラを外すしか道はない。

「ラント、この三人は特殊だからあまり気にするな」

ギル様は適当な場所に座りながら言った。

ラントちゃんはギル様によって、特殊な三人の中に入れられたセクさんを見た。彼女

はギル様の言葉に首をかしげたが、自分が特殊である自覚がないんだろうか。

席に着くと、ホーンが給仕を始める。今日は使用人すら出入りさせないようだ。

「確か、医者なんだろ」

「そうだ。患者命、患者にしか興味のない月

げっしゅう船

所属のセクだ。月船は国仕えしている医

者の部署だ。ラントは出入りすることになるかもしれない」

ギル様の説明で、私からセクさんのことを聞いていたテルゼが複雑そうな顔をした。

人間に紛れて仕事をしていた魔ま

族ぞく

として、何か思うところがあるのだろう。一方ラント

ちゃんは興味深そうに口を開く。

「ふぅん。なら、地上にしかない薬とかあるだろ。分かりやすい本があったら貸してくれ」

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35 詐騎士 3 34

進んでいたり、毒性が強かったり、地上の薬とは効能が変わってる物が多いんだよ」

「ああ、魔物の魔力が薬を変質させたんですね。面白い」

ラントちゃんの説明を聞き、今まで黙っていたホーンも口を挟んだ。

「変質? 

なんだぁ、そりゃ」

「魔力の中には、浴びせ続けると物を変質させる作用を持つものがあるんだよ。地下で

はそういう研究はされていないのかい?」

ラントはテルゼを見たが、彼は首を横に振る。それを見て、ホーンは腕を組んだ。

「魔ま

族ぞく

ははっきりと変質させられないのかな。ルゼ、お茶を淹い

れてきなさい。そして砂

糖とミルクを入れて、気合いを入れてよぉく混ぜなさい」

「…………えぇ」

嫌だなぁと思ったが、私はしぶしぶと部屋の隅でお茶を淹れ始めた。私はお茶を淹れ

る時、いつも細心の注意を払う。慎重に、手早く茶葉をポットにぶち込み、湯をぶち込み、

可能な限り自分の魔力の干渉を与えないようにする。私の場合、これで美味しくなる。

しかし今回ホーンが望んでいるのは、干渉した結果だ。だから丁寧丁寧に、過剰なほ

ど手を掛けてお茶を淹れる。一つのカップにお茶を注ぎ、砂糖も入れて、ミルクも入れ

て、魔力を通しやすそうな銀のスプーンでひたすら混ぜ混ぜして、頃合いになったら別

「それは地上のウサギだろ。獣じ

ゅうぞく族

は大きかろうが小さかろうが繁殖力にそれほど差がな

いんだ。なのに未だに力が全てって考えの奴が、奴隷狩りみたいなことをしててさ。だ

から六ろ

区く

から小型の獣族が竜族の住む五ご

区く

に逃げ出して、都心部で手先の器用さとかを

生かして竜族の苦手な仕事についてるんだ」

だから五区は竜族と小型獣族の多い都になっていたのか。テルゼの説明を補足するよ

うにローレンが続ける。

「六区も今の王になってからはマシになったって聞くけど、やっぱり『力こそ正義』の

傾向があるのは変わりないから、地上で略奪するのは六区出身の獣族が多いんだ」

ラントちゃんにも色々とあるらしい。でも私は過去を気にしない女だ。今のラントちゃ

んは、私にとって大切なお友達であり、ペットであり、駒こ

である。

「ねぇ、地下の薬はやっぱり地上の薬とは違うの?」

セクさんが暗い話を打ち切るように尋ねた。ラントちゃんはセクさんの興味を引いた

らしく、彼女の中で彼は愛あ

玩がん

用のどうでもいいウサギから、ちょっと話し合える相手へ

と格上げされたらしい。しかもセクさんのストーカーのセレイン様の嫉妬をあおるよう

な外見でもないから気楽なのだろう。

「かなり違うと思うぞ。元々は地上から持ち込んだもんだが、地下のものは品種改良が

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37 詐騎士 3 36

んですよ。普段は出来るだけ抑えているので、手でこね回すような料理でもしない限り

は不自由しないのですが、気合いを入れるとここまで味が変わるんです。分かりやすい

でしょう」

その間にも、ギル様は砂糖の塊

かたまりを

幾つも口に含んで口直しをしていた。

「いつもはもっと軽い変化で、砂糖を後に入れると飲める程度ですが、今回は変質をお

見せするためだったので、思い切りやらせました」

「口で説明しろ、口でっ」

「ギルネスト殿下にまで勧めるとは思わず」

その隣でセクさんもお茶に小指を突っ込んで舐な

めた。それを見て姫様まで同じように

カップに指を突っ込んで舐め、苦い苦いと小さな子供のようにはしゃいだ。

そしてヘルちゃんは震えながら無言でカップをローレンに押しつけ、ローレンは無表

情でそれをテーブルに置いた。

「けほっけほっ、もう、何なんだ、このバーテ草みたいな苦みはっ」

ラントちゃんも水をもらって一息つく。

「これじゃあ、嫁のもらい手もないな」

「万が一結婚なんてする時は、料理の出来る男の人にもらってもらうもん」

のカップに四等分し、ポットの茶で薄めた。それをトレイに載せて運ぶ。

「それがどうかしたのか?」

「ギル様、これが私の全力です、試飲して下さい。ラントちゃんも試しに少しだけ飲ん

でみて」

彼らは素直にカップを手に取り、匂いを嗅か

いだ。人間だろうが魔物だろうが、こうい

う時は同じことを考えるらしい。

「匂いは普通だな」

「ただのお茶だろ。あのやり方じゃろくな味じゃないだろうけどな」

「味でもなくなるのか?」

二人はカップに口を付け、口に含んだ。

そして噴いた。勢いよく、盛大に、躊た

めら躇

いもなく。

「に、苦っ」

「水、水っ」

二人とも苦しんでいる。ギル様が手近にあった水差しを掴んでそのまま飲む。

カップを手にして飲もうとしていたヘルちゃんが、その様子を見て涙目で固まった。

「ルゼは世にも珍しい、手を加えただけでどんな料理も苦くしてしまう魔力を持つ子な

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39 詐騎士 3 38

なかったよ」

「そっか。でもルゼちゃんはここにいても、実家にいても、料理なんてすることはもう

ないから大丈夫だよ」

ゼクセンが再び身分のことを強調する。改めて貴族になったのだと思うと気恥ずかし

くて、転げ回って全力で否定したくなる。我慢するのが大変だ。

「そうか。俺、今まで料理なんて作ったことないけど、作らなくてもいい生活をしてれ

ば大丈夫なのか!」

ヘルちゃんが何かを悟って力強くそう言いながら水を飲む。彼の場合は、ちょっと食

事が偏

かたよ

っただけで死んでしまいかねないから、誰かに徹底管理してもらわなければなら

ない。天て

族ぞく

とは本来水だけで生きられる、謎の多い種族なのだ。下手に食べると逆に身

体を壊してしまう。それでも美味しい物に惹かれるらしく、ヘルちゃんはいつも甘い菓

子を見て指をくわえているのだ。

「ルゼの例はかなり極端で分かりやすかったでしょう。姫様の瞳が金色になっているの

も魔力の影響です。他には四百年ほど前、ただの水を万病に効く聖せ

水すい

薬やく

に変えた男性や、

ただ存在するだけで植物を異常繁殖させた女性がいたそうです。彼らは聖人として歴史

に名を残しています。このように、何かに影響を与える魔力というのは神聖視されるこ

私はあんまり主婦には向いていない。稼いでくる方が向いている。私は大道芸も出来

るし、どこでも生きていける。だから男なんていなくてもいいんだもん。

「馬鹿だなぁ、ルゼちゃん。料理なんてしなくていい、お金持ちのところにお嫁に行け

ばいいんだよ。ギル様とか」

まだ言ってるよ、ゼクセン。難を逃れて余裕の表情だ。

「あんまり馬鹿なことを言い続けてると怒るよ?」

「料理が苦手っぽいのは知ってたけど、ルゼちゃんが作ると全部苦くなるの? 

野外訓

練で確か芋の皮むきしてたけど」

ゼクセンは私の怒りを無視した。いつの間にこんな子になってしまったんだ……

「お茶を淹い

れるだけなら、ちょっとやり方が下手で苦みが出てしまったって誤ご

魔ま

化か

せる

ぐらいだよ。でも素手で食材をかき混ぜるとはっきり分かるかな。あと調理器具が金属

だと、どうしても魔力が伝わって影響が出ちゃうみたい。滋養になるらしいけど、効能

が出るような濃さだとなにぶん苦くて」

野営訓練の時は、傀か

いらいじゅつ

儡術を使って手早く野菜を剥む

いて卑怯だとか言われたけど、仲間

を全滅させるわけにはいかないし。

「でも実家の魔物狩りの時だって、携帯食かじってればよかったから、困ることなんて

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41 詐騎士 3 40

本当のところはよく分からないけど。

「物を変化させること自体はそう特別なことではありません。地下にもいませんか? 

何でもない材料で、不思議と美お

味い

しい料理を作る料理人など。ルゼとは逆の方向に力が

働いて、そうなってる人がけっこういるのです。無意識のうちに肉体強化をしたり、物

に影響を与えて加工しやすくしたり」

ホーンの説明に、テルゼとラントはなんとなく心当たりがあるようで、「ああ」と頷う

なず

いた。

「ただ、ルゼが明らかにおかしくて分かりやすいだけなんですよ。美味しくなったらた

だお茶を淹い

れるのが上手い人ですが、この苦さは不可思議さ無限大ですからね」

無限大で悪かったな。本当は、もっと女の子らしくいられる魔力がよかったのに……

「そういえば、ラントちゃんの薬。私が傀か

いらいじゅつ

儡術で作った結界を貫いたあの魔法薬」

私の言葉を聞いて、姫様とホーンが明らかに目の色を変えた。

「ああ、あれは魔力に反応するんだ。よくある魔法薬を改良して使ってる」

「魔力に? 

どんな魔法薬?」

姫様がラントちゃんの頭を撫でながら問う。

「え、いや、どんなって」

「地下の魔法薬って気になるわ。今度月げ

っきゅうとう

弓棟にいらっしゃい」

とも多く、人間にとっては興味深い分野です。ただし、その力を分かりやすく表せる人

があまりいないし、変化させる方向が千差万別ですから、研究は進んでいませんが」

「へぇ」

ホーンの解説を聞いて、テルゼは私を見た。

「ルゼちゃん、苦みさえなかったら、ノイリみたいな聖女になってたのか?」

「病や

まい

を治すほどの力はないから無理。ちょっと元気になるだけみたいだから。こんな苦

いの自分でも飲めないし、そのまま飲んでも元気になった分、苦みで気持ち悪くなって

意味がないみたい。味っていうのは大切なんだよ。ダメージ受けるから」

ダメージを与えるほど不ま

味ず

くなければ、私だってこの『良薬口に苦し』な力を使って

とりあえず教祖になっていただろう。宗教は儲かるから。教祖ごっことかきっと楽しいし。

「まあ、不味い薬飲んで気分悪くなって吐くってよくあるもんな」

テルゼが遠い目をして呟つ

ぶや

いた。彼もそういう薬を飲まされたんだろう。

「かといって味を調と

との

えるために色々入れるとかなり薄まるから、効果が落ちて栄養ドリ

ンクにしかならないみたい。それでも私は飲みたくないけど」

これで美味しいなら商売にもなっただろう。実際やってみたら味を我慢できる男性に

はすごく人気だったらしい。売りに行ってたのは孤児院の兄達のうちの誰かだったから、

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「じゃあ、甘い物はなんで食べないんだ? 

スプーンで掬す

うだけなら味は変わらない

だろ」

ギル様が我わ

が儘ま

な子供を叱るように言う。女扱いをやめたと思ったら、今度は子供扱

いか。

「だから、この力と味覚は関係ありません。甘い物も嫌いなんです。甘すぎない物なら

好きです」

「女のくせに甘い物が嫌いだと? 

信じられない。何なら食べられるんだ?」

それは女性に対する偏見だ。ちなみにギル様はラグロアでも疲れた時に甘い物を食べ

たがっていた。命じればすぐに出てくる環境に慣れているから、思った時にすぐ出てこ

ないと、余計にストレスになるようだった。ゼクセンは完全に甘党だ。私が一番甘い物

を食べなかった。

「こういうさっぱりした果物とか……」

「果物。果物はいいぞ。果物」

ラントちゃんが反応した。目がキラキラして可愛い。

「もう、全部野菜でいいです」

「だから、少しは普通の食事に慣れる努力をしてくれ。ノイリとの思い出の清貧な食事

私もあれをぜひ調べていただきたかったんだけど、何も言わずとも話が進みそうだ。

私は切り分けられた桃にフォークを刺して口に含む。甘味と酸味がほどよく、美お

味い

しい。

「……そういえば晩ば

餐さん

……憂ゆ

鬱うつ

です。体調不良で欠席しちゃダメですか?」

「僕の両親との晩餐など滅多にないから我慢しろ。あと今後はお前には太ってもらわな

いと困るから、練習も兼ねて朝昼夜はきっちり食べるんだぞ。エノーラに使用人を借り

たんだから、しっかり女らしくなれ。そんな縦だけにデカイ幼児体型だと、さすがに知

り合いから本当に兄と別人なのかと疑われかねない」

幼……確かに、膨らみとか丸みはないけど。同年齢の子と比べてもないけどっ!

「な、何のために補整下着があると思ってるんですか」

「一生そのままでいいのか?」

「まあ、もう少し太らないといけないとは思いますけど……」

騎士の時は病弱設定のためにわざと痩せていた。今はその必要がなくなったとはいえ、

簡単に食生活は変えられるものではない。

「お前、ひょっとして今まで軽い物しか食べなかったのは、その体質が原因か?」

「いえ。確かに筋だらけの硬い肉とかを切ったら不ま

味ず

くなりますけど、それ以前に元々

脂あぶらっ

こい物が嫌いなんです」

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45 詐騎士 3 44

いつも食べ残しはダメだと言うホーンが、残していいと言うなんて……食事を出して

くるのは金持ちだけと言っているようなもので、その括く

り方は妹として寂しい。

それに、この国のいい料理って、バターとかたくさん使ってあるから嫌いなのに。

騎士をやめた今、私はギル様お抱えの何でも屋である。あまり注目されすぎてもいけ

ない。ほどほどに見られ、ほどほどに無関心でいてもらう必要がある。そのためには、

出される食事にも慣れなければならない。下品だったり、おかしな振る舞いをしたりし

て注目されるのは最悪だ。

「でもギルと食事をすると、今度はうちの性悪な母に目を付けられるわよ。ギルが女と

仲良くするだけで腹を立てるから。ちょっと鬱う

陶とう

しいんじゃないかしら」

姫様がカップをソーサーに置いて言う。

覚悟はしていたが、改めて言われると再び恐怖が湧いてくる。

「ゼクセン、絶対に外では変な冗談言わないでね。私だって命は惜しいんだから」

「いくらなんでも殺すか」

怯おび

える私に、ギル様は砂糖菓子を口に運んでいた手を止めて言う。

「でもやりかねない目をしてましたよ。あの女は絶対に何か悪さをしてます」

「何故初対面の相手にそこまで言い切れるんだ。否定はしないが」

は忘れろ。病気で食べる気にならないというならともかく、好き嫌いで食べないという

のは許さないからな」

ギル様は相変わらず短気だ。身体が資本の騎士だから、食事のことにも口うるさい。

好き嫌いだとバラしてしまった今、もう大目に見てくれないだろう。ああ、言わなきゃ

よかった!

「ギルネスト殿下、落ちついて下さい。女の子なのですから、騎士基準の身体作りは必

要ありません。甘い果物を与えて普通の食事をして、毎日散歩でもすれば十分女らしい

身体になりますよ」

「そ、そうだな」

ホーンがギル様を落ち着かせてくれた。彼は前からこの手の怒りっぽい人の扱いが上

手かった。私は神経を逆なでしてしまうタイプだから、こういうのを見習わなければ。

「ルゼもこれからは食事に招待されることもあるから、普通の食事の作法を習いなさい。

柔らかい物を切るだけなら味も変わらないし、要は慣れだよ。もし硬い肉が出たら、そ

んな物を出す方が悪いんだから残しなさい。ギルネスト殿下と一緒なら、そのようなこ

とはないと思うけど」

「……はい」

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「普通、一番成長するのは今だろ。でも今は寄せて上げるための余分な脂肪すらない。

ルゼちゃんは太ってもどうせ平均以下だから、気にせず太れよ。あ、地上ではミルクを

飲むと胸の成長にもいいって言うよな。毎晩飲むといいらしいぜ」

「夜に?」

「ああ。ルゼちゃんの実家ではミルク飲まないのか?」

「あまり飲むとお腹を壊すって言われてたから。私はこれ以上背を伸ばす必要もないし」

「嫌いなのか?」

「味は好き」

「ミルク飲む方が嫌いな物を無理に食べるよりいいだろ。蜂蜜でも入れて少し甘くする

と美う

味ま

いし」

「な、なるほど」

それで胸が大きくなるなら、ミルクぐらい飲んでやるって気にもなる。温めればお腹

を壊すこともないだろうし。

「ギル、女の子にはこうやって妥協できる点を提示しないと、へそを曲げるだけだぞ。

押しつけは一番嫌がられる。顔だけじゃあ、いつか飽きられるからな」

さすがは色白美人を落としまくってきただけはある。こういう時は、押しつけるだけ

否定して下さい。あなたの母親でしょう。

「私の心の恋人は今のところラントちゃんでいいです」

ラントちゃんも否定しなかった。彼もギル様と噂がある方が危ないと思うらしい。

「そうしておきなさい。動物に夢中な女の方が安全よ。ギル、この子に必要以上に干渉

しちゃダメよ。食事を忘れなきゃいいんでしょ」

「こいつにそれが出来るか。使用人に任せていたら使用人が可哀相だろう」

双子の会話は突然喧嘩口調になった。この二人はいつも対立するように話す。協力し

合うことも出来るのに、対面するとこうだ。なかなか長年の溝は埋まらないらしい。今

回の言い争いの原因は私なので、どうしたものか。食べると言っても彼らは信用してく

れないに違いない。

今まで黙っていたテルゼが笑みを浮かべて言う。

「でもさルゼちゃん、冗談抜きでもう少し太らないと、女らしくならないぞ。その絶壁

の胸とか」

私は小さく呻う

いてテルゼを睨に

み上げた。

胸のことは言われると辛い。ここに来たのは一年近く前だったが、その頃と変わって

いないことを思うと、さすがに焦燥感がじわじわと押し寄せてくる。

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よく寝て、胸を育てるのだ。私はまだ成長期だから未来はあるはず。

「……面倒見のいいウサギね」

「見たくて見てるわけじゃねぇよ。それに俺をウサギって言うな!」

姫様が褒めて下さったのに、ラントちゃんは犬がほえるように反応する。ウサギは

もっと、もそもそ動いて静かなものだ。ラントちゃんの中身はウサギとはかけ離れてい

る。でも可愛いからいい。

「ごめんなさいね。ラントだったかしら。私はグランディナよ。よろしくね」

「お、おう」

姫様の純粋な微ほ

笑え

みにラントちゃんは少しばかり戸惑いながら頷う

なず

いた。ひげがピクピ

ク動いている。姫様は私達と違って心の綺麗な方だから、笑顔がとても眩ま

しい。

「双子なのにえらい差だな。お前らエセ双子の方がまだ似てる」

ラントちゃんが戸惑った顔のまま話しかけてくる。

「ギル様はあの性格悪そうなお母様の過干渉を受けて育ったから」

「ああ、あの怖そうな女。そりゃ性格も歪ゆ

む」

「おい」

ギル様が青筋が浮かびそうな表情で私達を睨に

んできた。

のギル様よりも、テルゼの言葉の方が素直に聞ける。誰彼構わず口説くのをやめれば欠

点が無くなるのに、惜しい男だ。

「それでもダメだったら、俺が大きくなるように揉んでやるよ」

「揉むと大きくなるって本当なの?」

「ルゼちゃん、冗談なのにマジな顔で返されると、俺がすげぇ馬鹿みたいじゃねぇか」

「大きくならないの?」

「揉んでもらうと大きくなるとは言われてるな」

「自分じゃダメなの?」

じゃあ、と私はラントちゃんを見た。ラントちゃんは可愛くて無害だ。

「俺に何をさせる気だ! ? 

指をくわえて見るなっ! 

俺は男だって何度言ったら分か

る! ? 

揉むなら自分で揉めっ」

「だって……揉むほどないもんっ」

胸に触ると虚む

しいよ!

「自己完結してんじゃねぇかっ。ガキはミルク飲んで早く寝ればいいんだよっ」

「うん、わかった」

ラントちゃんを抱っこして、早く寝よう。早く寝た方が成長すると聞く。よく食べて、

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「ギル様が怒ってる」

「そりゃ、怒るだろ」

「やっぱり怒ったギル様の方がギル様らしくて安心するかも」

「お前、そりゃ変だろ」

「だって、優しいギル様って不気味だったんだもん」

そう言うとラントちゃんも納得したらしく「あぁ……」と同意してくれた。

胸ぐら掴んで持ち上げたり、髪を引っ張ったり、そういうのがギル様らしさだと思う。

「ちょっとギル、あんた部下をどんな風に扱ってるのよ。優しいのが不気味って、騎士

の品位をこれ以上落とさないでちょうだい!」

「う、うるさい。こいつが特殊なんだ。女だと思って優しくしてやれば、怖いだの不気

味だの」

「日頃の行いが悪いからでしょ。また誰かを半殺しになんてしたら、いい笑いものよ」

相変わらず仲の悪い二人だ。でも、喧嘩をするだけ仲がよくなったとも言える。前は

せいぜい、姫様と仲良くしていた私をやっかんだニース様と一緒にギル様が絡んできた

くらいで、二人の間にはもっと距離があった。

何にしても、これからはこの騒がしい環境で、ラントちゃんと一緒に間か

んちょう諜

をする日々

を送るのだ。頭の中だけは、引き締めていかないと。

この生活に慣れてきたら、やりたいこともあるしね!

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53 詐騎士 3 52

第二話 

詐さ

欺ぎ

師し

な私の日常

オブゼーク家の長女として宮殿に連れてこられて、半月が過ぎた。

淑女としての教育を受けたり、ギル様やゼクセンの姉であるエノーラお姉様に連れら

れて晩ば

餐さん

会かい

やお茶会に出席したりと、ごたごたと忙しい日々だった。おかげで何とか女

らしく振る舞うのにも慣れ、色々と活動するための下地が身に付いてきた。

そして今、その成果を試すために、ラントちゃんと手をつないで白は

鎧がい

の騎士団にいた

時の行動範囲を散歩している。本当は高級官吏などがいるような所を歩いた方がいいの

だろうけど、つまみ出されやしないか心配だし、行ったことのない場所を歩くのは怖い

しで、ついつい来たことのある場所に向かってしまっている小心者な私だ。しかし、手

始めとしてはちょうどいいだろう。

ラントちゃんは耳をそばだて、何か面白い会話が聞こえないかと遠くに意識を向けて

いる。

わざと人目に付く通路を歩き、色んな人達にニコニコ笑って挨拶した。背の高い女と、

子供サイズのウサギの獣じ

ゅうぞく族

だ。それはもう目立って目立って仕方がない。見知らぬ女性

達に囲まれること囲まれること。彼女らに撫でられるのが、ラントちゃんのもう一つの

仕事と言っても過言ではない。

獣族の無害さをアピールしなければならないので、もらった食物は食べさせる。餌え

も浮くし、ラントちゃんも地上の美お

味い

しい食物を食べられて幸せだ。

ラントちゃんは自分が猫とか犬とかだったら、こんな所には連れてこられなかったの

にと初日の夜に嘆いていた。皆に「ウサギちゃん」と撫でられて屈辱なのだそうだ。彼

はこの見た目でなければ、生きてここにはいなかったかもしれないということをすっか

り忘れている。

「ルゼ様、ラントちゃんは何を食べるのですか?」

ラントちゃんを撫でていたメイドの一人が顔を上げて、瞳をキラキラと輝かせて尋ね

た。メイドの中でも位の高い女性なのだが、ラントちゃんの前ではすっかり無邪気な少

女のようである。

「普通にウサギが食べる物を食べます。でもやっぱり、果物とか蜜の多い花が好きみた

いです」

「まあ、なんて可愛いんでしょう」

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55 詐騎士 3 54

メイド達はきゃーきゃー言ってラントちゃんを撫でる。

ラントちゃんは、もし自分が魔ま

族ぞく

型、つまり人間と同じ型の女が好きな獣じ

ゅうぞく族

だったら

どうするのだと文句を言う日々だが、実際全く興味がないらしいから問題ない。もしも

の話をしても意味がない。だから私は安心してラントちゃんを可愛がれるし、人様も彼

を可愛がれる。中身がテルゼのような男だったら、何も知らない女性に抱きしめさせた

りはさすがにしない。

そのテルゼ達は、外交官の女性達を残して一旦地下に戻っている。

「あ、いけない。お引き留めしてしまって申し訳ございません。ルゼ様はこれからどち

らへ?」

「白は

鎧がい

の騎士団を見学にまいります。兄がお世話になっていた方々にご挨拶を」

ギル様は彼らに会うのを避けさせたかったらしいが、いつまでも避けきれるものでは

ない。

エノーラお姉様に宛あ

がってもらった美容施術も出来る万能な使用人の指導により、私

自身のメイクの腕もめきめきと上達した。マッサージをしてもらったり、全身の歪ゆ

みを

治してもらったりして、心なしか顔も綺麗になった気がした。ここ数日、騎士をしてい

た頃の知り合いである彼女達とこうして話してみたが、疑われる様子すらない。そのた

め、最終目標である騎士達に早々に会うことにしたのだ。

兄とは違うという印象を植えつけてやる。

待っていなさい、野郎共。私のお嬢様姿をその目に焼きつけるがいいわ、おほほほほ

ほっ。

「ええ、それがよろしいですわ。ルーフェス様のお身体のことは、私達も心配しており

ましたの。ご病気が治るかもしれないなんて、喜ばしい限りです」

「本当にご心配をおかけしました。こんなに心配していただけて、兄は幸せですね」

私ルーフェスの

ことを心配してくれていた人は、私が思っていた以上に多かった。いっそ謝って

しまいたいが、それは出来ないのでこうして謝罪の意味も込めてラントちゃんを貸して

いる。

「美しい方々に覚えていていただけて、兄もきっと喜んでいますわ」

「ルーフェス様は女性にはとても親切で、いつも助けて下さいましたもの。同僚の方を

助ける時は有料だったそうですけど。でもそれを恵まれない子供達に寄付していたそう

ですわ」

ホーンも趣味が寄付と言われていたので、変わり者兄弟弟子ということになっていた。

むしり取った相手の名義で寄付していたが、それがかえって目立ってしまったらしい。

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57 詐騎士 3 56

「あら、ルゼさん」

声をかけられてそちらに視線を向けた。揃いのガウンを身に纏ま

う女官達だ。

「ご見学ですか?」

「はい」

メイド達は慌てて仕事に戻っていき、私は女官達へと向き直った。

彼女達と向き合う時、とても緊張する。貴人に向き合う時と同じ緊張だ。

大丈夫。付け焼き刃でも、私はやれば出来る子だ。フォローしてくれる人がいなくと

も、きっと淑女らしく振る舞えるだろう。

今の私は昔の野生児ではない。騎士でもないのだ。『詐さ

騎ぎ

士し

』と呼ばれた腹黒の兄と

は違って、聖女の付き人として純粋無垢に育てられた、可愛いお嬢様という設定である。

ラントちゃんを連れていれば、純粋無垢な点が強調されるからとっても便利。

「今日もラントさんは素敵ですわね」

「あ……ありがとよ」

彼女達はさすがに貴族の出なだけあり、メイド達とは違う。可愛い可愛いと、むやみ

やたらと抱きつかない。

この国は女に対する締めつけは緩い方だけど、やはり貴人になると就ける仕事はかな

り限られる。専門職や、彼女達のような文官、もしくは王族の身の回りの世話をするなど、

下々の者には任せておけないような、大切な仕事がそれだ。生活のためではなく、名誉

のために働いているという名目が必要らしい。

それでも女性が軍人になることはほぼない。例外は騎士団付きの魔術師や医者ぐら

いだ。

私は魔術師として仕官することも考えていたけど、どこかに所属すると使いにくいか

らと、ギル様に止められて客人止まり。この『客人』という中途半端な扱いのせいで、

世間からは私はギル様の恋人だと思われているっぽい。

私があの美形王子の恋人だなんて、世間の人の想像力の豊かさときたら、笑ってしま

うね!

なんで魔物との交渉の調整役とか、そういう発想が出てこないんだろう。だから自分

でアピールしなきゃならない。

そんなことを考えていたら、女官の一人がラントちゃんから目を離し、前に進み出た。

「あの、ルゼさん。お願いがあるのですがよろしいかしら?」

「何でしょうか」

誰だっけこの人。メイドさんなら名前まで分かる人も多いんだけど、女官とはあまり

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59 詐騎士 3 58

接点がないから、ほとんど知らない。たぶんこの半月で会話したことがあるんだろうけ

ど……何の官職だっけ。

「先日のメリーアネットさんのお茶会に出されたお茶をまた分けていただきたいのです。

あれを飲んで以来、悩みだったお通じがよくなって」

メリーアネット、メリアさん。騎士をやっていた時に知り合ったギル様の友人だ。私

の弟子になる、小さな傀

かいらいじゅつ

儡術師し

のフィーちゃんとフレスちゃん姉弟のお母様である。

「ああ、メリアさんのお茶会で配っていたお茶ですね」

先日参加したお茶会の主催者がメリアさんだったのだが、その時にテルゼも一緒にお

茶会に参加したのだ。その中の一人だろう。

お茶とは、きっとテルゼが用意した地下のお茶のことだ。葉と根を刻んだ物で、いわ

ゆる健康茶だという。それを貴族の女性にも試してほしいと試飲会をして、茶の詰め合

わせを配っていた。

「今は全て無くなってしまって手元にはありませんが、週末には新しい物が届くと聞い

ています。今度は商家を中心にそのお披露目会を行うのですが、ぜひそちらにおいで下

さい」

「まあ、よろしくて?」

「ええ。興味を持って下さったのなら、きっとテルゼも喜びますわ。詳しいことはエノー

ラお姉様が仕切っているので、ぜひお店に遊びに来て下さい」

「嬉しい! 

また、あの素敵な商人の方もいらっしゃるのかしら?」

素敵な商人とは、テルゼのことか。魔ま

族ぞく

の彼は目立たないよう、また髪を染めて目の

色を誤ご

魔ま

化か

しながら商人のようなことをしていたが、呼ばれた人は皆、魔物の件に理解

のありそうな人達だから事情も何となく察しているのだろう。それに実際に商売をして

いるのだから、間違いではない。

「ええ。彼がまた商品を持ってきて下さるんです。あの方はとってもハンサムで紳士的

な方でしょう。私も危ないところをあの方に助けていただいたんです」

そういう設定なのだ。じゃないと、魔族と出会った理由を説明しにくいから。私と知

り合いになったから、双子の兄であるルーフェスとも出会い、色々とあって今に到ると。

私は切っ掛けにすぎず、そのあたりの流れは直接見ていないということになっている

から、知らなくても問題なし。全部ギル様に丸投げする予定だ。これぞ女の特権!

「ギルネスト様が子供を庇か

って魔物に連れ去られた時も、あの方達が助けて下さったん

です」

「子供を庇って」という点が肝心だ。ギル様には、同僚には厳しいが弱者には優しい王

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61 詐騎士 3 60

子様、という印象を世間に持ってもらった方が色々と都合がいい。

「殿下は不正を暴くため、お忍びでラグロアに潜入されたそうですね」

「本当に国のためを思っておいでなのね」

ギル様は本当に女受けがいい。女受けってのは大切だから、これからどんどんギル様

の好感度を上げていき、ついでに私がやりたかったボランティア活動もギル様名義で行

う予定だ。もちろんこれは私やエノーラお姉様やテルゼの計画である。ギル様は全く、

というか相談すらしていないぐらい無関係だ。

私達は、他人を操るのが大好き同盟を結成しましょうかというぐらい、その点では気

が合っている。外面だけでも完璧な王子様を作るなんて、とても楽しいではないか。私

は根っからの傀

かいらいじゅつ

儡術師し

であると、改めて自覚した。ラントちゃんもすっかり諦めたよう

で、素直に私の手て

駒ごま

になってくれていて可愛い。

「では私達は騎士団の見学にまいりますので」

私はラントちゃんと手をつなぎ、お嬢様らしくしずしずと歩き出した。

日傘で肌を守りながら歩いていると、懐かしい白は

鎧がい

の練れ

んぺいじょう

兵場が見えてきた。この道も

何度も通った。訓練がない時には、ここらへんは業者の搬入口になるので、色々と手伝っ

たりしたものだ。見張りと検け

閲えつ

も兼ねてのことだが、本当に懐かしい。

しかしここでこんなに暑いのは初めてだ。来週になれば夏な

中なか

を過ぎて多少は暑さも和や

らぐだろうが、今日はとても暑い。私は冷気を纏ま

っているのでまだいいと思うが、こん

なことの出来ない普通の人達は大変だろう。

騎士団ではもうすぐ秋採用の新人が入るため、春採用の新人に対してとても厳しい訓

練が行われていると聞いている。実力がないと、配属先で舐な

められたり、秋採用の貴族

達にやり込められてしまったりするから、特に厳しいらしい。だから見学と言っても邪

魔をしない程度にしようと決めている。

私が親しくしていた元同僚達は皆異動して、残っているのは顔見知り程度の優秀な貴

族連中らしいが、白鎧は都や宮殿の警護に当たり、私も出くわす可能性が高いため油断

は出来ない。メイドや女官の皆さん、そしてメリアさんも私のことに気付かなかったか

ら大丈夫だとは思うけど。

しかし、ここまで来たはいいけれど、どうにも練兵場の雲行きが怪しい。人が一ヶ所

に集まり、ざわついているのだ。

「どうしたのかな? 

なんだか既視感のある光景なんだけど」

「セクの声が聞こえるぞ」

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