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2012 年度春学期
「刑法 II(各論)」講義
2012 年 4 月 20 日
【第 4 回】窃盗の罪(その 2)
2 不動産侵奪罪[235 条の 2] 《山口刑法 pp. 294-296 /西田各論 pp. 161-163、山口各論 pp. 204-208》
※ 不動産の不法占拠問題への対処のため、境界損壊罪[262 条の 2]とともに 1960 年に新設された規定。
これにより、窃盗罪の客体に不動産が含まれないことが確定した。
[客体]
他人の占有する他人の不動産(ただし 242 条の適用がある。)
※ 利用権限を有する他人の土地にその権限を超えて大量の廃棄物を堆積させた行為が、なお所有権者の
有する(間接)占有を侵害したものであるとした判例がある(判例(238)参照)。
不動産=土地(地上の空間・地下を含む)、および建物などの土地の定着物[民法 86 条 1 項]
建物内の一室など、不動産の一部も客体たり得る(福岡高判昭和 37 年 8 月 22 日高刑集 15 巻 5 号 405
頁、東京高判昭和 46 年 9 月 9 日高刑集 24 巻 3 号 537 頁参照)。
ただし、不動産の一部を分離して奪取した場合(例えば、土地の定着物である石灯籠や立木な
どの奪取)は、対象物は動産となっているので、窃盗罪が成立する(最判昭和 25 年 4 月 13 日刑集 4
巻 4 号 544 頁参照)。建物そのものを移動させて領得する場合も、土地から一旦分離されているか
ら、動産の奪取として窃盗罪が成立すると考えられる。
[侵奪行為]
侵奪=他人の占有を排除して自己または第三者の占有を設定すること
不動産に対する事実的支配の侵害を意味し、不動産登記の改竄や虚偽申請による登記名義の不
正取得は、本罪に該当しない(公文書偽造罪[155 条]や公正証書原本不実記載罪[157 条]の
問題となる)。
他人の土地に無断で建物を建てる行為が典型例である。
その他、具体例として、
* 他人の農地を無断で耕作し播種する行為
(新潟地相川支判昭和 39 年 1 月 10 日下刑集 6 巻 1=2 号 25 頁)
* 隣接する他人の土地の上に突き出して自宅 2 階部分を増築する行為
(大阪地判昭和 43 年 11 月 15 日判タ 235 号 280 頁)
* 他人の土地を掘削し廃棄物を投棄する行為(判例(240)参照)
* 土地の無断転借人が土地上の簡易施設を改造して本格的店舗を構築する行為
(判例(239)参照)
* 公園予定地上に簡易建築物を構築した場合(判例(235)参照)
など。
他方、他人の土地の不法使用であっても、テントを設置するなど原状回復が容易で土地所有者
の受ける損害も皆無に等しい場合には侵奪にはあたらないとされる(大阪高判昭和 40 年 12 月 17 日
2012 年度春学期「刑法 II(各論)」講義資料
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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
高刑集 18 巻 7 号 877 頁)。(←この場合、不法領得の意思が欠けると解する余地もある。)
なお、不動産の賃借人が契約終了後もなお占有を継続する場合には侵奪(=他人の占有の排除)
がなく、本罪は不成立(東京高判昭和 53 年 3 月 29 日高刑集 31 巻 1 号 48 頁参照)。
しかし、その占有に「質的変化」が生じた場合には、所有者がなお有している不動産の占有を
侵害したとして、本罪の成立を肯定しうる(判例(237)(239)参照)。
[罪質]
窃盗罪と同様、本罪は状態犯。
従って、本罪を新設する改正法施行前から継続する不法占拠については本罪不成立だが(福岡
高判昭和 37 年 7 月 23 日高刑集 15 巻 5 号 387 頁)、施行後に占有の「質的変化」が生じた場合は、新
たな侵奪行為の存在を認め本罪の成立を肯定しうる(前掲判例(237)参照)。
3 親族相盗例(親族間の犯罪に関する特例)[244 条] 《山口刑法 pp. 296-298
/西田各論 pp. 163-167、山口各論 pp. 208-212》
窃盗罪、不動産侵奪罪またはこれらの未遂罪が
(i) 配偶者、直系血族または同居の親族との間で行われた場合は、刑の免除、
(ii) その他の親族との間で行われた場合は、親告罪、
とする特例。
((i)― 1 項、(ii)― 2 項。なお、3 項は親族でない共犯にはこの特例の適用がないとしている。)
(※ 以上は 251 条により詐欺罪、恐喝罪、背任罪などに、255 条により横領罪に準用されている。)
[上記(i)と(ii)の間の不均衡]
(i)の場合は有罪判決(※ 刑の免除の判決はあくまでも有罪判決である)が言い渡される[刑訴法 334
条参照]のに対して、(ii)の場合には告訴がない限り処罰されない(もし告訴がないのに起訴さ
れた場合は公訴棄却の判決で手続が打ち切られる[刑訴法 338 条 4 号参照])。
↓
この不均衡の是正の方法:
A. 1 項の場合も親告罪として取り扱う。
B. 免訴判決[刑訴法 337 条]とする。
C. 公訴棄却の決定を行う[刑訴法 339 条 1 項 2 号の準用]。
ただし、いずれも(特に B 説および C 説)解釈論上無理がある。
(※ なお、実際上は(i)の場合は起訴されることはないと考えられる。)
3-1 法的性質
A. 政策説(一身的刑罰阻却事由説)
親族間の紛争には国家は干渉すべきでない(「法は家庭に入らず」)との考えに基づく。
判例はこの立場をとる(最判昭和 25 年 12 月 12 日刑集 4 巻 12 号 2543 頁および東京高判
昭和 60 年 9 月 30 日判例体系〈第 2 期版〉(6)7461 頁参照)。
判例(230)はこの立場を根拠にしつつ、家庭裁判所によって選任された後見人らが管理して
いた被後見人の財産を横領した事案について、この両者間には親族関係が存在しているにもか
かわらず親族相盗例の適用を否定している。
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2012 年度春学期「刑法 II(各論)」講義資料
[批判]
244 条の対象が財産罪に限定されていることの説明が困難である。
B. 違法減少説
親族間における所有・占有が合同的であり区別が明確にないことから、法益侵害が軽微であ
ると解する。
[批判]
244 条 1 項は同居していない場合でも、また所有・占有関係が明確である場合でも適用が
あるので、違法減少を一般に肯定できるかは疑問である。
また、同居していない親族間に適用される同条 2 項を説明できない。
さらに同条 3 項の親族でない共犯の取扱について説明できない。
B'. 違法阻却説
B 説の考えをさらに進めて、可罰的違法性が阻却されるとする。
[批判]
244 条 1 項は法的効果として有罪判決の一種である刑の免除を定めており、解釈論として
無理がある。
C. 責任減少説
親族関係という誘惑的要因の存在を理由に、反対動機形成を強く期待できないと解する。
[批判]
244 条 1 項は同居していない場合でも、また所有・占有関係が明確である場合でも適用が
あるので、責任減少を肯定しうる事情が類型的に認められるかは疑問である。
また、B 説の場合と同様、同条 2 項を説明できない。
C'. 責任阻却説
C 説の考えをさらに進めて、責任が阻却されるとする。
[批判]
B'説に対するのと同様の理由で、解釈論として無理がある。
[錯誤の問題]
上記法的性質についての
A 説→親族関係の錯誤は罪責に影響を及ぼさない(判例(234)参照)。
B 説・C 説→ 244 条は一種の減軽構成要件を規定したものと解される。
→抽象的事実の錯誤[38 条 2 項]の問題となり、特例の適用・準用を肯定する
ことになる(福岡高判昭和 25 年 10 月 17 日高刑集 3 巻 3 号 487 頁参照)。
3-2 適用要件
[親族の意義]
民法 725 条の定めるところによる。 → 6 親等内の血族、配偶者、3 親等内の姻族
配偶者については、内縁関係への適用または準用を肯定する学説もあるが、判例は否定的で
ある(名古屋高判昭和 26 年 3 月 12 日高刑判特報 27 号 54 頁および前掲東京高判昭和 60 年 9 月 30 日、さ
らには判例(231)を参照)。
婚姻が無効である場合は適用されない(婚姻が財産騙取の手段であった場合についての、東京高判
昭和 49 年 6 月 27 日高刑集 27 巻 3 号 291 頁参照)。
同居の親族とは同じ住居で日常生活をともにしている者をいい、家屋の一室を賃借している
場合や一時宿泊している場合を含まない。
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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
[親族関係が必要な人的範囲]
A. 所有者と犯人の間
←保護法益についての本権説に基づく見解であるが、権原に基づく占有者(例えば賃貸借
や使用貸借による場合)との間の親族関係は不要とする点で、本権説からも妥当でない
とされる。
B. 占有者と犯人の間(最判昭和 24 年 5 月 21 日刑集 3 巻 6 号 858 頁参照)
←所有者の利益を無視することになる点が疑問であるとされる。
(かりに保護法益について占有説を採用するとしても、占有説は財物の占有それ自体が
独立の法益であることを認める見解であって所有権の法益性を否定するものではない。)
C. 所有者および占有者と犯人の間(判例(232)参照)
←所有者・占有者ともに被害者である(従って告訴権を有する)ことから、両者の利益が
尊重されるべきである。また、前掲 3-1 の A 説からは、この両者と犯人の間に親族関
係がある場合に紛争が親族内にとどまっている(従って 244 条の適用が正当化される)
といえる。
《参考文献》
2 について
* 和田俊憲「不動産侵奪罪」『刑法の争点』pp. 170-171
* 判例(238)について: 山口厚『基本判例に学ぶ刑法各論』pp. 76-78
* 判例(239)について: 山口厚『基本判例に学ぶ刑法各論』pp. 78-81
* 山口厚「不動産の占有とその侵奪」『新判例から見た刑法[第 2 版]』pp. 162-176(検討の素材は不動産の
占有の意義について判例(238)、侵奪の意義について判例(235)(239))
3 について
* 松原芳博「親族相盗例」『刑法の争点』(2007 年)pp. 172-173
* 判例(230)について: 山口厚『基本判例に学ぶ刑法各論』pp. 81-83
* 林幹人「親族相盗例の適用を否定した事例」『判例刑法』pp. 265-272(検討の素材は判例(230)(231))
* 山口厚「親族関係と財産犯」『新判例から見た刑法[第 2 版]』pp. 248-261(検討の素材は判例(230))
《『刑法各論の思考方法[第 3 版]』参照箇所》
3 について: 第 7 講