もっと石油を、もっとガスを、 そのためにもっと熟練技術者を ·...

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27 石油・天然ガスレビュー アナリシス もっと石油を 、もっとガスを 、  そのためにもっと熟練技術者を ― 日本の対応策は? ― SBC ワークショップより 石油・天然ガス探鉱・開発業界において、今後の最大の問題はなんだろうか。 マスコミ等でも報道されているとおり、資源ナショナリズムの拡大につれ、困難になっている産油国 での事業の実施と一般には考えられるだろう。しかし、業界ではそれよりも深刻な問題は「熟練技術者 の不足」ととらえている。 世界的に石油の生産が比較的容易な陸上、浅海の埋蔵量枯渇が進んでおり、いわゆるイージーオイル が縮減していることから、今後の探鉱事業は高度技術が必要で自然条件の厳しいカナダ・アラスカ等の 極地域、水深500m以上の大水深域か、または、政治的制約条件のきつい産油国で、その国の技術では 対応が困難な高度技術の必要な事業が主流となることが想定されている。つまり、業界では、「もっと 石油を、もっとガスを、そのためにもっと熟練技術者を」ということになり、上流熟練技術者の不足は 企業存亡にかかわる重要な問題となる可能性がある。 日本では、石油の自主開発比率を2030年までに引き取り量ベースで現在の17%から40%程度にすると いう「新・国家エネルギー戦略」が2006年5月31日に経済産業省より示され、業界を挙げてこの目標達 成に取り組むなか、この上流熟練技術者不足問題の解決は避けては通れない問題であり、早急な対策が 望まれるところである。 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)は、この喫緊の課題について業界の問題意識を高め、 対策案を検討する参考となるようにさる2008年1月16日(水)機構東京カンファレンスルーム(TCR) 大会議室において、こうした人材問題のエキスパートであるSchlumberger Business Consulting(SBC 以下「同社」、後述同社紹介参照)を招 しょうへい 聘し、その講演(下記講師参照、専門家4名)を主体とするワー クショップを石油鉱業連盟の協力を得て開催した。 JOGMEC 調査部 池ヶ谷 清貴(編者) ワークショップは、まず、(1)世界の石油・天然ガス の人材資源に関するベンチマーキング(同社によるプレ ゼンテーション)、(2)日本の現状(日本側によるプレ ゼンテーション:三井石油開発(株)佐々木顧問、機構 技術センター 大野部長)、(3)取り得る選択肢とその 考察(同社によるプレゼンテーションと参加者による ディスカッション)と進み、最後に(4)次に取るべき 方策(同社と参加者によるディスカッション)、そして 同社による取りまとめという順序で行われた。 このワークショップの大要は以下のとおりである。 世界の上流熟練技術者は不足がちな上に、老齢化が急 速に進行しているため、若い世代の優秀な技術者の大量 確保が喫緊の課題となっているが、その獲得には、同業 のみならず、他の産業との競争もあり、困難な状況に直 面している。 ただし、状況を分析すると、「現在の問題」と「将来 想定される問題」が若干異なることから、それぞれの対 応策を講じることが効果的である。 ・現在の問題:アロケーション(配分)の問題 現在、世界の技術者は需要量・供給量を数でとらえれ ば決して不足といえる状況にはない。しかし、そのアロ ケーションには、大きな問題がある。つまり、世界には、 技術者の供給に余力がある地域(新興国)と供給が不足 している地域(先進国)が存在している。 <対応策> 当然のことながら、この技術者の再配置により現在の 供給問題の克服は可能である。 また、日本では石油公団解散に伴い、業界技術者の連

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27 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

アナリシス

もっと石油を、もっとガスを、 そのためにもっと熟練技術者を― 日本の対応策は? ― SBC ワークショップより

 石油・天然ガス探鉱・開発業界において、今後の最大の問題はなんだろうか。 マスコミ等でも報道されているとおり、資源ナショナリズムの拡大につれ、困難になっている産油国での事業の実施と一般には考えられるだろう。しかし、業界ではそれよりも深刻な問題は「熟練技術者の不足」ととらえている。 世界的に石油の生産が比較的容易な陸上、浅海の埋蔵量枯渇が進んでおり、いわゆるイージーオイルが縮減していることから、今後の探鉱事業は高度技術が必要で自然条件の厳しいカナダ・アラスカ等の極地域、水深500m以上の大水深域か、または、政治的制約条件のきつい産油国で、その国の技術では対応が困難な高度技術の必要な事業が主流となることが想定されている。つまり、業界では、「もっと石油を、もっとガスを、そのためにもっと熟練技術者を」ということになり、上流熟練技術者の不足は企業存亡にかかわる重要な問題となる可能性がある。 日本では、石油の自主開発比率を2030年までに引き取り量ベースで現在の17%から40%程度にするという「新・国家エネルギー戦略」が2006年5月31日に経済産業省より示され、業界を挙げてこの目標達成に取り組むなか、この上流熟練技術者不足問題の解決は避けては通れない問題であり、早急な対策が望まれるところである。 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)は、この喫緊の課題について業界の問題意識を高め、対策案を検討する参考となるようにさる2008年1月16日(水)機構東京カンファレンスルーム(TCR)大会議室において、こうした人材問題のエキスパートであるSchlumberger Business Consulting(SBC以下「同社」、後述同社紹介参照)を招

しょうへい

聘し、その講演(下記講師参照、専門家4名)を主体とするワークショップを石油鉱業連盟の協力を得て開催した。

JOGMEC調査部 池ヶ谷 清貴(編者)

 ワークショップは、まず、(1)世界の石油・天然ガスの人材資源に関するベンチマーキング(同社によるプレゼンテーション)、(2)日本の現状(日本側によるプレゼンテーション:三井石油開発(株)佐々木顧問、機構技術センター 大野部長)、(3)取り得る選択肢とその考察(同社によるプレゼンテーションと参加者によるディスカッション)と進み、最後に(4)次に取るべき方策(同社と参加者によるディスカッション)、そして同社による取りまとめという順序で行われた。

 このワークショップの大要は以下のとおりである。 世界の上流熟練技術者は不足がちな上に、老齢化が急速に進行しているため、若い世代の優秀な技術者の大量確保が喫緊の課題となっているが、その獲得には、同業のみならず、他の産業との競争もあり、困難な状況に直

面している。 ただし、状況を分析すると、「現在の問題」と「将来想定される問題」が若干異なることから、それぞれの対応策を講じることが効果的である。

・現在の問題:アロケーション(配分)の問題 現在、世界の技術者は需要量・供給量を数でとらえれば決して不足といえる状況にはない。しかし、そのアロケーションには、大きな問題がある。つまり、世界には、技術者の供給に余力がある地域(新興国)と供給が不足している地域(先進国)が存在している。<対応策> 当然のことながら、この技術者の再配置により現在の供給問題の克服は可能である。 また、日本では石油公団解散に伴い、業界技術者の連

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282008.5 Vol.42 No.3

JOGMEC

アナリシス

携・配置を調整する機関がなくなったため、ある企業の有する人的余力で、別の企業の人的不足を補うことが困難な状況になっている。

・将来想定される問題 将来的に憂慮すべき問題は、先進国では大学の学部改革により、石油技術関連の学部廃止が見られることであり、その傾向がさらに続けば数的不足も将来は想定される。また、当該学部からの業界への就職率にも問題が生じる可能性がある(ワークショップでは、世界ではM&A、日本では石油公団解散に伴い、業界全体が縮小均衡型に動いたことから、大学側の採用の希望に応えられず、関連学部廃止が行われることになったとの認識であった)。<対応策> 従来の学部生の採用については、産業の将来性をアピールし、継続的雇用の約束、育成姿勢・教育システムの整備(オンザジョブ・研修)を行う必要がある。 今まで雇用実績のない他の理工系学部の卒業生についても雇用を検討し、対応可能な育成プログラムを構築する必要がある。 外国人雇用については、マネジメントを対象とするような積極的登用とそのための教育・訓練のインフラ整備が必要である。 女性雇用については、一定数の雇用拡大と企業側の受け入れ態勢の整備が必要である。

 同社は日本については、産官学共同によりフランスのIFP(後述:編者作成による概要)のような石油産業の技術向上のための研究開発・教育訓練機関の設置を検討するように推奨した。同社はこのような機関の設置は大学側にとっては、優秀な石油技術者の開発・育成と教育の観点から、そして企業にとってもリクルートの可能性の拡大と歓心を喚起させるために必要だとした。さらに同社はこの日本版IFPの設立のための調査に着手し、機構をその主体とすることを推奨した。

 本稿は、ワークショップとその後提供された同社資料に基づき、編者が作成したもので、同社の好意により資料等については本誌への掲載が認められたものである。ここに改めて同社に謝意を表する。 ただし、本稿の取りまとめは機構により行われたものであり、解釈の問題等もあり、文責は編者にある。 

[ 講師紹介 ]アントワーヌ・ロスタンド(Mr Antoine Rostand)

SBCグローバルマネージングダイレクター。

Schlumberger Semaコンサルタント&システム統合副社長、EDS

フランス副社長、AT Kearneyパートナーを務める。コンサルタン

トとしては、エネルギー、テレコミュニケーション、公共部門での

大規模なコンサルタントとシステム統合の組織の管理、欧州石油・

天然ガス企業への資産ベースモデルの本社機能についての定義づけ

のアドバイザー、欧州の石油・天然ガス企業に対して研究開発業務

に関するアドバイザーなどに従事。

ピエール・ビスミュート (Mr Pierre Bismuth)

Schlumberger人材資源シニアアドバイザー。

Schlumbergerの人事部門に27年間在籍。人材の多様化や報酬制度

のプロジェクトに携わる。Schlumberger Technologiesのカリ

フォルニア、東京のオフィスで従事経験あり。

エリック・ジャンヴィエール (Mr Eric Janvier)

欧州、CIS、アフリカ、中東地域ダイレクター。

Cambridge Technology Partnersの南ヨーロッパ副社長、

McKinsey & Companyのパートナーを歴任。大手欧州上流オペ

レーター、アフリカ国営石油会社の組織再編などに従事。

ピアーズ・トンゲ (Mr Piers Tonge)

アジア地域ダイレクター。

17年間にわたりエネルギーとコンサルタント業界で従事。Arthur

D. Littleでシニアマネージャーを歴任。大手国際石油企業等に対し

アジアでの上流、天然ガス、LNG、精製および操業上の戦略やアジ

アNOCの上流ビジネスの再編などに従事。

 まず、本題に入る前に、本ワークショップのキーファクターである同社を紹介する。 同社は、過去にExcellent Companyという著作により、その名を高めた世界で唯一の優れた電気検層技術を有する親会社Schlumbergerの数十年にわたる石油・天然ガス上流分野における経験と技術に関する深い専門知識の蓄積を基に2003年に設立され、McKinsey、ADLのよう

なビジネスコンサルタントをはじめとする優良企業出身の経験豊富な130名を超えるコンサルタントを擁し、ヒューストン、ロンドン、パリ、 シンガポール、ジャカルタ、クアラルンプール、メキシコシティにオフィスを展開している。 人材と能力開発についての石油技術者の需給に焦点をあてたベンチマーク化で、2005年には世界の上流技術者

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29 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

もっと石油を、もっとガスを、そのためにもっと熟練技術者を ― 日本の対応策は? ― SBCワークショップより

の2大学会の一つであるSPE*1の参照モデルとして採用され、そのエキスパートとしての地位を確立した。毎年同様の調査を続け、2007年はIHS Energy、PFC Energy、John S.Heroldとの共同調査(85の大学と38の企業を対象にヒヤリング)を実施した(図1)。顧客は50%が産油国国営石油会社、残りは国際石油企業と独立系企業という状況で、産油国・民間企業等の人材管理、採用、技術能力向上、ナレッジマネジメント等の分野でのアドバイスにより、これの顧客から高い評価を得ている。

(1)将来の制約要因

 図2は、同社が図1に示した世界の石油・ガス探鉱開発企業(以下「上流企業」)に対して「将来の事業の制約となる最大の問題(その克服に企業を挙げて全力で取り組むことが必要な問題)とは何か」を尋ねた結果を示したものである。ここで、注目されるのは、一般に上流事業の障害として広く考えられている産油国ナショナリズムによる埋蔵量・生産量候補地へのアクセスではなく、

「石油技術者の不足」について調査企業の80%が問題視したことである。そして次が資機材等の不足64%であり、次に、コストインフレ52%、4番目に埋蔵量・生産

量候補地へのアクセス36%となっており、意外に少ない結果となっている。以下政治的問題24%、その他24%、最後に商品価格のボラティリティ8%となっている。

(2)石油技術関連学部卒業生の状況

 このように将来の問題と考えられている世界の石油技術者の現状(労働市場)の供給源はどうなっているか。図3のグラフは、その主たる供給源である2005年現在の大学の石油技術関連学部卒業生数と上流企業の採用予定数を示したものである。グラフから世界全体では数の上で供給(卒業生数)が需要(企業の採用予定数)を約3,000

1. 産業のベンチマーキング

*1:米国石油技術者協会(The Society of Petroleum Engineers)の略称。1913 年にAIME(American Institute of Mining, Metallurgical & Petroleum Engineers)の1構成機関として創設されたが、1984年12月独立組織となった。当初はローカルな存在だったが、現在は、世界的な技術者の協会となっている。本部はテキサス州ダラス市にあり、2008 年1月の会員数は7万9,300 名(内学生1万8,700名)で、115カ国を超える国にメンバーがいる。日本にも SPE 日本支部が 1975 年に設立され、2008 年1月の会員数は 282名となっている。SPE は石油と天然ガス資源開発に関する技術情報の収集、広報、交換および本産業に携わる個人の技術能力の維持、向上に寄与することを主目的に設立され、年次総会・地域別会議の開催、機関誌(Journal of Petroleum Technology)・会報・技術論文・各種教本などの出版、講習会の開催などの幅広い活動分野を持つ

(JOGMEC石油・天然ガス用語辞典とSPEホームページ他より)。

Information on SupplyPanel of 85 universities worldwide (throughglobal network of Schlumberger recruiters)

Information on Demand38 companies data, representing a panel of: -66,000 Petrotechnical Professionals ("PTPs") -More than 30 mboepd

Supporting data to complete and extrapolate the panel

Research and analysis from Schlumberger,Herold and PFC

Participating Companies

22

2

5

1

2007 benchmark focused on Supply & Demand of PTPs and has become the SPE reference.

図1

(注) Petrotechnical Professionals=Geologists, Geophysicists & Petroleum Engineers

出所:SPE

Constraints and Challenges for the Oil and Gas Industry図2

出所:SEB Enskilda 出所:SBC O&G HR Benchmark 2005

Ample supply of Petrotechnical Graduates in the world but many needed relocating

図3

-8,400

-3,400

1万6,500

-8,5009,900

2,500

2,500

Major deficitMajor excess

People Cost inflationEquipment Access toacreage

Governmentalissues

Other Volatility inCommodity

prices

% C

ompa

nies

citi

ng c

onst

rain

ts 100%

80%

60%

40%

20%

0%

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JOGMEC

アナリシス

人ほど上回り、そのまま2015年まで推移しているため、不足はしていないように見える。しかし、地域別に見ると2005年現在の供給過剰はアジア(中国を主体とする)の1万6,500人、中南米の9,900人、欧州2,500人、アフリカ2,500人となっており、供給不足が中東では8,500人、米国では8,400人、ロシアでは3,400人となっている。世界的な分布状況には偏りがあり、技術者を移転させる等の施策が必要な状況にあると言える。

(3)技術者の業務経験

 次に卒業後に企業等に進んだ世界の技術者の状況である。この業界では技術者の経験は非常に重要で、一人前と見なされるまでには分野にかかわらず、10年程度の実務経験が必要と考えられている。図4は2005年時点の技術者の経験年数を基に作成されたものである。

 この図から、現在の世界の石油技術者の多くは、20年から30年の経験を有する熟練技術者であり、経験不足による問題はほとんど想定されない状況にある。しかし、この熟練技術者が退職する時期には、以後の年代の技術者数が極端に少ないことから、将来は業務経験の不足により、事業遂行に影響が生じ、深刻な問題となる可能性も考えられる。 このように石油技術者にかかわる現在の状況を見てみると、石油開発業界が将来の最大の問題として石油技術者の不足をとらえている理由が理解でき、喫緊の問題として対処する必要があることが理解できる。このため早期の雇用拡大と現在の若手技術者のスキル向上が必要となっている。

(4)上流企業の石油技術者の新卒採用計画

 図5は、この将来の問題に対処するため、世界の上流企業が計画している石油技術者のリクルート(新卒採用)

予定数および実績を示したものである。2005年の調査では、石油技術者の新卒採用数は当初の4,000人から2010年に2,000人増の6,000人程度を想定していたが、現在の1バレル100ドルを超える油価上昇による業界の好景気を反映してか、原油の需要見通しが前々年と大きく変動するとは思えないが、2007年の調査では2005年の4,000人から2006年に一気に6,000人増の1万人に達し、2010年まで安定的に概

おおむ

ね1万人の新卒採用数を継続する方向に計画は変更されている。 ところで、この石油技術者採用計画の前提である大学卒業生数の将来見通しはどうなっているのだろうか。

(5)大学の卒業生供給増は遅々

 図6は、2006年から2010年の間に企業が計画する石油技術部門の新卒採用予定数と、大学が計画する関連学部卒業生予定数を図に示したものである。左側の図に見られるように、企業のジェオフィジシスト(地球物理学専攻の技術者)およびジェオロジスト(地質学専攻の技術者)の新規卒業生に対する採用予定数は2006年に約5,000人、2010年も約5,000人を計画しており、他方、大学の関連学部卒業予定数は2006年に約8,000人、2010年に約9,000人の計画となっている。これだけを見ると供給(卒業生)が需要(企業の採用人数)を上回っており問題はないように思われる。しかし、同社では、この卒業生の上流業界への就職率を従来の調査実績等から約60%と推測している。この推測が正しいとすれば、企業側の需要が満たされるかどうかは微妙な状況にあると言えよう。また、ペトロリアムエンジニア(石油工学専攻の技術者)については企業の採用予定数が2006年に約5,000人、2010年にも約5,000人となっており、他方、大学の関連

In 2005,the industry recognised the demographic challenge

(The Big Crew Change)図4

(注)PTPs:Petrotechnical Professionals出所:SBC O&G HR Benchmark 2006

Globally, E&P industry has sharply increased PTP recruitment targets and still plan to sustain it

図5

* Petrotechnical Professionals=Geologists,Geophysicists & Petroleum Engineers**China excluded, Service companies excluded出所:2005 and 2007 Schlumberger Business Consulting O&G HR Benchmark

Number of PTPs(equivalent)

Years of E&P experience,as per 2005 standard

2005

12,000

10,000

8,000

6,000

4,000

2,000

02005 2006 2007E 2008E 2009E 2010E

Demand as per 2005 Benchmark Demand as per 2007 Benchmark

Comparison between Recruitment taegets of G&G and PE 2005-2010**

Global Demand for Petrotechnical Professionals *

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31 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

もっと石油を、もっとガスを、そのためにもっと熟練技術者を ― 日本の対応策は? ― SBCワークショップより

学部卒業予定数は2006年に約9,000人、2010年に約1万人が見込まれている。同社は、この分野では上流業界への就職率を約80%と予想しているため、前述のジェオフィジシストおよびジェオロジスト予定数の獲得に比べれば、問題が生じる可能性は少なくなっている。この傾向は優秀な学生を輩出する大学でもそれ以下の大学でもほぼ同様と推測されている。 このように将来の大学卒業生の獲得は同業のみならず、過去の雇用実績がある他の産業

(金融・建設・化学等々)も加わり、激烈なものになることが予想される。 ちなみに20年前は業界では石油技術者があふれており、人減らしに苦労していた時期がある。この整理を促進したのが、1998年の英BPの米Amoco買収に始まる多数のM&Aによる統合・合理化であり、以後長きにわたった技術者等の人員整理はほぼ完結した。今の学生たちはこの解雇された技術者を親とする世代であり、親の世代の技術者をやめさせた業界という悪印象も就職に二の足を踏ませる大きな要素となることが予想される。特に現代の学生はインターネットを通じた情報に敏感な世代であり、

石油産業の成長性が悲観され、技術者が大量に解雇された過去と最近のピークオイル論から想定される末期的産業(サンセット)のイメージを払

ふっしょく

拭し、環境に優しく、有用な明るい将来性のある産業というような新たなイメージ構築を図る必要があると考えられる。こうしたなか、優秀な卒業生を獲得するためには、何が必要となるのだろうか。

(1)技術者の不足の克服

①卒業生獲得の手段・方法 図7は、卒業生に就職先の選定理由を尋ねたアンケートの結果である。この図によれば、産業/会社イメージ

とキャリアディベロップメント、そして仕事のやりがいが卒業生を引きつけるのに有効であることが分かる。産業イメージについては前述の暗いイメージを払拭するとともに、上流産業の将来性を強調し、理解を得ることが必要と考えられる。ワークショップにおいては参加者から、日本国内においては、イメージ戦略に広告企業を利用し、良好な産業イメージ形成のために、幼稚園児レベルも想定した早期のPR活動が必要ではないかとの意見も述べられた。 ところで、業界のイメージとしてタフで泥臭いことから、当初から女性の獲得を断念し、男性の獲得に重点を置く企業が多いように思われるが、実際の状況はどうだろうか。

② 石油専門家の女性を引きつけることが勝利への戦略となり得る

 図8は、企業内で女性の石油技術者が技術者全体に占

2. 対応策

*85 universities selected by Schlumberger worldwide (China excluded)** Schlumberger estimates:60% of Geosciences graduates enter E&P industry, 40% enter other industries;80% of Petroleum Engineering graduates enter E&P industry, 20% enter other industries

出所:2007 SBC O&G HR Benchmark

Industry image, career development and job responsibilities are the main factors attracting Graduates

図7

出所:SBC O&G HR Benchmark 2006

12,000

10,000

8,000

6,000

4,000

2,0002006 2007E 2008E 2009E 2010E

12,000

10,000

8,000

6,000

4,000

2,0002006 2007E 2008E 2009E 2010E

Global Supply vs. Demand 2006-2010 Global Supply vs. Demand 2006-2010

Demand for Geologists & GeophysicistsTotal Supply of Geologists & GeophysicistsNet Supply of G&G(60% entering E&P industry)

Demand for Petroleum EngineersTotal Supply of Petroleum Engineers(PE)Net Supply of PE(80% entering E&P industry)

Actually entering E&P**

Actually entering E&P**

Geosciences* Petroleum Engineers*

The global supply of graduates appears to meet the Industry's needs図6

what are the main factors that attract Graduates to your company?

Majors Independents NOCsCareer

Development

Job scope/responsibility

Industry/company

image

Package

Lifestyleissues

CareerDevelopment

Job scope/responsibility

Industry/company

image

Package

Lifestyleissues

CareerDevelopment

Job scope/responsibility

Industry/company

image

Package

Lifestyleissues

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アナリシス

める割合を上記2分野に分けて調査した結果である。横軸は各企業の石油技術者総数に占める女性の比率を企業ごとに無記名で示してある。アンケートに応じた企業全体の平均を見ると石油技術者の総数に占める女性の比率は、1割にも満たないことが分かる。一方、個別企業に目を転じると、企業によっては、ジェオフィジシストおよびジェオロジストの分野で、女性技術者の比率が自社の技術者総数の3割にも及んでおり、またペトロリアムエンジニアの女性技術者の比率についても2割を優に超える企業のあることが分かる。このことから、女性雇用の拡大を図ることが技術者不足を克服する手段として有効であることが分かる。ちなみに同社の親会社であるSchlumbergerの日本支社では女性技術者の比率は2割とのことであり、日本国内でマレーシア国籍の女性技術者を育成した経験もあるとのことであった。 ワークショップでは、女性・外国人を雇用する企業は開かれた国際的イメージがあり、学生から好意的にとらえられると考えるとの声が多数であった。

③その他 その他、従来の関連学部の学生だけではなく、他の理工系の学生等を対象として雇用の可能性を探ることが想定される。 だが、企業がこのような手段により、技術者の不足という第1の課題を克服できたとしても、この獲得した技術者を将来のベテラン技術者の不足に対応できるように育成するという第2の課題に対処する必要がある。

(2)技術者の育成

 このため同社は、現状の企業の訓練・研修が進歩的(革新的)企業・従来型企業の二つのタイプに分け、それぞれどのように行っているかを比較している。

①研修への投資 図9は2006年の同社による調査で、新卒と中堅の石油技術者に対するタイプ別研修費用の比較である。新卒の技術者に対し、進歩的企業が約8,000ドル、従来型(保守的)企業が約5,000ドル、中堅の技術者には進歩的企業が約6,000ドル、従来型企業が約4,000ドルという投資傾向にあることが分かった。いずれの場合も進歩的企業がより多く研修に投資を行っており、さらに新卒の育成プログラム期間でも、進歩的企業の45カ月に対し、従来型企業は15カ月と短期にとどまる傾向のあることが分かった。つまり、進歩的企業は従来型企業に比べ、時間も資金も多く投じ、より研修・育成に力を入れている。また、ノンオペレーター企業(石油開発プロジェクトにおいて、オペレーターを務めていない企業)は人材獲得・教育に熱心でない傾向にあるとのことであった。 ところで、同社は、石油技術者の早期自立のために従来の教室内での講義形式による研修だけではなく、ITによる自学自習およびベストプラクティスの履修とベテラン技術者による現場での実地訓練・知識の伝承等々のブレンド学習*2による研修方法が効果的であると推奨している。その実施状況も同社の調査では進歩的企業の78%に対し、従来型企業では27%という傾向にあることが判明している。

*2:ブレンド学習のSBC定義。従来の教室ベースだけの研修ではなく、競争的な育成を目指すため種々の方式(トレーニング、eラーニング、コーチング、知識シェアリング)をブレンド(混合)し、育成プログラムの中に組み込むと同時に、さらに競争的能力を高めるため、特殊な役割を担う指導者(メンター、トレーナー、コーチ)によって指導・訓練を受ける。さらに専用システムを通じ、この育成過程のモニタリングを行いながら研修を行っていく方式のこと。

Attracting female as PTP can be a winning strategy図8

Innovative companies invest more on training than Conservative companies図9

(注) companies on the right bar chart do not correspond vertically to the companies on the left bar chart

出所:SBC O&G HR Benchmark 2006

出所:SBC O&G HR Benchmark 2006

Female G&G among companies Female PE among companies

Weightedaverage 9%

30%24%

25%

24%24%

22%20%

18%

18%

16%16%16%

15%

15%

13%13%

12%

13%12%12%

11%

11%

10%

10%10%10%

9%9%

9%

5%

5%7%

8%8%

4%4%

5%2%

1%

2%1%

0%0%0%

Annual Training costs per Graduate($) Annual Training costs per Mid-career($)

Innovativescompanies

Conservativescompanies

Innovativescompanies

Conservativescompanies

Weighted average by number of PTPs Weighted average by number of PTPs

10,0008,0006,0004,0002,0000 10,0008,0006,0004,0002,0000

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33 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

もっと石油を、もっとガスを、そのためにもっと熟練技術者を ― 日本の対応策は? ― SBCワークショップより

②ナレッジマネジメントの使用状況 また、同社は、どのような場合でもナレッジマネジメント*3が早期の知識移転に有用と考えている。図10に示されているナレッジマネジメント未使用のケースは進歩的企業が11%、従来型企業では33%で、大規模に使用しているケースは進歩的企業が56%、従来型企業では11%という結果で、ここでも進歩的企業が従来型企業よりも導入に熱心な傾向にあることが分かった。 ところで、このように技術者個人の能力を育成する複合的な手段を推進する一方、「何が過去5年間において石油技術者の生産性を押し上げる主因(ドライバー)となったか」というアンケートにより、企業にはこの手段の推進のために、さらに実施すべきことがあり、それを行っていることが判明した。

③企業の変革(組織・プロセスの改善) その実施すべきことは、技術・プロセスと組織の改善に焦点を合わせるということであり、図11がアンケートの結果を示したものである。業務プロセス改善または再構築が大きかったとする企業が50%、以下組織・企業構造と答えた企業

が46%(組織変更は技術と業務プロセスの改善を間接的に助成するものとなる)、次に技術の応用・使用が42%

(技術とプロセスは、5~15年の業務経験の石油技術者の生産性を向上させるための短期的なドライバーとなる)、同じく能力開発とトレーニングプログラムが42%

(トレーニングは長期の恩恵をもたらす)となっている。

④技術の効果の評価:技術は飛躍的に石油技術者の 生産性を改善する このように、企業を挙げて注目される熟練技術者の

*3:ナレッジマネジメントとは、個人の持つ知識や情報を組織全体で共有し、有効に活用することで業績を上げようという経営手法。この場合の知識・情報とは単なるデータである「形式知」だけではなく、経験則や仕事のノウハウといった、普段はあまり言語化されない「暗黙知」までを含んだ幅広いものを指す。これからの企業経営の重要な要素となると言われており、米国を中心に、対応を急ぐ企業も増えつつある。ナレッジマネジメントを浸透させることにより、個人の能力の育成や、組織全体の生産性の向上、意思決定スピードの向上、業務の改善や革新の場の提供が実現できるとされている。ナレッジマネジメントとは、単なるコンピューターシステムの名称ではなく、システムを利用して業務プロセス全体を改善することを指している。すなわち、その導入には、個人の知識を組織の知識として生かす仕組みと、知識の共有・適用・学習により新たな知識を創造できるプロセス、そのプロセスを継続できる文化・環境・システムなどが必要とされる。現在運用されている事例では、グループウェアなどの共有型文書管理ソフトを用いて、営業日報のように個々人が日々蓄積していく文書を組織全体で共有し、事例や方法論についての議論の場を設けたり、過去の事例を検索できるようにすることによって実現している。人間における視覚の優位性を利用し、多次元、多要素で理解しにくい情報を、見える形で表現し、理解しやすくさせるもの。原理的にはグラフや図画であるが、ナレッジマネジメントではCGを利用した立体的で動的な画像を使って表現するケースが多い。石油業界でもスーパーメジャーをはじめとする大企業では3次元、4次元の物理探査技術等で使用されている(出所:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』他)。

In all cases, Knowledge Management in needed to fast-track knowledge transfer

図10Beyond competency development, companies must focus on technology, process improvement and organisation

図11

Technology has significantly improved PTPs’ productivity図12

出所:SBC O&G HR Benchmark 2006 出所:SBC O&G HR Benchmark 2006

出所:SBC O&G HR Benchmark 2006

At what scale is Knowledge Management used in the company?

Not utilized

Type of Company

Large scale

11% 11%

56%

33%

InnovativeConservative

50%

46%

42%

42%

Technology andprocesses are short termdrivers to increase productivity of the 5 to 15 year-experienced PTPs

Business processimprovement/redesign

Organisation &company structure

Application oftechnology

Competencydevelopment/training programs

Organisation is an enabler for technology andbusiness processimprovements

Traning providesbenefits at longterm

What have been the primary drivers of PTPs’ productivity in the last 5 years?

Exploration Reservoir Management Development Drilling & Completion

86%

64%57% 50%

Seismic imagingIncrease andorganization of DatamanagementPetrel and similar

Simulation softwareGiant Reservoir simulationComputing hardware power for larger, more realisticmodels that run many times faster allowing multiple runsand evaluations3Dgeological models that better integrate with flowmodels-moving towards shared earth modelTechnology for uncertainty analysisReal time down hole pressure and phase rate dataSurface controlled chokes - intelligent well completions

Petrel and similarHorizontal well technologyStochastic modelingManagement PressureDrilling

In which areas of business has technology had the biggest impact on PTPs’ productivity?

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342008.5 Vol.42 No.3

JOGMEC

アナリシス

養成であるが、企業として、実際に事業のどの分野の技術が、熟練技術者の生産性に大きな影響を与えたと評価しているかを示したのが図12である。ここでは、企業の86%が探鉱(物理探鉱イメージング、データ管理の組織と増加)、64%が埋蔵量管理(シミュレーションソフトウェア、巨大埋蔵シミュレーション等)を挙げ、以下57%が開発(水平坑井、ストキャスティックモデリング等)、50%が掘削と仕上げという評価をしていることが分かった。 このように企業が技術に重きを置き、新たな技術者の確保に血道を上げる必要がある一方、自社の技術者の離職を押しとどめる必要があることはいうまでもない。それでは「なぜ、技術者は、離職するのか」。

⑤離職の理由 図13にあるように国際石油企業(IOCs)では「報酬よりもキャリア向上の機会を求める」、国営石油企業

(NOCs)では「キャリア向上よりも報酬を求める」という傾向にあることが分かった。ただし、こうした理由は単に順序が逆というだけであり、企業はこの双方について対策を講じることが必要である。また、企業では管理職・マネジメントが高給となる傾向にあるが、技術者からは役職ではなく技術力について貢献度に応じた評価を望む声が多く、マネジメント並みの給与まで検討対象とする必要があろう。

⑥企業の半分が退職した石油技術者を雇用 ところで、前提となっている将来の熟練技術者の退職者であるが、図14には再雇用の実績が示されている。企業の48%が既に退職者の再雇用をした実績があり、導入を検討中の企業も32%ある。そして、未検討の企業はわずか20%に過ぎない状況にある。

⑦適切な助言者(指導者)としてのシニアの石油技術者 また、このような退職者も含め、シニアの石油技術者をコーチとすることが彼らの活用に有用な手段となると考えられる。図15は、企業において有用と思われる適切な助言指導計画を導入する際の主要な障害についての調査結果である。筆頭に挙げられているのが時間の不足で63%であり、以下構造(習慣)の欠如44%、シニアスタッフにとっての意識・動機の欠如25%、助言者(指導者)となる経験者の不足19%となっている。

PTPs leave IOCs for career opportunities rather than compensationWhile in NOCs package is critical

図13

出所:SBC O&G HR Benchmark 2006

Half of companies hire retired PTPs図14

出所:SBC O&G HR Benchmark 2006

Focusing Senior PTPs on mentorship is a useful way to leverage them図15

出所:SBC O&G HR Benchmark 2006

Do you “ rehire” (as consultants) your PTPs who retire?

Used

Considered but notyet implemented

Not considered

48%

32%

20%

What are the main barriers for implementing a successful mentoring program in your company?

Lack of time

Lack of structure

Lack of motivationand implication from

the senior staff

Lack of experiencedstaff

63%

44%

25%

19%

What are the key reasons for PTPs leaving the company?

Lack of careeradvancements

UncompetitivePackage

Lifestyle issues

Moving to self-employment

IOCs

Lack of careeradvancements

UncompetitivePackage

Lifestyle issues

Moving to self-employment

NOCs

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35 石油・天然ガスレビュー

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もっと石油を、もっとガスを、そのためにもっと熟練技術者を ― 日本の対応策は? ― SBCワークショップより

 図16は、同社による上記の新卒の獲得、研修の充実等の全施策を実現させた場合の図4に示した経験年数別の石油技術者数を示す曲線を右側(熟練度がより深い)に大きくシフトさせることが可能になるとの想定図である。

3. 対策実施後の効果:全ての施策を講じた後の経験値曲線の変化

(1)世界

 世界的に見て上流産業には、将来性を感じさせる明るい企業イメージの構築と、将来の石油技術者に、業界への職業選択を促すような明確なキャリアディベロップメントを想定させる総合的・包括的な人員獲得(HR)計画について大幅な改善を行うことが抜本的に必要である。 このため、SPE、AAPG(American Association of Petroleum Geologists:米国石油地質家協会)をはじめとするすべての技術者協会を通じ、可能性のある全石油技術者の調査を継続的なリクルートの努力とその維持により続けることが必要である。また、上流企業は、学生の雇用への強い誘因となるような最高水準の先進的なトレーニングプログラムを導入することが必要である。・短時間での意思決定が可能な熟練石油技術者養成のた

めに競争的な開発プログラムを導入し、可能な限りそれを加速させることが必要。

・上流産業における石油技術者のさまざまな経歴・進路を基に雇用後の可能性について明示することが必要。

(2)日本

 一方、日本については世界的なM&A問題に巻き込まれることはなかったものの、石油公団の解散等があり、政策的な指針が変わったことから業界が雇用に慎重な姿勢になり、大学の関係学部の卒業生採用が約10年間ス

トップし、関連学部も消滅する等の事態につながった。このため、その他の関連学部を有する大学との採用関係も従前のような良好な関係とは言えないこと、また、世界的な技術者の不足から、野球のメジャーリーグに対するような志向が同じ業界内で芽生え、日本企業ではなく外国企業を選択するような傾向が生まれてきていること等もあり、日本国内でも雇用の確保は容易ではない状況にある(このような事情から日本国内の総数約2,500人の技術者数の維持は、困難なものと思われる。国内技術者は50代が多数を占めていることもあり、現状維持のためには、年に30人以上をコンスタントに雇用する必要がある。特に油層工学系と設備関係には大きな問題が生じる可能性がある。さらに「もっと石油を、もっとガスを、そのためにもっと技術者を」という図式から言えば、1,000人以上の技術者の増員が必要となることも十分想定され、そのためには年に50人以上を毎年雇用することを想定してもおかしくはないと思われる)。 さらに、石油・ガスの供給に貢献するという日本の社会に安心と安定をもたらす産業の重要性を強調し、社会的に理解を得ること、金銭的に豊かな経済的地位を技術者のために確保・維持すること、また、上流産業が将来にわたり存続し、発展する産業であるとアピールすること、等々により企業イメージを大幅に改善することが必要である。

4. 同社のまとめ

Rehiring former employees as mentors extends the experience curve図16

出所:SBC O&G Survey 2006, SBC analysis

Co

Number of PTPs(equivalent)

2005

2010

0 10 20 30 40

Demographics of the average US-based company in 2005

Years of E&P experience, as per 2005 standard

After recruitment

RetentionSemi-retirement

Technology&

Process

Competency Development&

Knowledge management

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アナリシス

・そして、大学・私企業・政府の関係組織すべてが参加し、「日本企業の活動に必要な石油技術者の供給増・確保を図ること」を目的とする打ち合わせ(ミーティング)を早急に企画し、その資金供給手段と支援・助成手段も含めて検討することが必要である。

・日本の大学は、国際的プロジェクトスキルの要求に応じることが可能な、有用な石油技術者を増員するために、日本の企業が操業中の産油国出身のエンジニアに日本への興味を持たせるよう関与すべきである。企業は、そのために大学への寄付または助成のためのファイナンス、更には講師派遣等が必要であり、大学と連携・アライアンスを行い、インターン制度、トレーニングの方法も検討すべきである。これにより、企業・大学での技術教育と探鉱・開発の現場を含めた上流技術研究のすべての段階において日本の石油技術者を国際化する試みも同時に行うことが可能になる。

・機構は、企業間でさまざまに競合するなかで石油技術者を効果的に配置・配分する調整ができる組織として、旧石油公団と同様の役割を担うことが必要であり、これが日本国内の技術者の効果的配置のために最も有用となる。

・日本企業は、世界中の最高の実績例(ベストプラクティス)をレビューし、日本の技術者の国際的水準を高めるために、シンポジウムへの参加・受け入れ等を継続的に実施することが必要である。

・またナレッジマネジメントシステムの使用がコーチング、助言方式に加え、石油技術者の世代間の知識の効果的移転・継承を促進する。

 最後に、上記の日本の課題を克服するために大学にとっては、優秀な石油技術者の開発・育成と教育の観点から、そして企業にとっても同様にリクルートの可能性の拡大と歓心を喚起させるため、機構は、フランスのIFPのような有用な研究開発・教育訓練機関の設立調査に着手し、その主体となることを推奨する。 以下は参考のためにIFPの概要を編者がHP等のデータより作成したものである。

【参考:IFPの概要】

 1944年にIFP(Institut Francais du Pétrole:以下「 IFP」)はフランス石油産業の技術向上のため研究・開発とエンジニアの訓練を行う研究・開発・教育訓練機関として設立された。このため、大きく研究・開発部門と教育訓練部門に分かれている。 

 現在、IFPのミッションは拡大し、環境・輸送・エネルギー分野におけるより効率的・経済的・清浄(クリーン)かつ持続可能な素材と技術の開発を目的としている。IFPは、長期的観点から公共部門での人材育成と産業に対する革新的技術の提供をめざしている。 IFPの全人員は1,745名で、1,067名が研究者(管理職、技術者)であり、管理者レベルの技術者の概ね半数については博士号を有している。

1.研究・開発部門(1)Technology Business Units 研究・開発では、下記の3つのTechnology Business Unitsが、研究開発プログラムを策定し、実行している。また、このUnitで産業への技術適用可能性について調整している。

・探鉱―生産・精製―石油化学・駆動系(自動車等)のエンジニアリング

(2)Research Divisions 現在、IFPにはResearch Divisionが11グループあり全グループが結集して、専門的科学技術を発揮できる体制になっている。高度な科学的技術水準と研究結果の質とその維持を保証している。また以下の広い分野のバランスについても保証している(IFPではその豊富な人材から、地質・地化学、物探、油層工学、精製エンジニアリングにおいて、実際の研究・開発業務をin-houseで行うこともあるが、主として外部(国内、国外の石油、自動車業界等)との共同研究という形をとる場合が多い)。

・基礎的技術と技術の適用・経験的アプローチとモデル化・内的・外的パートナーシップの実施作業

 IFPの強みはこの統合的構造のもとで産業をにらんだ実用的研究と基礎的研究を結びつけられるところにある。IFPはエネルギー・輸送・環境の分野において世界でも有数の研究開発センターである。IFPはその組織の性格上から特許取得を志向しており、現在までに4万を超える特許をフランスおよび世界で得ている。そのうち、1万2,652の特許については現在も効力のある特許となっている。この特許の活用はIFPの子会社ISIS(International du Services Industriels et Scientifiques)が持ち株会社となっている各分野の専門企業(Technip、CGG、Geoservice等)の活動を通じて関係業界で活用されている。

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37 石油・天然ガスレビュー

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もっと石油を、もっとガスを、そのためにもっと熟練技術者を ― 日本の対応策は? ― SBCワークショップより

 現在、IFPは、以下の五つの戦略的研究を優先事項として実施中である。

① 温室効果ガスに対抗するCO2の捕捉・輸送と地下貯蔵

② バイオマス、天然ガス、石炭そして水素を対象とした輸送燃料の多様化

③ 省エネで環境に優しい自動車の開発④ 化学・精製技術を用い大容量の環境に優しい輸送

燃料と合成化学製品の生産⑤ 石油・ガスの未開発埋蔵量の探鉱と開発のために

必要な発明と技術の提供(より遠く、より深く、より効率的、より長期に利用可能な)

 このうち、⑤についての最近の主な研究状況として、以下の事項が挙げられている。

・中東型の断層(ネットワーク)対象のキャラクタライゼーションの実施、

・Totalと協力したアンゴラ大水深鉱区Girassolのモニタリングスタディー、

・Schlumbergerの協力で生産予想に関する油田の不確実性管理のためのソフトウェア(Cougar)を販売

・CO2の封入ケースも含んだ非在来型油田の開発シミュレーション開発

・Totalと協力してで地下5,000m以深の掘削による生産性向上のための研究(アルジェリアのSonatrachのBerkine basinの評価にも使用)

2.教育・訓練 I F P は 、 I F P S c h o o l ( E N S P M F o r m a t i o n Industrie:Ecole Nationale Superieure du Petrole et des Moteurs=1954年設立。以下「スクール」)において石油・ガス産業及び自動車産業に関し、理・工学系卒業者を対象とした専門教育・訓練を実施している。 スクールの教育・訓練実施体制は、常勤の教授が40名、講師が400名(関連産業界から派遣)、他に100名以上のIFPの研究エンジニアとなっている。学生は、1955年~1985年117~154人という状況から、近年は、1995年304人、2005年524人と急増している。このうち約50%が外国人で40カ国以上から参加している。また 、 5 0 ~ 7 0 に お よ ぶ 企 業 ( B P 、 C e p s a 、 E n i 、ExxonMobil、NIOC、PDVSA、Pemex、Petrobras、Repsol YPF、Shell、Schlumberger、Saudi Aramco、Sonatrach、Total、Valero、他化学、自動車会社)が学生の60~80%を派遣または研究に補助を行うことにより助成しているとのことである。

 プログラムは、フランス国内、国外で以下のように実施されている。

(1)フランス国内・修士号特別プログラム18(内8は英語) 毎年450名の卒業生(Industry Oriented (英語あり)

370名、 Research Oriented 80名(仏語のみ))を出している。プログラムにより若干異なるが探鉱、石油工学、プロジェクト開発、精製、石油化学、内燃機関、経営学、石油経済学に関する講義を行っている。

・博士号取得プログラム 150名の博士履修生受け入れが可能な施設を有して

いる。現在、55名が受講中である。また、60年の歴史での博士論文は1,000にも及んでいる。

・対外セミナー 企業等に就業中の技術者に対し、教育・訓練のた

めに毎年1,000コースを実施している。

(2)海外・インターナショナルプログラム スクールとパートナーシップを結んだ国(アルジェ

リア、アンゴラ、イラン、ナイジェリア、マレーシア、ロシア)で、毎年100名程度の受講生を対象に実施している。

・大学との提携 スクールは、米国(Colorado, Oklahoma, Texas

A&M等)、英国(Imperial)、ロシア、カナダ、ノルウェー、フランスの多くの大学とも提携し、スクールと提携大学双方のディグリー(学位)が得られるジョイントプログラム等を行っている。

 上記のプログラム修了者の就職率はほぼ100%で、毎年50カ国の80を超える企業に就職している。この結果、現在では100カ国を超える国に1万1,000人の卒業生による人材ネットワークを築いている。

3.情報提供サービス IFPは、エコノミクス・技術・科学分野の第一級の情報を政策決定者、科学コミュニティ等に提供するためにインフォメーションセンター(図書館)を設置している。8万冊の蔵書と1,100の定期刊行誌の閲覧が可能となっている。最新の研究開発についてはその概要を適宜紹介するため、オンラインあるいはCD-ROMによるデータ提供も実施。205の出版物、国際科学ジャーナル152は

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アナリシス

上記ISISのデータベース上に公開されている。この他、Oil & Gas Science and Technologyを隔月誌として発刊している。

4.運営経費 IFP全体の運営経費は2億9,940万ユーロで内訳は、国家予算から1億6,750万ユーロ、ソフトウェア等の売上げ収入および特許料から9,840万ユーロ、子会社等(Technip等)の配当から2,660万ユーロとなっている。国家予算については、消費税の石油製品(軽油、ディーゼル、ガソリン)に係る税金の一部が充てられている。

5.管理組織 スクールの管理組織は、以下のように、Board of Directors → Advisory Board → Executive Committeeとなっており、アドバイザリーグループとしてScientific Boardを有している。

・Board of Directors:14名 関係業界代表 9名(Total、Shell、Gaz de France、

CGG-Veritas)とIFP社内代表 2名および政府代表 3名(産業省、大蔵省、教育省)で構成されている。

・Advisory Board:17名 産業代表9名(Shell、Total 2名、Gaz de France、

Schlumberger、CEPSA、BP、Technip、ルノー)と有名大学および研究機関代表の4名ならびに卒業生代表の4名(シーメンス、プジョー、Total、Essoで勤務中)で構成されている。

・Executive Committee:13名 General Managementが3名(Chairman&CEO、執

行副社長 2名)、Business UnitsのDirector 5名(探鉱・生産担当、精製化学担当、エンジニアリング担当、教育・訓練担当、産業開発担当)およびExecutive Member 5名(HR・科学・金融・Lyon部署・戦略的使用(deployment)担当)により構成されている。

・アドバイザリーグループとしてScientific Board:15名

 フランスを筆頭に英国、ノルウェー、イタリア、ベルギー、オランダ、米国、ドイツの大学教授他教育訓練機関関係者によって構成され、研究開発プログラムの策定や実施状況について学術的見地から助言が行われている。

 SBCの報告は、世界の上流熟練技術者の欠乏が間近に迫った危機であることをよく示していると思われ、産官学の一体となった取組が早急に望まれるところである。 残念ながら、対策に画期的なものというわけにはいかないが、種々の対策の組み合わせが重要と思われる。特に女性技術者の雇用については、男性的な職場のイメージにより、リクルート活動に消極的ととられることは得策とは思えない。男性的な職場のイメージが強い軍隊で、米国では世論の変化もあり、戦闘任務に携わる人に占める女性の割合が1983年のグレナダ侵攻時には2%だったものが、1989年のパナマ侵攻では4%に。そして2005年には14%にも達している状況である。また、SBCでは、親会社であるSchlumbergerがメジャーも活動できないサウジアラビアやメキシコ等において、

中核の油田サービス業を行い、さらにそのような地域に研修センターや研究所等を開設し、重要人物との人脈を築くのに成功してきたとのこと。また、ロシアにおいては、三つのロシア企業を買収し、従業員も1万人を優に超えながら、その名高い名称を表に出さないことで、ExxonMobil、BP、Shell等と異なり、ロシア側との軋

あつれき

轢を回避する一方、ロシアの大学に所属する研究者200人に資金を援助すること等により、最も優秀な技術者を獲得することに成功しているとのこと。日本では、知名度が低いときに200名もの技術者雇用に成功していること等々の実績をもつ企業であることから、その子会社である同社は日本企業に多くの有意義な示唆をもたらすことが可能なコンサルタントのなかの1社と考えられよう。

編者から一言