第12章 ピッチングの バイオメカニクス -...

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第12章ピッチングのバイオメカニクス 第12章 ピッチングの バイオメカニクス 1.130キロ前後の球速でも プロ選手を打ち取れる ピッチング法もある ボールを投げるという動作は複雑ですが、 フォームの中で大きなポイントになるのが回 転力と直進方向への体重移動です。この 2 つ がスムーズに絡み合い、利き腕を体幹と一体 化させて振ることでパワーは結集し、生きた ボールが投げられるのです。 今故障がないのにピッチングで悩んでいる 選手、もっと上手く投げられるはずなのにと 悩んでいる選手には、必ず理由があります。 もう一度、体のバランスとフォームを見直し、 原因を分析してみて下さい。原因が分かり、 リスクが回避できれば、目指そうとする球速 やコントロールを手にすることが可能になる はずです。 その取りかかりとして、できるなら自分の 姿勢や投球フォームを前後・左右から動画で 撮り、今のフォームをチェックしてみてくだ さい。実際に見てみると、頭で思っている形 とはかなり違うものです。その中でオーバー スローの場合の主なチェックポイントを挙げ ておきます。 体の左右・前後のバランス(姿勢や肩 甲骨の位置)は整っているか。 モーションに入った際、軸足が安定し、 しっかり立てているか。 背筋を伸ばし、パワーを背筋から出そ うとする意識が感じられるか。 コッキング期に前足がカカトから着 地し、前脚(まえあし)の腰、ヒザ、 つま先が投球方向にしっかり向いて いるか。インステップや、ヒザが外側 へ倒れていないか。 ケリ足側の足裏が最後まで粘って地 面に着き、離れる寸前までしっかり後 方を向いているか。 コッキング期に腕がゼロポジション 近位置を確保できているか。ヒジが下 がっていないか。ボールを持つ手首が 投球方向に向いているか。 頭から背骨までの回転軸が常にフォ ームの中心にあるか。 アクセレレーション(加速期)での身 体の回転が、前脚の軸足に頼りすぎ、 体重が乗りすぎていないか。 下半身の安定性はあるか。重心が下が りすぎていないか。 頭が動きすぎず、目線が初めからフォ ロースルーまで一貫して投球方向を 向いているか。 フォロースルーで後足が腰の高さ近 くまでしっかりケリ上がっているか。 こういった基本を身につけることで、故障 を起こしにくい無理無駄のない投球フォーム を作ることができ、それがボールの質をアッ プする何よりの近道なのです。 まず、この形を求めること。その一方では もう 1 つ考えて欲しいこともあります。それ は、そもそもピッチングの目的とは何か、と いうことです。球速アップやコントロールを つけることは、目的ではなく手段です。ピッ チングの最大の目的とは、当然ながら、バッ ターを打ち取ることです。あるいは、走者を 出しても得点を与えないことです。 268

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第12章ピッチングのバイオメカニクス

第12章 ピッチングの バイオメカニクス

1.130キロ前後の球速でも

プロ選手を打ち取れる

ピッチング法もある

ボールを投げるという動作は複雑ですが、

フォームの中で大きなポイントになるのが回

転力と直進方向への体重移動です。この2つ

がスムーズに絡み合い、利き腕を体幹と一体

化させて振ることでパワーは結集し、生きた

ボールが投げられるのです。

今故障がないのにピッチングで悩んでいる

選手、もっと上手く投げられるはずなのにと

悩んでいる選手には、必ず理由があります。

もう一度、体のバランスとフォームを見直し、

原因を分析してみて下さい。原因が分かり、

リスクが回避できれば、目指そうとする球速

やコントロールを手にすることが可能になる

はずです。

その取りかかりとして、できるなら自分の

姿勢や投球フォームを前後・左右から動画で

撮り、今のフォームをチェックしてみてくだ

さい。実際に見てみると、頭で思っている形

とはかなり違うものです。その中でオーバー

スローの場合の主なチェックポイントを挙げ

ておきます。

① 体の左右・前後のバランス(姿勢や肩

甲骨の位置)は整っているか。

② モーションに入った際、軸足が安定し、

しっかり立てているか。

③ 背筋を伸ばし、パワーを背筋から出そ

うとする意識が感じられるか。

④ コッキング期に前足がカカトから着

地し、前脚(まえあし)の腰、ヒザ、

つま先が投球方向にしっかり向いて

いるか。インステップや、ヒザが外側

へ倒れていないか。

⑤ ケリ足側の足裏が最後まで粘って地

面に着き、離れる寸前までしっかり後

方を向いているか。

⑥ コッキング期に腕がゼロポジション

近位置を確保できているか。ヒジが下

がっていないか。ボールを持つ手首が

投球方向に向いているか。

⑦ 頭から背骨までの回転軸が常にフォ

ームの中心にあるか。

⑧ アクセレレーション(加速期)での身

体の回転が、前脚の軸足に頼りすぎ、

体重が乗りすぎていないか。

⑨ 下半身の安定性はあるか。重心が下が

りすぎていないか。

⑩ 頭が動きすぎず、目線が初めからフォ

ロースルーまで一貫して投球方向を

向いているか。

⑪ フォロースルーで後足が腰の高さ近

くまでしっかりケリ上がっているか。

こういった基本を身につけることで、故障

を起こしにくい無理無駄のない投球フォーム

を作ることができ、それがボールの質をアッ

プする何よりの近道なのです。

まず、この形を求めること。その一方では

もう1つ考えて欲しいこともあります。それ

は、そもそもピッチングの目的とは何か、と

いうことです。球速アップやコントロールを

つけることは、目的ではなく手段です。ピッ

チングの最大の目的とは、当然ながら、バッ

ターを打ち取ることです。あるいは、走者を

出しても得点を与えないことです。

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第12章ピッチングのバイオメカニクス

そう考えると、例え、球速が140キロ

以上になり、コントロールもアップしたから

と言って、絶対に打たれないかと言えば、そ

うではありません。逆に、130キロ前後の

球速しか出せなくても、打者を打ち取り、失

点を防ぐことは可能です。ですから、基本と

なる投球フォームを身に付けたとして、同時

にそこから放たれるボールをどう応用するか。

この2つをしっかり考えていかなければ勝て

る投手にはなりません。

プロの世界でも130キロ前後の球速で活

躍することは可能で、かつてパ・リーグで1

1年連続2ケタ勝利を挙げた、星野伸之投手

(元オリックスほか)など、その代表格です。

星野投手は最速でも130キロのストレート

に、90キロ台のスローカーブ、そして、フ

ォークボールを武器に、相手バッターを翻弄

しました。そこには、打者からボールの出所

が見えにくいと言われた独特のフォームがあ

り、それにより130キロに満たないストレ

ートが球速以上に速く見えたと言われていま

す。

そういった例も踏まえ、相手を抑えるため

のピッチングの応用点を挙げてみます。

① ゼロポジション近位置を確保しながら、

ボールの出所がバッターに見にくいよう

な投げ方をする。

② ピッチャープレートからホームベースま

での距離、18.44メートルを相手バ

ッターにもっと短く感じさせるように球

持ちのいい投げ方をする。

③ 特に、投球の基本と言われるアウトコー

ス低めのコントロールをつける。

④ ピッチングのリズムや間を変えて、相手

バッターとのタイミングをずらす。

⑤ 直球と同じフォームで変化球を投げる。

⑥ 相手バッターの素振りや構え、バットが

振り出されるタイミングを読み取り、得

意なコースと苦手なコースを見抜く。

⑦ 決め球を生かす配球を心がける。

⑧ 強打者のなかには、ピッチャーの目の動

きを見て、コースを読み取るバッターもい

るため、時にはキャッチャーミットではな

く、バッターの目を見て投げるなど工夫す

る。

こういったところでしょうか。

基本ができ、その上で戦術を含めた応用が

できれば、球速がそれほどでなくても、バッ

ターを打ち取ることは可能になります。しか

し、まずは基本。故障を起こしにくく、球速

とコントロール力を高めるピッチングフォー

ムを身につけることです。そこで、ここから

は私が考える理想の形であるスリークロス投

法について解説していきます。この形をベー

スにし、そこから自分なりの応用、投球術を

加え、質の高いボールを手に入れ、勝てる投

手を目指してください。

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第12章ピッチングのバイオメカニクス

2.スリークロス投法とは?

私の提唱するスリークロス投法とは、「投げ

る」メカニズムを科学的に解析し、人間の動

きの原理に基づいたフォームです。これによ

り、球速とコントロールのアップを実現する

ことができます。

スリークロス投法の最大の特徴は、脚・腰・

体幹の大筋群が生み出す回転力(トルク)と

体重移動を腕にリンクさせるところにありま

す。この力によって大きなパワーを得ること

ができますが、体の動きとしては主に以下の

ような効果が見込めます。

①下半身が安定する。②体幹のブレを防ぐ。

③肩とヒジが安定する投球腕(※)を確保で

きる。④体の回転力で腕が力強く勝手に振れ

ていく。

この投法を習得すれば、プロの道へ進んだ

選手たちの多くも感じた「腕が勝手に走る」

という感覚を味わえ、これこそが打者の手元

で生きる質の高いボールを投げることができ

るのです。

※この本で言う「投球腕」とは、体幹と腕

が一体となって振れる腕の位置のことであ

る。ゼロポジション近位置が、肩甲骨と腕が

最も安定するポジションを表すのに対し、投

球腕は腰の回転・胸郭部の回転に腕が連動す

る肩・腕のポジションを意味する。

このように人間のメカニズムを考えた投法

とは違い、ピッチングで肩やヒジを痛めるな

ど、リスクを招きやすいのが体と腕がシンク

ロ(同調)しない「手投げ」と言われる投法

です。この投げ方では、投球で最も大切な投

球腕が確保できず、肩関節の安定性を失い、

肩周囲のインナーマッスルとアウターマッス

ルの総合力を十分に発揮することができませ

ん。あるいは、ゼロポジション近位置を確保

できないことでヒジが下がり、体の回転と腕

が連動せず、腕が振りきれない状態に陥りま

す。こういう形になってしまうと当然「球速

が上がらない」、「コントロールが良くならな

い」などのスキル低下を招きます。

写真1(悪いピッチングの例)

写真1-1

写真1-2

写真1-3

270

第12章ピッチングのバイオメカニクス

ピッチャーであっても、野手であっても目

指すところへボールを投げてこそ、プレーは

次につながっていきます。特に、ピッチャー

はコントロールがなければ致命的です。その

ためにも、体の回転と腕をシンクロさせたス

リークロス投法が必要なのです。

一連のピッチング動作を3D(矢状面・前

額面・水平面)から解析を行い、バイオメカ

ニクスに基づいて考察し、スリークロス投法

の定義をまとめると次のようになります。

① 効率良く体のパワーを発揮させ、腰の回

転に連動する肩・腕のポジションを保ち続

け、球速アップを実現する投法。

② 鍛えた筋肉をフルに活用し、2軸間の体

重移動とボディターンをリンクさせ、2つ

のパワーで生み出したエネルギーをリリー

スの手指に結集するレイトピッチング法。

③ 肩運動に欠かせない肩甲骨と上腕骨、そ

して鎖骨運動を連動させ、腕をゼロポジシ

ョン近位置へと導き、腰の回転とリンクさ

せる投法。 写真1-4

④ コッキング期で肩をゼロポジション近位

置に確保し、アクセレレーション期(加速

期)での加速力を高め、対側にある胸と腕

を遠心力の要とし、腕を振り抜く投法。

上記の要素が得られるフォームは、一連の

動作に加速感や滑らかさがあります。それは

2軸上での体の回転と体重移動がバランス良

く行われ、アクセレレーション期で体幹と一

体となった腕が腰の回転についていき、振ら

れるからです。これにより、腕の振り遅れも

解消され、肩やヒジへの負担は少なく、生き

た球が投げられます。

写真1-5

写真1-6 写真2(スリークロス投法)

写真2-1

写真2-2

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第12章ピッチングのバイオメカニクス

フォームを考える中では、昔から足腰の強

さは投手の命と言われるように、鍛えられた

脚で支えられた腰の回転はピッチングの原動

力です。しっかりと脚と腰を鍛え、体の重心

バランスを 3Dの面で保つこと。これにより、

大きな筋群のパワーを活用するフォームが身

に付きます。 写真2-3

ピッチング動作の中で一連のバランスを保

つには、動き出しからテイクバック、コッキ

ング期に姿勢を安定させることも大切です。

安定したピッチングをしている選手のフォー

ムは、まさに流れるような動きでリズムも良

いものです。これこそ軸の安定とバランスの

良さの表れで、その動きが体から生み出した

パワーをスムーズに手指に伝えるのです。無

駄のない投げ方はエネルギー効率も良いため、

長いイニングを投げることも可能にします。

写真2-4

バランスがいいピッチングは誰もが手に入

れたいスキルです。そのためには、どの様な

体の使い方をすればいいのか。鍛えた筋肉を

いつ、どの様に使えば脚腰の安定力とパワー

をピッチングに活用できるのか。その時の両

軸間の体重配分と、腰から上体の回転に腕を

どうシンクロさせるか…。これらを詳しく解

説します。第13章では、スリークロス投法

を体得するために、私が考案した座位と立位

による投球腕トレーニングや、ピッチング

PNF トレーニングなども紹介します。

写真2-5

写真2-6

写真2-7

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第12章ピッチングのバイオメカニクス

3.ワインドアップに入る前の 写真4(横向きの構え)

2パターンの構えの違い

最大限に体の生み出したパワーを活用する

スリークロス投法を身につけるには、まず、

動き出しの安定した形作りから始めましょう。

ここではワインドアップの形を取る投手を基

本に話をさせてもらいます。まず、ワインド

アップに入る前の上半身の意識は、お腹を引

き締め、背筋をしっかり伸ばす。背骨の根元

である仙骨から頭まで、真っ直ぐ上に持ち上

げるイメージでバランスの良い姿勢を作りま

す。この意識でピッチングの軸をしっかり作

り、投球開始からフォロースルーまでの一連

の動作を安定させるよう心がけて下さい。

写真4

比較的容易に加速感と腰の切れが作れるア

クセレレーションをとりやすいのは、投球方 向に対して正面を向くワインドアップです。 写真5(正面を向くワインドアップ)

モーションを開始する前の段階では、例え

ば、プレートに足を置きながら、他方の足を

真横に置くか、後方に置くか。あるいはセッ

トポジションで構えるなら横向きに立つ。体

の向きが投球方向にどのタイミングで正対

(正面に向く)するかで、振り上げ足のスピ

ードやその後の動きにもタイミングに多少の

違いが表れます。また、アクセレレーション・

リリース・フォロースルーへの体の回転のし

やすさや、投球動作のスピードにも違いがみ

られます。

写真5-1

写真3(正面の構え)

写真5-2 上体が正面を向いていれば、常に意識は投

球方向に持ちやすく、足を引き上げる動作も

体にとって最も自然です。足のスムーズな引

き上げによって、腰のねじりが勝手に生まれ、

その腰のねじり戻しとともに前足を投球方向

に着地できます。このスムーズな動きによっ

写真3

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第12章ピッチングのバイオメカニクス

(横向きのワインドアップ側面) て、上半身も正面に向けやすくなり、腕も遅

れることなく体重移動と体の回転がシンクロ

しながら、体の前で振れてきます。体の前に

早く腕が出ることによって、リリース時に回

転のパワーと体重を乗せやすくもなります。

また、正面で腕の振りをコントロールできる

ため、手指の感覚も持ちやすく、球速、制球

にも好影響が出やすい。つまり、初めのスム

ーズな動き出しによって、あとの形も大いに

影響されてくるのです。

写真6-2B そして、テイクバックに入る時は軸脚で体

重を支えながら、コッキング期では前足を投

球方向に向くようにつま先とヒザを投球方向

へ着地させる難しさがあります。当然、その

前足が安定しなければ、コッキング期での腰

と体も回転し辛くなる訳です。その結果、腕

をその回転と一体化させることが難しくなり、

腕が遅れがちになります。したがって横向き

の場合、ワインドアップから一歩出した前足

の上で、いかに素早く腰と上体を回転させる

かが重要なポイントになります(この本では

今のところ主流となっている横向きの構えか

らのピッチングについて説明します)。

ピッチャープレートに平行につま先を向け

て足を置いた場合、投球方向に対して体は横

向きとなります。このように、最初に立った

体の方向が投球方向に90度クロスした位置

からの開始は、ワインドアップの足上げの段

階でさらに上体が後方に向き、上体と脚をね

じることになります。 写真6(横向きのワインドアップ正面)

いずれにしても、安定したフォームには片

脚で立った時の重心安定が欠かせません。そ

のためには、脚を鍛え、バランス力を高める

ことはもちろん、片脚で体重を支える後脚の

体重配分も重要になります。軸脚側の体重を

カカトから足底内側(土踏まずから親指側)

に置き、足指で土をつかむ、ふくらはぎとヒ

ザ内側を締める意識を強く持つことです。こ

の感覚が軸脚の安定につながります。安定し

た後脚は前足を引き上げ着地するまでの軸と

なり、体のバランスをとります。

写真6-1

写真6-2A

側面

軸脚が安定することで、テイクバックへの

加速力を得る足の引き上げが容易になり、そ

こへ体幹のねじれをうまく加えることでテイ

クバック作りへの加速力もさらに増します。

274

第12章ピッチングのバイオメカニクス

(テイクバック側面) このねじれを最大限に利用して投げていた

のが大リーグでも活躍した野茂英雄投手です。

足の力強い引き上げと骨盤のツイストにより

テイクバックへの加速が得られ、その後のア

クセレレーション(加速期)にも加速効果を

持続したダイナミックなトルネード投法です。

しかし、このねじれには体幹のバランス力が

強く求められる、かなり調整力を要する投法

だと言えます。

写真7-2

よく見られるのが、テイクバックの体勢で

ヒザが深く折れ、重心が下がり過ぎるスタイ

ルです。この体勢からでは前足に体重を乗せ、

その回転方向への体重移動が不十分になりま

す。これでは体の回転もしづらく、最後には

後足のケリ上げ動作も不充分になります。こ

ういったフォームでは、腕がすばやく前に出

せず、振りぬく力も弱くなり、球速が上がら

ない一因にもなります。

4.安定したテイクバックから

コッキングの作り方

次はテイクバックです。テイクバックは、

投球でのゼロポジション近位置を確保するた

めの準備期であり、コッキングポジションを

作りやすくする体勢が求められます。理想的

なテイクバックを作るための第一のポイント

は、先に書いた軸脚となる後脚の力強さと安

定力です。もう少し言葉を加えると、軸脚の

安定は、立った位置から大きく前へ踏み込む

ことで起こる重心の変化と高低差に対応し、

フォームの安定とパワーの発揮につながるか

らです。

さて、テイクバック期は上体と連動する腕

振りの形を作る準備期でもあります。片脚で

立った状態から、上げていた足を着地させ、

テイクバック時には両足での接地となります。

ここで大事なのが、足幅です。この幅を決め

る目安は、アクセレレーションに体の回転を

行いながら、同時に素早く2本の足間でのス

ムーズな体重移動が使えるか、どうかです。

前後に大きく足を開き、やや腰を落とした状

態を作り、そこから素早く、スムーズに軸足

から前足へ体重を移動できるかどうかを体感

してみるといいでしょう。

写真7(テイクバック正面)

足幅が決まれば、次は上体と肩の使い方で

す。テイクバック期の上体の使い方は、ピッ

チングで重要なゼロポジション近位置を作れ

るか否かに関わる大切な動きです。それだけ

にこの使い方は十分に練習してほしい部分で

す。

写真7-1

まず肩を安定させるための姿勢を作ります。

275

第12章ピッチングのバイオメカニクス

肩が安定するゼロポジション近位置を作るに

は、姿勢を整えることが一番だからです。姿

勢を作るにはしっかり支えられた両脚の上で

まず腰を安定させ、背骨を伸ばし、肩甲骨を

背骨に近づけるため、素早く胸を張ります。

この胸の張りにより、大胸筋が伸ばされ、拮

抗関係にある菱形筋が短縮します。それによ

り肩甲骨が内側に寄せられ(内転運動)、肩甲

骨を安定させることができます。テイクバッ

クでこの肩甲骨の位置を確保することができ

れば、肩の安定性が確保でき、テイクバック

で肩甲骨が安定した位置にあることで、続く

腕の振りの鋭さや力強さにも大きく関係して

きます。 テイクバックで腕を後方に引く動作は、肩

を外転・内旋・伸展(腕を横に上げ下方に回

しながら後方に引く)させますが、この動き

こそゼロポジション近位置に腕を導く準備な

のです。 そもそも肩関節は体幹と外側にある腕をつ

ないで、体の生み出したパワーを無駄なく伝

達する橋渡しの役割を担っています。肩を故

障する選手の多くが、この肩の安定性の確保

ができず、体の回転より腕が遅れ、ヒジが下

がるという状態に陥り、腕の振り遅れがみら

れます。「動きの科学」から言うと、肩甲骨関

節窩から上腕骨頭が外れているのです。 常にピッチングでは、肩運動の関節面が上

腕骨頭の受け皿にならなければ、腕をスムー

ズに振れません。しかし、もし肩甲骨の安定

性がないまま腕だけを使いヒジを後方に引け

ば、肩甲骨関節面(関節窩)から上腕骨頭が

外れ、関節内にずれが生じます。そうなると、

組織の微細損傷を引き起こし、肩関節内・外

の炎症など、スポーツ障害を発生しやすくな

ります。当然、肩は不安定になり、肩を介し

て付着する様々な筋肉の力は発揮しにくく、

腕にも指にも力が入らなくなります。力だけ

でなく、ボールを離す位置が一球一球定まら

ず、ボールのコントロールが乱れるという症

状も出やすくなります。 対して、胸郭を開き、肩甲骨のポジション

を確保した後にヒジを引けば、肩甲骨関節面

上に上腕骨頭をはめ込むことができ、腕を動

かすためのしっかりとした肩の支点が確保で

きます。「球速を上げる」、「コントロールを良

好にする」といった目指すべき成果も、この

ポジションが取れるかどうかが大きなカギを

握っています。つまり、テイクバックでの肩

甲骨の安定性が確保できるかどうかで、次の

コッキング期で作るゼロポジション近位置の

確保の有無も決まってくるのです。 写真8(コッキング期正面)

写真8-1

(コッキング期側面)

写真8-2

コッキング期は第二の肩の準備期であって、

体の回転の土台と投球肩を作る非常に重要な

時期です。テイクバックでヒジを引いた位置

276

第12章ピッチングのバイオメカニクス

から、やや体を回転させながら両肩を同時に

肩外旋・伸展(腕を上方に回しながらヒジを

引く)させるところがポイントです。その時、

ボールを持った腕は肩を外転約90度から1

20度(腕を肩の高さ、もしくは肩より少し

上の位置)で外旋(上方に回す)し、ヒジは

外へやや回し、ボールを持った手首を正面に

向ける。一方、グラブを持った側の肩は、体

の回転とともに外転・伸展・外旋(ヒジを後

ろに引きながら上方へ回す)しながら外へ開

き、再び体に添わせます。この時のヒジは完

全に回外(外へ回す)させ、ワキを締め、体

の回転を助けます。このグラブを持った側の

腕と体との一体化が体幹の側方へのぶれを防

ぎ、体の回転軸を確保し、投球腕の遠心力を

生み出すのです。この両肩を同時に扱うこと

で力強い体の回転を可能にし、これが腕を振

り切れる位置へ腕を導くコッキング期の大き

なポイントになります。

5.アクセレレーション期の下肢

の使い方

球速を上げ、コントロールを安定させるた

めにも大切なことの 1 つが、引き上げた足を

カカトから着地した時に、つま先とヒザを一

直線上に置き、投球方向に向かせることです。

地面に対して、ふくらはぎとヒザが一直線上

にあれば、アクセレレーションからリリース、

そしてフォロースルーでの体の回転軸として

の安定力が得られ、より腕が振りやすく、リ

リース時の手指に感覚を集中することもでき

ます。 機能解剖学的には、つま先とヒザが進行方

向(投球方向)へ向けば、太モモの前方の筋

肉(大腿四頭筋)のエキセントリック収縮の

力(伸びながら力を出す)を活用できます。

それによって投球時の重心の変化(姿勢の低

さ高さ)へスムーズに対応でき、体のバラン

スを崩さず、ゆるぎない投球軸を作ることが

できるのです。 写真9(アクセレレーション正面)

写真9-1

(アクセレレーション側面)

写真9-2

これが、つま先が内側へ向き、ヒザも閉じ

た状態であったり、あるいはインステップに

なっていると、アクセレレーションからリリ

ース、フォロースルーで大腿四頭筋の力を投

球方向へ十分に発揮できず、投球軸が崩れや

すくなります。また、スキル面では腰や上体

が回転しづらく、体重を前足に乗せきれない

などの症状が生まれます。また、つま先が内

側に向くことによって生じるヒザ内旋方向へ

の動きが太モモ(大腿骨)とふくらはぎ(脛

骨)のずれにより、体重を支えきれずヒザが

外へ割れやすくもります。これでは体が流れ、

277

第12章ピッチングのバイオメカニクス

写真10(体重移動) 重心も不安定となり、リリースポイントにも

ずれが生じます。

6.体重移動<テイクバックから

アクセレレーション期>

写真10-1 アクセレレーション期の下肢の使い方で、

もう1つ重要なのが体重移動です。体重の重

みが持つパワーを上手くボールに伝えること

で、ボールにはスピードもキレも加わります。

しっかりした体重移動を行うためには、テイ

クバック時に後足の足親指・下腿部(ふくら

はぎ)・ヒザ内側で支えた体重を、回転軸の前

脚へ素早く運ばなければなりません。ここで

は、後足のケリ動作でヒザを投球方向へ向け

ながら、前足の股関節内で素早く骨盤を回転

させます。ここでのカギは後足のケリのパワ

ーと、そのパワーを受け止める前足の固定力

です。このケリ足と前足の固定力を得るポイ

ントは以下のようになります。

写真10-2

前脚の軸を安定させるには、親指のつま先

からふくらはぎ、そしてヒザ関節の内側を縫

工筋と内転筋の力で締めます。その上に太モ

モを導き、大腿四頭筋の力でしっかり軸を作

ります。特にヒザ内側と指先の土をつかむ力

が重要となります。こうして軸が安定すれば、

回転で生み出したパワーを後足から前足へ体

重が運べ、フォロースルーまでパワーを持続

することができます。

① 後足で前に体重を運ぶ時、後脚のヒザを

投球方向に向け、ふくらはぎで体重を支

え、親指で力強くカカトをケリ上げる。

② その時点で前足はカカト着地しているの

で、カカトから足裏全体、そして親指へ

と体重を運ぶ。そして前脚のヒザ関節を

足首の上にしっかりセットする。

回転の土台としては、骨盤とその上の背筋

の使い方も重要で、初めに両脚の上で骨盤が

回り、続いて後足のケリによって投球方向へ

回転が向いていきます。上体には腕が連動し

ているため、腕振りのスピードは速まり、骨

盤と腰、そして上体、腕が一体となったフォ

ームを可能にします。

③ また、後足のカカトのケリで起こした右

骨盤の回転と同時に前足ではつま先へ体

重を運び、回転と体重を受け止める。

278

第12章ピッチングのバイオメカニクス

7.アクセレレーションから (リリース側面)

リリースの上肢の使い方

ここまでの形は言うなれば土台で、最終的

なコントロールの良し悪し、スピードの有無

を決定づけるのは腕の振りです。最後にしっ

かり腕が振れるとボールは走りますが、十分

に振れないと初速はあっても打者の手元で失

速する棒球となったり、ということにもつな

がります。

写真11-2

これがスムーズにヒジが前方に出ずに、手

指が先行してボールを離そうとすると、ボー

ルは打者の手元での伸びを欠き、ヒジが持つ

生理的な外反角(ヒジから先が外に反る角度)

を増幅させます。これはねじれに弱いヒジ関

節にとって大きなストレスとなり、靭帯損傷

をはじめ、関節ねずみなどの故障発生率を高

めることにもなります。

では、この腕の振りですが、これまで何度

も書いてきたように、腕を意識して振るので

はなく、勝手に振れる理想のフォームは、体

の回転と体重移動を使うことが基本です。体

のパワーを最大限に使うレイトピッチングは、

腰の鋭いキレと上体のしなりによって腕が振

れていきます。ただ、レイトピッチングとい

っても、決して腕だけを遅らせるのではなく、

上体と腕をシンクロ(同調)させ、ヒジから

先に出て、最後に手指が出てリリースを迎え

るという形です。こういう腕の使い方ができ

れば、腰の回転で得られたパワーが上体から

肩、ヒジ、指先へと順に効率よくつながり、

最後に腕も鋭く振れていきます。このような

使い方が肩・ヒジへの負担を少なくすること

は言うまでもありません。

いかにヒジ外反角を増幅させず、自然に上

腕の筋肉から前腕の筋肉、そして手関節、指

と順に力を伝達できるかを理解するかが大切

です。それが肩を守り、ヒジを守るだけでな

く、大きな筋肉を持つ脚と体幹から生み出し

たパワーを連係させる動きにつながります。

写真11(リリース正面)

写真11-1

279

第12章ピッチングのバイオメカニクス

8.アクセレレーション期の 体の回転と腕の一体化 コッキング期で得た体の回転と2軸間の体

重移動をしっかり連動させながら、次はアク

セレレーション期の体の回転と腕の一体化に

ついて理解しましょう。 ① 体は斜め対角線方向に回転し続け、フォ

ロースルーまで止まらないこと。 ② 前脚の股関節の上で骨盤が回転し、上体

が斜め前方に回転する。 ④ 回転する体の前に素早く出したヒジによ り、体の回転を押さえる力に使うことがで

きる。 ⑤ この使い方は前方に腕を伸ばし、手首・ 指を投球方向にしっかり向けることができ

る。結果、体の回転を止めずに、体の正面

に腕をセットし、抑えるリリース感とコン

トロール力が高まる効果が得られる。 写真12

骨盤が回ることで自然に上体が回りますが、

やや遅れて胸を回す感覚をつかめば、より大

きなしなりが上半身に生まれます。腕と体の

一体化したしなりが遠心力にもつながり、よ

り大きなパワーを生み出します。そして、腰

と胸、上体が突っ込み開くのではなく、下半

身からのねじれの中で正面を向く使い方を理

解すれば、肩へのストレスも軽くなり、自然

に腕は前に出ます。この動きによって大きな

筋肉の下半身の力を上半身に伝え、枝である

腕にパワーを伝えていきます。 こういう使い方ができれば、テイクバック

で腕を下げ、十分にリラックスしていても、

コッキング時には素早く肩・腕・ヒジを安定

したポジションへ導けます。これが投球腕で、

肩という本来不安定な関節を、安定度の高い

位置に確保することが大前提にあります。た

だ、このスキルを持つ選手は少なく、いかに、

瞬時にして腕を体と連動させることが難しい

かということを示しています。

写真12-3

写真12-4

写真12-1

写真12-2

280

第12章ピッチングのバイオメカニクス

9.リリースでのヒジの使い方

次はリリースでのヒジの使い方について考

えます。ヒジの使い方はコントロールや変化

球を作り出す支点となる関節であるため、そ

の使い方を体得することが非常に大切です。

ヒジが上手く使えなければ、体の回転に腕と

ヒジが一体化せずに、腕が振りぬけず、振る

スピードも落ちます。また、コントロールに

重要なボールを押さえ込み、離す位置もベス

トな位置より高くなり、すっぽ抜ける感覚が

強くなり、また、ボールに十分な回転を与え

られません。こうなると力のない球が高めに

浮きやすく、痛打を浴びやすくもなります。

ストレートだけの問題ではなく、変化球(ス

ライダー・カーブ・シュート)の十分なキレ

も期待できないでしょう。大事なことは、体

の回転とともに肩・腕を延長線上に入れ、素

早くヒジを前に出し、体の前方に位置を確保

することです。この位置により、体の回転と

体重移動で持続させてきたパワーを有効に使

え、リリースポイントも安定するのです。

写真13-2

写真13-3

写真13

写真13-1

281

第12章ピッチングのバイオメカニクス

282

10.フォロースルーのポイント ただ、ケリ上がった足が着地時に、前足の

位置をはるかに超えるような過剰な回転は、

コントロールを悪化させ、ヒジや肩に負担が

かかることにもつながります。また、時折見

かける、フォロースルーで後足が地面につい

たまま引きずるような形は、重心は安定しま

すが体重を前に運びにくく、十分にボールに

パワーが伝わらないことにもなります。

最後にフォロースルーです。フォロースル

ーは体の回転の最後に表れる形です。逆に言

えば、フォロースルーは、回転と体重移動、

腕振りが一連の動作としてできているかどう

かを表す重要な要素を持っています。また、

肩甲骨の後面にある棘下筋への減速ストレス

を軽減するという働きも担っています。 リリース時には、手指が常に体の前方にあ

ることから、体の回転と腕の押さえる力がシ

ンクロすることが大切です。今までの話とも

重なりますが、しっかり前脚のふくらはぎと

ヒザ内側、太モモの前方に体重を乗せ、その

回転方向に体重を運ぶため、後足でケリ上げ

ます。そして、最後に前の軸脚の位置に近づ

くように回転しながら、しっかり後足が上が

るようにします。

写真14(フォロースルー正面)

写真14-1

(フォロースルー側面)

写真14-2