第16回東川賞審査講評 - 東川町国際写真 ...海外作家賞 チェマ...

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第 16回東川賞審査講評 海外作家賞    チェマ マドウス氏(Chema Madoz) 国内作家賞    畠山 直哉氏(はたけやま・なおや) 新人作家賞    野村 恵子氏(のむら・けいこ) 特別作家賞    窪田 正克氏(くぼた・まさかつ) 回を重ねること 16 度目となりました本年の東川賞は、例年通り、全国のノミネーターのご協力により推挙された 写真家作品を集め、去る 3 月末 に東京にて審査会を行いました。20 世紀最後の年に選抜される作品がどのような ものになるのか、それは来るべき世紀に向けたメッセージたりうるか、各審査委員も、内心そうした感慨に胸をふ くらませる審査会でありましたが、結果はここに記しますように節目を飾るにふさわしいいずれ も実力とユニーク さの両面を満たした写真家とその作品が選考されました。 本年度の海外作家賞は、いにしえより我が国とも交流が あったイベリア半島の諸国を対象とし、審査会から山岸享子委員が現地に渡航し、スペイン、ポルトガルの両国を 可能な限り調査し、審査資料の収集に当たりました。その結果、スペインの写真家で、1958 年マドリード生まれの チ ェマ・マドウス氏に授賞を決定いたしました。選考の対象となった作品集は「オブジェ」と題された写真集で、 さまざまな物品や物体が写されたモノクロームの写真集です。それらの物体はじつは何の変哲も無いのではなく、 大いにいたずらっぽいと言うべきか、例えば、一足分まるまる一本の靴紐がかかっている靴や、積み重ねられてアー チ状になり、読むことはおろか取り出すこともできない書籍の山と言ったぐあいで、オブジェ (物体)といっても、 じつに皮肉と風刺たっぷりのオブジェたちが扱われています。とはいえこの作品はただコミカルな効果を期待して のものではなく、スペインにも根強いシュルレアリスム(超現実主義)に通じるものであり、今世紀最大の新しい 芸術思潮と言われたシュルレアリスムを現代もなお実践している意欲作とみることができます。写真という現実把 握の映像手段を道具として、現実のすぐ隣にある虚構を描き、その両者に意識を向けながら日々生きている我々人 間の精神の内側を照射する作品といえましょう。 本年度の国内作家賞は、過去 15 回の受賞者中、最も若くしての 受賞となりました畠山直哉氏です。畠山氏はマドウス氏と同じく 1958 年生ま れで、岩手県陸前高田市の出身です。 畠山直哉といえば石灰岩のシリーズ「ライムワークス」という高名なシリーズ作品がありますが、氏はそれ以外に もじつに多彩なテーマに挑み、アラブの都市を取材したり大東京のパノラマを試みるなど、きわめて密度の高い制 作を展開してこられ ましたが、今回の受賞対象作は、昨年より一連の発表を続けてきた「アンダーグラウンド」と それに連なる諸作品です。「アンダーグラウンド」は 文字通り地下であり、かつて石灰岩の山にこだわり続けた畠山 氏は、今回のテーマはその石灰岩の化けたコンクリート、そしてその成れの果て の大都市そのものです。人工照明 機材とともに地下水系に降り立った畠山氏を待っていたのは、人体で言うならば静脈流です。下水道という都市の ライフラインを凝視し、その構造と脈絡に思いを馳せることで、我々も生命体としての都市を実感できるのです。 こうしたイマジネーションが、 きわめてリアルな写真映像により現前するところに、畠山作品の真価があるといえま しょう。審査会でも、いま “旬” の写真家に作家賞を、との意 見で一致し、授賞の運びとなりました。

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第 16回東川賞審査講評

海外作家賞    チェマ マドウス氏(Chema Madoz)国内作家賞    畠山 直哉氏(はたけやま・なおや)新人作家賞    野村 恵子氏(のむら・けいこ)特別作家賞    窪田 正克氏(くぼた・まさかつ)

 回を重ねること 16度目となりました本年の東川賞は、例年通り、全国のノミネーターのご協力により推挙された写真家作品を集め、去る 3月末 に東京にて審査会を行いました。20世紀最後の年に選抜される作品がどのようなものになるのか、それは来るべき世紀に向けたメッセージたりうるか、各審査委員も、内心そうした感慨に胸をふくらませる審査会でありましたが、結果はここに記しますように節目を飾るにふさわしいいずれ も実力とユニークさの両面を満たした写真家とその作品が選考されました。  本年度の海外作家賞は、いにしえより我が国とも交流があったイベリア半島の諸国を対象とし、審査会から山岸享子委員が現地に渡航し、スペイン、ポルトガルの両国を可能な限り調査し、審査資料の収集に当たりました。その結果、スペインの写真家で、1958年マドリード生まれのチ ェマ・マドウス氏に授賞を決定いたしました。選考の対象となった作品集は「オブジェ」と題された写真集で、さまざまな物品や物体が写されたモノクロームの写真集です。それらの物体はじつは何の変哲も無いのではなく、大いにいたずらっぽいと言うべきか、例えば、一足分まるまる一本の靴紐がかかっている靴や、積み重ねられてアーチ状になり、読むことはおろか取り出すこともできない書籍の山と言ったぐあいで、オブジェ (物体)といっても、じつに皮肉と風刺たっぷりのオブジェたちが扱われています。とはいえこの作品はただコミカルな効果を期待してのものではなく、スペインにも根強いシュルレアリスム(超現実主義)に通じるものであり、今世紀最大の新しい芸術思潮と言われたシュルレアリスムを現代もなお実践している意欲作とみることができます。写真という現実把握の映像手段を道具として、現実のすぐ隣にある虚構を描き、その両者に意識を向けながら日々生きている我々人間の精神の内側を照射する作品といえましょう。  本年度の国内作家賞は、過去 15回の受賞者中、最も若くしての受賞となりました畠山直哉氏です。畠山氏はマドウス氏と同じく 1958年生ま れで、岩手県陸前高田市の出身です。畠山直哉といえば石灰岩のシリーズ「ライムワークス」という高名なシリーズ作品がありますが、氏はそれ以外にもじつに多彩なテーマに挑み、アラブの都市を取材したり大東京のパノラマを試みるなど、きわめて密度の高い制作を展開してこられ ましたが、今回の受賞対象作は、昨年より一連の発表を続けてきた「アンダーグラウンド」とそれに連なる諸作品です。「アンダーグラウンド」は 文字通り地下であり、かつて石灰岩の山にこだわり続けた畠山氏は、今回のテーマはその石灰岩の化けたコンクリート、そしてその成れの果て の大都市そのものです。人工照明機材とともに地下水系に降り立った畠山氏を待っていたのは、人体で言うならば静脈流です。下水道という都市のライフラインを凝視し、その構造と脈絡に思いを馳せることで、我々も生命体としての都市を実感できるのです。こうしたイマジネーションが、 きわめてリアルな写真映像により現前するところに、畠山作品の真価があるといえましょう。審査会でも、いま “旬” の写真家に作家賞を、との意 見で一致し、授賞の運びとなりました。

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 新人作家賞は、昨年東京のパルコギャラリーで個展「Deep South」を開催、同タイトルの写真集(リトル・モア刊)を上梓した野村恵子氏です。 野村氏は 1970年神戸生まれで、1997年東京のコニカプラザにおける写真展「越南花眼」でデビュー。ベトナムに取材した柔軟でしかし芯の確かな視線で評判となり、次いで単身沖縄に渡り、そこでの日々を綴った「夢のもつれ・沖縄」を 1998年に発表、「Deep South」はその延長上の作品であります。野村氏は、いまも基地と共存を余儀なくされている沖縄の人びとと、体温や呼吸が直に伝わる生活空間で触れ、しかしつねにクールに人びとの心情や感情を見つめ、イデオロギーであるとか、紋切型の道徳観といったものに囚われずに自らの生、自らの運命を全うする人間の輝きを描いています。今後に期待をかけるというより、すでに来るべき時代に伝えることが必要な作品を、いま制作している写真家野村恵子 氏に今年度の新人作家賞を授与いたします。  北海道を対象とした仕事、あるいは北海道とのえにしをお持ちの写真家を対象とした特別賞ですが、本年度は生まれも活動の地もそしてテー マも、すべて北海道である釧路市在住の窪田正克氏です。窪田氏は 1930年に帯広に生まれ、1970年代より自然写真の先駆的な雑誌「アニ マ」誌上で「エゾシカの四季」を発表、爾来 20年余り、釧路湿原、知床などを精力的に撮影、「エゾシカ・湿原に群れる・」や「知床」「ヒグマ」 (いずれも平凡社刊)など数多くの写真集を出版してきた棋界のベテランです。今日、自然界をテーマとして取り組む写真家は、年を追って増加していますが、窪田氏はその草分け的存在であるとともに、氏の自然環境、すなわち地形や植生、気候風土すべてを呑み込んだうえで、動物たちの生態を活写するその包括力は、独走的ですらあります。静止画である写真に、四季の移ろいや動物たちの活動の範囲や速度が実感できるのは、まさにそうした強い写真家能力にあると思われ、本賞にふさわしい写真家と、一同確信いたしました。  なお、本年度は、審査委員として新たに写真家の佐藤時啓氏が加わりました。1990年の新人作家賞受賞者ですが、現在は東京芸術大学の助教授としても活躍されています。同氏を加えて 8名の審査委員は、上記の受賞者を報告できることを、大きな悦びとするところです。                               東川賞審査会幹事委員  平木 収

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第 16回東川賞《海外作家賞》 "The Overseas Photographer Award"

チェマ マドウス(Chema Madoz)スペイン・マドリード在住 1958年 マドリード生まれ

■写真集『オブジェ』にいたる一連の作家活動に対して

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第 16回東川賞《国内作家賞》 "The Domestic Photographer Award"

畠山 直哉東京都豊島区在住

■作品「アンダーグラウンド」にいたる一連の作家活動に対して

1958年 3月 19日  岩手県陸前高田市生まれ1981年       筑波大学芸術専門学群卒業 1984年       同大学院芸術研究科修士課程修了1997年       第 22回木村伊兵衛写真賞受賞

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第 16回東川賞《新人作家賞》 "The New Photographer Award"

野村 恵子東京都三鷹市在住

■写真集『ディープ・サウス』に対して

1970年 4月 28日  神戸に生まれる1992年  同志社女子大学英文科中退1994年  大阪写真専門学校(現・ビジュアルアーツ専門学校)卒業      4月渡米。コダック社主催ワークショップ等で写真を学ぶ1995年  帰国。個展活動を開始

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第 16回東川賞《特別作家賞》 "The Special Award"

窪田 正克釧路市在住

■写真集『知床』『ヒグマ』にいたる一連の作家活動に対して

1930年 5月 18日 北海道帯広市生まれ1978年に雑誌「アニマ」に「エゾシカの四季」を発表。以来 20数年にわたり北海道に生息する野生動物、自然風景を撮影し続ける。