第317回 繰り返すイレウス,心伝導障害を認め,イレウスの増悪...
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北里大学病院CPC 北里医学 2017; 47: 146-149
第317回: 繰り返すイレウス,心伝導障害を認め,イレウスの増悪後に
ショックとなった強皮症の一症例(H28.2.26)
小川 英佑 (司会・主治医,膠原病・感染内科学),児玉 華子 (膠原病・感染内科学),
井上 久子,柳澤 信之 (病理学),
三村 悠佑,村上 皓則,山崎 理紗,宮坂 竜馬,山崎 優,横関 雄司 (研修医)
臨床経過および検査所見
症例: 76歳女性
主訴: 発熱
家族歴
父: 心筋梗塞,高血圧,糖尿病
母: 高血圧
長女,次女,三女,長男,次男,三男,四男: 高血圧,
糖尿病
長男: 胃癌
次男: 直腸癌
四男: 膵癌
既往歴
虫垂炎 (18歳),術後イレウス (19歳) ,胆!炎,十二
指腸潰瘍 (22歳),心房粗動で当院循環器内科にて
EPS,ablation施行 (60歳),洞不全症候群で榊原記念病
院にてペースメーカー埋込術施行 (69歳),うっ血性心
不全 (71歳),S状結腸腺腫,分岐型IPMN,心原性脳梗
塞 (75歳),ステロイド糖尿病
生活歴
喫煙: 10本/日 30年間 (約30年前から)
飲酒: 日本酒1合/日 30年間 (約20年間機会飲酒)
現病歴
○○年にRaynaud現象,morning stiffnessを主訴に当院
膠原病感染内科を受診した。舌小帯肥厚,手指の皮膚
硬化を認め,また血液検査で抗セントロメア抗体陽性
を認めたことから限局型強皮症と診断された。○○年
頃から動悸を自覚しAFL,PSVTと診断され,カテーテ
ルアブレーションを施行された。2005年にはSSSによ
る意識消失を認めペースメーカーを導入された。○○
年頃より腹部Xpで腸管ガスの貯留を指摘されるように
なった。
○○年頃から下部消化管の蠕動運動機能障害が出現
し,○○年,○○年には計4回腸閉塞のため当院消化器
内科に入院加療し,イレウス管挿入で改善した。また
○○年○月に細菌性肺炎のため当院膠原病感染症内科
で入院加療した。
○○年○月には構音障害,左片麻痺を認め,心原性
脳梗塞と診断され北原国際病院に入院した。治療後,
自立歩行可能となり退院したが,その後は自宅でほぼ
寝たきりの状態となった。○○年○月○日当院膠原病
感染症内科を定期受診した際に,倦怠感の増悪とCRP
19 mg/dlと炎症反応の上昇を認め,精査加療目的に同
日同科に緊急入院した。
入院時現症
身長158 cm,体重42 kg,意識I-1,体温37.0℃,脈拍
103/分,血圧94/72 mmHg,SpO2 (room air) 81〜82%
頭頸部: 眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄疸なし,頸部リ
ンパ節腫張なし,甲状腺腫大なし
胸部: 心音純・心雑音聴取せず,呼吸音清・副雑音聴取
せず
腹部: 軟,腹部膨脹あり,腸雑音低下あり,反跳痛や筋
性防御なし
両下腿: 圧痕性浮腫あり,末梢冷感なし,紫斑・皮疹な
し
入院時検査所見
尿: 比重1.022,pH 7.5,タンパク質 (1+),ブドウ糖
(-),潜血 (-),ウロビリノゲン (±),ビリルビン (-),
ケトン体 (-),亜硝酸塩 (+),赤血球1〜4/HPF,白血
球20〜29/HPF,卵円形脂肪体<1/HPF,細胞質封入体
細胞<1/HPF,細菌 (3+)
血液ガス: pH 7.576,PCO2 32.0 Torr,PO2 77.7 Torr,
HCO3- 29.1 mmol/l,BE 7.0 mmol/l,Lac 17.4 mg/dl
血算・凝固: WBC 5,000/μl,RBC 375万/μl,Hb 11.3 g/
dl,HCT 35.9%,MCV 95.7 fl,MCH 30.1 pg,MCHC
31.5%,Plt 22.5万/μl,網赤血球3.2%,好中球78.1%,
好酸球2.2%,リンパ球15.7%,単球3.2%,好塩基球
0.8%,好中球数3,905/μl,総リンパ球数785/μl,PT-T
14.4 sec,PT-% 66%,PT-INR 1.21,APTT 32.9 sec,
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FIB 523 mg/dl,FDP 9.40μg/ml,Dダイマー3.00μg/
ml,AT-III 52%
生化学: TP 5.0 g/dl,Alb 2.3g/dl,T.Bil 0.9 mg/dl,BUN
18.6 mg/dl,Cr 0.54 mg/dl,eGFR 81.2 ml/min,AST
26 U/l,ALT 14 U/l,ALP 466 U/l,γ-GTP 22 U/l,
LDH 335 U/l,CPK 164 U/l,血糖 183 mg/dl,HbA1c
5.8%,TG 84 mg/dl,HDL-コレステロール42 mg/dl,
LDL-コレステロール52 mg/dl,Na 136 mEq/l,K 3.0
mEq/l,Cl 95 mEq/l,Ca 7.4 mg/dl,P 3.0 mg/dl,CRP
19.12 mg/dl,鉄27μg/dl,TIBC 162μg/dl
内分泌: TSH 7.62μIU/ml,遊離T3 1.67 pg/ml,遊離T4
0.94 ng/dl,TSH 8.42μIU/ml,TRAb 3.05 IU/l
免疫: BNP 369.4 pg/ml,IgG 1,065 mg/dl,IgA 77 mg/
dl,IgM 59 mg/dl,C3 71 mg/dl,C4 28 mg/dl,CH50
44 U/ml,リウマチ因子<3 IU/ml,フェリチン 341 ng/
ml,TnT 0.032 ng/ml,KL-6 204 U/ml,抗核抗体抗体
価320倍 (Discrete speckled type),抗セントロメア抗
体 (+),抗Scl-70抗体 (-),抗SS-A抗体 (-),MPO-
ANCA <1.0 U/ml,MMP-3 86.8 ng/ml,PR3-ANCA
<1.0 U/ml,抗RNAポリメラーゼIII抗体 (-)
感染: TPLA (-),RPR (-),HBc抗体 (-),HBs抗原 (-),
HCV抗体 (-),HSV IgG (+),CMV IgG (+),HSV IgM
(-),CMV IgM (±),β-Dグルカン<6.0 pg/ml,プロ
カルシトニン0.49 ng/ml
培養結果: 血液培養; 陰性,喀痰培養; Enterobacteria
spp.,尿培養; Enterococcus faecalis,Enterobacter
spp.,E. coli
画像所見
心電図: HR 104 bpm,軸96°,波形変化なし
心エコー: EF 50%,TR III°,(PAPs 28.1 mmHg),MR II
〜III°,下壁〜後壁のOMIは前回から著変なし,少量
の心!液,胸水あり
胸腹部Xp: CTR 77%,CP-Angle両側でやや鈍,明らか
な浸潤影なし,腸管ガス貯留
顎〜骨盤部単純CT: 両側胸水,両側下葉無気肺,心拡
大の増悪,腹水の所見
入院後経過
身体所見上SpO2の低下を認め,CTでは両側胸水と両
側下葉無気肺を認めた。また尿所見で亜硝酸塩 (+),白
血球20〜29/HPF,細菌 (3+),と尿路感染症を疑う所見
だった。肺炎または尿路感染症が疑われ,抗生剤治療
(CZOP 1gq12H div) を開始した。また下腿浮腫を認め,
胸部XpとCT上心拡大の所見を認めたため,心不全の
増悪と考え利尿薬投与を開始した。感染症および心不
全は治療開始後軽快傾向であり,抗生剤投与は○月○
日 (day18) で終了した。○月半ば頃より尿路感染症が
再燃し,○月○日よりMINOの内服を開始した。内服
後は炎症反応・尿所見ともに改善傾向であったが,○
月○日に再度尿路感染症を認め,抗生剤をVCMに変更
し改善傾向を認めていた。
○月○日に嘔吐,腹部膨満,腹部Xpで大腸ガス貯留
を認め,胃管挿入し禁食補液管理で対応していた。○
月○日にも嘔気・嘔吐の訴えがあり,腹部Xpでイレウ
スの増悪が疑われたが,緊急イレウス管挿入の必要は
ないと判断し,胃管挿入と禁食・補液管理を行った。
夕方より血圧低下傾向 (収縮期70 mmHg前後) を認めた
が,前回入院時含め以前より70〜80 mmHg程度の低血
圧はしばしば認めていたこともあり,外液を補液した
ところ回復傾向を確認し経過観察とした。○時頃まで
会話も可能であったが,○時○分頃から収縮期7 0
mmHg,SpO2 88%と血圧低下,酸素化の悪化を認め
た。○時○分,診察中に心肺停止し蘇生が開始され
た。自己心拍再開したが意識は改善しなかった。採血
で低血糖20 mg/dlを認め50%グルコースivで対応とし
た。その後昇圧剤に反応せず血圧低下し,心肺停止に
至り,○○年○月○日午前○時○分死亡を確認した。
その後家族の希望も有り病理解剖施行の方針となっ
た。
臨床診断
#1 強皮症
#2 イレウス
#3 尿路感染症
#4 心伝導障害/洞不全症候群,ペースメーカー埋込後,
慢性心不全,肺高血圧
臨床上の問題点
①急性経過のショック
今回,イレウスの増悪後にショックとなり心肺停止
の状態となった。臨床経過では改善傾向であり,血圧
低下や意識障害を起こしうる病態は認めなかった。イ
レウスの悪化がショックの主因と考えられるが,どの
ような病態でショックに至ったのか。
②強皮症の組織変化
繰り返すイレウスを認めており,強皮症による腸管
の線維化等の組織変化は認めなかったか。またAVF,
PSVT,SSSなど心伝導障害に伴う不整脈を認めており
心筋組織の組織変化は認めなかったか。臨床経過から
腸管運動障害のためイレウスを発症したと考えられる
が,既往の虫垂炎術後の述語瘢痕や捻転などの所見は
認めたのか。
③低血糖
心肺蘇生中の血液検査で低血糖を認めた。敗血症に
伴うものとも考えられるが,他に低血糖を起こしうる
原因はなかったのか。
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病理所見
A. 主病変1. 全身性強皮症 (全経過29年)
(1) 前胸部皮膚: 真皮内の膠原線維の増生,表皮の萎縮
を認める。附属器は減少傾向 (図1)。
(2) 心 (333 g): 中隔後壁に0.7 × 0.6 cm大,中隔前方に
数mm大の線維化巣を認める (図2)。組織学的には中
隔〜左室前壁〜側壁に線維化巣が目立ち,房室結節
近傍の線維化を認める。洞房結節は判然としないが
周囲には線維化巣が散見される。冠動脈の有意な狭
窄は認めない。明らかな新鮮梗塞巣は認めない。血
栓 (-),疣贅 (-)。
(3) 消化管
a) 食道: 粘膜下組織に膠原線維の増生が目立つ。ECJ近
傍の外膜にも膠原線維の増生が目立つ部分を認める
(図4a)。
b) 小腸〜大腸: 小腸は全体的に拡張傾向で (図3),組織
学的には粘膜下組織を主体に膠原線維の増生を所々
に認め (図4b),回盲部近傍〜上行結腸にかけて粘膜
の脱落・壊死が目立つ (図4c)。さらに回腸末端〜上
行結腸にかけて著明な拡張を認め (図3),穿孔部 (後
述) の肛門側では狭窄している。
c) 直腸: 粘膜下組織〜漿膜側にかけて膠原線維の増生
を認める。
(治療) PSL 9 mg/day内服
B. 随伴所見1. 汎発性腹膜炎: 拡張した結腸の肛門側 (トライツ靱帯
より約210 cmの位置) に約4 × 2.5 cm大の穿孔部を
認め,腹腔内へ腸管内容が漏出している。周囲の漿
膜面にはフィブリンの析出や好中球を含む炎症細胞
の浸潤が散見される。
2. 諸臓器うっ血: 肺 (左308 g/右359 g),肝 (878 g),脾
(45 g),腎 (左126 g/右130 g)
3. 副腎萎縮 (3.4 g/2.6 g)
4. 腔水症: 腹水 (400ml,血性混濁),胸水 (左120 ml/右
90 ml),心!液 (30 ml)
C. その他の所見1. 大腸腺腫
(1) 既往標本 (XXX-YYYYY): High-grade tubular
adenoma,transverse colon
(2) 剖検所見: 穿孔部より約8 cm肛門部に2.5 × 1.5 cm
大の0〜IIa病変を認める。組織学的に構造異型のや
や目立つHigh-grade tubular adenomaの所見。
図1. 前胸部皮膚組織像 (a: H&E染色,b: マッソン・トリクロム染色)
図2. 心割面肉眼像
図4. 消化管組織像 (a: 食道,b: 小腸,c: 結腸)
図3. 小腸〜上行結腸にかけて著明な拡張を認め
る。
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2. 気管支肺炎 軽度
3. 腎表面細顆粒状変化
4. 腎!胞多発: 最大8 mm大の小型!胞が多発
5. 膵頭部IPMA
6. 慢性膀胱炎
7. 子宮体部内膜ポリープ (1.2 × 0.4 cm)
8. 大動脈粥状硬化中等度
9. 低形成性骨髄: C/F = 1/2〜3
10. 身長158 cm,体重37 kg
コメント
剖検上,皮膚や消化管組織に膠原線維の増生が目立
ち,強皮症として矛盾しない所見を認めた。特に回腸
〜上行結腸にかけては著明な拡張と穿孔,その肛門側
腸管の狭窄を認め,イレウスにより腸管内圧が上昇し
た結果穿孔し,汎発性腹膜炎を呈したと考える。さら
に穿孔部近傍の粘膜は壊死しており,穿孔によりその
周囲が虚血状態となったと考える。また穿孔部の肛門
側に腺腫を認めたが内腔閉塞するほどの占有率はな
く,これがイレウスを起こしたとは考えにくい。強皮
症の一症状として蠕動運動が低下したことによる麻痺
性イレウスであると考える。心筋は冠動脈の有意な狭
窄や閉塞がないにもかかわらず大小の線維化巣を多数
認め,刺激伝導系近傍にも線維化が目立つことから
は,強皮症に伴う変化であると考える。肺はごく一部
に気管支肺炎像を認めるものの,明らかな間質性肺炎
の像は認めなかった。また肺高血圧症を示唆する所見
は認めなかった。
以上より,麻痺性イレウスに伴う,腸管穿孔で汎発
性腹膜炎を呈したことによるseptic shockが直接死因と
考える。
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