奨励研究助成実施報告書 - 大林財団...b, 6, pp.47-65, 1979 [5]...

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公益財団法人大林財団 奨励研究助成実施報告書 助成実施年度 2017 年度(平成 29 年度) 研究課題(タイトル) 建築空間の可視領域を入力とし 匒ꠔ餈봈휈뼈딩 トワークによ る内外の判別機を用いた緩衝領域の評価 研究者名※ 安田 所属組織※ 京都大学大学院 工学研究科 建築学専攻 三浦研研究室 研究種別 奨励研究 研究分野 その他 助成金額 50 万円 概要 建築の内・外や共有部・専有部を出入りするとき,内か外かという 感覚は繊細にうつろう。また,内か外かという感覚があいまいにな るように設計されたような建築空間も存在する。そのような内外の 印象を平面図上に記述できれば,ある空間では内と外が織り交ざっ ていることが示せ,またそのようなあいまいさを指向した空間設計 をより確実にできるのではないか。そこで本研究では建築空間の可 視領域を入力とした多層ニューラルネットワークによる内外の判別 機を深層学習によって得て,空間評価を行うような基礎的研究を行 った。 発表論文等 ※研究者名、所属組織は申請当時の名称となります。 )は、報告書提出時所属先。

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公益財団法人大林財団

奨励研究助成実施報告書

助成実施年度 2017 年度(平成 29 年度)

研究課題(タイトル) 建築空間の可視領域を入力とした多層ニューラルネットワークによ

る内外の判別機を用いた緩衝領域の評価

研究者名※ 安田 渓

所属組織※ 京都大学大学院 工学研究科 建築学専攻 三浦研研究室

研究種別 奨励研究

研究分野 その他

助成金額 50万円

概要

建築の内・外や共有部・専有部を出入りするとき,内か外かという

感覚は繊細にうつろう。また,内か外かという感覚があいまいにな

るように設計されたような建築空間も存在する。そのような内外の

印象を平面図上に記述できれば,ある空間では内と外が織り交ざっ

ていることが示せ,またそのようなあいまいさを指向した空間設計

をより確実にできるのではないか。そこで本研究では建築空間の可

視領域を入力とした多層ニューラルネットワークによる内外の判別

機を深層学習によって得て,空間評価を行うような基礎的研究を行

った。

発表論文等

※研究者名、所属組織は申請当時の名称となります。 ( )は、報告書提出時所属先。

1.研究の目的

建築の内・外や共有部・専有部を出入りするとき,内か外かという感覚は繊細にうつろう。ま

た,内か外かという感覚があいまいになるように設計されたような建築空間も存在する。例えば,

藤本壮介設計「情緒障害児短期治療施設 生活棟」は正方形の箱がランダムに並んだような平面

となっており,箱の内部に対して箱と箱との間が外部のようになっているが,場所によっては隠

れられる場所ように内部的になっている部分もある。

そのような内外の印象を平面図上に記述できれば,ある空間では内と外が織り交ざっているこ

とが示せるのではないだろうか。そこで,空間形態から内部と外部を判定するような問題を考え

る。内外の感覚を自分のいる地点からの見える領域(可視領域 図 1a)から判別しているとする

と,2次元空間において可視領域は視深度のベクトルとして表現できる(図 1b)。ベクトルが内

か外かなど,どのクラスに属するのかを判別するような関数を判別機と呼ぶが,ニューラルネッ

トワークによって判別機を構築することができる(図 1c)。その視深度ベクトルによって内外を

判別する判別機があれば,建築空間のそれぞれの地点が内か外か判別することができる(図 1d)。

そのような判別機で空間を評価することで,内外があいまいな領域や,内外を間違えるように

知覚するように設計した領域が設計意図通りになっているか理解することができる。とくにこの

ような内外のあいまいな領域は日本の建築空間における研究・設計の対象となってきた。例えば,

二つの異なる領域の間にあって、その相互の関係を結びつけ、あるいは切り離すための空間であ

る「閾」[1]や,日本の街路空間に特徴的な「薄い平面」や「すき間」とその先にある「奥」[2]

のような言葉で表現されるように,内部と外部の緩衝空間や連続的な体験として把握することは

建築計画上重要な意味を持つといえる。申請者もユニット型高齢者介護施設を対象として研究し

た際には,ユニット共有部と個室の接続方法が課題として挙げられた。内外の空間の境界をより

丁寧に評価する必要性を感じた。

図1 可視領域の判別機の模式図。

(a) 空間における可視領域(視深度ベクトル)の計測。

(b) 可視領域情報を視深度ベクトルとして抽出し,ニューラルネットワークに入力。

(c) 内外の判別。

(d) 空間内で内外の評価。

このように建築・都市空間を定量的に記述・解析する研究手法として axial mapや visibility

graph[3]を用いるような Space Syntaxの一連の研究が挙げられる。本研究も建築空間の空間形

態による特性を定量的に記述するという点では Space Syntaxの研究に位置づけられる。とくに

isovist fieldのように可視領域形態から空間の連続性を定量的に評価するような手法[4]が有

効である。ただし,可視領域の形態を定量的な表現とするには,可視量や視線長,コンパクト性

のような何かしらの特徴量を考える必要があるだろう。そのような特徴量は,広さや空間の中心

にいるかどうかのような性質として意味づけることはできるが,「内か外か」のようなより複雑

な量にたいして特徴量を定義するのは難しい

そこで本研究ではニューラルネットワークの機械学習によって可視領域形態から特徴量を抽

出せずに,形態をそのまま内外の判別を行えるようにすることによって高い精度を得ようとする

点に新規性があるといえる。研究遂行者らは可視領域をニューラルネットワークによって判別す

る手法を以前提案したが[5],本研究は内外の判別を問題とし,さらに畳込みニューラルネット

ワークを用いてさらに高精度で判別できるようにすることで空間評価手法として意味あるもの

にする。

このように,本研究では,建築空間の可視領域を入力とした多層ニューラルネットワークによ

る内外の判別機を構築し,その判別機を用いて緩衝領域の評価を行うことを目的とする

[1] 山本理: 権力の空間/空間の権力,講談社,p.14,2015 [2] 槇文彦: 見え隠れする都市,鹿島出版会,1980 [3] Turner, A. et al. : From isovists to visibility graphs: a methodology for the analysis of

architectural space, Environment and Planning B: Planning and Design 2001, volume 28, pp. 103-121, 2001

[4] M. Benedikt, : To take hold of space : isovists and isovists fields, Environment and Planning B, 6, pp.47-65, 1979

[5] 安田渓,三浦研:ニューラルネットワークによる空間の可視領域の判別,第 40 回情報・システ

ム・利用・技術シンポジウム 2017,2017.12

2.研究の経過

2.1 空間モデルの設計

内外判別を行うためのデータセットを構築するために,藤本壮介設計「情緒障害児短期治療施設

生活棟を参考にしてパラメータで変化する空間モデルを設計した。

2.2 可視領域の計算とデータセットの生成

先に設計した空間モデルにおいて可視領域を視深度ベクトルとして計算するフローを構築し,デ

ータセットを得た。

2.3 深層学習のためのデータセットの拡張およびデータ正規化手法の考案

深層学習する際の学習精度の向上のために,視深度ベクトルならではのデータセットの拡張手法

と視深度の正規化手法を考案し,実装した。

2.4 ニューラルネットワークモデルの定義と学習

ベクトル内の離れた次元同士の影響を考慮することで精度が向上すると考えられるため,畳込み

ニューラルネットワークを用いたニューラルネットワークモデルを定義した。これを先に得たデ

ータセットを用いて学習することによって高精度の判別機を得た。

2.5 判別機の空間評価と判別正誤の特性の考察

先に得た判別機で空間モデルの評価を行うことによって,空間モデルにおいてどのような位置が

内外があいまいであるといえるのか考察した。

また,ここまでの成果を 2019年日本建築学会大会論文として投稿した。

2.6 実際の建築空間の評価

本節の内容については今度論文投稿予定である。(日本建築学会 情報・システム・利用・技術シ

ンポジウム 2019に投稿予定)

3.研究の成果

3.1 空間モデルの設計。 内外判定を学習するための空間のモデルを設計する必要がある。そこで藤本壮介設計「情緒障害児

短期治療施設生活棟」を参考にしてモデルの学習に用いる空間はいくつかのパラメーターを設定し

て設計した(図 2)。空間は部屋とその残余によって内部と外部に分割した。部屋の中は内部であり,

残余空間を外部とした。 部屋については基準は縦横寸法 1 の正方形とした。この部屋を変形の有無で分けた。変形は回転と

拡大縮小を両方適用したものからなる。回転は 0 から 2πラジアンまでの一様分布乱数のパラメータ

で回転させた。拡大縮小は正方形の中心を拡大縮小の中心として,相似比が約 0.457 倍から 1.457 倍

となるようにして拡大縮小率が一様分布乱数のときに面積の平均が 1 になるように設定した。もし部

屋同士が重なることがあれば結合した。 部屋の配置については,グリッド配置とランダム配置の二通りを行った。まず 1 辺が 10 の正方形

領域を視点を置く視点生成域とし,1 辺が 20 の正方形領域を部屋が生成する部屋生成域とした。グリ

ッド配置については,部屋生成域を縦横 10 分割し,その交点となる 11^2=121 個の点を中心として

部屋を生成した。ランダム配置は部屋生成域内を一様分布乱数によりグリッド配置と同数の 121 の点

を配置し,同様に部屋を生成した。 したがって,空間モデルは,部屋の変形の有無(t-n)と配置のグリッドかランダムか(G-R)によって 4

タイプ設計した(図 3)。このそれぞれのモデルの乱数パラメータを動かすことによって,それぞれ

100 通りの空間を生成した。ただし Gn は乱数がないので変化しない。

図 2(左) 空間モデルのパラメーター設定。

図 3(右) 空間モデルの種別。

3.2可視領域の計算とデータセットの生成

視深度ベクトルと内外のラベルがセットになっているデータセットを得る。ここでは学習に用

いるデータの量として,ニューラルネットワークモデルの判別学習に用いられる例題として有名

な手描き数字データセット(mnist)を参考にして 1万から数万のデータセットを得ることを目

標とした。

上で設計した空間モデルについて,ひとつの空間に対して,10×10の視点生成域に点を一様分

布乱数によって 100点配置した。したがってひとつの空間モデルに対しては 10000点の視点を配

置したことになる。

視深度ベクトルを生成するには,視点座標の他に分割数・開始ベクトル・最大長を設定する必

要がある。分割数については 128分割とした。開始ベクトルとはすなわち頭の向きであるが,こ

れは 0から 2πラジアンまでの一様分布乱数で定めた。空間の方位・方向性を考慮せずに内外を

判別したいがためである。最大長は部屋生成域より十分に大きい 100とした。

これらによって,ひとつの空間モデルに対して 10000の 128次元視深度ベクトルを得ることが

できた。

3.3深層学習のためのデータセットの拡張およびデータ正規化手法の考案

上で得たデータセットをそのまま判別機の学習に用いてもよいが,2点問題が考えられる。すな

わち,1.視深度の開始位置を考慮するとそれを回転させても同じラベルであることを判別する必

要があること,2.近距離に対して遠距離や無限遠の影響が出やすくなってしまうが,実際は近距

離のベクトルの形態の方が判別には意味をもつだろうということである。これらを解決するため

にデータセットの拡張(水増しとも呼ばれる)および正規化を行った。

データセット拡張については 128次元の視深度ベクトルは,これを 1から 128ずらして開始ベク

トルを回転させても,空間の内外判定は変わらないことから,元の 10000の配列からランダムに

選択し,それを 1から 128のうちでランダムにずらすことでデータを増やした。ここでは合計で

5倍に増やし,50000のデータセット(入力と正解のセット)を得た。

視深度の正規化を行う理由は以下の通りである。部屋が 1辺 1の正方形からなるように比較的小

さい長さが判別をするに当たって重要であると考えられるが,障害物に当たらない場合は距離が

100となり,このような大きい量に結果が左右されやすくなる。視深度の 1と 2の差は重要であ

るが,30と 31の差は比較的問題とならないことが,実際の人間の空間認知からも想像できる。

そこで,距離が 0のときに 1,距離が無限大のときに 0をとるように以下の数式によって視深度

を正規化する(図 4)。xを視深度,yを正規化したものとする。

これは長さ 1 の直線の中心を垂直に x 離れて見たときに占める直線の角度であり,定義域が 0

から 1 になるよう調整している。視深度特有の正規化手法を提案したといえる。正規化の有無

で学習を行った場合,約 1%程度の精度向上がみられた。

図 4 視深度の正規化。左が正規化前,右が正規化後のもの。

3.4 ニューラルネットワークモデルの定義と学習

こではニューラルネットワークのモデルは畳み込み層を用いたもので画像判別で高い精度をも

つ AlexNetを基にして定義した。視深度ベクトルが 1次元であるため,畳み込みフィルターも 1

次元になるように調整している。

学習データと検証データは 8:2で分割した。学習エポック数は 200まで行い,精度および損失の

グラフから過学習が少なく十分に学習したと判断した。

精度は Gn, Gtが 100%,Rnが 99.8%,Rtが 99.7%となり,畳込み層なしではたかだか 95%程度で

あったものが,畳込みニューラルネットワークを用いることでより高精度の判別機を得られるこ

とを示した。

3.5判別機の空間評価と判別正誤の特性の考察

判別機で空間モデルごとの誤判別位置を分析することで,内外のあいまいさ評価に関して考察し

た。

まず Gn,Gt,Rnのように部屋同士が重なって新たな広い部屋になることがないような密度・変

形方法のモデルに関しては,内部が正方形で均一な形態である,全ての誤判別位置は内側であっ

た(図 5)。それに対して,内部同士の重なりが少ないものの外部の寸法が不均一な Rtに関して

は,外部を内部と誤判別するものがみられた。このように,不均一さが増すと内外があいまいに

なることがわかる。

図 5 Gt(密度 121 部屋)の誤判別位置 図 6 Rt(密度 121 部屋)の誤判別位置

さらに密度を増やした 225部屋の場合だと,Gtでも外部を内部と誤判別するものが出現し,その

かわり内部を外部と誤判別するものは少なくなった(図 7)。

これらから,密度を増やせば外部が狭くなることによって内部のような外部である場所は増える

が,内部のあいまいさは減っていくことがわかる。すなわちこの空間モデルのおいては内部的外

部と外部的内部はトレードオフの関係にあり,両者が存在する適切な密度があると考えられる。

図 7 Gt(密度 225 部屋)の誤判別位置

4.今後の課題

本年度で内外を定量的に評価する基礎的研究を遂行したといえる。「実際の建築空間の評価」に

関しては日本建築学会 情報・システム・利用・技術シンポジウム 2019に投稿予定であるが,こ

れによって抽象的な空間モデルから具体的な設計の評価を行うことは,このような空間のあいま

いさのようにこれまで熟練した設計者の主観や好みとされてきたような空間特性を定量的に評

価する方法の有用さを示す上で重要なステップである。

また,はたしてこのような手法を空間設計の際にリアルタイムで組み込んだ場合にどのような設

計ができるのか,設計時に用いることが可能なアプリケーションとして実装し用いることが課題

である。