第一章 序論 - 九州大学(kyushu...
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第一章 序論
1.1 研究背景
1957年10月、人類初の人工衛星スプートニク一号の打ち上げにソ連が成功し、
宇宙開発が活発に行われるようになった。現在までに、人工衛星は5000個以上打
ち上げられ、情報通信、気象観測、地球観測など様々なミッションに利用されてい
る。衛星通信・放送、GPS による船舶・自動車などのナビゲーション、気象衛星
を用いた天気予報は、もはや私たちの生活に不可欠なものとなっている。
近年、人工衛星の中でも小型のものが注目されてきている。小型人工衛星とは、
明確な定義はないが一般的に質量が 1 ton より小さいか、あるいは 500 kg 以下の
衛星のことを指す。人工衛星を小型化できれば、開発期間の短縮やコストの削減が
見込める。大型衛星の開発期間は 5 年から 10 年、コストは数百億円である。一方、
小型衛星の開発期間は 3 年、コストは数億円から数十億円で打ち上げが可能である
(1-1)。開発サイクルが短縮されると、近年の急速な民生技術開発に対応でき、タイ
ムリーな宇宙開発が可能である。また、低コスト化により、挑戦的なプロジェクト
も可能である。
衛星を小型化した場合、搭載できる機器が減尐してしまうがフォーメンションフ
ライトを行うことで大型衛星並のミッションを行うことも可能となる。フォーメー
ションフライトとは、複数個の衛星がそれぞれ機能を分担し、連携して一つのミッ
ションを実行する方法である。フォーメーションフライトを行った場合、衛星が故
障したときはその代わりの衛星を打ち上げれば良いためリスクの軽減ができる。
しかしながら、小型人工衛星はそのサイズの制限により搭載できる燃料が限られ、
様々なミッションに対応しようとすると小型の燃費の良いスラスタが必要不可欠
である。そこで小型の燃費の良いスラスタとして注目されているのが電気推進であ
る。
電気推進は太陽光エネルギーや原子力エネルギーを一旦電気エネルギーに変換
した後、アーク放電などにより推進剤を加熱・電離させ、さまざまな形で推進剤を
加速し、その反作用によって推力を発生させる。電気推進は従来の化学推進より比
推力が高い。現在使用されている代表的な電気推進機は、イオンスラスタ、アーク
ジェットスラスタ、MPD(Magneto-Plasma-Dynamic)スラスタ及びホールスラ
スタがある。Fig.1-1 に各種推進器の推力密度(噴射口単位面積当たりの推力)と
比推力の関係を示す。これらの電気推進機はミッションによって使い分けがなされ
2
ており、なかでもイオンスラスタは推力密度は低いものの他の電気推進と比べ比推
力が高く、長期間の人工衛星の姿勢制御や惑星探査に適している。
小型のイオンスラスタを人工衛星に搭載できれば、小型衛星の機能を大幅に向上
でき、従来の小型衛星では不可能であった長期間の地球観測や火星探査、また衛星
自身が宇宙のデブリとならないための自己廃棄なども可能になる。
プラズマは固有の振動数を持っており、磁場がない低温プラズマにおいてはその
周波数は
(1-1)
である。ここで はプラズマ周波数、 は電子密度、 は電荷素価、 は真空の誘
電率 は電子の質量である。マイクロ波周波数がプラズマ周波数と一致するとマ
イクロ波を反射する現象が現れ、結果として下流側にはマイクロ波は伝搬しなくな
る。マイクロ波が伝搬しないので、結果的にはプラズマ密度はある閾値以下になっ
てしまう式(1-1)で示すとおりプラズマ密度を増加させるためにはマイクロ波の周
波数を増加させることが必要である。実際に「HAYABUSA」の推進器 µ10 の周波
数は 4200MHz と一般に家庭でよく使われている 2450 MHz のマイクロ波よりも
高い周波数を用いている。(1-2)しかしながら、理論通りとは限らず磁場形状や放電
室形状によりプラズマ密度が低下することもある。
1.2 目的
本研究対象のイオンスラスタでは過去の研究よりマイクロ波周波数4200 MHz
では性能の低下がみられた。しかしながら、その原因は特定できなかった。周波数
による特性が明らかになり、マイクロ波周波数を変更できるようになれば推進機と
しての自由度が増す。そこで、本研究ではマイクロ波周波数による依存性の有無を
確認し、その要因を明らかにすることを目的とする。このため、イオンビーム電流
を測定を通して推進性能の周波数依存性を調査する。さらに、静電プローブ法とト
ムソン散乱計測により、電子密度・電子温度の周波数依存性を明らかにし、推進性
能の周波数依存性の要因を明らかにする。により求められたプラズマパラメーター
により周波数の依存性がなぜ起こるのかを明らかにする。
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Fig.1-1 各種推進機の推力密度と比推力の関係
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第二章 イオンエンジン
2.1 イオンエンジンの作動原理(2-1)
イオンエンジンの概念図をFig.2-1 に示す。イオンエンジンはアーク放電やマイ
クロ波などで推進剤を加熱・電離させてプラズマを生成し、2枚ないし3枚からなる
多孔状の電極に1000 V程度の高電圧を印加させてイオンを加速するという静電加
速型の推進装置である。イオンエンジンは主に3つの領域から構成されている。
① 推進剤を電離するイオン生成部 (Ionization)
② 生成されたイオンを静電的に加速して推力を得る加速部 (Acceleration)
③ 放出されたイオンビームを電気的に中和する中和部 (Neutralization)
これらの各過程はそれぞれイオン源,加速電極,中和器によって行われる。
Fig.2-1 イオンエンジンの概念図
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ここで,生成されたプラズマ及びそのビーム引き出しについて考えてみる。プラ
ズマは正イオンと電子の密度が等しく,正と負の空間電荷量が釣り合った電位的に
安定な状態にある。プラズマの空間電位に対して負の電位を持つ電極が存在すると,
空間電荷のバランスが崩れ電子は反発されて正イオンの空間電荷だけが存在する
シースが形成される。プラズマ中の電子はイオンに比べて移動度が大きく,エネル
ギー分布を持っているため,イオンがプラズマから取り出されるときにはイオンは
Fig.2-2 に示すような遷移領域を経てからイオンシース領域において加速される。
このとき,プラズマから取り出されるイオン電流量のことをイオン飽和電流と呼ぶ。
イオン飽和電流密度 はイオンシースが安定に存在する条件 (Bohm の条件) か
ら求めることができ,以下の式で表される。
(2-1)
ここで, は素電荷, はプラズマ密度, kはBoltzman 定数1.3807×10-23 ・ ,
は電子温度, はイオンの質量である。
Fig.2-2 イオンシース領域への遷移
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このようにプラズマからのイオン放出能力はプラズマ密度と電子温度の平方根
に比例する。ただしプラズマからイオンを引き出す場合,イオン自らがもつ正の空
間電荷により電界が変化し,その電界がイオンビーム電流量を制限する。Fig.2-3
に引き出されるイオンビーム量における,イオン引き出し系の空間電荷とプラズマ
源でのイオン放出能力の関係を示す。この空間電荷に制限された電流値のことを空
間電荷制限電流値といい,イオンシース領域において,電流密度 と電極間の印加
電圧 を用いて以下のような関係式がある。
ここで, は真空の誘電率,q は荷電粒子の電荷量,d は引き出し電極間隙,g
は空間電荷制限緩和係数 (イオン引き出し領域に電子による空間電荷中和がある
場合に空間電荷制限電流が緩和されるときの係数で,1 以上の値をもつ) である。
この式はChaild-Langmuir の式と呼ばれ,荷電粒子ビームの加速進行方向に対し
て輸送する場合の最大電流密度を表す。
Fig.2-3 イオン源とイオンビーム引き出し
(2-2)
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単孔から引き出し得る最大イオンビーム電流は,理想的には引き出し電圧の3/2
乗に比例して増加する。しかし,イオンは質量が大きいために速度が遅く,空間電
荷効果の制限を受けやすい。また,与えられた電極間隙に対して絶縁破壊電圧が存
在することなどから,その上限値が存在する。そのため多量にイオンビームを得た
い場合は,引き出す孔の数を増やせばよい。2 次元的に孔数を増やす方法が多孔電
極引き出しであり,孔の数倍だけ電流を増すことができる。
イオンスラスタにおいて,イオンビームの引き出しはプラズマ生成部で発生した
正イオンを静電界によって加速することによって行われる。引き出し部はプラズマ
に接するスクリーン電極と1 mm程度の短い間隙で平行に置かれる加速電極および
減速電極で構成される。場合によっては,減速電極を用いない2 枚電極システムで
構成されることもある。各電極には内径1~3 mm程度の孔が多数あけられ,その
開口率 (孔の総面積が占める割合) は,スクリーン電極で約70 %,加速電極で約
25 %,減速電極で50~70 %程度である。Fig.2-4 に2 枚電極の場合での,1 組の
孔から引き出されるイオンビームを示す。また,軸方向の電位分布の概略をFig.2-5
に示す。イオンビームの下流領域には中和器から放出された電子やイオンとスラス
タから漏出した中性粒子との電離反応で生じた電子が存在し,ビームプラズマと呼
ばれるイオンビームと,それを取り囲むようにプラズマが存在した状態が形成され
ている。これらの電子が引き出し部を通ってプラズマの生成部へ逆流しないように,
Fig.2-5 に示されるように負の電位領域を形成している。この役割をするのが加速
電極である。
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Fig.2-4 単孔から抽出されるイオンビーム
Fig.2-5 イオンビーム引き出し軸方向電位分布
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2.2 マイクロ波放電式イオンスラスタ
イオンスラスタはプラズマの生成方法によって直流放電式(2-2) (2-3),RF (Radio
Frequency) 誘導放電式(2-4),マイクロ波放電式(2-5) (2-6)等に大別される。直流放電式
イオンスラスタの概念図をFig.2-6に,マイクロ波放電式イオンスラスタの概念図
をFig. 2-7に示す。実用化されているもので代表的な直流放電式はNASA(アメリカ
航空宇宙局)のDeep Space 1(1998年打上げ),マイクロ波放電式は宇宙科学研究所
(現宇宙航空研究開発機構)のHAYABUSA (2003年打上げ)がある.現在イオンス
ラスタの主流となっている直流放電式イオンスラスタは,酸化バリウム等を含浸さ
せた多孔質タングステンを内部物質とした陰極 (Fig.2-6のMain Cathode) から
電離電圧以上のエネルギーを持った1 次電子を放電室内へ供給し,中性粒子 (推進
剤) と衝突させてプラズマを生成する。
マイクロ波放電式とはマイクロ波帯域の交流電界で電子を加速し,この電子が中
性粒子と電離衝突してプラズマを生成,放電を維持するというものである。このマ
イクロ波放電式をイオンスラスタに採用することで以下のようなメリットが得ら
れる。
① 放電用電極を必要としないのでスラスタの長寿命化と構造の簡略化が可能
② マイクロ波がその電力を伝送する際に基準電位を必要とせず,DC 絶縁が容易に
行えることから単一マイクロ波源による,互いに電位の異なるイオン源・中和器
プラズマの同時生成が可能
③ 予備加熱が不要なので,スラスタの迅速なスタートが可能
本研究ではこのような特長を持つマイクロ波放電式イオンスラスタを使用する。
マイクロ波電源の性能が直流放電に比べて务っていることもあり,推進性能の向上
にはマイクロ波から電子へのエネルギー伝達効率を上げることが不可欠である。そ
のため放電においてはECR (Electron Cyclotron Resonance:電子サイクロトロン
共鳴) を利用し,電子の加熱効率を上げている。
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Fig.2-6 直流放電式イオンスラスタの概念図
Fig.2-7 マイクロ波放電式イオンスラスタの概念図
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2.3 中和器
イオンビームの中和はイオンスラスタ本体より外側に配置された中和器によっ
て行われる。イオンスラスタが正イオンのみを噴出すれば、スラスタやそれを用い
る宇宙機は負に帯電するため、イオンは再び引き戻されることになり推力発生は不
可能となる。このため、噴出したイオンと同数の電子を放出する必要があるが、そ
の電流量は中和器やビームプラズマの電位のわずかな高低の変化によって、自動的
かつ自然に行われ、特に積極的な制御を必要としない。また、外部へ放出される電
子電流に対して内部壁面において電荷の補充がなされる。
現在、中和器として主にホローカソードと呼ばれる中空陰極が使用されている。
ホローカソードの出口付近にはオリフィスが設けられ、ガス消費を小さくしてかつ
ホローカソード内部のガス圧(数 Torr)を維持する目的を担う。熱電子放出電極
にはバリウムを含有する化学物質を使用し、900~1000 ℃程度の高温に維持して
初めて熱電子を放出する。作動前には、外部ヒーターによって加熱されるが、いっ
たん作動されると自己発熱にゆだねられる。作動が長時間にわたると熱電子放出材
が損耗し、カソード内部上流にできるバリウム化合物の堆積層が電極を覆うため熱
電子放出率が落ちてくる。一方、作動中に堆積するバリウム化合物のため、スラス
タの ON/OFF サイクルによって度重なる熱衝撃が加わるとヒーターの断熱故障が
起こりうる。また、バリウム化合物電極は大気暴露や推進剤含有不純物により性能
が損なわれるため、取り扱いに問題を伴う。
マイクロ波放電式中和器は、イオン源と同様に ECR 加熱等でプラズマを生成し、
中和を行う。この方法は、マイクロ波放電式イオンスラスタと同一のマイクロ波源
を用いるので、エンジンシステムの簡素化が可能で信頼性も向上できる。この電源
数の削減は、特に小型衛星において重要である。マイクロ波放電式中和器は既述し
た「HAYABUSA」に搭載されており、電流値及び耐久性は実証されている。しか
し、本研究で扱うような小型イオンスラスタに対応するサイズの小型マイクロ波放
電式中和器は実用レベルに達していない。
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2.4 プラズマの物理機構(2-7) (2-8)
ここでは放電の開始と維持に大きく関与していると予想されている電子サイクロ
トロン共鳴(ECR)と磁気ミラーについて詳しく説明する。
2.4.1 ECRプラズマ(2-9)
ECRの原理と概念図をFig.2-8 とFig.2-9 にそれぞれ示す。真空中に存在する荷
電粒子は磁場中でローレンツ力を受ける。この向心力のため磁力線に巻きつくよう
なサイクロトロン運動と呼ばれる回転運動が現れる。磁界における電子の運動方程
式は次式で表される。
m
(2-3)
ここでm は電子の質量, は速度ベクトル, は電荷量, は磁束密度である.
このときの円軌道の半径 はラーマ半径と呼ばれ
(2-4)
で与えられる。ここで は電子の に対する垂直な速度成分の大きさである。
プラズマを構成している荷電粒子は全て反磁性体である。そのためサイクロトロ
ン運動の回転の方向は,外部磁場の向きに対して荷電粒子の回転によってできる磁
場が常に逆を向く方向である。つまり,電子は磁場に対して右回りの回転運動を行
う。この回転運動の角周波数はサイクロトロン角周波数と呼ばれ
(2-5)
で与えられる。電子は電場と逆向きに加速されるため,磁場中の電子の回転方向と
逆向きに,回転する速さが等しい電場をかけると電子は連続的に加速され,電場か
ら効率的にエネルギーを受けとることができる。これが電子サイクロトロン共鳴現
象である。
ECRプラズマ発生装置では,導波管を通して角周波数 のマイクロ波を入射し,
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プラズマを生成する。生成されたプラズマ中の電子は,サイクロトロン角周波数
に従って磁力線方向に向かって右回りの旋回運動を行う。一方,強磁場側から
入射したマイクロ波はプラズマ中を浸透し,電子サイクロトロン波と呼ばれる右回
りの円偏波を励起する。この波は弱磁場側へ伝播し,角周波数が電子サイクロトロ
ン角周波数と一致する層で急速に減尐してマイクロ波から電子にエネルギーが吸
収される。つまり, の関係が成り立つときにECRが生じる。
また逆に,ECR を起こすときに必要な磁束密度の大きさを とすれば (2-4),
(2-5) 式より
(2-6)
となる。ECRによってエネルギーを増大させた電子は,磁力線に拘束されながら
次々と効率よく周辺の中性粒子と衝突電離を繰り返す。このようにして生成された
プラズマがECRプラズマである。
Fig.2-8 ECRの原理
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Fig.2-9 ECRの概念図
2.4.2 磁気ミラー
磁場に垂直な方向の荷電粒子の運動は、磁力線の回りをまわるような軌道を描く
ことは 2.4.1 で述べた。ここでは、プラズマ中に Fig.2-10 に示すような磁力線が存
在する状況を考える。この図の点 O に旋回の中心を持ち、速度 (磁場に垂直な
成分、磁場に平行な成分)を持つ粒子があるとする。荷電粒子の運動エネルギーの
保存より
v 2 v||2 v
2
v||, 02 v,0
2
v02
となる。また、磁場が緩やかに変化する場合磁気モーメント
(1/2)mv2 /Bが一定
に保たれることを考慮すると、磁場強度が増加するに従い、速度の平行成分が減尐
していき、ある磁場強度で荷電粒子は磁場の弱い方向へ反射される。このような磁
場による荷電粒子の反射を磁気ミラーと呼ぶ。 の一定性より、
(2.7)
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1
2mv0
2
B0
1
2mv
2
B
である。また、
v vsin v0 sin0
であることを考慮し、式(2.8)を式(2.9)に代入すると、
sin20B0
sin2
B
となる。よって、反射点での磁場強度は、
v|| 0と
90であるので、
Bref B0
sin20
となる。
Fig.2-10 磁気ミラーによる粒子の閉じ込め
B
O0v
v0
(2.8)
(2.9)
(2.10)
(2.11)
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第三章 レーザートムソン散乱法 プラズマ中にレーザーを入射すると、プラズマ中の自由電子により電磁波は散乱
される。散乱波の強度は電子密度により決まり、散乱波のスペクトルは電子速度分
布関数により決まる。レーザートムソン散乱法は、この現象を利用してプラズマ中
の電子密度・電子温度を測定するプラズマ診断法である。同法は電磁波を利用する
ので、非接触で、局所的な電子密度・電子温度が測定できる。
3.1 電子密度・電子温度の測定原理(3-1)
プラズマ中にレーザー光を入射させた時、プラズマ中の自由電子は、レーザー光
の電場で強制振動させられる。その強制振動により空間の電磁場が変動し、二次的
な電磁波の放射が起こる。これが本研究で計測対象としているトムソン散乱である。
Fig.3-1の配置において入射レーザー光の波長を
iとすると、Fig.3-2に示すような、
レーザー波長からの差波長 Δλにおいて δλの微小波長幅に散乱される光の強度は
IT , I0neVdT , d
d
と表される。ここで、I0 [W/m2] は入射レーザー光の強度、ne [m-3] は電子密度、
ΔV [m3] は散乱体積、 [rad] は入射レーザー進行方向からの散乱角、 [sr]は受
光立体角を表している。比例係数(
dT (,) /d) [m2/sr] は、トムソン散乱の微分
断面積であり、自由電子が 方向の単位立体角内で、差波長 での単位波長幅に
散乱する断面積である。そのトムソン散乱の微分断面積を次に示す。
dT
(,)
dr0
2 1 sin2cos2 S ,
ここで、r0は入射レーザー光の波数ベクトル ki と散乱光の波数ベクトル ks のなす
角、は波数ベクトル ks を x-z 平面に投影したベクトルと y 軸のなす角である。
また、
S(,) は動的形状因子とよばれ、分光スペクトルの形を表す。r0 は電子
の古典半径であり、次式のように表される。
(3.1)
(3.2)
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r0 e2
40mc2
2
式(3.2) より、直線偏光したレーザー光を入射した場合における、電子による散
乱光強度の角度分布は、Fig.3-3 のような入射レーザー光の電界 Ei を軸方向とした
異方性を示す。特に Ei 方向の散乱光強度は 0 となる。このことから、今回計測で
の偏向方向は散乱光受光角に対して垂直方向にして計測を行っている。
等方的なプラズマにレーザー光を入射して、その中の電子により散乱される場合、
散乱光強度は単純に 1 個の電子による散乱光強度を、散乱に寄与する電子数倍した
ものとしては表されない。もし、電子が空間的に完全に一様に分布するならば、個々
の電子による散乱波は、それらと π だけ位相の異なる同じ強度の散乱光の存在に
より打ち消されてしまう。実際のプラズマにおいて、平均電子密度分布は空間的に
一様であっても熱揺動等の電子密度の揺動が存在し、散乱光は完全には打ち消され
ず、その観測が可能である。散乱光の電界の振幅は密度揺動の大きさに比例し、熱
平衡にある系では密度揺動の大きさの 2 乗が平均電子密度に比例するため、散乱光
強度は平均電子密度に比例する。
Fig.3-1 プラズマによるレーザー光の散乱の概念図
(3.3)
18
Fig.3-2 理想的なプラズマからのトムソン散乱スペクトル
Fig.3-3 散乱光強度の角度分布
0
IT
19
電子の熱的密度揺動は、二つの部分に分けて考えられる。一つは電子自身の熱運
動によるもの、もう一つは個々のイオンがデバイ遮蔽により電子群に遮蔽された状
態で熱運動し、それに追従する電子群の密度揺動によるものである。前者の微分散
乱断面積を電子項(
de /d)と呼び、後者をイオン項(
d i /d)と呼ぶ。即ち、トム
ソン散乱の微分断面積(
dT /d)は、この二つの和でとなる。
dT , d
d e , d
d i , d
と表される。右辺の第一項、第二項はプラズマの条件(電子密度、電子温度、イオ
ン温度などの値)と散乱条件(使用レーザー波長と散乱角)によって決定される。
このとき、(
de /d)と(
d i /d)との大小関係によって散乱スペクトルが大きく
異なる。そこで、次式で定義する散乱パラメータ αを導入し、αの値による散乱
スペクトルの変化について考える。
D
k
1
ただし、|k|は Fig.3-2 を考慮すると、
k ks k i 2ki sin
24
isin
2
である。ここで、λD はプラズマのデバイ長である。
α« 1 ではデバイ長が散乱に関係する波長( 1/|k| )よりも長くなるので、個々
の電子が独立に散乱に寄与する。その結果、電子の熱運動の影響が強く反映され、
電子項が優勢でイオン項は無視できる。この場合、プラズマによる散乱断面積は電
子の個々の熱運動によって決まるので、これを非協同的散乱(incoherent Thomson
scattering)という。また、α>1 では電子の集団的な運動の影響が現れ、イオン
項が支配的になる。これを、イオンを遮蔽する電子群の協同的運動による散乱とい
う意味で協同的散乱(collective Thomson scattering)という。
本研究で用いたレーザー(波長 532 nm)、散乱角(90°)およびプラズマの典型
的な電子温度 Te = 0.1~ 10 eV、電子密度 ne = 1018 ~ 1019 m-3 ではα« 1 となり、
散乱は非協同的散乱領域にある。
(3.4)
(3.5)
(3.6)
20
3.2 電子温度の算出
前節で述べたように、マイクロ波放電式イオンスラスタ内プラズマからのトムソ
ン散乱は非協同的散乱によって生じる。その場合、プラズマ中の自由電子は熱運動
しているためトムソン散乱スペクトルはドップラーシフトしている。
ここで、速度 v を持った電子が位置 r に存在している状態を考える。その電子に
波長 λのレーザー光が照射されるとレーザー光は散乱される。この時のドップラー
効果は次のように現れる。
vk 0wws
w k v
この式に式(3.6)を代入し、光学的な関係式を用いて変形すると、ドップラー
シフト Δλは、
2v sin2
ic
となる。
非協同的散乱の場合、前述のように電子群による個々の電子による散乱の重ね合
わせとして表すことができるので、式(3.9)の関係を電子群に拡張することがで
きる。式(3.9)より、散乱光のドップラーシフトと電子の熱速度 v は比例関係に
ある。したがって、トムソン散乱スペクトルは1次元の電子速度分布関数と対応す
ることになる。ただし、その向きは、Fig.3-3 に表されているk方向の電子速度分
布関数である。トムソン散乱がガウス型分布をしている場合は電子速度分布関数が
マクスウェル分布となる。このような場合に限り、スペクトル幅の広がりを特徴づ
けるパラメータとして、電子温度が定義できる。
一次元のマクスウェル分布は、Te [eV]、電子の質量を me [kg]、素電荷を e [Q]
とすると、次式で表される。
f (v)dv m
2eT
12
exp 1
2
mv2
eT
dv
(3.7)
(3.8)
(3.9)
(3.10)
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式(3.9)を式(3.10)に代入すると、トムソン散乱の動的形状因子は、
S(,)d() (me
2eTe)1
2c
2i sin(2)
exp
me
2eTe
c
2i sin(2)
2
d()
となる。よって、トムソン散乱スペクトルの半値半幅 ΔλI,1/2は、式(3.11)の exp
の部分が 1/2 となる時の値と同値なので、電子温度、入射レーザーの波長 i を用い
て次のように表される。
T ,1/ 2 2i sin( /2)
c
2eTe ln2
me
しかし、実際に観測されるスペクトル
G(,)は真のトムソン散乱スペクトル
S(,)と分光器の装置関数 FI (Δλ)とのコンボリューションとなり、次式で表され
る。
G(,) S(l,) FI (l )
d(l )
特に、 FI (Δλ)がガウス分布の場合
G(,)も次のようなガウス分布となる。
G(,) (I ,1/ 2)
(T ,1/ 2)2 (I ,1/ 2)
2exp ln2
()
(T ,1/ 2)2 (I ,1/ 2)
2
ただし、ΔλI,1/2は装置関数の半値半幅である。したがって、測定スペクトル
G(,)
がガウス分布ならば、そのスペクトル幅から式(3.14)を用いて装置関数幅を差し
引くことで、トムソン散乱スペクトルの半値半幅が求まる。その値を式(3.12)に
代入する事により電子温度が算出される。
(3.11)
(3.12)
2)
(3.13)
2)
(3.14)
2)
22
3.3 電子密度の算出
電子密度 ne [m-3] のプラズマからのトムソン散乱光強度 IT () は、式(3.1) に
おいて、電子密度以外の値が既知であれば、トムソン散乱光強度から電子密度が算
出できる。しかし、I0、V、dの絶対値を精度よく測定することは困難である。
そこで、トムソン散乱実験と同様の実験配置下で、レイリー散乱断面積が既知の気
体によるレイリー散乱光強度を観測して、受光系の絶対校正を行う。中性粒子密度
n0 [m-3] の気体からのレイリー散乱光強度 IR (は、
IR , I0n0VdR , d
d
で表される。ここで、(dR( /dΩ) [m2/sr] は、レイリー散乱の微分断面積であ
る。よって、式(3.1)(3.15) を、 ne について解くと、受光立体角は共に等しいこ
とを考慮すると、
ne n0dR (,)
dT (,)
IT (,)
IR (,)
n0dR (,)
r02[1 sin2 cos2]
IT (,)
IR
1
G(,)
となる。ただし、IR はレーザー波長でのレイリー乱信号強度である。レイリー散
乱光のドップラー拡がりは、トムソン散乱光のドップラー拡がりに比べて無視でき
るため、レーザー波長での散乱光強度を測定することで全散乱波長をカバーするこ
とになる。
アルゴンガスや酸素ガス、窒素ガスなどのレイリー散乱の微分断面積と、トムソ
ン散乱の微分断面積の比は既知である。(3-2) したがって、密度が既知の中性粒子か
らのレイリー乱信号を観測した後、トムソン散乱信号強度を測定することで電子密
度が求まる。本研究では、空気(窒素、酸素)によるレイリー散乱を計測している
が、ルビーレーザー(波長 694.3 nm)で計測された窒素と酸素の散乱断面積の比
(
T /R)はそれぞれ 380 と 462 であった。この結果を波長 532 nm での微分断面
積の比に換算すると、それぞれ 131 と 159 となる。この値を用いて電子密度を算
出することができる。
(3.15)
2)
(3.16)
23
第四章 実験装置
4.1 真空排気系
4.1.1 小型真空排気系
実験に用いた小型真空容器をFig.4-1に示す。小型真空容器には内径267 mm、長
さ400 mmの円筒型SUS製真空チャンバを用いた。この真空容器は全実験を通して
電気的にアースされ,基準電位となっている。以下に使用した真空排気装置を示す。
・ロータリーポンプ 1 台 (排気速度5.2 l/sec)
・ターボ分子ポンプ 1 台 (排気速度150 l/sec)
ロータリーポンプは粗排気用に、ターボ分子ポンプは高真空用にそれぞれ使用した。
到達圧力は 1.0×10-5 Torr で,推進剤 Xe ガス 0.02 mg/s 流入時の背圧は 5.6×10-5
Torr であった。
Fig.4-1 小型真空容器の写真
24
4.1.2 大型真空排気系
実験に用いた大型真空容器をFig.4-2に示す。大型真空容器には内径60 cm、長さ
100 cmの円筒型SUS製真空チャンバを用いた。この真空容器は全実験を通して電
気的にアースされ,基準電位となっている.以下に使用した真空排気装置を示す。
・ロータリーポンプ 1 台 (排気速度15 l/sec)
・ターボ分子ポンプ 1 台 (排気速度520 l/sec)
・クライオポンプ 1 台 (排気速度2000 l/sec at air, 800 l/sec at xenon)
ロータリーポンプは粗排気用に、ターボ分子ポンプ及びクライオポンプは高真空用
にそれぞれ使用した。到達圧力は1.6×10-6 Torrで,推進剤Xeガス0.02 mg/s流入時
の背圧は1.0×10-5 Torr であった。
Fig.4-2 大型真空容器の写真
25
4.2 小型マイクロ波放電式イオンスラスタ
Fig.4-3 に本研究で使用したスラスタの写真をFig.4-4にその構成図を示す。外観
は50×50 mmの箱型となっている. Al製円筒放電室の周囲に4×4×12 mmの長手方
向磁化磁石を複数設置し,それらを軟鉄製ヨークで挟み込んで放電室内に磁気回路
を形成させている。放電室のサイズは、直径φ21mm高さ12 mmである。磁石数を
変更することで内部磁場を変更することができる。磁石は永久磁石のサマリウムコ
バルト(Sm-Co)を使用しており,この磁石は脆くて欠けやすいが、高い磁気特性を
持ち,また温度特性に優れ高温での使用にも比較的向いている。アンテナはSMA
コネクタ (female) によって固定されており、マイクロ波電力を放電室内部に伝え
ている。このアンテナには、モリブデン (Mo) 製の星型アンテナを使用している。
過去の研究からこの形状のアンテナが最もカップリングが良いとわかっている(4-1)。
このアンテナの写真をFig.4-5に示す。
イオンビームの引き出しを行うグリッドはカーボン製で,スクリーングリッドと
アクセルグリッドの2 枚を用いた.その写真をFig.4-6 にそのグリット形状の特性
をTable.4-1示す。
次にプラズマ生成原理を、Fig.4-7 を用いて述べることにする。まずスラスタ内
ではヨーク 1 とヨーク 2 の間で磁気ミラーが形成されている。生成されたプラズマ
中の電子は、磁力線にそってヨークに近づくがヨーク付近の強い磁場によって反射
され、再び磁力線にそって逆側のヨークへと向かっていく。このように電子は磁気
ミラー間を何度も往復する間に、マイクロ波の電界により加速され中性粒子に衝突
し、プラズマが生成されていると考えられている。
また磁気ミラー間の中に ECR 領域が含まれれば、そこで電子が共鳴的に加速さ
れることにより、より効率よくプラズマを生成することが出来ると考えられている。
26
Fig.4-3 2 cm級イオンスラスタの写真
Fig.4-4 2 cm級イオンスラスタの構成図
27
Fig.4-5 アンテナ写真
Fig.4-6 グリット写真
(左:アクセルグリット、右:スクリーングリット)
28
Table.4-1 グリットシステムのパラメータ
Fig.4-7 磁束密度分布
29
4.3 小型マイクロ波放電式中和器
6 章で述べるスラスタと中和器の同時作動で使用した小型マイクロ波放電式中
和器について述べる。Fig.4-8 に中和器の写真及び概略図を示す。放電室の内径は
21 mm であり、長さは 32 mm である。放電室の周り及び内部に配置した複数の 4
mm×4 mm×32 mmの長手方向磁化のサマリウムコバルト(Sm-Co)磁石と放電室を
前後から挟み込む軟鉄製のヨークによって磁気回路を形成させる。前方に設置した
ヨークの中心に直径 10 mm の穴を開け、それを電子放出口としている。Sm-Co
磁石の個数によって磁場形状を変更することで、放電室内部に磁気ミラーを形成さ
せ、効率よくプラズマを生成できるようにしている。マイクロ波は同軸ケーブルを
通してアンテナに伝送している。 使用したアンテナはモリブデン製で、直線型を
している。アンテナの長さは 29 mm、直径は 1 mm のもので実験を行った。
まず、中和器単体での試験を行った。このために、電子放出口の前方 1 cm の位
置に 30 V を印加した電子コレクタを設置し、電子を引き出した。このコレクタに
流れた電子電流を計測した。マイクロ波周波数 1600 MHz、投入電力 2 W、推進剤
Xe、推進剤流量 0.005 mg/s の条件で電子電流 19 mA を得た。(4-2)
Fig.4-8 中和器の写真(左図)及び概略図(右図)
30
4.4 実験体系
4.4.1 イオンビーム電流計測
本研究におけるスラスタの性能は,イオンビームを引き出しそのイオンビーム電
流から推進性能を見積もった。本研究でのイオンビーム測定実験の体系をFig.4-9
に示す。Fig.4-10にイオンビーム引き出しの様子を示す。イオンビームの引き出し
はスクリーングリット及びスラスタ本体に1000 Vの電圧を、アクセルグリットに
-150Vの電圧を印加することにより行った。ポテンシャル差によって引き出された
イオンビームの電流値 [A]は次式から求められる。
(4-1)
ここで と はそれぞれスクリーングリットに流れる電流値とアクセルグリッ
トに流れる電流値である。この式により求められたイオンビームの電流値は、イオ
ンスラスタ下流約 50 cm の場所に設置されたイオンコレクタによって測定され
た電流値と一致することが過去の研究からわかっている。(4-3)
実験には 900 MHz, 1200 MHz, 1600 MHz, 2450 MHzの周波数のマイクロ波を
使用した。推進剤はXe、推進剤流量は 0.01 mg/s, 0.02 mg/s, マイクロ波投入電力
は2 W~16 W で実験を行った。
また、中和器を使用せずスラスタ単体試験で評価を行った。イオンを収集し、ス
パッタされた粒子がイオンエンジンに戻らないようにするためチャンバ内にカー
ボンのターゲットを設置している。
31
Fig.4-9 イオンビーム引き出しの概略図
Fig.4-10 イオンビーム引き出し
A
A
32
4.4.2 静電プローブ法
電子密度、電子温度を求めるために静電プローブ法を利用した。今回の計測では
プローブを外部から挿入することはせずに、マイクロ波を放出するアンテナを平面
プローブとして考えた。Fig.4-11 に静電プローブ法の写真を示す。DC ブロックと
スラスタの間に Bias-T を挿入し、アンテナに 0~50 V を印加してアンテナ表面に
流れ込む電流を計測した。
Fig.4-12 にアンテナに流れ込む電流とアンテナに印加した電圧の計測例を示す。
Fig.4-12 より電流-電圧特性をフィッティングしてイオン飽和電流、電子温度を求
めた。以下にフィッティングに用いた式を示す。
(4-2)
ここで、 はアンテナに流れた電流、 はイオン飽和電流、 は電子飽和電流、
は空間電位、 はアンテナに印加した電圧、 は電子温度である。
計測したイオン飽和電流と電子温度を用いて、以下の式から電子密度を求めるこ
とができる。(4-4)
(4-3)
ここで、 は電子密度、 はプローブ面積、 はイオン質量、 は電気素量、
はボルツマン定数である。
プローブ法は、他の測定方法にくらべ簡易的な方法であるが精度の良いデータが
得られるわけではない。なぜならば、二次電子の放出とプラズマから流入する電流
の区別がつかないので、イオン飽和電流から求めた密度は正しい値よりも大きくな
る場合が多い。二次電子の原因は高速イオンや準安定粒子の衝突、光や電流による
加熱など様々なものがあり、定量的には把握できない。さらに、今回はプラズマの
収集面積の算出にアンテナの表面積を用いている。しかしながらトムソン散乱法と
比較して簡便な方法であるため、定性的な議論をする上では非常に有効なツールで
ある。
33
Fig.4-11 静電プローブ法の写真
Fig.4-12 アンテナに流れる電流-電圧測定
34
4.4.3 トムソン散乱計測
電子温度・電子密度計測の為のトムソン散乱計測システムについて述べる。
Fig.4-13, Fig.4-14 ,Fig.4-15 が計測システムの概略図となっている。
計測用光源には、Nd:YAG レーザー(Continuum 社製、SurelightⅡ)を用いた。
その最大出力エネルギーは 260 mJ、パルス幅は 10 ns、ビーム拡がり角は 0.6 mrad
であった。また、Fig.4-13 の L1 に Zero オーダー1/2 波長板、L2 に偏光ビームスプ
リッター(共に Thorlabs 社製)を設置し、偏光方向、レーザーのエネルギーを制御し
た。偏光ビームスプリッターから反射されたレーザーはダンパーによって収集され
る。偏向方向は散乱光受光角に対して垂直方向にしている。散乱光は、レーザービ
ームの進行方向と偏光方向の両方に垂直な方向の直径 3 mm の穴から観測した。そ
の光は、有効径 40 mm、焦点距離
f= 220 mm のレンズで受光し、平行光とした後、
f= 220 mm のレンズでトリプル分光器の入射スリット上に結像した。また、受光
用の真空チャンバのフランジ窓に AR コート付窓設置し、M1 から M3 のミラーに
誘電帯ミラーを用いることで、より信号ロスの低いシステムを構築することができ
た。
トムソン散乱計測時、分光器はその入射スリットの高さ方向が、レーザービーム
通過方向となるように配置した。同スリットの幅を 0.1 mm、高さを 2 mm に制限し
たので、観測体積 ΔV はπ×(0.03)2×2 mm
3 であった。
分光器を透過した光は、光電子増倍管(PMT)(浜松ホトニクス(株)製、R943-02)
で電気信号に変え、多チャンネルフォトンカウンター(Stanford Research Systems
Inc. , SR430)もしくは ICCD(Intensified Charge-Coupled Device)カメラ(A んど r てc
hのぉgy社製、iStar)を用いて計測を行った。
計測点は Fig.4-16 に示すように、アンテナの軸上でスクリーングリッドから上
流 6.6 mm 離れた所を計測した。このため、レーザー入射のために直径 4mm の穴を
2 つ,散乱光計測のためにレーザー入射方向および、スラスタの中心軸と 90 度の方
向に直径 6 mm の穴をスラスタ本体にあけた。また、放電室にもレーザー入射のた
めに直径 2mm の穴を二つ,散乱光計測のためにレーザー入射方向および、スラスタ
の中心軸と 90 度の方向に直径 3 mm の穴をあけているものに交換して計測を行っ
た。トムソン散乱計測用のスラスタ及び放電室 Fig.4-17 に示す。
35
Fig.4-13 受光系光学機器構成図
Fig.4-14 入射系光学機器構成図
Fig.4-15 トムソン散乱計測システム
36
Fig.4-16 計測点
Fig.4-17 トムソン散乱計測に使用したイオンスラスタ(左図)及び放電室(右図)
37
ここで、迷光低減するために用いたトリプル分光器について述べる。トリプル分
光器(TGS:Triple Grating Spectrometer)の概略図を、Fig.4-18 に示す。TGS は
3 枚の低迷光回折格子((株)島津製、LO.RAY.LIGH;Low Stray Light Diffraction
Grating、サイズ 58 mm × mm、刻線本数 1200 本/mm、ブレーズ波長 500
nm)、6 枚のアクロマートレンズ(L1~L5 : f = 220 mm、直径 50 mm;L6 : f = 600
mm、直径 50 mm)、1 枚のアルミ平面ミラー、レイリー遮光板及び中間スリット
で構成される。使用した低迷光回折格子は高い迷光除去性能を有している。(4-5)
TGS の装置関数と迷光リジェクションを調べた。TGS の装置関数を Fig.4-19
に示す。観測されたスペクトルから得られた装置関数幅は約 0.7nm FWHM であっ
た。レイリー遮光板を入れないとき,中心波長での光強度に対して,Δλ = 1 nm で
の強度は 10-3 であった。レイリー遮光板をいれると中心波長での光強度が 10
-6 減衰
し,さらに Δλ = 1 nm では 10-2 減衰していた。つまり TGS の Δλ=1nm での迷光除
去性能は 10-8 である。
Fig.4-18 TGS の概略図
38
Fig.4-19 TGS の迷光除去性能
1.E+00
1.E+01
1.E+02
1.E+03
1.E+04
1.E+05
1.E+06
1.E+07
1.E+08
1.E+09
1.E+10
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
Δλ [nm]
Sig
nal
in
ten
sity
[a.u
.]
39
第五章 実験結果及び考察
5.1 性能評価
イオンスラスタの推進性能はイオンビーム電流、引き出し電圧、推進剤流量など
から求められる。推力 [N]、比推力 [s]、推進効率 、推力係数 、推進剤
利用効率 、イオン生成コスト [W/A] はそれぞれ次式より求められる。推力
はイオンビーム引き出しにより発生する推進力を表している。比推力は単位推進剤
重量あたりに単位推力を持続できる時間であり、ロケットエンジンの燃費を表す指
標である。推進効率 は投入した電力のうち推力発生の運動エネルギーに変換さ
れた割合を、推進剤利用効率 は投入された推進剤がどの程度イオンビームとし
て排出されたかを示す割合である。
(5-1)
(5-2)
(5-3)
(5-4)
(5-5)
(5-6)
ここで、 はイオンビーム電流 [A]、 はイオン質量 [kg]、 は引き出し電
圧 [V]、 は電気素量、 は重力加速度 [m/s2]、P は消費電力[W]、 は推進剤の
質量流量 [kg/s]、 はビーム発散角、 は二価イオン存在比、は プラズマ生成
に要する電力 [W]である。ビーム発散角 と二価イオン存在比 をそれぞれ
10°と0.15 であるとした。(5-1)(5-2)このとき推力係数 T は(5-4)式より0.95 となる。
ビーム電圧が一定の場合、推力はイオンビーム電流に比例する。よって、スラス
タの性能の比較はイオンビーム電流で行うものとする。
40
5.2 磁場強度依存性
本研究では、プラズマ生成に ECR 加熱を利用しているので、磁場強度が推進性
能に大きく影響を与えていると考えられる。本節では、推進性能の磁場強度依存性
について述べ、静電プローブ法により得られたプラズマパラメーターによって考察
を行っていく。
アンテナとECR層との位置は近いほうがいいとされている。そこで、アンテナ
とECR層との位置関係を調べるために三次元有限解析ソフト(Amaze, Advanced
Science Laboratory Inc.)で放電室内の磁場解析を行った。Fig.5-1に磁石数を変
化させたときの解析された磁束密度分布を示す。実験を行ったのは磁石数7個、8
個、9個、10個の条件であった。ECR層(1600MHzでは57 mT )は黒の点線で示
されている。磁石数7個の条件でアンテナとECR層との距離が最も近く、磁石数が
増えるとともに距離が離れている。
マイクロ波周波数1600 MHzの条件で、推進剤流量0.01 mg/sのイオンビーム電
流の磁場強度依存性をFig.5-2に、マイクロ波周波数を4 Wに固定した磁場強度依存
性をFig.5-3に示す。Fig.5-3により磁石数は8個が最適であるとわかった。投入電力
4 Wで比較してみると、磁石数8個では7.3 mA、9個で6.9 mA、10個で5.5 mA、7
個で4.3 mAとなっており、磁場強度によって大きく性能が変わっていた。
Fig.5-4、Fig.5-5に推進剤流量0.01 mg/sでの静電プローブ法から求められた電子
温度、電子密度を示す。
Fig.5-4より電子温度は7個、8個で27eVと9個、10個の条件の7.6 eV、8.3 eVと
比べて3倍以上の値であった。これはFig.5-1の磁場解析より磁石数7個、8個はどち
らもECR層とアンテナの距離が近くプラズマとのカップリングが良かったためだ
と考える。磁石数が8個から9個になり大幅に電子温度が大幅に下がっていた。これ
はECR 層との距離が離れてしまったことに加えて、電子密度の上昇によりプラズ
マが伝搬しにくくなったことが原因として考えられる。これを調べるためにプラズ
マにより反射され戻ってきた電力の比較を行った。
Fig.5-6に反射電力の磁場強度依存性を示す。Fig.5-6より磁石数が増えると反射
電力が増えていることが分かった。磁石数8個では0.04 Wとほとんど反射されてい
なかったのに対して、磁石数9個では反射電力は0.7 Wであり、投入電力18%にあ
たる電力がプラズマに吸収されていなかった。このことにより、磁石数を8個から9
個に増やすときに正味のマイクロ波電力が減っているとわかった。これにより電子
温度が大きく下がった原因の一つと考えられる。
41
Fig.5-5より電子密度は9個で大きな値となった。これは、磁石数が増えると磁
場強度が増すことにより、プラズマの閉じ込め効果が向上するためだと考える。
イオンビーム電流はプラズマの密度に比例するため密度は性能に大きく影響して
いるだろう。
磁場強度が強くするにつれて、プラズマの閉じ込め効果が向上し電子密度が高
くなる。しかし、電子密度の増加に伴い反射電力が増え、またECR層との距離も
離れてしまいカップリングが悪化し、電子温度が低下してしまう。イオンビーム
電流は電子密度と電子温度の平方根に比例する。(式2-1参照) このため、電子
温度・電子密度の関係性により最適値は存在すると考える。
しかしながら、例外として磁石数7個では磁石数8個のときと比べほぼ同じ電子
温度・電子密度の値であるにも関わらずイオンビーム電流値は減尐していた。現
在、考えている要因としてはプラズマがアンテナ付近に局在化していることであ
る。これは、プラズマ密度の分布を計測することで明らかになるだろう。
推進剤流量0.02 mg/sのイオンビーム電流の磁場強度依存性をFig.5-7に示す。
Fig.5-7より推進剤流量0.02 mg/sでは、磁石数7個の条件での性能が悪かった。磁
石数8~10個では投入電力が4 W以下では磁石数の尐ないほうが、投入電力が4 W
以上では磁石数の多い条件でイオンビーム電流が大きくなる傾向であるとわかっ
た。このことから、投入電力が小さい条件ではプラズマ密度が高くならず、磁場閉
じ込めの影響が尐なく、投入電力が大きい条件ではプラズマ密度が高くなり、磁場
閉じ込めの影響が大きくなるとわかった。
42
Fig.5-1 磁束密度分布
(a) 磁石数 7 個 (b) 8 個 (c) 9 個 (d) 10 個
Fig.5-2 イオンビーム電流の磁場強度依存性(0.01 mg/s)
43
Fig.5-3 イオンビーム電流の磁場強度依存性(投入電力 4 W)
Fig.5-4 電子温度の磁場強度依存性(0.01 mg/s)
Fig.5-5 電子密度の磁場強度依存性(0.01 mg/s)
44
Fig.5-6 反射電力の磁場強度依存性(0.01 mg/s)
Fig.5-7 イオンビーム電流の磁場強度依存性(0.02 mg/s)
45
5.3 マイクロ波周波数依存性
マイクロ周波数依存性を調べるためそれぞれのマイクロ波周波数でイオンビー
ム電流を比較した。900 MHzでは磁石数6個、1200 MHzでは8個、1600 MHzでは
8個、2450 MHzでは13個の条件で実験を行った。
推進剤流量0.01 mg/sのイオンビーム電流の周波数依存性をFig.5-8に示す。
Fig.5-8より推進剤流量0.01 mg/sでは、マイクロ波周波数1600 MHz以外はほぼ同
じイオンビームの値であった。1600 MHzの条件では、他の周波数と比べて大きく
性能が向上していた。4 Wの条件では、900 MHzで4.4 mA、1200 MHzで4.6 mA、
1600 MHzで7.3 mA、2450 MHzで4.1 mAと1600 MHzでは他の周波数の1.5倍以
上のイオンビーム電流が得られた。
Fig.5-9、Fig.5-10に推進剤流量0.01 mg/sでの電子温度、電子密度を示す。電子
密度、電子温度は、静電プローブ法から求められた値を使用した。Fig.5-9より性
能の良かった1600 MHzの電子温度が他の条件にくらべて大きな値となった。4 W
の条件では、1600 MHzでは26.5 eVと他の周波数の約2.5倍電子温度であった。こ
のことが性能に影響を与えたのであろう。
この要因を調べるために、アンテナとECR層との位置関係を調べるために磁場
解析を行った。Fig.5-11に示す通り、他の周波数の磁場形状と比較して、1600 MHz
ではECR層とアンテナの距離が近く、結果として、プラズマとのカップリングが
改善され、電子温度が増大したと考えられる。しかし、2450 MHzでも比較的ECR
層とアンテナの距離が近いことや、同じECRとアンテナの位置関係でも他の周波
数では性能改善がみられていないことから、他の要因も考えられる。
Fig.5-12に数値計算(5-3)により得られた電界強度分布を示す。Fig.5-12より2450
MHzでは電界強度は小さいとわかった。2450 MHzで電子温度が高くならなかった
のは、電界強度が低いため電子の加熱が十分でなかったためと考えられる。一方、
900 MHzで電子温度が高くならなかった理由として、マイクロ波がプラズマ中に
効率よく伝搬されなかったことが原因と考える。実際に、Fig.5-13より反射電力を
調べてみると大きな値となっており、投入電力4 Wでは反射電力0.52 Wと投入電力
の13 %にあたる電力がプラズマに吸収されていなかった。
Fig.5-10より、周波数が高い条件で電子密度が高い傾向があった。これは、周波
数が高い条件では磁石数が多く、プラズマの閉じ込め効果が向上するためだと考え
る。しかし、電子温度の高かった1600 MHzのイオンビーム電流値のみが大きくな
ったことから、推進剤流量が0.01mg/sの条件では電子密度の影響よりも電子温度
46
のほうが性能に与える影響は大きいという結果になった。
推進剤流量0.02 mg/sのイオンビーム電流の周波数依存性をFig.5-13に示す。
Fig.5-14より推進剤流量0.02mg/sでは、どの周波数も同程度のイオンビーム電流値
であった。Fig.5- 15、Fig.5-16に推進剤流量0.02 mg/sでの電子温度、電子密度を
示す。電子密度、電子温度ともに0.01 mg/sのときと同じような傾向であった。し
かし、0.01 mg/sのときのように1600 MHzの条件で性能が大きく向上していると
いうことはなかった。1600 MHzではプラズマとのカップリングが良いということ
が予想されるが、推進剤流量が大きくなり、プラズマ密度が高まるとその影響が小
さくなると考えられる。
以上の結果から、プラズマ密度が低い低流量・低電力の条件では電界強度の分布
による周波数依存性が存在するが、プラズマ密度が高い高流量・高電力の条件では
その影響は小さくなると考えられる。
また、同じ条件で再度実験を行ったが、イオンビーム電流値は同じ値にならなか
った。これは、グリットを新しいものに変更したためだと考えられる。グリットの
損耗の度合いによっても性能は変化するとわかった。
本研究で得られたマイクロ波周波数 1600 MHz、磁石数 8 個のときの代表性能
を(5-1)~(5-6)式より算出した。
推進剤流量0.1 mg/s、マイクロ波投入電力2 W、グリット印加電圧1000 Vの条件
でイオンビーム電流値6.5 mA、推力0.32 mN、推進効率61.8 %、比推力3353 s、
イオン生成コスト316 W/A、推進剤利用効率90.5%を得た。
推進剤流量0.1 mg/s、マイクロ波投入電力4 W、グリット印加電圧1000 Vの条件
でイオンビーム電流値7.3 mA、推力0.36 mN、推進効率59.5 %、比推力3778 s、
イオン生成コスト539 W/A、推進剤利用効率102.0%を得た。
推進剤流量0.2 mg/s、マイクロ波投入電力 8 W、グリット印加電圧1000 Vの条件
でイオンビーム電流値10.4 mA、推力0.51 mN、推進効率36.9 %、比推力2688 s、
イオン生成コスト764W/A、推進剤利用効率72.5 %を得た。
推進剤流量0.1 mg/s、マイクロ波投入電力4 Wでは、推進剤利用効率が100%を超
えてしまっていた。これは、ビーム発散角と二価イオン存在比を仮定して推進性能
を算出していることが問題であると考えられる。正確な推進性能を求めるにはビー
ム発散角や二価イオン存在比をそれぞれの条件で計測し、求めることが必要となる。
47
Fig.5-8 イオンビーム電流の周波数依存性(0.01 mg/s)
Fig.5-9 電子温度の周波数依存性(0.01 mg/s)
Fig.5-10 電子密度の周波数依存性(0.01 mg/s)
48
Fig.5-11 磁束密度分布
(a) 900 MHz (b) 1200 MHz (c) 1600 MHz (d) 2450 MHz
Fig.5-12 周波数による電界強度分布の違い
49
Fig.5-13 反射電力の周波数依存性(投入電力 4 W)
Fig.5-14 イオンビーム電流の周波数依存性(0.02 mg/s)
Fig.5-15 電子温度の周波数依存性(0.02 mg/s)
50
Fig.5-16 電子密度の周波数依存性(0.02 mg/s)
51
5.4 トムソン散乱計測
5.4.1 レーザーエネルギー依存性
トムソン散乱計測を行う前にレーザーによる Xe 原子の多光子電離がトムソン散
乱計測に影響を及ぼすか確認する必要がある。Fig.5-17 に示すように、準安定準位
の Xe は 2 光子で電離するため、3 光子でトムソン散乱光を発する。よって準安定
準位の Xe が起因するトムソン散乱光はレーザーエネルギー:EL に対して 3 乗で増
加していく。従って、準安定準位の Xe が多光子電離を起こさない EL の閾値を求
める必要がある。
Fig.5-18 に推進剤流量 0.01 mg/s 、投入電力 6 W、Fig.5-19 に推進剤流量 0.02
mg/s 、投入電力 6 W のトムソン散乱光の EL 依存性を示す。Fig.5-18、Fig.5-19
より、EL が 130 mJ までトムソン散乱光がエネルギー密度の1乗で増加しており、
多光子電離がトムソン散乱光に比べて無視できることが確認できる。従って、EL
が130 mJ以下の条件下でXeのトムソン散乱計測が可能であることが確認できた。
Fig.5-17 Xe のエネルギー準位
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Fig.5-18 レーザーエネルギー依存性(0.01 mg/s,6 W)
Fig.5-19 レーザーエネルギー依存性(0.02 mg/s,6 W)
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5.4.2 光電子増倍管を用いたトムソン散乱計測
検出器に光電子増倍管を用いてトムソン散乱計測を行った。イオンビームを引き
出さない状態で推進剤 Xe、推進剤流量 0.02 mg/s 、投入電力 8 W、マイクロ波周
波数 2450 MHz、レーザーショット数 5000 shots での測定を行った。5.4.1 の結果よ
り、レーザーエネルギーは線形性の高い範囲である 80 mJ で計測を行った。結果を
Fig.5-20、Fig.5-21 に示す。横軸は中心波長(532 nm)からの差波長、縦軸は光子の
検出数を対数プロットした。Fig.5-20 より短波長側の計測では、差波長が-2.5 nm、
-3 nm のところでプラズマ発光が大きくなってしまっていた。トムソン散乱光にく
らべてプラズマ発光の割合が大きく電子密度、電子温度の算出ができなかった。
Fig.5-21 より長波長側の計測でも同様に差波長が 1.5 nm、2 nm のところでプラズ
マ発光が大きく、計測が行えなかった。これは、Xe イオン 529.2 nm と 533.9 nm
の発光の影響によるものだと考えられる。光電子増倍管による計測を行うには発光
の尐ない領域での計測が必要であるとわかった。
Fig.5-20 トムソン散乱光とプラズマ発光の光子の検出数(短波長側)
Fig.5-21 トムソン散乱光とプラズマ発光の光子の検出数(長波長側)
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5.4.3 ICCD カメラを用いたトムソン散乱計測
光電子増倍管では発光による影響によって電子密度、電子温度の算出が行えなか
ったため、検出器を ICCD カメラに変更してトムソン散乱計測を行った。ICCD カ
メラは光電子増倍管とは異なり一度の計測で全波長計測ができると同時に、1 次元
分布も取れるという利点がある。過去の研究より、光電子増倍管による計測より
ICCD カメラによる計測のほうが正確な値が求められると確認されている。(5-4)これ
は計測時間が大幅に短縮され、より定常的なプラズマの計測が行えるためであろう。
イオンビームを引き出さない状態で推進剤 Xe、推進剤流量 0.02 mg/s 、投入電力
6 W、マイクロ波周波数 2450 MHz、レーザーエネルギー100 mJ、レーザーショッ
ト数 5000 shots での測定を行った。レーザーエネルギーは 80mJ ではトムソン散乱
信号が小さく測定困難だったため 100 mJ に変更して計測を行っている。プラズマ
発光のスペクトル分布を Fig.5-22 に、トムソン散乱光のスペクトル分布 Fig.5-23
を示す。Fig.5-22、Fig.5-23 の横軸はレーザー中心波長(532 nm)からの差波長、縦
軸は光子の検出数である。Fig.5-22 より、測定範囲内に大きな発光が見られ、これ
は Xe イオンの 529.2 nm と 533.9 nm と一致している。Fig.5-23 よりプラズマ発
光のある波長部分ではバラつきが大きいものの、トムソン散乱信号が確認できた。
Fig.5-23 で得られたスペクトル分布を Fig.5-24 に横軸に差波長の二乗、縦軸に光
子の検出数として対数プロットした。バラつきの尐ない長波長側のデータを使用し、
プラズマ発光の大きい部分を除いた。この図からトムソン散乱信号はほぼ直線とな
っているので、電子速度分布関数はマクスウェル分布であることを事が確認できた。
この直線の傾きと切片より電子温度と電子密度はそれぞれ 4.35 eV、1.18× 1017
m-3
と求められた。
Table.5-1 で静電プローブ法で求められた計測結果と比較を行った。電子温度は
静電プローブ法と比べて半分程度の値であった。電子密度は静電プローブ法の約 2
倍の値であった。測定場所が異なることを考慮しても、2 倍は大きすぎるさであり、
プローブ法により求められた電子温度、電子密度は定量的には正しいとは言えず、
今後はトムソン散乱法による各パラメーターの依存性を評価を行うことが望まし
い。
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Table.5-1 算出された電子密度、電子温度の比較
電子温度[eV] 電子密度[m-3]
静電プローブ法 7.94 ± 0.37 (6.3 ± 0.45)×1017
トムソン散乱計測 4.35 11.8×1017
Fig.5-22 プラズマ発光のスペクトル分布
Fig.5-23 トムソン散乱のスペクトル分布
Fig.5-24 トムソン散乱のスペクトル分布(対数グラフ)
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第六章 中和器との同時作動 中和器との同時作動を行った。Fig.6-1に実際に同時作動を行っているときの写
真を、Fig.6-2に同時作動実験の体系を示す。イオンビームの抽出はスクリーング
リットに1000 V、アクセルグリットに-150 V印加することで行った。中和器本体
に-30 V印加した。これにより、スラスタとの電位差で自然かつ自動に中和電子が
放出される。推進剤はスラスタ、中和器ともにXeを利用した。使用したマイクロ
波は1600 MHzである。投入電力は、方向性結合器を用いて6:1にマイクロ波を分
配している。
Fig.6-3に同時作動を行ったときのイオンビーム電流値と中和電子電流値を示す。
縦軸は得られた電流値、横軸は経過時間となっている。スラスタの推進剤流量を
0.02mg/s から0.04 mg/sまで増やしていったときのデータである。投入電力はスラ
スタ12 W、中和器2 Wで固定している。イオンビーム電流は9.1 mAから11.2 mA
まで徐所に増えていっている。中和電子電流はイオンビーム電流とほぼ同じ値であ
った。また、中和器の流量は0.01 mg/sに固定して実験を行っているが、中和電子
電流はイオンビーム電流が大きくなるにつれて増えていっている。これにより、中
和電子がスラスタとの電位差により自動的放出されており、イオンビームの中和が
行えていると確認できた。
しかし、イオンビーム電流がスラスタ単体での実験の値よりも小さくなっていた。
これは実験の不手際によりガスが漏れてしまっていたためであろう。
Fig.6-1 同時作動実験の写真
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Fig.6-2 同時作動実験の概略図
Fig.6-3 同時作動時の電流値
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第七章 結論 本研究では、マイクロ波周波数による性能への依存性を調査し、その要因を明ら
かにすることを目的とした。
・周波数の依存性を調査する前に、磁場強度による依存性の調査を行った。その結
果、磁場強度には最適値が存在するとわかった。
・流量0.02 mg/sにおいては、周波数による性能の変化は見られなかった。一方、投
入電力が8 W以下、推進剤流量0.01 mg/s等の低流量・低電力の条件ではマイクロ波
周波数1600 MHzで性能の向上が見られた。これは、プラズマ密度が低い低流量・
低電力の条件ではプラズマとのカップリングによる周波数依存性が存在するが、プ
ラズマ密度が高い高流量・高電力の条件ではその影響は小さくなると考えられる。
・イオンスラスタと中和器との同時作動に成功し、推進機として問題なく作動する
ことが確認された。
我々の想定している低高度衛星の抗力補償用途としては、推力 0.5 mN が必要と
される。この値はイオンビーム電流値が 10mA 以上で達成される。推進剤流量が
0.02 mg/s が必要となるため、どの周波数を用いてもよい。そこで、システム全体
の効率を考えるならば、マイクロ波部品(ケーブル等)での損出の尐ない低周波や、
高効率の半導体が入手可能な 800MHz や 1600MHz 帯を使うことが望ましい。