基礎疾患として呼吸器疾患を有し,mrsaを喀痰中に検出し...

7
146 ●原 要旨:喀痰中に MRSA(1+)以上を検出した,基礎疾患を有する肺炎 37 名の検討から,43.2% は MRSA が起因菌でない可能性が示唆された. このような肺炎群の全経過観察期間は平均 39.5 日であるのに対して, MRSA が起因菌である可能性がある肺炎群のそれは 55.3 日であった.肺炎の起因菌として喀痰中の MRSA を考える病態は,①糖尿病のコントロールが不良であったり,長期にわたってステロイドが使用されている 場合,②胸部写真上,上葉に浸潤影を認め,陰影の広範な広がりを認めた場合,③高度なガス交換障害があ る場合や MRSA 検出から 1 カ月しても改善を認めない場合,④入院後しばらくして発症した院内肺炎や全 身状態の悪化を伴い不良な予後が予測できる場合,④ MRSA のほかに K. pneumoniae などの複数菌感染が あり膿性痰が続く場合で,一般的な抗生物質治療に反応が乏しい場合,などを指摘しておきたい. キーワード:メチシリン耐性黄色ぶどう球菌,肺炎,保菌,抗生剤,感染 MRSA,Pneumonia,Colonization,Anti-bacterial drug,Infection メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下 MRSA と略す) は弱毒菌だが,時に重篤な感染症を引き起こす.しかし 検出された MRSA が常在菌なのか,感染症の原因菌な のかの判断に迷うことも少なくない.今回我々は喀痰か ら MRSA(1+)以上が検出された肺炎例を対象に検討 を加え,MRSA の臨床細菌学的な役割について推測を 試みた.若干の文献を加えて報告する. 対象と方法 2001 年 1 月から 2002 年 12 月までに,喀痰から MRSA が検出された入院症例は 69 名であった.そのうち,基 礎疾患として何らかの呼吸器疾患を有した症例は 50 名 で,その中の 37 名は臨床経過中のどこかの時点で肺炎 を認めたので,本稿ではこの 37 名(平均年齢 77.8 歳, 男性 28 名・女性 9 名)を検討対象とした.基礎疾患と しての呼吸器疾患は,慢性的な誤嚥性肺障害 14 名,肺 気腫 10 名,肺癌 8 名,気管支拡張症 2 名,間質性肺炎 2 名,肺結核後遺症 1 名であった. これらの肺炎例を,① MRSA に感受性のない抗生物 質で改善した 14 例に vancomycin(VCM)や teicoplanin (TEIC)など MRSA に感受性を有する抗生物質投与に もかかわらず肺炎のために死亡した 2 名を加えた症例群 と,②残りの症例群の 2 群に分けて,前者を便宜上非 MRSA 肺炎 疑 診 群(16 名;43.2%),後 者 を MRSA 肺 炎疑診群(21名;56.8%)として両者の病態の比較を行っ た.明らかに院内肺炎と診断された症例は15名(非 MRSA 肺炎疑診群 4 名,MRSA 肺炎疑診群 11 名)あり, 全例が基礎疾患の悪化や進展に伴って発症したもので あった. 統計学的解析は Mann-Whiteny の U 検定を用いた. (1)入院時の臨床背景(Table 1) 非 MRSA 肺炎疑診群の平均年齢は 80.1 歳で 76.1 歳の MRSA 肺炎疑診群よりも高く,基礎疾患罹病期間も平 均6年とMRSA肺炎疑診群の2.6年より長い傾向で あった. 糖尿病合併例は 6 例で,非 MRSA 肺炎疑診群全体の 6.3% が糖尿病を持っていたのに対して MRSA 肺炎疑診 群全体では 23.8% であった.入院時ステロイド使用例 は非 MRSA 肺炎疑診群の 12.5% に対して MRSA 肺炎 疑診群では 38.1% と,ともに MRSA 肺炎疑診群で高頻 基礎疾患として呼吸器疾患を有し,MRSA を喀痰中に検出した 肺炎 37 例の臨床的検討 森谷 知恵 )* 峠岡 康幸 )** 三戸 晶子 西野 亮平 )** 駄賀 晴子 大橋 信之 有田 健一 〒7308619 広島県広島市中区千田町 1 丁目 9―6 1) 広島赤十字・原爆病院呼吸器科 広島市立安佐市民病院内科 ** 広島大学大学院医歯薬学総合研究科展開医科学専 攻分子内科学(第二内科) (受付日平成 18 年 2 月 23 日) 日呼吸会誌 45(2),2007.

Upload: others

Post on 09-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 基礎疾患として呼吸器疾患を有し,MRSAを喀痰中に検出し …MRSA肺炎での治療の必要性に関する判断 147 Table 1 Background and physical signs on hospitalization

146

●原 著

要旨:喀痰中にMRSA(1+)以上を検出した,基礎疾患を有する肺炎 37名の検討から,43.2%はMRSAが起因菌でない可能性が示唆された.このような肺炎群の全経過観察期間は平均 39.5 日であるのに対して,MRSAが起因菌である可能性がある肺炎群のそれは 55.3 日であった.肺炎の起因菌として喀痰中のMRSAを考える病態は,①糖尿病のコントロールが不良であったり,長期にわたってステロイドが使用されている場合,②胸部写真上,上葉に浸潤影を認め,陰影の広範な広がりを認めた場合,③高度なガス交換障害がある場合やMRSA検出から 1カ月しても改善を認めない場合,④入院後しばらくして発症した院内肺炎や全身状態の悪化を伴い不良な予後が予測できる場合,④MRSAのほかに K. pneumoniaeなどの複数菌感染があり膿性痰が続く場合で,一般的な抗生物質治療に反応が乏しい場合,などを指摘しておきたい.キーワード:メチシリン耐性黄色ぶどう球菌,肺炎,保菌,抗生剤,感染

MRSA,Pneumonia,Colonization,Anti-bacterial drug,Infection

緒 言

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下 MRSA と略す)は弱毒菌だが,時に重篤な感染症を引き起こす.しかし検出された MRSA が常在菌なのか,感染症の原因菌なのかの判断に迷うことも少なくない.今回我々は喀痰から MRSA(1+)以上が検出された肺炎例を対象に検討を加え,MRSA の臨床細菌学的な役割について推測を試みた.若干の文献を加えて報告する.

対象と方法

2001 年 1 月から 2002 年 12 月までに,喀痰から MRSAが検出された入院症例は 69 名であった.そのうち,基礎疾患として何らかの呼吸器疾患を有した症例は 50 名で,その中の 37 名は臨床経過中のどこかの時点で肺炎を認めたので,本稿ではこの 37 名(平均年齢 77.8 歳,男性 28 名・女性 9 名)を検討対象とした.基礎疾患としての呼吸器疾患は,慢性的な誤嚥性肺障害 14 名,肺気腫 10 名,肺癌 8 名,気管支拡張症 2 名,間質性肺炎

2 名,肺結核後遺症 1 名であった.これらの肺炎例を,① MRSA に感受性のない抗生物

質で改善した 14 例に vancomycin(VCM)や teicoplanin(TEIC)など MRSA に感受性を有する抗生物質投与にもかかわらず肺炎のために死亡した 2 名を加えた症例群と,②残りの症例群の 2 群に分けて,前者を便宜上非MRSA 肺炎疑診群(16 名;43.2%),後者を MRSA 肺炎疑診群(21 名;56.8%)として両者の病態の比較を行った.明らかに院内肺炎と診断された症例は 15 名(非MRSA 肺炎疑診群 4 名,MRSA 肺炎疑診群 11 名)あり,全例が基礎疾患の悪化や進展に伴って発症したものであった.

統計学的解析は Mann-Whiteny の U 検定を用いた.

結 果

(1)入院時の臨床背景(Table 1)非 MRSA 肺炎疑診群の平均年齢は 80.1 歳で 76.1 歳の

MRSA 肺炎疑診群よりも高く,基礎疾患罹病期間も平均 6 年と MRSA 肺炎疑診群の 2.6 年より長い傾向であった.

糖尿病合併例は 6 例で,非 MRSA 肺炎疑診群全体の6.3% が糖尿病を持っていたのに対して MRSA 肺炎疑診群全体では 23.8% であった.入院時ステロイド使用例は非 MRSA 肺炎疑診群の 12.5% に対して MRSA 肺炎疑診群では 38.1% と,ともに MRSA 肺炎疑診群で高頻

基礎疾患として呼吸器疾患を有し,MRSA を喀痰中に検出した

肺炎 37 例の臨床的検討

森谷 知恵1)* 峠岡 康幸1)** 三戸 晶子1) 西野 亮平1)**

駄賀 晴子1) 大橋 信之1) 有田 健一1)

〒730―8619 広島県広島市中区千田町 1 丁目 9―61)広島赤十字・原爆病院呼吸器科*現 広島市立安佐市民病院内科**現 広島大学大学院医歯薬学総合研究科展開医科学専攻分子内科学(第二内科)

(受付日平成 18 年 2 月 23 日)

日呼吸会誌 45(2),2007.

Page 2: 基礎疾患として呼吸器疾患を有し,MRSAを喀痰中に検出し …MRSA肺炎での治療の必要性に関する判断 147 Table 1 Background and physical signs on hospitalization

MRSA 肺炎での治療の必要性に関する判断 147

Table 1 Background and physical signs on hospitalization (n=37)

non-MRSAMRSATotal

80.1±2.876.1±2.377.8±1.8Age (y)12/416/528/9Sex (Male : Female)

Underlying respiratory diseases6.0±3.0 2.6±0.7 4.2±1.4 Duration from onset (y)26 8 Lung cancer7714 Aspiration pneumonia5510 Pulmonary emphysema20 2 Bronchiectasis02 2 Interstitial pneumonia01 1 Sequelae of Tuberculosis

1 (6.3%) 5 (23.8%) 6 (16.2%)Diabetes mellitus (+) 2 (12.5%) 8 (38.1%) 10 (27.0%)Use of steroid drug (+)10 (62.5%)11 (52.4%)21 (56.8%)MRSA (+) on first examination 8 (50.0%) 19 (90.5%)27 (73.0%)Purulent sputum

mean±S.E.Non-MRSA: cases whose pneumoniae were improved by non-sensitive antibiotics to MRSA, and those were not improved by sensitive antibiotics to MRSA such as vancomycin or teicoplanin to poor outcomeMRSA: cases except of upper description

Table 2 Clinical course of pneumonia cases which MRSA and other bacteria were detected from sputum (n=20)

GroupTreatment out-comesAntbioticsother bacteriumUnderlying diseaseNo

non-MRSADieVCME.cloacaeLung cancer 1MRSADieIPM/CSK.pneumoniae,

S. marcescensLung cancer 2

MRSADieMINO, FMOXK.pneumoniaeLung cancer 3MRSACureVCM,TEICK.pneumoniae, E.coliLung cancer 4

Non-MRSACureSBT/CPZE.aerogenesAspiration pneumonia 5Non-MRSACurePIPC,FOMP.aeruginosa Aspiration pneumonia 6MRSADiePAPM/BPK.pneumoniaeAspiration pneumonia 7MRSACarrierVCM, TEIC, AMKP.aeruginosa, Aspiration pneumonia 8MRSACarrierSBT/CPZ, CLDM, VCM P.aeruginosa,

E.cloacaeAspiration pneumonia 9

Non-MRSACurePAPM/BPK.pneumoniaePulmonary emphysema10Non-MRSACureCFPMP.aeruginosaPulmonary emphysema11Non-MRSACureCFPMP.aeruginosaPulmonary emphysema12MRSACureSBT/CPZ, MINOK.pneumoniaePulmonary emphysema13MRSADiePAPM/BPA.calcoaceticusPulmonary emphysema14MRSADieISP, MINOK.pneumoniaePulmonary emphysema15MRSADieMINO, MEPMP.aeruginosa, E.coliPulmonary emphysem 16MRSADieSBT/CPZA.calcoaceticus Pulmonary emphysema17

Non-MRSACarrierMEPMP.aeruginosaBronchiectasis 18MRSACarrierMINO, MEPMK.pneumoniaeInterstitial pneumonia19MRSACarrierLVFXK.pneumoniae,

A.calcoaceticusSequelae of Tuberculosis20

度であった.(2)入院時の理学的所見と検査所見体温(非 MRSA 肺炎疑診群で平均 37.9 度,MRSA 肺

炎疑診群で 37.4 度)と心拍数(非 MRSA 肺炎疑診群で平均 100.3�分,MRSA 肺炎疑診群で 96.4�分)は非 MRSA

肺炎疑診群で高く,前者は有意差をみた.一方,呼吸数の増加(それぞれ平均 18.3�分と 21.1�分)・白血球数の増加(9,175�µl と 11,090�µl)・PaO2 の低下(70.6Torrと 64.3Torr)・PaCO2 の 上 昇(40.9Torr と 46.8Torr)などはともに MRSA 肺炎疑診群で強くみられる傾向で

Page 3: 基礎疾患として呼吸器疾患を有し,MRSAを喀痰中に検出し …MRSA肺炎での治療の必要性に関する判断 147 Table 1 Background and physical signs on hospitalization

日呼吸会誌 45(2),2007.148

Fig. 1 Chest X-ray findings of pneumonia cases (n=37)

Fig. 2 Clinical course of non-MRSA pneumonia (n=16)

Fig. 3 Clinical course of MRSA pneumonia (n=21)

あった.(3)喀痰検査膿性痰の喀出率は非 MRSA 肺炎疑診群で 50.0%,

MRSA 肺炎疑診群で 90.5% と MRSA 肺炎疑診群で高頻度にみられる傾向であった.入院後の初めての喀痰検査で MRSA が検出されたのは 21 名(非 MRSA 肺炎疑診群の 62.5%,MRSA 肺炎疑診群の 52.4%)であった.MRSA が(3+)以上検出された症例は非 MRSA 肺炎疑診群で 7 名,MRSA 肺炎疑診群で 10 名であった.

最初に MRSA が検出された時点で,ほかに何らかの

病原微生物を検出したのは Table 2 のように 20 名であった.非 MRSA 肺炎疑診群 43.8%,MRSA 肺炎疑診群 61.9% で,MRSA 肺炎に複数菌を認める傾向にあった.

MRSA の他に複数菌として検出された菌株は K. pneu-

Page 4: 基礎疾患として呼吸器疾患を有し,MRSAを喀痰中に検出し …MRSA肺炎での治療の必要性に関する判断 147 Table 1 Background and physical signs on hospitalization

MRSA 肺炎での治療の必要性に関する判断 149

moniae 9 株,P. aeruginosa 7 株,A. calcoaceticus 3 株などで,非 MRSA 肺炎疑診群では P. aeruginosa や A. calcoace-

ticus など菌交代で生じた菌株が 7 例中 4 例にみられ,MRSA 肺炎疑診群では K. pneumoniae など 8 例に急性呼吸器感染症の原因菌がみられた.(4)肺炎発症時の胸部 X 線所見Fig. 1に肺炎発症部位分布を示す.非 MRSA 肺炎疑診

群も MRSA 肺炎疑診群も下葉に多かった.ただ,MRSA肺炎疑診群では上葉から発症する例が比較的多くみられた.

浸潤影主体の陰影は一側肺の 1�3 以内にとどまるものが多く,非 MRSA 肺炎疑診群の 68.8%,MRSA 肺炎疑診群の 52.4% を占めた.一側肺の 2�3 以上の広がりをみせる症例は非 MRSA 肺炎疑診群で 18.7%,MRSA 肺炎疑診群で 23.8% にみられた.(5)非 MRSA 肺炎疑診群の臨床経過Fig. 2は診療録で臨床経過を確認できた非 MRSA 肺炎

疑診群 16 例の臨床経過観察期間を同じ長さの棒グラフで示したものである.全臨床経過観察期間は平均 39.5日であった.13 名(81.3%)で観察開始時から肺炎が認められており,MRSA が検出される時期は全経過期間の平均で 30.4% までの期間,遅くとも 50% までの期間であった.肺炎発症後に MRSA が検出された症例に限ると,肺炎発症から MRSA が検出されるまでの実日数は平均 6.8 日であった.

治癒例(14 例;87.5%)では臨床経過観察期間の平均64.0% までに改善が得られ,2 名を除いて全臨床経過観察期間の 75% を超えることはなかった.MRSA 検出から治癒までの平均期間は 20.8 日(全経過観察期間の43.1% に相当)であった.(6)MRSA 肺炎疑診群の臨床経過Fig. 3 は MRSA 肺炎疑診群 21 例の全臨床経過観察期

間(平均 55.3 日)を,同じ長さの棒グラフで示したものである.観察開始時から肺炎が認められたのは 14 名

(66.7%)で,非 MRSA 肺炎疑診群に比べて低率であった.

MRSA が検出されるまでの期間はステロイド使用の有無によって異なる傾向であった.すなわち使用例 11名では,2 名は観察開始時すでに認められたが,5 名は全臨床経過観察期間の 75% 以後の時期に検出されており,ばらつきが強かった.9 例においてステロイド投与が MRSA 検出に先行した.これに対して非使用例 10 名では, 7 名が全臨床経過観察期間の 20% 未満の時点で,残りのうち 2 名は 40% までの時点で MRSA を検出した.8 例で肺炎発症が MRSA 検出に先行した.

肺炎発症後に MRSA が検出された症例に限ると,肺炎発症後から MRSA が検出されるまでの実日数は 9.5

日で,非 MRSA 肺炎疑診群と差がなかった.治癒例ならびにキャリアでの治癒例(12 例;57.1%)

では全例が全臨床経過観察期間の 50~100% の間(平均77.5% の時点)で治癒に至った.MRSA 検出から治癒までの平均期間は 32.8 日(全臨床経過観察期間の 57.4%に相当)であった.(7)グリコペプチド系抗生物質の使用VCM・TEIC が 使 用 さ れ た 8 名 の う ち 2 名 が 非

MRSA 肺炎疑診群(死亡 2 名),残りの 6 名が MRSA肺炎疑診群(治癒 2 名,保菌状態で改善 4 名)であった.非 MRSA 肺炎疑診群で死亡した 2 名は,肺癌の末期状態で,全身状態が著しく悪かった.MRSA 肺炎疑診群の 6 名は,4 名が他の抗生物質が効かなかったためVCM・TEIC が使用され,2 名は炎症所見や胸部 X 線所見が著しく悪かったために使用された.(8)予後複数菌の一つとして MRSA が検出されたのは 37 名中

20 名で,7 名が治癒,5 名が保菌状態での改善で,8 名が死亡した.2 名は肺癌死であったが,複数菌の一つとして MRSA が検出された際の死亡率の高さが目立った.MRSA 単独検出例では治癒 5 名,保菌状態での改善 9名,死亡あるいは悪化 3 名であった.

非 MRSA 肺炎疑診群では治癒あるいは保菌状態で改善した者が 14 名,死亡が 2 名であり,MRSA 肺炎疑診群では治癒あるいは保菌状態で改善した者が 11 名,死亡が 9 名であった.Fig. 2,Fig. 3 のように,MRSA の検出が遅いほど,肺炎の発症が遅いほど死亡例が多い傾向であった.

ステロイドの使用状況と予後との関係では,非 MRSA肺炎疑診群ではステロイド使用例 3 名は全員生存していた(2 名はステロイド使用中に肺炎を生じて MRSA 検出,1 名は MRSA 検出と同時期にステロイド開始)が,MRSA 肺炎疑診群では使用した 11 名中 5 名は死亡した.

考 察

呼吸器疾患を基礎疾患に持つ患者では,MRSA に起因する感染症の判断に難渋することが多い.どのような場合に MRSA を起因菌と考えるべきかについて臨床判断の根拠を得ることを目的に,MRSA に感受性のない抗生物質で改善した症例と VCM や TEIC によって改善が得られなかった症例を合わせた群(非 MRSA 肺炎疑診群)と,この定義に入らなかった症例群(MRSA 肺炎疑診群)に分けて比較検討を試みた.したがってこの症例群分類は MRSA の病因的な位置付けをもとに行われたものではないし,予後は MRSA のみではなくて他の病原微生物,基礎疾患,その他の病態が関与した可能

Page 5: 基礎疾患として呼吸器疾患を有し,MRSAを喀痰中に検出し …MRSA肺炎での治療の必要性に関する判断 147 Table 1 Background and physical signs on hospitalization

日呼吸会誌 45(2),2007.150

性もありうる.すなわち非 MRSA 肺炎疑診例とは治療診断的にかなりの確率で MRSA の関与が乏しいと考えられる症例群ということになり,MRSA 肺炎疑診例には非 MRSA 肺炎疑診例以上に多くの因子の関与がありうる.また非 MRSA 肺炎疑診群で MRSA 肺炎疑診群よりも平均年齢が高く,基礎疾患罹病期間も長い傾向であったことの理由には後者に肺癌が多く(28.6%),間質性肺炎例が 2 名ともに含まれたことが関係している可能性がある.

さて,喀痰から MRSA が検出された肺炎例の 43.2%が非 MRSA 肺炎疑診群で,MRSA の検出のみではただちに MRSA に対する治療を開始することは好ましくないという事実が示されたことは重要である.文献的にもMRSA 陽性患者の 4~5 割が MRSA 保菌にとどまり起因菌ではないことも多いと報告1)~3)されている.安易に喀痰中に MRSA を検出したという事実だけで VCM やTEIC の投与を行うことのないようにしなければならない.

肺炎像が先行し,MRSA 検出が遅れた場合の病態について考察する.肺炎像観察から MRSA 検出までの実日数は非 MRSA 肺炎疑診群で平均 6.8 日,MRSA 肺炎疑診群で平均 9.5 日であった.両者に差はなかったが,前者のほうが,観察期間も改善までの時日も比較的短く,予後も相対的に良好であったのは,非 MRSA 肺炎疑診群では菌交代現象として MRSA が出現しただけと考えると理解しやすい.すなわち,抗生物質治療によって病態が落ちついた時点での MRSA は新たな肺炎の原因にはならない場合が多い.一方,MRSA 肺炎疑診群では,常在化していた MRSA が肺炎の発症による体力低下を契機に顕在化し,続けて起因菌となり,観察期間や改善までの時日を延ばし,予後も不良とした可能性が考えられる.MRSA 肺炎疑診群は,院内肺炎のように観察期間後しばらくして発症する例が多く,重篤な基礎疾患や糖尿病の合併も多かったうえ,膿性痰を喀出し,ガス交換障害も強く,肺炎像も上葉から発症する例が目立つように誤嚥の関与以外の因子がかかわり,陰影の広がりは広範であった.

非 MRSA 肺炎疑診群の 18.8%,MRSA 肺炎疑診群の52.4% にステロイド剤が使用された.喘鳴や呼吸不全の改善,慢性炎症の抑制などを目的に全身状態の改善を目指した使用であった.そのステロイド剤の使用が MRSAの病態を修飾することが観察された.すなわち,ステロイド非使用例では MRSA の検出は観察開始後早期に見られる傾向であったが,使用例では検出時期にばらつきが大きかった.さらに非 MRSA 肺炎疑診群ではステロイド使用例は全員生存したが,MRSA 肺炎疑診群では使用例の 45% は死亡した.背景因子や病態の複雑さが

反映されているが,修飾因子としてステロイド使用は診断上も,治療上も注意が必要である.

最後に,MRSA の病原性を評価するうえで喀痰のグラム染色が有用であると言う報告4)5)は多く,それに関して触れないわけにはいかない.複数菌を認めた 20 例のうち 3 例は不適切な検体でグラム染色は評価できておらず,17 例のグラム染色の結果を検討した.MRSA(3+)とともに E. cloacae(2+)を認めていた非 MRSA 肺炎疑診例は,グラム染色ではグラム陽性球菌(3+)しか認めず,MRSA 肺炎である可能性が高かった.この症例は VCM を投与したにも関わらず死亡したため非MRSA 肺炎疑診群に入れたが,肺癌の末期で全身状態が悪く,そちらで亡くなった可能性もあり,また VCMの血中濃度が病巣で有効な薬物濃度に達していなかった可能性も考えられる.同様に MRSA(2+)とともに E.aerogenes(1+)を認めた非 MRSA 肺炎疑診例も,グラム染色でグラム陽性球菌(3+)しか認めなかったが,SBT�CPZ のみで肺炎が治癒しており,これは非 MRSA肺炎で問題なかったと考える.このようにグラム染色のみで起因菌を決定することは難しいが,判断の指標にはなると考える.反対に MRSA 肺炎疑診例に分類された1 例に,グラム染色でグラム陽性球菌を認めずグラム陰性桿菌のみを認めたものがあり,これは非 MRSA 肺炎に分類されるべきであったと考える.この症例は MINOに MRSA の感受性があったことから,MRSA 肺炎疑診例に入れたが,MINO が K. pneumoniaeに効いた可能性が高い.以上の 2 例をそれぞれ違う群に入れ替えて再検討した結果,理学的所見,検査所見,喀痰検査所見,画像結果,臨床経過,予後など,これまで検討してきた結果に大差を生じず,結果はほぼ同じであった.以上より,今回の 2 群は MRSA 肺炎か非 MRSA 肺炎かの指標を明確にするために暫定的な基準を設けて便宜上分けた群分類であったが,この結果が両者に間違いなく群分けされた時に認めるだろう結果と大きな差を生じないと考える.本来は MRSA の起因性を判断するうえで有用と言われるグラム染色を重視して群分類を行うべきであったかもしれないが,実際にはグラム染色はその検査を行う人間の技能により差を生じるうえ,その判断が難しいために一般臨床家には近寄りがたい領域で,そのために新しい市中肺炎ガイドラインからもはずされており,我々も今回グラム染色所見を検討項目に入れなかったし,敢えて群分類には使用しなかった.ただ,グラム染色の有用性は多くの文献で述べられている通りであり,今回の検討結果が実際の臨床現場で実感する結果と大きくかけ離れているとは考えにくいが,次回はグラム染色を肺炎の群分類にも考慮して再検討を図りたい.

我々は今まで喀痰に MRSA とともに複数菌を認める

Page 6: 基礎疾患として呼吸器疾患を有し,MRSAを喀痰中に検出し …MRSA肺炎での治療の必要性に関する判断 147 Table 1 Background and physical signs on hospitalization

MRSA 肺炎での治療の必要性に関する判断 151

場合,まずはそれらに感受性のある抗生物質より開始し,効果なく徐々に肺炎が悪化したり,最初から病態があまりに悪くて予後不良が予測できる症例に VCM や TEICを使用してきたが,本稿の成績から,喀痰中に MRSAを認める症例のうちで,次のような細菌性肺炎を疑う病態を診た場合に,MRSA を起因菌とする可能性を指摘したいと思う.①糖尿病のコントロールが不良であったり,長期にわたってステロイド剤が使用されている場合,②上葉に浸潤影を認め,広範な陰影を認める場合,③高度なガス交換障害がある場合や MRSA 検出から 1 カ月しても改善を認めない場合,④入院後しばらくして発症した院内肺炎や全身状態の悪化を伴って予後が悪いと判断できる場合,⑤ K. pneumoniaeなどの複数菌感染があり膿性痰が続く場合で,一般的な抗生物質治療に反応が乏しい場合などである.

上気道に定着した MRSA が呼吸器感染症や腸炎の原因になるし6)~11),外来での MRSA 保菌者は 30% に達するという報告12)もある.MRSA 保菌者をどのように管理していくかは今後の検討課題である.

文 献

1)Huang SS, Platt R. Risk of methicillin-resistantStaphylococcus aureus infection after previous in-fection or colonization. Clin Infect Dis 2003 ; 36 :281―285.

2)武田誠司,多々良一郎,向野賢治,他.患者の栄養状態とメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の起因性に関する検討.感染症学雑誌 1996 ; 70 :354―359.

3)McManus AT, Mason AD Jr, McManus WF, et al.

What’s in a name? Is methicillin-resistant Staphylo-coccus aureus just another S aureus when treatedwith vancomycin? Arch Surg 1989 ; 124 : 1456―1459.

4)佐竹幸子.市中肺炎へのアプローチ―喀痰の性状とグラム染色と培養.Medicina 2000 ; 10 : 1584―1585.

5)井端英憲.患者さんへの説明力アップ!呼吸器検査のチェックポイント―喀痰検査の基礎知識.呼吸器ケア 2005 ; 3 : 538―553.

6)渡辺 浩,佐藤哲史,栗田伸一,他.MRSA 便培養陽性 18 例の臨床的検討―特に腸炎発症例と定着症例の比較について―.感染症学雑誌 1996 ; 70 :1170―1175.

7)Cookson B, Peters B, Webster M, et al. Staff car-riage of epidemic Methicillin-resistant Staphylococ-cus aureus. J Clin Microbiol 1989 ; 27 : 1471―1476.

8)Bradley SF, Terpenning MS. Methicillin-resistantStaphylococcus aureus : Colonization and infectionin a long term care facility. Ann Intern Med 1990 ;115 : 417―422.

9)Muder RR. Methicillin-resistant Staphylococcal colo-nization and infection in a long term care facility.Ann Intern Med 1991 ; 114 : 107―112.

10)炭山慶伸,草地信也.術後感染症―予防と治療のためのマニュアル.MRSA の検出される無症状性術後患者の管理.消化器外科 1994 ; 17 : 93―99.

11)渡辺 浩.MRSA への新しいアプローチ―保菌者対策への新しいアプローチ.Infection Control2000 ; 9 : 26―30.

12)菊池 賢.MRSA�各種耐性菌の現状と対策.日本医師会雑誌 2002 ; 127 : 347―352.

Page 7: 基礎疾患として呼吸器疾患を有し,MRSAを喀痰中に検出し …MRSA肺炎での治療の必要性に関する判断 147 Table 1 Background and physical signs on hospitalization

日呼吸会誌 45(2),2007.152

Abstract

Clinical study of 37 pneumonia patients in whom MRSA was identified from sputum

Chie Moritani1)*, Yasuyuki Taooka1)**, Akiko Mito1), Ryohei Nishino1)**, Haruko Daga1),Nobuyuki Ohashi1)and Ken-ichi Arita1)

1)Departments of Respiratory Disease, Hiroshima Red Cross Hospital and Atomic Bomb Survivors Hospital*present address : Department of Internal Medicine, Hiroshima City Asa Hospital

**present address : Second Department of Internal Medicine and Department of Molecular and Internal Medicine,

Graduate School of Biomedical Sciences Hiroshima University

When we studied the clinical aspects of 37 pneumonia patients with underlying respiratory disease in whomMRSA 1+was identified from sputum, 43.2% of these 37 pneumonia cases were diagnosed as MRSA colonization.The whole clinical course of these pneumonia patients with MRSA colonization was average 39.5 days, on theother hand, the whole clinical course of MRSA pneumonia group was 55.3 days. We should consider that MRSAmust be a cause of pneumonia, in only such cases as follows ; ① patients with unstable diabetes mellitus, or withlong-term administration of steroid, ② patients with infiltrative shadows appeared not only in the lower lobe butalso the upper lobe in the chest x-ray films, ③ patients with remarkable decrease of PaO2 or patients who failed torecover within one month from MRSA isolation, ④ patients with nosocomial pneumonia or patients with poor per-formance status or poor prognosis, ⑤ patients with purulent sputum containing MRSA or other bacteria such asK. pneumoniae etc and patients who failed to respond to general antibacterial agents.