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系統講義シラバス「肥満の成因・病態・治療 」

担当:鈴木 亮

講義の目標

1) 肥満が増加している要因を理解する。

2) 肥満に合併する疾患群について理解する。

3) 肥満の診断基準について理解する。

4) 肥満の治療について理解し治療が難しい理由を考える。

5) 肥満をきたす分子機序について理解する。

1.肥満の増加と健康に対する影響

近年、食生活の変化(高脂肪食化)や車の普及や交通手段の発達に伴い運動不足の生活によ

り肥満者が急増し健康障害を有する者の数が増加している。若年より肥満をきたし、肥満に伴

う糖尿病、高脂血症、高血圧などの動脈硬化性の危険因子を複数有する者が増加し、虚血性心

疾患・脳血管障害・閉塞性動脈硬化症などの動脈硬化性疾患の発症により「生活の質の低下」

により健康寿命の短命化が大変な問題となっている。

2012 年度の厚生労働省の統計では、肥満者

(BMI≧25)の割合は、男性 29.1%、女性

19.4%であり、男性では 40 歳代(36.6%)が

最も多く、次いで 50 歳代(31.6%)の順であ

る 。 ( 〔 BMI=Body Mass Index: 体 重

(kg)÷(身長 (m)× 身長 (m)) 〕で 計 算さ れ る 。

BMI=22 の値で最も長命であるというデータ

がある。日本肥満学会の診断基準では 25 以上

で肥満と診断する)。2000 年以降の年次推移

を見ると、男性の 20-60 歳代では肥満者の増

加傾向が続いている。また厚生労働省の調査か

ら1日 4,000 歩未満の運動不足の者は、より

肥満のリスクが高くなることが明らかにされ

た。また栄養素の摂取割合の変化をみると、摂

取総カロリーは 1975 年をピークにしてむし

ろ減少傾向にある。しかし、高脂肪食、特に動

物性脂質の摂取量は近年ますます増加傾向にあり、肥満の原因として問題なのは摂取脂肪量の

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増加であると考えられる。

2.肥満とは?

肥満は「過剰に脂肪組織が蓄積した状態」と定義されるが、医学的に肥満が問題になるのは

健康に障害をもたらすまでに至った場合である。

2-1 脂肪組織の役割

食糧の供給が十分でない時代には、食物が摂取可能なときにエネルギーを貯蔵する能力が生

存に必須である。脂肪細胞は過剰なエネルギーを中性脂肪として効率よく貯蔵し、食物が欠乏

してエネルギーが必要な時に遊離脂肪酸として放出する。ヒトはこの脂肪組織に貯蔵されて

いるエネルギーのおかげで、飢餓状態にあっても数ヶ月間生き延びることができる。

進化という観点からいえば、人類の歴史は食糧の供給が十分でなく飢餓状態であったため、

過剰なエネルギーを貯蔵するという体質は、進化上、有利に働いてきたと考えられている。

飢饉のたびに、過剰なエネルギーを脂肪として効率よく貯蔵するようにヒトは進化したと考

えられ、この説は「倹約遺伝子説」と呼ばれている。しかしながら、ここ 20〜30 年間に、欧

米人及び日本人の生活は、食物がいつでも手に入る状態になり、また交通機関の発達により運

動量が減ってきた。このような食糧が少ない状態からいつでも食物が入手可能で過剰な状態

に、また運動量が少ない生活に変化することにより、今まで進化の過程で培ってきたエネル

ギー貯蔵に作用する倹約遺伝子が、逆に脂肪組織でのエネルギー貯蔵過剰による肥満とそれに

伴う健康障害をうみだす結果となってきた。

2-2 「肥満」と「肥満症」

肥満と判定された集団の中でも、肥満の程度によらず明らかな代謝異常などの合併症をもた

ない例が多数存在する。しかし、一方で肥満の程度が軽い例においても、明らかな肥満によ

る健康障害をもつ例が多数存在することが明らかとなっており、健康障害の改善維持の観点か

ら、臨床的に速やかに減量治療が必要な例が肥満の程度によらずかなり存在する。日本肥満学

会では、「肥満症」とは、「肥満に起因ないし関連する健康障害を合併するか、臨床的にその

合併が予測される場合で、医学的に減量を必要とする病態」と定義している。すなわち、「肥

満症」は「肥満」の中でも病的な疾患単位として医師が専門的に取り扱う病態と考えられる。

とくに肥満と健康障害との関連では、肥満の程度よりも脂肪蓄積部位の相違すなわち脂肪分布

が重要であることが明らかとなっており、「肥満症」の診断に際して脂肪分布を考慮してい

る。

3.肥満の診断

3‐1.肥満と体重の関係

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BMI=体重( kg )

身長( m ) × 身長( m )

肥満とは、体脂肪量(体脂肪率)の増加を示す。したがって、必ずしも体重の増加=肥満で

はない。たとえば、スポーツ選手などで筋骨隆々となったために体重が増えている人は、医

学的な意味での肥満ではない。また、見かけは太っていないが筋肉が少なく体脂肪率が高い

場合には、肥満に伴う合併症を有することも多く医学的に「肥満症」に準じて扱うべき症例も

ある(「やせ肥満」)。

3‐2.体脂肪量の測定

3‐2‐1.Body Mass Index(BMI)直接脂肪量を示したものではないが、国際間で最も広く通用する体格指数としては Body

Mass Index(BMI)がある。

BMI は、簡便であるうえ体脂肪量とよく相関する。しかしながら、脂肪重量と除脂肪体重

(lean body mass)を区別はできないのが難点である。

3‐2‐2.生体インピーダンス法

インピーダンス法とは電気抵抗のこと。体全体を一つの抵抗体と考えて、脂肪のつき方の程

度によって抵抗性が変わることを利用する。除脂肪部位は電流をよく伝える。人体に微弱な交

流電気を流し、その抵抗性によって、予めコンピュータに組み込まれた計算式により体脂肪率

を計算する。ただし、皮膚に汗が付着したり食事直後で体内の水分が多かったりすると、電気

抵抗は低い値を示すため、室温や身体状況など測定条件に留意しなければならない。

3‐3. BMI と疾患

日本での疫学調査により各種の疾病で異常

の 合併 率が も っ と少 な い点は 、 BMI が

22.2 であることが明らかになった。これ

に基づいて有病率のもっとも少ない理想体

重は日本肥満学会により以下のように提言

されている。

標準体重=身長(m)×身長(m)×22

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例えば、身長 170cm の人の標準体重は次のようになる。

  1.7×1.7×22≒63.6 (kg)日本肥満学会では、標準体重の算出式に基づいて、肥満度の算出法を次のように定めた。

肥満度(%)=(実測体重 標準体重)− ÷標準体重×100

3‐4. 脂肪の分布と疾患

体内で脂肪の沈着する場所により内臓

脂肪と皮下脂肪に分けられる。内臓に

蓄積している内臓脂肪は、殿部や下肢

に沈着している皮下脂肪に比べ、イン

スリン抵抗性や動脈硬化性疾患の発症

率に強く関与するなど健康に対する障

害が大きいことが報告されている。

3-4-1ウエスト周囲長(臍周囲長)による判定

 ウエスト周囲長の測定し、肥満の形態を上半身肥満と下半身肥満とに分類することができ

る。ウエスト周囲長は、上半身肥満をみるのに有用であるが、内臓肥満を正確に評価すること

はできない。

 上半身肥満とは、主としてお腹から上に脂肪のたまるもので、いわば「腹部型肥満」である。

その体型から「りんご型肥満」とも呼ばれる。また下半身肥満は、お腹から下半身にかけて脂

肪のたまるタイプで、「臀部型肥満」ともいえる。体型からは「洋梨型肥満」とも呼ばれる。

日本人の場合、ウエスト周囲長が男子で 85cm 以上、女子で 90cm 以上のものを、上半身

肥満の疑いとする。

3-4-2 内臓肥満の評価法

BMI が 25 以上で、ウエスト周囲長の測定により上半身肥満の疑いのある患者さんに行う。

現在のところ腹部 CT を用いた方法が最も一般的である。CT法による臍レベルの横断面スラ

イスでの腹腔内の内臓脂肪面積が、内臓脂肪全体量をよく反映することが明らかになっており、

この断面での内臓脂肪面積値の計測が行われている。内臓脂肪面積が 100cm2 以上の場合、内

臓肥満とする。

内臓肥満と皮下脂肪肥満

インスリン抵抗性、糖尿病、高血圧、高脂血症や女性の高アンドロジェン血症のような肥満

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の合併症は、総脂肪量より内臓脂肪に強く相関する。内臓脂肪は、脂肪分解がおきやすく、中

性脂肪が分解され生成した遊離脂肪酸が門脈を通って、特に肝臓に対し代謝的な悪影響を与え

ると考えられている。内臓脂肪蓄積群と非蓄積群の比較では、内臓脂肪蓄積がインスリン抵抗

性、耐糖能障害、脂質代謝異常、高血圧と相関していることがわかる。また、虚血性心疾患を

発症する群では有意に内臓脂肪の蓄積が多いと報告されてきた。

この内臓脂肪は遊離脂肪酸の放出能が高いだけでなく、多くの分泌蛋白質の mRNA の発現

が増加しているという。このような分泌蛋白質(ホルモン:アディポサイトカインとも呼ば

れる)の一部には、肝臓や骨格筋や脂肪細胞でのインスリン抵抗性を改善したり増悪する分泌

蛋白質が報告されている。また、脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインの一部には、

血管内皮細胞、平滑筋細胞などを障害する作用があるものもある。

内臓脂肪を切除するとインスリン抵抗性が改善することが動物実験でも確認されている。内

臓脂肪を切除しても体全体の脂肪の量としてはあまり変わらないが血中インスリン値は約半

分となりインスリン抵抗性が改善するという。

3-4-3.メタボリックシンドローム

高脂肪食と運動不足によりエネ

ルギー過剰になり肥満をきたし

た者では、高インスリン血症・

インスリン抵抗性の呈するとと

もに、耐糖能異常、高血圧、脂

質代謝異常(高中性脂肪血症・

低 HDL-Chol 血症)などの動脈

硬化疾患の危険因子を複数有す

ることが多い。

これらは、内臓脂肪症候群、死

の四重奏、syndrome X などと呼ばれてきたが基本となるのはいずれも、エネルギー過剰に

伴う病態である。最近、これらはまとめて「メタボリックシンドローム」と呼ばれるように

なった。2005 年 4月に発表されたメタボリック症候群の診断基準を示す(日本内科学会など

の 8 学会の委員で構成される「メタボリックシンドローム診断基準検討委員会」)。

4. 肥満と疾患

標準体重である BMI 22 を対照とすると、BMI 25 ではその健康障害合併の相対危険度の約

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2倍となることが明らかにされている(「日本人の BMI に関する研究」)。

理想体重の 200%をこえる高度の肥満の場合、死亡率で 12倍にまでなる。肥満度の増大に

したがって死亡率は増加するが、内臓肥満を伴っている場合に特に著しい。

4‐1.肥満は生活習慣病の温床

肥満は多くの場合、各種生活習慣病の準備状態だということができる。

統計によれば、肥満者は正常体重者に比べて、高率に糖尿病を合併する。同様に、高血圧症

は約 3.5倍、胆石症と不妊症では約 3倍、痛風は約 2.5倍、心臓血管障害は約 2倍、関節障害

は約 1.5倍合併しやすい。

また、悪性新生物(癌)についても、

肥満との合併率が有意に高いことが指

摘されてきた。

4‐2.インスリン抵抗性と2型糖尿病

肥満には高率にインスリン抵抗性(高インスリン血症)と糖尿病が合併する。肥満の改善に

伴いインスリン抵抗性も糖尿病も改善する。インスリン抵抗性は内臓肥満により強く相関する。

なぜ、肥満でインスリン抵抗性をきたすかに関してはいくつかの説がある。肥満者の脂肪細

胞が肥大化していることが注目されている。肥大化した脂肪細胞では、代謝活性が低下してい

るばかりでなく、インスリン抵抗性を誘導する物質(TNFα や遊離脂肪酸など)の分泌が多

かったり、インスリン感受性ホルモン(アディポネクチンなど)の分泌が低下する。また、

肥満者では、視床下部でのレプチン抵抗性が誘導されこれもインスリン抵抗性の増悪に働く。

肥満によりインスリン抵抗性があってもインスリン分泌が良好な場合には糖尿病を発症しな

い。減量に成功すると、軽度であってもインスリン感受性が改善し血糖値のコントロールは

改善する。

肥満を合併した2型糖尿病の治療に関しては、食事療法と運動療法の遵守による減量が最も

重要である。その上で、血糖値のコントロールが不良の場合には、体重が増えにくくインス

リン抵抗性改善作用のあるビグアナイド薬(禁忌がないことを確認する)などがすすめられ

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る。近年登場したインクレチン関連薬(DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬)は、体重増加

や低血糖を起こしにくく、特に GLP-1受容体作動薬は胃内容物排出抑制作用、食欲抑制作用

などの多彩な作用を持つため、肥満を合併した 2型糖尿病の治療に良い適応である。また、体

重が増えにくいという点では、αグルコシダーゼ阻害薬もよい。チアゾリジン薬は、インス

リン抵抗性改善薬であるが食事療法や運動療法の遵守しない患者に用いると一時的に血糖のコ

ントロールが改善するが体重が増加し肥満が増悪することが多い。肥満者ではインスリン抵

抗性が主な原因であるので、インスリン抵抗性の改善を第一に考え、それでもコントロール

不良の場合に、インスリン分泌を促進するスルホニル尿素薬やグリニド薬を用いる。

4‐3.動脈硬化の危険因子と動脈硬化

疾病との関連でとりわけ注意しなくてはならないのは、肥満には心肥大や冠動脈疾患などの

心臓血管障害、ならびに脳血管障害などが合併しやすいことである。

Framingham研究では、男性の場合も女性の場合も 26 年間の調査期間内での心血管障害

(冠動脈、脳卒中、心不全)の頻度においても、肥満は独立した危険因子である。また、肥満

に高率に合併する糖尿病や高血圧、脂質代謝異常などの動脈硬化の危険因子を介した動脈硬化

の発症の関与も大きい。

内臓肥満は特に、LDLコレステロールの増加、VLDL や中性脂肪の増加など動脈硬化を促進

させる脂質代謝異常を高血圧も合併し、虚血性心疾患を高率に合併しやすい。

肥満による高血圧の原因としては、末梢血管抵抗の上昇、心拍出量の上昇、交感神経の緊張

の上昇、食塩感受性、インスリンによるナトリウムの貯留などが関与するとされる。少し体

重を減らしただけで血圧は下がる。

4‐4.呼吸器系

肥満は、数多くの呼吸器疾患を合併する。胸壁のコンプライアンスの低下、呼吸に要する力

がより必要であること、代謝量の増加に伴う換気量の増加、肺活量や残気量の低下などが肥満

に伴っておこる。高度の肥満は睡眠時無呼吸症候群を伴うことがある。この睡眠時無呼吸は大

体閉塞性呼吸障害であるが、中枢性、混合性の場合もある。10〜20kg 体重を減らすと改善す

る。重篤になれば持続的陽圧呼吸が適応となる。

4‐5.生殖器系

肥満は、男性の場合も女性も場合も生殖系へも影響を与える。

男性の不妊は、脂肪組織の増大、特に女性型パターンをとる場合に合併することがある。高

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度肥満の男性では、血中のテストステロン値、性ホルモン結合グロブリン(SHBG)が、しば

しば低下している。

女性の場合、肥満特に上半身肥満が月経異常と関係する。アンドロジェン産生の上昇、

SHBG の低下や末梢でのアンドロジェンをエストロジェンへの変換がみられる。無月経を伴

う肥満者は、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS: polycystic ovary syndrome)を呈することがあ

る。無排卵、LH の高値、卵巣由来の高アンドロジェン血症を特徴とする。PCOS を呈する女

性は肥満のことが多い。非肥満女性で PCOS を伴う場合には、インスリン抵抗性を有してい

る。インスリン抵抗性と高インスリン血症が PCOS の病態に関与しているものと考えられて

いる。

PCOS を伴った肥満女性が減量に成功したりインスリン感受性改善薬によりインスリン抵抗

性が改善すると、上昇していたエストロン値やゴナドトロビンの分泌も低下し正常月経も回

復する。

4‐6.胆石

肥満は、コレステロールの胆汁への排泄の増加、胆汁の過剰飽和、胆石の高頻度、特にコレ

ステロール胆石をよく合併する。理想体重の 1.5倍の者は、有病性の胆石を6倍以上の比率で

有する。

4‐7.癌

肥満には男性・女性とも大腸癌、胆嚢癌が合併しやすい。女性では子宮体癌や卵巣癌、乳癌

が、男性では前立腺癌なども、それぞれ合併しやすいという。

4‐8.整形外科的疾患や静脈系の疾患

肥満には、過重や外傷により変形性関節炎を合併する率が高い。痛風の合併率も高い。黒色

表皮種も高度の肥満とインスリン抵抗性に合併する。静脈うっ帯も肥満に合併する。

5.二次性の肥満

5-1.Cushing 症候群

肥満は通常、中心性肥満、高血圧、耐糖能障害をきたすが、Cushing 症候群の他の特徴は有

さない。単純肥満でもコルチゾールの産生や尿中代謝産物(17-OH ステロイド)は増加して

いることがある。しかしながら Cushing 症候群と異なり、血中・尿中のコルチゾール値の基

礎値や CRH や ACTH に対する反応は正常である。1mg の overnight のデキサメサゾンの抑

制試験では 90%で正常である。残りの 10%は標準の 2 日間の low dose デキサメサゾン抑制試験をすることにより正常であることを確認する。

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5‐2.甲状腺機能低下症

肥満を評価する時、甲状腺機能低下症の可能性も考える。甲状腺機能低下症は、TSH の測定

により容易に診断されるため容易に除外される。体重増加の原因は粘液水腫のためである。

5‐3.インスリノーマ

インスリノーマでの患者も体重増加をきたす。低血糖に対して補食・過食をするためだと考

えられる。

5‐4.頭蓋咽頭腫など視床下部の器質的疾患

腫瘍、外傷、炎症などどんな原因であれ、満腹感、飢餓、エネルギー消費をコントロールす

る視床下部の器質的な異常は肥満をきたす。たとえ視床下部の機能異常が軽度であっても肥満

を呈する可能性があり、単純肥満の原因になりうる可能性はある。

6. 「肥満症」の診断基準

「肥満症」とは、肥満に起因ないし関連する健康障害を合併するか、その合併が予測される

場合で、したがって、医学的に減量を要する病態をいう。これに該当する肥満は、肥満症とい

う疾病として扱うことになる。

6‐1. BMI 25 以上を肥満とする結論にはいかにしていたったか

厚生労働省の調査で、人間ドック受診者 634名(男性 442名、女性 192名)、平均年齢

57±10 歳を対象として、BMI別の肥満にともなう健康障害〔耐糖能異常、高血圧、脂質代謝

異常、高尿酸血症、心疾患(心電図異常)〕の平均合併数を検討したところ、5つの健康障害

の平均合併数は BMI の増加とともに上昇するが、BMI 25 を超えると一段とその合併数は増加

した。さらに同じ厚生労働省班研究の報告によれば、従来、本邦で用いられてきた肥満の判定

基準である、標準 BMI 22 の+20%である BMI 26.4〜30 までの集団と、BMI 25〜26.4 未満

の集団で合併するリスクを比較すると、BMI 25 以下の正常者集団を対照としたリスク合併の

相対危険度はそれぞれ 3.9および 2.5 と高値であり、BMI 25 を肥満の判定基準値とする設定

に妥当性を与える報告もされている。

肥満度の分類

BMI 判 定 WHO 基準

<18.5 低体重 Underweight

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18.5≦ 〜 <25

25≦ 〜 <30

30≦ 〜 <35

35≦ 〜 <40

40≦

普通体重

肥満(1度)

肥満(2度)

肥満(3度)

肥満(4度)

Normal range

Preobese

Obese class I

Obese class II

Obese class III

身長あたりの体重指数〔BMI(body mass index):体重 kg / (身長

m)2〕をもとに上表のように判定する。

*ただし、肥満(BMI≧25)は、医学的に減量を要する状態とは限らな

い。なお、標準体重(理想体重)は、もっとも疾病の少ない BMI 22 を

基準として、標準体重 kg=(身長 m)2×22 で計算された値とする。

**BMI≧35 を高度肥満と定義する。

以上の結果から、WHO などが提唱する区分基準の国際的な大枠からはずれない範囲内で、

しかもわが国の肥満に関する特異性も考慮に加え、日本肥満学会のコンセンサスカンファレ

ンスなどで討議を経た上で、BMI 25 以上を肥満と判定する結論に達したものである。

6‐2. 日本肥満学会の診断基準を以下に示す。

表1 肥満の判定

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表2 肥満症の定義と診断基準

肥満症の定義:

肥満症とは、肥満に起因ないし関連する健康障害を合併するか、その合併が予測さ

れる場合で、医学的に減量を必要とする病態をいい疾患単位として取り扱う。

肥満症の診断:

肥満と判定されたもの(BMI 25 以上)のうち、以下のいずれかの条件を満たすも

1)肥満に起因ないし関連し、減量を要する(減量により改善する、または進展

が防止される)健康障害を有するもの

2)健康障害を伴いやすいハイリスク肥満

ウエスト周囲長のスクリーニングにより内臓脂肪蓄積を疑われ、腹部 CT検査

によって確定診断された内臓脂肪型肥満

肥満に起因ないし関連し、減量を要する健康障害

I. 肥満症の診断基準に必須な合併症

1)耐糖能障害(2型糖尿病・耐糖

能異常など)

2)脂質異常症

3)高血圧

4)高尿酸血症・痛風

5)冠動脈疾患:心筋梗塞・狭心症

6)脳梗塞:脳血栓症・一過性脳虚血発作

7)脂肪肝(NAFLD)

8)月経異常、妊娠合併症

9)睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群

10)*整形外科的疾患:変形性関節症・腰痛

11)*肥満関連腎臓病

*脂肪細胞の量的異常がより強く関与

II. 診断基準に含めないが、肥満に関連する疾患

1. 良性疾患:

 胆石症

 静脈血栓症・肺塞栓症

 気管支喘息

 皮膚疾患(偽性黒色表皮種、

  摩擦診、汗疹)

2. 悪性疾患:

 胆道癌

 大腸癌

 乳癌

 子宮内膜癌

表3 二次性肥満(症候性肥満)および食行動異常の取扱いと病型分類

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二次性肥満(症候性肥満)および食行動異常についての考え方

 日常診療では、肥満と判定した場合、下記の二次性肥満および食行動異常の可能性

についても考慮する必要がある。これらについても、原発性肥満(単純性肥満)と同

様に、肥満に起因ないし関連する健康障害の判定を行うが、その治療は主として原因

疾患および行動異常の要因に対して行う必要がある。

I. 二次性肥満

1)内分泌性肥満

①Cushing 症候群

②甲状腺機能低下症

③偽性副甲状腺機能低下症

④インスリノーマ

⑤ 性腺機能低下症

⑥Stein-Leventhal 症候群

2)遺伝性肥満(先天異常症候群)

①Bardet-Biedl 症候群

②Prader-Willi 症候群

3)視床下部性肥満

①間脳腫瘍

②Frölich 症候群

③Empty sella 症候群

4)薬物による肥満

① 向精神薬

②副腎皮質ホルモン

II. 食行動異常

1)食欲の認知性調節異常:間食・ストレス誘発性食行動

2)食欲の代謝性調節異常・過食・夜間大食

3)偏食・早食い・朝食の欠食

 

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7.肥満の成因

7‐1.エネルギーバランスの調節:エネルギーバランスという概念

安定した体重が比較的長期間保たれる理由は、エネルギー摂取量とエネルギー消費量が精密

に調節されているためである。このバランスがわずかでも崩れると体重の変動がおこる。た

とえば 0.3%だけでもエネルギーの摂取量が過剰になると 30 年間で 9kg の体重増加になる

(30 歳〜42 歳の間の者だと 20%死亡の危険が増加する)。無理に過剰に食べたり、絶食に

より体重が変化すると、これらをもとに戻す生理的な変化がおこる。すなわち過食に伴って

食欲は減りエネルギーの消費は増加する。

一方、体重減少にともない食欲は亢進しエ

ネルギー消費が低下する。

この主な体重を一定に保つ調節因子、ある

いは脂肪組織の量を中枢に伝える因子は脂肪

細胞由来のレプチンというホルモンである。

レプチンは、視床下部に働き、食欲の低下・

エネルギー消費の亢進、神経内分泌機能を調

節する。1994 年、ob/obマウスの原因遺伝

子が、Friedman らによりレプチンという脂肪細胞から分泌されるホルモンであることが明ら

かにされた。エネルギーの消費は、(1) 基礎代謝、(2) 食物を代謝したり貯蔵した時に必要な

エネルギー、(3) 身体活動、(4)低温下でおこる適応熱産生を含む。

脂肪細胞には、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の二種類ある。白色脂肪細胞は、中性脂肪とし

てエネルギーを貯蔵する機能を持っている。一方、褐色脂肪細胞はミトコンドリアの機能が

発達しており、脱共役蛋白質:UCP を高発現しており低温下での熱を産生する機能(適応熱

産生)を有している脂肪細胞である。交感神経から密に褐色脂肪細胞に神経終末が分布してい

る。褐色脂肪細胞には β 3アドレナリン受容体が高発現し交感神経からの刺激を受け取ってい

る。褐色脂肪細胞には寒い時に体温を保つ作用がある。

7‐2.遺伝因子

肥満は家族性にみられるが、通常は

Mendel形式の遺伝を示さない。養子

の研究からは、育てた親より生物学的

な親に肥満度は相関していた(0.06 vs 0.19)。双生児の肥満に対する大

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規模調査では、肥満の一致率は一卵性(0.74)の方が二卵性(0.32)の約2倍を示し、ヒト

肥満における遺伝的因子の強さが指摘されている。

Bouchard らは、12組の一卵性双生児に正確に一定量の過食(1000kcal/日)の負荷をか

けた。異なる双生児のペア同士で、脂肪のつきやすさは異なったが、双生児同士では驚くほ

ど一致していた。遺伝的に同一であれば肥満しやすさも同程度であることから、基礎代謝率

や適応熱産生などのエネルギー消費効率はある程度、遺伝的に規定されているものと考えら

れた。

ob/obマウス、db/dbマウスや Ayマウスなどのマウスでの単一原因遺伝子による肥満の原

因遺伝子がクローニングされることにより、視床下部での肥満を制御するパスウェイが明ら

かになったが、またこれらのパスウェイがヒトでも保存されていることが明らかになった。

ヒトの高度の肥満でもレプチン、レ

プチン受容体、MC4受容体の遺伝子

座の異常からおこりうることも、こ

れらのパスウェイが重要であること

を示す。しかしながら、これらの異

常は非常に稀であることから、殆ど

のヒトの肥満は多因子遺伝と考えら

れる。肥満は先進工業国社会で増加

していることから、肥満をきたす遺

伝子は、過食・高脂肪食・運動不足などの負荷がかかった時にエネルギー貯蔵に有利に働いて

しまう遺伝子群と考えられる。

倹約遺伝子

人類は長年飢餓の危険に耐えて生活してきた結果、エネルギー貯蔵能力が高く少ないカロ

リーで生き残る事が出来る体質が生存に有利であったと考えられる。食べ物がいつでも手に

入る飽食の時代を迎えると、 エネルギー貯蔵能の高い体質のものは容易に肥満をきたしたこ

とは当然の結果とも言える。人類は進化の過程で、エネルギー貯蔵の体質を司る遺伝子を蓄え

てきたと考えられる。この遺伝子の実体は、肥満者に多く見られる遺伝子多型を明らかにあ

うることにより徐々に明らかにされつつある。熱産生やエネルギー消費に関係し脂肪細胞に

高発現している β3アドレナリン受容体の場合には、活性が低く脂肪分解能が低下している

W64R 多型が W64 多型(64番目のアミノ酸トリプトファン(W)がアルギニン(R)に変化し

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ている)に比べ、肥満者や2型糖尿病者に高いと報告されている。また、脂肪細胞分化のマス

ター遺伝子である PPAR遺伝子の場合にも、高活性の Pro12 多型が低活性の Pro12Ala 多型

に比べて2型糖尿病やインスリン抵抗性を有するものに高率に見られる。

7‐3.環境因子

遺伝的関与が強いとしても、環境因子が重要なのはいうまでもない。近年、欧米・日本での

肥満の急増は遺伝子の変化のためではなく、過食・高脂肪食・運動不足などのライフスタイル

の変化によるものである。胎児期の低栄養なども関連しているという。

8.治療

食行動を変容し、食事療法や運動療法を行うことにより減量の達成を図る。減量の試みは、

短期間でみれば減量に成功するが、長期間でみると何らかのきっかけで再び体重が元に戻っ

てしまう場合が多い。体重が、正常体重にならなくても糖尿病も高血圧も改善する場合が多い。

減量したままその体重を維持できることは稀である。また、薬物は、補助療法としては使わ

れる場合があるが中心的な治療法とはなりえない。

8-1,行動の変容

行動の変化は、最近の減量プログラムの中心となっている。

① 食行動質問表

日常生活のなかでどのような行動が肥満に至るのかを、患者さんに自覚してもらうのが第一

歩である。本人が薄々と感じていながら実行できないでいること、全く気がつかなかった食

行動の「くせ」を知ってもらう。大分医科大学の坂田・吉松らの「食行動質問表」が便利であ

る。肥満外来の患者さんがよく訴えることを、体質に関する認識(「水を飲んでも太る」な

ど)、空腹感、食動機(「食料品を買う時は必要量より多めに買っておかないと気が済まな

い」など)、代理摂食(「他人が食べているとつられて食べてしまう」など)、満腹感覚

(「食後でも好きな物なら入る」など)、食べ方(「早食いである」など)、食事内容

(「ファーストフードをよく利用する」など)、リズム異常(「夜食をとる」など)の7項目

に分けて点数化し、患者さんのくせをつかむ方法である。

② 体重4回測定法

起床時、朝食後、夕食後、眠前の1日体重を4回測定し、グラフ化する。間食もなく、運動

療法も施行されていると、上方にきれいな三角形を描きながら体重が減っていくのがグラフ

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上でわかる。

8-2.食事療法

カロリー摂取量の低下が、肥満治療のポイントである。目標としてはエネルギー摂取が常に

エネルギー消費を下回るようにすることである。7,500kcal 減らすことにより体重は脂肪組

織として 1kg位減る。1 日 100kcal 減らすと 1 年で 5kg 体重が減り、1 日 1,000kcal 摂取カ

ロリー量を減らすと脂肪組織として 1週間で 1kg 体重が減る。

 与えられたカロリー摂取での体重減少率は、エネルギー消費効率と関連している。肥満が高

度な方、また性でいえば男性の方が体重減少の割合が大きい。長期間のカロリー制限により、

基礎代謝率も低下する。除脂肪体重も同時に減っていくという理由以外に基礎代謝も適応によ

り低下するからである。食事制限に伴う代謝率の低下は、体重減少率を低下させる。

入院中は、標準体重あたり 20〜25kcal の食事療法を行う。また、脂肪の摂取量を減らす。

8‐3.運動

運動は、肥満を治療する上で重要な要因である。上昇するエネルギー消費が運動の効果であ

る。肥満の唯一の治療として運動を用いた場合、どうなるかは明らかになっていない。一方、

運動は食事療法を維持するのに有効な方法である。運動は肥満者にとって心血管系のトーンや

血圧への影響を考えるとよい効果がある。多くの肥満者は運動する習慣がなく、動脈硬化の危

険因子を多数有するため、導入の際には十分な監督が必要である。

8‐4.薬剤

大きく分類して、第1に食餌摂取量を低下(食欲を低下させ満腹感を増加)させる薬、第2

に食物の吸収を抑制する薬剤、第3にエネルギー消費を亢進させる薬剤である。いずれの薬剤

も短期間有効であることは示されているが、長期間投与の有効性や安全性は必ずしも確立して

いない。

8-4-1 食欲を抑制する薬

脳内アミン機構のうち、食欲に関係するアドレナリン系やセロトニン系にはたらきかけて

摂食を抑制する薬物が開発され、一部は実用化している。これらは主に中枢で作用するので、

中枢性食欲抑制剤ともよばれる。

1) マジンドール

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スイスのサンド社で開発され、米国での臨床経験は長い。92 年には日本でも BMI 35以上の高度肥満症に限って使えるようになった(商品名:サノレックス)。神経ニュー

ロンのシナプスにおけるアドレナリンの再取込を阻止することによってアドレナリン

受容体系を刺激し、食欲を抑制する薬物である。

 効果はゆるやかで、日本での約 300例を対象とした成績報告(1日1〜3回投与、

14週間使用の多施設二重盲検試験)では、全期間観察することができた 115例で、体

重減少は平均 4.5kg、肥満度減少は平均 9.2%であった。臨床検査で有意に減少したの

は白血球数、GOT、GPT、γ-GTP、総コレステロール、中性脂肪、リン脂質、空腹時血

糖値、尿酸、ナトリウムで、有意に上昇したのは血小板、アルカリホスファターゼで

あった。

副作用に深刻なものはなく、口渇感(25.3%)、便秘(21.8%)、胃部不快感

(12.0%)、悪心(10.9%)、睡眠障害(8.8%)などが主なものである。

 また、この薬物の作用からみても、頭部外傷や下垂体腫瘍など中枢にかかわる要因が

考えられる肥満に対しては、原発性肥満よりも顕著な効果があることが認められている。

2) GLP-1受容体作動薬(リラグルチド、エキセナチドなど)

現在日本では糖尿病治療薬としてのみ承認されている注射薬である。消化管の蠕動運動

を抑制し、また視床下部に作用して食欲を抑制する。呕吐や腹部症状の副作用がある。

米国では、リラグルチド 3mg製剤(日本における糖尿病治療薬としての最大用量は

0.9mg、欧米では 1.8mg)が肥満症を適応として 2014 年 12月 FDA に認可された。

 以下は、日本では使用されていないが参考までにあげておく。中枢で食欲抑制に働く神経

伝達物質であるノルアドレナリンやセロトニン、あるいは両方の物質を神経終末で増加させ

て食欲を抑制する。

  1) Phentermine(Noradrenergic agent)米国 FDA は、プラセボ対照試験の結果からアンフェタミン様の薬剤の短期間使用を認

めた。Phentermine は耽溺性が少ないアンフェタミン様薬剤で、その効果はゆるやか

である。24週間のコントロールスタディーでは投与群は 10kg の体重減少、非投与群

は 4.4kg の体重減少を示した。食欲を低下させる中枢を介して効果を示す薬剤である。

エネルギー消費への効果は不明である。

  2) Fenfluramine(Serotonergic agent)Fenfluramine はセロトニンの放出を促進し再取り込みを抑制する。Fenfluramine と

Phentermine を一緒に服用すると効果はあるが、原発性肺高圧症は 20倍増加する。左

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右の心臓弁膜症との関連が示唆され、米国 FDA は 1997 年にこの2つの併用の許可を

取り消した。カルチノイド症候群でも弁膜症が高頻度でおこり Fenfluramine のセロト

ニンの放出との関連が示唆された。

3) Sibutramine(Mixed noradrenergic – serotonergic agent)ノルアドレナリンとセロトニンの中枢性の再取り込み阻害剤である。24週間、1日1

回の服用で 7%の 体 重 減 少 を認めた 。コレステロ ー ル や 中 性 脂 肪 値 も 低 下 し

fenfluramine と臨床的には同程度の効果があった。人によっては頻脈と血圧上昇を呈

し、長期投与の安全性は確立していない。

4) Rimonabant(CB1 receptor antagonist)カンナビノイド-1受容体に結合し、内因性カンナビノイド経路を選択的に阻害する。

中枢性および消化管運動抑制により食欲を低下させ、糖代謝および脂質代謝を改善し、

体重を減少させる。うつ病と自殺企図の増加により 2008 年治験が中止された。

8-4-2 食物の吸収を抑制する薬剤

 1) セチリスタット

消化管および膵臓から分泌されるリパーゼ阻害により脂質の吸収を抑制する。2013 年

9月に日本で製造販売が承認されたが(商品名:オブリーン)、効果が弱く 2015 年 3月時点で薬価収載は見送られている。臨床第 3相試験では 120mg を 1 年間投与で

2.8%の体重減少効果(プラセボ群は 1.1%)。HbA1c と LDL も低下。

 2) Orlistat日本での使用認可は下りていない。セチリスタット同様にリパーゼ阻害薬で食餌由来の

脂肪の吸収低下をもたらす。2年間の無作為二重盲検試験では、少し体重が減った(最

初の1年で 120mg で 8.7kg、Diet のみで 5.8kg)。LDL とインスリン値の両方が低下

する。

 3) SGLT-2阻害薬

糖尿病治療薬としてのみ承認されており、尿細管でのグルコース再吸収を阻害する。 日

本では 2014 年 4月以降処方可能となった。

8-4-3 エネルギー消費を亢進させる薬剤

 1)β3アドレナリン受容体作動薬

β3アドレナリン受容体作動薬は、白色脂肪細胞では脂肪分解を促進するとともに、褐

色脂肪細胞では熱産生を促しエネルギー消費を亢進することにより肥満を軽減する。齧

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歯類では有効だったが、ヒトでは肥満治療薬として無効で実用に至らなかった。(ミラ

ペグロンは過活動膀胱治療薬として承認されている。)

 2)レプチン

レプチン欠損症で高度の肥満を呈する女子にヒトリコンビナントレプチンを使用する

と、体重が劇的に低下(-16.4kg)し、体脂肪量が低下した。単純肥満者にヒトリコン

ビナントレプチンを投与してもレプチン抵抗性が存在するためレプチン欠損症に投与

した場合ほど劇的には効かなかった。レプチンの投与量が増加すると、体重も脂肪量の

低下も増加する。最も効果があった 0.3mg/kg の投与の8人(73人中)では、24週間で平均 7.1±8.5kg の体重減少がみられた。投与量が多いと注射部位の痛みが強かった

という。脂肪萎縮症(糖尿病、高中性脂肪血症、脂肪肝を呈する希少難病)の治療薬と

してメトレレプチンが 2013 年に日本で承認された。

3) NPY受容体拮抗薬とメラノコルチン 4受容体作動薬

食欲亢進のニューロペプチドである NPY受容体の拮抗薬(Y1, Y5)や食欲抑制のニュー

ロペプチドであるメラノコルチン 4受容体の作動薬が開発中である。

8‐5.手術

 内科的治療法が無効であったり、あるいは再発を繰り返したりする重度肥満に対して、外科

治療法(Bariatric surgery)が行われることがある。Bariatric surgery は元来(1)必要にして

十分な体重減少が得られるため、さまざまな合併症の治療にも有効である、(2)重度肥満の治

療において最大の困難である体重の再増加の起きる確率が他の治療法に比べて著しく少ない、

という 2 つの利点のために行われていた。しかし最近の研究で、Bariatric surgery は食物吸

収阻害による体重減少効果以外に、胃バイパス術などでは食物流入経路の変更に伴う GLP-1

の分泌促進を介した強力な糖尿病改善効果を持つことがわかってきた。このような体重減少と

は独立した Bariatric surgery の効果はインクレチン作用の理解も含め、肥満や糖尿病に対す

る内科的治療にも大きな影響を与えつつある。

8-5-1 日本における手術適応

胃や腸の操作を行う外科治療法には、対象者にとって大きな治療侵襲がともなう。そこで、

どんな場合に適応となるのかについては、厳しく吟味する必要が生じる。

表は、1982 年に設定され今日まで用いられている、わが国における肥満症の手術適応であ

る。

① 肥満度・体重からの適応

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表 肥満症の手術適応

以下のいずれかの条件を満たす思春期から壮年期の原発性肥満(単純性肥満)患者

1.治療抵抗性肥満 1)いわゆる morbid obesity  ( 200% IBW 以上または IBW を 45Kg 以上上回る   もの) 2)3年以上治療に抗するもの2.伴合併症性肥満  肥満のため下記のような合併症をきたし、その治療  上恒久的な肥満の解消を求められているもの    高血圧、心疾患、高脂血症、糖尿病    無月経(不妊)、腰痛、関節疾患    胆石症、 Pickwick 症候群など3.社会的適応

肥 満 度 が

+100%を越える

もの、または標準

体重を 45kg 以上

上回るものが適応

となる。この適応

が、もっとも典型

的なものである。

② 難治性からの適

肥満度・体重が

前記の 基 準 を 下

回っていても、3

年以上にわたって

内科的治療に反応がみられなかったり、再発を繰り返したりするものが適応となる。

③ 合併症からの適応

肥満度・体重が前記の基準を下回っていても、高度肥満のために合併症があり、しかもそれ

が重篤な状態になっている場合には、適応となる。肥満治療の目的の中心は、これらの合併症

を治療することによって高度肥満にともなう高い死亡率を引き下げることにある。その意味

では、この適応基準はきわめて重要なものである。

④社会的適応

肥満という疾患のもつ特殊性から、外科治療にも社会的適応が設けられている。これは、社

会生活を営むうえで肥満の外科治療が不可欠であると、治療者も患者も認めた場合に限定され

る。

8-5-2術式現在では、Bariatric surgery には、エネ

ル ギ ー 摂 取 量 を 減 少 させる方法の別に

よって、容量制限型、吸収抑制型、混合型

の 3 タイプ が あ る 。 容量制限 型は 、

laparoscopic adjustable gastric

banding (LAGB)に代表される食物の流

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入量を減らす方法や sleeve gastrectomy (SG)などの胃の容量を減らす手術などがある。吸

収抑制型としては、biliopancreatic diversion (BPD)が代表的である。また、混合型として

は、胃バイパス術(Roux-en-Y Gastric Bypass; RYGB) があり、現在最も汎用されている。

日本では 2014 年 4月から腹腔鏡下スリーブ状胃切除術が保険診療として認められている。

8-5-3 Bariatric surgery による 2型糖尿病の血糖改善効果

 22000 例以上の症例を集めたメタ解析の結果において、 LAGB で 48%、RYGB で

84%、BPD に SG を組み合わせた術式(BPD+SG)では実に 98%の糖尿病の寛解が認められ

ていることが明らかとなった。

また、RYGB を受けた患者の多くが、手術後数

日という明らかな体重減少が起きる前から糖尿

病の薬物療法から離脱出来ていることと考え合

わせると、食物の流入経路を変更すること自体

に何らかの抗糖尿病効果が存在するものと考え

られた。実際、食物が下部小腸を急速に刺激す

ることになる RYGB では、食後の GLP-1 や PYY の分泌が対象の数倍に増加していることが、

動物実験やヒトのデータで示されており、RYGB による消化管経路の変更による GLP-1 の上

昇・インスリン分泌の改善が、体重減少とは独立に糖尿病の改善に貢献していることが示唆さ

れた。このように Bariatric surgery が体重減少とは独立の抗糖尿病効果を持っていること

が明らかになってきたため、現在の手術適応を拡大して肥満が著明でない糖尿病患者にも、積

極的に外科治療を行っていこうという主張もみられる。

9.肥満発症の分子的機序

肥満が発症する機序については、大きく分

けて2つ考えられる。一つは、視床下部でレ

プチンによって制御されるニューロンのネッ

トワークの異常である。二つ目は、脂肪細胞

でのエネルギー貯蔵のパスウェイや分泌ホル

モンに関係するパスウェイである。

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9‐1. レプチンにより調節される視床下部のニューロンのネットワーク

9-1-1レプチンによって調節される視床下部のニューロネットワーク

視床下部ではレプチンにより食餌摂取量やエネルギー消費が調節されている。レプチンは弓

状核でレプチン受容体(obRb:ob受容体 b)を介して2つの異なったグループのニューロン

に作用する。一つは摂食を刺激する NPY や AgRP を共発現しているニューロンであり、レプ

チンはこれらのニューロンに作用しこれらの遺伝子発現を低下させる。もう一つのグループ

のニューロンは、摂食を抑制する CARTと POMC(プロセスされて一部は αMSHになる)を共発現するニューロンであり、

レプチンはこれらの遺伝子発現を誘導す

る。このように、レプチンは弓状核の

ニューロンに直接作用して2種類の摂食

亢進ペプチドの発現を誘導し、2つの摂

食抑制ペプチドの発現を誘導する。この

うち AgRP と αMSH はメラノコルチン 4受容体(MC4R)という共通の受容体に

対 し 、拮抗的 な作用を 有 し て い る 。

α MSH により MC4受容体を活性化すると、

食事摂取量は低下する。一方、内因性の

拮抗ペプチドである AgRP や拮抗薬によ

る MC4受容体の抑制は、摂食を亢進させ

レプチンの食欲抑制作用を抑制する。

 9-1-2単一遺伝子の異常にともなう肥満症候群

これらの遺伝子の異常によりモデル動物でもヒトでも遺伝性の高度の肥満症候群の原因遺伝

子が見出されている。代表的なものは高度の肥満とインスリン抵抗性を呈し糖尿病を発症する

db/dbマウスである。db/dbマウスではレプチン受容体の遺伝子異常が証明されている。ヒ

トにおいても、レプチン受容体異常症やメラノコルチン 4受容体の異常症、そのリガンドで

ある αMSH をコードする POMC(pro opioid melanocortin)遺伝子の異常症(肥満及び赤

毛、ACTH 欠損による副腎不全)、プロセシング酵素である PC-1遺伝子の異常が報告されて

いる。

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9-1-3 肥満と関連が報告されている遺伝子多型を有する遺伝子

肥満と関連が報告されている遺伝子多型を有する遺伝子としては NPY、POMC、CART など

が報告されている。これらの遺伝子多型のレプチン作用に対する影響はわずかであっても、

高脂肪食などの環境要因が加わるとレプチン抵抗性が助長され、その結果生ずる肥満によるレ

プチン抵抗性も加わる悪循環がおこるためさらに肥満が増悪する可能性がある。従ってこれ

らの多型の影響は無視できない作用を有している可能性がある。また、2007 年に全ゲノム関

連解析により FTO(fat mass and obesity-associated gene)が、肥満に非常に関与している

遺伝子として報告された。この遺伝子のある種のアリルをホモに持つと肥満リスクが 1.7 と

なり、現時点では肥満との関係が最も強い遺伝子と考えられている。

9-1-4 レプチン受容体を介する情報伝達系

レプチン受容体は、I型のサイトカイン受容体に属し JAKキナーゼを活性化する。活性化し

た JAKキナーゼは STAT3 をチロシンリン酸化し、この STAT3 は核への移行後、遺伝子の転写

を司る。レプチンは、JAKキナーゼを介して MAPキナーゼを活性化するが、これは SHP-2脱リン酸化酵素を介するとも考えられている。レプチンには、イオンチャネル( KATPチャネ

ル)を開いて過分極をおこし、ニューロンの活動を低下させる作用もあるが、この情報伝達

系について詳細は判明していない。

サイトカインの情報伝達には、ネガティブフィードバックシグナルがあるが、 SOCS-3 は

レプチンによって誘導された受容体自身へ結合し抑制するだけでなく、JAKキナーゼのレベル

でもレプチン作用を抑制する。視床下部でのレプチン作用に対し SOCS-3 が抑制的に働くか

どうかは興味深い点である。

9‐2. 脂肪細胞の性質の違いによる肥満

二番目の肥満の原因として、脂肪細

胞の質の問題がある。このパスウェ

イには主に3つほど解明されている。

一つは、脂肪細胞に高発現している

β3アドレナリン受容体のパスウェ

イである。β3アドレナリン受容体

は、レプチンにより活性化された視

床下部からの情報を交感神経の刺激

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としてうけとり、脂肪分解の亢進、エネルギー消費の亢進や熱産生に関与する。cAMP の上昇

を介して、脱共役蛋白質(UCP)-1 の発現上昇などに関与する。

ヒトの β3アドレナリン受容体には、高活性型の W64 多型と低活性型の R64 の多型がある。

低活性型の R64 の多型を有する者は、肥満しやすくインスリン抵抗性になりやすく糖尿病を

発症しやすいと報告されている。日本人は米国人(白人)に比べ、低活性型(=エネルギー貯

蔵型)のアリール頻度が高いという。

二つ目は、脂肪細胞の分化のマスター遺伝子である PPARγ を中心とする脂肪細胞の分化や

エネルギー貯蔵に関与するパスウェイである。

PPARγ は、核内受容体型転写因子であり、脂肪細胞の分化に必須である。また、インスリ

ン抵抗性改善薬であるチアゾリジン誘導体の受容体である。チアゾリジン誘導体は、核内の

PPARγ に作用し、分化を促進し「小さな脂肪細胞」を増やし、インスリン抵抗性を改善する。

一方、内因性の PPARγ には、すでに分化した脂肪細胞に働く場合には、中性脂肪をさらなる

貯蔵に導く作用がある。このエネルギー貯蔵の作用は、エネルギー過剰のもとでは脂肪細胞

の肥大化や肥満を招いてしまう。例えば、ヒトには高活性型の PPARγ2 Pro12 多型と、低活性

型の Ala12 多型があるが、高活性型の Pro12型の方が肥満かつインスリン抵抗性を呈する。

三つ目は、インスリン抵抗性や肥満を調節するホルモンを分泌するパスウェイである。肥満

者では、骨格筋での糖の取り込みが低下していることから脂肪細胞から骨格筋でのインスリ

ン作用を調節するホルモンが出ているのではないかと考えられた。TNFα は肥満者の脂肪細胞

でその発現が増加し、骨格筋でのインスリン抵抗性を増悪するサイトカインの一つと考えら

れている。一方、レプチンも脂肪細胞から分泌される最も重要なホルモンで視床下部に作用

しエネルギー代謝の亢進や食欲の抑制作用を有する。また、アディポネクチンも骨格筋に働

き脂肪酸の酸化を亢進させるインスリン感受性ホルモンとして注目されている。

10.レプチン抵抗性

肥満者では、その体脂肪量に相関して高レプチン血症を呈するが食事摂取量の低下などもな

い。これはレプチン抵抗性が存在するからである。肥満者の場合にも体重が減った場合には

血中レプチン値が下がりその結果レプチン作用不足となり食欲が亢進し体重が戻ってしまう 。

肥満者の場合このレプチン抵抗性が改善しない限り減量はなかなかうまくいかない。

エネルギーの恒常性が維持されている正常体重者の場合には、過食により体脂肪量が増加す

ると血中レプチン値が上昇するため食欲に抑制がかかりエネルギー消費が亢進するため再び

体重がもとに戻る。しかしながら、高脂肪食などで肥満する過程を追うと、レプチン値が高

くなってもレプチンが効く閾値(set point)が上昇しているため摂餌量の抑制がみられない。

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このように高脂肪食により肥満していく過程ではレプチンが効く閾値が上昇すること、すな

わちレプチン抵抗性が肥満の発症に重要な働きをする。

肥満に治療にもこのレプチン抵抗性は大きな妨げとなる。肥満者が減量をしてもレプチン抵

抗性が改善しないのであれば、減量で体脂肪量が低下するとレプチン値の低下によりレプチ

ン作用が不足し再び食欲が亢進し容易に体重がもとに戻ってしまうことになる。日常の肥満者

の減量指導でも再び体重がもとに戻るのを繰り返すのは「ヨーヨー現象」としてしばしば遭

遇する点である。したがって、“Common な肥満”の治療を考える上で重要なのは、肥満に伴

うレプチン抵抗性や高脂肪食に伴うレプチン抵抗性をいかに改善していくかである。このレ

プチン抵抗性には脂肪細胞の肥大化や脂肪肝が合併すると報告されている。

 この分子的な機序としては、レプチンが脳血管関門を通過する効率の低下が考えられてい

る。レプチンは脳の細小血管に高発現しているレプチン受容体のスプライスフォームの一つ

によって、血中から脳血液関門を通って脳脊髄液に入ると考えられている。高脂肪食により肥

満をきたしたマウスでは、末梢からレプチンを投与する場合に比べ、中枢に直接投与する方

が圧倒的に効果があると報告されている。また、肥満者の脳脊髄液中のレプチン値は血中のレ

プチン値に比べて低いと報告されている。このレプチントランスポートの低下の機序につい

ては明らかではない。

 最近では、視床下部でのインスリンの摂食抑制作用が注目されている。インスリンは、肝

臓・骨格筋・脂肪細胞に働き糖・脂質・アミノ酸をとりこみ、グリコーゲン・中性脂肪・蛋白

質の合成・貯蔵に働く作用とともに、脳室内に投与すると摂食抑制作用がある。インスリン受

容体チロシンキナーゼの刺激薬に食欲抑制作用があることが報告され注目を集めている。 

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問 題

1.次の方の BMI を計算してみよ。

1)170cm 73kg2)160cm 50kg3)165cm 84kg4)150cm 72kg

2,身長 167cm、体重 90kg の 43才の男性。「肥満」あるいは「肥満症」の診断のすすめ方

について述べよ。ウエスト周囲長は 87cm とする。

3.次の疾患のうち「肥満に起因ないし関連し、減量を要する健康障害」として肥満症の診断

基準に含まれていないものを2つずつ選べ。

A.1)骨髄炎

  2)睡眠時無呼吸症候群

  3)気管支拡張症

  4)脳梗塞

  5)変形性関節症

B.1)心筋梗塞

  2)心房細動

  3)月経異常

  4)脳塞栓症

  5)脂肪肝

4.二次性の肥満をきたす疾患をあげよ。

1) Cushing 症候群

2) 甲状腺機能亢進症

3) インスリノーマ

4) 向精神薬

   a)1,2   b)2,3   c)1,3,4   d)1,2,3,4

5.正しいものには○を誤っているものには×をつけよ。

1)内臓脂肪の蓄積には、高血圧・糖尿病・肺気腫が合併しやすい。

2)多嚢胞性卵巣症候群にはインスリン抵抗性が合併する。

3)メラノコルチン 4受容体の遺伝子異常では、優性遺伝で肥満が遺伝する。

4)レプチン欠損症は劣性遺伝である。

6.肥満の発症の遺伝的要因と環境要因について解説せよ。