甲状腺機能亢進症合併妊婦の1絨毛膜性2羊膜性 双胎両児に ......29w3d 30w3d...

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180 宮崎医会誌 2013 ; 37 : 180-6. 症  例 はじめに 甲状腺機能亢進症合併妊娠は全妊娠の0.1-0.2%に みられ妊娠中に治療を要する内分泌疾患の中で,糖 尿病に次いで頻度が高い 1) 。甲状腺機能亢進症の 90%以上はバセドウ病である。機能低下症の多くは 無症候性機能低下だが,顕性化例で未治療の場合は 新生児の神経学的予後を悪化させることが知られて いる 2) 。甲状腺機能異常では自己抗体陽性例も多く, 抗体が胎盤を通過し胎児甲状腺機能障害を生じる。 また治療薬による薬剤性の胎児甲状腺機能障害を来 しうる。 抗甲状腺薬の代表であるチアマゾール(MMI) とプロピルチオウラシル(PTU)は胎盤を通過し, 胎児の甲状腺機能に影響を与える可能性がある。過 剰投薬で胎児甲状腺腫大となり,児に治療が必要と なった例も数多く報告されている 3- 4) 。母体の抗甲 状腺薬減量のみでは甲状腺腫大の改善をはかれない 例も多い。児の甲状腺機能低下と神経学的予後とは 密接な関連が指摘されており 2) ,早急に胎児の甲状 腺機能を正常化させる必要がある。 今回我々はMD双胎で甲状腺機能亢進症合併妊婦 の両児に生じた頚部腫瘤に対して胎内治療を行っ た。出産後の両児の甲状腺機能は正常範囲であり, 胎内治療は奏功したと考えた。胎内治療に関する文 献的考察も加えて症例報告する。 患者:38歳。妊娠分娩歴:1経妊1経産。37歳時に 妊娠36週6日で加重型妊娠高血圧腎症の重症化のた め緊急帝王切開で2,650gの女児を分娩した。家族歴: 母,妹に高血圧。既往歴:第1子分娩後に甲状腺機 能亢進症と診断され,MMIを内服していた。現病歴: 第1子出産後からMMIの内服を開始した。妊娠判 明前の甲状腺機能はFT3 : 3.75pg/ml,FT4 : 0.2ng/ dlであり,コントロールは良好であった。MMI内 服開始後から約半年後に自然妊娠し,初期の胎児エ コーでMD双胎と診断された。妊娠判明時よりMMI 宮崎大学医学部生殖発達医学講座産婦人科学分野 甲状腺機能亢進症合併妊婦の1絨毛膜性2羊膜性 双胎両児に生じた頚部腫瘤に胎内治療が奏功した1例 鈴木 智幸  古川 誠志  松澤 聡史  西窪かなえ 藤崎  碧  大橋 昌尚  山下 理絵  古田  賢 児玉 由紀  金子 政時  鮫島  浩  池ノ上 克 要約:今回我々は甲状腺機能亢進症合併妊婦の1絨毛膜性2羊膜性双胎(以下MD双胎とする)両児の 頚部腫瘤に胎内治療が奏功した1例を経験した。母体は過剰の抗甲状腺薬内服で甲状腺機能低下に陥 り,甲状腺ホルモン薬の内服も併用していた。妊娠28週で羊水過多と胎児甲状腺腫大を指摘されたが, 胎児頻脈は認めなかった。超音波断層法では胎児甲状腺血流は辺縁が主体だった。母体の内服歴も考慮 し,胎児甲状腺機能低下による甲状腺腫大と診断した。羊水過多は甲状腺腫に伴う羊水嚥下困難が原 因と考えた。承諾を得て羊水腔内レボチロキシンNa投与を行った。2回の投与で甲状腺腫大は消失し, 羊水量も正常化した。妊娠32週で母体妊娠高血圧腎症の重症化のため妊娠終結した。新生児の臍帯血中 TSHは両児とも0.9μIU/mlだった。 〔平成25年7月2日入稿,平成25年7月25日受理〕

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    宮崎医会誌 2013 ; 37 : 180-6.

    症  例

    は じ め に

     甲状腺機能亢進症合併妊娠は全妊娠の0.1-0.2%にみられ妊娠中に治療を要する内分泌疾患の中で,糖尿病に次いで頻度が高い1)。甲状腺機能亢進症の90%以上はバセドウ病である。機能低下症の多くは無症候性機能低下だが,顕性化例で未治療の場合は新生児の神経学的予後を悪化させることが知られている2)。甲状腺機能異常では自己抗体陽性例も多く,抗体が胎盤を通過し胎児甲状腺機能障害を生じる。また治療薬による薬剤性の胎児甲状腺機能障害を来しうる。 抗甲状腺薬の代表であるチアマゾール(MMI)とプロピルチオウラシル(PTU)は胎盤を通過し,胎児の甲状腺機能に影響を与える可能性がある。過剰投薬で胎児甲状腺腫大となり,児に治療が必要となった例も数多く報告されている3- 4)。母体の抗甲状腺薬減量のみでは甲状腺腫大の改善をはかれない

    例も多い。児の甲状腺機能低下と神経学的予後とは密接な関連が指摘されており2),早急に胎児の甲状腺機能を正常化させる必要がある。 今回我々はMD双胎で甲状腺機能亢進症合併妊婦の両児に生じた頚部腫瘤に対して胎内治療を行った。出産後の両児の甲状腺機能は正常範囲であり,胎内治療は奏功したと考えた。胎内治療に関する文献的考察も加えて症例報告する。

    症 例

    患者:38歳。妊娠分娩歴:1経妊1経産。37歳時に妊娠36週6日で加重型妊娠高血圧腎症の重症化のため緊急帝王切開で2,650gの女児を分娩した。家族歴:母,妹に高血圧。既往歴:第1子分娩後に甲状腺機能亢進症と診断され,MMIを内服していた。現病歴:第1子出産後からMMIの内服を開始した。妊娠判明前の甲状腺機能はFT3 : 3.75pg/ml,FT4 : 0.2ng/dlであり,コントロールは良好であった。MMI内服開始後から約半年後に自然妊娠し,初期の胎児エコーでMD双胎と診断された。妊娠判明時よりMMI宮崎大学医学部生殖発達医学講座産婦人科学分野

    甲状腺機能亢進症合併妊婦の1絨毛膜性2羊膜性双胎両児に生じた頚部腫瘤に胎内治療が奏功した1例

    鈴木 智幸  古川 誠志  松澤 聡史  西窪かなえ

    藤崎  碧  大橋 昌尚  山下 理絵  古田  賢

    児玉 由紀  金子 政時  鮫島  浩  池ノ上 克

    要約:今回我々は甲状腺機能亢進症合併妊婦の1絨毛膜性2羊膜性双胎(以下MD双胎とする)両児の頚部腫瘤に胎内治療が奏功した1例を経験した。母体は過剰の抗甲状腺薬内服で甲状腺機能低下に陥り,甲状腺ホルモン薬の内服も併用していた。妊娠28週で羊水過多と胎児甲状腺腫大を指摘されたが,胎児頻脈は認めなかった。超音波断層法では胎児甲状腺血流は辺縁が主体だった。母体の内服歴も考慮し,胎児甲状腺機能低下による甲状腺腫大と診断した。羊水過多は甲状腺腫に伴う羊水嚥下困難が原因と考えた。承諾を得て羊水腔内レボチロキシンNa投与を行った。2回の投与で甲状腺腫大は消失し,羊水量も正常化した。妊娠32週で母体妊娠高血圧腎症の重症化のため妊娠終結した。新生児の臍帯血中TSHは両児とも0.9μIU/mlだった。 〔平成25年7月2日入稿,平成25年7月25日受理〕

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    鈴木 智幸 他:胎児甲状腺腫に胎内治療を施行した1例

    からPTU 300mg/日に変更された。妊娠22週,FT4 : 0.48ng/dlと甲状腺機能低下を認めたため,チラージンS 50μg/日の内服が開始された。妊娠28週に1児の羊水過多と両児の頸部腫瘤を認めたため,今後の周産期管理目的に当科へ紹介された。母体入院時所見:身体所見は,眼球突出または特有の眼症状は認めず,びまん性甲状腺腫大も認めなかった。また体重減少,手指震戦,発汗等も認めなかった。バイタルサインは体温37.3℃,血圧132/79mmHg,心拍数63/分であり頻脈は認めなかった。血液生化学検査ではTSH : 3.04μIU/ml,FT3 : 2.20pg/ml,FT4 : 0.54ng/dlであり,妊娠第2期の正常範囲をはずれ甲状腺機能低下症となっていた5)。TSHレセプター抗 体21.4 %,TSH刺 激 性 レ セ プ タ ー 抗 体176 %,TSHレセプター抗体阻害型66.8%であった。また白血球数8,400個/μlでPTU服用に伴う白血球数の低下は認めなかった(表1)。胎児検査所見:NST所見は両児ともにreactive patternであった。胎児基

    線心拍数は第1児(以降A児)が150beats/minute(bpm),第2児(以降B児)が160bpmだった。超音波断層法では双胎両児共に発育は週数相当だった。両児は共に頚部を伸展した姿勢で,頚部腫瘤を認めた(図1)。また両児の最大羊水深度(maximal vertical pocket : MVP)はA児が9.5cm,B児が11.0cmであり,羊水過多症と診断した。胎児には羊水過多の原因となる消化管閉鎖や神経系の構造異常,小顎等は認めなかった。また胎盤の血管腫等も認めなかった。胎児甲状腺超音波検査では甲状腺実質の血流が両児共に低下していた。胎児頚部腫瘤の評価のためにMRI撮像を施行し,T1強調画像で超音波断層像と一致する両児の頸部に腫大した高信号領域を認めた(図2)。母体内服歴,胎児の心拍数や甲状腺血流所見から甲状腺薬の使用による胎児甲状腺機能低下によって甲状腺腫を生じ,甲状腺腫に伴う嚥下困難のための羊水過多症と診断した。経過:抗甲状腺薬は漸減中止し,母体甲状腺機能の推移に

    図1.胎児超音波断層法.   双胎両児に頚部腫瘤を認め、頚部は伸展していた.

    血液学 血液生化学及び甲状腺機能

    WBC 8,400/mm3 TSH 3.04μIU/ml Cre 0.56 mg/dl

    Hb 9.1g/dl FT3 2.20 pg/ml UA 7.9 mg/dl

    Plt 24.0×104/mm3 FT4 0.54 ng/dl BUN 7.9 mg/dl

    血清学 TP 5.26 g/dl TG 107 mg/dl

    TSHレセプター抗体 21.4% Alb 2.46 g/dl T-chol 155 mg/dl

    TSH刺激性R抗体 176% AST 12 IU/L LDL-chol 945 mg/dl

    TSHレセプター抗体阻害型 66.8% ALT 71 IU/L LDH 190 IU/L

    表1.入院時検査所見.   入院時(妊娠28週3日)母体血液検査所見で、母体甲状腺機能低下を認めた.

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    宮崎医会誌 第37巻 第2号 2013年9月

    合わせてチラーヂンS内服量を増減した。胎児甲状腺機能を評価するためには胎児の血中TSH,甲状腺ホルモン値の直接測定が有用である。しかし双胎例の臍帯穿刺では死産などの予後不良例が増加するという報告もあり6),本症例では直接の採血は行わなかった。母体の抗甲状腺薬中止と甲状腺薬増加を行ったが,羊水量はさらに増加した。胎児の甲状腺機能低下による知的発育の遅れ,羊水過多症に伴う早産のリスクを考慮し,羊水腔内レボチロキシンNa投与による胎内治療を計画した。なおこの胎内

    治療は倫理委員会へ報告し了承後,両親にインフォームドコンセントを得て行った。投与量は先天性甲状腺機能低下症マススクリーニングのガイドラインで推奨される初期投与量を採用し,10μg/kg/日× 7日分(両児とも119μg)を1回投与量とした7)。治療効果判定には双胎両児の甲状腺周囲径とMVPの測定を1週間ごとに行った。治療目標は胎児甲状腺周囲径を対応する妊娠週数における正常上限8)までの縮小と羊水量の正常化とした。また穿刺時に羊水を採取し,羊水中のTSHとFT4の測定も併せて行った。第1回目の投与前の双胎両児の甲状腺周囲径とMVPはそれぞれ15.1cm,10.8cm(A児),12.6cm,11.3cm(B児)だった。妊娠30週2日に第1回目の羊水腔内レボチロキサンNa投与を施行した。両児ともに甲状腺周囲径は著明に減少した(図3)。また両児ともにMVPの減少を認めた。第2回目の投与は妊娠31週2日に施行した。第2回目の投与後の双胎両児の甲状腺周囲径とMVPはそれぞれ9.0cm,5.0cm(A児),8.0cm,5.0cm(B児)と減少した(図3)。両児の甲状腺周囲径が正常上限を超えていたため,さらに第3回目の投与を計画していたが,妊娠32週6日に加重型妊娠高血圧腎症

    (EHP),双胎妊娠と既往帝王切開のために緊急帝図2.胎児MRI T1強調画像.   MRIT1強調画像で両児の頚部に高信号領域を認めた.

    図3.胎児甲状腺周囲径・羊水量変化及び母体甲状腺機能の推移.   胎内治療が奏功し、両児共に甲状腺周囲径・羊水量は基準範囲に近づいた.

    29w3d 30w3d 31w3d 32w3d

    TSH(μIU/ml) 3.04 3.45 0.61 0.01fT3(pg/ml) 2.20 2.25 2.78 5.91fT4(ng/dl) 0.54 0.68 0.91 1.95

    cm20

    18

    16

    14

    12

    10

    8

    6

    4

    2

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    鈴木 智幸 他:胎児甲状腺腫に胎内治療を施行した1例

    王切開で妊娠終結とした。術後の母体経過は良好であり,甲状腺機能の増悪を認めず,術後8日目に退院とした。 児は体重1,712g(A児)/1,689g(B児)の女児で,Apgar scoreはともに1分値8,5分値9点であった。両児とも甲状腺腫を認めなかった。臍帯血でのTSHとFT4の値はそれぞれ0.90IU/ml,1.61ng/dl(A児),0.90IU/ml,1.35ng/dl(B児)だった。2生日での本人血では5.92IU/ml,1.92ng/dl(A児),7.54IU/ml,1.23ng/dl(B児)だった。両児ともTSHは正常範囲内であったが,当院小児内分泌医と相談し,チラージンS 5μg/kg/dayの内服を開始した。16生日での本人血では0.88IU/ml,1,71ng/dl(A児),0.79IU/ml,1.50ng/dl(B児)であり,内服を半量に減量した。急性期の経過は良好であり18生日(修正在胎35週3日)に前医転院とした。今後は1カ月ごとに甲状腺機能を小児科内分泌外来でフォローすることとした。

    考 察

     甲状腺機能亢進症の代表疾患であるGraves’diseaeの場合,TSI(thyroid-stimulating immunoglobulin)やTSII(thyroid-stimulating hormone inhibitory immunoglobulin)のような甲状腺自己抗体と甲状腺薬のどちらも胎盤通過性があるので,免疫性の新生児甲状腺機能亢進や機能低下,または薬剤性の機能低下症を来しうる。本症例では,第1子分娩後に発症した甲状腺機能亢進症に対して抗甲状腺薬による内服治療が行われていた。妊娠を契機として内服薬をPTUに変更されたが,その後の薬剤性甲状腺機能低下に対してはPTUの内服量を減量せずに甲状腺ホルモン薬を併用されていた。甲状腺機能抑制が過剰であり,薬剤性の甲状腺機能低下が持続したことが,本症例の胎児甲状腺腫の原因となったと考えられる。羊水量が増加しており,現状のまま分娩となれば胎児の甲状腺機能低下による知的発育の遅れ,羊水過多症に伴う早産のリスク,甲状腺腫による出生後に呼吸困難を呈し死亡に至る可能性もあった9-10)。そのため胎内治療の適応例と判断した。これまでの報告では胎内治療の適応は胎児甲状腺腫に伴う羊水過多や項部過伸展による分娩障害が予想さ

    れる場合とされる10)。我々の双胎例もその治療条件に合致した。また多くは単体妊娠例での報告だったが,我々のような双胎妊娠例での症例は極めて珍しい。 胎児甲状腺機能低下の診断に関しては,直接臍帯穿刺で得られた胎児血からホルモン値の測定を行うのが確実な方法である11-12)。しかしながらMD双胎であり,穿刺に伴うリスクは双胎で増加するとの報告6)から臍帯穿刺は行わなかった。そこで間接的な診断となるが,Polakらの報告に準じて抗甲状腺薬の内服状況,胎児甲状腺腫の有無,胎児甲状腺超音波断層法での血流の状態,そして胎児心拍数に着目し機能亢進か低下かを推測した13-14)。本例では長期に渡る抗甲状腺薬の内服歴,胎児の頻脈は認めないこと,胎児甲状腺血流が実質より辺縁優位であったことなどから胎児甲状腺機能低下と診断した(表2)。また羊水中のTSH,甲状腺ホルモン測定は甲状腺機能の診断に対する信頼度が低いと報告されている15)。しかしながら我々の症例の胎内治療前後の比較では羊水中TSHは両児共に減少し,FT4は増加した(表3)。これは胎児甲状腺腫の改善と羊水量の正常化とよく相関していた。Ribaultらの報告でも羊水中レボフロキサチン投与で羊水中TSHを計測された6例中5例で減少し,臨床所見が改善している10)。我々は羊水中のホルモン値測定も胎児甲状腺機能の間接的な指標になり得ると考える。 甲状腺薬の投与法に関して,Borgelらは臍帯穿刺を行い,直接臍帯静脈内投与を行っている16)。この報告では妊娠32週に250μg,36週に200μgそして37週に100μgのL-サイロキシンを臍帯穿刺で静注し,胎児甲状腺機能,胎児甲状腺腫,そして羊水過多が改善し経腟分娩となった。臍帯穿刺では胎児へのリスクを伴うが,確実に胎児にサイロキシンを投与できるメリットは大きい。一方,我々が行ったような羊水腔内投与の報告例が多数ある3- 4)。投与薬剤は羊水腔内投与で胎児の嚥下によって吸収されるとされている。しかしながら腫大した甲状腺が食道を圧迫し,羊水過多を来していたため,胎児の嚥下で吸収されたかどうかは議論の余地がある。羊水腔内投与は臍帯血管内投与に比べて手技は容易であり,胎児甲状腺腫及び羊水量の改善も期待できる。

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    宮崎医会誌 第37巻 第2号 2013年9月

    表2.胎児甲状腺機能評価.    間接的な指標を用いて現時点の胎児甲状腺機能を評価し、胎児甲状腺機能は低下していると

    推定した.胎児甲状腺機能低下 胎児甲状腺機能亢進

    抗甲状腺薬 多量内服 なしor少量内服甲状腺血流 辺縁 全体

    心拍数 正常 頻脈

    表3.胎内治療による羊水中TSH・FT4値変化.   胎児甲状腺機能改善に相関して、羊水中TSH値も減少した.

    1回目投与前 2回目投与前

    TSH A 1.35μIU/mL A 0.76μIU/mL

    B 1,85μIU/mL B 0.77μIU/mL

    FT4 A 0.4ng/dL以下 A 1.12ng/dL

    B 0.4ng/dL以下 B 1.14ng/dL

    羊水腔内L-サイロキシン1回投与量は,1日投与量(10μg/kg)の7日分(両児とも119μg)として双胎それぞれの羊水中に投与した。報告例でも3-23μg/kg/day10)を投与しており,本症例と同程度の薬剤を使用し,治療効果を示していた。 今回の胎内治療で新生児の甲状腺機能は,治療が奏功し正常範囲内だった。羊水腔内治療では甲状腺腫と羊水量の改善は見込めるものの,ホルモン値の正常化までは期待できないとする報告もある17)。本症例では母体適応で早産出生となったが,2回の治療で比較的短期間で甲状腺機能が正常化された可能性がある。羊水腔内投与の胎児甲状腺機能回復の可能性に関しては今後症例の集積が必要であろう。 本症例は,Graves’disease合併妊婦の抗甲状腺薬多量内服により双胎両児に甲状腺腫,羊水過多を生

    じたものであった。Graves’diseaseは生殖年齢にある女性で頻度が高い疾患であり,甲状腺自己抗体と甲状腺治療薬のどちらも胎盤の通過性があるので,免疫性の新生児甲状腺機能亢進や機能低下,または薬剤性の機能低下症を来しうることを常に念頭に置いて管理することが必要である。また妊娠中の胎児甲状腺機能の評価は直接的にも間接的にも可能であり,正確な評価後に本例のように胎内治療が行えることも周知しておくことが必要である。我々はレボチロキシンNa羊水腔投与を用いた胎内治療を施行し,甲状腺腫が軽快した生児を得ることができた。

    参 考 文 献

    1) Zohar Nachum, Yardena Rakover, Ehud Weiner, et al. Graves’disease in pregnancy:Prospective

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    鈴木 智幸 他:胎児甲状腺腫に胎内治療を施行した1例

    evaluation of a selective treatment protocol. Am J Obstet Gynecol July 3003 ; Volume189, Number1 ; 159-65.

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    宮崎医会誌 第37巻 第2号 2013年9月

    Intrauterine diagnosis and treatment of fetal goitrous hypothyroidism in twin pregnancy.

    Tomoyuki Suzuki Seishi Frukawa Satoshi Matsuzawa Kanae Nishikubo Midori Fujisaki Masanao Ohashi Rie Yamashita Ken Fruta Yuki Kadama Masatoki Kaneko Hiroshi Sameshima Tsuyomu Ikenoue

    Department of Obstetrics & Gynecology, Faculty of Medicine, University of Miyazaki.

    AbstractWe encountered a case of fetal goiter in monochorionic diamniotic twins delivered by a 38-year-old woman receiving propylthiouracil(PTU)for Graves’disease. Because of the suppression of the thyroid function, the mother also received L-thyroxine in addition to PTU. A large fetal goiter with hyperextension of the head and polyhydramnios were detected by ultrasonography and magnetic resonance imaging. Color Doppler showed peripheral vascularization of the thyroid in the twins. The heart rate pattern of the twins was normal, with no tachycardia. Consequently, a diagnosis of fetal goiter and hypothyroidism due to the passage of maternal PTU was made. We subsequently performed intrauterine L-thyroxine therapy. Treatment was successful, with a decreased amniotic fluid volume and reduced circumference of the thyroid. The delivered infants showed a normal thyroid function.

    Key words : Graves’disease, antithyroid drug, fetal goiter, intra-amniotic injection, twin pregnancy.