知的障害のある生徒のキャリアプランニング能力を …...- 97 -...

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- 97 - 知的障害のある生徒のキャリアプランニング能力を高める指導に関する研究 -キャリア発達を促す体験活動を中心とした授業づくりを通して- 山口県立防府総合支援学校 教諭 久保 晶子 1 研究の意図 (1) 現状と課題 中央教育審議会答申(平成23年1月)では、「人間関係形成・社会形成能力」、「自己理解・ 自己管理能力」、「課題対応能力」、「キャリアプランニング能力」の四つからなる「基礎的・汎 用的能力」の育成を主軸とした体系的なキャリア教育を通して、生徒が、勤労観・職業観をは じめとする価値観を形成・確立できるよう働きかけていくことが求められている。「特別支援学 校高等部学習指導要領」(平成 21 年)の総則においても、生徒が自己の在り方生き方を考え、 主体的に進路を選択することができるようなキャリア教育を推進するよう記されている。 原籍校の高等部には、将来について具体的に考えたり、進路に対する意識を高めたりするこ とが難しい生徒が多く在籍する。その背景には、生徒の障害特性や社会生活に関する知識や体 験の不足があると考えられる。また、これまでの指導の中では、作業の正確さや速さ、勤労態 度等の就労に向けたスキルの獲得に重点を置く傾向があったことも課題として考えられる。こ のような指導上の課題が、就職しても短期間で離職してしまうという状況を招いていた可能性 がある。そこで、生徒が主体的にキャリアを形成するための指導・支援が必要であると考えた。 以上のような現状と課題から、基礎的・汎用的能力の中でも特にキャリアプランニング能力を 高めていくことが重要であると考えられる。 (2) キャリアプランニング能力 前出の中央教育審議会答申では、キャリアプランニング能力は、「『働くこと』の意義を理解 し、自らが果たすべき様々な立場や役割との関連を踏まえて『働くこと』を位置付け、多様な 生き方に関する様々な情報を適切に取捨選択・活用しながら、自ら主体的に判断してキャリア を形成していく力」 *1 と定義されている。 国の動向を受けて、山口県教育委員会は、「山口県教育推進の手引き」(平成25年)において、 キャリアプランニング能力を、教育目標達成のための視点となる三つの力の中の「生き抜く力」 の構成要素として新たに明記している。これらを踏まえた上で、将来、自立と社会参加ができ るように、生徒のキャリアプランニング能力の育成に取り組むことが重要である。 (3) キャリア発達を促す体験活動を中心とした授業 中央教育審議会答申には、「キャリアは、発達の段階や発達課題の達成と深くかかわりなが ら段階を追って発達していくものである。その発達を促すには、外部からの組織的・体系的な 働きかけが不可欠である」 *1 と記されている。このことは、個々の実態把握に基づいた目標や 活動の設定を体系的に行うことでキャリア発達が促されることの重要性を示している。また、 知的障害のある生徒は、概念的なことを理解するのが困難である場合が多いので、体験活動を 中心とした授業を通して具体的に自己の在り方生き方に対する理解を深めていく必要がある。 しかし、生徒は学校行事を受動的にこなしているのが現状であり、活動を通しての学びと将 来とのつながりが意識できていない。そこで、学校行事等の体験活動を、自己理解を深め、主 体的な進路選択を促す機会にする必要があると考えた。

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Page 1: 知的障害のある生徒のキャリアプランニング能力を …...- 97 - 知的障害のある生徒のキャリアプランニング能力を高める指導に関する研究

- 97 -

知的障害のある生徒のキャリアプランニング能力を高める指導に関する研究

-キャリア発達を促す体験活動を中心とした授業づくりを通して-

山口県立防府総合支援学校 教諭 久保 晶子

1 研究の意図

(1) 現状と課題

中央教育審議会答申(平成 23 年1月)では、「人間関係形成・社会形成能力」、「自己理解・

自己管理能力」、「課題対応能力」、「キャリアプランニング能力」の四つからなる「基礎的・汎

用的能力」の育成を主軸とした体系的なキャリア教育を通して、生徒が、勤労観・職業観をは

じめとする価値観を形成・確立できるよう働きかけていくことが求められている。「特別支援学

校高等部学習指導要領」(平成 21 年)の総則においても、生徒が自己の在り方生き方を考え、

主体的に進路を選択することができるようなキャリア教育を推進するよう記されている。

原籍校の高等部には、将来について具体的に考えたり、進路に対する意識を高めたりするこ

とが難しい生徒が多く在籍する。その背景には、生徒の障害特性や社会生活に関する知識や体

験の不足があると考えられる。また、これまでの指導の中では、作業の正確さや速さ、勤労態

度等の就労に向けたスキルの獲得に重点を置く傾向があったことも課題として考えられる。こ

のような指導上の課題が、就職しても短期間で離職してしまうという状況を招いていた可能性

がある。そこで、生徒が主体的にキャリアを形成するための指導・支援が必要であると考えた。

以上のような現状と課題から、基礎的・汎用的能力の中でも特にキャリアプランニング能力を

高めていくことが重要であると考えられる。

(2) キャリアプランニング能力

前出の中央教育審議会答申では、キャリアプランニング能力は、「『働くこと』の意義を理解

し、自らが果たすべき様々な立場や役割との関連を踏まえて『働くこと』を位置付け、多様な

生き方に関する様々な情報を適切に取捨選択・活用しながら、自ら主体的に判断してキャリア

を形成していく力」*1と定義されている。

国の動向を受けて、山口県教育委員会は、「山口県教育推進の手引き」(平成25年)において、

キャリアプランニング能力を、教育目標達成のための視点となる三つの力の中の「生き抜く力」

の構成要素として新たに明記している。これらを踏まえた上で、将来、自立と社会参加ができ

るように、生徒のキャリアプランニング能力の育成に取り組むことが重要である。

(3) キャリア発達を促す体験活動を中心とした授業

中央教育審議会答申には、「キャリアは、発達の段階や発達課題の達成と深くかかわりなが

ら段階を追って発達していくものである。その発達を促すには、外部からの組織的・体系的な

働きかけが不可欠である」*1と記されている。このことは、個々の実態把握に基づいた目標や

活動の設定を体系的に行うことでキャリア発達が促されることの重要性を示している。また、

知的障害のある生徒は、概念的なことを理解するのが困難である場合が多いので、体験活動を

中心とした授業を通して具体的に自己の在り方生き方に対する理解を深めていく必要がある。

しかし、生徒は学校行事を受動的にこなしているのが現状であり、活動を通しての学びと将

来とのつながりが意識できていない。そこで、学校行事等の体験活動を、自己理解を深め、主

体的な進路選択を促す機会にする必要があると考えた。

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以上のような理由から、本研究においてキャリア発

達を促す体験活動を中心とした授業を「生徒の実態把

握に基づいた『目標設定』、体験活動の意義を明確に

し、その効果を高める『事前学習』、知識を補い、体

験的理解を促す『体験活動』、自己理解を深める『振

り返り』をまとまりとした授業」と位置付けた。これ

を繰り返し行うことで、キャリアプランニング能力を

高めていくことができると考えた(図1)。

(4) 研究の仮説

本研究では「知的障害のある生徒にキャリア発達を

促す体験活動を中心とした授業を行うことによって、

キャリアプランニング能力を高めることができる」と仮説を立て、授業実践を通して検証する

こととした。

2 研究の内容

(1) キャリアプランニング能力発達段階表の作成

個々の障害の状態に応じたきめ細かい指導・支援を行うためには、生徒の発達の段階を把握

するための指標が必要であると考え、キャリアプランニング能力発達段階表を作成した(表1)。

作成にあたり、国立特別支援教育総合研究所の「知的障害のある児童生徒のキャリアプランニ

ング・マトリックス(試案)」(平成22年)を参考にした。キャリアプランニング能力の定義

にある五つの構成要素を軸とし、マトリックスの内容を再構成した。発達段階を把握する指標

として、ステップ1からステップ5までの過程を示し、それぞれ小学部、中学部、高等部第1

学年、高等部第2学年、高等部第3学年における指導の目安とした。また、生徒の課題を細か

く把握するために、より詳細な項目(以下、「下位項目」と称する)を各ステップに3項目ず

つ設定した。

この発達段階表の下位項目の達成状況から、まずは生徒一人ひとりの実態把握を行い、個人

目標を設定した。それを基に学級全体の状況を把握し、一斉授業において達成させたい要素と

ステップを選んで単元の目標を定め、従来の学校行事も活用しながら体験活動を設定した。個

人目標と一斉授業での単元の目標とがかけ離れている生徒には、授業前後に個別の支援を行っ

た。評価に関しては、ステップが上ったか、又は達成した下位項目が増加したかを個別に確認

した。発達段階表は、各生徒の変容を把握する指標にもなる。したがって、本研究では、この

発達段階表とアンケートとを仮説の検証に用いることにした。

(2) 授業実践前のアンケート結果に基づく原籍校の生徒の実態

平成25年6月に生徒のキャリアプランニング能力の実態を把握するためのアンケート調査(表

9)を学級担任に実施した。対象は、原籍校の高等部第2学年の知的障害のある生徒7人であ

る。また、対象生徒の主障害は知的障害で、おおまかな認知発達年齢は小学校中学年程度であ

るため、文部科学省の『小学校キャリア教育の手引き<改訂版>』(平成23年)を参考にして

生徒にもアンケートに回答ができるような質問項目を作成した。

図1 研究の構想

目標設定

個別の支援

キャリアプランニング能力の高まり

実態把握

キャリア発達を促す体験活動を中心とした授業

事前学習

体験活動

振り返り

目標再設定

事前学習

体験活動

振り返り

実態把握

個別の支援

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表1 キャリアプランニング能力発達段階表(発達段階と下位項目)

要素 ステップ1 ステップ2 ステップ3 ステップ4 ステップ5

学ぶこと・働くことの意義や役割の理解

自分が果たす役割を

理解し、実行する。

学校生活、家庭生活

において自分が果た

すべき役割を理解し、

実行する。

仕事、報酬、生活の

関係から、職業及び

働くことの意義を理

解する。

仕事、報酬、余暇活

動の関係から、職業

及び働くことの意義を

理解する。

仕事、報酬、責任の

関係から、社会生活

において果たすべき

役割を理解する。

□与えられた役割を果たす。

□役割の意味を理解する。

□他者の役に立ちたいという意欲をもつ。

□自分の役割を継続的に実行する。

□役割を果たし認められる喜びを知る。

□学校や家庭の一員であるという自覚をもつ。

□働く意欲をもつ。 □仕事、報酬、生活の関係を知る。

□職業が社会や生活に果たす役割を知る。

□働く喜びを知る。 □仕事、報酬、余暇の関係を知る。

□職業が社会や生活に果たす役割を理解する。

□社会参加する意欲をもつ。

□働くことに責任が伴うことを知る。

□働くことがやりがいにつながることを知る。

多様性の 理解

仕事、働く人等、身

の回りの様々な環境

に関心をもつ。

仕事、社会の仕組み、

ルール等、社会生活

全般に関心をもつ。

社会生活に必要な事

柄の情報を収集す

る。

職業生活に必要な事

柄の情報を収集す

る。

職業生活に必要な事

柄の情報を収集し、

活用する。

□仕事、働く人等に関心をもつ。

□周囲の様々な環境に関心をもつ。

□情報を様々な方法で得る体験を重ねる。

□仕事、社会の仕組み、ルール等に関心をもつ。

□社会の出来事を調べる。

□情報を得るためには、様々な方法があることを理解する。

□政治・経済、文化等の情報に関心をもつ。

□様々な職業があることを理解する。

□必要な情報を得るための様々な方法を活用する。

□職業生活に必要な事柄に関心をもつ。

□職業に関する知識を得る。

□職業生活に必要な事柄を調べる。

□職業生活に必要な事柄を理解する。

□社会の様々な制度やサービスに関する知識を得る。

□集めた情報を分類、整理する。

将来設計

職業的な役割モデル

に関心をもつ。

将来の夢や職業への

憧れをもつ。

働くことの楽しさや

大切さを知り、将来

の生活へ期待をもつ。

働くことの難しさを

知り、将来の生活の

見通しをもつ。

職業生活について、

具体的な見通しをも

つ。

□職業的モデルに関心をもつ。

□現実的モデルに関心をもつ。

□「なりたい」「やってみたい」と思える経験を積み重ねる。

□将来の夢をもつ。 □職業への憧れをもつ。

□働くことへの関心をもつ。

□働くことの楽しさを知る。

□働くことの大切さを知る。

□将来の生活へ期待をもつ。

□働くことの難しさを知る。

□仕事と生活についての見通しをもつ。

□余暇活動の活用を考える。

□夢と現実との折り合いをつける。

□自らの生活設計を考える。

□職業生活に必要な態度や習慣を形成する。

選択

自分の好きな遊びや

活動をもち、進んで

取り組む。

自分の個性や興味・

関心に基づいて、よ

りよい選択をする。

職業への興味や適性

に気付き、主体的に

活動を選択する。

自分の能力や職業へ

の適性について理解

を深め、主体的に活

動を選択する。

自分の能力や適性等

に基づき、自分の意

思と責任で主体的に

進路を選択する。

□自分の好きな遊びや活動を選択する。

□その活動に進んで取り組む。

□経験を生かし選択肢を増やせる。

□個性や興味・関心に気付く。

□興味・関心に基づき活動を選択する。

□自己選択により活動が充実するという経験を積み重ねる。

□職業への興味に気付く。

□職業への適性に気付く。

□自分で決定していく経験を積み重ねる。

□自分の能力を理解する。

□職業への適性を理解する。

□自己調整しながら自分で活動を選択する。

□能力や適性を把握する。

□選択の結果には責任が伴うことを知る。

□自己調整しながら自分で進路を選択する。

行動・ 改善

活動後に自らの活動

を振り返る。

活動場面での振り返

りを基に次の活動に

生かす。

助言や振り返りによ

り自分の言動の特徴

等に気付いて目標を

設定する。

助言や振り返りによ

り課題に気付いて目

標を修正し、その達

成をめざす。

よりよい生活をめざ

して、自分で課題を

見出し、解決に向け

て取り組む。

□頑張ったこと、楽しかったことを中心に振り返る。

□自分の行動を肯定的に評価する。

□活動に対する意欲をもつ。

□うまくいかなかったことも含め振り返る。

□振り返りを次の活動に生かす。

□少し困難なことや長期的な目標も設定する。

□助言を理解し、適切な振り返りをする。

□自分の言動の特徴に気付く。

□自分に必要な目標を設定する。

□助言や振り返りにより、課題に気付く。

□目標を修正する。 □目標の達成をめざす。

□よりよい生活をめざす意欲をもつ。

□客観的に自己を評価し、自ら課題を見出す。

□課題解決に向けて取り組む。

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授業実践1

授業実践2

学級担任への授業実践前のアンケート結果(表9)から、卒業後の仕事は自分で決めたいと

いう意欲が高いことが分かる(質問項目6)。しかし、結果の低かった質問項目から、将来を

見据えた現在の努力項目が明確ではなく(質問項目5)、学ぶことの意義(質問項目2)や仕

事に対する適性の理解(質問項目4及び7)、行動を振り返り改善しようとする意識(質問項

目9)が不十分であるという全体的な傾向が明らかになった。

(3) キャリアプランニング能力を位置付けたキャリア教育年間計画の作成

高等部第2学年のキャリア教育年間計画の中に、体験活動を中心とした授業とキャリアプラ

ンニング能力の要素を位置付けたプランを作成した(表2)。このプランは、学校行事を活用

しながら、生徒のキャリアプランニング能力を意図的、計画的に高めていくためのものである。

プランの作成に当たっては、まず、学校行事を最大限生かすために、行事とキャリアプランニ

ング能力の要素との組合せを考えた。次に、補足すべきキャリアプランニング能力の要素を基

に新たな「体験活動」を設定し、プランに位置付けた。本研究では、表中の授業実践1、2に

ついて記載する。

表2 キャリアプランニング能力を位置付けたキャリア教育年間計画

高等部第2学年 <めざす生徒像>社会の中で豊かにくらす力をもった生徒

月 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3

行事

入学式 運動会

全校交流

の会

校内実習

前期現場

実習

校外学習

全校交流

の会

サマー

スクール

会社見学

修学旅行

体験入学

文化祭 校内実習

後期現場

実習

校内マラ

ソン大会

児童生徒

会選挙

個別進路

相談会

卒業式

体験活動を

中心とした

授業

運動会 前期現場

実習

校外学習 会社見学 修学旅行 卒業生と

の対談

後期現場

実習

清掃ボラ

ンティア

個別進路

相談会

第3学年

体験発表

意義や役割の理解 ○ ○ ○ ○

多様性の理解 ○ ○ ○ ○ ○ ○

将来設計 ○ ○ ○ ○ ○

選択 ○ ○ ○ ○ ○

行動・改善 ○ ○ ○ ○

(4) 授業実践の概要

対象の生徒7人に対して、総合的な学習の時間で二つの単元を設定し、授業実践を行った。

学校行事(現場実習)を活用した単元を授業実践1、新たに設定した体験活動を取り入れた単

元を授業実践2とした。

ア 授業実践1

(ア) 授業実践1の概要

6月に授業実践1を行った。年2回実施する内の6月中旬に行われる前期現場実習を本

実践での「体験活動」に位置付け、「やりたい仕事について考えよう-現場実習を通して

-」という単元を設定した。表3は単元指導計画である。表4は本単元で実施した振り返

り②における授業実践の概要を特に取り上げて記載した。

表3 単元指導計画

単元名 やりたい仕事について考えよう-現場実習を通して-

単元の

目標

・様々な職業があることを理解する。【多様性の理解】(ステップ3)

・職業への興味や適性に気付き、主体的に活動を選択する。【選択】(ステップ3)

・助言や振り返りにより課題に気付いて目標を修正し、その達成をめざす。【行動・改善】

(ステップ4)

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段階

数 狙い及び学習活動

キャリアプラン

ニング能力の要素

狙い前期実習の目的を知り、参加意欲を高める。

学習活動「先輩から学ぼう」

・卒業生の高等部第2学年での実習が就職に結びついた例や在学中の取組

を知る。

・前期実習の目標を設定する。

多様性の理解

狙い現場実習に対する見通しをもつ。

学習活動「現場実習の準備をしよう」

・現場実習内容を確認する。

・校内発表会で実習場所、目標等を発表し合う。

多様性の理解

行動・改善

狙い仕事内容や働くことについて体験的に理解する。

学習活動「現場実習をしよう」

・現場実習をする。

選択

狙い友だちや自分の努力や課題に気付く。

学習活動「現場実習の振り返りをしよう」

・礼状を書く。

・校内実習報告会で実習での努力や課題を発表し合う。

多様性の理解

行動・改善

狙い自分の仕事への適性や課題に気付く。

学習活動「やりたい仕事を考えよう」

・仕事内容や環境の理解、互いの努力を知り、認め合う。

・後期実習先の選択と目標の再設定をする。

多様性の理解

選択

行動・改善

表4 振り返り②における授業実践の概要

学習活動 指導上の留意点

❶本時の活動内容を知る。

●本時の活動を提示し、学習内容を意識することができるようにする。

❷各自の実習のビデオを見て、

感想を述べたり、話し合った

りする活動をする。

●振り返りシート(図3)を配付し、ビデオを見るときの視点を事前に

確認し、目的意識を高める。

●ビデオ視聴後に、本人に実習の感想を聞き、要約して板書することで、

全員に本人の思いが伝わるようにする。

●実習前に立てた目標を紹介し、達成度を聞くことで、友だちの具体的

な努力が伝わるようにする。

●振り返りシートに付けられた○を基に、友だちの実習での努力や仕事

のよい面についての感想を言えるような発問をする。

●疑問に思ったことを質問する時間をもつことで、仕事内容を理解でき

るようにする。

●実習での様子や実習先からの評価をみんなに紹介することで、客観的

な視点をもてるようにする。

❸後期の実習でやりたい仕事・

そのために努力したいことを

振り返りシートに記入する。

❹本時のまとめを聞く。

●具体的な行動の変容をめざした目標になるようヒントを出したり、選

択肢を与えたりする。

●いつ、どのように目標を実践するのかを具体的に書くように伝える。

●実習を振り返ること、仕事への適性を考えること、目標を実行するこ

との繰り返しが、自己理解を深め、進路を自分で決めることにつなが

るということが理解できるよう、板書をしてつながりを説明する。

やりたい仕事を考えよう。

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図2 振り返り②の様子

図3 振り返りシートのレイアウト

前期現場実習振り返りシート

1 仕事の内容が、「できそう・難しそう・やってみたい」と思うかを考え、○をつけましょう。

前 実習場所 仕事内容 できそう 難しそう

やってみたい

A スーパー(青果) ゴーヤの袋詰め・インゲンの袋詰め

B 車部品を作る会社 ホースバンドの組み付け・リング付け

C スーパー(青果) きゅうりの袋詰め

D レストラン厨房 食器洗い・食器の片付け

E ホームセンター 商品並べの手伝い・商品の前出し

ダンボールの解体・商品の箱詰め

F 箱折りなどをする会社 パット貼り

G タイヤ・車部品の店 オイル交換の手伝い・ジャッキアップとタイヤふき・草取り

2後期の実習でやりたい仕事を書きましょう。3そのためにがんばりたいと思ったことを書きましょう。

多様性

の理解

選択 行動・改善

適性・興味

興味

(イ) 授業実践1の成果と分析

従来の授業に追加して実施した事前学習①と振り返り②の授業の工夫について詳しく記

述する。まず、事前学習①では、卒業生の高等部第2学年における実習での努力や取組が、

現在の職業に結び付いている例を示し、前期実習の目的や将来とのつながりを理解し実習

への意欲を高められるように配慮した。身近な先輩の仕事ぶりや在学中の努力を知り、授

業後の感想で「就職はまだ先の話だと思っていたけれど、

積み重ねていくものだと知り、自分も頑張らなくてはい

けないと感じた」という記述が見られた。将来とのつな

がりを明確に示すことで見通しをもち、学ぶことの意義

に気付かせることができたと考えられる。

振り返り②では、仕事内容や仕事環境の理解、互いの

努力を認め合うことを目的に、実習内容を

一人2分程度に教師がまとめたビデオを見

て質問をし合う活動をした(図2)。この

活動は、仕事の多様性や自分の適性を考え

たり、今までやったことのない仕事にも挑

戦し、できる仕事を増やそうとする意欲を

もったりすることに有効であった。このこ

とは、生徒が友だちの仕事の内容や大変さ

について興味をもって質問し、回答を自分

に照らし合わせて考えていた態度や、友だ

ちの努力を賞賛し、自分もやってみたいと

発言した様子から判断できる。このように必要な情報を共有し、自己理解を促す丁寧な振

り返りをすることで、生徒は自己選択、自己決定する経験を積むことができる。そしてそ

の積み重ねが主体的に自分の進路を考えることにつながると考えられる。

振り返りシート(図3)には、生徒の実習先や仕事内容を整理した欄に加えて、キャリ

アプランニング能力の要素の「多様性の理解、選択、行動・改善」を反映させた。また、

生徒自身が適性や興味を把握するために、他の仕事に対する感想を「できそう、難しそう、

やってみたい」の項目から選べるようにした。これは、教師が生徒の興味、自己理解度、

意欲を理解する上でも有効であった。

授業実践の成果を、単元の目標としたキャリアプランニング能力の要素ごとに分析した

ものが表5である。半数以上の生徒が目標とした下位項目を達成できたことが読み取れる。

表5 単元の目標とした下位項目の達成状況(授業者、担任、副担任による評価)

単元の目標 下位項目 達成した生徒の数(7人中)

授業実践前(人) 授業実践後(人)

多様性の理解 (ステップ3)

□様々な職業があることを理解する。 2 6

選択 (ステップ3)

□職業への興味に気付く。 □職業への適性に気付く。 □自分で決定していく経験を積み重ねる。

3 2 4

6 4 7

行動・改善 (ステップ4)

□助言を理解し、適切な振り返りをする。 □自分の言動の特徴に気付く。 □自分に必要な目標を設定する。

2 1 2

5 5 6

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イ 授業実践2

(ア) 授業実践2の概要

10 月に授業実践2を行った。卒業生に質問する活動を通して自分の将来について見通し

をもつ活動を本実践での「体験活動」に位置付け、「自分の将来について考えよう」とい

う単元を設定した。卒業生は生徒がロールモデルとしやすいように、生徒と年齢が近い同

性を選んだ。表6は単元指導計画である。表7は本単元で実施した体験活動における授業

実践の概要を特に取り上げて記載した。

表6 単元指導計画

単元名 自分の将来について考えよう

単元の

目標

・仕事、報酬、余暇活動の関係から職業及び働くことの意義を理解する。【学ぶこと・働く

ことの意義や役割の理解】(ステップ4)

・働くことの難しさを知り、将来の生活の見通しをもつ。【将来設計】(ステップ4)

数 狙い及び学習活動

キャリアプラン

ニング能力の要素

事前学習①

狙い仕事、生活、余暇の三つの視点から具体的に将来について考える。

学習活動「20歳になった自分について考えよう」

・仕事、生活、余暇を視点に、20歳の時になっていたい自分についての

将来設計シートを作成する(図4)。

将来設計

学ぶこと・働く

ことの意義や役

割の理解

事前学習②

狙い卒業生の仕事や生活を知り、卒業生への質問項目を考える。

学習活動「先輩への質問を考えよう」

・卒業生の仕事やグループホームのビデオを視聴する。

・卒業生に聞いてみたいことをできるだけたくさん考え付箋に書く。

将来設計

事前学習③

狙い卒業生への質問項目を決定する。

学習活動「質問シートを作ろう」

・仕事、生活、余暇を視点に、質問項目を整理する(ワークショップ)。

・質問項目を決定する(質問の言葉や種類、質問順等)。

・質問シートを作り、すべての質問項目を確認する。

将来設計

体験活動

狙い自分が働く楽しみ(理由)やこれからやってみたいことを考える。

学習活動「先輩に質問しよう」

・卒業生にあらかじめ準備した質問をする。

・卒業生からのメッセージを聞く。

・振り返りシートを作成する(図7)。

将来設計

学ぶこと・働く

ことの意義や役

割の理解

振り返り

狙い仕事、生活、余暇に関する自己理解を深め夢や目標を具体化する。

学習活動「自分の将来について考えよう」

・前時に作成した振り返りシートを見ながら、前時の学習を振り返る。

・将来設計シートを更新し(図8)、具体化した夢や目標を発表する。

将来設計

学ぶこと・働く

ことの意義や役

割の理解

表7 体験活動における授業実践の概要

学習活動 指導上の留意点

❶本時の活動内容を知る。

●本時の活動を提示し、学習内容を意識することができるようにする。

●卒業生の余暇活動を紹介することで、生徒と卒業生の緊張をほぐし、

次の活動にスムーズに入ることができるようにする。

❷卒業生に質問をする。

・主な質問

<余暇に関する質問>

⑴「趣味は?」

⑵「今欲しいものは?」

●余暇に関する質問をすることで、楽しみをもつことが生活を豊か

にしたり、仕事への意欲向上につながったりすることに気付くこ

とができるようにする。

●卒業生が生活を楽しむことができる理由を考えられるよう、仕事

→給料→余暇の構図を板書する。

仕事、生活、余暇に対する新たな視点を見つけよう。

Page 8: 知的障害のある生徒のキャリアプランニング能力を …...- 97 - 知的障害のある生徒のキャリアプランニング能力を高める指導に関する研究

- 104 -

ペットを飼いたい

ハワイに行きたい

きついことも最後まで頑張る

絶対に遅刻しない

4階建ての家がほしい

働く

生活する

楽しむ

卓球がしたい

図4 将来設計シートの記述の一例

図5 ワークショップで整理された付箋

図6 体験活動で卒業生に質問する様子

<仕事に関する質問>

⑶「働く楽しみは?」

⑷「働く上での大変さは?」

<生活に関する質問>

⑸「給料の使い道は?」

⑹「自動車購入や免許取得

について」

❸卒業生からのメッセージを聞

く。

●働く楽しみについて卒業生から話を聞くことで、「やりがい」や余暇の

充実という視点に気付くことができるようにする。特に、仕事を通し

て「人の役に立つ喜び」を感じ、それが「やりがい」につながること

に気付くことができるよう板書する。また、前期実習を例に出し、「や

りがい」について補足説明をする。生徒に「やりがい」を感じた経験

について聞くことで、理解を深められるようにする。

●問題が起きたときの対処法を聞くことで、卒業後の支援機関につ

いて知ることができるように黒板に図示する。「障害」という言

葉が出た際は、「苦手さ」という言葉に置き換えて説明する。

●給料の使い道(内訳)について聞き、食費、グループホーム費用

などの具体的な回答を得ることで、給料の多くは生活に使わなく

てはいけないことに気付けるように板書する。

●まとめとして、仕事、生活、余暇のバランスの大切さにふれる。

●メッセージを聞くことで、卒業生も在学中に不安をもって生活し

ていたことを知り、見通しをもてるようにするとともに、夢や目

標をもつことの大切さに気付くことができるようにする。

❹本時の学習を振り返り、感想

を振り返りシート(図7)に

記入する。

●卒業生の話を聞いた感想、働く楽しみ、自分もやってみたいこと

を書くことで、本時を振り返ることができるようにする。

●本時のまとめとして、先輩のように、自分もできる、またはやっ

てみたいという気持ちをもってほしいという授業者の願いを伝える。

(イ) 授業実践2の成果と分析

事前学習①では、仕事、生活、余暇の三つを視点に、

ウェビングの手法を用いて将来設計シートを作った(図

4)。生徒は、20歳の時になっていたい自分について

思いついた項目を書いていった。仕事ばかりを生活の中

心に考えていた生徒にとっては、将来設計シートを書く

ことで、それぞれの視点の大切さや三つの視点のつなが

りを理解するのに有効であった。

事前学習②では、介護施設の厨房で働いている卒業生

の仕事やグループホームで一人暮らしをしている様子を

ビデオで視聴し、各自で付箋に質問したいことを書く活

動をした。手際よく仕事をする卒業生の様子を見て、あ

こがれを抱くと同時に、通勤時間や仕事での苦労など、

具体的な質問を次々と考えることができた。

また、グループホームでの一人暮らし、自動車購入や免許取得に対する質問も多くの生

徒が考えた。これらは、どの生徒の事前の将来設計シートにも書かれていないものであっ

たことから、新たな視点を身に付けるきっかけになったことが分かる。

事前学習③では、自分とは異なる視点に気付かせたり、

質問項目の重複を避けたりすることを目的に、まず仕事、

生活、余暇に分けてワークショップ形式で前時に考えた

質問項目を整理した(図5)。その後、各自が質問する

項目を質問シートに貼り付けた。

体験活動では、卒業生に質問する活動を通して、仕事、

生活、余暇に対する新たな視点を獲得することができ

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きついことも最後まで頑張る

絶対に遅刻しない

4階建ての家がほしい

働く

生活する

楽しむ

人との関わりに気を付ける

家賃を払いたい

いつか自動車免許をとってみたい

家を水族館みたいにしたい

大きな水槽がほしい

卓球がしたい

旅に行きたい

ハワイに行きたい

ペットを飼いたい

図8 更新後の将来設計シートの記述の一例

学ぶこと・働くことの意義や役割の理解

将来設計

図7 振り返りシートの記述の一例

た(図6)。

卒業生への質問例と生徒の考えの変容を次に示す。まず、「働く楽しみは何ですか」と

いう質問に対して、賞賛されたり、社会参加したりできることにやりがいを感じていると

いう話を聞き、給料以外の働く意義に気付くことができた。また、「働く上で大変なこと

は何ですか」という質問に対して、人間関係を

なかなか作れず苦労したことや、避けて通れな

い障害についての話を聞くことで、生徒自身が

障害に向き合い、相談することの大切さを感じ

支援機関に興味をもつきっかけとなった。「給

料の使い道」についての質問をすることで、自

立した生活を送り余暇活動にも積極的な卒業生

をモデルとし、自分も働きたいという意欲や新

たなことに挑戦しようという気持ちをもつこと

ができるようになった。

授業後の振り返りシート(図7)には、前半

で「学ぶこと・働くことの意義や役割の理解」

について、後半で「将来設計」について考えら

れるような選択肢を用意した。働く意味を改め

て考えたり、趣味をもつこと、相談機関につい

て知ることも必要だと回答するなど、視野を広

げたりすることができたと考えられる。

振り返りでは、事前学習①で作成した将来設

計シートを更新した(図8)。体験活動で先輩

から学んだ「人との関わりに気を付ける」こと

や先輩のように自立して「家賃を払いたい」、「い

つか自動車免許をとってみたい」というあこが

れを書き加えた。また、仕事だけでなく「楽しむ」ことにも多くの項目を追加するなどの

変容が見られた。このことから、新たな視点を獲得したことが分かる。さらに「働く」こ

とには、「やりがい」が大切だと大きな字で書き加えた生徒もいた。新たな視点に対する

理解を深めた成果も見られた。

授業実践の成果を、単元の目標としたキャリアプランニング能力の要素ごとに分析した

ものが表8である。「働く喜び」、「仕事、報酬、余暇の関係」、「余暇活動」に対する理解

が深まったことが読み取れる。

表8 単元の目標とした下位項目の達成状況(授業者、担任、副担任による評価)

単元の目標 下位項目 達成した生徒の数(7人中)

授業実践前(人) 授業実践後(人)

学ぶこと・働くことの 意義や役割の理解 (ステップ4)

□働く喜びを知る。 □仕事、報酬、余暇の関係を知る。

2 2

6 7

将来設計 (ステップ4)

□働くことの難しさを知る。 □仕事と生活についての見通しをもつ。 □余暇活動の活用を考える。

1 1 4

3 5 7

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全下位項目達成 下位項目が未達成

内容によっては、あるステップの下位項目が未達成でも、次

のステップの下位項目の達成がみられる場合がある。各ステッ

プの未達成の下位項目に留意して、指導・支援を行う必要があ

る。

図9 Aさんの授業実践前の発達段階表

要素 ステップ1 ステップ2 ステップ3 ステップ4 ステップ5

学ぶこと・働くことの意義や役割の理解

自分が果たす役割を理解し、実行する。

学校生活、家庭生活において自分が果たすべき役割を理解し、実行する。

仕事、報酬、生活の関係から、職業及び働くことの意義を理解する。

仕事、報酬、余暇活動の関係から、職業及び働くことの意義を理解する。

仕事、報酬、責任の関係から、社会生活において果たすべき役割を理解する。

多様性の理解

仕事、働く人等、身の回りの様々な環境に関心をもつ。

仕事、社会の仕組み、ルール等、社会生活全般に関心をもつ。

社会生活に必要な事柄の情報を収集する。

職業生活に必要な事柄の情報を収集する。

職業生活に必要な事柄の情報を収集し、活用する。

将来設計

職業的な役割モデルに関心をもつ。

将来の夢や職業への憧れをもつ。

働くことの楽しさや大切さを知り、将来の生活へ期待をもつ。

働くことの難しさを知り、将来の生活の見通しをもつ。

職業生活について、具体的な見通しをもつ。

選択

自分の好きな遊びや活動をもち、進んで取り組む。

自分の個性や興味・関心に基づき、よりよい選択をする。

職業への興味や適性に気付き、主体的に活動を選択する。

自分の能力や職業への適性について理解を深め、主体的に活動を選択する。

自分の能力や適性等に基づき、自分の意思と責任で主体的に進路を選択する。

行動・改善

活動後に自らの活動を振り返る。

活動場面での振り返りを基に次の活動に生かす。

助言や振り返りにより自分の言動の特徴等に気付いて目標を設定する。

助言や振り返りにより課題に気付いて目標を修正し、その達成を目指す。

よりよい生活を目指して、自分で課題を見出し、解決に向けて取り組む。

図 11 Aさんの後期実習振り返りシートの記述

市役所A

工場

スーパー(青果)

スーパー(青果)

病院

福祉サービス事業所

レンタルショップ

図 10 Aさんの前期実習振り返りシートの記述

前期現場実習振り返りシート

1 仕事の内容が、「できそう・難しそう・やってみたい」と思うかを考え、○をつけましょう。

前 実習場所 仕事内容 できそう 難しそう

やってみたい

A スーパー(青果) ゴーヤの袋詰め・インゲンの袋詰め

B 車部品を作る会社 ホースバンドの組み付け・リング付け

C スーパー(青果) きゅうりの袋詰め

D レストラン厨房 食器洗い・食器の片付け

E ホームセンター 商品並べの手伝い・商品の前出し

ダンボールの解体・商品の箱詰め

F 箱折りなどをする会社 パット貼り

G タイヤ・車部品の店 オイル交換の手伝い・ジャッキアップとタイヤふき・草取り

(5) 個別の支援

これまで集団としての変容を分析してき

た。一方で、個人目標と一斉授業での単元

の目標とがかけ離れている生徒もいた。本

研究では、そのようなAさんに対して、個

別の支援を行った。授業実践前の実態把握

を基に作成したAさんのキャリアプランニ

ング能力発達段階表(図9)を見ると、ど

の要素にも未達成の項目がある。

6月の前期実習振り返りシート(図 10)

を見ても、自信がないために働く意欲が低

く、ほとんどの仕事は難しそうと回答して

おり、やってみたいという回答につながっ

ていなかった。そこで、まず要素「学ぶこ

と・働くことの意義や役割の理解」に焦点

を絞り、6月の授業実践後に個別の支援を

行った。

働く意欲を高めるために、スモールステッ

プで成功体験を積ませ、生活意欲を向上さ

せる支援を行った。具体的には、「遅刻せ

ずに登校できた」、「連絡帳を出せた」等、

日常生活の中ですべきことができたとき、

すぐにその行動を評価することを繰り返す

ことから始めた。同時に、集団の中で自分

の役割を果たし、周りから必要とされる経

験を積み重ねることで、少しずつ自己肯定

感を高められるようにした。このようにし

て、生徒の実態を把握しながら支援をして

いくことで、5か月後に次のような変容が

表れた。

11 月の後期実習振り返りシート(図 11)

に、6月のシートには全くなかった「やっ

てみたい仕事」を記述しており、働く意欲

の芽生えが読み取れる。働く意欲が継続す

るような支援、他の要素に対する支援も引

き続き行っていく必要がある。

(6) 研究の考察

生徒のキャリアプランニング能力の高まりについて、発達段階表及び授業実践前後のアンケー

トから、仮説の検証及び分析を行った。

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4…とてもあてはまる 3…あてはまる

2…あまりあてはまらない 1…まったくあてはまらない

学ぶこと・働くことの意義や役割の理解

行動・改善

選択

多様性の理解

将来設計

図13 学級担任への授業実践前後のアンケート結果 (キャリアプランニング能力の要素別の平均)

図 12 Bさんの授業実践前後の発達段階表

授業実践前の実態把握(6月)

授業実践後の評価(11 月)

要素 ステップ1 ステップ2 ステップ3 ステップ4 ステップ5

学ぶこと・働くことの意義や役割の理解

自分が果たす役割を理解し、実行する。

学校生活、家庭生活において自分が果たすべき役割を理解し、実行する。

仕事、報酬、生活の関係から、職業及び働くことの意義を理解する。

仕事、報酬、余暇活動の関係から、職業及び働くことの意義を理解する。

仕事、報酬、責任の関係から、社会生活において果たすべき役割を理解する。

多様性の理解

仕事、働く人等、身の回りの様々な環境に関心をもつ。

仕事、社会の仕組み、ルール等、社会生活全般に関心をもつ。

社会生活に必要な事柄の情報を収集する。

職業生活に必要な事柄の情報を収集する。

職業生活に必要な事柄の情報を収集し、活用する。

将来設計

職業的な役割モデルに関心をもつ。

将来の夢や職業への憧れをもつ。

働くことの楽しさや大切さを知り、将来の生活へ期待をもつ。

働くことの難しさを知り、将来の生活の見通しをもつ。

職業生活について、具体的な見通しをもつ。

選択

自分の好きな遊びや活動をもち、進んで取り組む。

自分の個性や興味・関心に基づき、よりよい選択をする。

職業への興味や適性に気付き、主体的に活動を選択する。

自分の能力や職業への適性について理解を深め、主体的に活動を選択する。

自分の能力や適性等に基づき、自分の意思と責任で主体的に進路を選択する。

行動・改善

活動後に自らの活動を振り返る。

活動場面での振り返りを基に次の活動に生かす。

助言や振り返りにより自分の言動の特徴等に気付いて目標を設定する。

助言や振り返りにより課題に気付いて目標を修正し、その達成を目指す。

よりよい生活を目指して、自分で課題を見出し、解決に向けて取り組む。

ア キャリアプランニング能力発達段階表を用いた実態把握と評価の結果から

授業実践前後の生徒一人ひとりの変

容を確認するため、発達段階表を用い

て授業者、担任、副担任が協議して授

業実践前に実態把握を、実践後に評価

を行った。図12は、結果に最も著しい

向上的変容が見られたBさんのもので

ある。このBさんだけでなく、どの生

徒にもステップが上ったり、達成した

下位項目が増加したりといった変容が

見られ、キャリアプランニング能力が

高まったと認められる。

イ 学級担任への授業実践前後のアンケート結果から

表9 学級担任への授業実践前後のアンケート結果(平均)

キャリアプラン

ニング能力の要素 アンケート(4件法※)の質問項目

授業実践

前 後

1 学ぶこと・働くこ

との意義や役割の

理解

なぜ働くのか、わかりますか。 3.00 3.14

2 今、学校で勉強していることが、どんなことに役立つか、わか

りますか。 2.57 2.86

3 多様性の理解 仕事の種類がたくさんあることを知っていますか。 3.14 3.29

4 将来設計

卒業後にやりたい仕事がありますか。 2.14 2.86

5 仕事をするために、今、何をがんばればよいか、わかりますか。 2.43 2.86

6 選択

卒業後の仕事は自分で決めたいですか。 3.86 4.00

7 自分にあう仕事、あわない仕事が、わかりますか。 2.43 3.14

行動・改善

卒業後に仕事をするために、生活や勉強に一生懸命取り組んで

いますか。 3.14 3.43

9 毎日の行動を振り返り、生活や勉強の仕方をよくしようとして

いますか。 2.43 2.86

※4…とてもあてはまる 3…あてはまる

2…あまりあてはまらない 1…まったくあてはまらない

(ア) キャリアプランニング能力の要素別の結果から

学級担任への授業実践前後のアンケート

結果を、キャリアプランニング能力の要素

ごとにまとめた(図 13)。実践後に、どの

要素も向上していることが分かる。生徒の

キャリアプランニング能力の高まりが読み

取れる。本授業実践を通して最も向上が見

られた要素は、「将来設計」である。卒業

生に質問する活動を通して仕事、生活、余

暇に対する新たな視点を獲得するという手

だてが将来に対する見通しをもち、期待を

抱くことに効果的であったと考えられる。

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(イ) 質問項目別の結果から

表9の質問項目6に対する回答から「卒業後の仕事は自分で決めたい」という全生徒の

意欲を学級担任が感じていることが分かる。また、授業実践前のアンケートで結果の低かっ

た五つの質問項目全てで、肯定的な回答が増えている。特に、質問項目7の仕事に対する

適性の理解が深まっていると判断できる。

ウ 生徒への授業実践前後のアンケート結果から

生徒への授業実践前後のアンケート結果によると、回答に最も変化があったのは、「なぜ

働くのか、わかる」という質問項目である。事前アンケートでは、「とてもあてはまる」と

回答した生徒は7人中3人だったが、事後アンケートでは、全員が「とてもあてはまる」と

回答した。また、「仕事の種類がたくさんあることを知っている」という質問項目に対して

も、事後アンケートでは7人中6人が「とてもあてはまる」と答えた。「学ぶこと・働くこ

との意義・役割の理解」、「多様性の理解」の高まりが読み取れる。これは、キャリアプラン

ニング能力の各要素を授業に意図的、計画的に組み込んだことによる効果だと考える。

3 研究のまとめと今後の課題

(1) 研究のまとめ

本研究を通して、キャリア発達を促す体験活動を中心とした授業を繰り返し行うことによっ

て、キャリアプランニング能力が高まることが分かった。学校行事等を生徒のキャリア発達の

視点で捉え直し、「体験活動」として生かす工夫をすることで、生徒の自己理解を深め、主体

的な進路選択を促すための指導を行うことができたと考える。また、個々の生徒の実態に応じ

た適切な指導・支援を行うための指標となるキャリアプランニング能力発達段階表を作成し、

活用することで、指標に基づいた評価に三つの有用性があることが確認できた。1点目は、一

つの尺度で複数の生徒の実態を把握し、実態に応じた目標や活動内容を設定できること、2点

目は、生徒の変容を確認し、教師間で共有したり、授業や指導計画の改善を図ったりすること

ができることである。そして3点目は、障害の程度に関わらず、全学部、全教育活動を通じた

系統性のある指導が可能となることである。

(2) 今後の課題

今後は、全学部、全教育活動を通じた系統性のある指導を実現するために、キャリアプラン

ニング能力発達段階表を活用した実践を行い、その汎用性を高めていく必要がある。また、表

2に位置付けた体験活動等を実践し、指導方法についてさらに研究を進め、改善を図りたい。

【引用文献】

*1 中央教育審議会、『今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)』、2011、p26、

p17

【参考文献】

・文部科学省、『特別支援学校高等部学習指導要領』、2011

・文部科学省、『小学校キャリア教育の手引き<改訂版>』、教育出版、2011

・国立特別支援教育総合研究所、『知的障害教育におけるキャリア教育の在り方に関する研究(平成 20 年度~

21 年度)研究成果報告書』、2010

・全国特別支援学校知的障害教育校長会、『特別支援教育のためのキャリア教育の手引き』、ジアース教育新社、

2010

・山口県教育委員会、『平成 25 年度山口県教育推進の手引き』、2013

・山口県教育委員会、『特別支援教育 就労をめざして~一人ひとりの自立・社会参加に向けて~』、2010

・山口県教育委員会、『特別支援学校新着任者用研修テキスト』、2013