小中学生を対象とした 科学実験教室の効果的な実施...

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小中学生を対象とした科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究 早稲田大学理工学術院統合事務・技術センター技術部 技報 No.36 (2008) 1 小中学生を対象とした 科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究 教育研究支援課(二系) 柿下 尚哉 (Naoya Kakishita) 教育研究支援課(三系) 高木 祐治 (Yuji Takagi) 教育研究支援課(一系) 細井 (Hajime Hosoi) 国際部国際課 玉田 正樹* (Masaki Tamada) 科学技術離れを食い止めるために科学実験教室を開催するなど全国的に様々な活動がなされている. しかし,参加者の様子を見ていると感覚的には面白いと感じているものの,内容の理解につながらず貴 重な機会を十分に活かしきれていない場面もみられる.そこで,実態を調査するとともに,科学実験教 室を効果的に実施する方法を検討し,一般化した手法として体系化し提言した.個々の実験プログラム に対する手法のみならず,「親の理科離れ」が子供たちに与える影響についても着目し,保護者とともに 参加する科学実験教室のあり方についても検討するなど,小中学生向け科学イベント運営に対する提言 も盛り込んだ.また,それらの手法を簡便に実行できるよう web アプリケーションやチェックシートな どのツールも作成した.本報ではこれらについて報告する. 1.背景 科学技術離れを食い止めるため,教育界だけでなく, 産業界・政府 (1) においても様々な活動がなされている. 本学においても 1988 年より小中学生向けの科学実験教 室「ユニラブ(Uni versity Lab oratory の造語)」を, 1998 年より軽井沢町および鴨川市との交流事業として各自治 体で毎年「おもしろ科学実験教室」などを実施し,年々 参加者が増えるなど好評である (*1) .しかし,様々な科 学実験教室を見てみると単なる作業や体験に留まるなど, 感覚的には面白いと感じているものの,内容の理解につ ながらず貴重な機会を十分に活かしきれていない場面も 見受けられる. そこで今回,上記実験教室で収集したアンケート結果 の分析や日本各地の科学系博物館の取り組みなどを調査 し,科学実験教室の効果的な実施法を検討した.また, それら調査・検討内容を元に,広く活用できるよう一般 化した指針として提言した. * 2007 5 月まで技術企画総務課に在籍 (*1)20 周年を迎える 2007 年度ユニラブでは 32 の実験プ ログラムを実施し,1000 人を超える参加があった. 2.現状の科学実験教室の問題点 現状の科学実験教室の問題点を抽出するため,科学実 験教室への参加者とその保護者に対するアンケートを分 析した.また,アンケートからは見出せない問題点を見 出すため,本学で実施している科学実験教室を対象に実 地調査と指導者向けアンケートを実施した.その他,科 学技術白書で指摘されている「親の理科離れ」について も触れた. 2.1 参加者アンケートの分析 直近3年間のユニラブ参加者へのアンケートを調査し たところ,ほぼすべての参加者がおもしろかった(「ふつ う」を含む)と回答しているものの(図1(a)),説明や 資料については約 3%1226 人)程度が難しかった, 分かりづらかったと回答している(図1(b)).その理由 については大きく3つに分類される(表1).一つ目は「言 葉が難しい」「漢字が分からない」など指導者が参加者の 学習レベルを十分に把握していないことである.二つ目 は「説明が分かりづらい」「ややこしい」などプレゼン方 法が不適切であること.三つ目は「どんどん実験が進ん でしまう」といった実験の進め方が不適切であることで ある.

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小中学生を対象とした科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究

早稲田大学理工学術院統合事務・技術センター技術部 技報 No.36 (2008)

1

報 告

小中学生を対象とした

科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究

教育研究支援課(二系) 柿下 尚哉 (Naoya Kakishita)

教育研究支援課(三系) 高木 祐治 (Yuji Takagi)

教育研究支援課(一系) 細井 肇 (Hajime Hosoi)

国際部国際課 玉田 正樹* (Masaki Tamada)

科学技術離れを食い止めるために科学実験教室を開催するなど全国的に様々な活動がなされている.

しかし,参加者の様子を見ていると感覚的には面白いと感じているものの,内容の理解につながらず貴

重な機会を十分に活かしきれていない場面もみられる.そこで,実態を調査するとともに,科学実験教

室を効果的に実施する方法を検討し,一般化した手法として体系化し提言した.個々の実験プログラム

に対する手法のみならず,「親の理科離れ」が子供たちに与える影響についても着目し,保護者とともに

参加する科学実験教室のあり方についても検討するなど,小中学生向け科学イベント運営に対する提言

も盛り込んだ.また,それらの手法を簡便に実行できるよう web アプリケーションやチェックシートな

どのツールも作成した.本報ではこれらについて報告する.

1.背景

科学技術離れを食い止めるため,教育界だけでなく,

産業界・政府(1)においても様々な活動がなされている.

本学においても 1988 年より小中学生向けの科学実験教

室「ユニラブ(University Laboratory の造語)」を,1998

年より軽井沢町および鴨川市との交流事業として各自治

体で毎年「おもしろ科学実験教室」などを実施し,年々

参加者が増えるなど好評である(*1).しかし,様々な科

学実験教室を見てみると単なる作業や体験に留まるなど,

感覚的には面白いと感じているものの,内容の理解につ

ながらず貴重な機会を十分に活かしきれていない場面も

見受けられる.

そこで今回,上記実験教室で収集したアンケート結果

の分析や日本各地の科学系博物館の取り組みなどを調査

し,科学実験教室の効果的な実施法を検討した.また,

それら調査・検討内容を元に,広く活用できるよう一般

化した指針として提言した.

* 2007 年 5 月まで技術企画総務課に在籍

(*1)20 周年を迎える 2007 年度ユニラブでは 32 の実験プ

ログラムを実施し,1000 人を超える参加があった.

2.現状の科学実験教室の問題点

現状の科学実験教室の問題点を抽出するため,科学実

験教室への参加者とその保護者に対するアンケートを分

析した.また,アンケートからは見出せない問題点を見

出すため,本学で実施している科学実験教室を対象に実

地調査と指導者向けアンケートを実施した.その他,科

学技術白書で指摘されている「親の理科離れ」について

も触れた.

2.1 参加者アンケートの分析

直近3年間のユニラブ参加者へのアンケートを調査し

たところ,ほぼすべての参加者がおもしろかった(「ふつ

う」を含む)と回答しているものの(図1(a)),説明や

資料については約 3%(12~26 人)程度が難しかった,

分かりづらかったと回答している(図1(b)).その理由

については大きく3つに分類される(表1).一つ目は「言

葉が難しい」「漢字が分からない」など指導者が参加者の

学習レベルを十分に把握していないことである.二つ目

は「説明が分かりづらい」「ややこしい」などプレゼン方

法が不適切であること.三つ目は「どんどん実験が進ん

でしまう」といった実験の進め方が不適切であることで

ある.

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小中学生を対象とした科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究

早稲田大学理工学術院統合事務・技術センター技術部 技報 No.36 (2008)

2

表1.説明や資料が分かりづらかった理由(抜粋)

学年 性別 コ メ ン ト 考えられる要因

小1 女 ことばがわかりにくかった

小1 女 じとかがむづかしかった

小3 女 かんじがわからない

小3 男 しらないことばがたくさんあった

小3 - 意味が分からなかった。

小5 女 むずかしい言葉だけで書いている。

小6 - 物質の変化

小6 - 説明がむずかしかった

小6 - 言葉が難しかった

中1 男 難しい薬品などがあったから

中2 男 化学式をあまり知らないから

小1 男 さいしょのはなしがわかりづらかった

小3 男 さいしょのせつめい

小6 男 説明がわかりづらい

中1 女 文章がわかりづらかった

小3 男 ややこしかった

中1 女 順番の意味が少し理解できなかった

小2 男 言いかたがわかりづらかった

小1 -おかあさんにおてつだいしてもらうところがおおかった

小6 女 どんどん実験がすすんでしまうから

実験の進め方が不適切

プレゼン方法が不適切

参加者の学習レベルの調査不足

学年 性別 コ メ ン ト 考えられる要因

小1 女 ことばがわかりにくかった

小1 女 じとかがむづかしかった

小3 女 かんじがわからない

小3 男 しらないことばがたくさんあった

小3 - 意味が分からなかった。

小5 女 むずかしい言葉だけで書いている。

小6 - 物質の変化

小6 - 説明がむずかしかった

小6 - 言葉が難しかった

中1 男 難しい薬品などがあったから

中2 男 化学式をあまり知らないから

小1 男 さいしょのはなしがわかりづらかった

小3 男 さいしょのせつめい

小6 男 説明がわかりづらい

中1 女 文章がわかりづらかった

小3 男 ややこしかった

中1 女 順番の意味が少し理解できなかった

小2 男 言いかたがわかりづらかった

小1 -おかあさんにおてつだいしてもらうところがおおかった

小6 女 どんどん実験がすすんでしまうから

実験の進め方が不適切

プレゼン方法が不適切

参加者の学習レベルの調査不足

漢字や言葉を学習する学年は学習指導要領で決まって

いるため,「説明が分かりづらい」と感じている参加者は

アンケート結果よりもさらに多いと推測される.参加者

が感覚的に面白いと感じるだけでなく,内容の理解につ

ながるよう配慮する必要がある.

2.2 保護者からの意見・要望

保護者からの意見・要望をみると「具体的な説明がほ

しい」といった子供たちの理解度向上への要望や「実験

で何が起こるかを予想させた方がよい」など考える力・

表2.保護者からの意見・要望(抜粋)

構内の案内図,見学,実験内容の資料など

を少しいただければよかった.

全部をまわれなくてもよいので,ひとつひと

つゆっくり見るのもよいと思う.

イベント企画関連

お土産用の材料がほしい(継続的活動に繋がる意見)

もう少し子供に理解しやすいように,具体的

な身近な説明がほしい.漠然としていて子供

には分かったような,分からないような,何

か遠くのことを感じたのではないでしょうか.

実験で何が起こるか予想させたほうがよい

(理解に関する意見)

説明を易しく実験プログラム関連

コ メ ン ト分類

知識を得るだけでなく,科学が身近な生活にどう活かされているのかを知り,これからの課題について考える教育を期待している.

失敗を積み重ねてやっと成功することを体験させたい.

多くの実験を通して,疑問を解決していく訓練・体験をさせたい.

なぜと思わせる問いと,なるほどと思えるような解説をしてほしい.

もっと頻繁に実験教室を開催してほしい.

(考える力・経験に関する意見)

抽選に外れるのではないかと心配になる.

兄弟のうちどちらかが抽選にもれるとケンカになる

経験に関する意見,「お土産用の材料がほしい」といった

継続的な活動に繋がる要望があった(表2).また,「全

部をまわれなくてもよいので,ひとつひとつゆっくり見

るのもよいと思う」,「抽選に外れるのではないかと心配

になる」といったイベント企画に対する意見もあった.

わかりやすかった62.3%(401人)

ふつう34.0%(219人)

むずかしかった 3.7%(24人)

2004年

わかりやすかった67.8%(502人)

ふつう30.5%(226人)

むずかしかった 1.6%(12人)

2005年(有効回答数:644) (有効回答数:740)

とてもわかりやすかった45.1%(321人)

わかりやすかった51.3%(365人)

あまりわかりやすくなかった 2.8%(20人)

わかりづらかった 0.8%(6人)

(有効回答数:712)

2006年

おもしろかった91.1%(591人)

ふつう8.5%(55人)

つまらなかった 0.5%(3人)

(有効回答数:649) (有効回答数:742)

おもしろかった92.0%(683人)

ふつう7.3%(54人)

つまらなかった 0.7%(5人)

とてもおもしろかった79.6%(570人)

おもしろかった20.0%(143人)

あまりおもしろくなかった 0.3%(2人)

おもしろくなかった 0.1%(1人)

(有効回答数:716)

2004年 2005年 2006年

図1.ユニラブアンケート結果(2004年~2006年)

(b)説明や資料はわかりやすかったですか?

(a)内容はおもしろかったですか?

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小中学生を対象とした科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究

早稲田大学理工学術院統合事務・技術センター技術部 技報 No.36 (2008)

3

2.3 アンケートからは見えてこない問題点

参加者および保護者からのアンケートからは見えてこ

ない問題点を見出すため,本学で実施している科学実験

教室を実地調査した.その結果,いくつかの実験プログ

ラムに共通して見られる問題点が見つかった.本項では

それらについて報告する.

(1)実験プログラム構成

①時間配分が不適切

時間配分が不適切だと,時間の制約から参加者が理解

していなくても,先に進まざるを得ない状況がある.指

導者向けアンケートからも,時間配分がうまくいかず最

後の説明を簡略化せざるを得ないという回答も数件あっ

た.このようなことを防ぐため,リハーサルの徹底およ

び一部を省略しても大枠での理解ができる実験パターン

の検討が有効と考える.

(2)実験の進め方

①目的が不明瞭

目的が不明瞭のまま,唐突に作業手順から説明が始ま

ると,単なる作業になってしまう恐れが大きい.そのた

め,背景や概要を初めに説明し,実験の目的を明確にす

ることが望まれる.

②文章ばかりのプレゼンテーション

参加者(特に低学年)はプレゼンが文章ばかりだとほ

とんど画面を向いておらず,イラストや写真が写ってい

ると画面を見る人数が増えることを確認した.イラス

ト・写真・キーワードを主体にしたシンプルなプレゼン

が望ましい.

③情報の盛り込みすぎ

参加者にとって初めて聞く言葉や概念が多い科学実験

教室では,一度に多くを説明しても頭に入りにくい.順

を追って端的に説明することが望ましい.

④一方的な講義になっている

理解度の確認,集中力の持続を目的とし,一方的な講

義にならないよう随所で質問をするなど,双方向の講

義・実験形式にすべきである.

⑤実験のまとめ(分かったことの確認)をしていない

単に実験するだけでなく,再確認することで理解を定

着させることができるため,積極的に実験のまとめをさ

せるべきである.

⑥試行錯誤をさせていない

失敗をしないように指導者が誘導するケースが見られ

る.教室型実験ではさまざまな実験を広く経験するより

も,焦点を絞り,参加者が十分に考え,試行錯誤ができ

る機会を与える方が望ましい.「失敗を積み重ねてやっと

成功することを体験させたい」など自分で考える力を身

につけさせたいという保護者の期待もある.

⑦受け身の実験になっている

参加者が指導者の指示のまま実験をしている様子がみ

られる.主体的に行動させるためには,実験結果を予想

させることが有効である.実験結果を予想させることで,

疑問を持ち,それを解決する力やなるほどと思える理解

につながる.

(3)実験環境

①説明者の手元の様子や現象が見えにくい

小さな部品・手元での様子は見えづらい.プロジェク

ターなどを使用し,拡大画面で説明することが望まれる.

②説明者の声が耳に入っていない

子供たちはひとつのことに集中すると説明者の声が耳

に入らない場合が多い.小さな部屋であってもマイクを

利用することが望ましい.

2.4 科学技術白書の指摘

子供の科学技術離れには家族などの周囲の身近な大人

の科学に対する興味の低さが影響をあたえていると科学

技術白書で報告されている(1).こういった「親の理科離

れ」を食い止めるためには,保護者とともに実験教室へ

参加し,興味を持ってもらうことが有効と考える.保護

者が科学に興味を持ち,内容を理解していれば,さらに

興味が深まるよう道しるべを提示したり,誤解しないよ

うな軌道修正が期待できる.

3.効果的な実施方法の調査

本学では 20 年間にわたり科学実験教室を開催してお

り,実験内容や進め方などで工夫を重ねている.しかし,

実験プログラムの検討は各指導者に一任されているため,

すべての実験プログラムで同じ工夫がされているとは限

らない.こういった工夫を調査し,その情報を共有化す

ることで,2項で抽出した問題点の解決につながると考

えられる.そこで,2007 年度ユニラブを対象に実験の方

法・進め方に関する工夫を調査した.また,日本各地の

科学系博物館での体験実験やサイエンスショーなどのイ

ベントで実施されている工夫についても調査した.ここ

では,その結果から見出した,特に教育効果が高く,一

般的に広く活用できる方法を紹介する.

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(1)モチベーション向上

①学生を指導者にする

長崎市科学館で開催されている「夏休み工作工房」で

は,インターンシップで地元の大学生が指導者となって

いた.科学の祭典全国大会では中高生が指導者になって

いるブース実験が多くみられた(図2).子供たちと世代

が近い学生が直接の指導者となることで,堅苦しい雰囲

気はなく,子供たちも楽しんで実験に取り組む様子が伺

えた.また,他者に何かを教えるということは単に知識

を教えるだけではなく,いかにして理解を支援していく

かを考えるよい機会であるため,指導する学生自身の成

長も期待できる.

食べもの・飲みものを調べよう(科学の祭典全国大会)

図2.説明する高校生

「じょうぶなシャボン玉を飛ばそう(ユニラブ/経営

システム工学科小松原研究室)」では,「目標」「注意点」

をはじめ,「指導に関するお願い(図3)」や「原理など

の参考情報」について指導者(大学生)に事前に説明し

ていた.特に,指導方法に関して仮説を立てさせ検証・

考察させるように促している点や記録を残させる点など

が明記されている点がよい.また,東原(2)は学生同士で

相手に応じた説明ができるようになる方法について検討

し,その効果を実証している(図4).運営側は単に指導

する機会を与えるだけではなく,このような教育効果が

高い指導方法を予め教えておくことが重要である.

図3.指導に関するお願い(配布資料の一部を抜粋)

①相手が何を望み,何ができないと思っているかを見極めるために必要な質問をする.

②つまづいている根本的な原因を一緒になって探る

③解決方法を本人が見つけられるように,手がかりとなる発問をする.

④解決するのを見守る

⑤解決したことを一緒に喜ぶ

図4.効果的な説明のための具体的方法(2)

(2)実験プログラム構成

①本格的な装置を使う

大学には企業で広く利用されていたり,最先端技術を

駆使した本格的な装置が数多く揃っている.こういった

大学の資産を科学実験教室で利用することで参加者の意

識も高まり,夢を育む機会にもなる.小学1年生から 6

年生を対象にした「工作機械を使ってホイッスルを作ろ

う!(ユニラブ/工作実験室)」では,企業で使われてい

るものと同型の工作機械を使用している(図5).また,

保護者も一緒に説明を聞く様子もみられた(図6).

図5.本格的な工作機械を使う参加者

図6.参加者とともに説明を受ける保護者

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②製作のみ,観察のみなどに偏らない進め方をする

前野(3)は子供向け科学実験教室を効果的に行う手法を

10 種類に分類した(表3).「見学」という手法は本格的

な装置・施設を有する大学で開催する科学実験教室にお

いて特に有効である.また,「反省」という手法は新しい

学びを得た結果,自分がどのように変わろうかと自身で

考える機会を与えるよい手法である.科学実験教室はこ

のうちどれかに分類されるが,教育効果をあげるために

は,複数の手法を組み合わせることが有効だと考えられ

る.例えば,先に述べた「単なる作業で終わってしまう」

実験プログラムは 10 の手法のうちの「製作」にのみ偏

っている状況である.「何のために作るのか」,「それが

世の中にどのように役に立っているのか」を「講義」や

「評価」などと組み合わせることで,その作業の意味に

ついて理解が深まる.

表3.実験プログラムを効率よく実施する 10 の手法(3)

体験 体感的に学ぶ体験 体感的に学ぶ

観察 物事の状態や変化を注意深く見る観察 物事の状態や変化を注意深く見る

講義 他者から提示された情報を基に学ぶ講義 他者から提示された情報を基に学ぶ

製作 道具や機械などを使ってモノをつくる製作 道具や機械などを使ってモノをつくる

調査 様々な資料から情報を集める調査 様々な資料から情報を集める

討論 あるテーマについて議論する討論 あるテーマについて議論する

見学 施設や現場に赴く見学 施設や現場に赴く

評価 ある物事に対し自分なりに考え判断する評価 ある物事に対し自分なりに考え判断する

反省 自分の生活を見直す反省 自分の生活を見直す

創作 新しいモノを自分で作り出す創作 新しいモノを自分で作り出す

手法 概 要

(3)実験の進め方

①実験内容と身近な生活のつながりを示す

実験内容と身近な生活のつながりを知ることが科学技

術への興味につながる.「超!低温の世界を知ろう(科学

の祭典全国大会/埼玉県立春日部東高等学校)」で,炭酸

飲料を冷凍庫に入れると破裂して冷凍庫がベタベタにな

るといった身近な題材を用いた実演を行っていた(図7).

図7.身近な物質(炭酸飲料)を使った実験

②基本的な現象を実際に確認する

小学4年生以上を対象にした実験プログラム「地球に

優しいエンジンを作ろう(ユニラブ/熱流体実験室)」は,

空気の温度を変化させると体積が変わるという性質を利

用したスターリングエンジンを製作するプログラムであ

る.このプログラムでは実際に小実験を実施し,基本的

な現象を確認している.具体的には,水とお湯をつかっ

てペットボトルをつぶすにはどうしたらよいのかを実験

検討させたり(図8),へこんだピンポン球をもとにもど

す方法を試してみる機会を与えている.大人にとっては

当たり前のように感じることも,参加者にとっては初め

ての体験である場合が多い.五感を使って現象を体験す

る機会をひとつでも多く設けることが重要である.

同じく小学校4年生以上を対象にした「ライントレー

サーを作ろう!(ユニラブ/電気・通信実験室)」は,ギ

ヤ,電気回路とモーター,センサを組み合わせ,ライン

に沿って走行するライントレーサーを製作する(図9).

キットを製作することに主眼が置かれがちであるが,回

路試作用のプロットボードを利用することによって,発

光ダイオードやセンサーの基本的な仕組みを理解するた

めの簡単な実験を取り入れている.興味のある子供は,

自宅に持ち帰ってからも電子素子の学習が可能であり,

継続性を意識したプログラムとなっている.

図8.ペットボトルを潰す方法を考える参加者

図9.電子素子の基本を理解し,回路を製作

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小中学生を対象とした科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究

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③簡略化したものと実物とを関連させる

科学実験教室では実物を使うことが難しく,簡略化し

た模型などを対象とするケースが多い.しかし,簡略化

した実験から実物との関連を想像することは参加者には

難しい場合がある.そのため,その簡略化したものと実

物との関連は指導者から十分説明する必要がある.「地

球に優しいエンジンを作ろう(ユニラブ/熱流体実験

室)」で対象となっているスターリングエンジンの利点は

廃熱を利用して駆動することであるが,実験プログラム

では都合上アルコールランプを使用し,簡略化している

ため,それだけでは廃熱を利用して動いているとは受け

止められにくい状況である.そこで,実際にコーヒーカ

ップから放熱される廃熱を利用して動くスターリングエ

ンジン(*2)を実際に見せて,捨てられるエネルギーを有

効に活用できることを体験させている(図10).

図10.廃熱利用して駆動する様子を観察する参加者

④比較検討させる

小学1年生から3年生を対象にした実験プログラム

「じょうぶなシャボン玉を飛ばそう(ユニラブ/経営シ

ステム工学科小松原研究室)」では身近な遊び道具である

シャボン玉を使いながらも,一定量の洗剤に対して水を

図11.データシートによる結果の比較

(*2)宇宙航空開発機構(JAXA)の研究成果を基に作成さ

れた製品

決まった量ずつ増加させ,シャボン玉がどう変化するの

かをデータシートにまとめ比較している(図11).難し

い薬品や用語を使わなくても,子供たちが定量的な考え

方を体験できている点がすばらしい.このように実験結

果を比較検討することは感覚的に面白いだけでなく,内

容の理解につなげるよい方法である.

⑤参加者の理解度に合わせて説明する

サイエンスショーは幅広い年齢層の参加者に対する説

明の方法が難しい.「超!低温の世界を知ろう(科学の祭

典全国大会/埼玉県立春日部東高等学校)」では,温度の

計測方法など温度についての基本的な説明から始まり,

日常生活では使用しない低温まで計測できる温度計(熱

電対)の説明に続くなど,温度の概念が明確でない小さ

い子供からある程度の知識がある高学年,大人までもが

興味を持ち理解できるよう配慮されている.

⑥レポートを書かせる

考えをまとめるには文章を書くことが有効である.分

かったことをメモをとるという方法をとっている実験プ

ログラムはいくつか見られた.ただし,報告書として体

裁を整えるレベルまでは見受けられなかった.参加者の

レベルに応じて穴埋め式形式とするなど,積極的にレポ

ートを書かせることが望まれる.

⑦科学的なアプローチをする

単純で基本的な概念ほど,子供たち,特に低学年生に

教えることは難しい.このような概念は学校で学習する

前に日常的な体験を通じて感覚的に学んでいることが多

い.しかし,必ずしも論理的に学んでいるとは限らず,

誤って理解している場合がある(4).また,日常体験が科

学的概念の理解を抑制してしまうこともあり,これまで

に様々な理論的な研究がなされている.高垣(5)はこうい

った概念変化のメカニズムを解明するために,学習環境

について検討し,実践的な知見を提言している.その中

で考案された指導方略は,科学実験教室の実験プログラ

ムを開発する上でも活用できるものと考えられるため紹

介する.

その概略は大きく4つのステップに分けられる(図1

2).まず,第一ステップでは体験を通じて規則性を意識

化することである.第二ステップではその意識化したこ

とを定量的に検討すること,第三ステップではそれをグ

ラフなど視覚的に確認し,最後に全体で分かったことを

確認するという流れである.このような4つのステップ,

すなわち,「疑問をもつ」「定量的に検討する」「視覚的

に確認する」「まとめる」の流れとすることで,能動的な

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小中学生を対象とした科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究

早稲田大学理工学術院統合事務・技術センター技術部 技報 No.36 (2008)

7

学習を引き出し,科学的概念の獲得に有効であることを

実証している.実験プログラムを作成する際には,この

ような科学的にアプローチする方法を意識的に適用して

いくことが必要である.

①体験を通じて,規則性を意識化

②実験データを収集・分析し,現象の中から規則性を見出す.

③グラフ化することにより,視覚的に把握する.

④得られたデータやアイデアを全体の場で発表し,複数の観点から再検討する.

対象:小学校5年生

図12.高垣(5)が提案する考案した指導方法の概略

(4)実験環境

①スクリーンを使って拡大画面を映す

「超!低温の世界を知ろう(科学の祭典全国大会/埼

玉県立春日部東高等学校)」では,説明者の手元の様子や

現象を見やすくするため,ビデオや書画カメラとプロジ

ェクターを組み合わせ,スクリーンに大きく映し出す工

夫がされていた(図13).「魚の体の中はどうなってい

るの?(ユニラブ/生命科学系実験室)」においても,解

剖した魚の臓器などを拡大していた.リアルタイムで状

況や現象を観察できるため,積極的に利用すべきである.

ビデオカメラ

書画カメラ スクリーン

図13.手元の様子や現象を見やすくするための工夫

(5)科学イベント形態

①ブース型実験・体験展示型実験の併用

実験教室の形態には「教室型実験」の他,「ブース型実

験」がある.教室型実験とは,20 人前後の参加者で説明・

準備・実験・まとめなどの流れで 1~2 時間程度かけて

行われるものである.時間をかけてじっくりと取り組め

ることが利点であるが,参加者数が限られる欠点がある.

これに対して,ブース型実験とは,事前申し込みが不要

で自由に参加できる小規模の実験であり,尐しでも興味

があればすぐに参加できるといった利点がある(図14).

図14.ブース型実験の例(科学の祭典 全国大会)

教室型実験と併用して多岐にわたるブース型実験を開

催することで,将来やりたいことが見つかるなどより効

果を高めることができる.現在,ユニラブでは教室型実

験が主体となっている.参加者は事前に応募して希望の

実験プログラムに参加するが,残念ながら落選してしま

う場合もある.保護者向けアンケートにも「参加できる

のかが心配」「兄弟のうちどちらかが抽選にもれるとケ

ンカになる」など不安の声もある.そこで,ブース型実

験を充実することで,教室型実験は受けることができな

くても,科学に触れる機会を提供できる.また,教室型

実験への参加者も午前か午後のどちらかのみの参加であ

るため,実験開始前または終了後の空いている時間でブ

ース型実験を回ることもでき,さらに効果が高くなると

考えられる.

科学の祭典全国大会では 100を超える多種多様のブー

ス型実験が開催されており,興味のある分野を新たに発

見できると期待できる.また,鴨川市との交流事業であ

る「おもしろ実験教室」では,市職員や地元の高校生が

ブース型実験を実施しており,教室型実験が終了した子

供たちなどでにぎわっていた(図15).大学には様々な

最先端の装置があるため,特色あるブース型実験に活用

する余地があると考えられる.

図15.「おもしろ実験教室」に併設のブース型実験

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小中学生を対象とした科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究

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また,科学系博物館で実施されている体験展示型実験

のような自由に見て,触って,感じることができるタイ

プも有効である.ただし,説明者がいなくても十分に理

解できるよう説明文や実験内容などを十分に検討する必

要がある.

②ワークシートの活用

科学系博物館を調査したところ,体験展示型実験や実

験教室,サイエンスショーなどに比べ,展示品への人の

集まりは尐ない傾向であった.自然の生き物などについ

ては低学年から学習するため,比較的興味を示す子供が

多かったが,産業技術などこれまでに直接触れる機会が

尐ない展示については特に子供たちの集まりは尐なかっ

た.こういった展示をより子供たちに見てもらう工夫と

して,科学技術館では子供向けの表現で説明するだけで

なく,ワークシートと呼ばれるものを作成している.ワ

ークシートにはクイズ形式で知識を問うものやクイズの

問題を自ら作るという項目があり,展示品を調べれば,

回答できる内容となっている.自発的に子供たちが調べ

る行動を誘導することで,学習効果は向上するよい方法

である.

4.科学実験教室を効果的に実施する施策

科学技術離れを防ぐためには,継続的に科学に触れる

ことが重要であり,同時に保護者や実験指導者の理解な

ども重要であると考え,それらに効果的と思われる施策

を実施し,その効果を確認した.

4.1 おうちでやってみよう ステップアップ実験

科学技術離れを防ぐには日常生活で継続的に科学に触

れることが重要である.そこで,帰宅後に実験し,結果

と分かったことなどをレポートにまとめ返信してもらう

「ステップアップ実験」を試行した.

試行は軽井沢町で実施した科学実験教室でのプログラ

ム「色のいろいろ(小学校低学年対象,午前 20 人・午

後 20 人)」を対象とした.この実験では水性ペンのイン

クがいろいろな色の組み合わせでできていることを調べ

たり,分光板と紙コップを組み合わせた光の万華鏡を作

り,光の成分を観察したりと色に関する様々な実験を行

っている.ステップアップ実験では,3つの課題と実験

で分かったことを付属のレポート用紙にまとめて提出す

る形式とした.返答率は 35%(40 人中 14 人)であり,

それぞれが工夫をしながら,家庭で実験を行い理解を深

めている様子が伺えた(図16).中には,再度実験する

ことによって疑問点が明らかとなり,そのことを記され

ているものもあった.また,親子や兄弟で取り組むなど

家族でさらに深く関わる様子も確認できた(表4).なお,

今回はさらに継続的に取り組めるように,レポートを作

成した子供たちへ「光に関する実験キット(市販品)」と

疑問点などに関する補足資料を送付した.

保護者向けアンケートの「実験教室の経験を家庭で継

続的に活かすために効果的だと思うことは」との問いに

対し,51.3%が「自分なりに工夫しながら,家でもう一

度実験(学習)をする」を,17.5%が「実験教室で宿題・

課題を出してもらい家で取り組む」を選択している(図

17).単に課題を出すだけでなく,子供たちで工夫しな

がら実験できる課題を出すことが望ましい.また,37.2%

が「学んだことを人に伝える」を選択しており,人に伝

える課題を課したり,分かりやすい資料を提供すること

なども有効と考えられる.

コーヒーフィルターをつかった水性ペンのインクの色を分ける

しくみをつかって、キレイな絵をかいてみよう。

(a)やってみよう①

実験教室で作った「光のまんげきょう(紙コップ)」を使って、

いろいろな光をみて、色えんぴつでスケッチしよう。

(b)やってみよう②

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小中学生を対象とした科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究

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虹色に光るものをしらべてみよう。そのうちひとつをスケッチ

しましょう。

(c)やってみよう③

図16.ステップアップ実験回答例

表4.保護者からの意見・感想(抜粋)

小1には難しいようだが、小6の姉と一緒にやっていた.

金属の色についてですが、よく分かりませんでした.

白い光でも色々な色が混ざって出来ていること、インクも数種類の色が混ざっているいることを知り,親子ともども感動です.

色はどのようにできているか、光の三原色など一緒に学んで楽しむことができました.

今回レポートがあったことで参加をきっかけに少し深めて関わっていくことができました.

光の不思議には大変興味を持ったようです.普段見ているテレビや月の光が別の形で目に飛び込んできたことにとても感動した様子です.

家族で取り組んだ

継続的に関われた

内容に関する意見

コメント分類

実験教室の経験が今後ご家庭において継続的に活かされるためには、どれが最も効果的だと思われますか?

51.3%

17.5%

12.1%

2.2%

37.2%

0% 20% 40% 60%

(5)その他有効回答数:503

複数選択可

(1)自分なりに工夫しながら、家でもう一度実験(学習)する

(4)関連する博物館などに行く

(3)学んだことを人に伝える

(2)実験教室で宿題・課題を出してもらい、家で取り組む

図17.保護者向けアンケート

4.2 保護者とともに参加する科学実験教室

保護者が参加者とともに実験教室に参加することで,

子供たちがさらに興味が深まるよう道しるべを提示した

り,誤解しないよう軌道修正することができる.また,

4.1項で紹介した「ステップアップ実験」もより効果

的に実施できると考えられる.

そこで,軽井沢町で実施した「おもしろ科学実験教室」

の1テーマ「色のいろいろ実験」で保護者とともに参加

する実験教室を試行した.従来,教室の壁側に沿って配

置していた保護者席を子供たちの周囲に配置するよう変

更した.さらに,保護者席を参加者のそばに配置した意

図を実験教室開始時に説明した.その結果,保護者が意

識的に手を出さない様子やアドバイスする様子が見られ

た.また,参加者と保護者が同時に同じ現象を観察して

いる様子も見られ(図18),保護者とともに参加する科

学実験教室の有効性を確認できた.

図18.親子で実験する様子

保護者向けアンケートでは 74%の保護者が「子供だけ

で取り組んだ方が良い」と回答しており(図19),保護

者とともに参加することについて消極的な保護者が多い

ことが分かった.その理由をみると「自分で考える力を

身につけさせたい」や「保護者がつい手を出してしまう」

という回答が大半であり,子供たちだけで取り組むもの

だというのが一般的な認識になっていることが分かる.

一方,「保護者も一緒に取り組んだ方がよい」との回答者

の理由をみると「共同作業を通じて体験を共有したい」

や「親子で考えて話し合う良い機会」といった親子での

共同作業を通じてコミュニケーションを深めたいとの意

識が伺える(図19).

子供と一緒に考え実験することで,保護者の科学に対

する理解も深まり,日常生活においても科学に触れ合う

機会が増えることが期待できる.ただし,多くの保護者

が「子供だけで取り組んだ方が良い」と考えている現状

では,こういった保護者とともに実験する有用性を十分

に説明する必要がある.その上で保護者席の配置などの

実験環境を整えないと,その意図が伝わらず,参加者が

考える間もなくすぐに保護者が手を出してしまうなどの

恐れがある.さらに,家庭にて保護者から子供にアドバ

イスをすることを想定して,配布資料には保護者向け情

報として発展した内容を記載することも有効である.こ

のように実験指導者と保護者,参加者が三位一体となっ

て取り組むことで,相乗効果が期待できる.

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子供だけで取り組んだ方がよい(73

.6%)

未回答(2.3%)

子供の成長のため(20.7%)

・自分で考える力を身につけさせたい・子供の成長,発見,自立・子供のおもいつき,ひらめき,発見を大切にしたい

子供の成長のため(20.7%)

・自分で考える力を身につけさせたい・子供の成長,発見,自立・子供のおもいつき,ひらめき,発見を大切にしたい

保護者に頼らせないため(11.0%)

・保護者に頼ってしまい甘えが生じる・親に頼らず,分からないことは自ら質問して解決していくから

保護者に頼らせないため(11.0%)

・保護者に頼ってしまい甘えが生じる・親に頼らず,分からないことは自ら質問して解決していくから

親が手を出してしまうため(9.8%)

・親が手を出す,夢中になる・保護者がつい手を出してしまう

親が手を出してしまうため(9.8%)

・親が手を出す,夢中になる・保護者がつい手を出してしまう

その他(32.1%)

・学生との交流や新しい出会いに期待したい・実験進行を妨げる危惧がある・子供の様子を参観するなど保護者には別の役割がある

その他(32.1%)

・学生との交流や新しい出会いに期待したい・実験進行を妨げる危惧がある・子供の様子を参観するなど保護者には別の役割がある

コミュニケーションを深めるため(4.9%)

・親子のコミュニケーション,日頃の問題意識を持つ・共同作業を通じて体験を共有したい・親子で考えて話し合う良い機会・家庭で復習する上でアドバイスできる

コミュニケーションを深めるため(4.9%)

・親子のコミュニケーション,日頃の問題意識を持つ・共同作業を通じて体験を共有したい・親子で考えて話し合う良い機会・家庭で復習する上でアドバイスできる

低学年生のサポートのため(3.9%)

・低学年は一緒がよい ・実験内容によって

低学年生のサポートのため(3.9%)

・低学年は一緒がよい ・実験内容によって

保護者の興味のため(2.5%)

・親が理解を深めたい、楽しみたい・親も新しい発見がある・親のクラスも是非

保護者の興味のため(2.5%)

・親が理解を深めたい、楽しみたい・親も新しい発見がある・親のクラスも是非

その他(12.7%)

・保護者用の説明があるとよい・ひとりでは参加しづらい

その他(12.7%)

・保護者用の説明があるとよい・ひとりでは参加しづらい

理 由 (抜粋)

保護者も一緒に取り組んだ方がよい(24.

1%)

(有効回答数:511) 保護者とともに参加する実験教室についてどう思いますか

図19.保護者向けアンケート結果

(2007 年ユニラブおよび鴨川市「おもしろ科学実験教室」)

4.3 小中学生カリキュラムマップ

2.1 項で述べたように参加者は当然知っているだろ

うといった指導者の思い込みから十分な説明がなされな

い場合がある.これは各学年の子供たちが学校で学んで

いる内容を指導者が十分に把握していないことが原因と

考えられる.そこで,学習内容を把握する支援ツールと

して「カリキュラムマップ」を作成した.カリキュラム

マップには,実験教室で特に必要となる「理科(生活科)」

「算数・数学」「国語(漢字)」に関して,学習指導要領

や教科書を元に各学年の学習内容をキーワードでまとめ

た(図20).なお,漢字については文章を入力し,対象

学年を選択することで未学習漢字がひと目で判別できる

web アプリケーション(漢字チェックツール)(*3)を作

成し,より簡便に振り仮名などの対応ができるようにし

た(図21).

今回作成したカリキュラムマップと漢字チェックツー

ルはユニラブの各実験プログラムの指導者に事前に配布

した.また,同時に指導者向けのアンケートを依頼しそ

の効果を調査した.その結果,「対象年齢を考えるとアル

ファベットを含めた題名は難しかったかもしれない」や

「すべての漢字にはふりがなを振るようにした」「難解

な言葉は平易な言い回し変えた」など実際に資料やプレ

ゼンテーションの改良につながったことを確認した.今

後はマップを配布するだけでなく,指導者の事前説明会

をするなど学年別の学習内容の確認・対応が徹底されれ

ばさらに効果が上がると考える.

小1

小6

中1

中3

理科(生活科) 算数・数学 国語・漢字

図20.カリキュラムマップ

文章を入力

対象学年を選択

学習・未学習を色で区分け

図21.未学習漢字を判別するソフトウェア(*3)

(*3)漢字チェックツール

http://www.mse.waseda.ac.jp/kagaku/kanji-check.php

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4.4 触れる模型

写真や映像は理解を助ける.さらに,実物を扱うこと

は視覚・聴覚だけでなく,触覚・嗅覚などが加わり,記

憶にも残りやすい.しかし,実物を取り扱うことが難し

い場合や複雑すぎて理解が難しくなる場合もある.そこ

で手にとって触れる模型はその中間的な位置づけになる

のではないかと考える.日本科学未来館には人体内部の

模型や脳の模型がある.これらは触れるのはもちろん,

パズルのように分解して,それぞれの臓器の位置や形な

どを立体的に確認することができる.ユニラブの「魚の

体の中はどうなっているの?(ユニラブ/生命科学系実

験室)」というイワシの解剖実験では,魚の体の分解模型

に触れる機会も設けた.実験の大半は実際に魚を解剖し

魚の体の中の様子を十分に観察することだが(図22

(a)実物を解剖 (b)模型で確認

図22.魚の模型で確認する参加者

(a)),最後に立体模型を使うことで,複雑な点も単純

化して確認できている様子が伺えた(図22(b)).

4.5 保護者向け「家庭でできる実験教室」の開催

保護者向けアンケートをみると「もっと頻繁に実験教

室を開催してほしい」との要望が多数ある.しかし,時

間的な制約などで対応するには限界がある.そこで,家

庭でも継続的に科学の面白さに触れる機会を増やすため,

保護者向けの講座を設け,家庭でできる実験プログラム

を紹介・実施することが有効であると考える.

5.科学実験教室に関する提言

今回調査・検討した科学実験教室を効果的に実施する

方法は大きく二つに分類される.一つ目は具体的な実験

方法・指導方法など各実験プログラムに関するもの,二

つ目はイベント全体の構成や各プログラムに共通するこ

とを組織的に対応する内容など運営に関連するものであ

る.本項ではこれまで調査検討の中から科学実験教室を

より効果的に実施する方法をまとめた(表5,表6).ま

た,それらを元にチェックシートを作成した.

表5.科学実験教室に関する提言(実験プログラム関連)

分類 提言内容 説明

製作のみ,観察のみになど偏らない内容とする

教育効果をあげるためには,製作のみ,観察のみなどに偏らず,複数の手法を組み合わせることが有効.

本格的な装置を使う 最先端技術を駆使した本格的な装置を使うことで,参加者の夢や希望を育む.

時間配分を管理する実験の本質を逃さないよう,リハーサルの徹底、一部を省略しても大枠での理解ができる実験パターンの検討など,時間配分を管理することが重要である.

未学習内容に対して配慮する

理解できず単なる作業にならないよう,カリキュラムマップや漢字チェックツールなどを使い,予め未学習内容を把握しておくことが重要.開催案内などに掲載するの実験プログラム名や概要説明でも配慮が必要.

プレゼンテーションはイラスト・写真・キーワードを主体にする

特に低学年は,プレゼンテーションが文章ばかりだとほとんど画面を見ない.イラスト・写真・キーワードを主体にしたシンプルなプレゼンが望ましい.

概要をはじめに説明する理解が追いつかないと実験に対してやる気を阻害する場合がある.そのため,背景や実験の大きな流れなどの概要を初めに説明することが望まれる.

②実験の進め方実験内容と身近な生活のつながりを示す

実験内容と身近な生活へのつながりを知ることが科学技術への興味につながる.開催案内などへ記載する実験プログラム名や概要説明についても身近な生活への関わりについて触れることが重要.

現象と実物・実生活とを関連させる

簡略化した模型・装置を使って単純な現象に焦点を絞った実験を行う場合,実物と関連を十分に説明することにより,記憶を定着させ,理解を深める.

ステップごとに説明する参加者にとって初めて聞く言葉,概念が多い科学実験教室では,一度に多くを説明しても頭に入りにくい.

分かったことの確認をさせる

単に実験するだけでなく,分かったことを再確認することで理解を定着させる.前述したレポートと組み合わせてもよいと考える.

①構成

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6.まとめ

科学実験教室でのアンケート分析などから実態を調査

し改善すべき問題点を見出した.既に実施されている科

学実験教室や科学系博物館の取り組みを調査し,その問

題点を解決する方法を見出した.また,効果的と考えら

れる施策を検討した.これらの調査検討結果を元に広く

適用できるよう一般化し,より効果的な科学実験教室と

するための提言をおこなった.提言には,具体的な実験

方法・指導方法など各実験プログラムに関わるものだけ

でなく,科学実験教室などのイベント全体の構成や運営

に関わるものも盛り込んだ.

大人の科学への興味や理解の低さが子供の理科離れに

影響を与えていることにも着目し,親子で参加する実験

教室を設けるとともに,家庭でも実験できるよう方法や

材料を提示することが有効であることを確認した.

表6.科学実験教室に関する提言(運営関連)

分類 提言内容 説明

学年毎の学習内容に応じたプログラム作成を徹底

学年ごとの学習内容(カリキュラム)に応じたプログラム作成を徹底する.複数のプログラムを実施する場合には,事前説明会などを実施する.

学生を指導者にする学生が参加者に直接指導をすることにより,堅苦しい雰囲気もなく,楽しんで実験に取り組むことができる.説明する学生にとってもよい機会になる.「指導要領」などを学生にあらかじめ明示しておく.

②継続的な活動に つなぐ

保護者向け「家庭でできる実験教室」の開催

保護者向けの講座を設け,家庭でできる実験プログラムを紹介・実施することにより、家庭で科学に触れる機会を増やす.

ブース型実験・体験型実験の併用

教室型実験と併用して,多岐にわたるブース型実験・体験型実験を開催することで,様々な科学現象に触れることができ、自分が学んでみたいことや将来やりたいことなどが見つかることもある.

ワークシートの活用展示やブース型実験,体験型実験などでは,参加者の自発的な行動をサポートするため,ワークシートの利用が有効.

①モチベーション 向上

③科学イベント 形態

基本的な現象を実際に確認させる

基本的な現象を観察する小実験をいくつか導入することにより,理解が深まる.

実験結果を予想させる参加者がより能動的に考え行動するためには,実験結果を予想させることが望ましい.実験結果を予想させることで,疑問を解決する力を養う訓練となる.

随所で質問をする 理解度の確認,集中力の持続を目的とし,一方的な講義にならないよう随所で質問をする.

比較検討させる 比較検討できる題材を与えることで,感覚的に面白いだけでなく,内容の理解につながる.

失敗から学ぶ機会を設ける

失敗をしないように指導者が誘導するケースが見られる.教室型実験ではさまざまな実験を広く経験するよりも,焦点を絞り,参加者が十分に考え,試行錯誤ができる機会を与えることが望ましい.

レポートを書かせる考えをまとめるには文章を書くことが有効である.例えば,参加者のレベルに応じて穴埋め式にするなど,積極的にレポートを書かせることがよい.

科学的アプローチとなるよう工夫する

①体験から規則性を意識化 ②実験データ分析による規則性の検討 ③グラフにより視覚的に把握 ④複数の観点から再検討 の4ステップの指導方法を適用することも有効.

実物・立体模型を活用する

実物を扱うことは視覚・聴覚だけでなく,触覚・嗅覚などが加わるため,理解度を向上させるのに有効.実物の取り扱いが困難な場合は,立体模型を活用することでも効果が期待できる.

スクリーンを使って拡大画面を映す

小さな装置・部品や小さな領域での現象などはスクリーンに拡大画面を映し,参加者がストレスなく説明を理解できるよう配慮する.

小さな部屋であってもマイクを使用する

子供たちはひとつのことに集中すると説明者の話が耳に入りにくいため,小さな部屋であってもマイクを利用することが望ましい.

家庭でできる実験内容を提示する

科学技術離れを防ぐには,継続的に科学に触れることが重要であり,身近な材料を使って家庭で実験することが有効.

親子で参加する機会を設ける

「親の理科離れ」を食い止め,家庭でのアドバイスが期待できるほか,親子で協同してひとつのことをやり遂げるよい機会にもなる.ただし,すぐに手を出さないなど保護者へ十分に説明する必要がある.

配布資料に保護者向け情報も記載する

家庭にて保護者から子供にアドバイスをすることを想定して,発展した内容を記載する.

④実験環境

③手法

⑤継続的な活動 につなぐ

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小中学生を対象とした科学実験教室の効果的な実施法についての調査・研究

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これまでは各指導者が個別に工夫を重ね,実験プログ

ラムを実行してきたが,今後はこういった工夫を全体で

共有することが望まれる.また,それらの情報を有効に

活用するべく,説明会・勉強会を実施するなど組織的な

対応が望まれる.

7.謝辞

本調査研究活動にあたり,日本各地の科学系博物館の

皆様をはじめ多くの方のご協力をいただきました.また,

ユニラブでの実験プログラム指導担当の方にはアンケー

ト調査など多大なご協力をいただきました.効果的な実

験プログラムの開発に関しては早稲田大学大学院環境・

エネルギー研究科永田勝也研究室の塩田様にこれまでの

検討内容をご紹介いただきました.心より御礼申し上げ

ます.

なお,本調査研究は財団法人新技術振興渡辺記念会の

平成18年度科学技術調査研究助成を受けて活動しまし

た.これにより,日本各地にわたる多くの科学系博物館

の調査や改善検討につながりましたこと,御礼申し上げ

ます.

参考文献

(1) 平成 18 年度版 科学技術白書

(2) 東原義訓 1997 相手に応じた説明ができるようにな

る 赤堀侃司(編)ケースブック大学授業の技法 有

斐閣選書 p.146-149

(3) 前野良輔 2007 実践的な環境学習プログラムの開発

と地域密着型 CSR 対応に関する研究,早稲田大学大

学院 理工学研究科 環境エネルギー専攻 平成 18 年

度修士論文

(4) 野上智行 2005 理科教育学概論 大学教育出版 p.11

(5) 高垣マユミ 2006 理科授業の学習環境のデザイン,

教育心理学研究 第 54 巻 第 4 号