相転移の熱力学・統計力学 (1) 安定,準安定,不安定熱物性論2019...

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熱物性論 2019 (松本充弘): p. 69 9 相転移の熱力学・統計力学 (1) 安定,準安定,不安定 相変化 phase change あるいは 相転移 phase transition が熱力学・統計力学においてどの ように理解されているかを2つの章に分けて見ていこう.本章ではまず,相の安定性につ いて簡単に議論する. 9.1 相の安定性 あらためて,「phase とは何か」を考えてみる.Wikipedia (英語版) の記述の一部を引 用する (は私がつけた)Phase (matter) *Not to be confused with State of matter. In the physical sciences, a phase is a region of space (a thermodynamic system), throughout which all physical properties of a material are essentially uniform. Examples of physical properties include density, index of refraction, magnetization and chemical composition. A simple description is that a phase is a region of material that is chemically uniform, physically distinct, and (often) mechanically separable. In a system consisting of ice and water in a glass jar, the ice cubes are one phase, the water is a second phase, and the humid air over the water is a third phase. The glass of the jar is another separate phase. The term phase is sometimes used as a synonym for state of matter, but there can be several immiscible phases of the same state of matter. Also, the term phase is sometimes used to refer to a set of equilibrium states demarcated in terms of state variables such as pressure and temperature by a phase boundary on a phase diagram. Because phase boundaries relate to changes in the organization of matter, such as a change from liquid to solid or a more subtle change from one crystal structure to another, this latter usage is similar to the use of ”phase” as a synonym for state of matter. However, the state of matter and phase diagram usages are not commensurate with the formal definition given above and the intended meaning must be determined in part from the context in which the term is used. 簡単にまとめると,とは均質と見なせるような空間領域 のことと言ってよいだろう.こ れは,必ずしも熱力学的に 安定 stable とは限らない.よく知られているように,融液を 急冷 quench することでアモルファスやガラス状態のような「最安定ではない」相を作り 出すことが可能である. 自由エネルギーの形から,相は原理的に次の3つのいずれかに分類できる(図 9–28): (1) 安定状態 stable state: 与えられた外的条件(温度,圧力, etc.)において,熱力学的 に最も自由エネルギーが低い (global minimum) 状態. (2) 準安定状態 metastable state: 自由エネルギーが十分に低く,少しの じょうらん 擾乱 disturbance を与えても元の状態に戻るが,最安定ではない状態.長い時間のうちには,安定状 態へと変化するはず.自由エネルギーの local minimum に対応する. (3) 不安定状態 unstable state: 安定状態・準安定状態のいずれでもないものは,原理的 にすべて不安定である.本来は決して自然界に存在できないはずだが,外的条件を 急激に変化させたときに,短時間,存在することはあり得る.

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Page 1: 相転移の熱力学・統計力学 (1) 安定,準安定,不安定熱物性論2019 (松本充弘):p. 69 9 相転移の熱力学・統計力学(1) 安定,準安定,不安定

熱物性論 2019 (松本充弘): p. 69

9 相転移の熱力学・統計力学 (1) 安定,準安定,不安定

相変化 phase change あるいは 相転移 phase transition が熱力学・統計力学においてどの

ように理解されているかを2つの章に分けて見ていこう.本章ではまず,相の安定性につ

いて簡単に議論する.

9.1 相の安定性

あらためて,「相 phase とは何か」を考えてみる.Wikipedia (英語版) の記述の一部を引

用する (色は私がつけた):

Phase (matter) *Not to be confused with State of matter.

In the physical sciences, a phase is a region of space (a thermodynamic system), throughout

which all physical properties of a material are essentially uniform. Examples of physical

properties include density, index of refraction, magnetization and chemical composition. A

simple description is that a phase is a region of material that is chemically uniform, physically

distinct, and (often) mechanically separable. In a system consisting of ice and water in a glass

jar, the ice cubes are one phase, the water is a second phase, and the humid air over the water

is a third phase. The glass of the jar is another separate phase.

The term phase is sometimes used as a synonym for state of matter, but there can be

several immiscible phases of the same state of matter. Also, the term phase is sometimes used

to refer to a set of equilibrium states demarcated in terms of state variables such as pressure

and temperature by a phase boundary on a phase diagram. Because phase boundaries relate

to changes in the organization of matter, such as a change from liquid to solid or a more subtle

change from one crystal structure to another, this latter usage is similar to the use of ”phase”

as a synonym for state of matter. However, the state of matter and phase diagram usages are

not commensurate with the formal definition given above and the intended meaning must be

determined in part from the context in which the term is used.

簡単にまとめると,相とは均質と見なせるような空間領域 のことと言ってよいだろう.こ

れは,必ずしも熱力学的に 安定 stable とは限らない.よく知られているように,融液を

急冷 quench することでアモルファスやガラス状態のような「最安定ではない」相を作り

出すことが可能である.

自由エネルギーの形から,相は原理的に次の3つのいずれかに分類できる(図 9–28):

(1) 安定状態 stable state: 与えられた外的条件(温度,圧力, etc.)において,熱力学的

に最も自由エネルギーが低い (global minimum)状態.

(2) 準安定状態 metastable state: 自由エネルギーが十分に低く,少しの じょうらん

擾乱  disturbance

を与えても元の状態に戻るが,最安定ではない状態.長い時間のうちには,安定状

態へと変化するはず.自由エネルギーの local minimumに対応する.

(3) 不安定状態 unstable state: 安定状態・準安定状態のいずれでもないものは,原理的

にすべて不安定である.本来は決して自然界に存在できないはずだが,外的条件を

急激に変化させたときに,短時間,存在することはあり得る.

Page 2: 相転移の熱力学・統計力学 (1) 安定,準安定,不安定熱物性論2019 (松本充弘):p. 69 9 相転移の熱力学・統計力学(1) 安定,準安定,不安定

熱物性論 2019 (松本充弘): p. 70

図 9–28: 相の安定性の模式図.○は安定状態,○は準安定状態,それ以外はすべて不安定状態である.

9.2 スピノーダル分解

まずは,不安定状態から安定状態への相転移の例を紹介しよう.前章までに,相転移温度

以下に冷却されて自由エネルギーの形が変わる(single minimum から multi minima へ)

ことにより,混合状態から相分離状態への相転移が起こる様子を,Monte Carlo法,平均

場近似,そして TDGLモデル,といった手段で調べてきた.これはいずれも,条件(温度

などの制御変数)を急激に変えることによって今の状態が不安定化したことによる相転移

であり,一般的には スピノーダル分解 spinodal decomposition とよばれる.

自由エネルギー曲線の形 (図 9–29)が,背骨 spine の断面図に似ているところから spinodal と名づけれたと聞いたことがある(残念ながら出所不明).

(参考図) “spinodal decomposition” とい

う言葉の由来となったという 脊椎骨 spine の模式図.出

典は  http://tsurumi.e-chiryo.jp/

category/1466969.html

不安定状態が出現する別の例をあげよう.温度は一定とし,制御変数を体積 V にとる

とき,V を大きくするにつれて液体状態が不安定になり気体状態(蒸気相)が出現する

という現象がある.この転移点(図 9–29中の×)は安定性の限界であり,この点を超えると系は絶対不安定になる.これは,P − V 図 (図 9–30)を見るほうがわかりやすいだろ

う.(∂P∂V

)T< 0が,系が安定 stable であることの必要条件であり,×を超えると不安定

unstable になる.ただし,通常は,不安定点に到達するずっと手前で,蒸気相が出現する

(後述の核生成)ので,安定限界を見定めるには,高速な変化(急膨張,急冷,急加熱 etc.)

が必要である.

Volume(Control Parameter)

Fre

e E

ne

rgy

Gas Phase

Liquid Phase

XX

SpinodalDecomposition

図 9–29: スピノーダル分解の例:液体の体積を一定温

度で大きくしていく(→)と,気相との平衡点(○)を過ぎても,すぐには相転移は起こらず.不安定点(× )に至って系全体が急速に気相へと相転移することがあ

る.この→の過程が spinodal decompositionである.

Specific Volume(Control Parameter)

Pre

ssu

re

X

X

Liquid Phase

Gas Phase

図 9–30: 液相を膨張させる際の圧力変化の模

式図. 図 9–29と同じ過程を p − V 上にプロッ

トした.

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熱物性論 2019 (松本充弘): p. 71

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141204-00000040-asahi-soci

(参考)「突沸」でやけど相次ぐ 飲食物の温め方にご用心朝日新聞デジタル 2014 年 12 月 4 日 (木)19 時 49 分配信

 みそ汁やコーヒーなどを電子レンジなどで温めた際に、急に沸騰して噴き上がる「突沸(とっぷつ)」と呼ばれる現象が起こり、やけどをする事例が相次いでいると国民生活センターが4日、発表した。「冬の間は飲食物を温めることが多くなる」と注意を呼びかけている。 液体の飲食物を加熱した時に、うまく対流しないことなどが原因で沸点に達しても水蒸気の泡が出ないことがある。その状態で振動を与えたり加熱を続けたりすると、突然泡が噴き出して中身が飛び散ることがある。これが突沸だ。調味料を加えた時など、小さなきっかけでも起こりうる。 センターによると、突沸でやけどなどを負ったという情報が2009年4月以降35件寄せられた。「電子レンジで豆乳を加熱した。外に出してのぞきこむと、突沸が起こり顔をやけどした」などだ。顔の被害が半分を占め、1カ月以上のけがが8件あった。危害のおそれがある「危険」事例も33件あった。これとは別に医療機関からもやけどの事例が2件寄せられた。 突沸はガスコンロやIHクッキングヒーターでも起きることがある。みそ汁やカレーなど、とろみのある食品はより注意が必要だ。センターは(1)電子レンジでは飲み物を温めすぎない (2)温めすぎた場合は1、2分は待って外に出す (3)ガスコンロなどでみそ汁などを温めるときは、火力を弱めにして、かき混ぜる――などの注意点を挙げている。 (高橋健次郎)

電子レンジで温めたコーヒーに砂糖を加えたところ、突沸で噴き出した=国民生活センター提供

合金中の微細組織.(社)日本溶接協会のwebページより. 高分子材料中の微細組織.立教大学大山研究室の webページより.

図 9–31: 現実系で見られるスピノーダル分解の例.

9.3 核生成

スピノーダル分解は不安定状態からの転移というやや特殊な相転移であり,通常は準安

定状態から最安定状態への相転移が見られることが多い.自然界は常に自由エネルギー最

小の状態をめざす,という意味では不安定状態から安定状態への相転移と類似しているが,

転移のメカニズムが違うため,転移速度も大きく異なる.

身近な例を上げると

• 過飽和蒸気 supersaturated vapor からの液滴生成:雲の発生

• 過熱液体 superheated liquid からの気泡生成:沸騰

• 融液 melt を冷却する際の結晶成長

• 過飽和溶液 supersaturated solution からの結晶成長:銀樹

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熱物性論 2019 (松本充弘): p. 72

いずれも,準安定相中に,熱揺らぎによってまず安定相の微小な 核 nucleusが生成する “Nucleus” の複数形は nuclei (発音nu:kliai).ラテン語を語源とするかららしい.ところから相転移が始まるので,核生成過程 nucleation process とよばれている.自然界

にも多く見られ,また工学上も重要な現象が数多い.以下,核生成過程の熱力学 を簡単に

紹介しよう.

準安定相(たとえば過飽和蒸気)中に発生した安定相(たとえば液体)の核の自由エネル

ギーは,バルク相の自由エネルギー差と界面過剰自由エネルギー(つまり表面張力)の寄

与の和として評価できるだろうだろう.半径を rとし,核が球形であると仮定すると,半 融液や過飽和溶液からの 結晶成長の場合は,結晶の方位によって表面張力が異なるので,球形の仮定は成り立たない.この場合は,表面張力(つまり単位面積当たりの表面過剰自由エネルギー)が最も小さい方位面の面積が最も早く拡大すると予想できよう.詳しくは,結晶成長の教科書などを参照されたい.例えば

径 rの核が出現したときの系の自由エネルギー変化は

∆F (r) =体積項+表面積項 ≃ ∆f · 4π3r3 + γ · 4πr2 (116)

と見積もることができよう.準安定相から最安定相への相転移であるから,バルク相の自

由エネルギー密度差は ∆f < 0 であるはずなので,図 9–32のような形の関数が得られる.

図 9–32にあるように,∆F は,ある核半径 r∗ のところにピークをもつ.

0 =d∆F

dr= 4π

[∆f · r2 + 2γr

](117)

より

r∗ =2γ

−∆f(118)

で,このときのピークの高さは

∆F ∗ =16π

3

γ3

(∆f)2(119)

である.この自由エネルギー障壁 free energy barrier (あるいは 活性化自由エネルギー

activation free energy とも言う) を熱揺らぎによって乗り越える過程が核生成であると理

解される.その速度(核生成速度 nucleation rate: 単位体積単位時間に生成される核の個

数)J は

J ∝ exp

[−∆F ∗

kBT

](120)

と見積もることができる.

-200

-150

-100

-50

0

50

100

150

0 2 4 6 8 10

∆F/kT

Radius

∆f/kT= -1.0

∆f/kT= -0.8

∆f/kT= -0.6

∆f/kT= -0.4

図 9–32: 核生成自由エネルギーの例.γ/kBT = 1.0として描いた.

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熱物性論 2019 (松本充弘): p. 73

図 9–33: 核生成速度の実測例.Y. Viisanen and R. Strey, “Homogeneous nucleation rates

for n-butanol”, J. Chem. Phys. 101 (1994) 7835 より.

障壁の高さ∆F ∗は γ の3乗に依存するが,一般には 微小な核では γ に r依存性がある

と考えられており,それを精度よく見積もることは容易ではない.現在もそれぞれの分野

で理論的・実験的研究が続いている [例えば図 9–33].分子シミュレーションで眺めた核生

成過程の例を図 9–34に紹介する.

過飽和蒸気中の液滴生成の例

過熱 (過膨張) 液体中の気泡生成の例

図 9–34: 核生成過程の例.我々のグループで行われた分子動力学シミュレーション.

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熱物性論 2019 (松本充弘): p. 74

9.4 臨界現象

臨界温度 Tcの近傍での現象は,統計力学の大きな関心対象の1つである.臨界点近傍で

は,2つの相の物性の違いがほとんどないため,界面の影響は小さくなる.そこで,界面 前章で述べたように,T → Tc で界面張力(つまり界面過剰自由エネルギー)がゼロになる.項のない,もとの Ginzburg-Landau自由エネルギーモデルで考えてみよう:

f(s) = T ∗s2 + s4 (121)

統計力学の考え方に立てば,この自由エネルギー密度 f(s)は,秩序変数 sの確率密度に対

応する:

P (s) ∝ exp

[− f(s)

kBT

](122)

なぜならば,正準集団(canonical ensemble)において,エネルギーが E となる確率は

P (E) ∝ 微視的状態数× Boltzmann因子

= W (E)× exp

[− E

kBT

]= exp

[logS(E)

kB

]× exp

[− E

kBT

]= exp

[−E − TS(E)

kBT

]と表されるからである.

2行目から3行目の式変形に,Boltz-mann の関係式

S(E) = kB logW (E)

を使った.

式 (122)を,いろいろな「温度」T ∗ ≃ T − Tc でプロットしてみたのが,図 9–35であ

る.相転移温度 T ∗ = 0においては,他の温度に比べて,ピーク付近の分布の幅が広がって

いることに注意しよう.このような特異な分布は,例えばモンテカルロ法により合金組成 通常の正規分布(ガウス分布)に比べてピークが広いということである.このモデルでは自由エネルギーに4次の項があるので,発散することはない.実験的には,一般に,巨視的な大きさの揺らぎとして観測される.

のヒストグラムを求める際にも現れる.ピークの幅が広いということは,秩序変数(濃度,

密度,組成など)に関して大きな揺らぎが観測されることを意味している.図 9–35 に,s

の標準偏差√⟨s2⟩の温度依存性の例を併せて示した.高温側から臨界温度に近づくにつれ

て,揺らぎが増大 することがわかる.

一般に,このような相転移温度(臨界点温度)に近づくと,

• 密度や組成の揺らぎが急速に増大する

• 空間自己相関の相関長が増大 (発散)する

といった現象が見られる.これらは 臨界現象 critical phenomena とよばれ,統計物理学

の主要なトピックスの1つとして様々な研究がおこなわれている.

0

1

2

3

-3 -2 -1 0 1 2 3

T*= 2.0T*= 1.0T*= 0.0T*=-1.0T*=-2.0

Order parameter s

Pro

ba

bili

ty

0.1

0.2

0.3

0.4

0 2 4 6 8 10

<∆

s >

T* = T - Tc

’fluc.dat’

2 1

/2

図 9–35: Ginzburg-Landauモデルに基づいて評価したオーダーパラメタの確率密度,式 (122),(左)

と,揺らぎの標準偏差√⟨∆s2⟩(右).ただし確率密度は規格化しないで表示してある.

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熱物性論 2019 (松本充弘): p. 75

→ →

図 9–36: 温度上昇に伴う二酸化炭素の臨界現象の例.二酸化炭素の気液臨界点は,約 31℃,74気圧 であ

る.臨界点近傍で赤く見えるのは,長波長の密度揺らぎにより,入射する可視光のうち短波長の光が強く

散乱されるためと考えられている.夕焼けが赤いのと同じである.動画を YouTube で見ることができる:

http://youtu.be/bE5l8c6PF9M

身近な物質の例として,二酸化炭素 をガラス管に封入して気液臨界温度(Tc ≃ 304K)

近傍に保つと,非常に大きな(かつ長波長の)密度揺らぎにより,不透明な流体になる.こ

れは,揺らぎの特徴的長さが可視光の波長程度まで成長するためであり,しばしば強い散

乱光(臨界タンパク光 critical opalescence)が肉眼でも観測される [図 9–36].

表 9–3: いろいろな物質の気液臨界点. 出典は,丸

善:化学便覧改訂5版.ただし直感的に理解しや

すいように,温度単位を Kから℃に変更した.

物質 Tc (℃) pc (MPa)水 374 22.1

二酸化炭素 31 7.4窒素 -147 3.4酸素 -119 5.0

アルゴン -122 4.9アンモニア 132 11.3水銀 1492 151メタン -83 4.6プロパン 97 4.3ブタン 152 3.8エタノール 241 6.1ベンゼン 289 4.9

 

(参考)二酸化炭素の相図.

http://decarboni.se/publications/co2-liquid-logistics-shipping-concept-llsc-%E2%80%93-business-model-report/appendix-1-co2

(社)化学工学会 超臨界流体部会 のホームページより  http://www2.scej.org/scfdiv/scf.html

 一般に,物質の溶解度は密度に大きく依存する。このため,密度がほぼ一定である通常の液体溶媒では,温度・圧力を変化させても大幅な物性値の変化は期待できない。これに対し,超臨界流体は,圧縮率が極めて大きいので臨界圧力付近でのわずかな圧力変化に伴って密度が大きく変化する。つまり、超臨界流体は気液相転移がないため,温度と圧力を操作変数として、密度を理想気体に近い極めて希薄な状態から,液体に相当する高密度な状態まで連続的に変化させることができ,諸物性値の大幅な制御が可能となる。 これまでに超臨界流体として最も良く用いられている物質は,水と二酸化炭素である。両者はともに毒性や燃焼性がなく,自然界に大量に存在している。二酸化炭素は臨界温度が室温に近いため、熱変性を起こしやすい天然物の抽出や分離によく利用される。水は臨界温度が高いため,加水分解や酸化反応といった反応場としての利用が数多く検討されている。 他には見られない超臨界流体の特徴をまとめると以下のようになる。

(1) 圧力を操作変数として大きな密度変化が得られる。したがって,圧力変化のみで大きな溶解度差を得ることができる。

(2) 低粘性,高拡散性であり,液体溶媒より物質移動の面で有利である。

(3) 熱容量や熱伝導度が大きく,高い熱移動速度が得られる。

(4) 溶媒和の効果により,大きな反応速度が得られ,反応経路の制御も期待できる。

このような特徴を有する超臨界流体は,有機溶媒に代わる環境負荷の小さい新たな分離・反応溶媒として大きく期待されている。