空間光位相変調器 12 lcos-slm304 12章 空間光位相変調器 l c o s - s l m lcos-slm...

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空間光位相変調器 LCOS-SLM 1-1 空間光変調器とは 1-2 当社における空間光変調器の歴史 空間光変調器 1 5-1 ビーム成型 5-2 位相補償 5-3 光パルス整形 応用例 5 2-1 波としての光の波面 2-2 光学デバイスや光学技術による光の波面制御 光の波面制御 2 4-1 位相変調特性 4-2 時間応答特性 4-3 光利用効率 4-4 回折効率 4-5 面精度 4-6 耐光性 4-7 駆動タイミング 特性 4 構造 3 第   章 12 303 12 調L C O S S L M

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Page 1: 空間光位相変調器 12 LCOS-SLM304 12章 空間光位相変調器 L C O S - S L M LCOS-SLM (Liquid Crystal On Silicon - Spatial Light Modulator)は、アドレス部にCMOS技術を応用して液晶を直接電圧制

空間光位相変調器LCOS-SLM

1-1 空間光変調器とは1-2 当社における空間光変調器の歴史

空間光変調器1

5-1 ビーム成型5-2 位相補償5-3 光パルス整形

応用例5

2-1 波としての光の波面2-2 光学デバイスや光学技術による光の波面制御

光の波面制御2

4-1 位相変調特性4-2 時間応答特性4-3 光利用効率4-4 回折効率4-5 面精度4-6 耐光性4-7 駆動タイミング

特性4

構造3

第   章12

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

 LCOS-SLM (Liquid Crystal On Silicon - Spatial Light Modulator)は、アドレス部にCMOS技術を応用して液晶を直接電圧制御することにより、高精度と高速応答を実現した反射型電気アドレス空間光位相変調器です。最適な光学設計により、高い回折効率と光利用効率を実現しています。 コントローラ部には、インターフェースとしてPCディスプレイなどの標準規格であるDVI (Digital Video Interface)を採用しており、PCディスプレイに表示するのとまったく同じ方法で光の位相の空間分布を制御することが可能です。一般的にLCOS型SLMでは、ミラーの表面の歪曲、液晶層の厚さの不均一性、液晶の非線形応答性などによる制御歪みが避けられませんが、当社のLCOS-SLM X10468シリーズではデジタル処理によりこれらの影響を補正し、高精度な制御を実現しています。X10468シリーズでは、PCからの制御が容易であるだけでなく、高精度・高線形な空間光位相変調を実現しています。 X10468シリーズには、使用する光源の波長に対応して8つのラインアップを用意しています。誘電体多層膜ミラータイプ (X10468-02/-03/-04/-05/-06)とアルミミラータイプ (X10468-01/-07/-08)に大別されます。 誘電体多層膜ミラータイプには、素子の反射率を高めるためにレーザの発振波長に対応した誘電体多層膜ミラー [-02: チタンサファイアレーザ (800 nm帯), -03: YAGレーザ (1064 nm), -04: YAGレーザ第2高調波 (532 nm), -05: LD (405 nm), -06: He-Neレーザ (633 nm)]が形成されています。誘電体多層膜ミラーによって反射率を高めることにより、内部での吸収率も低減されているため、ハイパワーレーザにも対応することが可能ですが、カバーする波長域は狭くなっています。 アルミミラータイプは、CMOSチップ上のアルミ電極による反射を利用しており、反射率は前者に劣りますが、反射波長域は広くなっており、400 nmから1550 nmまでを3タイプでカバーしています。

空間光位相変調器 LCOS-SLM

浜松ホトニクスの空間光位相変調器 LCOS-SLM

KACCB0270JB

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

1. 空間光変調器

空間光変調器1.

1 - 1 空間光変調器とは

 空間光変調器 (SLM: Spatial Light Modulator)は、光を2次元的に制御するためのキーデバイスです。アドレス部と光変調部から構成され、アドレス部への書き込み情報により光変調部の光学的特性を変化させ、その変化に応じて読み出し光が変調され、書き込み情報を反映した光出力を得る並列3端子デバイスです。光の位相・偏波面・振幅・強度・伝搬方向などの空間分布を、書き込み情報により変調させます。なお、空間光変調器の中で、光の位相を変調するものが、空間光位相変調器です。 電子産業では、トランジスタ・IC・LSI・VLSIといった基本素子の劇的な開発ペースに支えられて大きな発展を遂げることができました。光産業においても、光制御における基本素子である空間光変調器の進展が望まれています。

1 - 2 当社における 空間光変調器の歴史

 当社は1980年に空間光変調器の研究開発に着手し、これまで30年以上にわたって、さまざまな素子を製品化してきました。その歴史の一端を紹介します。

空間光変調管 MSLM

 当社は、1985年に空間光変調管 MSLM (Micro-channel Spatial Light Modulator)を製品化しました。光アドレス材料として光電面、光変調材料としてニオブ酸リチウム非線形光学結晶(LiNbO3)を用いた電子管の構造をもち、入力感度が高く、多くの内部演算 (2値化・蓄積・加算・減算・エッジ強調・コントラスト反転・AND・OR・拡大・縮小・回転・偏向など)が可能であり、さまざまな光の研究分野において利用されました。

[図1-1] 空間光変調管 MSLM

平行配向ネマティック液晶空間光変調器 PAL-SLM

 1992年には、平行配向ネマティック液晶空間光変調器 PAL-SLM (Parallel-Aligned nematic Liquid crystal Spatial Light Modulator)を製品化しました。MSLMに対して、PAL-SLMは高解像度・高速性と小型・低電圧駆動を実現しました。光アドレス材料としてa-Si:H光導電体を、光変調材料として液晶を用い、液晶を平行に配向することにより強度変調を伴わない純粋な位相変調を行うことが可能になりました。

[図1-2] 平行配向ネマティック液晶空間光変調器 PAL-SLM

空間光位相変調器 PPM

 光システムとコンピュータシステムとの連携が必要とされる中で、PCからの制御による電気書き込み型の空間光変調器として、空間光位相変調器 PPM (Programmable Phase Modulator)を1998年に製品化しました。PPMは、電気アドレス型の液晶パネルと光書き込み型のPAL-SLMをリレーレンズで結合した構造をもっています。PPMは、産業への応用に向けた研究開発に数多く利用されました。

[図1-3] 空間光位相変調器 PPM

空間光位相変調器 LCOS-SLM

 空間光位相変調技術を産業化するために、PPMの小型化・低コスト化を目指して、2001年から空間光位相変調器 LCOS-SLMの開発に着手し、2007年に製品化しました。LCOSとは、CMOS技術で電気アドレス部を構成し、その上

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

に光変調部である液晶層を配置した構造を意味します。

[図1-4] 空間光位相変調器 LCOS-SLM素子光の波面制御2.

2 - 1 波としての光の波面

 光は、波動性と粒子性を併せもった量子です。光学系の設計や解析などを行うときに光の粒子性を考慮する必要性は小さく、多くの場合、光を波 (電磁波)として取り扱います。電磁波として光を扱う理論は電磁気学ですが、実際には電磁気学の近似理論である波動光学や幾何光学 (光線光学)が用いられます。以下に、波動としての光と、光の位相や波面について説明します。 光は横波なので、光がz軸方向に進みその電場がy軸方向に振動するとき、波長 λと振幅 Aと位相 φを用いて式 (1)で表せます。

f(y) = A cos(2πz/λ - φ) …… (1)

 波長は波のスペクトルを表し、波長で光速を割ると光の周波数になります。振幅は波の強さに関係していて、振幅の2乗が波の強さ (エネルギー)となります。位相は、波の頂点が基準点からどれだけ離れているかを表します。実際には、波は時間によって振動するため、式 (1)に時間に依存する項が加わりますが、簡略化するために省略してあります。時間変化のない、恒常的な光学系の振る舞いを記述する際には式 (1)のように時間振動項を無視します。 光の波は式 (2)でも表されます。

f(y) = Aei(2πz/λ - φ) …… (2)

 式 (2)は物理的には式 (1)と同じですが、数式の取り扱いが簡単なため、よく用いられます。式 (2)の表現を解析信号と呼びます。

[図2-1] 波の物理量

 実際には、光波は1次元軸上だけで振動しているのではなく、3次元的に広がりながら進みます。非常に小さな光源 (点光源)が真空中にあり、それがある時間に点灯したとすると、光はその瞬間から光の速度でもって等方的に (球面状に)広がります。このような光波の3次元的な広がりを記述するのに波面という概念が用いられます。図2-2に示すように、光の波面は波の頂点をつないだ等位相面です。

KACCC0692JA

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

[図2-2] 光の波面と光線

 点光源から出た光の波面は、球面状 (球面波)です。また、レーザから出た光の波面は、おおむね平面状 (平面波)です。光波が進む途中にガラスなどの透明物体があると、屈折率の分だけ光の速度が低下し、その部分の波面の進行が遅れ、波面形状が変わります。このように、初期の波面形状は光源の性質に依存し、それが伝搬していく途中で物質と相互作用することにより波面の形状が変化します。変形した波面の伝搬については、光線と関連して考えると便利です。光線は波面に垂直な線で、真空中や屈折率が一定の物質内では直進します。空気中からガラスや水に入射するときなど屈折率が変化しているところでは、スネルの法則に従って光線の進行方向は屈曲します。このとき、光の一部は表面で反射して進行方向が変わります。光線は波面に対して垂直のため、光線の振る舞いを調べることで、屈折や反射に伴う波面の変化が分かります。 次に、光波の進行方向に遮光物体があるときの光波の振る舞いについて述べます。遮光物体が太陽やレーザ光に照射されて影ができた場合、影は物体に近いところではくっきりとしていますが、離れたところでは影の境界がぼやけます。この現象は、光の回り込み (回折)によります (光源である太陽やレーザが大きさをもつことも原因となっています)。 この光の回折現象に加えて、反射・屈折について、ホイヘンスの原理を用いて説明することができます。ホイヘンスの原理は、特定の瞬間の波面上に点光源があるものとして、そこから2次波が出て、ある時間の経過後、2次波が重なって新たな波面となるという原理です [図2-3 (a)]。

KACCC0693JA

[図2-3] ホイヘンスの原理

(a)

(b)

 図2-3 (b)は、平面波の光で、小さな穴のある遮光スクリーンを照射した場合を示します。遮光スクリーンの後ろ側では、光は球面上に広がります。遮光スクリーンの穴から、光が遮光物体を回り込むように球面状に広がります。この現象は光線の振る舞いからは説明できませんが、ホイヘンスの原理からは説明できます。 このように、光波の伝搬を光線とホイヘンスの原理を用いて説明できます。光線を用いる理論は幾何光学 (光線光学)で、ホイヘンスの原理を用いる理論が波動光学です。光線は波長を極限まで短くした波であるため、幾何光学は電磁気学を近似した理論と捉えることができます。波動光学は両理論の中間的な理論です。電磁気学→波動光学→幾何光学の順で、適用できる現象が多くなります。電磁気学では、適用できる現象が限定され、光学系の設計には不便です。光学設計、光現象の解析では多くの場合、大まかな性質を調べるために幾何光学を適用して、詳しく調べたい現象について波動光学を適用します。 空間光変調器は光の波面 (位相の空間分布)を直接に制御できるため、波動光学を理解すると扱いやすくなります。

2 - 2 光学デバイスや光学技術 による光の波面制御

 光の波面(位相の空間分布)を制御することで、さまざまな機能を実現できます。多くの光学デバイス (レンズ、プリズムなど)や光学技術は光線追跡をもとに設計されることが多いですが、実は波面を制御してそれぞれの機能を実現しているとみなすことができます。空間光変調器でも、光の波面を制御して、光学デバイスや光学技術の機能を実現することができます。さらに、機能を変更したり、複数の機能を同時に実現することも可能です。代表的な光学デバイ

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1. 空間光変調器 2. 光の波面制御

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

ス・光学技術の光の波面制御について以下に説明します。

レンズ

 レンズの結像による光の波面制御について説明します。焦点距離 fのレンズから2fの位置に点光源を置くと、そのレンズの反対側で2fの位置に点像が形成されます。光源から波面が球面状に広がり、レンズに入射するときは曲率 -1/2fの球面となっています。レンズから出た光は1点に集光しますから、レンズを出た直後の波面は曲率 1/2fの球面です。レンズは、波面にそれらの差分である曲率 1/fの球面状の変化を加えていることになります。幾何光学ではレンズには光線を曲げる作用があると考えますが、前述したように波動光学ではレンズには球面状の波面変化を加える作用があると考えます。

[図2-4] レンズの結像

回折格子

 分光器などに用いられる回折格子 (グレーティング)による光の波面制御について説明します。回折格子は、光の回折現象を利用して、光を波長ごとに分ける光学素子です。回折格子は周期的な構造をもち、その周期は通常は波長と同程度かその数倍~数十倍です。回折格子には反射型と透過型がありますが、反射型を例にとって、その原理を簡単に説明します。図2-5は、反射型回折格子による光の分岐を示します。反射型回折格子は、表面に周期的な凹凸構造をもつ平面あるいは円筒面を鏡に形成するか、1枚の平面鏡か円筒鏡に等間隔に並んだ細長い傷を付けることで作成します。すなわち、細長い微小鏡が周期的に並んだような構造となっています。回折格子に光の波面が入射すると、周期的な微小鏡のそれぞれで光が反射し、それらが2次光源となり、それぞれの鏡から球面波が広がります。ホイヘンスの原理を適用すれば、周期的に並んだ2次光源からの球面波を足し合わせることで、回折格子からの反射光の状態が説明できます。実際に計算すると、光の進む方向 (角度)に応じて、光が強まったり弱まったりすることが分かります。また、光が強まるのは複数の特定の方向であることも分かります。このことは、回折格子は光を複数の方向に分岐させることを意味します。回折格子は、1つの波面に周期的な変化を作り出し、複数の異なる方向の光の波面に分岐するデバイスであると考えられます。分岐した光の波面はレンズを通ると、複数の位置に光点が集光されます (多点ビーム)。また、回折格子の周期的

KACCC0696JA

構造の形状を工夫すると、1つの特定の方向だけで光が強まるようにすることができます [ブレーズド (blazed)回折格子]。

[図2-5] 反射型回折格子による光の分岐

収差補正技術

 収差補正技術による光の波面制御について説明します。理想的なレンズによる結像は、1つの点光源から出た光を1つの点像に集光します。しかし、実際のレンズでは理想的な結像からのズレがあり、これを収差といいます。このような収差を減少させて、良好な結像状態を得るための技術が収差補正技術です。 レンズが理想的な結像を実現するためには、レンズを透過した後の光の波面が球面波である必要があります。しかし、レンズに収差があるために波面形状にズレが生じます。このような理想的な波面からのズレを波面収差と呼びます。すべてのレンズには収差が存在します。ただし、特定の条件において、ほぼ無収差を実現できる場合があります。たとえば、反射型望遠鏡によく使われる放物面ミラーは、光軸上に結像するときはほぼ無収差です。しかし、それ以外の位置における結像では波面収差が発生します。すなわち、画面の中心だけがほぼ無収差で、画面の周辺に行くほど像がぼやけます。収差は、光路の途中に置かれたガラス板や観察対象の物体によっても発生します。 波面の理想からのズレを減少させることによって収差を補正して、良好な結像状態を得ることができます。たとえばシュミット・カセグレン望遠鏡では、放物面ミラーの前方に補正板 (表面を特定の形状に加工したガラス板)を置くことで収差補正を実現しています。遠方の星からの光は望遠鏡に入るときは平面波となっています。この望遠鏡では、その平面波を補正板によって変形させた後、放物面ミラーで集光します。これによって、視野周囲の収差が大幅に減少し、周辺の像が劇的にクリアになります。一方、これにより視野中心では収差が発生しますが、その収差量を許容範囲内に収めています。このようにシュミット・カセグレン望遠鏡では、星からの光の波面を意図的に歪ませて、収差補正を行っています。 以上、3つの事例を見てきましたが、他のさまざまな光学デバイスや光学技術も、波面の変化で理解することができます。空間光変調器で、そのような波面の変化を実現すれば、それらのデバイスや技術のもつ機能を自由自在に実現することができます。

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

構造3.

 LCOS-SLMは、Si基板上に液晶を配置した構造をもつ空間光変調器です。Si基板上には半導体技術によって電気アドレス回路が構築され、最上層にはアルミ電極によって画素を構成し、それぞれの画素で独立して電位を制御できるようになっています。Si基板の上に一定の間隙を保ってガラス基板を保持し、その間隙に液晶材料を配置しています。液晶分子はSi基板とガラス基板上に施された配向制御技術によって、両基板間でツイストせずに基板に対して平行に配向されています。アルミ電極の電位を画素ごとに独立に制御することにより、ガラス基板に形成された共通電極との間の電圧が画素ごとに制御され、その電圧に応じて液晶分子が起き上がることによって光の位相が変調されます。液晶分子が寝た状態と起き上がった状態において屈折率の差が発生することにより、液晶を通過する光の光路長が変化して位相に差を生じます。ここで、入射する直線偏光の偏光方向と液晶分子の配向方向を一致させることにより、光の位相のみを変調することが可能となります。直線偏光の偏光方向と液晶分子の配向方向が一致していない場合、あるいは直線偏光以外の光が入射した場合には、光の偏波面が変化して位相のみの変調ではなくなるため、注意する必要があります。

[図3-1] LCOSチップの構造

 LCOS-SLM X10468シリーズは、図3-2に示すように、2本のケーブルで接続したヘッドとコントローラにより構成されています。コントローラはPCにDVI-Dインターフェースで接続し、PCから送られる位相画像に対応した位相変調を行うことができます。液晶ディスプレイと同じ制御方式であり、通常はPCの第2画面をコントローラに割り当てます。PCから送られる位相画像は8ビットで256階調ですが、コントローラ内部で8ビットから12ビットへの変換をルックアップテーブル (LUT)によって行い、液晶屈折率の電圧に対する非線形応答を補正します。これにより、線型性の高い256階調の位相レベルとして制御することが可能です。

KACCC0698JA

[図3-2] LCOS-SLM X10468シリーズ

2. 光の波面制御 3. 構造

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

特性4.

4 - 1 位相変調特性

 LCOS-SLMの出力が強度変調として得られる図4-1のクロスニコル光学系において、8ビット256階調の画素値に対応した強度変化を測定します。LCOS-SLMにおいて液晶分子の配向方向は水平となるように構成されており、レーザ光の偏光方向が液晶分子に対して45度となるように偏光子を設定し、検光子はクロスニコル配置となるように135度に設定します。アパーチャサイズはφ10 mmに設定します。出力光量 (I)から位相値 (φ)を式 (3)から算出します。一例として、X10468-03の出力光強度の測定結果と位相変調量の算出結果を図4-2に示します。

I = (Imax - Imin) sin2(φ/2) + Imin …… (3)

Imax : 最大光量Imin : 最小光量

[図4-1] 位相変調特性の測定系 (クロスニコル光学系)

[図4-2] 位相変調特性 (X10468-03, 代表例)

(a) 出力光強度

KACCC0699JA

KACCB0312JA

(b) 位相変調量

 LCOS-SLMの位相変調量は、波長によって異なります。X10468シリーズの8つのタイプでは、対応波長域の上限における最大位相変調量が2.28π radとなるように調整しているため、0.009π/digitとなります。

4 - 2 時間応答特性

定義

 2πの位相差を遷移 (10%~90%)する際の時間応答特性において、画素値を大きい値から小さい値に変化させたときの遷移時間を上昇時間、小さい値から大きい値に変化させたときの遷移時間を下降時間と定義します。8ビットの画素階調値と対応させると、画素値ゼロのときに電圧値は最大で、画素値が増えると電圧値が下がるようにコントローラが設定されています。

測定方法

 位相変調を強度変調として観測する図4-1の光学系において、出力光量の変化をフォトダイオードとオシロスコープで測定します。位相 0と2πを切り替えたときの出力光量変化を測定し、光量変化を位相変化に変換し、10%~90%の遷移にかかる上昇/下降時間を算出します。一例として、X10468-03の時間応答特性を図4-3に示します。

KACCB0313JA

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

[図4-3] 時間応答特性 (X10468-03, 代表例)

(a) 出力光強度

(b) 位相変調量

KACCB0314JA

KACCB0315JA

測定結果

 X10468シリーズの上昇時間・下降時間の平均値を表4-1に示します。上昇時間の方が速い傾向にあります。

4 - 3 光利用効率

定義

 1 Vから最大電圧値 (Vhigh)の印加電圧で駆動した場合の反射光量の平均値 (Iave)を求めます。その値の入射光量 (Ipow)に対する割合を光利用効率と定義します。

光利用効率 = Iave /Ipow [%] …… (4)

測定方法

 入射光の偏光方向と液晶分子の配向方向を一致させた図4-4に示す位相変調光学系において、1 Vから最大電圧値の範囲を128分割した印加電圧ごとの反射光量を測定します。入射角度 (θ)は10度以内、アパーチャサイズはφ6 mmに設定します。

[図4-4] 光利用効率の測定系

KACCC0700JA

型名X10468

-01 -02 -03 -04 -05 -06 -07 -08

光源の波長 (nm) 633 785 1064 532 407 633 1064 1064上昇時間 (ms) 5 30 18 10 6 9 9 11

下降時間 (ms) 26 81 76 23 21 26 81 92

[表4-1] 応答速度の評価結果 (平均値)

4. 特性

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

測定結果

 X10468シリーズの光利用効率の平均値を表4-2に示します。対応波長範囲が広いアルミミラータイプのX10468-01/-07では、複数の光源にて測定を行いました。誘電体多層膜ミラータイプでは90%以上の光利用効率を実現し、アルミミラータイプでは70~83%の光利用効率を実現しています。光量ロスの主な要因は、画素構造に起因する回折光の発生、液晶層での散乱、透明電極での吸収などです。

4 - 4 回折効率

定義

 回折効率は、LCOS-SLMにブレーズド回折格子を模した位相パターンを表示したときの1次回折光量 (I1st)と0次光量 (Iave)から式 (5)で定義します。ただし、2値の回折格子の場合には、±1次光量の平均値を回折光量としました。0次光量は、入力階調値を0~255に変化させたときの平均値とします。

回折効率 = I1st/ Iave [%] …… (5)

測定方法

 入射光の偏光方向と液晶分子の配向方向を一致させた図4-5に示す位相変調光学系において、1次回折光量の測定を行います。入射角度 θは10度以内、アパーチャサイズはφ10 mmに設定します。表示する回折格子には、図4-6に示す4種類を用います。

[図4-5] 回折効率の測定系

[図4-6] 回折格子の位相分布

測定結果

 測定に使用した光源の波長を表4-3、回折効率の測定結果と理論値を図4-7に示します。表示する回折格子ごとの空間周波数は、2値: 25 lp/mm、4値: 12.5 lp/mm、8値: 6.25 lp/mm、16値: 3.125 lp/mmです。

[図4-7] 回折効率 (代表例)

KACCC0701JA

KACCC0702JA

KACCB0316JA

型名X10468

-01 -02 -03 -04 -05 -06 -07 -08光源の波長 (nm) 633 785 1064 532 407 633 1064 1064

[表4-3] 回折効率測定用の光源の波長

型名X10468

-01 -02 -03 -04 -05光源の波長 (nm) 532 633 785 1064 532 407光利用効率 (%) 78.5 78.9 95.1 95.7 94.3 92.1

型名X10468

-06 -07 -08光源の波長 (nm) 633 633 785 1064 1064光利用効率 (%) 95.2 78.1 71.5 82.5 83

[表4-2] 光利用効率の評価結果 (平均値)

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

4 - 5 面精度

定義

 LCOS-SLMの有効画素領域 (16 × 12 mm)の面歪量について、最も高いところと低いところの差 (最大変位量)をPV (peak to valley)値として、そのバラツキをRMS値として評価します。

測定方法

 入射光の偏光方向と液晶分子の配向方向を一致させた図4-8に示す位相変調光学系において、LCOS-SLMと参照ミラーとの間の干渉縞を取得します。その干渉縞から、フーリエ変換にて位相分布を計算し面精度を算出します。干渉縞と算出された面精度の測定例を図4-9に示します。図4-9 (b)の面形状においては、8ビット階調値 0~255で、1波長に対応する位相差を示しています。LCOS-SLMの位相変調量は波長によって異なるため、X10468シリーズのそれぞれについて代表的な光源の波長において評価を行います。

[図4-8] 面精度の測定系

[図4-9] 面精度の測定例

(a) 干渉縞         (b) 面精度形状

KACCC0703JA

測定結果

 X10468シリーズの面精度の評価結果を表4-4に示します。算出された面形状データにおいて、PV値とRMS値を平均してまとめました。

4 - 6 耐光性

 LCOS-SLMに大パワーレーザ光を入射した場合、物理的な損傷または不可逆的な特性変化が発生する場合があります。損傷や不可逆的な特性変化の発生の有無を調べるため、レーザ照射試験を行い試験後の検査によって損傷や特性変化が発生しているかを調べます。物理的な損傷としては、透明電極・誘電体多層膜・アルミミラーの損傷や液晶材料の沸騰による熱的損傷があります。不可逆的な特性変化としては、超短パルスレーザ照射時の2光子吸収による構成材料の特性変化や紫外線 (400 nm以下)照射時の構成材料の特性変化があります。また、LCOS-SLMの光吸収による温度上昇に伴う、液晶の温度特性に起因する可逆的な特性変化が存在します。 照射試験後に外観検査・出力像評価・位相変調特性評価を行い、電圧を印加していないときに確認できる異常があれば物理的な損傷と判断し、電圧を印加したときに確認できる異常があれば不可逆的な特性変化と判断します。 耐光性試験を実施した例を表4-5に示します。耐光性は、素子に入射する平均パワー (全入射光量)、単位面積当たりのピークパワー (光パワー密度)に依存します。

 X10468-05において、400 nm以下の紫外域で使用すると、素子が損傷する可能性があります。400 nm以下の使用に関しては、お問い合わせください。

型名X10468

-01 -02 -03 -04 -05 -06 -07 -08

光源の波長 (nm) 633 785 1064 532 407 633 1064 1064PV値 1.8λ 2.7λ 2.4λ 2.4λ 2.2λ 2.5λ 1.1λ 2.0λ

RMS値 0.4λ 0.6λ 0.6λ 0.6λ 0.5λ 0.6λ 0.3λ 0.5λ

[表4-4] 面精度の評価結果 (平均値)

4. 特性

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314

12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

[表4-5] 耐光性試験 (代表例)

光源ビーム径1/e2(mm)

入射時間

入射光量 結果

種類 波長(nm)

パルス幅

繰り返し周波数(kHz)

平均パワー(W)

単位面積当たりの平均パワー(W/cm2)

ピークパワー

単位面積当たりのピークパワー

損傷 特性変化

(a) X10468-01

YAG-SHGレーザ (CW) 532 - - φ1 5時間 0.025 3.2 - - なし なし

(b) X10468-02

Ti:Sレーザ (パルス) 800

50 fs 1φ9 3時間

2.74.3

54.6 GW

85.8 GW/cm2

なし

あり

φ11 10時間 2.9 57.5 GW/cm2 なし

30 fs 0.01 φ18 6時間 0.05 0.02 173.3 GW

68.1 GW/cm2 なし

(c) X10468-03

YAGレーザ(CW)

1064

- -

φ2.5

1時間 2 41 - -

なし

なし

- - 数分 3.5 71 - - あり

YAGレーザ(パルス)

200 ns 80

1時間 2 41 0.13 kW

2.6 kW/cm2 なし

数分 3.5 71 0.22 kW

4.5 kW/cm2 あり

パルスレーザ 1030

670 fs 1 φ4.5 10時間 0.6 3.8 0.90

GW5.6

GW/cm2

なし1.37 ps 30 φ8.11 8時間 5.2 10 0.13

GW0.25 GW/cm2

11.4 ns 10 φ13 8時間 17.4 13.1 0.15

kW0.12 kW/cm2

(d) X10468-04

パルスレーザ 515

0.91 ps

30φ9.1

8時間

1.8 2.6 65 MW

101 MW/cm2

なし

なし

0.92 ps φ9.5 3.2 4.9 115

MW164

MW/cm2 あり

14.4 ns 10 φ12.8 4.3 3.3 30

kW23

kW/cm2 なし

(e) X10468-05

UV-LED 365

- - - 1000 時間

0.5- - -

なし

なし

- - - 2000 時間 - - - あり

- - -500 時間

1 - - - なし

- - - 1.5 - - - あり

- - - 100 時間 2 - - - あり

(f) X10468-07

Ti:Sレーザ(パルス) 800 100

fs 1 φ11 7時間0.33 0.35 3.3

GW3.5

GW/cm2なし

なし

0.57 0.6 5.7 GW

6.0 GW/cm2 あり

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

応用例5.

5 - 1 ビーム成型

 光位相変調によって光の回折・干渉現象を制御することにより、高効率に任意の光強度分布を形成することができます。任意の光強度分布を生成するための位相分布をコンピュータにより計算したものを計算機生成ホログラム (CGH: Computer Generated Hologram)と呼び、CGH技術による投影によって任意の光強度分布を形成することをビーム成型と呼んでいます [図5-1]。一般的なビーム成型方法として投影プロジェクタがありますが、図5-2 (a)のように、光の通過・遮断により光強度分布を形成しており、暗い部分は光源の光をロスしていることになります。明るい部分の比率が低いほど、光利用効率は悪化します。これに対してCGH技術による投影は図5-2 (b)に示すように光源の光強度分布を光の干渉を利用することによって任意の強度分布に分配する方式であり、優れた光利用効率のビーム成型方法です。CGH技術による投影は、レーザ加工や顕微鏡における構造化照明 (structured illumination)への利用が期待されています。

[図5-1] ビーム成型

[図5-2] 光強度変調と光位相変調の違い

(a) 光強度変調      (b) 光位相変調

5 - 2 位相補償

 光学システムには常に何らかの不均一性が存在し、その不均一性によって光の位相が乱されます。たとえば図5-3 (a)に示すように光学システムに収差が存在すると、レ

KACCC0704JA

KACCC0705JA KACCC0706JA

4. 特性 5. 応用例

4 - 7 駆動タイミング

 コントローラ内部にはフレームメモリが配置され、フレームレート 60 HzのDVI信号に同期して位相画像が格納されます。位相画像は480回/sでフレームメモリから読み出されてD/A変換器 (DAC)に送られ、LCOS-SLMを駆動するアナログ信号となります。通常、液晶はAC駆動されるため、液晶の駆動周期 (リフレッシュレート)は240 Hzとなり、これに対応した位相揺らぎが観測されます。ここで、液晶の応答時間 (「4-2 時間応答特性」参照)はリフレッシュレートやDVIフレームレート (60 Hz)よりも遅いため、位相画像に対応した位相分布を得るための時間応答 (位相画像更新周期)はこの液晶の応答時間に依存し、10 Hzから数十Hz程度となります。

[図4-10] ブロック図

[図4-11] タイミングチャート

KACCC0741JA

KACCC0742JA

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12章

空間光位相変調器

LCOS

SLM

ンズによる集光点がきれいな点にならなかったり、CGH技術による投影が鮮明に再生されなかったりします。LCOS-SLMを用いて収差補正することで、集光状態を理想に近づけたり、CGH技術による投影を鮮明にすることが可能となります [図5-3 (b)]。人間の眼球内部を観察する際には、個人ごとに異なる水晶体の歪みによる収差をこの技術によって補正することで、より鮮明な画像を取得することが可能となります [図5-4]。対象物の内部をレーザ加工する際には、対象物における収差を補正することにより、高精度・高効率のレーザ加工を実現することが可能となります [図5-5]。

[図5-3] 光学システムの収差補正

(a) 収差補正なし

(b) 収差補正あり

[図5-4] 眼底カメラにおける位相補償

(a) 収差補正なし (補正前眼底像) (b) 収差補正あり (補正後眼底像)

構造が判別できない 視細胞まで判別可能

[図5-5] 側面から観察した集光ビーム

(a) 収差補正なし       (b) 収差補正あり

KACCC0707JA

KACCC0708JA

5 - 3 光パルス整形

 フェムト秒レーザなどの超短光パルスにおいては、フェムト秒の時間領域で応答する電子デバイスが存在しないために光パルスを直接制御することはできません。超短光パルスを光学的フーリエ変換により周波数領域に変換して周波数フィルタリングを行い、逆フーリエ変換することによって時間領域における光パルスの振幅および位相を高い自由度で制御する技術を光パルス整形と呼びます [図5-6]。超短光パルスに含まれる周波数成分の振幅と位相を個別に制御することにより厳密な制御が可能ですが、振幅を制御すると光の利用効率が低下するため、一般的には位相だけを制御して近似的に時間波形を整形する手法が用いられます。LCOS-SLMを用いた光パルス整形による光パルス幅の制御や複数光パルス列生成を、レーザ加工や化学反応制御などに応用することが期待されます。

[図5-6] 光パルス整形の原理

KACCC0709JA