超高精細空間光変調素子 - nhkultra-fine spatial light modulation device kenjimachida nhk...

8
研究発表 1.まえがき 当所では,専用の眼鏡が不要で臨場感豊かな立体像 表示を目指して,特殊なレンズアレイを用いたインテ グラル・フォトグラフィー(IP)やホログラフィーに よる立体映像技術の研究を進めている 。また,立体 像の表示もできる高精細で高速な表示デバイスの研究 開発も行っている。デバイスイメージを1図に示す。 回折条件を電流の向きによって変化させることができ る動的回折格子 *1 を用いた反射型の表示デバイスであ り,電極の中心に配置した画素アレイ上に偏光を入射 し,その回折光を結像させて,立体像を再生するもの である。 このようなデバイスを実現するためには,光の波長 オーダーの画素サイズを用いた空間光変調器 *2 が必要 となる。回折光には入射光の方向と対称な方向に反射 *1 回折条件を動的に変化させて干渉の状態を変化させることができ る回折格子(一定周期で形成された格子状パターンによる光の回 折現象を利用して,反射光に干渉を生じさせるデバイス)。 *2 光の振幅,位相,偏光などの空間的な分布を電気的に制御して光 を変調するデバイス。プロジェクター,光スイッチング回路,ホ ログラム記録用光源などにも応用される。 ABSTRACT Submicron spatial light modulators are promising for use in wide-viewing-angle holographic 3-D displays. We fabricated and evaluated a magneto-optical light modulation device driven by spin transfer switching. The major issues for practical use of the device are enlargement of the light modulation factor and low-current driving. We greatly improved a light modulation performance by using a Gd-Fe-based modulation layer and investigated the magneto-optical response of the Gd-Fe-based device. Two phased transitions of the magneto-optical response corresponding to the magnetization states were observed. This result suggests the possibility of multiple tones by means of spatial division. For low-current driving, magnetic tunnel junctions with perpendicular anisotropy were fabricated. The MgO001)-oriented texture of the tunnel barrier, which enables the device to operate at a low current, was obtained by using a Tb-Fe-Co/Co-Fe-B based electrode. 超高精細空間光変調素子 町田賢司 Ultra-fine Spatial Light Modulation Device Kenji MACHIDA NHK技研 R&D/No.122/2010.7 39

Upload: others

Post on 22-Oct-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • 研究発表

    1.まえがき当所では,専用の眼鏡が不要で臨場感豊かな立体像

    表示を目指して,特殊なレンズアレイを用いたインテグラル・フォトグラフィー(IP)やホログラフィーによる立体映像技術の研究を進めている1)2)。また,立体像の表示もできる高精細で高速な表示デバイスの研究開発も行っている。デバイスイメージを1図に示す。回折条件を電流の向きによって変化させることができる動的回折格子*1を用いた反射型の表示デバイスであり,電極の中心に配置した画素アレイ上に偏光を入射

    し,その回折光を結像させて,立体像を再生するものである。このようなデバイスを実現するためには,光の波長

    オーダーの画素サイズを用いた空間光変調器*2が必要となる。回折光には入射光の方向と対称な方向に反射

    *1 回折条件を動的に変化させて干渉の状態を変化させることができる回折格子(一定周期で形成された格子状パターンによる光の回折現象を利用して,反射光に干渉を生じさせるデバイス)。

    *2 光の振幅,位相,偏光などの空間的な分布を電気的に制御して光を変調するデバイス。プロジェクター,光スイッチング回路,ホログラム記録用光源などにも応用される。

    ABSTRACT Submicron spatial light modulators are promising for use in wide-viewing-angle holographic 3-Ddisplays. We fabricated and evaluated a magneto-optical light modulation device driven by spintransfer switching. The major issues for practical use of the device are enlargement of the lightmodulation factor and low-current driving. We greatly improved a light modulation performanceby using a Gd-Fe-based modulation layer and investigated the magneto-optical response of theGd-Fe-based device. Two phased transitions of the magneto-optical response corresponding tothe magnetization states were observed. This result suggests the possibility of multiple tones bymeans of spatial division. For low-current driving, magnetic tunnel junctions with perpendicularanisotropy were fabricated. The MgO(001)-oriented texture of the tunnel barrier, which enablesthe device to operate at a low current, was obtained by using a Tb-Fe-Co/Co-Fe-B basedelectrode.

    超高精細空間光変調素子

    町田賢司

    Ultra-fine Spatial Light Modulation Device

    Kenji MACHIDA

    NHK技研 R&D/No.122/2010.7 39

  • 電極

    入射光

    超高精細空間光変調器

    電極

    メガネ無し立体像

    する0次光と,0次光の方向を基準として角度φで回折する1次回折光などの高次の回折光がある。立体像は1次回折光による干渉を用いる。回折角φが小さい場合には立体像が0次光と重なり視域*3が狭くなるが,回折角が大きい場合には広い視域で立体像を見ることができる。立体ホログラフィーの解決すべき第1の課題はこの回折角を大きくすることである。波長λの入射光に対する回折角φは画素ピッチをpとすると,

    (1)

    で表される3)。波長λの光に対して,画素ピッチpが狭くなるほどφが大きくなる。さまざまな空間光変調器の特徴を1表に示す。従来の変調器の画素サイズはμmオーダーであり,例えば,λ=530nmの入射光を5μm画素ピッチの空間光変調器に入射した場合にはφは6°程度になる。一方,1μm以下の画素ピッチではφ≧30°となり,十分な視域を確保できると期待される。また,高解像度の立体像を表示するためには,多数の画素が必要であり,画素の応答速度も高速化する必要がある。そこで,1μm以下の画素サイズと10ns(0.01μs)程度の応答速度を共に実現するデバイスとしてスピン注入型光

    変調素子を提案し,試作・評価を行っている4)~6)。本稿では,光変調度を大幅に改善した垂直磁化膜を

    用いた光変調動作の検証と低電流駆動に向けた垂直磁化トンネル接合の開発状況および基礎的な光回折実験の結果について述べる。

    2.スピン注入型光変調素子電子は電荷のほかにスピン*4と呼ばれる性質を持っ

    ている。スピンには上向きと下向きの2つの向きがある。2図に示すように,下部電極,磁化固定層(磁性膜),中間層(非磁性膜),光変調層(磁性膜),透明電極の5層から成る微細な素子で1画素を形成し,下部電極と透明電極間にパルス電流を流す。2図(a)では,磁化固定層から注入された下向きスピンが,光変調層の磁化と相互作用し,光変調層の磁化を下向きに反転

    *3 再生像が観察できる領域。

    *4 磁気モーメントの源となる量子力学的な性質。電子の自転が起因しているように見えるのでスピンと呼ばれる。

    従来の技術 技研独自

    強誘電液晶

    デジタルマイクロミラー 磁気光学 スピン注入

    光変調方法(駆動)

    液晶(電圧)

    小型ミラー(デジタル)

    磁気光学(磁界)

    磁気光学(スピン)

    画素サイズ 4.8μm 10.8μm 10μm 0.5μm

    応答時間 100μs 10μs 0.015μs ~0.015μs

    1図 超高精細空間光変調器による立体像表示

    1表 さまざまな空間光変調器の特徴

    NHK技研 R&D/No.122/2010.7

    研究発表 6

    40

  • (j)(i)

    (h)(g)(f)(e)

    (d)(c)(b)(a)

    下部電極形成

    光変調層中間層磁化固定層下部電極 電子線リソグラフィー(横ライン)

    レジスト

    レジスト

    Arイオンミリング(横ライン)

    Arイオン

    絶縁膜たい積

    リフトオフ(横ライン)

    電子線リソグラフィー(縦ライン)

    Arイオン

    Arイオンミリング(縦ライン) 絶縁膜たい積

    光変調素子

    光変調素子

    リフトオフ(縦ライン)

    原子間力顕微鏡像

    透明電極

    透明電極形成

    200 nm

    パルス電流(a) 透明電極側から電流を流した場合 (b) 下部電極側から電流を流した場合

    中間層

    反射光の偏光面回転(磁気光学カー効果)

    透明電極

    下部電極

    光変調層中間層

    磁化固定層絶縁体

    磁化反転

    入射光 反射光

    透明電極

    下部電極

    光変調層

    磁化固定層絶縁体

    磁化反転

    入射光

    パルス電流

    反射光

    スピンの向き

    電流

    電流

    偏光面の向き

    磁化の向き

    スピンの向き

    偏光面の向き

    磁化の向き

    させる。2図(b)では,透明電極から注入されたスピンのうち,磁化固定層の磁化の向きと反対の上向きスピンが光変調層の磁化と相互作用し,光変調層の磁化を上向きに反転させる。このように,注入されたスピンの向きに応じて光変調層の磁化の向きが反転(スピン注入磁化反転7))するので,流す電流の向きによって磁化を制御することができる。この素子に偏光した光を照射すると,光変調層の磁化の向きによって反射する光の偏光方向が変化(磁気光学カー効果)する。反射光の偏光を画素ごとに制御することが可能で,画素サイズ0.5μm以下,応答時間10ns程度の超高精細・高速応答の光変調素子を実現することができる。また,一度電流を流すと光変調層の磁化は1方向に安定した状

    態を保持するメモリー機能も併せて持っている。

    3.垂直磁化膜を用いた素子によるスピン注入光変調

    これまで,光変調層と磁化固定層の磁化の向きが膜面に平行な方向となる面内磁化膜を用いて,光変調動作の実証を行ってきた。しかし,本デバイスの実用化に向けた最大の課題は光変調度を増大させることである。そこで,ここでは,光変調層にGd-Fe(ガドリニウム-鉄)合金を用い,光変調度を30倍に増大させた垂直磁化膜8)の光変調動作の検証実験について述べる。3図に1画素分の素子作製プロセスを示す。光変調

    層には[Co/Ni]4/Gd-Fe積層膜,中間層にはCu,磁化

    2図 スピン注入型光変調素子の断面構造(1画素)

    3図 スピン注入型光変調素子の作製プロセス(1画素)

    NHK技研 R&D/No.122/2010.7 41

  • ロックインアンプ(抵抗測定)

    対物レンズ

    検光子

    レーザー 検出器

    ロックインアンプ(カー楕円率測定)

    偏光子

    光弾性変調器

    NS

    参照信号

    パルス電流源

    (a) スピン注入磁化反転による電気抵抗の変化電流密度(×107 A/cm2) 電流密度(×107 A/cm2)

    カー楕円率(任意単位)

    抵抗変化(%)

    (b)光学応答

    0.1

    0.08

    0.06

    0.04

    0.02

    0-3 -2 -1 0 -3 -2 -1 0

    固定層にはTb-Fe-Co/Co-Fe(テルビウム-鉄-コバルト/コバルト-鉄)積層膜を用いた。[Co/Ni]4/Gd-Fe積層膜における光変調度の指標となる磁気光学カー回転角*5はλ=780nmにおいて0.12°である。基板上に下部電極から光変調層までの膜をたい積した後,下部電

    極のパターンを形成する。その後,電子線リソグラフィー*6,Ar(アルゴン)イオンミリング*7,リフトオフ*8などを繰り返し行い,3図(i)の原子間力顕微鏡像のような長方形の素子を形成した。素子サイズは100nm×280nmである。最後に,上部電極としてIZO(Indium Zinc Oxide)の透明電極を形成した。光変調動作の測定システムを4図に示す。スピン注

    入磁化反転の測定では,上下の電極間にパルス電流を印加し,ロックインアンプ*9を用いて高感度に抵抗測定を行った。また,光学応答の測定では,対物レンズで直径1μm程度に絞ったλ=408nmレーザーの直線偏光を素子に照射し,反射光の偏光状態を測定した。スピン注入磁化反転による電気抵抗の変化を5図(a)に示す。横軸はパルス電流の電流密度である。光変調層と磁化固定層の磁化の向きが反平行のときに抵抗は最大,平行のときに最小となる。2段階の抵抗変化が見られるが,中間抵抗状態では,光変調層において上向きと下向きの両方の磁化が混在する中間状態になっている

    だえん

    と考えられる。反射光のカー楕円率を測定した結果を5図(b)に示す。カー楕円率は直線偏光の各成分である右回り円偏光と左回り円偏光の吸収率差によって生じる反射光の楕円率であり,光変調層の磁化方向に応じて変化する磁気光学応答である。磁気光学応答においても2段階の抵抗変化に対応する2段階遷移が見られ,中間状態の光学応答が存在することを初めて観測した。この現象は多階調表示の可能性を示唆するものである。

    4.垂直磁化トンネル接合4.1 MgO障壁層スピン注入型光変調素子の実現に向けた第2の課題

    だ え ん

    *5 磁化した物質に直線偏光を入射すると反射光は楕円偏光になり,その主軸が入射光の偏光面から回転する。この現象を磁気光学カー効果と呼び,主軸の回転角を磁気光学カー回転角と呼ぶ。

    *6 基板上に塗布した感光膜(レジスト)に電子線を照射し,任意のレジストパターンを形成する方法。現像処理を行って照射されていない部分または照射した部分を除去することができる。

    *7 Arイオンなどのイオン照射を行って薄膜表面の原子をはじき出すことによって薄膜を削り取っていく加工法。

    *8 レジストパターンの上から蒸着やスパッタ法などで膜を付着させ,レジスト上に付着した膜をレジストと一緒にはく離させることでレジストパターンのない部分に製膜を行う方法。

    *9 ノイズを含んだ検出信号を参照信号と同期させる(位相を合わせる)ことで,参照信号と位相の異なるノイズ成分を除去して検出信号を高感度に測定する装置。

    4図 スピン注入光変調の測定システム

    5図 垂直磁化Gd-Fe光変調層によるスピン注入光変調測定

    NHK技研 R&D/No.122/2010.7

    研究発表 6

    42

  • (a) 非晶質MgO (c) MgO(001)結晶

    O

    Mg

    MgO(001)面

    MgO(002)面

    (b) MgO(001)接合

    電子

    光変調層

    磁化固定層 磁化固定層

    電子

    光変調層

    O

    Mg

    MgO障壁層

    Co-Fe-B

    Tb-Fe-Co

    Taベース下部電極

    基板

    磁化固定層

    (a)X線回折測定用試料の膜構成

    回折強度

    MgO(111)

    Ta(110)

    Ru(002)

    MgO(002) 製膜直後

    325℃熱処理

    回折角 2Θ(°)

    (b)作製した試料のX線回折パターン

    40 45 50 55 60

    は駆動電流の低減である。当所では,駆動電流を低減するために,トンネル電流の適用を図った。トンネル電流を利用するためには,2図に示す中間層をMgOで数原子程度の厚さの障壁層とするトンネル接合構造の素子を開発する必要がある。MgO障壁層には十分な界面平坦性と高配向*10の結晶性が要求される。6図(a)に示すようにMgO障壁層が非晶質でランダムに配向するときは,この層をトンネルする電子は散乱され,スピン注入効率が劣化する。一方,6図(b)に示すようにMgとOが整然と並んで膜厚方向と垂直にMgO(001)面が形成されると,電子は散乱されることなくトンネルすることができ,スピン注入効率も飛躍的に改善されると期待できる。6図(c)にMgO(001)結晶のイメージ図を示す。MgOはNaClと同じ岩塩型構造であり,MgとOがそれぞれ面心立方格子を形成する。今回,MgO(001)結晶を形成するために,磁化固定層

    および下部電極材料を適切に選択した。4.2 垂直磁化トンネル接合の結晶性の改善と評価MgO障壁層の結晶性を改善するために,7図(a)に示すようにTa(タンタル)ベースの下部電極上に非晶質のTb-Fe-CoおよびCo-Fe-B(コバルト-鉄-ホウ素)の積層膜を磁化固定層に用いた。下部電極層の算術平均粗さ*11Raは0.4nm以下であり,トンネル接合として十分平坦な界面である。また,固定層の磁化特性は保磁力10kOe以上の垂直磁化であることを確認した。7図(b)に固定層上にMgO障壁層を形成し,X線回折測定を行った結果を示す。MgO結晶に関するピークは回折角50°付近のMgO(002)以外にはない。MgO(001)

    *10 結晶や分子の向きがよくそろっていること。*11 粗さの平均線からの絶対値偏差を平均した値。平均線よりマイナ

    スとなる部分をプラス側に折り返したときの凹凸の平均の高さに相当する。

    6図 MgO障壁層によるトンネル接合

    7図 MgO障壁層の結晶性評価

    NHK技研 R&D/No.122/2010.7 43

  • 製膜直後

    325℃熱処理

    MgO障壁層Co-Fe-B

    [Pt/Co]多層膜

    Co-Fe-B

    Tb-Fe-Co

    Taベース下部電極

    基板

    磁化固定層

    (a)試料の膜構成

    光変調層

    波長:408 nm0.4

    0.3

    0.2

    0.1

    0

    -0.1

    -0.2

    -0.3

    -0.4

    カー回転角(°)

    印加磁界(kOe)

    (b)試料の磁化反転特性

    -3 -2 -1 0 1 2 3

    (a)周期構造の光学像

    (b)回折パターン

    面は消滅則*12により測定できないが,これと平行なMgO(002)面が観測されたので,低電流駆動に適したMgO障壁層の形成に成功していることがわかる。また,このピークは325℃の熱処理で10%程度高くなり,耐熱性も良好である。以上の結果,非晶質のTb-Fe-Co/Co-Fe-B積層膜上にMgO(001)面が垂直に配向できていることが確認された。4.3 高MO材料を光変調層に用いた接合8図(a)に示すように,MgO障壁層の上にCo-Fe

    -B/[Pt/Co]3多層膜から成る積層膜を光変調層として形成した。[Pt/Co]多層膜は高い垂直磁気異方性*13と短波長の光に対して大きな磁気光学効果を持つことで知られている9)。今回,スピン注入磁化反転による完全な反転が可能な3回積層の[Pt/Co]多層膜を用いた。8図(b)に磁化反転特性を示す。Co-Fe-B/[Pt/Co]3は磁気的に結合し,単層的な垂直磁化特性*14を持つことが確認された。また,熱処理耐性も高く,磁気特性および磁気光学特性の劣化は認められなかった。更に,磁気光学カー回転角は0.23°であり,Gd-Fe系光変調層の約2倍であった。今後,接合膜の素子化を行い,磁気抵抗特性やスピン注入特性などを測定する予定である。

    5.基礎的な光回折実験磁気光学効果を利用したホログラフィーを実現する

    ためには,2次元周期構造からの回折光の偏光状態の解析が不可欠である。そこで,長岡科学技術大学と共同で2次元周期構造の基礎的な光回折実験10)と,高感度磁気光学顕微鏡を用いた磁気イメージング技術の開発11)

    を進めている。磁性ガーネットを用いた光回折実験の結果を9図に

    示す。9図(a)に示すように,ガラス基板上に磁気光学効果の大きな磁性ガーネット(50μm×50μm)を100μmピッチで並べた2次元周期構造を形成した。磁性ガーネットにはBi・Ga置換Y3Fe5O12(ビスマス・ガリウム置換イットリウム鉄ガーネット)を用い,磁化方向は膜面に垂直とした。λ=532nmのレーザー光を照射

    *12 結晶の対称性によって,各原子の寄与がちょうど打ち消し合い,特定の結晶面からの反射が観測されない現象およびそのときの規則。例えば,面心立方結晶では偶数・奇数の混合した(hkl)面からの回折線が消滅する。

    *13 磁性体結晶が膜面に垂直な方向に磁化しやすく,膜面に平行な方向に磁化しにくい性質。

    *14 Co-Fe-B薄膜は膜面に平行な方向に磁化しやすい面内磁化膜であるが,高い垂直磁気異方性の[Pt/Co]多層膜と磁気的に結合することで,Co-Fe-B薄膜も垂直磁気異方性を示し,Co-Fe-B/[Pt/Co]3多層膜が垂直磁気異方性の単層膜として振る舞う性質。

    8図 垂直磁化トンネル接合の磁気特性

    9図 磁性ガーネットによる光回折実験

    NHK技研 R&D/No.122/2010.7

    研究発表 6

    44

  • し,9図(b)に示す回折像が得られた。左図は測定結果,右図は計算で求めた回折像であり,両者の回折パターンはよく一致している。中央付近の光スポットが0次光であり,その周辺部が1次回折光,外周部が3次回折光である。この回折特性を満たす条件を用いて理論計算を行い,磁性ガーネットの磁気光学回転角を算出した結果,実測値に一致することが確認された。今後,多画素空間光変調器の設計に向けて,偏光解析技術の適用を図っていく。

    6.むすびスピン注入磁化反転と磁気光学効果を利用した超高

    精細光変調素子の実現に向けて,光変調度を大幅に改善した垂直磁化Gd-Fe系材料を光変調層とする素子を試作し,スピン注入光変調動作を実証した。また,2段階抵抗変化に対応した光学応答の2段階遷移を確認

    し,多階調表現の可能性を見いだした。低電流駆動に向けて垂直磁化トンネル接合構造の試

    作を行い,高配向のMgO(001)結晶を得ることに成功した。また,光変調層に[Pt/Co]多層膜系材料を用いることで,光変調度をGd-Fe系材料の約2倍に改善した。更に,磁性ガーネットを用いた2次元周期構造を用

    いて回折光の測定と理論計算を行い,両者の偏光特性が一致することを確認した。

    7.謝辞本研究の一部は独立行政法人情報通信研究機構

    (NICT)の委託研究「革新的三次元映像表示のためのデバイス技術」である。

    NHK技研 R&D/No.122/2010.7 45

  • 参考文献1) F. Okano, J. Arai, H. Hoshino and I. Yuyama:“Three-dimensional video system based on integral photography,”

    Opt. Eng., Vol.38(6),pp.1072-1077(1999)

    2) 岡野:“立体映像の研究動向,”NHK技研R&D, No.71, pp.4-17(2002)

    3) T. Mishina, F. Okano and I. Yuyama:“Time-alternation method based on single-sideband holography with half-zone-plate processing for the enlargement of viewing zones,”Appl. Opt. Vol.38, pp.3703-3713(1999)

    4) K. Aoshima, N. Funabashi, K. Machida, Y. Miyamoto, N. Kawamura, K. Kuga, N. Shimidzu, T. Kimura, Y. Otani andF. Sato:“Magneto-Optical and Spin-Transfer Switching Properties of Current-Perpendicular-to Plane SpinValves With Perpendicular Magnetic Anisotropy,”IEEE Trans. Magn. Vol.44, pp.2491-2495(2008)

    5) N. Funabashi, K. Aoshima, K. Machida, K. Kuga, T. Ishibashi and N. Shimidzu:“Magneto-Optical Observation ofCPP-GMR Device With Perpendicular Magnetic Anisotropy Driven by Spin Transfer Switching Using TransparentTop Electrode,”IEEE Trans. Magn., Vol.46, pp.1998-2001(2010)

    6) K. Machida, K. Furukawa, N. Funabashi, K. Aoshima, K. Kuga, T. Ishibashi and N. Shimidzu:“Spin TransferSwitching and MR Properties of Co/Pt Multilayered Free Layers for Submicron Sized Magneto-Optical LightModulation Device,”IEEE Trans. Magn., Vol.46, pp.2171-2174(2010)

    7) J. C. Slonczewski:“Current-driven excitation of magnetic multilayers,”J. Magn.&Magn. Materials., Vol.159, pp.L1-L7(1996)

    8) 青島:“スピン偏極電流を利用した超高精細光変調素子,”NHK技研R&D, No.110, pp.10-15(2008)

    9) P. F. Carcia:“Perpendicular magnetic anisotropy in Pd/Co and Pt/Co thin-film layered structures,”J. Appl. Phys.,Vol. 63, p.5066(1988)

    10)江本,小坂,塩田,小野,石橋:“磁性ガーネット2次元配列からの偏光回折と磁化特性のキャラクタリゼーション,”応物春季予稿集,18a-ZJ-9(2010)

    11)石橋,北西,押野,青島,船橋,町田,久我,清水:“GdFeフリー層を用いたGMR膜の磁気イメージングによる評価,”応物春季予稿集,18a-ZJ-7(2010)

    まち だ け ん じ

    町田賢司

    1993年入局,広島放送局を経て1995年から放送技術研究所にて,垂直磁気記録,スピントロニクスの研究に従事。現在,放送技術研究所表示・機能素子研究部に所属。博士(工学)。

    NHK技研 R&D/No.122/2010.7

    研究発表 6

    46