住空間分析と家族の生活との関連性 - core ·...

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住空間分析と家族の生活との関連性 佐藤ゆかり 1) 佐藤文子 2) 1) 新潟県立長岡大手高等学校 2) 千葉大学・教育学部 The relationship between an analysis of house space and family life SATO Yukari 1) SATO Fumiko 2) 1) Nagaokaohte High School 2) Faculty of Education, Chiba University 高校家庭科住生活領域の学習において,平面図の設計や検討は住空間認識の学習レベルの最終的なものとして位置 づけられている。その学習は,生徒にとって興味深いものではあるが,実際に費やされる時間の問題や描かれた平面 図が,実生活と乖離したものになる危険性が指摘されている。 そこで,本研究では,一定の間取り図とそこに設備や家具を配置する学習を通して,生徒が空間における人ともの の関係性や家族と家族の生活行為との関係性をどのように捉えるのかを明らかにすることを目的とした。 結果,一定の平面図の中に展開される家族構成からみた生徒の住空間認識は,平面図から読み取れる数値ではなく, 自己の生活とかかわりをもつことがわかった。さらに,間取り図や設備・家具の配置を行うことにより,家族や生活 行為の関係性に気づくことが明らかになった。このことから,住空間認識の学習の導入として,この学習作業を行わ せることが空間認識に対する生徒の生活実感を引き出すことが推察された。 キーワード:住空間(house space) 家族の生活(family life) 生活実感(actual feeling of life) 間取り図(layout plan of a house) 高校「家庭基礎」の住領域の指導内容は,住居が家族 の生活の場としての機能をもつことを理解させ,家族の 生活に応じた適切な住居の計画や選択ができるようにす ること,住居に求められるものが,家族構成,ライフス テージ,生活の価値観によっても異なることを理解させ ることである。 生活に応じた適切な住居の計画や選択のためには,家 族の生活行為と住空間とのかかわり,生活行為や動線に 必要な広さ,家具の配置と動線などについて理解させる ことが求められる。 学習指導要領では原則として510時間を実験・実習 に配当することが定められているが,生活に対する問題 意識や生活実感が育っていない生徒の現状からは,4単 位履修でも授業時数不足が指摘されている。したがっ て,2単位履修の学習では,家族の生活行為と住空間と のかかわりを今まで以上に総括的に考えさせなければ, 授業時数不足がさらに深刻化すると考える。 家族の生活に応じた適切な住居の計画や選択を考えさ せる授業としては,平面図から住空間と生活機能や展開 される生活,住環境を読み取らせ,そこから考えさせる 学習や住居の平面図設計を行う学習などがある。住居の 平面図設計は,住空間認識の学習レベルの最終的なもの として位置づけられ,「数字や記号で住空間の中に住み, 住空間を考え,それをコミュニケートする」能力を身に つけるためには欠かせない学習レベルとされている 1) さらに,適正な住空間を理解させるには,住空間を具体 (実態)―抽象(記号)の連続性の中で整理しなおしな がら,それに見合った教授法や教材研究を行うことの必 要性が認められている。 高校家庭科における平面図設計を含む平面図検討の学 習は実施率,役立ち感のいずれにおいても生徒と教師の 認識に差があり 2)3)4)5) ,具体と―抽象の細分化は適正な住 空間の理解につながるものの,授業時数の確保などの問 題をはらむことが指摘されている 6) さらに,生徒の平面図設計への思い入れや想像できる 生活の範囲によって,平面図完成までの時間にかなりの 開きがでること,そして,想像し描かれた平面図やそこ に暮らす家族が,実生活と乖離したものになる危険性が 住領域の課題として報告されている。 すなわち,平面図の検討や平面図の設計は,住空間を 認識学習レベルとしては最終的なものでありながらも, 授業への導入に課題があると考える。 そこで,本実践では,空間における人とものの大きさ をイメージしやすい寸法学習の視点から住空間を捉える ことにより,家族構成とのかかわりをより結びつけるこ とができるものと考えた。すなわち,寸法学習を的確に 行うことにより,空間における人とものの大きさをイ メージすることができ,そこにくらす人を具体的にイ メージできると考えた。その上で,そこにくらす人が快 適な住生活をおくるための住居面積の問題点に目を向け ることができると考えた。 以上より,本研究では,一定の間取り図とそこに家具 を配置する学習を行うことが,空間における人とものの 関係性や家族と家族の生活行為との関係性の理解を容易 するという研究仮説の検証を試みる前段階として,一定 の間取り図とそこに家具を配置する学習における思考の 様子を明らかにすることを目的とする。 千葉大学教育学部研究紀要 第56巻 217~221頁(2008) 217

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住空間分析と家族の生活との関連性

佐藤ゆかり1) 佐藤文子2)

1)新潟県立長岡大手高等学校 2)千葉大学・教育学部

The relationship between an analysis of house space and family life

SATO Yukari1) SATO Fumiko2)1)Nagaokaohte High School 2)Faculty of Education, Chiba University

高校家庭科住生活領域の学習において,平面図の設計や検討は住空間認識の学習レベルの最終的なものとして位置づけられている。その学習は,生徒にとって興味深いものではあるが,実際に費やされる時間の問題や描かれた平面図が,実生活と乖離したものになる危険性が指摘されている。そこで,本研究では,一定の間取り図とそこに設備や家具を配置する学習を通して,生徒が空間における人ともの

の関係性や家族と家族の生活行為との関係性をどのように捉えるのかを明らかにすることを目的とした。結果,一定の平面図の中に展開される家族構成からみた生徒の住空間認識は,平面図から読み取れる数値ではなく,

自己の生活とかかわりをもつことがわかった。さらに,間取り図や設備・家具の配置を行うことにより,家族や生活行為の関係性に気づくことが明らかになった。このことから,住空間認識の学習の導入として,この学習作業を行わせることが空間認識に対する生徒の生活実感を引き出すことが推察された。

キーワード:住空間(house space) 家族の生活(family life) 生活実感(actual feeling of life)間取り図(layout plan of a house)

1 目 的

高校「家庭基礎」の住領域の指導内容は,住居が家族の生活の場としての機能をもつことを理解させ,家族の生活に応じた適切な住居の計画や選択ができるようにすること,住居に求められるものが,家族構成,ライフステージ,生活の価値観によっても異なることを理解させることである。生活に応じた適切な住居の計画や選択のためには,家

族の生活行為と住空間とのかかわり,生活行為や動線に必要な広さ,家具の配置と動線などについて理解させることが求められる。学習指導要領では原則として5/10時間を実験・実習

に配当することが定められているが,生活に対する問題意識や生活実感が育っていない生徒の現状からは,4単位履修でも授業時数不足が指摘されている。したがって,2単位履修の学習では,家族の生活行為と住空間とのかかわりを今まで以上に総括的に考えさせなければ,授業時数不足がさらに深刻化すると考える。家族の生活に応じた適切な住居の計画や選択を考えさ

せる授業としては,平面図から住空間と生活機能や展開される生活,住環境を読み取らせ,そこから考えさせる学習や住居の平面図設計を行う学習などがある。住居の平面図設計は,住空間認識の学習レベルの最終的なものとして位置づけられ,「数字や記号で住空間の中に住み,住空間を考え,それをコミュニケートする」能力を身につけるためには欠かせない学習レベルとされている1)。さらに,適正な住空間を理解させるには,住空間を具体(実態)―抽象(記号)の連続性の中で整理しなおしながら,それに見合った教授法や教材研究を行うことの必

要性が認められている。高校家庭科における平面図設計を含む平面図検討の学

習は実施率,役立ち感のいずれにおいても生徒と教師の認識に差があり2)3)4)5),具体と―抽象の細分化は適正な住空間の理解につながるものの,授業時数の確保などの問題をはらむことが指摘されている6)。さらに,生徒の平面図設計への思い入れや想像できる

生活の範囲によって,平面図完成までの時間にかなりの開きがでること,そして,想像し描かれた平面図やそこに暮らす家族が,実生活と乖離したものになる危険性が住領域の課題として報告されている。すなわち,平面図の検討や平面図の設計は,住空間を

認識学習レベルとしては最終的なものでありながらも,授業への導入に課題があると考える。そこで,本実践では,空間における人とものの大きさ

をイメージしやすい寸法学習の視点から住空間を捉えることにより,家族構成とのかかわりをより結びつけることができるものと考えた。すなわち,寸法学習を的確に行うことにより,空間における人とものの大きさをイメージすることができ,そこにくらす人を具体的にイメージできると考えた。その上で,そこにくらす人が快適な住生活をおくるための住居面積の問題点に目を向けることができると考えた。以上より,本研究では,一定の間取り図とそこに家具

を配置する学習を行うことが,空間における人とものの関係性や家族と家族の生活行為との関係性の理解を容易するという研究仮説の検証を試みる前段階として,一定の間取り図とそこに家具を配置する学習における思考の様子を明らかにすることを目的とする。

千葉大学教育学部研究紀要 第56巻 217~221頁(2008)

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2 方 法

� 調査対象 公立高等学校普通科3年生40名(男子13名,女子27名)

� 調査期間 2005年11月� 内 容 � 一定の間取り図(図1)から想定さ

れる家族構成を考えさせる。� 設定した家族構成にあわせ設備・家具の縮尺図(図2)を配置させ,そこからから,その家族と家族の生活行動を推測させ,それを短い文で書かせる。

� �,�の学習を通し,生徒が設定した家族構成が空間にみあったものか,さらに家族と家族の生活行動を推測したものになっているか検討する。

3 結果・考察

1.生徒が想定した家族構成図3は,生徒が想定した居住人数である。半数以上の

生徒がこの空間にみあう居住人数を3人としており,ついで2人,1人,4人の順になっている。また,どのような家族構成かみたものが図4である。

夫婦+子の3人とした生徒がもっとも多く,単身,夫婦,夫婦+子と答えた生徒はほぼ同じ割合を示している。なお,ここでその他としてあげられたのは,友人2人の家族,きょうだい2人,男女2人という家族構成であり,居住人数は2人である。さらに,ペットを家族として加えるものが単身,夫婦+子,夫婦+子+子と設定した生徒の中に1人ずついた。さらに,記述№7・15・18・21・23・26・30・31にみ

られるように「部屋数」との関連も理由としてあげられている。「部屋数」はある程度の余裕ある広さをもつ必要があることが,記述からうかがえる。図1で示した間取り図の居住面積は約125m2である。

これは4人家族の一般型誘導居住水準(=25m2×世帯人数+25m2)とほぼ等しく,都市居住型誘導居住水準(=20m2×世帯人数+15m2)や最低居住水準(=10m2

×世帯人数+10m2)よりはかなり広いものであるが,4人と想定した生徒は40人中4人であり,一般型誘導居住水準と生徒の認識には開きがある。一方,生徒の居住地における1住宅あたりの居住室数,

居住室の畳数,延べ面積と1人当たりの居住室の畳数及び1室あたりの人員を示したものが表2である。この表から,生徒は平均して,延べ面積が170m2で居

住室数が7の家に,一室当りの人員が0.5人と「ゆったり」とくらしていることがわかる。このことから,住空間の最終的なレベルとして設定さ

れている平面図の設計は,一定の間取り図を生徒に提示し,そこから考えさせることによって,より生徒の現実の生活の様子を自然とひきだすことができるものと思われる。

図1 生徒に示した間取り図

図2 生徒に示した家具の縮尺図

図3 生徒が想定した居住人数

図4 生徒が想定した家族構成

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表1 生徒が想定した家族構成とその理由

表2 1住宅当たりの居住室数,居住室の畳数,延べ面積と1

人当たりの居住室の畳数及び室当たりの人員7)

住空間分析と家族の生活との関連性

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2.想定した家族構成のための間取りと設備・家具の配置図5~9は想定した家族構成のための間取りと生活の

ための家具の配置を行った例である。家具の配置は,図2で自分が必要とするものを切り抜き,糊で貼り付け行った。また,図2で足りない設備や家具については,それぞれの大きさを検討しながら,直接描き入れてもよいこととした。ぞれぞれ,図5は単身,図6は2人(男女),図7は夫婦,図8は夫婦+子,図9は夫婦+子+子という想定のもとに間取りの決定,設備・家具の配置が行われた。図5~9を描いた生徒が気づいた内容は以下のとおり

である。図5の生徒は,来年の自分を見据えて,1人ぐらしの

イメージで行った。1人ぐらしなら,どのようにすればよいのか考えながら行った。そこでは「洗面所・浴室・食事室・台所をセットでおくようにする」との記述にみられるように,水回りや一つひとつの生活行動に具体的なイメージをもっていることがうかがえる。そのうえで,「あいた部屋の使い道に困った」と記述し,「一人には広すぎるのか」というまとめで終わっている。図6の生徒は,ゆったりとできる空間をめざし,細か

く仕切らなければすぐに改造できるというイメージで行った。「真ん中の空間はゆとりスペース」とし,「台所はみんなで協力できるように両側をあけた」と述べてい

る。そのうえで,「トイレと風呂に窓があるほうがのぞましく,そのために換気扇が設定されているものとする」と記述している。図7の生徒は平屋なのであまり部屋が作れないとしな

がらも,設備や家具の配置を行い「図面上の広さと実際の広さの差が大きい」こと,「図上の配置と実際の配置の比較が難しい」こと,そして,設備や家具の配置を行うことによって生じる微妙なスペースの利用についてもその困難さを述べている。しかし,最終的に「満足いく間取りと家具の配置を行うことができた」とし,その理

図5 単身

図6 2人

図7 夫婦

図8 夫婦+子

図9 夫婦+子+子

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由としては,自分の生活で大切にしたい生活行動を行う場である「パウダールームの設置」をあげている。図8の生徒は核家族が多いからという設定で,間取り

と設備・家具の配置を行ったが,「子どもが自分の部屋にこもってしまいそうな設計で失敗である」とし,「もっと家族が一緒にいることができる部屋があったらよい」と述べている。図9の生徒は,小学生の子どもには1人部屋を用意,

赤ちゃんは親と一緒,将来的に赤ちゃんの部屋をとることができるように親の部屋を広くとったという設定で,間取りと設備・家具の配置を行った。その際,「個人の部屋と家族共同で使う部屋を大まかに分け,移動がしやすいようにした」こと,「家族だんらんになるようにキッチンとしては戸をつけずにつなげた」と述べている。これらは一例であるが,家族構成を設定して,与えら

れた条件の中で,間取りや設備・家具の配置を行うことにより,図5の生徒のように,自分の設定した家族構成と空間との関係性にずれを感じたり,図8の生徒のように家族との関係性における問題を感じたりしている。さらに,図6の生徒のように,「協力のための工夫」や図9の生徒のように「移動がしやすく」「だんらん」になるような工夫をするなど,生活行為やそこにくらす家族の関係性を考えながら行っていることがうかがえる。また,図8の生徒の「パウダールーム」ができて満足や,ここには例を示さなかったが,「映画を楽しめるスペースは将来絶対にほしいと思って試した」等の記述に見られるように生活の中で大切にしたいことを,間取りや設備・家具の配置に盛り込む様子がうかがえた。以上のことから,一定の間取り図とそこに家具を配置

する学習は,生徒にとって認識しにくい空間における人とものの大きさを,無意識の中で自分の生活に関連付けて,考えることができることが明らかになった。さらに,一連の作業の中で,設定した家族構成や間取りや設備・家具の配置に自分自身で客観的に評価をしたり,また,具体的生活行為と関連付けて考えたりする様子がうかがえた。

3.今後の課題多くの場合,平面図の設計や検討は住空間認識の学習

レベルの最終的なものとして位置づけられ,授業のなかでも,まとめとして導入されることが多い。それは,生徒にとって熱心に取り組むことができ,楽しい作業ではあるものの,役立つものとしては認識されておらず,また,教師にとっても効果ある指導法との意識は低い傾向

にある。それは,空間をよりリアルに感じることができにくい生徒の実態がかかわっており,学んだことが,特に家のなかの空間にかかわるさまざまな知識が生徒の実感とつながりにくいという実際がある。今回行った調査では,一定の条件の間取り図を与えることにより,生徒は無意識のうちに,自分の生活における空間を重ねて考えることが明らかになり,また,そこに間取り図や設備・家具の配置を行うことにより,家族や生活行為の関係性に気づいた。このことから,住空間認識の学習の導入として,この作業を取り込むことが,より生徒の生活実感をひきだし,実生活への実践へつながる授業になるものと思われる。したがって,今後は,空間認識学習の導入として,授業を構成し実践することを試みたい。本年は,中越大震災から3年目であり,奇しくも中越

沖地震がおきた年でもある。3年前大被害が起き,学校自体も,校舎に亀裂が入り,壁が盛り上がった。そして,避難所にもなった本校で,また本年のような大きな地震を経験するとは生徒・教師ともに予想だにしなかったことである。殆どの生徒は,3年前,住宅の全壊,半壊,一部損壊のいずれかを経験している。その中で,仮設住宅でのくらしやコミュニティー移転の問題などを経験した生徒もいる。さらに,本年の地震により,住宅の全壊,半壊,一部損壊の被害を受けた生徒もいる。こうしたことにより,安全・健康・快適に住むための耐震構造の仕組みを理解し,住居の構造として組み入れられればすべて防げるものではなく,根源的に地盤の問題も大きくかかわっていることを,生徒は大きな地震のなかで実体験した。住まいは生活の器であり,生きる権利につながる問題であることに関連させて考えさせるためには,今後は「適切な地盤を選んで住む」という視点も取り入れる必要がある。

引用文献

1)家庭科教育9月号62巻11号(1989)2)日本家庭科教育学会家庭科教育問題研究委員会,高等学校家庭科男女必修の成果と課題―高校生・教師・社会人調査の結果―,pp.11~12,32(2007)

3)前掲3),PP.100~1014)前掲3),PP.103~1045)前掲3),P.496)家庭科教育10月号62巻12号(1989)7)新潟県総務管理部統計課,第116回新潟県統計年鑑2005(2007)

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