橋梁に付着する飛来塩分の定量的評価京土会会報 no. 51 2013 65...

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京土会会報 No. 51 2013 65 橋梁に付着する飛来塩分の定量的評価 社会基盤工学・橋梁工学分野・准教授 八 木 知 己 はじめに 橋梁工学研究室では,長年,橋と風というテーマで研究 を続けてきています.現在も,構造物のガスト応答,フラッ ターやギャロッピングといった自励振動現象,構造物から 放出される渦特性,突風時の構造物や車両の挙動,ケーブ ルの空力振動等について,精力的に研究を進めています. 一方で,国内では既存橋梁の維持管理ならびに長寿命化が 喫緊の課題として各方面で検討されています.当研究室も 長年培った風工学の知見を橋梁の維持管理に活かすべく, 橋梁の各部位に付着する飛来塩分を定量的に評価する方法 について,ここ数年検討を重ねております. 沿岸部においては,海から飛来する海塩粒子が橋梁の各 部位に付着し,鋼構造であれば腐食劣化,コンクリート構 造であれば塩害を引き起こすことが知られています.した がって,維持管理上,早期の防錆防食対策や塩害対策が橋 梁の寿命を延ばすことに繋がります.そのためには,腐食 や塩害の最大要因である海塩粒子の付着量を橋梁の部位別 に定量的に評価することが必要となると思われます. 以下に,白土博通教授が中心となって,当研究室が取り 組んでいる飛来塩分の付着量に関する研究について紹介し ます. 海塩粒子の生成から橋梁が腐食劣化するまでの過程 海から飛来する塩分は,海中の塩分が風波の影響で,空 気中に海塩粒子と言われるエアロゾルとして飛び出し,移 流や乱流拡散によって構造物のある地上へ輸送されたもの です.海塩粒子は,海上の波頭から分離した水滴から生成 されるように思われがちですが,そのような水滴は大きく 海面に落下してしまいます.実際には,風波によって海水 中に取り込まれた気泡が海面で破裂し,その際に放出され る小さな水滴が,空中で水分が蒸発してエアロゾル化した ものと言われています.この海塩粒子が橋梁の腐食劣化に 至るまでに,検討すべき項目を以下に列記します. 1)海塩粒子の生成 2)海塩粒子の陸上への輸送 3)橋梁周辺における海塩粒子の濃度 4)海塩粒子の橋梁各部位への付着 5)降雨による付着塩分の洗浄効果 6)橋梁各部位に付着している塩分量 7)塩分量と腐食劣化の関係 現在,当研究室では3)~ 6)の部分を中心に検討してい ますが,将来的には気象モデルを用いた1),2)の検討,さ らには,7)を考慮した上で維持管理手法の提案を行いたい と考えています.以下ご紹介する現地観測の内容は,国土 交通省近畿地方整備局紀南河川国道事務所との共同で,国 道 42 号線の天鳥橋(図1 参照)で行ったものです. 図 1 天鳥橋(海側より撮影) 大気中塩分濃度の測定 一般に飛来塩分量は,mdd (=mg/dm 2 /day)という単位 で表されます.当研究室では,従来の土研法に加えて円筒 型飛来塩分捕集器を考案し,両者を比較しました(図2 照).円筒型飛来塩分捕集器では,ガーゼ法の原理を利用 し,かつ雨の影響を排除することを目的として,筒の中に 10層のガーゼを挿入しています.また,別途行った風洞実 験結果により,風向による流入量の変化が補正可能となっ ています.図3 に両方法である期間計測した結果を示しま す.土研法による塩分量が突出して多い期間は,暴風時の 雨水に含まれる塩分を取り込んでいる可能性が考えられま す.また,暴風雨の少なかった期間では,両者の結果は比 較的良く一致しています.ただし,大気中の塩分濃度がこ れらの方法で正確に測定できているのか,今後は大気環境 分野で用いられている方法も使いながら検証する予定です. 円筒型飛来塩分捕集器 土研式塩分捕集器 図 2 飛来塩分捕集器 mdd (=mg/dm 2 /day) 0 10 20 30 40 3806 173 図 3 飛来塩分量(□ 円筒型,■ 土研法)

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Page 1: 橋梁に付着する飛来塩分の定量的評価京土会会報 No. 51 2013 65 橋梁に付着する飛来塩分の定量的評価 社会基盤工学・橋梁工学分野・准教授

京土会会報 No. 51 2013

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橋梁に付着する飛来塩分の定量的評価

社会基盤工学・橋梁工学分野・准教授 八 木 知 己

はじめに 橋梁工学研究室では,長年,橋と風というテーマで研究を続けてきています.現在も,構造物のガスト応答,フラッターやギャロッピングといった自励振動現象,構造物から放出される渦特性,突風時の構造物や車両の挙動,ケーブルの空力振動等について,精力的に研究を進めています.一方で,国内では既存橋梁の維持管理ならびに長寿命化が喫緊の課題として各方面で検討されています.当研究室も長年培った風工学の知見を橋梁の維持管理に活かすべく,橋梁の各部位に付着する飛来塩分を定量的に評価する方法について,ここ数年検討を重ねております. 沿岸部においては,海から飛来する海塩粒子が橋梁の各部位に付着し,鋼構造であれば腐食劣化,コンクリート構造であれば塩害を引き起こすことが知られています.したがって,維持管理上,早期の防錆防食対策や塩害対策が橋梁の寿命を延ばすことに繋がります.そのためには,腐食や塩害の最大要因である海塩粒子の付着量を橋梁の部位別に定量的に評価することが必要となると思われます. 以下に,白土博通教授が中心となって,当研究室が取り組んでいる飛来塩分の付着量に関する研究について紹介します.

海塩粒子の生成から橋梁が腐食劣化するまでの過程 海から飛来する塩分は,海中の塩分が風波の影響で,空気中に海塩粒子と言われるエアロゾルとして飛び出し,移流や乱流拡散によって構造物のある地上へ輸送されたものです.海塩粒子は,海上の波頭から分離した水滴から生成されるように思われがちですが,そのような水滴は大きく海面に落下してしまいます.実際には,風波によって海水中に取り込まれた気泡が海面で破裂し,その際に放出される小さな水滴が,空中で水分が蒸発してエアロゾル化したものと言われています.この海塩粒子が橋梁の腐食劣化に至るまでに,検討すべき項目を以下に列記します.  1)海塩粒子の生成  2)海塩粒子の陸上への輸送  3)橋梁周辺における海塩粒子の濃度  4)海塩粒子の橋梁各部位への付着  5)降雨による付着塩分の洗浄効果  6)橋梁各部位に付着している塩分量  7)塩分量と腐食劣化の関係 現在,当研究室では3)~ 6)の部分を中心に検討していますが,将来的には気象モデルを用いた1),2)の検討,さらには,7)を考慮した上で維持管理手法の提案を行いたいと考えています.以下ご紹介する現地観測の内容は,国土交通省近畿地方整備局紀南河川国道事務所との共同で,国道42号線の天鳥橋(図1参照)で行ったものです.

図1 天鳥橋(海側より撮影)

大気中塩分濃度の測定 一般に飛来塩分量は,mdd(=mg/dm2/day)という単位で表されます.当研究室では,従来の土研法に加えて円筒型飛来塩分捕集器を考案し,両者を比較しました(図2参照).円筒型飛来塩分捕集器では,ガーゼ法の原理を利用し,かつ雨の影響を排除することを目的として,筒の中に10層のガーゼを挿入しています.また,別途行った風洞実験結果により,風向による流入量の変化が補正可能となっています.図3に両方法である期間計測した結果を示します.土研法による塩分量が突出して多い期間は,暴風時の雨水に含まれる塩分を取り込んでいる可能性が考えられます.また,暴風雨の少なかった期間では,両者の結果は比較的良く一致しています.ただし,大気中の塩分濃度がこれらの方法で正確に測定できているのか,今後は大気環境分野で用いられている方法も使いながら検証する予定です.

円筒型飛来塩分捕集器

土研式塩分捕集器

図2 飛来塩分捕集器

mdd (=mg/dm2/day)

0

10

20

30

40

3806 173

図3 飛来塩分量(□ 円筒型,■ 土研法)

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[7]最新技術・最新研究の紹介

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橋梁各部位の表面付着塩分量の測定 天鳥橋は鋼3主桁橋で,太平洋に面し,背後は崖が迫っています.図4に示す桁断面30箇所において,ある期間中の表面塩分量を計測した結果を図5に示します.これより,フランジ上面に付着塩分量が多いことが分かります.

ABCDE F

GHIJ K

LM

NO P

QRST U

VW

XY Z

abcd

海側 崖側

図4 表面付着塩分評価位置

降雨による付着塩分の洗浄効果について 雨が当たる可能性のある橋梁部位では,雨水によって付着塩分が洗い流される可能性があります.そこで,実橋に使用される塗料を施した供試体の表面に予め塩分を付着させ,人工降雨により雨量と暴露角度を変えながら塩分の残留量を調査しました.その結果,付着塩分は比較的少量の雨でも洗い流されることが判明し,実際の橋梁の維持管理においても,橋梁を水で洗浄することが効果的であることが証明されました.また,付着塩分量の推定に使用するために,塩分の残留量を時間降水量の関数として表しました.

付着塩分量の推定 海塩粒子が橋梁の各部位に付着する量を計算するためには,種々の風向に対応した橋梁断面周りの流れ場を,橋梁の周辺地形も簡易的に模擬した上で計算する必要があります.本研究では,約1か月間の累積付着塩分量を計算するため,流れ場の非定常性の影響は小さいと仮定し,定常計算を行いました.計算結果の一例を図6に示します. 次に付着塩分量を計算する方法として,表面近傍濃度フラックスに基づく付着計算手法(case1)と,粒子追跡に基づく付着計算手法(case2)を提案し,前述の雨水による洗浄効果も加味して付着塩分量を推定しました.前者の方法

(case1)は,慣性衝突による付着と拡散による沈着を考え,それぞれから算出される付着量を合算することである部位への付着量を算出する方法です.また,後者の方法(case2)は,海塩粒子個々の挙動を時々刻々追跡することで付着量を評価する方法で,粒子の挙動として移流と拡散が交互に生起すると仮定して計算しました.これらのシミュレーションの結果を図5に現地観測結果と併せて示します.その結果,粒子追跡に基づく計算結果(case2)は,現地観測結果と比べて付着量は全体的に過大評価であるものの,付着傾向,特にフランジ上部で付着量が多くなる傾向を精度良く再現できていることがわかります.付着量の絶対値については,海塩粒子の濃度にも依存しますので,塩分濃度の評価精度を上げることも重要です.

図6 流線図の一例(橋軸直角方向の風の場合)

最後に 以上のように,橋梁に付着する飛来塩分量を厳密に推定するためには,まだまだ課題が残されていますが,橋梁工学研究室では今後も飛来塩分に起因した橋梁の腐食劣化予測手法の開発を進め,より合理的な維持管理手法が提案できるよう研究を進めて行きたいと考えています.

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X Y Z a b c d

海側主桁 中央主桁 崖側主桁

観測値 Case1 Case2

図5 付着塩分量の観測値と推定値の比較

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2011年東北地方太平洋沖地震津波を踏まえた津波減災対策社会基盤工学・海岸防災工学分野・准教授

森   信 人はじめに 3月11日に起こった東北地方太平洋沖地震津波は,これまでにない甚大な津波被害を東北地方中心に与え,その影響範囲は北海道から九州にまで及ぶ広範囲なものでした.被害の中でも来襲した津波によるものがかなりの割合を占め,これ迄にない大災害でした.一方で,東北地方は明治・昭和三陸津波以降,様々な先進的津波対策が導入された地域であり,今次津波による津波外力と被災形態の関係や被災度と復興の関係は,将来の津波防災・減災につながる貴重な知見を与えるものです. 以下では,防災工学講座海岸防災工学(間瀬研究室)および京都大学の関連共同研究者と行っている津波についての研究を幾つか紹介します.

東北地方太平洋沖地震津波痕跡調査 津波調査には色々な視点がありますが,中でも重要視されるのは,陸上に残る様々な津波の痕跡の海面からの高さの計測です.工学および理学に関係する多数の研究者,技術者,行政機関が参加し,東北地方太平洋沖地震津波合同調査グループが学会・分野横断的かつ自律的に組織され,全国的に大規模な津波痕跡調査が共同で実施されました(http://www.coastal.jp/ttjt/).被災状況を踏まえ,津波合同調査グループは,京都大学と関西大学により運営され,膨大な痕跡データが集まりました(図1).調査結果は,様々な学術組織,中央防災会議等の行政機関,各研究機関において利用され,今回の津波についての標準データとして活用されています.

調査結果からわかったこと 津波の調査結果は,東北地域を中心に,痕跡高が10mを超える地域が南北に約530kmに渡り,20mを超える地域も

約200kmと非常に大きな津波が広範囲に伝播したことを示しています.局所的には,最高40.0mの観測最大の遡上高が大船渡市綾里湾で記録されており,これは明治三陸津波の記録を上回る日本で記録された最大値でした.特徴的なのは,痕跡の南北方向の空間的な広がりとであり,空間規模は明治三陸津波,昭和三陸津波の規模を大きく上回るものでした. 得られた高密度な痕跡高データを解析することにより,湾スケールよりも詳細な陸上での津波挙動を推測することが可能となりました.特に,これまで数値計算で詳細に推定することが出来なかった100m単位の定量的な津波の影響評価が可能となっています.図2に示すのは,その一例であり,岩手県釜石湾および両石湾における痕跡高の分布です.図の右奥に位置する両石湾口で20mを超える浸水高が記録されており,15mを超える浸水高・痕跡高が湾奥でも記録されています.一方,近隣の釜石港付近では,湾口で記録されている20m前後の痕跡高は,湾奥での浸水高・痕跡高は10m前後と隣接する両石湾と比べて明らかに小さな値でした.釜石湾では,津波防御のための長さ約1600mの沖防波堤建設2000年に設置されており,この効果が大きくこれが湾奥の津波高低減に大きく寄与していたことがわかりました.

数値モデルによる津波防御施設の評価 今次津波による東北地方の被災では,ハードウェア対策が不十分なため浸水高が大きくなった地域では,街そのものが消失し,早期の復興が非常に困難となっているケースが幾つか見られます.復興のためには,ハードウェア対策により市街地の被災をある程度のレベルまで抑えることが重要であることが示唆されています.そこで,防波堤等の津波防御施設の評価が必要となりますが,これまで実際に昨日を検証されたことはありませんでした.

図1 痕跡高の計測データの概要(暖色:浸水高,寒色:遡上高)

図2 岩手県釜石湾・両石湾における痕跡高の分布特性(The New York Times, 2011/11/2,単位ft)

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[7]最新技術・最新研究の紹介

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 そこで,図2に示した釜石湾を対象に湾口防波堤を対象に,数値解析を行い,遡上高に加えて流速や流体力等に対する沖防波堤の効果について検証しました.図3に示すのは,湾口防波堤の有無による津波水位の低減効果を数値モデルにより評価した結果です.解析の結果,湾口防波堤は,陸上に遡上した津波の高さに対して,概ね20 ~ 35%の低減効果があることがわかりました.さらに,湾口防波堤が湾内,特に遡上部の流速を大幅に低減させていることも明らかにされました.

南海・東南海地震津波への応用 今次津波で明らかになった知見は,南海・東南海地震津波に対して転用することが可能です.研究室では,西日本の津波対策についての研究を進めています.今次津波で問題となった1つは,災害対応の指揮拠点となるべき庁舎が被災する例が少なからずあったということです. そこで,想定されている南海・東南海地震津波時の和歌山県における災害対応拠点の健全性について,マグニチュードMwの変化に対する鋭敏性を調べました.図4はその結果であり,Mwの変化に応じて,浸水レベルが顕著に変化することがわかりました.

おわりに 東北地方太平洋沖地震津波は,工学的に様々な教訓を与えてくれました.詳細な被災状況の原因把握と数値計算と組み合わせることにより,近代的なハードウェア・ソフトウェア津波対策の効果の客観的な評価が可能です.研究室では,より具体的な津波減災対策としての可動防波堤の開発等,今後の津波災害減災のための様々な研究を進めています.

参考文献Mori,…N.,…et…al.… (2011)…Survey…of…2011…Tohoku…earthquake…

tsunami…inundation…and…run-up,…Geophysical…Research…Letters,…doi:10.1029/2011GL049210.

Mori,…N.… et… al.… (2012)…Nationwide…post… event… survey… of…the… 2011…Tohoku… Earthquake…Tsunami,… Coastal…Engineering…Journal,…Vol.54,…Issue…1,…pp.1-27.

Mori,…N.,…D.T.…Cox,…T.…Yasuda…and…H.…Mase…(2013)…Overview…of… the… 2011…Tohoku…Earthquake…Tsunami…damage…and…relation…with…coastal…protection…along…the…Sanriku…coast,… Earthquake… Spectra,… Vol.… 29,… No.… S1,… pp.…S127-S143.…

米山 望・森 信人・三輪真揮(2012)2011年東北地方太平洋沖地震津波の釜石湾における挙動の数値解析,土木学会論文集B2(海岸工学),Vol.68,…No.2,…pp.I_161-I_165.

安田誠宏・溝端祐哉・奥村与志弘・森 信人・間瀬 肇・島田広昭(2012)想定津波規模の変化に対する和歌山県災害対応拠点の浸水危険度予測,土木学会論文集B2(海岸工学),Vol.68,No.2,pp.I_1296-I_1300.

図3 釜石湾口防波堤による陸上部津波水位の低減割合

0%

20%

40%

60%

80%

100%

Mw8.7 Mw8.8 Mw8.9 Mw9.0

level 4 (5m~)level 3 (3~5m)level 2 (1~3m)level 1 (0.5~1m)level 0 (~0.5m)

図4  和歌山県におけるMwの変化に対する災害対応拠点(役場)での危険度レベルの変化

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京土会会報 No. 51 2013

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µX線CTによる土の微視構造変化の研究都市社会工学・ジオフロントシステム工学分野・准教授

肥 後 陽 介1.はじめに 近年のマイクロフォーカス技術によって,X線Computed…Tomography(CT)はミクロンレベルの分解能を有するようになった.地盤材料のうち,砂は75µm~ 2mmの粒径を持つ.したがって,砂の個々の粒子はマイクロフォーカスX線CTによって十分に識別でき,土粒子同士が形成する構造の可視化が可能となった. 地盤材料の塑性変形は,土粒子構造の変化に起因するものである.また,地盤材料は一般に土粒子と間隙水と間隙空気の多相混合材料であるため,相間の相互作用が地盤材料の変形・強度特性に大きく影響を及ぼす.したがって,微視的な土粒子構造の変化と間隙流体の挙動を明らかにする事は,地盤材料の変形メカニズムを知りモデル化する事にとって重要である. 土の間隙が部分的に水で飽和している土を不飽和土と呼び,不飽和土の間隙水は,水の表面張力,土粒子の親水性,および土粒子形状に依存して,メニスカスを形成する.この時,間隙空気圧は間隙水圧よりも大きく,大気圧の時は間隙水圧が負となる.この負の間隙水圧はサクションと呼ばれ,土粒子間力として作用するため,不飽和土の強度は増加する事が知られている.一方で,水の浸透やせん断力によってメニスカスによる結合力を失うと,強度が低下する.これは,不飽和土の構造物である河川堤防や道路盛土が,地震時や降雨時に崩壊する現象の一因となっている.このように,土,水,空気の混合体としての地盤材料の破壊挙動の研究は,その重要性がより強く認知されてきている.本稿では,不飽和土のひずみの局所化挙動を明らかにするため,不飽和砂供試体の三軸圧縮試験を実施し,実験中の変形挙動をµX線CTで可視化した結果を紹介する.

2.マイクロフォーカスX線CT マイクロフォーカスX線CT(以下,µX線CT)は,従来の産業用CTよりもX線管のフォーカス機能が高く,焦点サイズを小さくする事で幾何学的に精緻な画像を得る事を可能とした.本稿のCT画像は,京都大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻のマイクロフォーカスX線CT(KYOTO-GEOµXCT)1)によって取得したものである.X線管の焦点サイズは最高4µmで,最高分解能は5µmである.X線はX線源からコーン状に照射され,物体を透過しながら減衰し,受像機で記録される.物体は360°回転し,等角度きざみで記録した減衰後のX線のデータを再構成し,CT画像を得る.受像機には,X線蛍光増倍管(X-ray…Image…Intensifier,以後X-ray…I.I.と呼ぶ)を用いている.これは,入射したX線像を内蔵の電子レンズで加速・増倍して出力蛍光体に表示し,可視光に変換して記録するものである. X線CT画像は,基本的に物体の密度分布と等価である.X線管のエネルギは,最大200WとµX線CTとしては大き

いため,比較的密度が高く,サイズの大きい供試体の内部を高分解能で可視化できる.一般的な土粒子の密度は2.6 ~2.7g/cm3程度であり,空気と水との混合体としての供試体密度はこれよりも小さい.また,通常土の要素試験として用いられる供試体は直径が3.5 ~ 5cm程度であり,このような物体をスキャンするのに十分なエネルギである.さらに,X線源と供試体の距離FCD(Focus…Center…Distance)とX線源とX線I.I.の距離FID(Focus…Image…Distance)を任意に設定できるため,拡大率を自由に選ぶ事ができる.

3. 三軸圧縮下における砂のひずみの局所化現象の可視化 土のひずみの局所化現象は,破壊の前兆現象として重要であり,実験的な研究による現象の把握と,そのモデル化やシミュレーションなどの解析的研究が行われてきた.ひずみの局所化の実験的研究では,Desruesら(1996)2)が,始めてX線CTによってひずみの局所化を可視化した.密な砂がせん断されるとダイレイタンシーによって体積が膨張し密度は低下する.せん断帯内部ではダイレイタンシーが卓越するためより密度が低下し,X線CT画像において低密度領域となってせん断帯が3次元的に現れるのである. 実験に用いた試料は豊浦砂と呼ばれる硅砂で,平均粒径D50が約200µmで,粒径の揃った砂である.供試体を密詰めで作製し,供試体サイズは直径35mm,高さ70mmとした.有効拘束圧は50kPa,背圧は用いず供試体内部の間隙圧は大気圧と等しくした.軸圧縮はひずみ速度0.5% /minのひずみ制御で行った.供試体の境界条件としては,飽和供試体の間隙空気圧は大気圧に等しく,水は間隙や粒子の形状に依存してサクションを持ち供試体内部では移動できるが供試体全体の水分量は一定とする条件である.これは,土が破壊する場合,通常は変形速度が速く,外部との水の収支に十分な時間が無いと考えられるためである. 図1に供試体全体のCT画像とPartial…CT画像を示す.Patial…CT画像とは図1中の赤で囲まれた関心領域のみを,別途高拡大率で部分的にスキャンする手法である1).この実験では,土粒子構造の変化を調べるため,経験的にひずみの局所化が発生すると予測される位置を初期状態から三軸圧縮の過程でスキャンしている.なお,供試体全体のCT画

0% 2% 4% 8% 15% 20%Axialstrain

S-2

S-2L

A-2L

S-2L (center)

X-ray A-2L

φ=7.78mmh=3.36mm

図1 供試体全体のCT画像およびせん断帯内部のpartial CT画像

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[7]最新技術・最新研究の紹介

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像に見られる2つの白い線はマーカー層で,豊浦砂に自然に含まれる砂鉄で作成している.Partial…CT画像の中で,明るい色で示されているのが密度の最も高い土粒子で,暗い色が密度の最も低い間隙空気である.これらの中間の明度で間隙水が存在すると考えられるが,この画像では明確でない.Partial…CT画像のvoxelサイズは,7.62×12.0µmであり,平均粒径が約200µmの個々の粒子が明確に識別できている事が分かる. 供試体全体のCT画像でせん断帯が明確になる前の軸ひずみ0%から8%までのPartial…CT画像を見ると,それぞれの画像の粒子構造を見る事ができるが,その変化を目視で評価する事は困難である.そこで,これらの画像にDigital…Image…Correlation(DIC)を適用し3),…4),変位場を定量化した.軸ひずみ4%と軸ひずみ8%の間の変位増分とせん断ひずみ(偏差ひずみの第二不変量)増分を図2に示す.撮影領域の中央部で明確に変位の方向が変化しており,その領域でせん断ひずみが大きい事が分かる.すなわち,軸ひずみ8%の供試体全体のCT画像では,ひずみの局所化がうっすらと観察されるだけであるが,微視的にはこのような1mmにも満たない細かいせん断変形の局所化が発生している事が分かった.このような微視的局所変形は,せん断帯が明確になる前のひずみ軟化挙動と密接に関連していると考えられ興味深い.

0.84mm

45°

0.000.26

%8 %4

図2  Partial CT画像のDIC画像解析による変位増分,ひずみ増分の評価

 図3に供試体中央部でスキャンしたCT画像に,領域分割法の一種であるRegion…Growing法を適用して3値化した画像を示す.図3(a)は比較的狭い間隙に存在する間隙水を,図3(b)には,比較的大きな間隙の土粒子間に存在する間隙水をハイライトしたものである.図3(b)の間隙水はメニスカスの形状を呈しており,初期状態の不飽和土にサクションが作用している事に対応している.図3(b)のメニスカスの局率から推定したサクションは2kPa程度であり,

巨視的な供試体に作用するサクションとほぼ同程度であった.

(b)

(a)

0.5mm

Horizontal cross section (A-2l)

(a)(b)

図3 三値化画像(暗い灰色は間隙水を示す)

4.まとめ X線CTの技術は,少なくとも砂の場合は,間隙水を含む微視構造を可視化するまでに至った.今後,多相系粒状材料である地盤材料の微視的内部構造変化と巨視的な変形・強度特性の関係を明らかにする事が期待できる.粘土は粒子サイズが5µm以下と微小であるが,近年,nano…CTの開発も進んでおり,粘土の粒子構造の研究も可能となるであろう.具体的なモデル化への活用も大きな課題である. 筆者が助手に着任した2006年8月から1年後の2007年9月に,幸運なことに本装置が導入された.さらに,2013年9月には,これまた幸運なことに補正予算で受像機にフラットパネルディテクタ(FPD)を新たに搭載する予定である(投稿時点.掲載時には搭載済み).FPDは,X線I.I.が曲面であるために生じる画像のゆがみが無い事と,入射X線を直接電気信号に変換するため信号劣化が少ない事から,より高精度の画像が取得できる.学生時代から解析的な研究を主として行ってきたが,本装置とめぐり合ってから,土の力学特性の源である土粒子レベルのミクロな構造とマクロな力学応答との関係に迫る研究にのめり込んでいる.

参考文献1)…Higo,… Y.,… Oka,… F.,… Kimoto,… S. ,… Sanagawa,… T.… and…Matsushima,…Y.,… Soils… and…Foundations,…Vol.51,…No.1,…pp.95-111…(2011).

2)…Desrues,…J.,…Chambon,…R.,…Mokni,…M.…and…Mazerolle,…F.,…Géotechnique,…Vol.46,…No.3,…pp.539-546…(1996).

3)…Lenoir,…N.,… Bornert,… J.,…Desrues,… J.,… Bésuelle,… P.… and…Viggiani,…G.,…Strain,…Vol.43,…pp.…193-205,…(2007).

4)…Higo,…Y.,…Oka,…F.,…Sato,…T.,…Matsushima,…Y.…and…Kimoto,…S.,…Soils…&…Foundations,…Vol.53,…No.2,…pp.181-198…(2013).

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京土会会報 No. 51 2013

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地方都市における都市構造の国際間比較

都市社会工学・都市地域計画分野・准教授 松 中 亮 治

はじめに 20世紀は自動車の世紀だったとも言われています.急速な自動車の普及により,多くの都市,とりわけ地方都市において,その都市構造自体も,かつての「ひと」を中心としたものから,自動車に対応した低密度に拡散したものへと大きく変化していきました. しかし,21世紀に入り,慢性化した交通渋滞や増大する環境負荷などの都市問題に対応すべく,自動車中心のまちづくりから,歩行者や公共交通を中心としたコンパクトなまちづくりへと都市政策は大きく転換しつつあり,新たな発想に基づく都市内交通政策が世界の多くの都市で実施されるようになりました. 本稿では,こうした歩行者や公共交通を中心としたコンパクトなまちづくりに関する研究として,本研究室で取り組んできた都市内交通の利便性と歩行者空間分布を考慮した地方都市における都市構造の国際間比較について紹介させて頂きます.

駅周辺人口と鉄道運行頻度との関連分析 環境負荷の小さいコンパクトなまちづくりを推進するためには,利便性の高い公共交通や都心部に賑わいをもたらす歩行者空間の整備が重要であることが指摘されています.また,一般に,わが国の都市と比較して,地方都市においても,ヨーロッパの都市はコンパクトな都市構造を維持していると言われています. そこで,日本,フランス,ドイツの人口10万人以上の都市のうち,日本の三大都市圏に含まれる都市,フランスの首都パリ,ドイツの首都ベルリンを除く,計256の地方都市(日本:134都市,フランス:52都市圏,ドイツ70都市)を対象に,全ての鉄軌道駅の周辺半径500m圏内の人口と各駅における運行頻度を比較しました. 図1は鉄道駅と軌道駅に分けて,駅周辺の人口と駅の運行頻度の関係を箱髭図により示したものです.いずれの国においても,運行頻度が高い駅の方が駅周辺の人口は多くなる傾向がみられます.また,駅周辺人口の経年変化を分析した結果,運行頻度が高い駅の方が駅周辺人口の増加率が高くなる傾向にあり,特に,運行頻度が6本/h以上の軌道駅では,駅周辺の人口増加率が都市全体の人口増加率を上回る傾向にあることも明らかになりました.これらの結果から,利便性の高い鉄道は,その駅周辺に人口を集積させる効果が大きいことが理解できます.

歩行者空間分布と鉄道運行頻度との関連分析 前述の分析で用いた256都市のうち,軌道系都市内交通を有する83都市(日本:19都市,フランス:18都市,ドイツ:46都市)を対象として,都市中心部の歩行者空間の分布という観点から都市構造を捉え,各駅の運行頻度と都市構造

(日 本)

(フランス)

(ドイツ)

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

12,000

~1

1~2

2~3

3~4

4~6

6~12

12~

2~3

3~4

4~6

6~12

12~

1駅あたり駅

勢圏

人口

(人)

運行頻度(本/h)

Mean

鉄道駅 軌道駅

0

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10,000

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20,000

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~1

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2~3

3~4

4~6

6~12

12~

4~6

6~12

12~

1駅あたり駅

勢圏

人口

(人)

運行頻度(本/h)

Mean

鉄道駅 軌道駅

0

2,000

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6,000

8,000

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12,000

14,000

~1

1~2

2~3

3~4

4~6

6~12

12~

3~4

4~6

6~12

12~

1駅あたり駅

勢圏

人口

(人)

運行頻度(本/h)

Mean

鉄道駅 軌道駅

図1 運行頻度別1 駅あたり駅勢圏人口

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[7]最新技術・最新研究の紹介

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の関係,すなわち,利便性の高い駅と歩行者空間の近接性について分析しました. 図2は,一例として,フランス・ルーアンの都市中心部の歩行者空間分布を示したものです.都市中心部の歩行者空間面積の国別平均値は,日本21.2m2,フランス191.7m2,ドイツ186.2m2となっており,日本の都市中心部には歩行者空間は少なく,フランス,ドイツと比較すると約9分の1程度に留まっているのが現状です.

図2 都市中心部の歩行者空間分布(フランス・ルーアン)

 図3は,都市中心部の全駅の平均運行頻度と歩行者空間から100m圏内に立地する駅の平均運行頻度を示したものです.いずれの国においても,歩行者空間から100m圏内の平均運行頻度が都市中心部の平均運行頻度より高い都市(図中の直線より左上の領域にプロットされている)が多くみられ,特にドイツでは9割以上の都市が歩行者空間周辺駅の運行頻度の方が高くなっており,利便性の高い駅と歩行者空間とが隣接した,歩行者中心のまちづくりが実践されていることが伺える結果となっています.

さいごに 近年,わが国においても,環境負荷が小さく,人にやさしいコンパクトなまちづくりが推進されていますが,実際の都市構造は個々の事業や都市整備および諸規制などの積み重ねによって体現されるものであり,その実現には長い期間を要します.我々の研究成果もすぐに具現化するものばかりではありませんが,少しでも目に見える形で社会に還元していきたいと考えています.

[参考文献]1)…松中亮治,大庭哲治,中川 大,長尾基哉:鉄軌道利便性および歩行者空間分布を考慮した地方都市におけ

る都市構造の国際間比較,土木学会論文集D3,Vol.68,pp.242-254,2012.10.

2)…Ryoji…Matsunaka,…Tetsuharu…Oba,…Dai…Nakagawa,…Motoya…Nagao,…Justin…Nawrocki:…International…comparison…of…the…relationship…between…urban… structure…and… the… service…level…of…urban…public… transportation… -…A…comprehensive…analysis… in… local…cities… in…Japan,…France…and…Germany-,…Transport…Policy,…Volume…30,…pp.26-39,…2013.11.

y = x

0

5

10

15

20

0 5 10 15 20

歩行者

空間周辺

100m

圏内

平均運

行頻度(本

/h)

都市中心部平均運行頻度(本/h)

y = x

0

5

10

15

20

25

0 5 10 15 20 25

歩行者

空間周辺

100m

圏内

平均運

行頻度(本

/h)

都市中心部平均運行頻度(本/h)

y = x

0

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30

35

0 5 10 15 20 25 30

歩行

者空

間周辺

100m

圏内

平均運

行頻

度(本

/h)

都市中心部平均運行頻度(本/h)

(日 本)

(フランス)

(ドイツ)

図3 歩行者空間周辺と都市中心部の鉄道運行頻度の関係

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京土会会報 No. 51 2013

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放射性物質を対象とした機能性収着材の開発京都大学原子炉実験所・原子力基礎工学研究部門・准教授

福 谷   哲(都市環境工学・放射性廃棄物管理分野・准教授)

はじめに 東日本大震災に起因した東電福島第1原発の事故によって大量の放射性核種が環境中に放出されてから2年半以上が経過した.居住地を中心に除染活動が実施され,効果が見られる地点もあるが,一方で増え続ける汚染水,その汚染水の貯蔵タンクからの漏えいなど深刻な問題が山積している状況である.事故を起こした原子力発電所内部およびその建屋近傍には多種の長半減期の放射性核種が存在していると考えられるが,原子力発電所敷地から少し離れれば現存して空間線量を引き上げているのは放射性セシウムのCs-134,…Cs-137であると言っていいであろう.除染事業が行われ,居住区にフォールアウトした放射性セシウムが身の回りから取り除かれるが,除染活動によって放射性セシウムが安定な,すなわち非放射性のセシウムに変換されるわけではなく,存在する場所が変わるだけである.除去された放射性セシウムの処理・管理も重要である.例えば,建屋の除染には水流で洗い流すという手段が用いられるが,その洗水中の放射性セシウムをきちんと回収しなければ除染活動が放射性セシウムの二次発生源となってしまう.

機能性収着材の開発 セシウムは土壌構成成分であるある種の構造を持った鉱物に特異的に収着することが従前より知られている.ゼオライトやバーミキュライトがその代表的なものであり,50年前に創立された京都大学原子炉実験所の放射性廃棄物処理装置の一部にも,廃液中の放射性セシウムの処理を目的としてバーミキュライトを充填した収着塔が設置されている.我々の研究室では,上述した除染活動由来の洗水,あるいは山林地区からの流入水中放射性セシウムの有効的な収集濃縮を目的として,繊維メーカーとの共同研究で,レーヨン(rayon)にバーミキュライトを添加した機能性収着材の開発に取り組んでいる.バーミキュライトは上述したようにセシウムを特異的に収着し,放射性セシウムを収集・濃縮させるという処理に有効な物質であり安価で市販されているが,そのままの形状では環境中で使用し難い.レーヨンはセルロースを主体とする繊維であり,綿状や不織布状など用途に応じて形状の加工が可能である(図1).またレーヨンすなわちセルロースは生分解性を有しており,バーミキュライトを添加したレーヨンでは放置しておけばその母体部であるレーヨンは微生物によってC,…H,…Oに分解され,バーミキュライトのみが残るはずである.これらの特性によって,収着材を目的の場所に適した形状で設置し,放射性セシウムをバーミキュライトに濃縮させて回収し,生分解によって廃棄物量を減容するという効率的な処理が可能になると考えられる.

図1 綿状のレーヨン(バーミキュライト添加)

収着材の性能評価 収着材の作成としてはバーミキュライトを微細に粉砕してレーヨン原料に混合し,通常の手法で作成するが,この一連の作業で,バーミキュライトは様々な薬品で処理されることになる.生成された収着材中のバーミキュライトが従来のセシウム収着特性を有しているかを,安定のセシウム(Cs-133)を用いて実験を行った.バーミキュライト含有レーヨンを0.1g及び1.0gとりセシウム濃度が1mg・L-1の溶液10mLと室温で6時間接触させた.ここでセシウム1mg・L-1はCs-137であれば放射能濃度にして3.2×109Bq・L-1,Cs-134であれば4.8×1010Bq・L-1という高濃度のものになる.実験結果を図2に示す.横軸はレーヨン重量,縦軸はセシウムの除去率(1-(固液接触後の溶液中セシウム濃度/溶液中初期セシウム濃度))である.凡例の0,…5,…10,…15%はバーミキュライト含有率(重量)であり,「0%」は対照実験である.図2から分かる通りバーミキュライトは加工しても高いセシウム収着性を維持している.また,対照実験であるバーミキュライを添加していないレーヨンでもセシウムを収着しているが,収着実験を行った後純水と接触させる脱離試験では20%程度のセシウムが脱離した.これに対してバーミキュライト添加レーヨンでは脱離率は平均1~ 2%であり,ここでもバーミキュライトのセシウムに対する特異収着性が示された.

図2 セシウム収着実験の結果

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[7]最新技術・最新研究の紹介

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まとめ これまで述べた通り,開発した収着材はセシウムの収集濃縮に有効であることが分かった.今後,実除染液や汚染水を用いた実用試験,生分解性の評価などを行い実用化に向けて取り組んでいく予定である.