女性の水産業従事者の先駆者として 養殖業界で 活躍 消費者とつ … ·...

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第1部 チャレンジ事例/農林水産 42 柿島養鱒株式会社 専務 岩本 いづみ (いわもと いづみ) さん 田方郡函南町 農山漁村での女性のチャレンジが目覚ましいが、水産業、それも経営者となると女性はま だまだ少数派。岩本さんは、伊豆半島、富士の山麓を中心に清流を活用したイワナ・鱒の 養殖・販売を展開している数少ない女性養鱒業者である。自前の飼料を開発するなど新し い経営手法にチャレンジ。全国のニジマス市場でトップクラスのシェアを確保するなど、女 性の水産業従事者の先駆者として活躍している。 ニジマス・イワナに恋して 柿島養鱒株式会社は、富士宮市と伊豆市で、ニジマス、イワナの養殖を手がけている。年間 出荷量は400トンにも及び、名実ともに最大手である。ニジマス250トンは釣堀に、イワナ・ サクラマス150トンは食用に出荷している。養殖業では、求人にも応募が少なく、なかなか人 が集まらない。1年を単位とする息の長い仕事で、直ぐには結果が見えないから、人によって 向き不向きがはっきり分かれるという。とはいえ、岩本さんの柿島養鱒では7人の従業員をコ ンスタントに確保しており、父親の後を継いだ岩本さんは、立派に家業を継承している。 自社生産の安全な餌で、自然に近い川魚を消費者に届けたい 岩本さんは、家族の食をあずかる立場であり、母親 としての思いを最大限に活かし、あくまでも脂・色素 無添加の自前の餌にこだわる。毎日2回、小麦粉に 魚粉を高配合した餌を現地で作り、出来立てを食べ させている。魚粉は自分で試食しておいしいという物 を使っているというこだわりである。養殖業者の中で も餌を自前で作っている業者はここだけだという。ま た、到底自然にはかなわないものの、できるだけ自 然に近い育て方で、餌を与える時間も配慮している。 脂の乗った淡水魚を育てるために脂を添加したりする養殖業者もいるが、彼女は人工的な 脂は川魚には不要という強い信念を持ち、あくまでも自然に育てることにこだわりを持って いる。 農林水産① 女性の水産業従事者の先駆者として養殖業界で活躍 消費者とつながる新しい経営手法にチャレンジ ▲自家製の飼料づくり

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Page 1: 女性の水産業従事者の先駆者として 養殖業界で 活躍 消費者とつ … · 和食 の 板前 さん 、洋食 のシェフさんとのコラボレーシ ... だったグランドキャニオンが今

第1部 チャレンジ事例/農林水産

42

柿島養鱒株式会社 専務

岩本 いづみ (いわもと いづみ) さん

田方郡函南町

農山漁村での女性のチャレンジが目覚ましいが、水産業、それも経営者となると女性はま

だまだ少数派。岩本さんは、伊豆半島、富士の山麓を中心に清流を活用したイワナ・鱒の

養殖・販売を展開している数少ない女性養鱒業者である。自前の飼料を開発するなど新し

い経営手法にチャレンジ。全国のニジマス市場でトップクラスのシェアを確保するなど、女

性の水産業従事者の先駆者として活躍している。

●ニジマス・イワナに恋して

柿島養鱒株式会社は、富士宮市と伊豆市で、ニジマス、イワナの養殖を手がけている。年間

出荷量は400トンにも及び、名実ともに最大手である。ニジマス250トンは釣堀に、イワナ・

サクラマス150トンは食用に出荷している。養殖業では、求人にも応募が少なく、なかなか人

が集まらない。1年を単位とする息の長い仕事で、直ぐには結果が見えないから、人によって

向き不向きがはっきり分かれるという。とはいえ、岩本さんの柿島養鱒では7人の従業員をコ

ンスタントに確保しており、父親の後を継いだ岩本さんは、立派に家業を継承している。

●自社生産の安全な餌で、自然に近い川魚を消費者に届けたい

岩本さんは、家族の食をあずかる立場であり、母親

としての思いを最大限に活かし、あくまでも脂・色素

無添加の自前の餌にこだわる。毎日2回、小麦粉に

魚粉を高配合した餌を現地で作り、出来立てを食べ

させている。魚粉は自分で試食しておいしいという物

を使っているというこだわりである。養殖業者の中で

も餌を自前で作っている業者はここだけだという。ま

た、到底自然にはかなわないものの、できるだけ自

然に近い育て方で、餌を与える時間も配慮している。

脂の乗った淡水魚を育てるために脂を添加したりする養殖業者もいるが、彼女は人工的な

脂は川魚には不要という強い信念を持ち、あくまでも自然に育てることにこだわりを持って

いる。

農林水産①

女性の水産業従事者の先駆者として養殖業界で活躍

消費者とつながる新しい経営手法にチャレンジ

▲自家製の飼料づくり

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第 1 部 チャレンジ事例/農林水産

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また、もちろん色素も使わない。大型ニジマスの身も白いままだ。富士宮の山間部の豊富

な水量は宝だと言う。恵まれた自然を最大限利用して育てたニジマスやイワナを、安全で

安心な食材として、いかに消費者に提供できるかが、生産者として岩本さんが腐心している

ところである。

●健康で安全、おいしい魚を追求し、食べる人とのつながりをつくりたい

「家業を継いでから、子どもたちの食育のためにも安全・安心の淡水魚を育てることに生きが

いを持ち、時間のやりくりをしながらも楽しく働いています。これまでは、ただ生産して売ってい

くだけという感じだったのが、売った魚がどのようなところで使われ、どういう食べ方をされて

いるのかなどが見えてくると、仕事がいっそう面白くなってきました」と語る岩本さん。

イワナという魚は、普段一般の家庭では食すること

は不可能だという思い込みや、山の旅館で串にさし

て焼いた山家料理というイメージが強いが、もっと手

軽に多くの人たちに食べて欲しいというのが岩本さ

んの願い。ヨーロッパの山間部では、イワナは高級

食材として使っているので、日本でも一般に普及して

多くの人に味わって欲しいし、レストランでも新しいメ

ニューを開発していくのが、岩本さんの夢。すでに、

和食の板前さん、洋食のシェフさんとのコラボレーシ

ョンのパーティーに参加し、卵・調味料・イワナの3種

類の無添加の食材をメーンに、イワナのさまざまな

使い方を研究している。また、幻のイワナと言われ、

在来種でありながらこれまで市場に出ていなかった

2年物の大イワナを、なんとか出荷できるようにした。

「とてもおいしいお魚なので、販路を広げたい」と、こ

こでも夢は広がる岩本さん。価値ある食べ物をつくり、

消費者にとどけることを目指して養殖業にかける思

いが、ひしひしと伝わってくる。(H20.12取材)

▲イワナのスモーク盛り合わせ

▲異業種コラボレーション

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第1部 チャレンジ事例/農林水産

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入野漁業協同組合 理事・事務局長

杉山 恵子 (すぎやま けいこ) さん

浜松市

●佐鳴湖の内側から本当の佐鳴湖を発信したい

杉山さんの生家は、佐鳴湖を漁場に漁業を営んで

いる。サラリーマンの夫と結婚。働き続けながら子

育ても舅の介護も経験し、あらためて仕事と家族と

自分の生き方を見つめ直していたその時期に、佐

鳴湖の浚渫(しゅんせつ)工事で休漁していた入野

漁業組合のパソコン導入の仕事を手伝うことになっ

た。杉山さんの父は入野漁業組合の組合長である。

漁業組合に出入りするうちに、「漁業をやってみた

い」という秘かな思いが湧いてきた。そこで平成14

年、勤務先のホテルを退職。入野漁業協同組合の

正式なメンバーになった。これは「すごく前向きな決

断だった」と杉山さんは当時を振り返る。

一方この頃から、佐鳴湖には「日本一汚れた湖」とい

う芳しくない評判が立ち、水質の問題が取り沙汰され

るようになった。「私は佐鳴湖が大好きだし、浜松市

民の“癒しの場”であって欲しい。私は佐鳴湖の内側

から発信したい。佐鳴湖で実際にうなぎ漁をしている人間が、佐鳴湖の魚の安全性や湖の素

晴らしさを伝えるのが、いちばん説得力がある」と考えた杉山さんは、すぐさま行動を起こし、

まず佐鳴湖の漁業権を買い、自らうなぎ漁を始めた。周りの人たちは驚いたが、組合長の父

はあっさり許可してくれ、夫や息子は「また何か始めるの?」という反応だったが、「漁が大変

な時は二人を大いに巻き込んでいる」と杉山さんは楽しそうに笑う。

●佐鳴湖の天然うなぎは本当においしい、もっと地元の人に味わって欲しい

佐鳴湖の天然うなぎ漁は、毎年、10cm前後の天然うなぎの稚魚を放流することから始め、

成長したうなぎを4月15日から11月15日までの漁期に捕っている。現在、実際に漁をして

いる漁師は10名、もちろん杉山さんは紅一点。天然うなぎ漁の方法は、1m程の竹筒の両

農林水産②

ウナギ漁の漁師をしながら

佐鳴湖の水質改善の先頭に立つ

▲Gパンに長靴姿で早朝の湖に立つ杉山さん

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第 1 部 チャレンジ事例/農林水産

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端に紐を付け、水平になる様に結び、それをロ

ープに何本か結わえ、水底に沈める。狭い所好

きで夜行性のうなぎが、明け方竹筒に入って眠

りについたその寝込みを襲う。佐鳴湖の天然う

なぎはスーパーなどには出ず、仲買人を通して

東京や愛知の料亭に卸される。佐鳴湖の天然う

なぎは身が締まって弾力性があり、脂ののりも

程良く美味だと人気がある。「佐鳴湖のうなぎを

愛してくれるお客様を大事にしたいが、佐鳴湖の

うなぎを食べたことのない地元の人にこそ味わって欲しい」と、地産地消が杉山さんの願い

だ。様々なイベントでうなぎを食べてもらい、認知度を高める努力をしている。うなぎは10月

末から11月にかけ、産卵のため佐鳴湖から太平洋に泳ぎ出す。その途中の川に、“かくだ

て”という大きな網をかければ漁獲高は上がるが、入野漁協は資源を守るためその様な乱

獲を自粛している。

●女性の視点で環境問題の解決策を考える

杉山さんが今一番力を入れているのは、次世代を担う子供達への環境学習だ。「ゴミの山

だったグランドキャニオンが今のような世界遺産になったのは、40年かけた子供達への環

境学習の成果だ。」父から語り継がれたこの話が、杉山さんの環境学習にかける情熱の原

点。年間5~6校の小・中学校や公民館で、子供達の興味を引く具体的で面白い佐鳴湖総

合学習の支援をしている。そして、政令市になった浜松市は今後、独自の環境学習政策を

実施すべきだと杉山さんは考えている。佐鳴湖の水質改善を目的に、地元の学校や企業、

市民団体が参加する「佐鳴湖ネットワーク会議」の設立メンバーとしての杉山さんの活動は

多方面にわたっていて、「水質調査班」や「ヨシ刈り班」、今年新たに「水質浄化班」も設置、

環境浄化微生物で作った「えひめAI」による浄化にも取り組み始めている。「千葉県の手賀

沼は、利根川の水を一気に流し、COD * の値を下げたが、周りの生態系を変えてまでCOD

の基準値5にこだわる必要はない。佐鳴湖の水質“脱ワースト1”は、佐鳴湖に課せられた

問題というより市民一人一人に投げかけられた問題であり、環境に対する市民の意識を変

える方がはるかに大事だ」と杉山さんはキッパリと語る。佐鳴湖を愛し、佐鳴湖に一番近い

杉山さんの佐鳴湖再生を目指す活動は、今後も更にパワーアップしていく。

(H19.10取材、H21.1一部改訂)

*COD:化学的酸素要求量(海域と湖沼の水質の指標)

▲原始的な方法だが、結構難しいうなぎ漁