[特集]太陽電池 (6)太陽電池パネルにおける 部材高分子...

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東レリサーチセンター The TRC News No.110(May.2010) 23 ●〔特集〕太陽電池(6)太陽電池パネルにおける部材高分子劣化評価 構造化学研究部 渡邉  猛 三橋 和成 松田 景子 無機分析化学研究部 田辺 健二 有機分析化学研究部 松本 裕介 1.はじめに 太陽電池パネルに使用されている高分子は、化粧材と して一般建築材料に使用されている高分子に比較し、交 換、あるいは塗装によりリフレッシュすることができず、 製造されたまま₂₀年以上の耐久性を求められている。ま た、置かれている環境も、設置される場所により₈₀℃か ら-₂₀℃以下の外気に太陽光と対峙する形で取り付けら れており、一般の耐候性試験とほぼ同一の環境下に置か れている。このため、一般に行われている加速試験をそ のままあてはめることは、適切ではない。図1に示した ように、太陽電池パネルに使用されている高分子は、封 止材、バックシート、シール材がある。そのほか電力の 取り出し線に使用されている絶縁材、電極の接続部に用 いられている端子部がある。これらを見ると、特に耐候 性に優れた素材が使用されているのではないことがわか る。 ここでは、太陽光パネルにおける劣化評価の例として 封止材として使用されているエチレン酢酸ビニルポリ マー(EVA)について劣化評価を行った例を示す。 図1 太陽電池パネルに使用されている高分子材料 標準EVAをシート状にしたものと、封止材、バックシー トが使用されている小型の太陽光パネルに光照射を行っ たものを評価試料とした。標準EVA試料を用いた耐候性 試験において、EVAは、大気、および水分に直接触れて いるが、パネルでは、ガラスとバックシートにより大気 と遮断されておりEVAの劣化機構が異なることが予想さ れる。 2.太陽電池パネル使用高分子の特性評価 表1に太陽電池高分子素材について、一般的な特性評 価試験法をまとめた。これらの手法のうち、劣化試験に 用いられる手法の特徴は、固体試料の測定が可能である ことである。これは、耐候性試験、あるいは実暴露試験後、 高分子は、劣化が進行し、溶媒への溶解度が非常に減少 することによる。このことは、封止材中における添加剤 の組成分析においても、抽出効率を低下させ、定量精度 を悪化させる。 3.実験条件 Sigma-Aldrich社より購入したエチレン・酢酸ビニル 共重合比の異なる試料をシート状に成型し、500Wの紫 外光をあまり含まないアルカリハライドランプ(東芝製 陽光ランプ)を用いて照射した。このときのランプの照 射強度は、4万ルクス、600時間(25日間)であった。 次に、写真1で示すような小型の実パネルを用いて光照 射を行った。光照 射強度 は、4万ル クス、照射時間は、 3000時間4 であった。参 照試料は、同時に 購入した未照射の パネルを用いた。 EVAについて 行 っ た 測定 は、 FT-IRによる官能 [特集]太陽電池 (6)太陽電池パネルにおける 部材高分子劣化評価 表1 太陽電池モジュール高分子部材の分析メニュー 写真1 使用した太陽電池パネル

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Page 1: [特集]太陽電池 (6)太陽電池パネルにおける 部材高分子 ......マー(EVA)について劣化評価を行った例を示す。 図1 太陽電池パネルに使用されている高分子材料

東レリサーチセンター The TRC News No.110(May.2010)・23

●〔特集〕太陽電池(6)太陽電池パネルにおける部材高分子劣化評価

構造化学研究部 渡邉  猛 三橋 和成 松田 景子

無機分析化学研究部 田辺 健二有機分析化学研究部 松本 裕介

1.はじめに

 太陽電池パネルに使用されている高分子は、化粧材として一般建築材料に使用されている高分子に比較し、交換、あるいは塗装によりリフレッシュすることができず、製造されたまま₂₀年以上の耐久性を求められている。また、置かれている環境も、設置される場所により₈₀℃から-₂₀℃以下の外気に太陽光と対峙する形で取り付けられており、一般の耐候性試験とほぼ同一の環境下に置かれている。このため、一般に行われている加速試験をそのままあてはめることは、適切ではない。図1に示したように、太陽電池パネルに使用されている高分子は、封止材、バックシート、シール材がある。そのほか電力の取り出し線に使用されている絶縁材、電極の接続部に用いられている端子部がある。これらを見ると、特に耐候性に優れた素材が使用されているのではないことがわかる。 ここでは、太陽光パネルにおける劣化評価の例として封止材として使用されているエチレン酢酸ビニルポリマー(EVA)について劣化評価を行った例を示す。

図1 太陽電池パネルに使用されている高分子材料

 標準EVAをシート状にしたものと、封止材、バックシートが使用されている小型の太陽光パネルに光照射を行ったものを評価試料とした。標準EVA試料を用いた耐候性試験において、EVAは、大気、および水分に直接触れているが、パネルでは、ガラスとバックシートにより大気と遮断されておりEVAの劣化機構が異なることが予想される。

2.太陽電池パネル使用高分子の特性評価

 表1に太陽電池高分子素材について、一般的な特性評価試験法をまとめた。これらの手法のうち、劣化試験に用いられる手法の特徴は、固体試料の測定が可能であることである。これは、耐候性試験、あるいは実暴露試験後、高分子は、劣化が進行し、溶媒への溶解度が非常に減少することによる。このことは、封止材中における添加剤の組成分析においても、抽出効率を低下させ、定量精度を悪化させる。

3.実験条件

 Sigma-Aldrich社より購入したエチレン・酢酸ビニル共重合比の異なる試料をシート状に成型し、500Wの紫外光をあまり含まないアルカリハライドランプ(東芝製陽光ランプ)を用いて照射した。このときのランプの照射強度は、4万ルクス、600時間(25日間)であった。 次に、写真1で示すような小型の実パネルを用いて光照射を行った。光照射強度 は、4万 ルクス、照射時間は、3000時間(約4 ヶ月)であった。参照試料は、同時に購入した未照射のパネルを用いた。 EVAに つ い て行 っ た 測定 は、FT-IRによる官能

[特集]太陽電池

(6)太陽電池パネルにおける部材高分子劣化評価

表1 太陽電池モジュール高分子部材の分析メニュー

写真1 使用した太陽電池パネル

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24・東レリサーチセンター The TRC News No.110(May.2010)

●〔特集〕太陽電池(6)太陽電池パネルにおける部材高分子劣化評価

基分析とイオンクロマトグラフィーによる酢酸イオンの定量である。また、実パネルを用いてEVAに使用されている添加剤の抽出、同定を試みた結果も合わせて示す。

4.標準EVAにおける耐光性試験劣化評価

 イオンクロマトグラフィーからは、当初予想していた酢酸ビニル基の加水分解による酢酸イオンを検出することができず、耐候性試験中に揮発、散逸したものと推測される。 酢酸ビニル含有量14%の耐候性試験前後のATR法によるFT-IR吸収スペクトルを測定し、試験前後の官能基の違いを明確にするため、差スペクトルを求め、図2に示した。

図2 標準EVA試料の耐候性試験前後のFT-IRスペクトルについて得られた差スペクトル

 図2に見られるように1740cm-1のエステルのカルボキシル基による吸収帯が、下に凸で出現しており、エステルの減少が示されている。一方、1716cm-1には、イオンクロマトグラフィーにより遊離の酢酸イオンが観測されなかったことから、酢酸によるカルボキシル基ではないカルボン酸、あるいはケトンのカルボニルによる吸収帯が出現している。これらの結果は、EVAの光分解により酢酸ビニルユニット中の酢酸エステルからC=Oアセチル基が脱離し、酸化劣化を起こし、カルボン酸、あるいはケトンが生成したものと考えられる1)。 図3に1466cm-1のエチレン鎖のCH変角振動を基準として耐候性試験前後のカルボン酸あるいはケトンの増減を1716cm-1の吸収強度比で示した結果を示す。 図3より、EVA中の酢酸ビニル含有量が高いほど、耐候性試験後のカルボン酸、あるいはケトンの増加量が小さい傾向が認められる。EVAの酸化劣化は、カルボン酸やケトンの増加と相関することから、EVA中の酢酸ビニル含有量とEVAの耐劣化性能とは逆相関にあるものと考えられる。

図3  耐候性試験前後における、標準EVAシート中の酢酸ビニル含有量と1716cm-1の吸収帯強度比

5.実パネルに対する耐候性試験

5.1 EVA中陰イオン濃度 図4に、未照射パネル、および光照射パネル中の陰イオン濃度を、EVAから純水を用いて抽出し、イオンクロマトグラフィーにより求めた結果を示す。その結果、酢酸イオン、蟻酸イオン、硝酸イオン、塩化物イオン、硫酸イオンが検出された。これらのイオンの由来は、それぞれ異なっている。酢酸イオンは、酢酸ビニル由来と考えられる。蟻酸イオンは、金属イオンと有機物が接触した際検出されることがあり、パネル中の金属イオンとの接触によって生成された可能性が考えられる。また、一般には、蟻酸は酸素により容易に酸化されるが、バックシートもあり、封止材が比較的還元雰囲気であったことが推測される。硝酸イオンは、ヒンダードアミン系光安定剤(HALS:hindered amine light stabilizers)の分解物と考えられる。塩化物イオン、あるいは硫酸イオンは、外部からのコンタミによるものと考えられる。

図4 小型実パネルEVA中の陰イオン濃度

5.2 添加剤組成分析 封止材として使用されているEVA中には、酸化防止剤、あるいは紫外線吸収剤(UVA:Ultra Violet Absorber)が使用されている。これらの試薬には、芳香環が存在して

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東レリサーチセンター The TRC News No.110(May.2010)・25

●〔特集〕太陽電池(6)太陽電池パネルにおける部材高分子劣化評価

いることから、図5に示したように、抽出後、紫外吸収検出器を用いて、容易に液体クロマトグラフィー(LC)により検出することが可能である。

図5 EVA抽出後のLC/UVクロマトグラム

 HALSは、紫外線を吸収する官能基を持たないことから、紫外線吸収検出器を用いて検出することができない。そこで我々は、LCの検出器として質量分析器または蒸発光散乱検出器を用いた。図6に示したように、LC-MSでは、HALSを検出することができ、合わせてLCで検出したUVAも検出した。

図6 EVA抽出液のLC-MSクロマトグラム

 図5で検出したノニルフェノールは、31P-NMRの測定より₃価のリン酸エステルが検出されていることから、リン系酸化防止剤の分解物であると推察される。 HALSについては、ラジカル補足剤として自身がNO・ラジカルとなるため、ESRによる測定もその存在を確認する手段としては有用である。

5.3 FT-IRによる解析結果 光照射前後のEVAのATR-FT-IRスペクトルを測定し、照射後のスペクトルから照射前のスペクトルを差し引いた差スペクトルを図7に示す。図7の差スペクトルでは、酢酸エステルのC=O伸縮振動による吸収帯強度は大きく変化しておらず、大きな組成変化は認められないが、スペクトルが微分形に出現していることから、カルボニル周辺の環境が変化していることが推測される。

 図7で示した領域より低波数側では、光照射後硝酸化合物と帰属可能な吸収帯が出現しておりHALSの分解物が形成されていると推測される。

図7  実小型パネル耐候性試験前後のATR-FT-IRスペクトルの差スペクトル

6.耐候性試験のまとめ

 実パネル中のEVAは、ガラス板及びバックシートで封入されており、イオンクロマトグラフィーから蟻酸イオンが検出されていることから、EVAが還元的雰囲気で光照射されていることが示唆される。 一方、標準EVAに光照射を行うと、FT-IRスペクトルの解析より酢酸ビニル基が脱離し、酸化劣化を起こしているものと考えられる。 これらの違いは、EVAの置かれている環境によると考えられ、試験雰囲気の違いが、劣化機構そのものを大きく変えてしまうことを示唆している。すなわち、一般的な耐候性試験は、必ずしも実際のパネル経年劣化過程と同一の劣化機構となっていない可能性があると考えられる。 今後、パネルの経年劣化過程を把握するためには、使用する環境において、一年程度の短期間暴露を行ったパネルと未使用品とで精密に比較分析を行うことが必要不可欠になると考えられる。

7.最後に

 現在20年程度試用されたパネルを解体し、これまで弊社において蓄積した解析手法、あるいは解体に必要な治具の開発を含め、太陽電池を構成している素材の評価を進めている。得られた結果については、興味あるデータが得られているが、改めて発表し、分析を期待されている皆様にご提供する予定である。ここでは示していない内容もあり、ご興味のある方は、直接弊社営業部、あるいは筆者へ問い合わせていただけたら幸いである。

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8.参考文献

1) A. W. Czanderna, F. J. Pern, Solar Energy Materials and Solar Cells, 43, 101-181(1996).

■渡邉 猛(わたなべ たけし) 構造化学研究部 第1研究室 主席研究員 趣味:睡眠学習

■三橋 和成(みつはし かずなり) 構造化学研究部 第1研究室

 趣味:ドライブ

■松田 景子(まつだ けいこ) 構造化学研究部 第2研究室 趣味:歌うこと

■田辺 健二(たなべ けんじ) 無機分析化学研究部 第1研究室 室長 趣味:野球

■松本 裕介(まつもと ゆうすけ) 有機分析化学研究部 第2研究室 趣味:ゴルフ、フットサル