細胞毒性発現機構の解析 61. 細胞内オルガネラ膜輸...

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61. 細胞内オルガネラ膜輸送体の評価系樹立による薬物の細胞内動態と 細胞毒性発現機構の解析 玉井 郁巳 Key words:トランスポーター,肝毒性,可視化, 薬物動態,相互作用 金沢大学 医薬保健研究域 薬学系 薬物動態学研究室 医薬品の体内動態や作用・副作用に輸送体が深く関与することが解明されつつある.しかし,輸送体の分子情報が増えるに従 い,輸送体の生体への作用の予測や調節のためには,医薬品分子の細胞内動態までをも生細胞の状態で把握する必要が高ま ってきた.しかし,現時点では細胞内での医薬品や生理的物質など低分子物質の動態を十分には解析できない.そこで,高 感度蛍光顕微鏡および蛍光標識化合物を用いて薬物の細胞内動態を支配する輸送体活性を定量的に可視化することを目的に 研究を行った.我々は実験系を樹立するために,ラット肝細胞のサンドイッチ培養により細胞間隙に形成される胆管腔へ細胞内 から薬物を移行させる輸送体に着目した.特に胆管腔に強く発現する薬物排出型輸送体(Multidrug Resistance Associated Protein 2;MRP2)は,抱合型ビリルビン 1) や肝で代謝された薬物 2) を認識して能動的に胆汁へ排出する役割を担うため, MRP2 と薬物の相互作用を予測することは医薬開発において重要である.従って,細胞内で加水分解されて MRP2 の蛍光基 質(carboxydichlorofluorescein;CDF)へ変換される CDF diacetate(CDFDA)を用い,MRP2 と薬物の相互作用を定 量的に可視化する方法,Quantitative Time-Lapse Imaging (QTLI)法を確立した.QTLI 法を利用することにより,従来 の手法では,定量的解析は困難であった生細胞中の微小環境下での輸送体と薬物の相互作用を定量的にかつ経時的に明らか にすることが出来るようになった. 方法および結果 1.サンドイッチ培養ラット肝細胞(SCRH)の調製と MRP2 輸送 これまでの報告に従い 3) ,ラット肝から遊離肝細胞を単離後,予めコラーゲンコートしておいた 35 mm プレートに播種した.細 胞を接着させるために 37°C,5% CO 2 条件下で 2-6 時間培養した後,William’s E medium (WEM) へと培地を交換し た.播種から 24 時間後に培地をマトリゲル含有 WEM へ交換し,細胞にマトリゲルを重層しサンドイッチ培養した.播種後 4 日 後に実験に供した.図 1A-C に示すように,敷石上に培養された細胞間隙に SCRH 特徴的な胆管腔の形成が促された.次 に,細胞内エステラーゼにより MRP2 の蛍光基質 CDF へと加水分解される CDFDA を培地に添加し,胆管腔に蓄積する CDF を蛍光顕微鏡(BZ-9000,Keyence)を用いて観察した.SCRH において CDF の胆管腔への顕著な集積が見られた(図 1 D).CDF の蓄積は,MRP2 特異的阻害剤 MK-571(10µM)存在下(図1 E),または Mrp2 機能欠損ラット(Eisai hyperbilirubinuria rat; EHBR) 4) 由来肝細胞を用いた SCRH(図1 F)において完全に消失した.従って,SCRH におけ る CDF の胆管腔への移行には rMrp2 が支配的な役割を果たすことが示された. 2.定量的可視化(QTLI)法 CDF の胆管腔へ移行が rMrp2 の機能を反映するか否かを検討するために,胆管腔で観察される蛍光強度を BZ-Ⅱ 解析ア プリケーションソフト(BZ-H2A,Keyence)を用いて解析した.図 2A に示すように,撮影画像中胆管腔が明瞭に観察できる 150µm × 150µm の大きさの領域(Analyzed region,以下 AR,図 2A 上に示した白色の四角で囲まれた領域)を抽出 し,それぞれの AR 内で 8 個の胆管腔部分を関心領域 (Region of interest,以下 ROI)として定義した(図 2A 下で赤 線で囲まれた領域). 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011) 1

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Page 1: 細胞毒性発現機構の解析 61. 細胞内オルガネラ膜輸 …るCDFの胆管腔への移行にはrMrp2が支配的な役割を果たすことが示された. 2.定量的可視化(QTLI)法

61. 細胞内オルガネラ膜輸送体の評価系樹立による薬物の細胞内動態と細胞毒性発現機構の解析

玉井 郁巳

Key words:トランスポーター,肝毒性,可視化,   薬物動態,相互作用

金沢大学 医薬保健研究域 薬学系薬物動態学研究室

緒 言

医薬品の体内動態や作用・副作用に輸送体が深く関与することが解明されつつある.しかし,輸送体の分子情報が増えるに従い,輸送体の生体への作用の予測や調節のためには,医薬品分子の細胞内動態までをも生細胞の状態で把握する必要が高まってきた.しかし,現時点では細胞内での医薬品や生理的物質など低分子物質の動態を十分には解析できない.そこで,高感度蛍光顕微鏡および蛍光標識化合物を用いて薬物の細胞内動態を支配する輸送体活性を定量的に可視化することを目的に研究を行った.我々は実験系を樹立するために,ラット肝細胞のサンドイッチ培養により細胞間隙に形成される胆管腔へ細胞内から薬物を移行させる輸送体に着目した.特に胆管腔に強く発現する薬物排出型輸送体(Multidrug Resistance AssociatedProtein 2;MRP2)は,抱合型ビリルビン 1)や肝で代謝された薬物 2)を認識して能動的に胆汁へ排出する役割を担うため,MRP2 と薬物の相互作用を予測することは医薬開発において重要である.従って,細胞内で加水分解されてMRP2 の蛍光基質(carboxydichlorofluorescein;CDF)へ変換される CDF diacetate(CDFDA)を用い,MRP2 と薬物の相互作用を定量的に可視化する方法,Quantitative Time-Lapse Imaging (QTLI)法を確立した.QTLI 法を利用することにより,従来の手法では,定量的解析は困難であった生細胞中の微小環境下での輸送体と薬物の相互作用を定量的にかつ経時的に明らかにすることが出来るようになった.

方法および結果

1.サンドイッチ培養ラット肝細胞(SCRH)の調製とMRP2 輸送これまでの報告に従い 3),ラット肝から遊離肝細胞を単離後,予めコラーゲンコートしておいた 35 mm プレートに播種した.細胞を接着させるために 37°C,5% CO2 条件下で 2-6 時間培養した後,William’s E medium (WEM) へと培地を交換した.播種から 24 時間後に培地をマトリゲル含有WEMへ交換し,細胞にマトリゲルを重層しサンドイッチ培養した.播種後4日後に実験に供した.図 1A-C に示すように,敷石上に培養された細胞間隙に SCRH 特徴的な胆管腔の形成が促された.次に,細胞内エステラーゼによりMRP2 の蛍光基質 CDF へと加水分解される CDFDA を培地に添加し,胆管腔に蓄積する CDFを蛍光顕微鏡(BZ-9000,Keyence)を用いて観察した.SCRH において CDF の胆管腔への顕著な集積が見られた(図1 D).CDF の蓄積は,MRP2 特異的阻害剤 MK-571(10µM)存在下(図1 E),または Mrp2 機能欠損ラット(Eisaihyperbilirubinuria rat; EHBR)4)由来肝細胞を用いた SCRH(図1 F)において完全に消失した.従って,SCRH における CDF の胆管腔への移行には rMrp2 が支配的な役割を果たすことが示された. 2.定量的可視化(QTLI)法CDF の胆管腔へ移行が rMrp2 の機能を反映するか否かを検討するために,胆管腔で観察される蛍光強度を BZ-Ⅱ 解析アプリケーションソフト(BZ-H2A,Keyence)を用いて解析した.図 2A に示すように,撮影画像中胆管腔が明瞭に観察できる150µm × 150µm の大きさの領域(Analyzed region,以下 AR,図 2A 上に示した白色の四角で囲まれた領域)を抽出し,それぞれのAR内で 8個の胆管腔部分を関心領域 (Region of interest,以下ROI)として定義した(図 2A下で赤線で囲まれた領域).

 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011)

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 図 1. SCRH における CDF の胆管腔への蓄積.

野生型ラット(A, B, D, E)または EHBR(C, F)から調製された SCRH の光学顕微鏡写真(A, B, C)およびCDFDA(10µM)を添加後 10 分の蛍光顕微鏡写真(D, E, F).(B, E)はMK-571(10µM)存在下での観察結果を示す.図中の白線は 50µm,白矢頭は胆管腔を示す.

  

 図 2. QTLI 法による CDF の胆管腔への蓄積評価.

(A)QTLI 法による胆管腔への CDF の蓄積評価手法を示す.上段は全視野(光学顕微鏡),下段は上段において選択された1つの AR(Analyzed Region)の拡大画像を示し,右はその視野における蛍光顕微鏡像を示す.赤線で囲まれた領域は光学顕微鏡から胆管腔と判断される領域であり,蛍光強度の測定対象となる ROI(Region of Interest)を示す.黄丸で示した領域は,バックグランドノイズを示す.(B)は 12 分割された各 ARにおけるROI の蛍光強度(/pixel)の経時的変化を示す.CDFの蓄積は CDFDA(10μM)を添加時, pH7.4, 37℃の条件で観察した.

 

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細胞の存在しない領域の蛍光強度をバックグランドノイズ(図 2A下で黄色の丸で囲まれた領域)として,各ROI の蛍光強度から差し引き,CDF 集積値を出し,AR ごとに平均値を算出した(/pixel).AR 間での蛍光強度のばらつきを調べるために,図 2B には,撮影された蛍光画像を 12 の AR に分割し(inset),それぞれの蛍光強度の経時的変化を測定した結果を示す.各胆管腔への CDF集積に伴う蛍光強度は約 5分間直線的に増加した.さらに,それぞれの時間における 12 の ARの蛍光強度のばらつきは C.V.値として 15.0-15.7%の範囲に留まり,SCRH における rMrp2 の CDF 輸送を比較的高い精度で定量的かつ経時的に解析できることが明らかになった.我々は,この手法を QTLI 法として Drug Metabolism and Disposition 誌に報告した 5). 3.rMrp2 と薬物の相互作用QTLI 法により rMrp2 と薬物との相互作用が評価出来るか否かを検討するために,MRP2 を阻害する複数の薬物の阻害効果を濃度依存的に検討した.胆管腔への CDF の移行に直線性がある 3 分において,Mrp2 阻害剤,rifampicin(図 3A),cyclosporine A(図 3B),MK-571(図 3C)を添加した場合,濃度依存的に CDF の胆管腔への集積が低下した.阻害剤非存在時のCDF胆管腔への蓄積量を 100%として,様々な濃度において阻害剤効果を測定し,各阻害剤の IC50, QTLI 値を計算したところ,rifampicin では 3.02µM(図 3D), cyclosporin A では 1.63µM(図 3E), MK-571 では 2.87µM(図3F)と算出された. 

 図 3. QTLI 法による rMrp2 の CDF輸送に対する阻害剤の IC50 値の算出.

CDFDA(10µM)添加後 3 分における,Rifamipicin(A), Cyclosporin A (B),MK-571(C)存在下における光学及び蛍光顕微鏡写真.QTLI 法による CDF 胆管腔内蓄積量に対する Rifampicin(D), Cyclosporin A(E),MK-571(F)の濃度依存性解析.図中の白線は 50µm を示す.

  

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これまでに,肝細胞から胆管腔へ物質クリアランスを評価する指標として,Biliary Excretion Index(BEI)が用いられてきた.従って,各阻害剤の濃度を変化させて,SCRH における CDFDA の BEI を測定し,IC50,BEI 値を測定した.IC50,BEI 値とIC50,QTLI 値を比較を表 1 に示す. 

表 1.QTLI,BEI,および膜ベシクルによる rMrp2 の CDF輸送に対する阻害剤の IC50 値 

 Rifampicin,cyclosporine A,MK-571 において IC50,BEI と IC50,QTLI の比(IC50,BEI/IC50,QTLI)は 1.34,1.94,1.94 と比較的近い値を示したため,QTLI 法での得られた阻害剤の rMrp2 による CDF 輸送に対する親和性の算出の妥当性が明らかになった.さらに,IC50,QTLI 値を,これまで輸送体の機能評価に汎用されてきた膜ベシクルを用いた取り込み実験において得られたrMrp2 による CDF取り込みに対する阻害剤の IC50,Ves 値と比較した(表 1).Rifampicin,cyclosporin A,およびMK-571の IC50,Ves 値はそれぞれ,20.2,5.00,および 6.96µM と算出された.IC50,Ves/IC50,QTLI は,rifampicin において 6.69 と最も高く,cyclosporin A(3.07)と MK-571(2.43)は,ほぼ同程度の値を示した.Rifamipicin の IC50,Ves/IC50,QTLI を,肝細胞内 rifampicin 濃度を細胞外 rifampicin 濃度で除した値,つまり阻害剤の細胞/培地分配係数で補正すると,IC50,Ves/IC50,QTLI

は 6.69 から 2.25 へと減少した.この値は,単純拡散で膜を透過すると考えられる MK-571(2.43)とほぼ等しかった.従って,細胞内へ蓄積する薬物の輸送体阻害効果は,細胞/培地分配係数で補正することにより正確な阻害剤の親和性を見積もることが出来ることが示唆された.

考 察

以上,本研究において,サンドイッチ培養ラット肝細胞を用い,胆管側膜輸送体 rMrp2 の機能および薬物との相互作用を定量的に可視化する QTLI 法を確立することが出来た.本研究により提唱された QTLI 法により,これまでの煩雑な分析操作を行わずに,細胞(生体)内の微小環境における輸送体と薬物の相互作用を高い精度と確度で見積もることが出来ることが示唆された.将来,薬物誘発性肝障害や薬物間相互作用をより簡便に,そして迅速かつ定量的に予測するための評価系として,本法の医薬品開発への応用が期待される.さらに,従来の評価法では活性評価が困難であった細胞内特定オルガネラ部位で機能する輸送体活性評価への応用にも貢献することを期待する.

共同研究者

本研究の共同研究者は,金沢大学医薬保健研究域薬学系の中西猛夫である.

文 献

1) Kartenbeck, J., Leuschner, U., Mayer, R. & Keppler, D. : Absence of the canalicular isoform of theMRP gene-encoded conjugate export pump from the hepatocytes in Dubin-Johnson syndrome.Hepatology, 23:1061-1066, 1996.

2) Muller, M. & Jansen, P. L.:Molecular aspects of hepatobiliary transport. Am. J. Physiol., 272:G1285-G1303, 1997.

3) Dunn, J., Yarmush, M. L., Koebe, H. G. & Tompkins, R. G.:Hepatocyte function and extracellularmatrix geometry: long-term culture in a sandwich configuration. FASEB J., 3:174-177, 1989.

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4) Ito, K., Suzuki, H., Hirohashi, T., Kume, K., Shimizu, T. & Sugiyama, Y.:Molecular cloning ofcanalicular multispecific organic anion transporter defective in EHBR. Am. J. Physiol., 272:G16-G22,1997.

5) Nakanishi, T., Shibue, Y., Fukuyama, Y., Yoshida, K., Fukuda, H., Shirasaka, Y., & Tamai, I. :Quantitative time-lapse imaging-based analysis of drug-drug interaction mediated by hepatobiliarytransporter, multidrug resistance associated protein 2, in sandwich-cultured rat hepatocytes. DrugMetab. Dispos., 39:984-991, 2011.

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