流体力学基礎講座(第3回午後) 粘性流体の力学と簡単な流れの...

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流体力学基礎講座(第3回午後) 名古屋工業大学大学院 物理工学専攻 後藤 俊幸 粘性流体の力学と簡単な流れの計算 7 粘性流体 容器に入った蜂蜜を注ぐとき,水やコーヒーをカップに注ぐ場合に比べて蜂蜜の方が粘り気が つよく,大きな抵抗感をうける.これは流体のもつ (分子) 粘性によるものである.いま,流体中 に面積が A の厚さの無視できる平面を2枚平行になるように間隔 h で挿入したとする.一方を固 定し,他方を速度 U で平行に移動させる.このとき,流体は分子間引力により固体壁面に付着し, 平板面と流体の相対速度は 0 になる.このとき速度 U で平板を移動させるのに必要な力が F だっ たとすると,単位面積当たりに必要な力 τ = F /A をせん断応力として,多くの流体で τ = μ U h = μ du dy (113) のようなせん断力と速度勾配の比例関係が成り立つ.ここで比例定数 μ が粘性の強さを示す粘度, 粘性係数であり,それぞれの流体に固有な物性値である.水,油や空気などの流体は温度と圧力 が与えられれば du/dy などに関係なく μ は一定値をとる.このような流体を Newton 流体とよび, それ以外の流体を非 Newton 流体という.以下,本稿では Newton 流体のみを扱うものとする.す なわち,流体が変形しようとすると,式 (113) で与えられるような粘性抵抗 (摩擦) を受けること になる. 8 粘性流体の基礎方程式 8.1 連続の方程式 非圧縮性粘性流体の流れをシミュレーションする際に用いる基礎方程式は,(1) 連続の方程式 (量保存則)(2) 運動方程式 (運動量保存則) である.対流などの熱に関連する問題を扱う場合には 25: 流体の粘性 (クエットの流れ) とせん断応力と速度勾配の関係 34

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流体力学基礎講座(第3回午後)

名古屋工業大学大学院物理工学専攻 後藤 俊幸

粘性流体の力学と簡単な流れの計算

7 粘性流体

 容器に入った蜂蜜を注ぐとき,水やコーヒーをカップに注ぐ場合に比べて蜂蜜の方が粘り気がつよく,大きな抵抗感をうける.これは流体のもつ (分子)粘性によるものである.いま,流体中に面積がAの厚さの無視できる平面を2枚平行になるように間隔 hで挿入したとする.一方を固定し,他方を速度U で平行に移動させる.このとき,流体は分子間引力により固体壁面に付着し,平板面と流体の相対速度は 0になる.このとき速度 U で平板を移動させるのに必要な力が F だったとすると,単位面積当たりに必要な力 τ = F/Aをせん断応力として,多くの流体で

τ = µU

h= µ

du

dy(113)

のようなせん断力と速度勾配の比例関係が成り立つ.ここで比例定数 µが粘性の強さを示す粘度,粘性係数であり,それぞれの流体に固有な物性値である.水,油や空気などの流体は温度と圧力が与えられれば du/dyなどに関係なく µは一定値をとる.このような流体をNewton流体とよび,それ以外の流体を非Newton流体という.以下,本稿ではNewton流体のみを扱うものとする.すなわち,流体が変形しようとすると,式 (113)で与えられるような粘性抵抗 (摩擦) を受けることになる.

8 粘性流体の基礎方程式

8.1 連続の方程式

 非圧縮性粘性流体の流れをシミュレーションする際に用いる基礎方程式は,(1)連続の方程式 (質量保存則),(2)運動方程式 (運動量保存則)である.対流などの熱に関連する問題を扱う場合には

   

図 25: 流体の粘性 (クエットの流れ)とせん断応力と速度勾配の関係

34

これらに加えてエネルギー方程式が必要となる.本稿では非圧縮性の場合に限定し,かつエネルギーに関連する問題は取り扱わないことにする.

粘性流体の場合,連続の方程式は理想流体と同様に

∂u

∂x+∂v

∂y+∂w

∂z= 0 (114)

となる.ただし,u,v,wはそれぞれ x,yおよび z方向の流速成分である.2次元の場合には

∂u

∂x+∂v

∂y= 0 (115)

となる.

8.2 運動方程式

 Newtonの運動方程式は運動量の時間的変化率が面積力と体積力の総和に等しいと表現される.これを粘性流体の運動に適用し,2次元の場合について運動方程式をオイラー表示で表してみよう.粘性流体の場合,理想流体に対して成り立つオイラー方程式に粘性による項が付け加わる.そこで流体中に取った微小流体要素に作用する粘性抵抗力を考える.非圧縮性を仮定しているので,微小流体要素の体積は変化しない.流体が流れるとき,速度差があれば微小流体要素は変形または回転する.流体の基本的な変形のうち、せん断変形と伸縮変形によって粘性抵抗が生じる.まず,せん断変形について考える.いま流れの中にある微小流体要素を図 26のように考える.図 26(a)

のように x方向の流速分布によりせん断変形が起こる.D点とA点の間には (∂u/∂y)δyの流速差がある (速度勾配がある)ことから,これによって x方向に作用する粘性抵抗力は式 (113)より

µ∂u

∂y

∣∣∣∣y+δy

− µ∂u

∂y

∣∣∣∣y

となる.テイラー展開を利用して δyについて 1次の項まで残すと

µ∂u

∂y

∣∣∣∣y+δy

− µ∂u

∂y

∣∣∣∣y

≈ µ∂u

∂y

∣∣∣∣y

+∂

∂y

(∂u

∂y

)∣∣∣∣y

− µ∂u

∂y

∣∣∣∣y

となり,粘性抵抗力として (∂2u/∂y2)δyを得る.微小流体要素は x方向に δxの大きさを持つから,この粘性力によって微小流体要素は

sx1 = µ

(∂2u

∂y2

)δxδy (116)

なる力を受ける.一方,同じせん断変形で微小流体要素のA点とD点を結ぶ線分 (面)は引き伸ばされることになるため,y方向にも粘性抵抗が作用することになる.すなわちせん断による線分ADの回転角は θ = ∂u/∂yであるから,線分 BCも同様の粘性抵抗力を受けることを考慮して

µ∂u

∂y

∣∣∣∣x+δx

− µ∂u

∂y

∣∣∣∣x

≈ µ∂

∂x

(∂u

∂y

)∣∣∣∣x

δx

を得る.したがって微小流体要素は y方向に δyの大きさがあるので

sy1 = µ

(∂2u

∂x∂y

)δxδy (117)

35

x

  x

  x

(a)             (b)             (c)

図 26: 微小流体要素のせん断変形

の粘性抵抗力を受けることになる.同様にして図 26(b)のような y方向の流速分布による粘性抵抗力を求めると,

sx2 = µ

(∂2v

∂x∂y

)δxδy (118)

および

sy2 = µ

(∂2v

∂x2

)δxδy (119)

となる.実際のせん断変形は図 26の (a)と (b)が同時に起こることから,せん断変形による単位要素あたりの粘性抵抗力は式 (116)∼(119)より

sx = µ

(∂2u

∂y2+

∂2v

∂x∂y

)(120)

sy = µ

(∂2v

∂x2+

∂2u

∂x∂y

)(121)

となる.

次に伸縮による粘性抵抗力を考える.図 27(a)のように変形する場合にも粘性抵抗は作用する.いま,AD面に作用する力と BC面に作用する力の差は

bx1 = µ∂u

∂x

∣∣∣∣x+δx

− µ∂u

∂x

∣∣∣∣x≈ µ

∂2u

∂x2

∣∣∣∣∣x

δx (122)

である.一方,AB面に作用する力と CD面に作用する力の差は

by1 = − µ∂v

∂y

∣∣∣∣y+δy

+ µ∂v

∂y

∣∣∣∣y

≈ − µ∂2v

∂x∂y

∣∣∣∣∣y

δy (123)

である.同様にして図 27(b)のような伸縮変形に対して計算すれば

bx2 = −µ ∂2u

∂x∂yδx (124)

by2 = µ∂2v

∂y2δy (125)

36

 

x

  

x

(a)              (b)

図 27: 微小流体要素の伸縮

となる.したがって,式 (122)∼(125)より単位要素あたりの伸縮変形による粘性抵抗力は

bx = µ

(∂2u

∂x2− ∂2v

∂x∂y

)(126)

by = µ

(∂2v

∂y2− ∂2u

∂x∂y

)(127)

となる.式 (120), (121)および (126), (127)より,せん断変形と伸縮変形による粘性抵抗力の総和を取ると,粘性抵抗力が最終的に以下のように得られる.

τx = µ

(∂2u

∂x2+∂2u

∂y2

)(128)

τy = µ

(∂2v

∂x2+∂2v

∂y2

)(129)

以上により,粘性流体の 2次元流れに対する運動方程式が以下のように得られる.

ρ

(∂u

∂t+ u

∂u

∂x+ v

∂u

∂y

)= −∂p

∂x+ µ

(∂2u

∂x2+∂2u

∂y2

)+ ρfx (130)

ρ

(∂v

∂t+ u

∂v

∂x+ v

∂v

∂y

)= −∂p

∂y+ µ

(∂2v

∂x2+∂2v

∂y2

)+ ρfy (131)

これらの方程式は Navier-Stokes方程式と呼ばれ,粘性流体の流れを支配する重要な方程式である.3次元の場合に拡張すると以下のようになる.

ρ

(∂u

∂t+ u

∂u

∂x+ v

∂u

∂y+ w

∂u

∂z

)= −∂p

∂x+ µ

(∂2u

∂x2+∂2u

∂y2+∂2u

∂z2

)+ ρfx (132)

ρ

(∂v

∂t+ u

∂v

∂x+ v

∂v

∂y+ w

∂u

∂z

)= −∂p

∂y+ µ

(∂2v

∂x2+∂2v

∂y2+∂2v

∂z2

)+ ρfy (133)

ρ

(∂w

∂t+ u

∂w

∂x+ v

∂w

∂y+ w

∂w

∂z

)= −∂p

∂z+ µ

(∂2w

∂x2+∂2w

∂y2+∂2w

∂z2

)+ ρfz (134)

37

これをベクトルで表すと次式となる.

ρ

(∂v

∂t+ v · ∇v

)= −∇p+ µ∇2v + ρf (135)

左辺第1項は流速の時間的変化を表す項,左辺第 2項は移流項,右辺第 1項は圧力勾配の項,右辺第2項は粘性応力項であり,右辺第 3項は外力項である.2次元流れの場合,従属変数は圧力 p

と速度の各成分 u,vの 3つであるから,上記の Navier-Stokes方程式 (130)および (131)に連続の方程式 (115)を連立させて解を求めることになる.

 

9 Navier-Stokes方程式の厳密解

 Navier-Stokes方程式 (130),(131)の左辺第 2,3項は非線形であるため,一般には解析的に解を求めることはできない.そのため,数値解析によって解を求めることになる.しかしながら,いくつかの特殊な場合については厳密解を求めることができる.ここではその例として,単純せん断流れとポアズイユ流れを取り上げる.

9.1 2次元クエット流

 いま,二枚の平行平板間の定常な流れを考える.図 28のように一方の壁は静止しており,他方の壁は一定の速度 V で x軸方向正の向きに運動しているものとする.また、平行平板間距離を L

とする.このときの速度場を求めよう.問題の幾何学的形状から、全ての物理量は x座標にはよらない.即ち平の方向には変化せず、平板に垂直な方向にのみ変化する.また、速度場は x軸方向のみ 0でない.このとき、Navier-Stokes方程式は

µd2u

dy2= 0 (136)

となる.境界条件は壁面ですべりなしであるから

y = 0 : u = 0

y = L : u = V

}(137)

で与えられる.式 (136)を yについて積分し,境界条件を適用すれば

u(y) = V y/L (138)

が求まる.速度場は壁からの距離 yに比例して増大する.このような流れを2次元クエット(Cou-

ette)流という.

9.2 2次元ポアズイユ流

 次に,静止している 2枚の平行平板間の流体に一定の圧力勾配 ζ = −dp/dx > 0 がある場合について流速分布を求める.このときNavier-Stokes方程式は

µd2u

dy2= −ζ (139)

38

x x

図 28: 2次元クエット(Couette)流) 図 29: 2次元ポアズイユ(Poiseuille)流

となる.境界条件はy = 0 : u = 0, y = L : u = 0 (140)

であるから,式 (139)を yについて2回積分して境界条件を適用すると

u(y) =L2ζ

[y

L

(1− y

L

)](141)

なる解を得る.この場合,平行平板間で放物線流速分布を持つことになる.

問題 1 間隔 Lの平行平板間の定常流れについて,一方の壁は静止,他方の壁は速度 V で平行に移動しており,流体には一定の圧力勾配 ζ = −dp/dxが加えられているとき,Navier-Stokes

方程式から流速分布を求めよ.(クエット-ポアズイユ流れ)

9.3 レイリーの流れ

 今度は、非定常流を考えてみる.y = 0に水平な無限に広がった平板があり、y > 0の半無限領域を非圧縮流体が占めている.平板の方向に x軸をとる.この平板が t = 0から瞬間的に一定の速度 U で x軸の正の方向に動き出したとき、y > 0における流体は平板の動きとともに次第に動き出す.この時の流体の速度場を求める.

 まず、問題の幾何学的形状から、速度場はここでも x軸方向のみ 0でない成分を持ち、かつ (y, t)

にのみ依存することがわかる.Navier-Stokes方程式は

∂u

∂t= ν

∂2u

∂y2(142)

となる.こんどは非定常項がある.境界及び初期条件は

u(0, t) = U, u(∞, t) = 0, (143)

u(y, 0) = 0 (144)

である.この問題ではラプラス変換を用いる(知らなくとも、このまま読み進んで結果だけをみてもらえば結構).まず u(y, t)のラプラス変換は

u(y, p) =

∫ ∞

0u(y, t)e−ptdt (145)

39

0

0.5

1

1.5

2

2.5

3

-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2

y/2√

νt

Erfc (y/2√νt)

-0.2

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2

y

u

Rayleigh problem

tn=0.04n

図 30: 解析解による Erfc(y/2√νt) . 図 31: 数値計算によるレイリー問題の解

で定義される.そこで、(142)の両辺に e−ptをかけて積分すると、∫ ∞

0

∂u

∂te−ptdt =

∫ ∞

0

∂2f

∂x2e−ptdt

u(y, t)e−pt∣∣∣t=∞

−u(y, 0) + p

∫ ∞

0ue−ptdt =

d2

dx2

∫ ∞

0ue−ptdt

pu =d2u

dx2(146)

これを解くと、C1, C2を定数として u = C1e−ky+C2e

ky, k =√p/ν という一般解を得るが、y → ∞

で uが 0になるには C2 = 0でなければならない.また、y = 0での境界条件は (145)で y = 0とおいて

u(0, p) =

∫ ∞

0u(0, t)e−ptdt =

U

p(147)

となる.これより C1 = U/pであるから、

u(y, p) =U

pe−

√p/νy (148)

となる.最後に逆ラプラス変換をして

u(y, t) =1

2πi

∫ c+i∞

c−i∞u(u, p)eptdp

=U

2πi

∫ c+i∞

c−i∞

e−√

p/νy

pdp

=2U√π

∫ ∞

y/2√νte−s2ds = UErfc

(y

2√νt

)(149)

となる.最後の積分は解析的にはできないので数値積分を実行して求められる.この解は、時間と空間が1つのまとまった変数 y

2√νtで表されている.すなわち、時間と空間が 1:2で相似形になっ

ている.このような解を相似解 (Similarity solution)という.たとえば、時間を4倍、空間を2倍したら解が重なる.y > 0の領域では、時間の経過とともにじわじわと平板の速度に近づいていく.

40

9.4 円管ポアズイユ流れ

これまで2次元の流れを主に扱ってきたが、3次元の代表例をひとつ考える.水平な円管内を流れる流体の速度分布を調べる.管にそって一様な圧力勾配 dp/dx = −α, α > 0がかかっている.これまでと同様流れは円管に平行であるとする.このとき、円管の中心軸を x軸にとり、それに垂直な面内に管の変形方向を r、管の周方向に θをとる(円柱座標形をとったことになる).対称性から流れは rだけに依存することが分かる.さて、このときのNavier Stokes方程式は円柱座標で表現したものを用いなければならない.詳しいことは流体力学の解説書をみることにして、結果だけを書き表すと、定常状態では管軸方向の速度 u(r)が従う方程式は

1

r

d

dr

(rdu

dr

)= −α

µ(150)

となる.これを積分してu = − α

4µr2 + Ca log r + C2

となる.さらに境界条件 u(r = 0) =有限、u(r = R) = 0を課すと

u(r) =α

4µ(R2 − r2) (151)

を得る.速度は中心軸上で最大値 α/4µR2をとり rの2次関数となる.流量は

Q = 2π

∫ R

0u(r)rdr =

πR4α

8π= −πR

4

dp

dx(152)

であり、半径の 4乗に比例して増大し、圧力勾配に比例する.これをポアズイユの法則という.

10 無次元化と相似則

 一般に流れ場を解析する際には,上記の連続の方程式やNavier-Stokes方程式を有次元のまま解くことはまれであり,代表的な物理量を取って方程式を無次元化することが多い.そこで代表寸法を L,代表流速を U として採用すると

x = Lx∗, y = Ly∗

u = Uu∗, v = Uv∗

p = ρU2p∗, t = (L/U)t∗

と表される.ただしアスタリスクがついている量は無次元量であることを表す.これらより2次元の場合についてNavier-Stokes方程式を無次元化すると

∂u∗

∂t∗+ u∗

∂u∗

∂x∗+ v∗

∂u∗

∂y∗= −∂p

∂x∗+

1

Re

(∂2u∗

∂x∗2+∂2u∗

∂y∗2

)+Lf∗xU2

(153)

∂v∗

∂t∗+ u∗

∂v∗

∂x∗+ v∗

∂v∗

∂y∗= −∂p

∂y∗+

1

Re

(∂2v∗

∂x∗2+∂2v∗

∂y∗2

)+Lf∗yU2

(154)

となる.ここでReはレイノルズ数で

Re =ρUL

µ=UL

ν(155)

41

で定義される.ここで νは動粘性係数で ν = µ/ρである.レイノルズ数は粘性力に対する慣性力の比を表しており,レイノルズ数が大きければ粘性力の影響が慣性力に比べて小さくなる.無次元表示された Navier-Stokes方程式より,流れ場はレイノルズ数に依存することがわかる.いま,二つの流れがあり,それぞれに幾何学的に相似な物体が置かれているものとすると,寸法,流速,粘性係数などが異なっていてもレイノルズ数が同じであれば運動方程式の形は同じになり,圧力p∗と流速 v∗は時間 t∗と位置 r∗のみの関数となる.したがって,この場合これらの流れは力学的に相似である.流れが相似であるためにはレイノルズ数が同じであればよいことになり,これが粘性流体に対する相似法則である.

問題 2 いま一様な流速 U =10cm/sを持つ水の流れの中に内径 5cmの円柱が置かれている.水の粘性係数は µ =1.002 mPa・s,密度は ρ =998.2kg/m3であるものとして,レイノルズ数を計算せよ.

問題 3 車まわりの流れを調べるために模型を風洞の中に入れて調べたい.実際の車の代表寸法が4m,代表流速が 30m/s(時速 108kmに対応)であり,風洞での流速が 10m/sのとき,対応する模型の代表寸法をどれくらいにすればよいか.ただし空気の粘性係数はµ =1.822×10−2mPa・s,密度は ρ =1.205kg/m3とする.

問題 4 レイリーの流れがあるとき、平板での単位面積あたりの摩擦力を求めよ.

解答

τ = µ∂u

∂y

∣∣∣y=0

=µU√πνt

また、これを流体の密度 ρ、速度 U で無次元化したとき、

Cf ≡ τ12ρU

2=

2√π

1

R1/2, R =

U(Ut)

ν=UL

ν, L = Ut

すなわち摩擦係数はR−1/2で減少する.

問題 5 2次元クエット流、2次元ポアズイユ流、円管ポアズイユ流においてそれぞれの単位長さあたりの摩擦力を求めよ.

11 ψ-ω法

  2次元の流れを解析する場合には,圧力 pと流速 vを従属変数として解析するよりも,以下に示す流れ関数 ψと渦度 ωを従属変数として解析した方が便利な場合がある.そこで以下の連続の方程式と Navier-Stokes方程式を流れ関数と渦度で表記することを考える.xy面をとる 2次元の場合,渦度は z方向成分のみを持つ.なお,以下の式では無次元量であることを表すアスタリスクを省略している.

∂u

∂x+∂v

∂y= 0 (156)

∂u

∂t+ u

∂u

∂x+ v

∂u

∂y= −∂p

∂x+

1

Re

(∂2u

∂x2+∂2u

∂y2

)(157)

∂v

∂t+ u

∂v

∂x+ v

∂v

∂y= −∂p

∂y+

1

Re

(∂2v

∂x2+∂2v

∂y2

)(158)

42

まず,式 (35)を xで偏微分した式から式 (34)を yで偏微分した式を引き算すると

∂t

(∂v

∂x− ∂u

∂y

)+∂u

∂x

(∂v

∂x− ∂u

∂y

)+∂v

∂y

(∂v

∂x− ∂u

∂y

)

+u

(∂2v

∂x2− ∂2u

∂x∂y

)+ v

(∂2v

∂x∂y− ∂2u

∂y2

)

=1

Re

{∂

∂x

(∂2v

∂x2+∂2v

∂y2

)− ∂

∂y

(∂2u

∂x2+∂2u

∂y2

)}(159)

となり,圧力 pを消去できる.上式をさらに変形すると

∂t

(∂v

∂x− ∂u

∂y

)+

(∂v

∂x− ∂u

∂y

)(∂u

∂x+∂v

∂y

)+ u

∂x

(∂v

∂x− ∂u

∂y

)+ v

∂y

(∂v

∂x− ∂u

∂y

)

=1

Re

{(∂2

∂x2+

∂2

∂y2

)(∂v

∂x− ∂u

∂y

)}(160)

ここで渦度 ωを

ω =∂v

∂x− ∂u

∂y(161)

で定義すると,連続の方程式を利用して最終的に次式を得る.

∂ω

∂t+ u

∂ω

∂x+ v

∂ω

∂y=

1

Re

(∂2ω

∂x2+∂2ω

∂y2

)(162)

なお,渦度は流体の回転角速度の 2倍となっている.また,ベクトル解析からスカラー関数を ψ

として速度の各成分を

u =∂ψ

∂y, v = −∂ψ

∂x(163)

と表すと,連続の方程式は恒等的に満足される.ここで ψは流れ関数である.渦度の定義式 (161)

および式 (162)に式 (163)を代入すると,以下の式を得る.

∂2ψ

∂x2+∂2ψ

∂y2= −ω (164)

∂ω

∂t+∂ψ

∂y

∂ω

∂x− ∂ψ

∂x

∂ω

∂y=

1

Re

(∂2ω

∂x2+∂2ω

∂y2

)(165)

これらの式は,ψ と ω に関して閉じた方程式系を構成している.したがって,連続の方程式とNavier-Stokes方程式に代えて,これらの方程式系を基礎方程式として数値解析することができる.これを流れ関数-渦度法 (ψ-ω法)という.この ψ-ω法を用いた数値解析については,後の講習で再度紹介する.

12 流れの安定性と乱流

 これまで、粘性流れについてみてきたが、全て流れがきれいな層を成して流れるものばかりであった.このような流れを層流(laminar flow)とよぶ.一般に流れのレイノルズ数が大きくなると、流れは乱流になる.我々の日常生活やそれ以上のスケールをもつ流れの多くはほとんどが乱

43

r

L

η ε

熱 熱 熱

図 32: 乱流における運動エネルギーの運ばれ方.大きな渦でエネルギーが注入され、非線形相互作用で小さな渦に分配され、最後に熱になる.

流であり.従って、流れ場を数値解析するときにも層流ならば比較的良い解析ができるが、乱流場の数値解析となると極端に難しくなる.

 上でみたポアズイユ流れは、2次元、3次元ともにNavier-Stokes方程式の厳密解であるのになぜこのようなことが起こるのか不思議に思うかもしれない.しかし、厳密解が得られたからといってそれが攪乱にたいして安定であるかどうかはまた別問題である.流れの中には、流れの入り口、境界や流れの駆動の仕方などによってごく小さな攪乱が常に存在する.また、数値計算においても、有限のビット長で実数を表現するのであるから、数値ノイズという攪乱が存在する.いま、速度ベクトルと圧力を厳密解 (V , P )とそれに対する攪乱 (v′, p′)で表す.

v = V + u′, p = P + p′. (166)

これを (135)に代入する.(V , P )はNavier-Stokes方程式の厳密解であるから

ρ

(∂V

∂t+ V · ∇V

)= −∇P + µ∇2V + ρf , ∇ · V = 0 (167)

を満たしているはずである.上のポアズイユ流はこの方程式が偶然に線形であったが故に解析解が得られたのである.これを差し引くと

ρ

(∂v′

∂t+ V · ∇v′ + v′ · ∇V + v′ · ∇v′

)= −∇p′ + µ∇2v′ ∇ · v′ = 0 (168)

となる.この (v′, p′)の方程式はもとの方程式より複雑で非線形である.攪乱が小さいとしてこの非線形項 v′ ·∇v′を無視して、(v′, p′)の線形の方程式を解析すると、攪乱が指数関数的に増大する(|v′| ∝ eσt, Real(σ) > 0)最小のレイノルズ数が決定できる.このレイノルズ数を臨界レイノルズ数(Critical Reynolds number)という.2次元のポアズイユ流では Rc = Umax(L/2)/ν = 5772

である.このような解析を不安定性解析とよぶ.様々な層流に対して安定性が詳しく調べられているが、必ずしも臨界レイノルズ数が厳密に得られている訳ではない.また、臨界レイノルズ数を越えてレイノルズ数が大きくなると、ながれは一挙に乱流へ遷移する場合もあれば、様々な流れのパターンを生み出しながら次第にその複雑さを増していって乱流に移行する場合もある.この流れの不安定性の解析からローレンツモデルに代表されるカオス力学も生まれた.

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 ずっと高いレイノルズ数では流れは十分発達した乱流となる 3) .乱流では、システムサイズ(おおよそ考えている流れ場を特長づける幾何学的長さ L)でエネルギーが注入され、非線形性による不安定性によって次第に小さなサイズを持った乱流渦にエネルギーがわたってゆき、最後に粘性によって運動エネルギーが熱に変わる.この乱流中の最小の渦の大きさは ηで表されコルモゴロフの長さとよばれる.まっとうに乱流の数値計算を行おうとすると、格子点の大きさは η以下である必要がある.一方で、乱流理論によれば η ∝ LR−3/4と見積もられる.3次元乱流を最小の渦まで解析するのに必要とされる総格子点数はN ≈ R9/4いる.これはとんでもなく大きな数である.たとえば、R = 10, 000(人の歩く速さの約 1/10)とするとN = 109(10億!)という数になる.これでは普通のコンピュータではとうてい解像できない.従って、有限の格子幅で乱流の計算を行う時には、必ず格子幅以下の乱流運動をうまくモデル化する必要がある.これまで多くの試みがあり商用のパッケージも数多く見いだされている.しかし、十分な精度でただしく予測できるかどうかについては十分慎重さを要する.

 

 この第3回午前の部分のノートの一部は、名工大大学院機能工学専攻の井門康司助教授に準備していただきました.ここに記して御礼申し上げます.

参考文献

[1] 神部 勉:「流体力学」(裳華房、1995)

[2] 桑原邦郎、河村哲也:「流体計算と差分法」(朝倉書店、2005)

[3] 後藤俊幸:「乱流理論の基礎」(朝倉書店、1998)

[4] 蔦原道久、杉山司郎、山本正明、木田輝彦:「流体の力学」( 朝倉書店、2001)

[5] 日野幹雄:「流体力学」( 朝倉書店、1992)

[6] 水島二郎、柳瀬眞一郎:「理工学のための数値計算法」(数理工学社、2002)

[7] 和達 三樹:「物理のための数学」(岩波書店、1983)

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