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科学技術振興調整費 先導的研究等の推進 重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び 検査手法等に関する緊急調査研究 研究期間:平成 15 年度~ 平成 16 6 厚生労働省 吉倉 成果報告書

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科学技術振興調整費

先導的研究等の推進

重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び 検査手法等に関する緊急調査研究

研究期間:平成 15年度~

平成 16年 6月

厚生労働省 吉倉 廣

成果報告書

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

研究計画の概要 p.1

研究成果の概要 p.4

研究成果の詳細報告

1. ゲノム疫学研究

1.1. ゲノム情報の臨床診断への適用 p.10

1.2. ゲノム情報に基づく SARSウイルスの調査研究

1.2.1. SARSウイルス遺伝子の変異に関する研究 p.12

1.2.2. SARSコロナウイルス遺伝子情報の収集 p.17

2. SARSウイルスの検査法及びウイルス性気道感染症の鑑別診断法の開発

2.1. 迅速診断法の開発 p.20

2.2. 鑑別診断法の開発 p.25

3. SARSウイルスに対するワクチンの研究

3.1. ワクチン候補株の選定 p.29

3.2. 分子レベルでの解析① p.41

3.3. 分子レベルでの解析② p.43

3.4. 動物コロナウイルスのレセプターに関する研究 p.55

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

1

研究計画の概要

■ 研究の趣旨

重症急性呼吸器症候群(SARS)については、平成15年3月12日にWHOがハノイ、香港等における原因不明の肺炎

としてその存在を公表し、4月16日にはその原因ウイルスが新型コロナウイルス(SARSウイルス)であるとした。しかしなが

ら、その感染経路や発症機序等、依然として確定しておらず、不明な点も残っている。その後も世界各国で患者の報告が

相次ぎ、現在では25カ国を越え、延べ7,000人以上の患者が報告されるに至った。

これまでの我が国におけるSARS対策の取り組みとしては、厚生労働省にSARS対策本部を設置し、SARS管理指針

の策定、患者発生動向調査体制の整備、検疫体制の強化、医療提供体制の整備、自治体における行動計画の策定等、

危機管理体制の強化を図ってきた。また、各関係省庁等の連携のもと、速やかな情報の提供や正しい知識の普及啓発、

一般住民や渡航者等に対する相談体制の充実、国際協力の一環としての、ハノイ、香港への医療チーム・疫学専門家の

派遣やWHOの国際研究ネットワークへの参加等を行ってきた。

現段階で、我が国において患者発生は認められていないが、航空機等輸送手段の発達した今日の状況では、いかに懸

命に水際での防疫対策が実施されたとしても、今後、国内においても患者の発生が危惧される。国内での患者発生を念頭

に置いたSARS対策として、患者の早期診断法の確立や有効な予防策の確立、検疫体制のさらなる強化、科学的根拠に

基づく標準的治療法の確立等が急務の課題である。

そこで、本研究においては、国内での感染拡大防止に重点をおき、患者の早期発見や有効な感染予防策の確立のた

めの研究を実施する。具体的には、症例分析等による詳細な臨床像の把握や感染経路の究明による診断学的な整理、S

ARSウイルス迅速診断法及び鑑別診断法の確立、有効なワクチン開発のための基盤研究を行う。

コロナウイルスについては、現在のところ、我が国に専門家が少なく短期間により多くの研究成果を生むため、各府省庁・

関係機関等が一体となり、調査・研究を精力的に推進していく必要がある。本研究では、各研究機関が強力な連携体制を

とりながら、以下の研究を実施する。

・ ゲノム疫学研究

・ SARSウイルスの検査法及びウイルス性気道感染症の鑑別診断法の開発

・ SARSウイルスに対するワクチンの研究

■ 研究の概要

1.ゲノム疫学研究

1) 研究の目的として、①SARS患者の予後を早期の段階で評価すること、②重症化が示唆される場合には早期にステロ

イド治療や呼吸管理等の治療を行うことにより治療効果の向上を図ることがあげられる。

2) 研究方法については、第1に他国の症例に基づき臨床症状・所見や感染経路等の調査・分析を行い、早期診断のた

めの診断学的整理を行う。第2にウイルスの遺伝子学的特徴を解析する。これにより、SARSの遺伝子情報の適切な臨床

診断への適用や臨床医のSARS診断を容易にすること、遺伝子情報に基づく疫学調査による感染拡大防止策の確立を

図るものである。

2.SARSウイルスの検査法及びウイルス性気道感染症の鑑別診断法の開発

1) SARS病原体として新型コロナウイルスが同定されたが、急性期の診断検査には未だ信頼性のある方法が確立されて

おらず、SARS患者の診断は臨床像と渡航歴・接触歴などに基づかざるを得ない状況にある。本研究では(1)感染初期に

迅速かつ正確にSARS病原体を検出するPCR法等の開発、(2)回復期以降に、感染歴の有無を迅速かつ正確に判定で

きる抗体検査法の開発及び(3)また、生体材料に対するウイルス病理診断を行う。

2) また、一般的なウイルス性肺炎については、非常に多種類のウイルスがヒトに急性の呼吸器症状を引き起こすことから、

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

2

患者の症候や臨床所見だけでは起因ウイルスを同定することは極めて難しい。現在もっとも一般的な鑑別診断法は免疫学

的な方法で、特異的ではあるが、診断に2~4週間の時間がかかるという欠点がある。本研究では、この欠点を克服するた

め、鋭敏、且つ迅速なウイルス核酸鑑別システムをPCR法やDNAマイクロアレイを駆使して開発する。

3.SARSウイルスに対するワクチンの研究

SARSの原因ウイルスである新型コロナウイルスの自然宿主は同定されていないが、コロナウイルスの一般的な性状から、

新型コロナウイルスがヒトの間で定着してしまう可能性もある。従って、ワクチンの開発は、当面の流行対策のみならず、感

染症対策全体の中で捉える必要がある。本研究では、SARSに対する感染防御および発症阻止に有効で安全なワクチン

開発を目標として、コロナウイルスに関する知見を有する複数の研究機関が協力体制をとりながら、機動的に研究を進める。

現時点では、新型コロナウイルスの感染発症病理機構、病原性を規定する遺伝子部位、感染防御免疫、動物モデル等は

全く解明されていない。そこで、従来詳細に解析されてきた動物コロナウイルスに関する知見を活用しながら、候補ワクチン

の開発・試験製造、並びに動物を用いた免疫原性試験及び有効性の検証等を行う。

■ 実施体制

研 究 項 目 担当機関等 研究担当者

1. ゲノム疫学研究

(1) ゲノム情報の臨床診断への適用

(2) ゲノム情報に基づくSARSウイルスの調査研究

2. SARSウイルスの検査法及びウイルス性気道感染症

の鑑別診断法の開発

(1) 迅速診断法の開発

(2) 鑑別診断法の開発

3. SARSウイルスに対するワクチンの研究

(1) ワクチン候補株の選定

(2) 分子レベルでの解析①

(3) 分子レベルでの解析②

(4) 動物コロナウイルスのレセプターに関する研究

4. 研究総括

厚生労働省国立国際医療センター

厚生労働省国立感染症研究所

厚生労働省国立感染症研究所

東京大学医科学研究所

厚生労働省国立感染症研究所

厚生労働省国立精神・神経センター

厚生労働省国立療養所近畿中央病院

(独)農業・生物系特定産業技術研究

機構動物衛生研究所

厚生労働省国立感染症研究所

笹月 健彦

山田 靖子

田代 眞人

岩本 愛吉

小田切 孝人

田口 文広

岡田 全司

池田 秀利

◎吉倉 廣

(注:◎は研究代表者)

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

3

■ 研究運営委員会

氏 名 所 属

◎吉倉 廣

○笹月 健彦

○山田 靖子

○田代 眞人

○岩本 愛吉

○小田切 孝人

○田口 文広

○岡田 全司

○池田 秀利

厚生労働省国立感染症研究所 所長

厚生労働省国立国際医療センター 研究所長

厚生労働省国立感染症研究所 動物管理室長

厚生労働省国立感染症研究所 ウイルス第3部長

東京大学医科学研究所 教授

厚生労働省国立感染症研究所 ウイルス第3部インフルエンザウイルス室長

厚生労働省国立精神・神経センター 神経研究所モデル動物開発室長

厚生労働省国立療養所近畿中央病院 臨床研究センター部長

(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 動物衛生研究所

感染病研究部 複合感染病研究室長

◎ 運営委員長

○ 研究実施担当者

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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研究成果の概要

■ 総 括

2003年2月中国広東省で305人の急性呼吸器疾患が出現し5人が死亡した事に始まるSARSコロナウイルスの出現は、

我が国に感染症の脅威を再認識させた。我が国が中国と距離的に近く又商業活動を通じて密接な関係にあることから、大

きな社会経済問題ともなった。本研究事業は、この状況を受け急遽開始されたものである。年度途中から開始された研究

であること、当初ウイルスの入手も困難であったこと等から、調査研究に重点を置き、2003年度内に計画の範囲内で明確

な結論を出し、2004年度からの本格的な研究の方向の目処をつける事とした。内容は、大きく、SARSウイルスのゲノム疫

学、検査法、ワクチン開発、とした。

研究成果としては、実用段階のウイルス検出系が一応出来たこと、動物モデルを含めたワクチン開発の基礎データが揃っ

たこと、ウイルスの変異に関するデータがそれなりに蓄積されたことが挙げられる。本年度得られた研究成果の本当の評価は、

2004年度以降の研究の発展と、次のSARSの流行での有用性により決まることと思われる。なお、本研究開始当初、コロナ

ウイルス研究者が我が国に数える程しかいなかったことは、感染症研究の今後を考える上での重要な教訓と思われる。

■ サブテーマ毎、個別課題毎の概要

1.ゲノム疫学研究

1.1.ゲノム情報の臨床診断への適用

ベトナムにおけるSARS関連の病院、研究所の代表者らと、SARSの重症化要因に関わる臨床疫学研究、疾患感受性

遺伝子研究、抗原エピトープ、抗体産生量などの解析に関わる国際共同研究プロトコールを作成し、両国の倫理委員会に

より承認後、44名のSARS発症者に関する追跡調査と、103名の濃厚接触非発症者について、採血、疫学臨床情報の収

集、調査を実施した。抗SARSウイルス抗体が認識する抗原エピトープを同定するための実験系を確立し、反応性の高い

ペプチドの候補を複数個同定した。SARSの病態、重症化および免疫応答に関連する候補遺伝子をリストアップし、その

遺伝子多型を同定し、遺伝子タイピングを実施した。

1.2.ゲノム情報に基づくSARSウイルスの調査研究

動物体内や培養細胞での増殖で起こるSARSコロナウイルスの変異について研究を行った。香港から分与されたウイル

スを感染研で増殖させたウイルスストックにはORF6から8の間に2塩基の欠失が認められた。動物(カニクイザル)体内で

の増殖ではS蛋白に2塩基の変異、培養細胞での継代ではE蛋白に24塩基の欠失が起こっていた。また、感染研で分離

した香港由来株の解析により、香港株のM蛋白には2箇所にアミノ酸の variable siteの存在が示された。以上のように、S,

E、M各構造蛋白に変異および欠失が認められ、変異はどの構造蛋白にも起こる可能性が示唆された。また、機能が解明

されていないORF6から8の部位は変異の多発部位として報告があるが、今回の解析でもこの部位に欠失が確認された。

幸いなことにわが国ではSARSの流行は起こらなかったので、流行株の遺伝子配列の解析を行う機会を得なかった。デ

ータベース上の情報から公表されている株の一覧表を作成した。流行地の研究グループから分子疫学的な論文が発表さ

れ、遺伝子情報からSARSの流行がどのように広がっていったか、を類推し、また系統樹による流行株の分類を行っている

ので、引用文献として挙げた。

2.SARSウイルスの検査法及びウイルス性気道感染症の鑑別診断法の開発

2.1.迅速診断法の開発

初期患者でSARSコロナウイルス感染を診断するには、ウイルス遺伝子を増幅して検出するRT-PCR法が広く用いら

れているが、操作に半日以上かかり、特殊な機器や電気泳動を必要とし、検出感度も20~50%に留まる。2時間程度で結

果の出るリアルタイムPCR法も開発されているが、高額な特殊機器を必要とする。そこで、発症初期において、高感度、高

特異性で、特別な機器を必要とせず、短時間で、簡単に診断する安価な検査キットの開発を、SARS再来が危惧される冬

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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季を目標として、長崎大学熱帯医学研究所、栄研化学と共同で進めた。1本のチューブ内で、検体から抽出したウイルスR

NA遺伝子を逆転写し、6箇所のプライマーと2重鎖DNAポリメラ―ゼを用いて、単一温度(65度)でDNAをループ状に無

限に増幅させ、濁度として目視するLAMP法を応用した。特異性は高く、既知のヒトおよび動物コロナウイルスや呼吸器感

染を起こす病原体との交差反応は生じなかった。感度はRT-PCRの10倍以上で、1~10コピーのRNAを20分以内に

検出可能であり、WHOによる試験でも高い評価を得た。香港、ベトナム、モンゴル、台湾、シンガポールなどの協力により、

様々な病日の多数の患者検体(便、血清、咽頭材料など)について検出感度を検討した結果、発症5日以内においても検

出率は80%以上であり、非特異反応はゼロであった。12月初旬には、厚生労働省から対外診断薬としての承認を受け、

全国の衛生研究所や検疫所に配布して、わが国のSARSの早期診断体制に応用された。

2.2.鑑別診断法の開発

恒温核酸増幅法によってSARSコロナウイルス、ヒトコロナウイルス、マイコプラズマ、インフルエンザウイルス(A型,B型)

を鑑別診断できる系を開発できた。いずれの病原体についても核酸を30分以内に診断が可能であった。感度については、

引き続き検討が必要である。特異性については、ほぼ標的だけを検出できる特異性が高い結果を得た。しかし、SARSコ

ロナウイルス用プライマーセットの一つは一部のマイコプラズマゲノムDNAに対し陽性結果を出すことがあった。

3.SARSウイルスに対するワクチンの研究

3.1.ワクチン候補株の選定

SARS成分ワクチンおよび遺伝子組み換え人工ウイルスワクチンを作製するために、弱毒型ワクシニアウイルスベクター

にSARSウイルス構成蛋白(S,M,E,N)遺伝子をそれぞれ単独で組み込んだ組み換えウイルスを作製した。また、ベク

ターにE+M遺伝子、E+M+S遺伝所を組み替えたウイルスの作製に成功した。不活化全粒子ワクチンを開発するため

に、不活化ウイルスの経皮接種および経鼻接種を行った。ワクチンによって、全身性にSおよびN蛋白特異的抗体および

中和活性を有する抗体反応が惹起された。また、各種細胞性免疫反応も惹起された。これら免疫反応はアルムアジュバン

トおよび経鼻免疫用のアジュバントの添加により、さらに増強された。ワクチン効果を評価するために小動物を用いた感染

実験動物モデルの開発を試みたところ、マウス、ラットでは臨床症状は観察されないが、感染は成立し鼻腔や肺での病変

やウイルス抗原が検出されることから、これら小動物は動物実験モデルとして有用であることが示された。

3.2.分子レベルでの解析①

SARSウイルスに対するワクチン、抗ウイルス剤開発に向けて、マウスコロナウイルス(MHV)を用いて検討した。可溶性

HV受容体はMHVを効率的に中和し、その中和活性には108個のアミノ酸からなるNドメイン単独で十分であることが明ら

かとなった。

3.3.分子レベルでの解析②

SARSウイルスHKU39849のS、M、N、Eの各ウイルス構造タンパクcDNA及びSARS TW1株のcDNAをpcDNA

3,1(+)ベクター及び、His-Tag発現ベクターに構築し、真核細胞及び大腸菌に導入した。NとMのリコンビナント蛋白を作

製した。4種のS、M、N、E DNAワクチンをマウス及びヒト免疫応答を解析しうるSCID-PBL/huに免疫し、細胞性免疫(キ

ラーT細胞)を介してワクチン効果を発揮するSARS(N)DNAワクチン及びSARS(M)DNAワクチンを開発した。さらにSC

ID-PBL/huを用い、SARSウイルス増殖阻止活性を示すヒト抗体を誘導するSARS(M)DNAワクチンを作製した。

3.4.動物コロナウイルスのレセプターに関する研究

コロナウイルスであるブタ伝染性胃腸炎ウイルスの受容体(アミノペプチダーゼN)遺伝子をブタ8個体からクローニングし

塩基配列を比較した。すべて99%以上の核酸相同性を示し、欠失や挿入はなく、近縁なグループの対立遺伝子であろう

と思われた。一つのクローンのORFにストップコドンが見つかったが、ブタ個体のウイルス感受性との関連は不明である。ウ

イルスの受容体結合分子はS蛋白で、ウイルスの種特異性、臓器特異性を担う。ウイルス-受容体の相互作用を解析する

ために、バキュロウイルスベクター系で組換えS蛋白の作製を試みたが、まだ蛋白発現するベクターは得られていない。

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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■ 波及効果、発展方向、改善点等

1.ゲノム疫学研究

1.1.ゲノム情報の臨床診断への適用

ベトナムにおけるSARSウイルス既感染者、接触者の臨床疫学情報を整理し、報告することについては、ベトナムの研究

者らがまだこれらの知見を国際誌に報告していないため、これを支援しつつ、今後、わが国にも詳細な情報を提供すること

ができるものと思われる。一部、現時点で許可を得て、関係医療機関や雑誌に、SARS発症者の経時的変化を伴うレント

ゲン画像を提供した。SARSウイルスゲノム情報を利用して合成された患者血液と反応する抗原ペプチドの同定は、SAR

Sの早期診断キットの開発へ向けて、重要な基礎データとなると思われる。疾患感受性遺伝子研究については、発症者を

酸素投与の必要だった群と、必要でなかった2群に分け、解析を継続中である。ベトナムにおけるトリインフルエンザのヒト

感染の発生に伴い、一部のデータの入手が滞っており、データ解析に遅れが生じている。

1.2.ゲノム情報に基づくSARSウイルスの調査研究

幸いなことにわが国ではSARSの流行が起こらなかったので、流行株の遺伝子情報はデータベースおよび論文の参照

に留まった。動物体内および実験室内で維持されたSARSウイルスでは構造蛋白に変異が起こることが証明された。これ

らの変異と病原性やウイルスの性状に関連があるか、は今後の重要な研究テーマと思われる。

2.SARSウイルスの検査法及びウイルス性気道感染症の鑑別診断法の開発

2.1.迅速診断法の開発

インフルエンザの流行時期と重なってSARSが再流行するという懸念は、2003年12月から一般のSARS患者が発生し

ている中国における速やかな現地での対応と、WHO及び各国関係機関の協力により現実化はしていない。しかし、SAR

Sの予防に関しては、現時点では積極的手段は存在しない。感染予防や発症・重症化阻止に有効な医薬品も見つかって

おらず、ワクチン開発も実用化までには最短でも2~3年はかかる。したがって、依然として早期発見と隔離が重要であるこ

とに変わりなく、本キットがSARS診断の補助として日本の水際での防御、感染拡大を防ぐ一助になることを期待したい。ま

た、本キットで用いられた測定原理を応用して、新興、再興感染症を簡易、迅速に検出し、感染拡大阻止に役立つ試薬が

開発されることを期待したい。

2.2.鑑別診断法の開発

SARS類似疾患であるインフルエンザ、マイコプラズマ肺炎を短時間に鑑別できる系が確立できたので、診療上及び呼

吸器疾患の臨床研究に役立つことが予想される。さらに症例を正確に限定できることで疫学調査の信頼度が飛躍的に向

上することが期待される。さらに広範囲な病原体を短時間に容易に鑑別できる、いわゆるハイスループット化への発展が大

いに期待される。異なる病原体の感度を正確に測定する方法の確立、マイクロアレイを用いた病原体の確認検査法などに

ついては、引き続き研究を行う必要がある。

3.SARSウイルスに対するワクチンの研究

3.1.ワクチン候補株の選定

SARSウイルス構成蛋白を発現できる遺伝子組換えワクシニアウイルスができたことから、より安全なSARS成分ワクチン

や人工ウイルスワクチンの作製が可能となった。今後、これら組換えウイルスの免疫原性について検討する必要がある。

SARS不活化ウイルスの免疫原性がマウスで確認されたこと、さらに、マウス、ラットを用いたSARSウイルスの実験動物系

が見つかったことから、今後は不活化ワクチンによる感染防御効果の検討を進める。

3.2.分子レベルでの解析①

可溶性受容体のウイルス中和部位を更に限定することにより、ウイルス中和活性を持つ合成ペプチドの作成が可能にな

り、抗SARSウイルス剤への応用が期待できる。

3.3.分子レベルでの解析②

中和抗体依存性DNAワクチンと細胞性免疫依存性DNAワクチンを合体し、種々の変異株SARSウイルスに対するワク

チンが行政として利用できる。スペクトルの広いDNAワクチンは本邦のみでなく国際貢献もなしうる。SARSウイルスに対す

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

背景

海外におけるSARS多発迅速診断法なし現在治療法なし

日本での患者発生の可能性

研究開発

期待される効果

・国民のSARSに対する不安の解消・患者の早期発見

有効な予防・診断法の開発

ゲノム疫学研究 (国際医療センター、感染症研究所)○目標:SARSゲノム情報の適切な臨床診断への適用により、臨床医のSARS

の診断を容易にし、また、ゲノム情報に基づく疫学調査を行い感染拡大防止策を確立する。

○主な成果:SARSウイルス粒子表面蛋白が継代により容易に変異すること、その蛋白の中での患者血清と反応しやすいアミノ酸配列がわかった。

SARSウイルス検査法及び鑑別診断法の開発(感染症研究所、東京大学医科学研究所)

○目標:迅速かつ正確な検査法を開発する。また、ウイルス性気道感染症鑑別診断法を開発する。

○主な成果:厚生労働省の体外診断薬としての認可を受けた検査キットが開発された。

SARSウイルスに対するワクチンの研究(感染症研究所、精神・神経センター、近畿中央病院、動物衛生研究所)

○目標:拡大防止に最も効果的であるワクチンの迅速な開発のための研究基盤を確立する。

○主な成果:不活化全粒子ワクチンが中和抗体を誘導すること、動物モデルとしてはサルよりもマウス等の小動物の方が適当であることがわかった。また、動物コロナウイルスの基礎研究、DNAワクチンの研究が進展。

るヒト型モノクローナル抗体を作製中であり、ヒト臨床応用に向けた行政施策貢献となる。SARS(M)DNAワクチンにより得

られたMに対する抗体(ウイルス増殖阻止)と(S)DNAワクチンの両者で相乗効果が得られれば行政政策貢献となる。

3.4.動物コロナウイルスのレセプターに関する研究

ブタ伝染性胃腸炎ウイルスの受容体遺伝子に多型性が見つかり、このウイルスに対するブタ個体の感受性に関与する

かどうかが今後の課題である。

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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■ 所要経費

(単位:千円)

研 究 項 目 担当機関等 研 究

担当者

平成

15年度

1. ゲノム疫学研究

(1)ゲノム情報の臨床診断への適用

(2)ゲノム情報に基づくSARSウイルスの調

査研究

2. SARSウイルスの検査法及びウイルス

性気道感染症の鑑別診断法の開発

(1)迅速診断法の開発

(2)鑑別診断法の開発

3.SARSウイルスに対するワクチンの研究

(1)ワクチン候補株の選定

(2)分子レベルでの解析①

(3)分子レベルでの解析②

(4)動物コロナウイルスのレセプターに関す

る研究

4.研究総括

厚生労働省国立国際医療センター

厚生労働省国立感染症研究所

厚生労働省国立感染症研究所

東京大学医科学研究所

厚生労働省国立感染症研究所

厚生労働省国立精神・神経センター

厚生労働省国立療養所近畿中央病院

(独)農業・生物系特定産業技術研究機構

動物衛生研究所

厚生労働省国立感染症研究所

笹月 健彦

山田 靖子

田代 眞人

岩本 愛吉

小田切孝人

田口 文広

岡田 全司

池田 秀利

吉倉 廣

9,276

9,974

20,020

19,804

19,752

5,139

4,982

6,795

390

所 要 経 費 (合 計) 96,132

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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■ 研究成果の発表状況

(1) 研究発表件数

原著論文による発表 左記以外の誌上発表 口頭発表 合 計

国 内 1 件 6 件 14 件 21 件

国 際 6 件 0 件 4 件 10 件

合 計 7 件 6 件 18 件 31 件

(2) 特許等出願件数

合計 1 件

(3) 受賞等

なし

(4) 主な原著論文による発表の内訳

国内紙

1. N. Nakajima, Y. Asao-Ozaki, N. Nagata, Y. Sato, F, Dizon, F. J.Paladin, R.M. Olveda, T. Odagiri,

M. Tashiro, T. Sata: SARS corona virus-infected cells in lung detected by new in-situ hybridization

technique. Jpn. J. Infect. Dis. 56, 139-141 (2003).

国外誌

2. S Shichijo, N Keicho, H T Long, T Quy, N C Phi, L D Ha, V V Ban, S Itoyama, C-J Hu, N Komatsu, T

Kirikae , S Shirasawa, M Kaji, T Fukuda, M Sata, K Itoh, T Sasazuki:「Assessment of synthetic peptides of

severe acute respiratory syndrome coronavirus recognized by long-lasting immunity」, submitted

3. B. L. Haagmans, T. Kuiken, B. E. Martina, R. A. M. Fouchier, G. F. Remmlzwaan, G. van Amerangen, T.

Itamura, M. Tashiro, A.D.M.E. Ostgehaus : Peggylated interferon-alpha protects type 1 pneumocytes against

SARS coronavirus infection in macaques. Nature Med. 10, 1-4 (2004).

4. Chong PY, Chui P, Ling AE, Franks TJ, Tai DYH, Leo YS, Kaw GJL, Wansaicheong G, Chan KP, Oon LLE,

Teo ES, Tan KB, Nakajima N, Sata T, Travis W.: Analysis of deaths during the severe acute respiratory

syndrome (SARS) epidemic in Singapore: challenges in detemining a SARS diagnosis. Arch Pathol Lab Med

2004, 128: 195-204.

5. 田口文広:「N terminal domain of murine coronavirus receptor CEACAM1 is responsible for fusogenic

activation and conformational changes of the spike protein」, J. Virol. 78, 216-2238 (2004)

(5) 主要雑誌への研究成果発表

Journal Impact

Factor サブテーマ 1 サブテーマ 2 サブテーマ 3 合計

Journal of Infection and Chemotherapy

Journal of Virology

Vaccine

5.9

1.95

1

1

1

1

1

1

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

10

1. ゲノム疫学研究

1.1. ゲノム情報の臨床診断への適用

国立国際医療センター研究所

笹月 健彦

■ 要 約

ベトナムにおける SARS関連の病院、研究所の代表者らと、SARSの重症化要因に関わる臨床疫学研究、疾患感受性遺

伝子研究、抗原エピトープ、抗体産生量などの解析に関わる国際共同研究プロトコールを作成し、両国の倫理委員会によ

り承認後、44名の SARS 発症者に関する追跡調査と、103名の濃厚接触非発症者について、採血、疫学臨床情報の収集、

調査を実施した。抗 SARS ウイルス抗体が認識する抗原エピトープを同定するための実験系を確立し、反応性の高いペプ

チドの候補を複数個同定した。SARS の病態、重症化および免疫応答に関連する候補遺伝子をリストアップし、その遺伝子

多型を同定し、遺伝子タイピングを実施した。

■ 目 的

SARS 発症者と濃厚接触非発症者の背景を明らかにするとともに、臨床情報の収集を行い、血液検査により、SARS に関

わる疾患感受性遺伝子、抗原エピトープ、抗体産生量など、SARS重症化に関わる因子を明らかにする。

■ 研究方法

WHOの診断基準による 44名の SARS発症者に関する発症半年後の追跡調査と、103名の濃厚接触非発症者について、

文書同意のもと、採血臨床情報の収集、聞き取り調査を実施した。血液検体は国連の専門機関である国際民間航空機関

(ICAO)の規定に基づき、輸送した。宿主応答性と関連すると考えられる抗原エピトープおよび抗体産生に関わる基礎的な

検討については、SARS ウイルスの全ゲノム配列に基づき、S蛋白を中心に、15アミノ酸からなる 197個の異なるペプチドを

合成し(図-1)、異なる発色性を有する蛍光ビーズにコートし、血漿と反応させ、抗体と反応するペプチドを高速大量に同定

するルミネックス法を用いて同定した(図-2)。SARS の病態、重症化および SARS ウイルスに対する免疫応答に関連する可

能性のある候補遺伝子遺伝子多型の同定には、直接塩基配列決定法を用い、遺伝子多型タイピングについては、RFLP

法と、直接シークエンス法を併用した。

図-1 抗体スクリーニング用ペプチドのデザイン 図-2 患者血中抗体が認識するウイルス抗原の同定

レプリカーゼ 1Aレプリカーゼ 1B

全長30KB、同定されたタンパク質数 15個、総アミノ酸数 9932個

スパイク糖蛋白

膜糖蛋白 (M) ヌクレオキャプシド蛋白

スパイク糖蛋白 (1255 個)15 個

10 個 5 個

小外被蛋白 (E)

例.

SARS患者血清 SARS医療従事者血清 健常者血清

患者抗体

蛍光標識抗ヒト抗体

P2 P100

レーザー

P1

≪P2ペプチドに対する抗体が産生されている≫

ルミネックスによる解析 

蛍光検出 ビーズの識別

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

11

P = 0.00 0 P = 0.00 1P = 0.00 0 P = 0.00 1

DC

B

P = 0.0 11 P = 0.0 00

A

P = 0.0 01 P = 0.0 18

0200400600800

100012001400

Fluo

resc

ence

inte

nsity

Patient Contact Healthy

0

5000

10000

15000

20000

25000

Fluo

resc

ence

inte

nsity

Patient Contact Healthy

0200400600800

10001200140016001800

Fluo

resc

ence

inte

nsity

Patient Contact Healthy0

5000

10000

15000

20000

25000

Fluo

resc

ence

inte

nsity

Patient Contact Healthy

18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 Exon

K26R

PCR primer

C/T

A/G 2285666

G/AA/G 2301692

C/G 4646174

C/T 2301693

A/G

G/A

■ 研究成果

宿主応答性と関連する SARS ウイルス抗体と反応性の高い合成ペプチド(15アミノ酸からなる)を約 200個の中から複数同

定した。これらのペプチドに反応する抗体は、他の感染症や自己免疫疾患の患者血液中には存在しなかった。また SARS の

病態、重症化および SARSウイルスに対する免疫応答に関連する可能性のある候補遺伝子として、SARSウイルスの宿主側レ

セプターとして最近同定されたACE2遺伝子1)の全エクソン、プロモータ領域の多型検索とタイピングを行った。ベトナム人で

は、データベース上に登録されているアミノ酸変異は認められず、データベース上に登録されていない、まれなアミノ酸置換

が見いだされたが、SARS発症との関連は否定的であった。それ以外の候補遺伝子関連解析は、現在進行中である。

図-3 各合成ペプチド(AからD)に対する 図-4 ACE2遺伝子の多型位置(ベトナム人 77名の検討)

SARS回復者、接触者、健常者血漿中の IgG抗体力価

■ 考 察

ベトナムにおける SARS ウイルス既感染者、接触者の臨床疫学情報を整理し、報告することについては、ベトナムの研究者

らがまだこれらの知見を国際誌に報告していないため、これを支援しつつ、今後、わが国にも詳細な情報を提供することが

できるものと思われる。一部、現時点で許可を得て、関係医療機関や雑誌に、SARS 発症者の経時的変化を伴うレントゲン

画像を提供した。SARS ウイルスゲノム情報を利用して合成された患者血液と反応する抗原ペプチドの同定は、SARS の早

期診断キットの開発へ向けて、重要な基礎データとなると思われる。疾患感受性遺伝子研究については、発症者を酸素投

与の必要だった群と、必要でなかった2群に分け、解析を継続中である。ベトナムにおけるトリインフルエンザのヒト感染の

発生に伴い、一部のデータの入手が滞っており、データ解析に遅れが生じている。

■ 引用文献

1. Li W, et al.:「Angiotensin-converting enzyme 2 is a functional receptor for the SARS coronavirus.」,Nature,

426:450-4.,2003

■ 成果の発表

原著論文による発表

国外誌

1. S Shichijo, N Keicho, H T Long, T Quy, N C Phi, L D Ha, V V Ban, S Itoyama, C-J Hu, N Komatsu, T Kirikae ,

S Shirasawa, M Kaji, T Fukuda, M Sata, K Itoh, T Sasazuki:「Assessment of synthetic peptides of severe acute

respiratory syndrome coronavirus recognized by long-lasting immunity」, submitted

特許等出願等

1. 笹月健彦、Tran Quy,「SARS回復者血漿中の抗体により強く認識される合成ペプチドの同定」,出願中

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

12

1. ゲノム疫学研究

1.2. ゲノム情報に基づく SARS ウイルスの調査研究

1.2.1. SARSウイルス遺伝子の変異に関する研究

厚生労働省国立感染症研究所動物管理室

山田 靖子

■ 要 約

動物体内や培養細胞での増殖で起こる SARS コロナウイルスの変異について研究を行った。香港から分与されたウイル

スを感染研で増殖させたウイルスストックには ORF6 から8の間に 2 塩基の欠失が認められた。動物(カニクイザル)体内で

の増殖ではS蛋白に2塩基の変異、培養細胞での継代では E 蛋白に24塩基の欠失が起こっていた。また、感染研で分離

した香港由来株の解析により、香港株のM蛋白には2箇所にアミノ酸の variable siteの存在が示された。

■ 目 的

RNAウイルスは DNAウイルスに比較すると、遺伝子変異が多いことが証明されている。SARSウイルスは RNAウイルスの

中のコロナウイルスに属する。マウスコロナウイルスでは S蛋白、N蛋白にアミノ酸変異が多発し、また S蛋白に最大 150近

くのアミノ酸の欠失が起こることが報告されている。SARS ウイルスが動物体内や培養細胞での継代でどの程度変異を起こ

すか、を研究することを目的とした。

■ 研究方法

遺伝子解析に供したウイルスは (1) HKU-39849K: 香港から譲渡されたHKU-39849を感染研で 2代継代してその後の

各種実験へのシードとしたウイルス、 (2) IL7: HKU-39849Kを経鼻感染させたカニクイザルの接種後7日目の回腸から分

離されたウイルス、(3) P10, P20: HKU-39849KをVeroE6細胞で 10代および 20代継代したウイルス、 (4) HK14T1: 香

港よりウイルス分離の陽性コントロールとして譲渡された臨床材料から感染研で分離したウイルス、である(表1)。各ウイルス

感染細胞 (VeroE6) から RNAを抽出し、Oligo dT もしくは random primerを用いて cDNAを作成した。PCR法により、S蛋

白コード領域を 3つに分割した部位、E蛋白からM蛋白コード領域までの部位、Mと N蛋白の間に位置するORF6から 8の

部位、N蛋白コード領域をそれぞれ増幅した (図1)。PCR産物を精製し、direct sequenceで遺伝子配列を決定した。

表1.解析に供したウイルスの一覧

香港よりウイルス分離の陽性コントロールとして譲渡された臨床材料から感染研で分離したウイルス

HK14T14

VeroE6で10代、20代継代したウイルス

P10, P203

HKU-39849を経鼻感染させたカニクイザルの接種後7日目の回腸から分離されたウイルス

IL72

香港から譲渡されたHKU-39849を感染研で2代継代し、他の実験へのシードとしたウイルス

HKU-39849K1

説   明呼 称

SE

M N

6

7a

7b 8a

8b

9b

20 25 30kb

図1.PCR法による遺伝子増幅部位

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

13

TAA ATG

M N67a

7b

8a

8b64aa 123aa

45aa

40aa

85aa

8a25aa

HKU39849-K

FF1-d(フランクフルト株継代3代目で欠失が認められた)

8123aa

SZ3(ハクビシン)

7b30aa

2nt delete

45nt delete

29nt  insert

HKU39849

HKU39849-MN 601 CTTCTATTTGTGCTTTTTAGCCTTTCTGCTATTCCTTGTTTTAATAATGCTTATTATATT 660HKU39849K-MN 601 ............................................................ 660FF1d-MN 601 ..........ATA....------------------------------------------- 617SZ3-MN 601 ............................................................ 660

HKU39849-MN 661 TTGGTTTTCACTCGAAATCCAGGATCTAGAAGAACCTTGTACCAAAGTCTAAACGAACAT 720HKU39849K-MN 661 ............................................................ 720FF1d-MN 618 --.......................................................... 675SZ3-MN 661 ............................................................ 720

HKU39849-MN 721 GAAACTTCTCATTGTTTTGACTTGTATTTCTCTATGCAGTTGCATATGCACTGTAGTACA 780HKU39849K-MN 721 ...........................--............................... 778FF1d-MN 676 ............................................................ 735SZ3-MN 721 ..............................................C............. 780

HKU39849-MN 781 GCGCTGTGCATCTAATAAACCTCATGTGCTTGAAGATCCTTGT----------------- 823HKU39849K-MN 779 ...........................................----------------- 821FF1d-MN 736 ...........................................----------------- 778SZ3-MN 781 ...........................................CCTACTGGTTACCAACC 840

HKU39849-MN 824 ------------AAGGTACAACACTAGGGGTAATACTTATAGCACTGCTTGGCTTTGTGC 871HKU39849K-MN 822 ------------................................................ 869FF1d-MN 779 ------------................................................ 826SZ3-MN 841 TGAATGGAATAT................................................ 900

■ 研究成果

(1) HKU-39849K では MN コード領域間に 2 塩基の欠失が認められた(図3)。この欠失により ORF8a にストップコドンが

入り、親株では 40 アミノ酸の長さが 25 アミノ酸までの pseudogene となった。この領域は他の株でも変異が報告されて

いる。フランクフルト株では細胞での継代 3代目で45塩基の欠失が確認され、ORF7bが短くなった(引用文献1)。ハク

ビシンから分離されたウイルスでは 29塩基多く、ORF8が 1本となっている(引用文献3)(図2)。HKU-39849Kは感染

研での種種の実験のシードウイルスであるので、それを接種したカニクイザルから採材した IL7および培養細胞で継代

した P10、P20にこの変異が認められた。

図2.MN コード領域間の変異

図3.MN コード領域間の配列アライン

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

14

S1 S2HR1 HR2

TM

MHV(JHM:1235aa) 629

SARS-CoV(HKU39849:1255aa)

686 1008

SS

HKU39849 S AIL7* A S

* 106 TCID50 経鼻感染7日後カニクイザル回腸より分離されたウイルス

77aaE 50nt

24nt delete

17 19 22HKU39849 t t tPass20 c g c(継代20代目)

M

E 69aa

HKU398491 ATGTACTCATTCGTTTCGGAAGAAACAGGTACGTTAATAGTTAATAGCGTACTTCTTTTT 1 ...............------------------------.....................

Pass10、20(継代10代、20代)

(2) HKU-39849K を経鼻感染させたカニクイザルの接種後 7日目の回腸から分離されたウイルス IL7 では S蛋白に2箇

所のアミノ酸の変異を伴う遺伝子の変異が確認された。7日間の感染中に動物体内でS蛋白に変異が起こることが証

明された(図4)。

図4.IL7 S蛋白のアミノ酸の変異

(3) HKU-39849K を VeroE6細胞で 10代継代したウイルス P10ではE蛋白231塩基のうち24塩基が欠失していた。さら

に20代継代のウイルスP20では EM間の 50塩基のうち、3塩基が変異していた。細胞での継代により構造蛋白にも欠

失が起こることが証明された(図5)。

図5.P10,P20におけるEおよびEM間の変異

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

15

27 68HK14T1 C ACUHK-Su10 . .HKU-65806 . .CUHK-W1 F .HKU-36871 F .HKU-66078 F VHKU-39849 F VFF1 F V

M 222aa

香港株

フランクフルト株

(4) 香港よりウイルス分離の陽性コントロールとして譲渡された臨床材料から感染研で分離したウイルス HK14T1 では M

蛋白に2箇所のアミノ酸の変異を確認した。この変異の箇所を他の香港由来株の配列と比較すると、香港株の中でも

相違のある箇所であることが判明した(図6)。

図6.HK14T1におけるM蛋白の変異

■ 考 察

本研究の目的は、SARS コロナウイルスの遺伝子変異がどの程度、どの部位に起こるか、を研究することである。実際の流行

地で分離されたウイルスについての解析が可能であれば、研究目的の達成は最善であったと思われるが、幸いにもわが国で

は流行は起こらなかった。流行株の遺伝子解析は各流行地の研究機関が精力的に行い、データベースに発表されているので、

それを参照されたい。本研究では実験室内で可能な SARS コロナウイルスの変異についての解析を行った。その結果、S,E、

M各構造蛋白に変異および欠失が認められ、変異はどの構造蛋白にも起こる可能性が示唆された。また、機能が解明されて

いないORF6から 8の部位は変異の多発部位として報告があるが、今回の解析でもこの部位に欠失が確認された。

■ 引用文献

1. Volker Thiel, Konstantin A. Ivanov, Ákos Putics, Tobias Hertzig, Barbara Schelle, Sonja Bayer, Benedikt Weißbrich,

Eric J. Snijder, Holger Rabenau, Hans Wilhelm Doerr, Alexander E. Gorbalenya, and John Ziebuhr: Mechanisms and

enzymes involved in SARS coronavirus genome expression, J. Gen. Virol., 84, 2305-2315, 2003

2. Yi Jun Ruan, Chia Lin Wei, Ai Ee Ling, Vinsensius B Vega, Herve Thoreau, Su Yun Se Thoe, Jer-Ming Chia, Patrick

Ng, Kuo Ping Chiu, Landri Lim et al.: Comparative full-length genome sequence analysis of 14 SARS coronavirus

isolates and common mutations associated with putative origins of infection, Lancet 361, 1779-1785, 2003

3. Y. Guan, B. J. Zheng, Y. Q. He, X. L. Liu, Z. X. Zhuang, C. L. Cheung, S. W. Luo, P. H. Li, L. J. Zhang, Y. J. Guan,

K. M. Butt, K. L. Wong, K. W. Chan, W. Lim, K. F. Shortridge, K. Y. Yuen, J. S. M. Peiris, and L. L. M. Poon:

Isolation and Characterization of Viruses Related to the SARS Coronavirus from Animals in Southern China, Science

302, 276-278, 2003

4. Y Guan, JSM Peiris, B Zheng, LLM Poon, KH Chan, FY Zeng, CWM Chan, MN Chan, JD Chen, KYC Chow et al.:

Molecular epidemiology of the novel coronavirus that causes severe acute respiratory syndrome, Lancet 363, 99-104, 2004

5. The Chinese SARS molecular epidemiology consortium: Molecular evolution of the SARS coronavirus during the

course of the SARS epidemic in china, Scienceexpress/29 January 2004/10.1126/science. 1092002

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16

■ 成果の発表

口頭発表

招待講演

1. 山田靖子:動物のコロナウイルス感染症、ラジオ短波メディカル・コーナー、平成 15年 12月 14日放送。

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17

1. ゲノム疫学研究

1.2. ゲノム情報に基づく SARS ウイルスの調査研究

1.2.2. SARS コロナウイルス遺伝子情報の収集

厚生労働省国立感染症研究所動物管理室

山田 靖子

■ 要 約

ウイルス遺伝子に関してデータベースに公表された株の情報を収集し、一覧表を作成した。

■ 目 的

SARS コロナウイルスの遺伝子配列の情報を収集する。

■ 研究方法

インターネット上、遺伝子配列データベースに発表された SARS コロナウイルスの情報を収集する。

■ 研究成果

平成16年1月19日現在、データベースに発表されている SARS コロナウイルスの一覧を作成した(表2)。遺伝子配列の

解析から SARSがどのように広がっていったか、を類推することが可能であるが、その点に関しては流行地である香港とシン

ガポールの研究グループから論文が出ている(引用文献 2、4)。また、ヒト由来61株および動物由来2株の系統樹を作成し

た論文が発表されているので、参照されたい(引用文献5)。

表2.データベースより遺伝子配列入手可能な SARS コロナウイルス株

accession No. 該当部位 長さ 株名 備考 human 1 AY278491 complete 29742bp HKU-39849 died

2 AY274119 complete 29736 bp Tor2 died (NC_004718) complete (29751bp)

3 AY278488 complete 29725 bp BJ01(同一患者BJ03) died

4 AY278487 complete 29430bp BJ02 unknown 5 AY278490 complete 29291bp BJ03 died 6 AY279354 complete 29732 bp BJ04 died 7 AY297028 complete 29715 bp ZJ01 Zhejiang

AY286320 complete ZJ01 8 AY291451 complete 29729 bp TW1 survived 9 AY282752 complete 29736 bp CUHK-Su10 died

10 AY278554 complete 29736bp CUHK-W1 unknown 11 AY283794 complete 29711 bp SIN2500 survived 12 AY283795 complete 29705 bp SIN2677 unknown 13 AY283796 complete 29711bp SIN2679 unknown 14 AY283797 complete 29706bp SIN2748 unknown 15 AY283798 complete 29711bp SIN2774 unknown

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

18

16 AY278489 complete 29429bp GZ01 died 17 AY278741 complete 29727bp Urbani died 18 AY338175 complete 29573bp Taiwan TC2 19 AY338174 complete 29573bp Taiwan TC1 20 AY321118 complete 29725bp TWC 21 AY323977 complete 29751bp HSR1 22 AY291315 complete 29727bp Frankflut1 23 AY394850 complete 29735bp WHU 24 AY304495 complete 29720bp GZ50 25 AY310120 complete 29740bp FRA 26 AY278489 complete 29757bp GD01 27 AY362699 complete 29727bp TWC3 28 AY362698 complete 29727bp TWC2 29 AY351680 complete 29749bp ZMY1 30 AP006561 complete 29727bp TWY 31 AP006560 complete 29727bp TWS 32 AP006559 complete 29727bp TWK 33 AP006558 complete 29725bp TWJ 34 AP006557 complete 29727bp TWH

human 35 AY34314 complete 29573bp TaiwanTC3 36 AY427439 complete 29711bp AS 37 AY350750 complete 29738bp PUMC01 38 AY357075 complete 29738bp PUMC02 39 AY357076 complete 29745bp PUMC03 40 AY345986 complete 29736bp CUHK-AG01 Amoy Garden 41 AY345987 complete 29736bp CUHK-AG02 Amoy Garden 42 AY345988 complete 29736bp CUHK-AG03 Amoy Garden 43 AY485277 complete 29741bp Sino1-11 44 AY485278 complete 29740bp Sino3-11 45 AY461660 complete 29715bp SoD 46 AY313906 complete 29754bp GD69 47 AY463060 complete 29013bp ShanghaiQXC2 48 AY463059 complete 29592bp ShanghaiQXC1 49 AY502923 complete 29729bp TW10 50 AY502924 complete 29727bp TW11 51 AY502925 complete 29729bp TW2 52 AY502926 complete 29729bp TW3 53 AY502927 complete 29729bp TW4 54 AY502928 complete 29729bp TW5 55 AY502929 complete 29729bp TW6 56 AY502930 complete 29729bp TW7 57 AY502931 complete 29729bp TW8 58 AY502932 complete 29729bp TW9

Human partial AY304494 S to N 11010bp HKU-66078 AY304493 S to N 11010bp HKU-65806 AY304492 S to N 11010bp HKU-36871 AY304490 S to N 13471bp GZ43 AY304491 S to N 11006bp GZ60 AY360146 N 1269bp HPZ AY365036 N 1269bp HB Animal AY304488 complete 29731bp SZ16 AY304486 complete 29741bp SZ3 Animal partial AY304489 S to N 8439bp SZ1 AY304487 S to N 8581bp SZ13

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

19

■ 考 察

わが国では幸いなことに SARS の流行は起こらなかったので、流行株の遺伝子配列の解析を行う機会を得なかった。したが

って、データベース上の情報、および関連の論文の収集に留まった。流行地の研究グループから分子疫学的な論文が発表さ

れ、遺伝子情報から SARSの流行がどのように広がっていったか、を類推し、また系統樹による流行株の分類を行っている。

(研究協力者) 厚生労働省国立感染症研究所遺伝子資源室 高橋 一朗、 橋本 雄之

厚生労働省国立感染症研究所ウイルス第1部 水谷 哲也、 森川 茂

■ 引用文献

1. Volker Thiel, Konstantin A. Ivanov, Ákos Putics, Tobias Hertzig, Barbara Schelle, Sonja Bayer, Benedikt Weißbrich,

Eric J. Snijder, Holger Rabenau, Hans Wilhelm Doerr, Alexander E. Gorbalenya, and John Ziebuhr: Mechanisms and

enzymes involved in SARS coronavirus genome expression, J. Gen. Virol., 84, 2305-2315, 2003

2. Yi Jun Ruan, Chia Lin Wei, Ai Ee Ling, Vinsensius B Vega, Herve Thoreau, Su Yun Se Thoe, Jer-Ming Chia, Patrick

Ng, Kuo Ping Chiu, Landri Lim et al.: Comparative full-length genome sequence analysis of 14 SARS coronavirus

isolates and common mutations associated with putative origins of infection, Lancet 361, 1779-1785, 2003

3. Y. Guan, B. J. Zheng, Y. Q. He, X. L. Liu, Z. X. Zhuang, C. L. Cheung, S. W. Luo, P. H. Li, L. J. Zhang, Y. J. Guan,

K. M. Butt, K. L. Wong, K. W. Chan, W. Lim, K. F. Shortridge, K. Y. Yuen, J. S. M. Peiris, and L. L. M. Poon:

Isolation and Characterization of Viruses Related to the SARS Coronavirus from Animals in Southern China, Science

302, 276-278, 2003

4. Y Guan, JSM Peiris, B Zheng, LLM Poon, KH Chan, FY Zeng, CWM Chan, MN Chan, JD Chen, KYC Chow et al.:

Molecular epidemiology of the novel coronavirus that causes severe acute respiratory syndrome, Lancet 363, 99-104, 2004

5. The Chinese SARS molecular epidemiology consortium: Molecular evolution of the SARS coronavirus during the

course of the SARS epidemic in china, Scienceexpress/29 January 2004/10.1126/science. 1092002

■ 成果の発表

口頭発表

招待講演

1. 山田靖子:動物のコロナウイルス感染症、ラジオ短波メディカル・コーナー、平成 15年 12月 14日放送。

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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2. SARS ウイルスの検査法及びウイルス性気道感染症の鑑別診断法の開発

2.1. 迅速診断法の開発

厚生労働省国立感染症研究所ウイルス第3部

田代 眞人

■ 要 約

SARSの再出現・再流行が危惧される中、SARSコロナウイルス感染を簡易、迅速、高感度に検出でき、そして信頼性のあ

る診断方法の開発が SARS 対策の緊急課題になっていた。国産遺伝子技術である LAMP(Loop-mediated Isothermal

Amplification)法を測定原理として、SARS コロナウイルス遺伝子を特異的に検出する検査試薬キット Loopamp® SARS コロ

ナウイルス検出試薬キットが昨年 12 月 18 日に体外診断用医薬品として承認、保険適用された。本キットは迅速かつ特異

的に SARSコロナウイルス遺伝子を検出することができ、SARS診断の補助として空港の検疫所、衛生研究所や医療機関等

での SARSに対する水際の防御、感染拡大阻止に役立つものと期待される。

■ 目 的

SARS(重症急性呼吸器症候群:Severe Acute Respiratory Syndrome)の患者発生は、東アジアを中心に 32ヶ国から報告され、

2002年 11月 1日より 2003年 7月 31日までに、感染者(可能性例を含む)は 8098人、死者 774、その致死率は 9.6%となった

(WHO報告 9月 26日改訂)。SARSの病原体は冬季に流行する可能性の高いコロナウイルスの1種であり、低温条件下では予

想以上に安定であることから、今冬の SARSの再出現・再流行が危惧されていた。SARSの初期症状は発熱と呼吸器症状であり、

臨床的にはインフルエンザウイルスとの区別は難しい。そのため、両者の正確な鑑別診断が極めて重要である。

発生初期において SARS コロナウイルス感染を診断する方法としては、鼻腔咽頭拭い液、血清、便などの患者検体から

ウイルス遺伝子を取り出し、これを増幅して検出する RT-PCR法が実用化されている。しかし、検査に要する時間は半日以

上であり、目の前の患者の緊急診断には十分に対応できない。しかも、検出感度は満足いくものではなく、たとえ検査結果

が陰性であっても、ウイルス感染を否定できないのが現状である。一方、2 時間程度で診断可能な方法も開発されているが、

高額な特殊機器を必要とするため、一般的な普及は難しい。したがって、SARS コロナウイルス感染を短時間に簡単に診断

できるような、より感度が高く信頼性のある診断方法の開発が SARS対策の緊急課題になっていた。

我々のグループは、長崎大学熱帯医学研究所の森田公一教授、栄研化学と協力して、国産遺伝子技術である LAMP

法1)を測定原理として、特殊な機器を必要とせず、1時間以内に SARS コロナウイルスの遺伝子を検出できる、感度のいい

簡易診断法を、冬季までに開発することを目的とした。この診断法による Loopamp®SARS コロナウイルス検出試薬キットが

昨年 12月 18日体外診断用医薬品としての製造承認を得て、保険適用されるに至った。

■ 研究方法

WHO を中心に各国の研究機関が懸命に原因微生物の特定に努力した結果、新型のコロナウイルスとして分離・同定さ

れた SARS コロナウイルスは、エンベロープを有する球形で表面に王冠の形をした突起(スパイク)を有する直径 100 nmの

ウイルス粒子であり、約 3万塩基のゲノムサイズを持つプラスの 1本鎖 RNAであることが判明した2-5)。この genome RNAを

特異的に増幅して検出することで SARS コロナウイルスの感染を判定することができる。

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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Loopamp®SARS コロナウイルス検出試薬キット

本キットは、栄研化学が独自に開発したLAMP 法を測定原理として利用している。LAMP反応機構の詳細は、栄研化学の

ゲノムサイト(http://loopamp.eiken.co.jp/)を参照されたい。本キットはリアクションミックス SARS(LAMP用プライマーと dNTPs

の混液)、蛍光・目視検出試薬、エンザイムミックス(鎖置換型合成酵素と逆転写酵素の混液)、陽性コントロール SARS(SARS

RNA)、蒸留水から構成されている。リアクションミックス中に含有される LAMP 用のプライマーは、多くの RT-PCR と同様に

SARSコロナウイルス genome RNAの Replicase 1B領域内で設計されている。プライマーが設計された領域は他のコロナウイ

ルスとのホモロジーが低く、逆に既存遺伝子データベースに登録されている 47種類の SARS コロナウイルスでは比較的に保

存された領域で、LAMP法により極めて特異的に SARSコロナウイルスが検出可能である。ただし、AY304488株はプライマー

設定領域の 3’末端に一箇所の変異が存在するため、本キットでの検出感度を低下させる可能性がある。

本キットを用いた検査では、はじめにウイルス RNA 分離用試薬を用いてヒト由来検体中の RNA を抽出し、サンプル溶

液を調製する。このサンプル溶液と 6種類の SARS コロナウイルス特異的プライマー、4 種類のデオキシヌクレオチド 3 リン

酸、逆転写酵素、鎖置換型 DNA 合成酵素、蛍光・目視検出用試薬(カルセイン)を混合し 62~63℃でインキュベートする。

サンプル溶液中の SARS コロナウイルス RNA を基に逆転写酵素により cDNA が合成される。この cDNA から鎖置換型

DNA 合成酵素により増幅反応が進行する。核酸増幅の検出は、反応副産物であるピロリン酸マグネシウム(白色沈殿物

質)による濁度を測定することにより行う6)。また、紫外線照射装置を用いることにより目視での判定も可能である。なお、試

薬中に含まれているカルセインは、反応前にはマンガンイオンと結合して消光しているが、LAMP 反応が進行すると、生成

するピロリン酸イオンにマンガンイオンを奪われるため蛍光を発するようになる7)。

1.操作及び判定方法

操作及び判定方法の概略を示す。詳細は本キットの添付文書8)及び本キットに関する栄研の専用ウェブサイト

(http://loopamp.eiken.co.jp/j/sars/index.html)を参照されたい。

1)検査対象、試験材料の調製方法

検査対象は SARSが疑われる有症状者で、検体は糞便を第一選択とし、鼻腔咽頭拭い液についても検体とすることが可

能である。

検体は、糞便の場合、約 10~30 倍量程度の 0.89%NaCl 溶液に懸濁し、4000×gで 20分遠心後、上清を 0.22μmの

フィルターで濾過し、140μLをウイルス分離用試薬(QIAamp Viral RNA Mini Kit)の AVL buffer 560μL と混合し、試験材

料液とする。咽頭鼻腔拭い液の場合は 140μL を AVL buffer と混合し、試験材料液とする。なお、検体を採取する際、並

びに採取した患者検体を取り扱う際は必要なバイオハザード対策を取る。取り扱う場所、器具等については施設の安全規

定に従って実施する。

2)サンプル溶液の調製

試験材料液 140μL から QIAamp Viral RNA Mini Kitを使用して RNA 抽出液を得る。この際、キャリア RNA量は 1検

体(1 カラム)あたり 3μg とし、溶出は 60μL の AVE buffer で 1 回行う。

3)試薬の調製

まず、試薬キットに含まれるリアクションミックス、エンザイムミックスなどの各試薬を室温で解凍し、解凍後直ちに氷上に

保存する。次に、本キットの添付文書に従い、別途用意したマスターミックス調製用滅菌チューブに 1 テストあたりリアクショ

ンミックス SARS 20μL、蛍光・目視検出用試薬 1μL とエンザイムミックス 1μLを分注、混合する。なお、調製したマスター

ミックスはすぐに使用する。

4)操作、判定

①マスターミックスとサンプル溶液の混合(氷上):まず反応チューブにマスターミックス 20μL を分注する。次に、サンプ

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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ル溶液 5μL を添加し、全量 25μL とする。なお、コントロール反応用に、サンプル溶液の代わりに陽性コントロール

SARS 5μL を添加した陽性コントロールと、蒸留水 5μL を添加した陰性コントロールをそれぞれ作製する。

②リアルタイム濁度検出を行う場合の増幅反応及び判定(標準法):Loopamp®リアルタイム濁度測定装置(LA-320C又

は RT-160C)のプログラムを本キット用にあわせる。次に表示温度が 62.5℃に達していることを確認した後、調製した

試料をセットし測定を開始する。陽性コントロールと陰性コントロールの濁度の上昇の有無より増幅反応が正常に進行

しているか否か確認する。次に、各検体の判定を行う。増幅反応時間内(45 分間)に濁度の上昇が認められた場合を

「陽性」、濁度の上昇がみられない場合を「陰性」とする。最後に酵素失活処理(Loopamp リアルタイム濁度測定装置

では自動処理される。)が終了していることを確認した後、装置から反応チューブを取りだし、そのままキャップを開け

ずに廃棄する。

③蛍光目視検出を行う場合の増幅方法及び判定:インキュベーター(温度精度が±0.5℃以内:ホットボンネット付)を 62

~63℃に設定し、表示温度が設定温度に達していることを確認する。次に調製した試料をセットし、増幅反応(62~

63℃,45 分間)を行う。45 分後にヒートブロックを用いて酵素失活操作(80℃,5 分間又は 95℃,2 分間)を行う。判

定は、紫外線照射装置を用いて反応チューブ底面より紫外線を照射して、反応チューブ側面より目を眼鏡等で保護し

た状態で観察して行う。陽性コントロール SARS と同様に緑色の蛍光を発すれば陽性で、陰性コントロールと同様に蛍

光を発しなければ陰性と判定する。

■ 研究成果

1.最低検出感度

陽性検体 3 検体を希釈して 74~0.49 コピー/テストの各濃度の検体を作製し、複数回測定したところ、最小検出感度

(50%以上の検出率)は 2.3~9.2 コピー/テストであり、100%の検出率を示す検出感度は、10 コピー/テストと考えられた。

2.交差反応性

SARS コロナウイルスと同じ科に属する他のコロナウイルス(Serogroup 1 のヒトコロナウイルス、犬コロナウイルス、

Serogroup 2の牛コロナウイルス、ラットコロナウイルスなど)および発熱の臨床症状を伴うウイルス(インフルエンザウイルス、

RS ウイルス、黄熱ウイルスなど)について測定したところ、結果は全て陰性であり、交差反応は認められなかった。

3.妨害物質、抗凝固剤

遊離型ビリルビン(10.2mg/dL)、抱合型ビリルビン(19.8mg/dL)、乳ビ(ホルマジン濁度 2,470 度)による測定への影響

は認められなかった。

ヘパリンは 12.5U/mL では、増幅反応開始時間の遅延をもたらし、50U/mL では陽性検体の陰性化が認められた。EDTA

(7.5mg/mL)及びクエン酸 Na(1.26%)による測定への影響は認められなかった。

4.臨床成績

本キットを用いて、我々の国立感染症研究所を中心とする国際協力による臨床評価と長崎大学熱帯医学研究所による

臨床評価について、WHO の症例定義に従った臨床診断、及び検体の種類別に、本キットによる判定結果を集計し、更に

検体の採取時期別の陽性率を糞便、鼻腔咽頭拭い液について検討した。

発症当時の WHO の症例定義に従って SARS 可能性例とみなされた症例から得られた検体について、リアルタイム濁

度検出による陽性率は、検体別に糞便:81.0%(64/79)、鼻腔咽頭拭い液:56.3%(9/16)、鼻腔咽頭うがい液,吸引液、喀

痰:42.9%(6/14)、血清:26.9%(21/78)であった。また、蛍光目視検出による陽性率はそれぞれ順に、77.2%(61/79)、

56.3%(9/16)、28.6%(4/14)、24.1%(14/58)であった。更に、SARS 疑い例、可能性例、不明(過去に SARS 陽性と判定

された例)と、SARS 患者接触者からの血清、血漿検体では、本キットのリアルタイム濁度検出による陽性率は 12.4%

(24/193)、蛍光目視検出による陽性率は 12.1%(22/182)であった。一方、非 SARS 患者、不明(施設が非 SARS 患者と

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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考えている例)、健常人の血清、血漿、その他の 97 検体では、本キットによるリアルタイム濁度検出、蛍光目視検出ともに

全て陰性であった。また、糞便を検体とした場合、陽性率は発症後から高いが 10日前後が最も高かった。

今回の臨床検討に用いた検体は、日本での SARS 可能性例の発生がないために全て海外研究機関に依存している。

SARS 発生初期の混乱と原因病原体がわからない中で検体も採取されていたため、背景情報が十分な適切な検体で臨床

評価ができたとは言えない。そのため、本キットによる適切な測定時期、血清検体での検討等まだ十分ではない部分があ

る。そのため、厚生労働省により更なる情報収集血清等での有用性の確立など本キットの性能向上を求める承認条件が付

けられている。今後、栄研化学、および関係機関と協力して本キットの更なる性能向上を図ることを考えている。

■ 考 察

インフルエンザの流行時期と重なって SARSが再流行するという懸念は、2003年 12月から一般の SARS患者が発生して

いる中国における速やかな現地での対応と、WHO 及び各国関係機関の協力により現実化はしていない。しかし、SARS の

予防に関しては、現時点では積極的手段は存在しない。感染予防や発症・重症化阻止に有効な医薬品も見つかっておら

ず、ワクチン開発も実用化までには最短でも 2~3 年はかかる。したがって、依然として早期発見と隔離が重要であることに

変わりなく、本キットが SARS 診断の補助として日本の水際での防御、感染拡大を防ぐ一助になることを期待したい。また、

本キットで用いられた測定原理を応用して、新興、再興感染症を簡易、迅速に検出し、感染拡大阻止に役立つ試薬が開

発されることを期待したい。

■ 引用文献

1. Notomi T, Okayama H, Masubuchi H, et al.: Loop-mediated isothermal amplification of DNA. Nucleic Acids Res 28:

E63, 2000

2. Ksiazek TG, Erdman D, Goldsmith CS, et al.:A novel coronavirus associated with svere acute respiratory syndrome. N

Engl J Med 348:1953-1966,2003

3. Drosten C, Gunther S., Preiser W, et al.: Identification of a novel coronavirus in patients with severe acute respiratory

syndrome. N Engl J Med 348:1967-1976,2003

4. Marra MA, Jones SJM, Astell CR, et al. The genome sequence of the SARS-associated coronavirus. Science 300:

1399-1404, 2003

5. Holmes KV : SRAS-associated coronavirus. N Engl J Med 348:1948-1951,2003

6. Mori Y, Nagamine K, Tomita N, et al.: Detection of loop-mediated isothermal amplification reaction by turbidity

derived from magnesium pyrophosphate formation. Biochem Biophys Res Commun 289: 150-154, 2001

7. 富田憲弘,森安義,納富継宣:第 26回日本分子生物学会年会プログラム・講演要旨集,2003

8. 栄研化学株式会社 Loopamp® SARS コロナウイルス検出試薬キット添付文書

■ 成果の発表

原著論文による発表

国内誌

1. N. Nakajima, Y. Asao-Ozaki, N. Nagata, Y. Sato, F, Dizon, F. J.Paladin, R.M. Olveda, T. Odagiri,

M. Tashiro, T. Sata: SARS corona virus-infected cells in lung detected by new in-situ hybridization

technique. Jpn. J. Infect. Dis. 56, 139-141 (2003).

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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国外誌

1. B. L. Haagmans, T. Kuiken, B. E. Martina, R. A. M. Fouchier, G. F. Remmlzwaan, G. van Amerangen, T.

Itamura, M. Tashiro, A.D.M.E. Osterhaus : Peggylated interferon-alpha protects type 1 pneumocytes against

SARS coronavirus infection in macaques. Nature Med. 10, 1-4 (2004).

2. L. L. M Poon, C. S. W Leunga, M. Tashiro, K. H. Chan, B. W. Y. Wong, K. Y. Yuen, Y. Guan, J. S. M. Peiris.

Rapid detection of SARS coronavirus by Loop-mediated isothermal amplification. Clin. Chem. 50,

1050-1052, 2004

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2. SARS ウイルスの検査法及びウイルス性気道感染症の鑑別診断法の開発

2.2. 鑑別診断法の開発

東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野

岩本 愛吉

■ 要 約

核酸増幅法によって SARS コロナウイルス、ヒトコロナウイルス、マイコプラズマ、インフルエンザウイルス(A型、B型)を鑑

別診断できる系を開発できた。感度については10^6コピー以上のゲノムが存在すれば,いずれの病原体について30分

以内に診断が可能であった。特異性については、ほぼ標的だけを検出できる特異性が高い結果を得た。しかし、SARS コロ

ナウイルス用EIKENプライマーでは一部のマイコプラズマゲノムに対し陽性結果を出すことがあった。

■ 研究目的

SARS コロナウイルスのみならず、急性の呼吸器感染症(特に非定型肺炎)を起こす、ウイルス、細菌を鑑別できるシステ

ムを開発する。頻度の高い疾患についてはゲノムの複数の部位を対象に検出出来るようにするなどして診断精度と信頼性

を高める努力をする。

■ 研究方法

対象:急性の呼吸器感染症(特に非定型肺炎)を起こす病原体としてマイコプラズマ(標準3株,臨床分離9株,計12株)、

インフルエンザウイルス(A/H1N1、A/H3N2、B型、合計3臨床分離株)、ヒトコロナウイルス(229E標準株)および SARS

コロナウイルス (ドイツWerzburg大学株)を選定し実験に用いた。

核酸増幅:核酸増幅法として栄研化学が開発したLAMP法(Loop-mediated Isothermal Amplification)及びRT-LAMP

法(Reverse Transcription-Loop- mediated Isothermal Amplification)を用いた。一定温度(摂氏60-65度)で増幅可能であ

る点が汎用的である。RT-LAMP法の原理に関しては、HPで見ることができる。

http://loopamp.eiken.co.jp/j/tech/index.html マイコプラズマに対して2セット(23S、MPN119)、インフルエンザウイル

スに対してそれぞれ1セットずつ(Flu-A と Flu-B)、ヒトコロナウイルスに対して2セット(SAとSB)、および SARS コロナウイル

スに対して2セット(3CLpro、SARS-S)のプライマーを設計し、栄研で考案されたNSP11とも比較検討した。それぞれのプ

ライマーと標的核酸とを混合し、逆転写酵素、Bst DNAポリメラーゼのもとで核酸増幅を行った。増幅はCyber Greenに

よってリアルタイムで検出した。検出にはRoche社のLight Cuclerを用いた。

■ 研究成果

SARS-Sプライマーセット以外のプライマーセットは対応する核酸に対してのみ陽性結果を得た。SARS-Sプライマーセッ

トは SARS ウイルスcDNAに対しても陽性結果を示さなかった。中でもNSP-11は感度にすぐれ、10コピー/反応の場合で

も、20分以内で陽性結果を得た。ヒトコロナウイルス229E株、インフルエンザウイルスの核酸を検出しなかった(図1)。

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図-1 NSP11プライマーセットによる SARS コロナウイルス RNAの検出

しかし、SARS-NSP-11は、マイコプラズマ臨床株のいくつかを増幅し、陽性の結果を出した(図2)。

図-2 SARS NSP-11プライマーはマイコプラズマ DNAを検出する可能性がある

SARS-CoV

インフルエンザウイルス

ヒトコロナウイルス 229E

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図-3 23Sプライマーによるマイコプラズマ DNAの検出

■ 考 察

SARS に類似する急性呼吸器感染症として重要なインフルエンザ、マイコプラズマ肺炎を鑑別するプライマーセットが設

計できた。感度は SARS-NSP11がもっとも良かったが一部のマイコプラズマ臨床分離株DNAを陽性と判定した点で、特

異性に問題があるかもしれない。しかし、SARS-3CLproプライマーセットは感度に劣るものの特異性には優れていたので、

この2種のプライマーセットを組み合わせれば、当初目的としていた SARS の診断と他の病原体との鑑別は達成できたと考

える。当初はRT-PCR法またはPCR法で増幅した核酸をマイクロアレイを用いて鑑別する計画であった。しかし、良い意

味で予想に反し、それぞれの核酸に特異的なプライマーセットを設計できたので、今年度の目標範囲の対象病原体につ

いてはマイクロアレイは必要ではないことが示唆された。今後、より広範な病原体、あるいは、未知の病原体に対して診断を

行おうとする場合には必要となるかもしれない。

感度の正確な比較には、常に比較対象となる核酸をおく必要がある。我々は、この標準核酸としてHIV-1のRNAを想

定し現在準備を進めている。これによって、各プライマーセットの間の正確な感度比較が可能となろう。

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

0 : 00 : 3 2 0 : 10 : 04 0 : 19 : 36 0 : 2 9 : 0 8 0 : 3 8 : 3 9 0 : 48 : 11

マイコプラズマ

インフルエンザウイルス

コロナウイルス

SARSウイルス

時間( 分)

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■ 成果の発表

原著論文以外による発表(レビュー等)

国内誌(国内英文誌を含む)

1. Fujii, T., Nakamura, T., and Iwamoto, A. Current concepts in SARS treatment, Journal of Infection and

Chemotherapy, in press 2004.

口頭発表

招待講演

1. 岩本愛吉:「21 世紀の感染症 -SARS が伝えるもの-」,東京大学安田講堂,東京大学オープンキャンパス,

平成15年7月31

2. 岩本愛吉:「SARS 問題とバイオテロ対策について」,グランドアーク半蔵門,(財)公共政策調査会講演会,平

成15年9月26日

3. 岩本愛吉:「SARS」,京都パルル,日本ウイルス学会市民公開講座,平成15年10月26日

4. 岩本愛吉:「SARS -どこまでわかったか-」,長崎県医師会館,長崎県医師会共催講演会,平成15年11月

1日

5. 岩本愛吉:「SARS -どこまでわかっているか-」,前橋市マーキュリーホテル,第3回群馬臨床ウイルス研究

会,平成15年11月6日

6. 岩本愛吉:「SARS コロナウイルスとその臨床的特長」,東京専売病院講堂,第 179回東京専売病院臨床研究

会,平成15年11月25日

7. 岩本愛吉:「感染症学の展望」,大阪MIDシアター,第 14回 Bayer Sympojium on Respiratory Infection,平成

15年12月13日

8. 岩本愛吉:「SARS 2003-2004冬」,福岡大丸別荘,第 6回九州感染症・化療フォーラム,平成16年1月10日

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3. SARS ウイルスに対するワクチンの研究

3.1. ワクチン候補株の選定

厚生労働省国立感染症研究所ウイルス3部

小田切 孝人

■ 要 約

SARS 成分ワクチンおよび遺伝子組み換え人工ウイルスワクチンを作製するために、弱毒型ワクシニアウイルスベクターに

SARSウイルス構成蛋白(S, M, E, N)遺伝子をそれぞれ単独で組み込んだ組み換えウイルスを作製した。また、ベクターに E

+M遺伝子、E+M+S遺伝所を組み替えたウイルスの作製に成功した。不活化全粒子ワクチンを開発するために、不活化ウ

イルスの経皮接種および経鼻接種を行った。ワクチンによって、全身性にSおよびN蛋白特異的抗体および中和活性を有す

る抗体反応が惹起された。また、各種細胞性免疫反応も惹起された。これら免疫反応はアルムアジュバントおよび経鼻免疫

用のアジュバントの添加により、さらに増強された。ワクチン効果を評価するために小動物を用いた感染実験動物モデルの開

発を試みたところ、マウス、ラットでは臨床症状は観察されないが、感染は成立し鼻腔や肺での病変やウイルス抗原が検出さ

れることから、これら小動物は動物実験モデルとして有用であることが示された。

■ 目 的

2002 年の 11 月に中国南部の広東省で起こった非定形肺炎の集団発生に端を発した重症急性呼吸器症候群(SARS)

は、2003年 7月 5日にWHOから終息宣言が出されるまでの間に、世界 32 ヶ国で 8422人の感染者と 916人の死者を出

すまでに至った深刻な新興感染症である。WHOは SARSの流行の拡大と同時に SARS共同研究ネットワークを設立し、国

立感染症研究所を含む世界中の研究機関の協力のもとに、病因ウイルスを1ヶ月という驚異的な早さで同定することに成

功した。これによって、SARS ワクチンの開発に着手することが可能となった。そこで、本研究では SARS ウイルス人工ウイル

スの作製、SARS ウイルスの発症病理機構の解析、SARS ウイルスの免疫学的性状解析、SARS ウイルス感染実験動物モデ

ル系の開発など基礎的な研究を行い、それらから得られる情報を土台にして、安全な SARS ワクチンの開発研究を行った。

以下に各研究チームの目標を示す。

[成分ワクチン、人工ウイルスワクチン開発グループ(ウイルス2部)]SARS コロナウイルス(SARS-CoV)の構造蛋白(E、M、N、

S、図1)を弱毒ワクチニアウイルス DIs を用いて発現させ、1.目的蛋白の哺乳類細胞での大量発現、2.組換えウイルス感染

細胞での virus-like particles生成の検討、3.組換えウィルスの免疫誘導能の検討を行う。[全粒子不活化ワクチン・アルムア

ジュバント皮下接種ワクチン開発グループ(免疫部)]今現在ヒトで行われているワクチン接種法に準拠した方法で接種した不

活化ウイルスによる免疫反応を解析し、その有用性を検討することを目的とした。ワクチンの効果判定に適当な動物モデルが

まだ開発されていないため、解析が容易なマウスを用い、経皮ワクチン接種により惹起される免疫反応を体液性および細胞

性の両面から解析を行う。[全粒子不活化経鼻接種ワクチン、感染実験動物モデル系開発グループ(感染病理部、ウイルス

第1、3部、動物管理室)]SARS不活化ウイルスを粘膜免疫用のアジュバントを用いて経鼻接種し体液性免疫応答を解析する。

また、ワクチンの防御効果などの評価のために、SARSウイルスに感受性動物を検討し動物モデル系を確立する。

■ 研究方法

1 成分ワクチン、人工ウイルスワクチン開発;

香港で分離された SARS-CoV株HKU39849からクローニングされた各構造蛋白遺伝子を、DIsへ外来移入するためのト

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

30

ランスファーベクターに組み込み、DIs を感染させたニワトリ胎児繊維芽細胞(CEF)中で相同組換えを起こさせることにより

組換えウイルスを取得した。発現の確認のため、感染動物モデルとして使用されたサルの血清とモンゴル人患者血清を使

用して FA及びウエスタンブロットを行った。

2 全粒子不活化ワクチン、アルムアジュバント皮下接種ワクチン開発

2.1.マウスの免疫:UV不活化した精製 SARS コロナウイルス全粒子(10 ・g/head)を、単独(Virion)あるいは alum

(2 mg/head)共存下(Virion/Alum)に、マウス(BALB/c, ♀)の背中あるいは foot pad に皮下接種した。陰性対照として、

無処置群(None)と alum投与群(Alum)をおいた。少なくとも7週の間隔を置いて、初回免疫と同様の処置により、追加免疫

を行った。

2.2.SARSコロナウイルス抗体の検出:尾静脈あるいは心臓より採血し、血清を得た。血清中の抗体価は、SARSコロナウイル

ス感染 VeroE6細胞懸濁液(対照として非感染 VeroE6細胞懸濁液)を coating した ELISA を用いて測定した。ELISAプレ

ートを1晩4℃で coating後、1%OVA でブロッキングし、段階希釈した血清を反応させた後、HRP標識抗マウス IgG 抗体に

て検出した。過免疫マウスから得られた血清を standard として用い、IgGの測定値を unit値に換算し、感染 VeroE6細胞懸

濁液にて得られた unit値から、非感染VeroE6細胞懸濁液にて得られた unit値を差し引いて、SARSコロナウイルス特異的

IgG 価とした。IgG の各サブクラス、IgM、IgA を測定する場合には、ELISA の検出抗体に各マウス抗体特異的標識抗体を

用い、感染 VeroE6細胞懸濁液にて得られたOD値から、非感染 VeroE6細胞懸濁液にて得られたOD値を差し引いた値

を SARS コロナウイルス特異的抗体価とした。

2.3.抗体産生細胞の検出:追加免疫後 10 日目に骨髄を摘出し、骨髄細胞を調製した。SARS コロナウイルスの組換えNタ

ンパク質(アミノ酸 1-49 と 340-390)を ELISPOT アッセイ用プレートに coating 後、1%OVA でブロッキングし、骨髄細胞を

3x105 cells/well添加して 24時間CO2インキュベーター内で培養した。IgG1抗体産生細胞のスポットの検出は、anti-mouse

IgG1-alkaline phosphataseにより行った。

2.4.中和活性の測定:追加免疫より1週間目の血清を非働化後、5倍ずつ段階希釈した。SARS コロナウイルス(TCID=100)

を希釈血清ともに1時間インキュベーションした後、VeroE6 細胞に感染させ、48 時間後の細胞傷害を観察した。中和活性

価は、細胞傷害を抑制した最小希釈倍数の逆数で示している。

2.5.ウェスタンブロット:精製 SARS コロナウイルス全粒子 0.5μg を SDS-PAGE で分画し、PVDF 膜に転写した後、

Virion/Alum追加免疫より1週間後の血清(1:1000)と反応させた。HRP-抗マウス IgG抗体にて検出し、化学発光法で可視

化した。

2.6.局所リンパ節T細胞の反応:Foot pad 接種を行った追加免疫1週間後のマウスより膝下および鼠径リンパ節を摘出し、

そのT細胞を磁気細胞分離システムにより精製した。T細胞(1 x 105 cells/well)を、γ線照射した正常マウス由来脾細胞(5

x 105 cells/well)共存下に、UV 不活化精製コロナウイルス全粒子の刺激有り、あるいは無刺激で培養した。4日目に培養

上清を採取し、上清中の各種サイトカイン濃度を mouse Th1/Th2 cytokine cytometric bead array kitを用いて測定した。ま

た、細胞に[3H]-チミジン(0.5・Ci/well)を8時間パルスし、核酸内に取り込まれた[3H]-チミジンをシンチレーションカウンタ

ーにて測定した。

3 全粒子不活化経鼻接種ワクチン、感染実験動物モデル系開発

3.1. UV不活化 SARS コロナウイルス粒子をワクチン抗原として用い BALB/cマウス及びウイスターラットへ経鼻接種を行っ

た。経鼻ワクチンのアジュバントとして toll like receptor3のリガンドである合成二重鎖 RNAである poly(I:C)を用いた。各群

5匹のマウス及びラットに SARSコロナウイルス粒子 1μg, 2μgをそれぞれ 10μgの poly(I:C)を加えたワクチンと加えないワ

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

31

クチン群に分け経鼻投与した。

3週間隔で 2回接種し最終免疫から 2週間後に血清及び鼻腔洗浄液、肺洗浄液を回収し血清中の SARS コロナウイル

ス特異的 IgG抗体価、及び鼻腔洗浄液中の IgA抗体価を ELISA法で測定した。又、血清中の中和抗体価を Vero細胞を

用いた SARS コロナウイルス感染の中和アッセイ法を用いて測定した。又免疫後の感染チャレンジ群においては最終免疫

から 2週間後に 108TCID50/mlのウイルス液をマウスは 20μl, ラットは 100μl経鼻感染させ 3日後の肺洗浄液を回収しウ

イルス価の TCID50を測定した。

3.2. 感染実験:カニクイザル(筑波霊長類センター育成サル、雄、2-3 年齢)、マウス(BALB/c、4 週齢)およびラット(F344、

4 週齢)に対し SARS-CoV(HKU39849 株)を接種し、その病態の解析を行った。ウイルス接種後、臨床症状の観察を行い

SARS 発症の有無を観察した。また、サルにおいては接種後1日おきに採血、拭い液の採取、体重測定、呼吸数、体温測

定を行った。

3.3. 病理学的解析:過麻酔による安楽殺を行い、心臓採血後解剖し、組織を採取し常法どおり 10%ホルマリン緩衝液固定

後にパラフィン切片組織を作製し病理学的解析を行った。免疫組織化学によるウイルス抗原の検出は UV 不活化粒子

(HKU39849株) をウサギに免疫して得られた抗 SARS-CoV血清を用いて実施した。

3.4. ウイルス分離とウイルス量の測定:サルの鼻腔、咽頭或いは直腸拭い液と末梢血単核系細胞からのウイルス分離とマ

ウスおよびラットの鼻腔、肺洗浄液と上顎、肺のウイルス量の測定を実施した。これらは VeroE6細胞を用い、材料接種後に

細胞変性効果(CPE)の有無を3日間観察して判定した。またウイルス量は VeroE6 細胞における 50% 細胞培養感染量

(TCID50)を Kärber法によって算出して表した。

なお、いずれの感染実験も国立感染症研究所村山分室高度安全実験施設においてバイオセーフティーレベル 3 病原

体取り扱い規定および動物実験委員会規定に従い実施した。

■ 研究成果

1 成分ワクチン、人工ウイルスワクチン開発;

現在までに、図1及び2に示す組換えウイルスを作製し、目的蛋白の発現を、患者血清とウサギ、マウスの抗血清を用い

て確認した(図は省略)。すべての構造蛋白を発現できるトランスファーベクターを作製し、現在組換えウイルスを取得して

いる。また、rDIsSARS-N、rDIsSARS-E/M/S をマウスに経鼻及び皮下投与し、液性及び細胞性免疫を誘導できるかを現在

検討している。

Fig.1. SARS コロナウイルスの4種の構造蛋白をそれぞれ単独で発現する組換え DIsの構造。ワクチニアウイルス自身のプ

ロモーターである mH5の下流に、E、M、N、Sそれぞれの ORFを組み込み、このユニットを DIsに挿入した。

Fig.2. SARSコロナウイルスの4種の構造蛋白の複数を発現する組換えDIsの構造。粒子形成はMのみで十分であることが

示されているが、Eが存在するとより安定であり、さらにSが存在すると、感染性は全くないがnativeなSARSコロナウイルスと

同様な構造をとるVLPを作成できると考えられる。

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32

図1

図2

以上の研究成果をふまえて、今後は組換えウイルスを感染させた細胞での VLP 形成の検討を、培養上清からの精製及

び感染細胞の電子顕微鏡での観察で行う。組換えウイルスを投与して免疫したマウスは、血中抗体価の定量、リンパ球の

増殖を指標とした細胞性免疫の測定、肺洗浄液からの IgA の定量を行い、免疫の上昇が確認されれば SARS-CoV チャレ

ンジモデルでの検討を行いたい。

2 全粒子不活化ワクチン、アルムアジュバント皮下接種ワクチン開発

2.1. 血中の抗 SARSコロナウイルス抗体: ウイルス粒子免疫群(Virion)では、血中に SARSコロナウイルス特異的 IgG抗体

価が上昇し、この値はアジュバント添加群(Virion/Alum)で、さらに上昇した。これらの抗体価は、追加免疫によりさらに上

昇した(図 3)一方、陰性対照群(None or Alum)では、IgG抗体価の上昇は認められなかった。

Construction of Transfer Vectors

Deletion

DIs

rDIsSARS-E

rDIsSARS-M

rDIsSARS-N

rDIsSARS-S

mH5 E

mH5 M

mH5 N

mH5 S

DIs

rDIsSARS-E/M

rDIsSARS-E/M/S

Construction of Transfer Vectors to Generate Virus-like Particles

Deletion

mH5 E

mH5

M

E M S

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33

10

100

1000

10000

100000

1000000

VA V VA V VA V VA V

IgG1 IgG2a IgG2b IgG3

図 4 免疫マウス血中の SARS コロナウイルス特異的 IgG抗体価

追加免疫1週間後の血清を用いて、IgGサブクラスを検討したところ、IgG1, IgG2aはよく検出されたが、IgG2b, IgG3は検

出されないか、されても低い値であった(図2)。アジュバント添加群(VA)では、ウイルス粒子免疫群(V)に比較して、IgG1

が高くなる傾向にあった。

図 5 免疫マウス血中の IgGサブクラス

アジュバント添加群(Virion/Alum)の初回免疫後4週目の血清を用いて抗 SARS コロナウイルス IgM抗体を、追加免疫1

週間後の血清を用いて抗 SARS コロナウイルス IgA抗体を測定したが、ともに検出限界以下であった。また、共存する高濃

度の IgGが ELISAでの検出を困難にしている可能性を考慮し、protein G beadsを用いて IgGを吸着除去後に IgM, IgA

抗体を測定したが、やはり同様の結果であった。

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34

図 7 ウェスタンブロット

2.2. 骨髄中の長期生存抗体産生細胞

免疫反応の結果、長期生存するメモリーB細胞が骨髄に存在することが知られている。そこで ELISPOTアッセイを行ったと

ころ、SARS コロナウイルス特異的抗体産生細胞を検出することが出来た(図 6)。

図 6 免疫マウス骨髄の SARS特異的抗体産生細胞の検出

オープンカラム:未処置マウス クローズドカラム:免疫マウス

2.3. 中和活性

陰性対照群(None or Alum)では、全く中和活性は認められなかったのに対し、アジュバント添加群(Virion/Alum)では、

強い中和活性が血清に認められた。ウイルス粒子免疫群(Virion)においても、アジュバント添加群(Virion/Alum)にはやや

劣るものの、やはり強い中和活性が認められた(表1)。

表1 免疫マウス血清の SARS コロナウイルス中和活性

Reciprocal endpoint titer Vaccination

Exp. 1 Exp. 2

None/alum <5* <5*

Virion mouse1

2

3

250

1250

1250

250

250

250

Virion/alum 1

2

3

250

1250

1250

1250

1250

1250

2.4. 血中抗体の特異性

ウエスタンブロットの結果、免疫血清によって、200kDa付近の SARSコロナウイルスSタンパク質と思われるバンド、および

50kDa付近のNタンパク質と思われるバンドを検出することができた(図4)。また、Sタンパク質あるいはNタンパク質を発現

する組換えワクシニアウイルス感染細胞懸濁液をコートしたプレートを用いて、ELISAを行ったところ、免疫血清は、Sタンパ

ク質にもNタンパク質にも反応することが明らかとなった。

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35

Virion /alum

Virion Virion /alum

Virion None

Draining LNs Spleen LNs

0

none

1µg/ml

10µg/ml

Dose of virion on in vitro stimulation

0

100

200

Virion /alum

Virion None

pg/ml

IL-2

0

50

100

150

Virion/alum

Virion None

IFN-が γ

pg/ml

0

50

100

150

Virion /alum

Virion None

pg/ml

IL-4

2.5. 局所リンパ節のT細胞反応

アジュバント添加群(Virion/Alum)のマウスでは、膝下および鼠径リンパ節T細胞を、in vitroにおいて、抗原提示細胞の

共存下に精製 SARS コロナウイルス全粒子で刺激すると、[3H]-チミジンの取り込みが上昇した(図5a)。これは、T細胞が活

性化し、増殖していることを示唆している。アジュバント添加群(Virion/Alum)に比較すると弱いが、ウイルス粒子免疫群

(Virion)においても同様の傾向が見られた。一方、局所リンパ節細胞ではなく、脾臓のT細胞で同様の実験を行ったところ、

[3H]-チミジンの取り込みは、ほとんど認められなかった(図 8)。

図 8 免疫マウスのT細胞反応

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36

0

25

50

75

Virion /alum

Virion None

pg/ml

TNF-α

0

10

20

30

40

Virion /alum

Virion None

pg/ml

IL-5

また、アジュバント添加群(Virion/Alum)のマウスでは、膝下および鼠径リンパ節T細胞を、in vitroにおいて、抗原提示

細胞の共存下に精製SARSコロナウイルス全粒子で刺激すると、種々のサイトカイン(IL-2, IL-4, IL-5, IFN-γおよびTNF-

α)が産生されることが明らかとなった(図8)。これもアジュバント添加群(Virion/Alum)に比較すると弱いが、ウイルス粒子

免疫群(Virion)においても同様の傾向が見られた。

一方、陰性対照群(None or Alum)では、このようなT細胞活性化を示唆する反応は全く認められなかった。

3 全粒子不活化経鼻接種ワクチン、感染実験動物モデル系開発

3.1. マウスにおいて UV不活化 SARS コロナウイルスを抗原とした

アジュバント併用経鼻ワクチン接種によるSARSコロナウイルス特異

的抗体の誘導がみられた。図 9に示すごとくワクチンを 1μg, 2μg

のみを経鼻接種した場合血清中および鼻腔洗浄液中の特異的抗

体の誘導はほとんど見られなかったが 10μg の poly(I:C)をアジュ

バントとして加える事により鼻腔洗浄液の IgA, 血清中の IgGともに

抗体応答がみられた。

次にこれら誘導される抗体の SARS コロナウイルス感染中和能

力を調べた。マウス及びラットの血清を用いたウイルス中和抗体の

測定により 10μg の poly(I:C)を併用した経鼻不活化ワクチン接種

により 4 倍から 16 倍の中和活性を示す血清が見られた。しかし、

各群の中には中和反応を示さない血清も含まれていた。

アジュバント併用経鼻不活化 SARS コロナウイルスワクチン接種

後のウイルスチャレンジ試験を行い感染防御能について調べた。

各群のマウス及びラットに最終免疫後 2週間後に 108TCID50/mlの

ウイルス液をマウスは 20・l, 100・lを経鼻チャレンジした。

チャレンジ後 3 日後にマウス及びラットを安楽死させ肺洗浄液を回収、肺洗浄液中のウイルス価を測定した。結果は図

11に示すごとく、マウスでは非免疫群では 104TCID50/ml以上のウイルス価であるのに対し poly(I:C) 10・g,不活化ウイルス

ワクチン2μg 経鼻接種群においては 102TCID50/mlと 102の感染抑制効果が認められた。ラットにおいては同様のワクチン

接種群において非免疫群に比べ 103の感染抑制効果が認められた。

UV-SARS Co. (µg)Poly ( I:C ) (µg) 10 10

2 1 1-

2-

Abs.

( 40

5 nm

)

--

Serum IgG ( ×50 )

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

1.2

1.0

Nasal IgA ( x1 )

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

1.0

UV-SARS Co. (µg)Poly ( I:C ) (µg) 10 10

2 1 1-

2-

Abs.

( 40

5 nm

)

--

Serum IgG ( ×50 )

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

1.2

1.0

Nasal IgA ( x1 )

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

1.0

図 9

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

37

0.0

3.0

2.0

4.0

1.0

Seria

l dilu

tion

(4n )

Mouse Rat

UV-SARS Co. (µg)Poly ( I:C ) (µg) 10 -

2 2--

10 -2 2

--

0.0

3.0

2.0

4.0

1.0

Seria

l dilu

tion

(4n )

Mouse Rat

UV-SARS Co. (µg)Poly ( I:C ) (µg) 10 -

2 2--

10 -2 2

--

0.0

3.0

2.0

4.0

1.0

Seria

l dilu

tion

(4n )

Mouse Rat

UV-SARS Co. (µg)Poly ( I:C ) (µg) 10 -

2 2--

10 -2 2

--

0.0

3.0

2.0

4.0

1.0

Seria

l dilu

tion

(4n )

Mouse Rat

UV-SARS Co. (µg)Poly ( I:C ) (µg) 10 -

2 2--

10 -2 2

--

図 10

0 2 3 4 651 0 2 3 4 651

Mouse lung wash virus titer(10n TCID50)

Rat lung wash virus titer(10n TCID50)

UV-SARS Co.+ Poly(I:C)

UV-SARS Co.

Saline

* *

* : p < 0.05

vaccination 0 2 3 4 651 0 2 3 4 651

Mouse lung wash virus titer(10n TCID50)

Rat lung wash virus titer(10n TCID50)

UV-SARS Co.+ Poly(I:C)

UV-SARS Co.

Saline

* *

* : p < 0.05

vaccination

図 11

3.2. カニクイザルを用いた感染実験

まずカニクイザルに対し経鼻、気管内、胃内、静脈内接種を試みた(表 2)。経鼻接種(106TCID50量および 103TCID50量接

種群)、胃内接種群の 2, 4, 14日目の鼻腔及び咽頭拭い液からウイルス分離を試みた結果、106TCID50量経鼻接種群の 2, 4

日目から分離されたがその他の材料からは分離されなかった。臨床症状について発熱などの特異的変化は無く、血球動態

についても特異的な変化は認められなかった(データは示さない)。なお、末梢血の単核系細胞からのウイルス分離は全て陰

性であった。経鼻接種 103TCID50接種群と胃内接種群は中和血清抗体価の有意な上昇が見られなかったので、再度実験に

も用いた(表中、動物番号に 2nd と示した)。いずれの動物も臨床症状において SARS特異的所見は認められなかった。

感染が成立した群において接種後7日目と2週あるいは3週間目に1頭ずつ解剖し、病理学的検索を行った。その結果、

気管内接種後7日目の動物の肺に最も強い病変が認められた(図 12)。この肺の肺胞上皮にウイルス抗原が検出され、マ

クロファージを主体とする炎症性反応がみられた。106TCID50 量経鼻接種後7日目の動物においても同様の病変が見られ

たが軽度であった。これらの群の3週間目に解剖した個体においてウイルス抗原は検出されず、炎症の修復過程である軽

度の線維増生が見られるのみであった。肺以外の臓器では病変は観察されなかった。また、静脈内接種群において接種

後 2日目にそ徑部に発疹が認められたが、持続せず消失した。ウイルス抗原は検出されず、病変は認められなかった。

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38

A B

C D

AnimalNo.

Inoculationroute

Virustiter

(TCID50)

Clinicalsign

Histologicalchanges IFA/ NT14d

#4589 Intra-nasal 103 No NE <20/ <20#4590 Intra-nasal 103 No NE <20/ <20#45892nd Intra-tracheal 108 No 7d, Positive

VirusAg+ <20/ <20

#45902nd Intra-tracheal 108 No 21d, slightly

VirusAg-320-640/

320

#4591 Intra-nasal 106 No 7d, mildVirusAg- <20/ <20

#4592 Intra-nasal 106 No 22d, slightlyVirusAg- 320/ 160

#4593 Intra-gastric 108 No NE ±20#4594 Intra-gastric 108 No NE <20#45932nd Intravenous 108 rash 7d, None

VirusAg- 1280/ NE

#45942nd Intravenous 108 No 14d, None

VirusAg- 80/ NEVirusAg: detect of SARS-CoV NP antigen using immunohistochemistry

表 2 カニクイザルを用いた SARS-CoV感染実験の概要と結果

図 12 SARS-CoV気管内接種後7日目のカニクイザルの肺組織病変

A. 肺胞内にはマクロファージを主体とする炎症性細胞が充満し、周囲の肺胞上皮の膨化、立方化が認められる (HE, x100)。

B. 同部位の免疫組織化学によるウイルス抗原の検出。一部のマクロファージおよび肺胞上皮に SARS-CoV抗原陽性細胞

が認められた (SABC 法、x100) 。C. 炎症部位周囲の肺胞においてはマクロファージがやや増加しているが著変は見られ

ない (HE, x100) 。D. 同部位。ウイルス抗原が肺胞上皮と一部のマクロファージに認められた (SABC法、x200)

3.3. マウス、ラットを用いた感染実験

次にマウス、ラットにウイルスを経鼻接種し、3、7、21 日目に解剖し組織材料を採取した(表 3)。その結果、いずれも3日

目の肺、鼻腔内の上皮にウイルス抗原が検出された。ウイルス抗原の局在と炎症性反応は動物種により異なり、ラットでは

呼吸細気管支上皮にウイルス抗原が検出され、それに伴い炎症性反応が顕著に認められたがマウスにおいて炎症性反応

は乏しかった。ウイルスは7日目には炎症性反応によって排除され、いずれの動物も SARS 発症には至らなかった。また、

接種後 21日目の血清中の中和抗体価を測定したところ全ての動物において有意な上昇が認められた。

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39

Neutralizationtest for SARS-

CoV

Histopathological changesInflammatory reaction

(Virus antigen)

Animal,Dose

21d21d7d3d

0/3

0/3

Nasalcavity

2/3(2/3)

3/3(3/3)

Nasalcavity

3/3(0/3)

3/3(1/3)

Nasalcavity

3/3(26,27, 27)

0/33/3

(0/3)2/3

(2/3)F344,

107/100µl

3/3(27,28<, 28<)0/3

3/3(0/3)

3/3(3/3)

BALB/c,2x106/20µl

SerumLungLungLung

表 3 マウスおよびラットを用いた SARS-CoV感染実験の概要と結果

■ 考 察

UV不活化した精製 SARSコロナウイルス全粒子を免疫原として用い、現在ヒトに用いられている経皮免疫をモデルとして、

マウスにおける免疫効果を解析した。その結果、SARS コロナウイルス全粒子は、強い免疫原性を持ち、単独投与でもマウ

ス血中に高い抗 SARS コロナウイルス IgG 抗体を誘導した。この反応は、長い間ヒトに用いられ、安全性の実績を持つアラ

ムをアジュバントとして加えることによって、さらに増強することができた。骨髄において、SARS コロナウイルスを認識する抗

体産生細胞が検出できたことは、血中に高い IgG抗体価が認められたことと一致する。また、これらの IgG抗体は、ウエスタ

ンブロットおよび組み換えワクシニア抗原を用いた ELISAの結果より、SARSコロナウイルスのSタンパク質、Nタンパク質とも

に認識することが明らかとなった。一方、SARS は呼吸器粘膜あるいは消化管粘膜を介して感染することが予想されており、

これら粘膜面での IgA 産生が重要である可能性があるが、今回の実験においては IgA を検出することは出来なかった。こ

れからの改善すべき課題と思われる。

SARSコロナウイルスの場合には、まだ中和抗体が有効か否か明らかにされていないが、一般的にウイルス感染において

は、中和抗体が感染防御に大きな役割を果たしている場合が多い。今回の系において、高い中和活性の誘導を確認でき

たことは、不活化ワクチンの可能性を拡げるものと思われる。

さらに、不活化全粒子ウイルス免疫により SARS ウイルス粒子特異的T細胞が産生され、同一ウイルス粒子再刺激により

増殖し、各種サイトカイン(IFN-γ, IL-2, IL-4, IL-5, TNF-α)を産生した。このサイトカインの産生のパターンは、活性化さ

れたT細胞が、Th1あるいは Th2に偏っていないことを示唆する。

これらの結果より、不活化全粒子ウイルスの経皮免疫によって、全身性に抗体反応が惹起され、それはウイルスSおよび

N抗原特異的であり、中和活性も誘導されることが明らかとなった。さらに局所T細胞反応も惹起されることが明らかとなった。

また、アジュバントを加えた方が、より強い免疫反応を惹起したが、ウイルス粒子単独でも免疫反応を惹起出来ることが明ら

かとなった。今後、ワクチン効果をみるのに適した動物モデルを用いて、不活化全粒子ワクチンの SARS発症抑制効果を調

べる必要があると思われる。また、粘膜免疫を賦活化する方法と組み合わせて、さらにワクチン効果を高める工夫もなされ

るべきである。

UV不活化SARSコロナウイルス粒子を抗原に用いたアジュバント併用経鼻ワクチンによ血清中に中和抗体を誘導する事

ができる事が明らかになった。抗体誘導により SARS コロナウイルスのチャレンジに対しマウス及びラットでチャレンジ感染 3

日目の肺洗浄液中のウイルス価を有意に抑制する事ができた。ウイルス粒子自信を用いた免疫実験で抑制効果が得られ

たので今後組み替え抗原等より安全な抗原を用い、ワクチンの投与方法、投与量、アジュバントの改良などにより、より効果

的で安全なワクチン開発が必要である。

いずれの動物種においても SARS-CoV に感受性が認められたが、感染後 3-7 日目の早期病変をピークとしてウイルス

は除去され、病変は増悪せず SARS 発症には至らなかった。いずれの動物も病変は肺と鼻腔内に局在したが、サルとマウ

スは肺胞上皮、ラットは細気管上皮が主なウイルス抗原陽性細胞で、感染の局在に相違があった。なお、静脈内接種後に

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

40

発疹が見られたサルは胃内接種後に中和抗体価が弱陽性(±20)であったので判定に苦慮したが、続けて行った静脈内

接種後7日目に抗体価が 1280 と急上昇していたので胃内接種によって感染が成立していたと考えられる。これらの動物は

SARS-CoV に感受性で、種々の薬剤、ワクチンの感染阻止効果の検討に使用可能であると結論した。ただし、SARS 発症

モデル動物としては不十分である。

(分担研究者) 厚生労働省国立感染症研究所

石井孝司、鈴木哲朗、宮村達男(ウイルス第2部)、高須賀直美、藤井英樹、横田恭子、

竹森利忠(免疫部)、長谷川秀樹、永田典代、岩田奈織子、佐藤由子、原嶋綾子、

佐多徹太郎(感染病理部)、森川茂、西條政幸(ウイルス第1部)、板村繁之、西藤岳彦

(ウイルス第3部)、網康至(動物管理室)

■ 成果の発表

国内誌

1. Nakajima N, Asahi-Ozaki Y, Nagata N, Sato Y, Dizon F, Paladin FJ, Olveda RM, Odagiri T, Tashiro M, Sata

T. SARS Coronavirus-infected cells in lung detected by new in situ hybridization technique. Jpn. J. Infect. Dis.

2003, 56: 139-141.

2. 小田切孝人、二宮愛、板村繁之、西藤岳彦、宮嶋直子、森川茂、西條政幸、田代眞人 SARS 診断法の開発

と SARS検査の結果。インフルエンザ、5、35-24、2004

3. 二宮愛、小田切孝人. SARSの診断 臨床医 29、1922-1929, 2003

4. 佐多徹太郎、永田典代. 重症急性呼吸器症候群(SARS)。診断病理 20: 197-204, 2003.

5. 佐多徹太郎、永田典代、中島典子、佐藤由子、長谷川秀樹、熊坂利夫:SARS ウイルスと SARSの病理。日本

胸部臨床。62:796-803, 2003.

国外誌

1. Chong PY, Chui P, Ling AE, Franks TJ, Tai DYH, Leo YS, Kaw GJL, Wansaicheong G, Chan KP, Oon LLE,

Teo ES, Tan KB, Nakajima N, Sata T, Travis W.: Analysis of deaths during the severe acute respiratory

syndrome (SARS) epidemic in Singapore: challenges in detemining a SARS diagnosis. Arch Pathol Lab Med

2004, 128: 195-204.

口頭発表

1. 小田切孝人 SARSの実験室診断 第 24回衛生微生物技術協議会。福岡市、7月、2003

2. 小田切孝人 SARS のウイルス学的診断とワクチン開発の展望 第7回日本ワクチン学会 名古屋、10 月、

2003

3. 永田典代、岩田奈織子、長谷川秀樹、佐藤由子、佐多徹太郎。SARS コロナウイルス感染動物モデルの作製。

SARS コロナウイルス感染動物モデルの作製。第 93回日本病理学会総会(2004年 6月札幌)

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41

3. SARS ウイルスに対するワクチンの研究

3.2. 分子レベルでの解析①

厚生労働省国立精神神経センター神経研究所

田口 文広

■ 要 約

マウスコロナウイルス(MHV)可溶性受容体(soMHVR)のウイルス中和活性、S蛋白融合能活性化、S蛋白構造変化

の誘導能を検討し、108個のアミノ酸からなるN末端ドメイン単独で、MHV受容体活性があることを見いだした。

■ 目 的

SARSウイルスに対するワクチン、抗ウイルス剤開発のモデルとして、MHVを用いて検討した。soMHVRは低濃度で効

果的にウイルスを中和することが知られている。中和活性部位を限定することにより、合成ペプチドによる抗ウイルス剤開発

を目的とする。

■ 研究方法

MHV受容体は4個または2個の細胞外ドメインを持つ免疫グロブリンスーパーファミリーに属する膜蛋白である。我々は

NとA2の2個の細胞外ドメインを持つsoMHVRが高い受容体活性(ウイルス中和活性、S蛋白融合活性の活性化、S蛋白

の構造変化の誘発)を持つことを報告しているが、本研究ではN末端のNドメイン単独で受容体活性があるかを検討した。

Nドメインからなる組み換えsoMHVRをバキュロウイルスを用いて発現し、その受容体活性(中和活性、S蛋白細胞融合惹

起能、S蛋白構造変化誘発能)をN,A2ドメインを持つsoMHVRと比較した。

■ 研究成果

Nドメイン単独でなるsoMHVR、N,A2ドメインからなるsoMHVRと同様の、ウイルス中和活性、S蛋白の細胞融合活性

の活性化、S蛋白の構造変化誘発能を示し、ウイルス受容体活性にはNドメイン単独で十分であることが判明した。

■ 考 察

MHVS蛋白への結合にはMHV受容体のNドメインで十分であることは、既にアメリカのK.Holmesたちが報告している。

本研究では、結合のみならず、受容体としても十分に機能することを明らかにした。今後更にNドメインのどの領域が受容

体活性を担うのか、Nドメイン欠損変異蛋白を用いて検討したい。また、受容体活性部位が明らかにされたなら、合成ペプ

チドによるMHV受容体を作成し、動物体内で中和活性を示す抗ウイルス剤として開発したい。

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42

■ 成果の発表

原著論文による発表

国外誌

1. 田口文広:「N terminal domain of murine coronavirus receptor CEACAM1 is responsible for fusogenic

activation and conformational changes of the spike protein」, J. Virol. 78, 216-2238 (2004)

原著論文以外による発表(レビュー等)

国内誌(国内英文誌を含む)

1. 田口文広:「SARS コロナウイルス」,ウイルス,第53巻,印刷中 ,(2004)

2. 田口文広:「SARS コロナウイルスの基礎ウイルス学」,インフルエンザ,第5巻,21-27,(2004)

3. 田口文広:「SARS コロナウイルスの起源とコロナウイルス」化学療法の領域、第20巻 24-32 (2004)

4. 田口文広:「コロナウイルス」臨床医、第29巻、1947-1950 (2003)

口頭発表

招待講演

1. 田口文広:「マウスコロナウイルスと受容体の相互認識機構」, 第 15 回獣医免疫研究会, 東京大学医科学研

究所,2003.8.9

2. 田口文広:「SARS(重症急性呼吸器症候群)の対策—動物感染症の研究の経験から」, 第 136回日本獣医学

会 北里大学獣医畜産学部、青森市,2003.10.3

3. 田口文広:「コロナウイルス」第41回日本細菌学会中部支部総会 新潟 2003.10.3

4. 田口文広:「ウイルス学的に見た SARS ウイルス」第51回日本ウイルス学会総会 京都 2003.10.29

5. 田口文広:「重症急性呼吸器症候群(SARS) 発生とその経過」群馬獣医師会主催セミナー高崎 2003.11.8.

6. 田口文広:Entry mechanism of murine coronavirus」Minophagen symposium on " The present and future of

the SARS research".都市センターホテル、東京、2003.12.8

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43

3. SARS ウイルスに対するワクチンの研究

3.3. 分子レベルでの解析②

厚生労働省国立療養所近畿中央病院臨床研究センター

岡田 全司

■ 要 約

SARS ウイルス HKU39849の S、M、N、Eの各ウイルス構造タンパク cDNA及び SARS TW1株の cDNAを pcDNA3.1(+)

ベクター及び、His-Tag発現ベクターに構築し、真核細胞及び大腸菌に導入した。NとMのリコンビナント蛋白を作製した。

4 種の S、M、N、E DNA ワクチンをマウス及びヒト免疫応答を解析しうる SCID-PBL/hu に免疫し、細胞性免疫(キラーT

細胞)を介してワクチン効果を発揮する SARS(N) DNA ワクチン及び SARS(M) DNA ワクチンを開発した。

さらに SCID-PBL/huを用い、SARSウイルス増殖阻止活性を示すヒト抗体を誘導する SARS(M)DNAワクチンを作製した。

■ 目 的

本研究は世界的に多くの人命を奪い、さらには国民の経済基盤をも失う最悪の事態となる、SARS ウイルス感染症(中国・

北米のみでなく全世界に対する国際貢献や我が国の国民の健康を守るためにも)に対して、我々が高い評価を受けている

DNA ワクチン作成方法と中和抗体、キラーT 細胞分化誘導機構解析を用い、迅速に SARS ウイルスに対する新しいワクチ

ンを開発するものである。まずは DNA ワクチンの開発を行う。ウイルス構造タンパクである Spike(S)、Envelope(E)、

Memrane(M)、Nucleocapsid(N)の存在が明らかとなり、これらが宿主細胞への感染に重要な役割を演じていると推察できる。

また SARSの治療に、回復者の血清を使った血清療法が好成績を挙げているとの香港の医療チームが発表しており、抗体

依存性の感染防御が可能であることを示唆している。この点を踏まえて SARS ウイルスに対する中和抗体を多量に産生誘

導する新規 SARS ワクチンの開発を目指す。一方、ウイルス感染症における宿主側の抵抗性において、細胞性免疫、特に

キラーT 細胞は極めて重要な役割を果たしている。したがって、SARS ウイルス感染肺胞上皮細胞に対して特異的なキラー

T細胞の分化誘導を(種々のベクターを用いて)S、E、M又は N構造蛋白 DNAを組み込んだ DNAワクチンを作製すること

を目的とする。

すなわち、中和抗体依存性 SARSワクチンとキラーT依存性 SARSワクチン開発の基礎的研究を行う。動物モデル、及び

ヒトの生体内免疫解析モデル(SCID-PBL/hu) を用いる。

具体的には:

1. 中和抗体依存性 SARS ワクチンの開発:

(1)SARS コロナウィルスの in vitro培養及び cDNAのクローニングを行う。

(2)この cDNAから、S、M、N、Eの各ウイルス構造タンパクをコードする遺伝子をベクターに挿入する。

(3)作製した DNA ワクチンをマウスに接種する。Vero cellを用い最もウイルス中和活性の高い DNA ワクチンをプロトタ

イプとする。

2. 細胞性免疫(キラーT細胞)による新しい SARS DNAワクチンの開発: 上記の DNAワクチンを用い、マウスⅡ型肺胞上

皮 cell lineを用い最も強力なキラーT分化誘導 DNA ワクチンを試作する。

3. 動物 Corona ウイルスを用いた動物感染モデル系の開発

を研究することを目的とする。

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44

■ 研究方法

1. SARS corona virus 又はその DNA は三種類入手した。SARS ウイルス HKU39849、SARS ウイルス TW1 cDNA、SARS

corona virus(FFM-1株)を用いた。

2. 中和抗体依存性 SARS ワクチンの開発

(1)SARS ウイルス HKU39849 の S、M、N、E の各ウイルス構造タンパク cDNA の pcDNA3.1(+)ベクターへの構築。国立感

染症研究所 田代眞人部長、森川室長より供与された pGEM-E、M、N及び pUC-19-Sを酵素 cut (E: BglⅡ、M: BamH

I、N: BamH I、S: PvuⅠ/BamH I)した。 電気泳動を行い、ゲルから切り抜きDNAを抽出した。 一方、pcDNA3.1(+)ベク

ターを BamH I で酵素 cut し、電気泳動した後、ゲルから切り抜き DNA を抽出した。これらを ligation して S、M、N、E

cDNAを pcDNA3.1(+)ベクターに導入した DNAワクチンを構築した。 発現蛋白を選別する目的で His tag利用目的に

て、真核細胞と大腸菌に S、M、N、Eの各 cDNAの導入に際して、pcDNA3.1(+)/ V5-His Topo(真核細胞) とこれと同

様の大腸菌発現用ベクタ-を使用した。いずれも、PCR 産物を CACC 配列を認識するトポイソメラ-ゼを利用して、

PCR 産物(E:250bp、M:659bp、N:1350bp、S:3768bp)を直接、topo クロ-ニングサイトに導入して各cDNA 入りのベクタ

-を構築し、真核細胞、大腸菌での、S、M、N、EなどのcDNAの発現実験などに使用した。

(2)SARS TW1 DNA を、pcDNA3.1(+)ベクターに構築した。これらをヒト免疫グロブリン染色体導入マウス(KM マウス 8~

12w♀:キリン石田功博士との共同研究)に免疫した。

(3)感染中和抗体測定法。BALB/cマウス(♀, 8~12w, 日本クレア社)と C57BL/6 マウス(♀, 8~12w, 日本クレア社)に 4

種の S、M、N、E DNAワクチンを筋肉注射し(m.tibia anterior)、血清中の抗体価を SARS DNAを導入した Cos細胞に対

する抗体結合反応と Vero細胞を用いた感染中和抗体活性で測定した。 Vero-E6細胞を平底 96 well plate (Nunc社)

にまき、SARS corona virus 100TCID 50(median tissue-culture infectious dose units)を感染させた。37℃ 30 分 CO2

incubatorで培養した後、マウスあるいは SCID-PBL/huマウスより採取した血清を 56℃ 30分非動化した後に 5倍希釈か

ら倍々希釈して加えた。又、Bハイブリドーマ培養上清を加えた。 2日(48時間)後にwellを 20% formaldehydeで固定

し、Amidoblack 10B で染色し、cytopathic effect(CPE)を測定した。 この方法を用いて、血清中又はハイブリドーマ培養

上清中の SARSウイルス中和抗体活性を測定した(共同研究 大阪府立公衆衛生研究所感染症部 奥野良信)。

(4)S、M、N、Eに対するウサギポリクローナル中和抗体作製の SARS TW1株のN末からのそれぞれのペプチド S431-447,

TW1 S1129-1145, TW1 M102-116, TW1 N30-45, TW1 E59-71の間のアミノ酸よりなるペプチドを合成し、これらをウサ

ギに 4 回免疫して作製した。 SARS-S 蛋白に対するマウス モノクローナル抗体作製は SARS TW1 S431-447 を

BALB/cマウス足蹠に 3回投与し、P3U1 と細胞融合を行い作製した。

3. 細胞性免疫(キラーT細胞)活性の測定法:

(1)マウスⅡ型肺胞上皮 cell line(T7)をキラーT細胞の標的細胞として用いた。マウスⅡ型肺胞上皮 cell line (T7)は共同

研究でハーバード大学医学部 Dr. Samuel Behar及びセントルイス大学 Dr. Daphne deMelloの供与を受けた。T7 cell

lineはγ-IFN存在下に維持した。

(2)T7細胞に S、M、N DNAを導入し、これを抗原として用い、γ-IFN産生によるキラーT活性を測定した。

(3)T細胞の増殖反応を BrdUで測定した。

4. ヒト免疫応答解析モデル(SCID-PBL/hu)の作製。

(1) IL-2 レセプターγ鎖ノックアウト NOD-SCID マウス(実験動物中央研究所 野村達次所長との共同研究)

〔IL-2R(-/-)NOD-SCID〕に健常人 PBLを 4×107i.p投与し、SCID-PBL/huを作製した。これに DNAワクチン 50μgを

M.Anterior tibiaに注射し、3~5回免疫。最終免疫より、7日後に採血。血清中のヒト中和抗体価を測定した。

(2)SCID-PBL/hu の系を用いたタンパク抗原に対するヒト・キラーT 細胞の誘導 SARS 蛋白-パルス自己 B ブラスト cell を

標的細胞として用いた。B ブラスト cell は健常人 PBL を LPS と PWM の存在下に三日間培養してブラスト化したものを

用いた。γ-IFN産生によるキラーT活性を測定。

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45

SARS Coronaウイルスに対するワクチンの開発(3):DNAワクチンの開発  

構造蛋白発現採血 Hela cellを利用して判定 ① 抗体価高い

Vero cell DNAワクチンを選ぶ

血清中和抗体の有無チェック

S

ワクチン spleen

注射 CD8+キラーTE (ウイルスに特異的)

M マウスに接種

N 肺胞上皮 cell line S、E、M又はN構造タンパクDNAを

肺胞上皮cell lineに導入

② キラーT活性の高いDNAワクチンを注射

ヒト中和抗体ヒトキラーTを解析

ウイルス感染細胞(ウイルス蛋白発現肺胞上皮細胞)を破壊

キラーT細胞の標的細胞として使用

cDNAを鋳型として、S、E、M、Nの各ウイルス構造タンパク DNAをplasmid ベクターに導入

SARSc-DNA

S

E

M

N

DNAワクチンRNAを元にSARS

c-DNAを作製

SARSc-DNA

S

E

M

N

RNAを元にSARSc-DNAを作製

SCID-PBL/huマウス

SARSウイルス

(Corona ウイルス)

SARS患者

ここまで進んだ

ここまで進んだ

ここまで進んだ

ヒト免疫グロブリン染色体導入牛

ヒト型ポリクローナル抗体

ヒト免疫グロブリン染色体導入マウス(KMマウス)

SARS (N) DNAワクチンSARS (M) DNAワクチン

SARS (N) DNAワクチンSARS (M) DNAワクチン

SARS (M) DNAワクチン

ヒト型モノクローナル抗体

ここまで進んだ

SARS (S) DNAワクチン?

5. 動物 Corona ウイルスを用いた動物感染モデル系の開発

SARS Corona ウイルスと homologyの高いグループⅡの mouse corona virus(MHV)と感染 cell lineを入手。DNAのクローニ

ングと、pcDNA3.1(+)ベクターを用いた DNA ワクチンを作製し、マウスに免疫。MHV の肺感染モデルを作製した。 一方、

SARS ウイルスや MHV の特異性や抗体の交叉性を解析するため、以下の corona virus と感染細胞を用いた。動物 Corona

virus 及びヒト Corona virus は ATCC より、Human coronavirus 229E, Human coronavirus OC43, Murine hepatitis

virus/JHM-thermostable, Murine hepatitis virus/Original (Friend), Rat coronavirus (Parker’s) 8190, Bovine coronavirus

(calf diarrheal coronavirus), Canine coronavirus CCU-TN449, Feline infectious peritonitis coronavirus DF2,

Transmissible gastroenteritis virus AR310, Infectious bronchitis virus (Massachusetts), Human enteric coronavirus Dallas1,

を入手した。 corona virus 感染細胞として、マウス細胞株: NCTC clone 1469 (mouse normal liver), ラット細胞株: L2 (rat

lung), ネコ細胞株: CRFK (normal cat kidney cortex), イヌ細胞株: A-72 (dog unknown tumor), アフリカミドリザル細胞

株: BS-C-1 (African green monkey normal kidney), サル細胞株: VERO C1008 (Vero76, cloneE6, Vero E6) (African green

monkey), を入手した。

■ 研究成果

1. 中和抗体依存性 SARS ワクチンの開発

(1)SARS ウイルス HKU39849の S、M、N、Eの各ウイルス構造タンパク cDNA(共同研究者 田代眞人部長、Peiris教授)

を pcDNA3.1(+)ベクターに構築した(図-1、2)。

図-1 SARS Coronaウイルスに対するワクチンの開発(3):DNAワクチンの開発

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46

SARS DNAワクチン作製 進捗状況(○印はすでに完了を示す)

抗体依存性SARS DNAワクチン(中和抗体又は増殖阻止抗体)

 

 

キラーT依存性SARS DNAワクチン

○中和活性抗体解析中

 

ヒト型モノクローナル抗体作製

モノクローナル抗体作製

(マウス)

大腸菌に導入してSARS蛋白精製中

ポリクローナル抗体作製

(ラビット)

①(S)DNAワクチン作製

②MHVによる呼吸器感染モデルを作製した 

SNME

マウス コロナ ウィルス(MHV)に対するDNAワクチン

Cos7及びT7肺胞上皮cellに導入

pc DNA3.1(+)

pcDNA3.1(+) vectorの分はマウス (C57BL/6マウス、BALB/cマウス、SCID-PBL/hu ヒト免疫モデルマウス)に ワクチン免疫

pcDNA-N(HKU)2.dat(6721 bp)

S

BglII (11) MunI (160)MluI (227)

SacI (813)

NheI (894)PmeI (900)

HindIII (910)KpnI (916)SacI (922)

BamHI (928)

BamHI (2217)EcoRI (2240)

PstI (2245)

EcoRV (2250)NotI (2266)

XhoI (2273)

XbaI (2279)ApaI (2285)PmeI (2291)

SphI (2512)

SphI (3087)SphI (3159)SmaI (3364)

PstI (3602)

BssHII (3950)

SphI (3954)

PvuI (6164)

pcDNA-N(HKU)2.dat(6721 bp)

S

BglII (11) MunI (160)MluI (227)

SacI (813)

NheI (894)PmeI (900)

HindIII (910)KpnI (916)SacI (922)

BamHI (928)

BamHI (2217)EcoRI (2240)

PstI (2245)

EcoRV (2250)NotI (2266)

XhoI (2273)

XbaI (2279)ApaI (2285)PmeI (2291)

SphI (2512)

SphI (3087)SphI (3159)SmaI (3364)

PstI (3602)

BssHII (3950)

SphI (3954)

PvuI (6164)

S

① pcDNA 3.1(+) (S) DNA, (M) DNA, (N) DNA, (E) DNA

② Adenovirus Vector

③ AAV (Adeno Associated Virus) Vector

表-1 SARS DNAワクチン作製 進捗状況

pcDNA3.1(+)ベクターのマルチクローニングサイトに各々の cDNAを挿入した(図-2)。

His-Tag発現ベクターにもこれらの DNAをすべて導入することに成功し、又大腸菌にもすでに S、M、N、E cDNAを導入

した(表-1)

図-2 pcDNA3.1(+)ベクターを用いた SARS(S), (M), (N), (E) DNAの構築

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47

DNA Enzyme cut

E M N S E M N S

pcDNA3.1(+)  pcDNA3.1(+)-His Tag

6.56kbp

500bp

T7 SARS-N Cos7 SARS-N

Cos7 SARS-M Cos7 SARS-E

すでに N と Mのリコンビナント蛋白を精製した。S、M、N、Eの各ウイルス構造タンパク cDNAが pcDNA3.1(+)ベクター及

び pcDNA3.1(+)-His Tagベクターに正しく挿入されたか否かを DNA Enzyme Cutで解析した(図-3)。その結果、各々正し

い長さの cDNAが間違いなく挿入されたことが示された。

図-3 pcDNA3.1(+) (S), (M), (N), (E) DNAの制限酵素カット

さらに、Cos7 細胞と T7Ⅱ型肺胞上皮細胞に S、M、N、E の各ウイルス構造タンパク cDNA 挿入 pcDNA3.1(+)-His Tag

遺伝子を導入し、His-Tag 抗体で染色した(図-4)。その結果、SARS(S)、SARS(M)、SARS(N)、SARS(E) DNA のすべての

DNAが Cos細胞及び T7細胞に導入され蛋白発現が認められた。

図-4 Cos7細胞と T7Ⅱ型肺胞上皮細胞における導入遺伝子による SARS S, M, N, E蛋白の発現

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

48

Expression of SARS (N) protein

75kDa

Crude Purified 

N protein

CBB

75kDa

Crude Purified 

N protein

Western Blot

S First Sequence                                        GGATCCAAGTG-ATATTCTTGTTAACAACTAAACGAACATG-TTTATTTTCTTA

******* * * * * ** * * **** ************

1" GNNACATNCTGGCTANTTAGCTTGNGTACNGAGCTCGGATCCACTAGTCCAGTGTGGTGGAATTGCCCTTCACCATGNTTTATTTTCTTA

53' TTATTTCTTACTCTCACTAGTGGTAGTGACCTTGACCGGTGCACCACTTTTGATGATGTTCAAGCTCCTAATTACACTCAACATACTTCA

******************************************************************************************

91" TTATTTCTTACTCTCACTAGTGGTAGTGACCTTGACCGGTGCACCACTTTTGATGATGTTCAAGCTCCTAATTACACTCAACATACTTCA

143' TCTATGAGGGGGGTTTACTATCCTGATGAAATTTTTAGATCAGACACTCTTTATTTAACTCAGGATTTATTTCTTCCATTTTATTCTAAT

******************************************************************************************

181" TCTATGAGGGGGGTTTACTATCCTGATGAAATTTTTAGATCAGACACTCTTTATTTAACTCAGGATTTATTTCTTCCATTTTATTCTAAT

233' GTTACAGGGTTTCATACTATTAATCATACGTTTGGCAACCCTGTCATACCTTTTAAGGATGGTATTTATTTTGCTGCCACAGAGAAATCA

******************************************************************************************

271" GTTACAGGGTTTCATACTATTAATCATACGTTTGGCAACCCTGTCATACCTTTTAAGGATGGTATTTATTTTGCTGCCACAGAGAAATCA

323' AATGTTGTCCGTGGTTGGGTTTTTGGTTCTACCATGAACAACAAGTCACAGTCGGTGATTATTATTAACAATTCTACTAATGTTGTTATA

******************************************************************************************

361" AATGTTGTCCGTGGTTGGGTTTTTGGTTCTACCATGAACAACAAGTCACAGTCGGTGATTATTATTAACAATTCTACTAATGTTGTTATA

413' CGAGCATGTAACTTTGAATTGTGTGACAACCCTTTCTTTGCTGTTTCTAAACCCATGGGTACACAGACACATACTATGATATTCGATAAT

******************************************************************************************

451" CGAGCATGTAACTTTGAATTGTGTGACAACCCTTTCTTTGCTGTTTCTAAACCCATGGGTACACAGACACATACTATGATATTCGATAAT

M sen ce seq uen ce

1' GGATCCTTAACATTGCTT-ATCATGGCAGACAACG

** *** * **************1" CCNCTGATCGGNGATGACGATGACAGCTGGGAATTGATCCCTTCACCATGGCAGACAACG

35' GTACTATTACCGTTGAGGAGCTTAAACAACTCCTGGAACAATGGAACCTAGTAATAGGTT************************************************************

61" GTACTATTACCGTTGAGGAGCTTAAACAACTCCTGGAACAATGGAACCTAGTAATAGGTT

95' TCCTATTCCTAGCCTGGATTATGTTACTACAATTTGCCTATTCTAATCGGAACAGGTTTT************************************************************

121" TCCTATTCCTAGCCTGGATTATGTTACTACAATTTGCCTATTCTAATCGGAACAGGTTTT

155' TGTACATAATAAAGCTTGTTTTCCTCTGGCTCTTGTGGCCAGTAACACTTGCTTGTTTTG************************************************************

181" TGTACATAATAAAGCTTGTTTTCCTCTGGCTCTTGTGGCCAGTAACACTTGCTTGTTTTG

215' TGCTTGCTGTTGTCTACAGAATTAATTGGGTGACTGGCGGGATTGCGATTGCAATGGCTT************************************************************

241" TGCTTGCTGTTGTCTACAGAATTAATTGGGTGACTGGCGGGATTGCGATTGCAATGGCTT

275' GTATTGTAGGCTTGATGTGGCTTAGCTACTTCGTTGCTTCCTTCAGGCTGTTTGCTCGTA************************************************************

301" GTATTGTAGGCTTGATGTGGCTTAGCTACTTCGTTGCTTCCTTCAGGCTGTTTGCTCGTA

335' CCCGCTCAATGTGGTCATTCAACCCAGAAACAAACATTCTTTCTCAATGTGCCTCTCCGG************************************************************

361" CCCGCTCAATGTGGTCATTCAACCCAGAAACAAACATTCTTTCTCAATGTGCCTCTCCGG

393' GGGGACAA-TTGTGACCAGACCGCTCATGGAAAGTGAACTTGTCATTGGTGCTGTGATCA******** **************.************************************

421" GGGGACAATTTGTGACCAGACCGNTCATGGAAAGTGAACTTGTCATTGGTGCTGTGATCA

452' TTCGTGGTCACTTGCGAATGGCCGGACACTCCCTAGGGCGCTGTGACATTAAGGACCTGC************************************************************

481" TTCGTGGTCACTTGCGAATGGCCGGACACTCCCTAGGGCGCTGTGACATTAAGGACCTGC

さらに、大腸菌に SARS(N) DNAを導入すると SARS N蛋白が産生され、His-Tagカラムで精製すると一本のバンドとなっ

た。すなわち非常に purify されたリコンビナント N蛋白を作製した(図-5)。

なお、pcDNA3.1(+)ベクターに挿入された S、M、N、E DNAが塩基配列の変異なく挿入されたかを、キャピラリーシークエ

ンサーで確認のためシークエンスした結果を図-6 に示した。その結果、元の挿入前の塩基配列と同じ塩基配列であること

が示された。

図-5 リコンビナント N蛋白の作製

図-6 作製(S) DNAワクチンのシークエンス 作製(M) DNAワクチンのシークエンス

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49

Polyclonal Antibodies Against SARS Protein (peptides) Antigen (Rabbit)

Antigen 抗SARS抗体力価(希)

S431-447 1.25×105 倍

S1129-1145 1.25×105 倍 以上

M102-116 1.25×105 倍

N30-45 1.25×105 倍 以上

E59-71 1.25×105 倍

モノクローナル抗SARS-S蛋白抗体産生ハイブリドーマの作成

Antigen↓

TW1 S431-447-KLH↓

BALB/c mouse↓

Spleen+P3U1↓

Hybridoma

1536 Hybridomas

1536 Hybridomasの中よりTW1 431-447 peptideに対するELISA法を用い、合計104の抗体産生クローンを得た。

このうちSARS S peptideに対する抗体価のうすい1A12, 4D10, 5G2, 6C3, 11G3クローンを得た。

現在これらのハイブリッドクローンより産生されるモノクローナル抗体の中和抗体価を測定中である。

ヒト型モノクローナル抗体の作製(SARS-S蛋白に対する)

抗原 SARS TW1株S蛋白 S431-447-KLH

↓ヒト免疫グロブリン染色体導入マウス (KMマウス)

↓Spleen + P3U1

↓Hybridoma

ヒト型モノクローナル抗体(SARS-S431-447peptideに対する抗体)産生ハイブリドーマ

21クローンを得た。現在SARSウイルス中和活性を解析中

(2)国立台湾大学 Pei-Jer Chen教授より SARS TW-1 DNAを入手し、pcDNA3.1(+)ベクターに構築した。

(3)BALB/cマウスと C57BL/6マウスに 4種の S、M、N、E DNA ワクチンを筋肉注射し、血清中の抗体価を SARS DNAを

導入した Cos細胞に対する抗体結合反応と Vero細胞を用いた感染中和抗体活性を測定中である。

(4)S、M、N、E に対するウサギポリクローナル中和抗体(表-2)と SARS-S 蛋白に対するマウス モノクローナル抗体(表-3)

を作製した。

(5)SARS-S蛋白のペプチドを免疫し、ヒト免疫グロブリン染色体導入マウス(KMマウス:キリン石田功博士との共同研究)に

免疫して、すでにヒト型モノクローナル抗体が作製されつつある。(表-4)

表-2 ウサギポリクローナル抗SARS S,M,N,E蛋白抗体の作製 表-3 モノクローナル抗SARS-S蛋白抗体産生ハイブリドーマの作製

表-4 ヒト型モノクローナル抗体の作製(SARS-S蛋白に対する)

2. 細胞性免疫(キラーT細胞)による新しい SARS DNA ワクチンの開発:

(1)マウスⅡ型肺胞上皮 cell line(T7)を用いて、T7細胞に S、M、N DNAを導入し、これを抗原として用い SARS(S) DNAキ

ラーT 活性を測定した。その結果、ウイルスに対する T 細胞免疫(増殖反応とγ-IFN 産生)を増強する pcDNA3.1

SARS(N) DNA ワクチン及び SARS(M) DNAワクチンを開発した(図-7)。

(2)現在、ヒト免疫応答を強力に増強するアデノウイルスベクターに SARS(S) DNAを挿入中。

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50

0

0.05

0.1

0.15

0

0.05

0.1

0.15SCID-PBL/hu

Prol

ifera

tion

(O.D

. Brd

U) SARS (M) DNA vaccinated Normal

0 ug 10 50 50100 ug

(BrdU)O.D

M peptide M peptide

γγ --IFN production of spleen cells from the mice IFN production of spleen cells from the mice immunized with SARS(M) DNA vaccineimmunized with SARS(M) DNA vaccine

γ-IF

N 

prod

ucti

on

(pg/ml)

0 50 0M peptide M peptide

� µg /ml10 10

33.652.0

289.0

18.8 15.137.3

SARS (M)DNA vaccinated

Normal

0

100

200

300

400

SARS(N) DNAワクチン(キラーT依存性)

RS(M) DNAワクチン(キラーT依存性)

図-7 キラーT依存性 SARS(N) DNAワクチンと SARS(M) DNAワクチンの作製

Prol

ifera

tion

(Brd

u S.

I)

SARS(N) DNA vaccinated+

T7 cells (N-DNA transfected)

Normal +

T7 cells (N-DNA transfected)

0

5

10

15

20

25

30

35

30.33

1.00

S.I C57BL/6マウス SARS(N) DNA vaccinated SCID-PBL/hu

(-) SARS (N) peptide

pulsed B cell

r N protein pulsed B cell

Non-pulsed B cell

CTL

Act

ivity

(γ-IF

N)

0

2 0 0

4 0 0

6 0 0

8 0 0

0

8 0 8

6 0 6 .3

1 8 7 .6

0

5

10

15

20

25

0

5

10

15

20

25

18.4

0.01.4 0.0

(-) r SARS (N) protein

(-) r SARS (N) protein

SARS (N) DNA vaccinated SCID-PBL/hu

Control SCID-PBL/hu

CTL

act

ivity

(γ-IF

N)

SCID-PBL/hu

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51

抗体(感染阻止活性及び増殖阻止活性)産生を誘導するSARS(M) DNA ワクチンの確立

4×107

#225 SCID-PBL/hu  IL-2Receptor γ-chain(-/-) NOD-SCID

Serum(ヒト免疫グロブリン抗体)

中和活性  SARS コロナウイルス感染阻止・増殖阻止活性

Control

#225SARS(M) DNAワクチン血清(非働化後)

pc DNA3.1(+)SARS(M) DNAVaccine50μg i・m

7 day 7 day 4 day

PBL

1 day

3. ヒト免疫応答解析モデル(SCID-PBL/hu)を用いた SARS ワクチンの開発

(1)健常人 PBL(末梢血リンパ球)を SCIDマウスに i.p投与して作製した SCID-PBL/huに DNAワクチンを免疫し、血清中

の SARS S、M、N、Eに対するヒト中和抗体価を測定した(図-8)。

図-8 抗体(感染阻止活性及び増殖阻止活性)産生を誘導する SARS(M) DNAワクチンの確立

(2)その結果、

・ 中和活性を示すヒト抗体を産生する SARS(M) DNA ワクチンが開発された。

・ 中和活性は 10倍希釈まで認められた。

・ 5倍希釈で SARS コロナウイルスの CPEを 1/100に減少させた。

・ 中和活性よりも増殖阻止活性が強い可能性あり。

SARS(M) DNA ワクチン(SCID-PBL/hu)の血清(ヒト抗体)は SARS ウイルス感染 Vero 細胞に対し、ヒト中和活性及び

SARS ウイルス増殖阻止活性を示した。すなわち抗体依存性 SARS(M) DNAワクチンを確立した(図-8)。

(3)SCID-PBL/huの系を用いてタンパク抗原に対するヒト・キラーT細胞の誘導系を確立した。SARS(N) DNA ワクチン及び

SARS(M) DNA ワクチンが SARSに対するヒト T細胞免疫(増殖反応とγ-IFN産生)を増強した(図-7)。SARS蛋白-パルス

自己 Bブラスト cell を標的細胞として用い、SARS(N) DNA ワクチンは、ヒト・キラーT依存性ワクチンであることを明らかにし

た(図-7)。

4. 動物 Corona ウイルスを用いた動物感染モデル系の開発

SARS Corona ウイルスと homologyの高いグループⅡの mouse corona virus(MHV)と感染 cell lineを入手。DNAのクロー

ニングと、pcDNA3.1(+)ベクターを用いた DNA ワクチンを作製した(図-9)。この MHV(S) DNAを図-10に示した方法でマウ

スに免疫し、ワクチン効果を解析した。その結果 MHVの肺感染モデルを作製した(図-11、12)。

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

52

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

DAYS AFTER i.t. INFECTION

VIRUS TITER (log PFU/Lung/mouse) or

SURVIVAL No. 肺内ウイルス量 生存個体

MHV2、気管内接種後の肺内ウイルス感染価と生存個体数

BALB/c、8w♀にMHV2 (3x105PFU)を気管内接種。

肺ホモジネート中のウイルス感染価をDBT細胞を用いた、プラックアッセイで定量。

感染後、立毛、体重の減少がみられる。感染4日後から肺炎像がみられ、肝臓の病変もみられる。

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

0 1 2 3 4 5 6 7

DAYS AFTER i.t. INFECTION

VIRUS TITER (Log PFU/Lung/mouse)

10^5PFU/mouse 10^4PFU/mouse

BALB/cマウスにMHV2を気管内接種すると肺内でウイルスの増殖がみられる

3x105PFUの接種量では死亡個体がみられる。

ワクチンの評価の指標として高接種量の生存期間、および中、低接種量の肺内ウイルス感染価を設定した。

死亡個体

図-9 MHV Spike Protein発現用ベクターの構築 図-10 マウスを用いた MHVワクチン効果解析プロトコール

図-11 MHVの気管内接種後の肺内ウイルス感染価と生存個体数 図-12 MHVによるマウス肺内感染モデルの確立

■ 考 察

1. 本研究において 4種の SARS ウイルス S、M、N、E DNA ワクチンをマウス及びヒト免疫応答を解析しうる SCID-PBL/hu

に免疫し、細胞性免疫(キラーT細胞)を介してワクチン効果を発揮する SARS(N) DNA ワクチン及び SARS(M) DNA ワクチ

ンを開発した。さらに SCID-PBL/hu を用い、SARS ウイルス増殖阻止活性を示すヒト抗体を誘導する SARS(M) DNA ワクチ

ンを作製した。

(1)SARS(M) DNAワクチンはM蛋白に対する抗体の産生を誘導し、この抗体はすでに SARSに感染した細胞にも作用し、

SARS ウイルスの増殖を抑制する効果が示された。すなわち、SARS ウイルスが感染しても広がらない作用を発揮する可

能性が示唆された。

(2)S タンパクに対する中和抗体(又は SARS(S) DNA ワクチン)とこの SARS(M) DNA ワクチンは相乗効果を示す可能性に

ついて詳細な解析を行う予定。 S タンパクに対する中和抗体は感染を阻止するが、増殖抑制作用は少ないと考えられ

ることより SARS(M) DNA ワクチンの増殖抑制作用と相乗効果を示すことが期待できる。

ただし、抗体依存性の SARS(S) DNA ワクチンの作製はまだであるが進行中である。このように初期の目的の大部分

を達成することができた。 特に我々が世界に先駆けて確立した SCID-PBL/huの系(Cancer Res, 1997) を SARS DNA

ワクチンの開発に応用し、キラーT依存性 SARSワクチンのみならず抗体依存性 SARSワクチンを作製しえた。 このこと

より SCID-PBL/hu の系は、SARS ワクチンにより活性化されるヒトキラーT、ヒト B細胞生体内ヒト免疫応答を解明する上

で、強力な武器を提供することが示された。 又、我々が世界に先駆けて確立したⅡ型肺胞上皮細胞 cell line T7 は、

SARSウイルスの targetが肺胞Ⅱ型上皮であることが報告されていることより、SARSワクチン効果の詳細な解明に極めて

重要な役割を果たすことが考えられる。

MHV Spike Protein発現用ベクター

動物用発現ベクター:pcDNA3.1 Directional/V5-His-TOPO発現遺伝子:Mouse Hepatitis Virus Spike gene (4083bp)

Spike Full (4083bp)ATG(start)

CMVp V5 epitope 6-His TAG(Stop)

pcDNA3.1 D/V5-His/Spike

(9597bp)

Mouse Hepatitis Virus 2(MHV)からSpikeタンパク質コード領域を増幅し、動物発現用ベクターにクローニングした

実験スケジュール

使用マウス :BALB/c 5w投与DNA量 :50μg/mouse投与経路 :皮内ワクチン接種の方法 :in vivo electroporation

入荷(Day0)

1st Vaccination(Day5)

2nd Vaccination(Day19)

Infection(Day25)

MHV2 intratracheal.

ワクチン群( pcDNA3.1 D/V5-His/Spike Full)2コントロール群(pcDNA3.1 D/V5-His/LacZ)1投与群No.

中和抗体価測定 肺内感染価定量

死亡個体記録

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53

2. 今後の研究計画

(1) SARSウイルス感染 Vero細胞を用いて、S、M、N、E DNAワクチンのうち、最も強力な中和抗体依存性DNAワクチンと

最も強力なキラーT依存性 DNA ワクチンを選ぶ。

(2)1000倍発現効率が良い AAVベクターを用いた SARS DNA ワクチン及びアデノウイルスベクターを用いた DNA ワクチ

ンを開発し、ヒトの臨床応用を目指す。(図-2) すでに、結核ワクチンではハーバード大学(世界の遺伝子治療の第一

人者 R.C.Mulligan教授) と共同研究で、現有のAAVベクターよりも 1000倍発現効率の良い新しい AAVベクターを作

製した。 pcDNA3.1(+)ベクター自身も Phase I studyに移る時に抗生物質耐性の遺伝子の種類を変えたり除く等行えば

全く問題なくなり、又このプロモーターはヒト・ワクチンに使われている報告がある。

(3)ヒト中和抗体、ヒトキラーT 誘導 SCID-PBL/hu モデル、ヒト免疫グロブリン染色体導入マウス、及びヒト免疫グロブリン染

色体導入牛を用い 2.1、2.2をヒトの系で解明する(図-1)。

(4)サルの SARS感染系及び、SARS レセプター(ACEレセプター) Tgマウスを作製しでワクチン効果を解明する。 我々は

新しい結核 DNA ワクチンの開発において、マウスの系で BCG よりも 100倍強力な DNA ワクチンを開発し、サルのレベ

ルでも有効である結果を得ている。 したがって、サルのレベルでの SARS ワクチンの有効性を共同研究で解明できる。

3.行政施策への貢献の可能性:

(1)中和抗体依存性DNAワクチンと細胞性免疫依存性DNAワクチンを合体し、種々の変異株 SARSウイルス(すでに山本

直樹教授から SARS ウイルス FFK-1株も入手)に対するワクチンが行政として利用できる。

(2)スペクトルの広い DNA ワクチンは本邦のみでなく国際貢献もなしうる。

(3)SARS ウイルスに対するヒト型モノクローナル抗体を作製中であり、ヒト臨床応用に向けた行政施策貢献となる。

(4)SARS(M) DNAワクチンにより得られたMに対する抗体(ウイルス増殖阻止)と(S) DNAワクチンの両者で相乗効果が

得られれば行政政策貢献となる。

(共同研究者)

国立感染研田代眞人部長、森川茂室長、自治医大講師吉田栄人博士、大阪府立公衆衛生研究所部長奥野良信博士、

加瀬哲男博士、大塚製薬微生物研究所長松本真博士、キリン研究所石田功所長、香港大学 JSM Peiris 教授、国立台湾

大学 Pei Jer Chen教授、セントルイス大学 Daphne deMello教授、東京医科歯科大学山本直樹教授、吉仲由之助教授、

実験動物中央研究所長野村達次所長、国立療養所近畿中央病院武本優次博士、坂谷光則院長、研究員(橋元里実、福

永有可里、田中高生、喜多洋子、桑山さち子、村木裕美子、金丸典子、高井寛子、岡田知佳、坂口弥生、古川いづみ、山

田恭子)〕

■ 成果の発表

応募・主催講演等

1. M. Okada, Y. Takemoto, Y. Okuno, S. Hashimoto, Y. Fukunaga, T. Tanaka, Y. Kita, S. Kuwayama, Y. Muraki,

N. Kanamaru, H. Takai, C. Okada, Y. Sakaguchi, I. Furukawa, K. Yamada, S. Yoshida, M. Matsumoto, T. Kase,

D.E. deMello, J.S.M. Peiris, Pei-Jer Chen, N. Yamamoto, Y. Yoshinaka, T. Nomura, I. Ishida, S. Morikawa, M.

Tashiro and M. Sakatani: 「The Development of Vaccines against SARS Corona Virus in Mice and SCIDPBL/hu

Mice」, 12th International Congress of Immunology and 4th Annual Conference of FOCIS “Immunology 2004” P.449-452, Medimond International Proceedings, Bologna, Italy, 2004

2. Okada Masaji, Takemoto Yuji, Okuno Yoshinobu, Hashimoto Satomi, Fukunaga Yukari, Tanaka Takao, Kita

Yoko, Kuwayama Sachiko, Muraki Yumiko, Kanamaru Noriko, Takai Hiroko, Okada Chika, Sakaguchi Yayoi,

Furukawa Izumi, Yamada Kyoko, Yoshida Sigeto, Matsumoto Makoto, Kase Tetsuo, Daphne E. deMello, JSM

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

54

Peiris, Pei-Jer Chen, Yamamoto Naoki, Yoshinaka Yoshiyuki, Nomura Tatsuji, Ishida Isao, Morikawa Shigeru,

Tashiro Masato, Sakatani Mitsunori: 「The Development of Vaccines against SARS Corona Virus in Mice and

SCID-PBL/hu Mice」, 12th International Congress of Immunology (Montreal) (2004.7)

3. Okada Masaji, Takemoto Yuji, Okuno Yoshinobu, Hashimoto Satomi, Fukunaga Yukari, Tanaka Takao, Kita

Yoko, Kuwayama Sachiko, Muraki Yumiko, Kanamaru Noriko, Takai Hiroko, Okada Chika, Sakaguchi Yayoi,

Furukawa Izumi, Yamada Kyoko, Yoshida Sigeto, Matsumoto Makoto, Kase Tetsuo, Daphne E. deMello, JSM

Peiris, Pei-Jer Chen, Yamamoto Naoki, Yoshinaka Yoshiyuki, Nomura Tatsuji, Ishida Isao, Morikawa Shigeru,

Tashiro Masato, Sakatani Mitsunori: 「The Development of Vaccines against SARS Corona Virus in Mice and

SCID-PBL/hu Mice」, 4th World Congress of vaccine and Immunisation (Tsukuba) (2004.9)

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

55

3. SARS ウイルスに対するワクチンの研究

3.4. 動物コロナウイルスのレセプターに関する研究

(独)農業・生物系特定産業技術研究機構動物衛生研究所感染病研究部複合感染病研究室

池田 秀利

■ 要 約

コロナウイルスであるブタ伝染性胃腸炎ウイルスの受容体(アミノペプチダーゼN)遺伝子をブタ8個体からクローニングし

塩基配列を比較した。すべて 99%以上の核酸相同性を示し、欠失や挿入はなく、近縁なグループの対立遺伝子であろうと

思われた。一つのクローンのORFにストップコドンが見つかったが、ブタ個体のウイルス感受性との関連は不明である。ウイ

ルスの受容体結合分子は S蛋白で、ウイルスの種特異性、臓器特異性を担う。ウイルス-受容体の相互作用を解析するた

めに、バキュロウイルスベクター系で組換えS蛋白の作製を試みたが、まだ蛋白発現するベクターは得られていない。

■ 目 的

動物では様々なコロナウイルスが知られている。動物コロナウイルスは呼吸器疾病、消化器疾病を起こすものが多く、肝

炎、神経疾患も起こすウイルスもある。コロナウイルスは比較的宿主特異性が明確であるとされている。このようなコロナウイ

ルスの臓器特異性、宿主特異性に関与するウイルス側の主な分子はコロナウイルス S 蛋白であり、細胞側分子はウイルス

に結合する受容体である。本研究では、I型コロナウイルスであるブタ伝染性胃腸炎ウイルス(Transmissible gastroenteritis

virus ; TGEV)の S蛋白と TGEV受容体遺伝子(ブタアミノペプチダーゼN, APN)の相互作用を解析するために、TGEV-S

蛋白をバキュロウイルスベクターで作製すること、TGEV受容体遺伝子の養豚での多型性を解析することを目的とした。

■ 研究方法

<組み換えバキュロウイルスの作製>

TGEV TO-163 株より S 蛋白遺伝子領域をクローニングし、6×His-tag 配列を付加した次に示すような種々の長さの S

蛋白遺伝子断片;膜貫通領域を除く S蛋白遺伝子のほぼ全長を含む T1279(約 3.8kb)、S蛋白遺伝子 N末に存在する中

和エピトープやウイルス受容体結合ドメインを含む T737, T709, T641(約 2.2kb)、中和エピトープのみを含む T218(約

0.7kb)PCRで増幅した(図-1)。

ORF1aORF1b

S EM N

SP D C A&B TM

1 98 227 381 389 524 736 1450 (amino acids)

T218

T709T737

T1279

6×His

737aa

641aa709aa

218aa

1279aa

T641

TGEV genome

図-1 TGEV S蛋白領域に存在する抗原エピトープ及びバキュロウイルスに組込んだTGEV S蛋白遺伝子の各断片を示した。SP:シグナ

ル配列。D (epitope D):腸管指向性に関与しており、豚呼吸器コロナウイルス(PRCV) で欠損している。C (epitope C):TGEVとPRCVで保

存されている領域。A&B (epitope A&B):中和抗体を誘導する。ウイルス受容体であるaminopeptidase Nと結合する。

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重症急性呼吸器症候群(SARS)の診断及び検査手法等に関する緊急調査研究

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シグナル配列(SP)を持つ T737, T1279 は TAクローニング後、制限酵素処理をし Baculovirus transfer vecter pAcYM1 又

は pFastBac™1 donor plasmid へ挿入した。SPを含まない T218, T641, T709はMurine Ig κchain SPを持つ pDisplayに挿

入した後、 SPを含んで切り出す制限酵素で処理して SPを持つ各 S遺伝子断片を得、pFastBac™1 へ挿入した(図-2)。

pCR2.1

T737T1279

TA cloning

SP 6×His

pDisplay

T218T641

T709

6×His

TGE SP 6×His

pDisplay

6×HisMurine Igκchain SP

Murine Igκchain SP 6×His

Murine Igκchain SP

Baculovirus transfer vecter pAcYM1or

pFastBacTM1 donor plasmid

図-2 TGEVのシグナル配列(SP)を含む断片 T737, T1279 はTAクローニング、制限酵素処理を経てBaculovirus transfer

vecter pAcYM1 又は pFastBacTM1 donor plasmid へ組み込んだ。SPを含まない断片 T218, T641, T709はMurine Ig

κchain SPを持つpDisplayに挿入した後、 SPを含んで切り出す制限酵素で処理し、SPを持つ各S遺伝子断片を得、pAcYM1

又は pFastBacTM1 へ組み込んだ。

pFastBac™1に挿入した S遺伝子断片は、Invitrogen社の Bac-to-Bac® Baculovirus Expression Systemをもちいた大腸

菌DH10Bac™ E.coli内での転位によりバキュロウイルス遺伝子に組み込まれ、組換えバキュロウイルスDNAを得た。得られ

た組み換えバキュロウイルス DNA を夜盗蛾培養細胞にトランスフェクションさせることにより、感染性組み換えバキュロウイ

ルスを得た (図-3) 。

pAcYM1 に挿入した S 遺伝子断片は、バキュロウイルス DNA と夜盗蛾培養細胞へコトランスフェクションし、相同性組み

換えによって感染性組み換えバキュロウイルスを得た(図-3)。

感染性組み換えバキュロウイルスは titer を上げるために2回継代したのち、組み換え蛋白発現の有無を SDS-PAGE と

抗 6×Hisモノクローナル抗体を用いたWestern blottingで確認した。

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Transfection of recombinant Bacmid

Recombinant TGEV S expression

6×His

lac

Z m

ini-a

ttTn7helper Bacmid

Compitent DH10Bac E. coli cells

Transposition

Bac-to-Bac System

pFastBac1

PPH SV40 pA

TGE SP 6×HisMurine Igκchain SP

Cleaved baculoviral DNA

Generation of recombinant baculovirusTransfection by co-transfection

Plaque purify

Homologus recombination

6×HisMurine Igκchain SP

Viral DNA

TGE SP 6×His

pAcYM1

PPH

pAcYM1

PPH

PPH LacZ

Transfer vecter

pAcYM1

Release of wt and recombinant baculovirus

SDS-PAGE , Western blotting

図3 組換えbaculovirusの作製と組換えS蛋白の発現

<アミノペプチダーゼ N遺伝子 cDNAのクローニング>

ブタ小腸上皮からmRNAを精製し、RT-PCRによりアミノペプチダーゼN遺伝子 cDNAを増幅しプラスミドにクローニング

した。PCRプライマーは遺伝子バンクに登録されている1つのブタ APN cDNA遺伝子配列情報を基に合成した。各個体か

ら1クローンの cDNA を選び、核酸配列を決定した。ブタの品種は、デュロック、メイシャン、メキシカンヘアレス、雑種(ラー

ジホワイト、ランドレースなど)である。

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■ 研究成果

<組み換えバキュロウイルスの作製>

Bac-to-Bac® Baculovirus Expression Systemを用いて、T1279, T737, T641, T218を組み込んだ感染性組み換えバキュ

ロウイルスが得られた。またBaculovirus transfer vecter pAcYM1をもちいた実験系ではT1279を組み込んだ感染性組み換

えバキュロウイルスが得られた。しかしいずれにおいても組み換え蛋白の発現が認められなかった(表-1)。

Bac-to-Bac® Baculovirus 組み換え 組み換え 組み換え 組み換え蛋白の

Expression System pFastBac1 Bacmid Baculovirus 発現T1279 1 1 6 0/6T737 2 2 2 0/2T709 0 - - -T641 2 1 1 0/1T218 2 2 2 0/2

組み換え 組み換え 組み換え蛋白のHomorogus Recombination pAcYM1 Baculovirus 発現

T1279 1 6 0/6

A

B

表-1 各 S蛋白遺伝子断片を Baculovirus transfer vecter pAcYM1 又は pFastBac™1 donor plasmidへ挿入し得ら

れたクローン数、組み換え Bacmid数、組み換え Baculovirus数、組み換え蛋白の発現数を示した。

Bac-to-Bac® Baculovirus Expression Systemを用いた実験系ではβ-glucuronidase (Gus)遺伝子が組み込まれたキット

付属の陽性コントロールプラスミド pFastBac™1-Gusを平行して使用した。2回継代したのちの培養上清にX-glucuronideを

添加したところ、青色に呈色したことからβ-glucuronidase 組み換え蛋白の発現が確認できた。この pFastBac™1-Gus のバ

キュロウイルス遺伝子との組み換え効率はS蛋白遺伝子を挿入した pFastBac™1 の時の組み換え効率の約 10~50倍であ

った。また、作製した組み換えバキュロウイルスが S 蛋白遺伝子を保有していることが PCR によって確認できたことから、今

回発現が認められなかった要因として組み換えバキュロウイルスを作製する際にベクターまたは S 蛋白遺伝子に生じた変

異によって発現が抑制された可能性が考えられた。

今回 S蛋白遺伝子を大腸菌プラスミド(pCR2.1, pFastBac1, pDisplay, pAcYM1)にクローニングする段階での困難があっ

た。まず挙げられるのは S蛋白遺伝子を挿入したpFastBac1または pAcYM1を transformして得られる大腸菌コロニーの生

育数が非常に少ないことであった。培養温度を低下させて transformationを行ったところ若干の改善が見られたが、他の遺

伝子を挿入したときと比較すると、挿入した遺伝子の長さの違いはあるものの組み換え効率の違いがみられた。例えばp

FastBac1に T737 を挿入したときに得られたコロニー数は、同じように 6×His-tag配列を付加した GFP遺伝子を挿入した

ときに得られたコロニー数の約4%であった。また、プロモーター配列とは逆向きにS蛋白遺伝子が挿入されやすいという傾

向もみられた。pCR2.1では 2/12(16.7%)、pAcYM1でも 1/13(7.7%)しかプロモーターに対して正向きに挿入されなかった。

これらのことから、S蛋白遺伝子または S蛋白が大腸菌で適合しにくいのではないかと推察している。

以上のことを考慮し、今後大腸菌を用いない方法でバキュロウイルス遺伝子との組み換えを行う方法を計画中である。す

なわち、PCR によってバキュロウイルスとの相同組み換えサイトを付加し、その PCR産物をバキュロウイルス DNA と夜盗蛾

培養細胞へコトランスフェクションすることによって組み換えバキュロウイルスを得る実験系で進めていきたいと考えている。

<アミノペプチダーゼ N遺伝子の多型性>

APN遺伝子はタイプ II膜蛋白でN末端に膜貫通ドメインを持つ。ブタ 4個体からほぼ全長約 3.2kbのAPN遺伝子 cDNA

をクローニングし、また他の4個体からは 3’側半分長の cDNA をクローニングした(図 4)。全遺伝子配列を決定して多型性

を解析した。すべて 99%以上の核酸相同性を示し、欠失や挿入はなかったが、一つの 3’側半分長の cDNA(pAPN5)に野生

型遺伝子ORFの途中に停止コドンが見つかった。全体的には翻訳領域にも3’非翻訳領域にも同程度に置換があり、翻訳

領域の置換の 84%はアミノ酸変異を伴う非同義的置換であった。よって、8個体の APN 遺伝子は近縁なグループのアレル

由来と考えられる。なお、ORF の途中に終止コドンの見つかった部分は TGEV 粒子結合に重要とされる領域に含まれ、こ

のクローンについてはさらに解析が必要である。

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図-4 クローニングした 8個のブタ APN遺伝子 cDNAの塩基置換位置(矢印)。

最上段は既に登録されている pAPN核酸配列で ORF(白抜きボックス)、

膜貫通ドメイン(TM)の部位を示す。

■ 考 察

当初の目標にしていた2つの研究内容のうち、TGEV受容体遺伝子(pAPN)の多型性の解析は概ね目標を達成した。品

種の異なるブタ8頭からクローニングされた cDNAは核酸相同性が 99%あり、欠失や挿入が見つからず、非常に近縁な対立

遺伝子であろうと思われた。特に、ORF にストップコドンのあるクローンが見つかったが、その領域はウイルスの結合に重要

と考えられる箇所であり、ブタ個体の TGE ウイルス感受性と実際に関わっているのか興味深い。

もう一方の目標であった組換え TGEV-S 蛋白のバキュロウイルスベクターでの発現は、研究期間内に達成できなかった。

感染性組換えバキュロウイルスは作製されたが、蛋白発現するウイルスが取れなかったからである。前述のように、これは組

換えバキュロウイルスベクターを作製する過程で幾つかの技術的な問題であろう。それは大腸菌の段階でも昆虫細胞の段

階でも、他の遺伝子に比べ TGEV-S 遺伝子は成功率が低いことから、TGEV-S 遺伝子に特有の問題ではないかと考えて

いる。今後、色々な技術的な改善を行い克服していきたい。